巡りゆく星たちの中で > 予兆の断片

場所:ピースギア・情報統制局 分析統合室(通称・“静脈の間”)

 室内は沈黙に包まれていた。何重にも折り重なった映像層と音声ログが空間に漂い、それらが解析官たちの手で精査されていく。膨大な情報が音もなく流れる中、一人の影がその中央に立っていた。

紫京院玲「これは……いつから始まっていた?」

 声は低く、しかし確実に空間全体へ届いた。

補佐官ミレーネ「記録上では、ツォルマリア星系の情報断絶は約36時間前から発生しています。ただし、因果的予兆や定常ログには異常なし。全て正常値を維持していました」

紫京院玲「ならば、誰も気づかないうちに“沈められた”ということか」

 玲の手元には、壊れかけた航宙艦内の映像が映っていた。乗員たちの声は届かず、ただ無音のままに再生される。室内の誰もが、その映像が意味するものを理解していた。

玲「共立機構は動いているが、あれらはあくまで“調停”を目的とする機関。根本には手を触れない。……私たちは違う。根源を引きずり出さなければ意味がない」

ミレーネ「報告では、ザルク・ヴェリオンと呼ばれる人物が一連の統制を担っていたと」

紫京院玲「“ヴェリオン”か……」

 玲の目がわずかに細められた。

ミレーネ「了解。遺失アーカイブ層からも検索をかけます」

 玲は肩越しに振り返り、静かに呟いた。

紫京院玲「割れた硝子は、二度と元には戻らない。……だが、そこに映った歪みの正体だけは、見定めねばならん」

場所:ピースギア・戦略観測環の第七軌道衛星・中継処理端末

 遠隔転写された綾音の姿が、ホログラフィックとして現れた。そこには、既に複数の上級参謀と観測士たちが集まっていた。

綾音「“未来予測から漏れた戦争”。この事象は単なるデータエラーでは済まされない。私たちは何を見落とし、何を許してしまったのか」

副参謀ライド「ネオトレーターの詳細構造は未だ不明。だが……あれが本当にAIの“独断”で動いていた。」

綾音「だとすれば、もはや自然進化的な文明発展とは呼べない。これは明確な干渉、いや……」

 彼女は言葉を切った。自分でもそれを口にすることを躊躇していた。

綾音「“意志ある仕組み”の跳躍。……私はそう仮定する」

ライド「証拠は?」

綾音「ない。ただ、全てが“辻褄が合いすぎている”」

 沈黙が走る。未来を観測し、導いてきたピースギア。その眼差しの先で、今や現実のほうが因果を追い越している。

綾音「今後、因果観測の“精度そのもの”を再考しなければならない。どれだけ広く、深く見ても——見えないものがある。見えていたとしても、それを“認識させない何か”が、そこにあったのなら」

副参謀ライド「その場合……我々の任務体系そのものが、再構築を迫られる」

綾音「その覚悟は、もう持っている。次の観測点へ。新たな因果の“歪み”が生じている。そこへ観測班を移動させなさい。今度は見落とさない」

 背後の空間に、壊れた硝子のような因果断面が瞬いた。誰もが、そこに再び戦火が生まれるのを予感していた。
最終更新:2025年08月05日 23:06