第587話:二重苦 作:◆5Mp/UnDTiI
――そして、四回目の放送が終了した。
死者の情報を記載し終えたヘイズはため息をひとつ吐き、用紙を眺める。
殺人は止まらない。知り合いも死んだ。ヒースロゥ・クリストフ。風の騎士はもう疾らない。
彼と組んでいた少女はどうしたのだろうか。
名前こそ呼ばれなかったが、戦闘力のなさそうな彼女がヒースロゥを倒せる程の強敵と相対して無事でいるとは思えない。
ヒースロゥが囮になって逃げ延びたか――あるいはもっと胸糞の悪い事態に陥っているか。
そして、もうひとつ。
(ダナティアって奴も、死んじまったか)
この最悪の島に希望をもたらそうとした彼女は、それを叶えられぬまま果てた。
あの放送を行った集団それ自体が押しつぶされたのか、それともダナティアだけが死んでしまったのか。
確立だけで言えば、前者の方が高い。
暗澹とした気持ちでその事実を認識する。
無論、集団の旗頭となった人物だけをピンポイントで暗殺できる技能を持った殺人者がいないとは限らない。
だが実際に殺されてしまって、こうして放送に流れている。そんな事態が発生したのならば何らかのフォローを行うべきだ。
あの集団は島全土へ放送を行える設備を持っているのだから。
もっとも、管理者による放送が終了した後それらしいものが無かったわけではない。
継がれる意志がある限り、僕らの道は絶たれない――そう叫んだ放送があった。
多分に苦しみを含んだ、断末魔として。
ダナティアが行った放送はパフォーマンスだ。真意がどこにあったにしろ、『このゲームを打ち砕く集団』というイメージを流布した。
だからこそ、あの集団が残っていれば、あるいは組織として機能しているなら先のような苦しみに満ちた放送は行わないだろう。
あれは正しくして断末魔だ。あの集団が消滅したという宣言。
(考えられる可能性は大きく分けてふたつか。
一つは外部からの攻撃によって集団が全滅した。これは最悪だな。
単独か複数かは分からないが、少なくともあの集団を全滅させられるだけの力を持った殺人鬼が近くにいるってことになる。
さっきの奴らがそうなのかもしれねえが――警戒はしとかなきゃ不味い)
そして、二つ目。
(ダナティアが殺されて不和を招き、集団が崩壊した。
人数が多くなればそれだけ思想や意見が対立しやすくなる。
開始から僅か一日の時点で全員が一枚岩になってたわけじゃないだろうし、腹に一物ある奴が潜伏していても可笑しくない)
そんな思考を巡らす内、少し前に白衣の相棒が言っていた言葉を思い出す。
――結局、調べに行かないと何も判らんのだろう?
(まあ、確かにそうだ。幸い戦力は整っている。この規模でならまだ、互いの不和は招きにくい)
もっとも、その要素が無いわけではない。
目の前の人物を見やる。黒ずくめ、目つきの悪い皮肉気な相貌。
そいつはリストを呆然と見つめていた。まるで信じられない何かが起きたとでも言うように。
そして、そんな事態はいつだって訪れる。特に、この島では。
「……誰か、知り合いが呼ばれたのか?」
「ん? ああ、いや」
リストを畳み、デイパックに仕舞い込みながらそいつはゆっくりと頭を振った。
「なんていうかな――死ぬときは死ぬってことに、実感が湧いたっていうか。いや、気にしないでくれ」
「……まあ、そっちがそう言うんなら気にしないけどよ」
同じようにリストをしまいながら、ヘイズ。
「さて、アンタはこれからどうするんだ、ええと、キリランシェロさんつったか?」
「……名簿にはオーフェンで載ってるし、できればそっちで呼んでくれ」
「じゃあオーフェン。アンタはこれからどうする――」
「いや、まてヴァーミリオン。確かにこいつはキエサルヒマの黒魔術士だろうが、どうにも納得できんことがいくつかある」
コミクロンが割り込んでくる。
先程は緊急事態だったので質問できなかったが、状況が落ち着いた今ならば別だ。
確かに構成は見えていたし黒魔術を展開もした。音声魔術士であることは確かで、コミクロンの素性やチャイルドマン教室のことも知っている。だが、
「お前、本当にキリランシェロか? 俺の知っている奴はもう少し可愛げのある顔をしていたよーな気がするが」
「……色々あったんだよ」
「顔つきが凶悪に歪むほどの色々ってなんだ。整形か? というか背も高くなってるし、歳を食っているようにも見える。キリランシェロと共通するのは髪と目の色くらいしかない。確かにチャイルドマン教室や俺のことは知っているようだったが」
コミクロンは顎に手を当て考え込む。自分の中で論理を組み立てるように、ぶつぶつと続けた。
「チャイルドマンの名前は黒魔術士なら誰でも知っているだろう。その教室に属する生徒のことも、まあ知っている奴は知っているし調べられないわけじゃない。"塔"は秘密結社じゃないからな。ペンダントだって支給品扱いならお前が持っていても不思議じゃない。こいつはキリランシェロって証拠が不足してるんだよ、ヴァーミリオン」
おさげ白衣の言に、ヘイズは両手を"お手上げ"のジェスチャーにして応える。
「コミクロンの言うことにも一理あるが……別に俺は"キリランシェロ"だから共闘したってわけじゃないしな。少なくともコミクロンと同じ魔術士であることが分かってて、その上でお互いのっぴきらない理由があったから協力したわけだし」
「そりゃ、お前にとってはそうだろうが……」
それでも納得できないようで、コミクロンはオーフェンの方を猜疑心に満ちた目でちらちらと伺っている。
その様子を見て、ヘイズは小さく呻いた。
刻印の解除のことで他の参加者やそのグループと協力する必要は絶対にある。だが見ての通り、たった一人の参加者と関係しただけで容易く不和は発生し得る。
(疑念は晴らせるなら晴らせる方がいい、か)
崩壊したダナティアのグループのことを思い返し、ヘイズは言葉を紡いだ。
「……そうだな。確かに名簿の名前と本名が違うなら憂慮すべき事態だ。実際、コミクロンは知り合いが参加してないって思ってたわけだしな。俺の知り合いが別の名前で他にも参加させられてるかもしれねえ。ってことで、オーフェンさんよ。できれば何か『キリランシェロ』しか知らないことってないか?」
「俺しか知らないこと、ねえ……」
オーフェンは目を瞑って考え込む。自分であるということの証明。この空間では存外に難しいことではある。
キリランシェロだけが知っていること。いや、正確に言えばキリランシェロとコミクロンのみに通じる符丁か。
(コミクロンはひとつ上の年代だったからあんまり共通点もなかったしな……っていうか、五年前の細々としたことなんか殆ど覚えてない。参ったな、こりゃ)
そうして口を開かず長考するオーフェンに、コミクロンは痺れを切らしたらしい。ぶんぶんと無意味に腕を振り回して喚き散らす。
「本当にお前がキリランシェロなら、この世紀の大天才、コミクロンの偉大なる業績の数々を知っているはずだ。
さあ口にしろ! この天才を称える言葉を! 俺の成し遂げた偉業を! 俺はどんな人物だった!?」
「歯車を信奉してる、役に立たないガラクタばっか造る傍迷惑な奴」
「聞いたかヴァーミリオン! 語るに落ちた! 俺のことを正しく認識しているのならそんな評価には到底ならんはずだ! この偽リランシェロめ!」
「どうやら本物みたいだな。よろしく、オーフェン」
「……ヴァーミリオン、お前との信頼関係にちみーっと罅が入ったぞ」
なにやら恨めしげに呟いているコミクロンと苦笑を浮かべているヘイズを見て、だがふとオーフェンは気づいた。
「ああ、あったぞ。っていうか、お前もさっき見てただろーが。物質崩壊の魔術はチャイルドマン教室の秘奥だ。あれが使えるのは先生とその生徒だけだろ」
「ああ、そういえば」
ぽん、と手を打って納得するコミクロン。
「……いらんことに時間を使った気がするな」
頭痛をこらえるかのようにこめかみを揉みながらヘイズが呻く。
それは無視して、コミクロンはしげしげと改めてオーフェンの顔を覗きこんだ。
「しかし……キリランシェロだということは認めてやらんでもないが、何でそんなチンピラ風に? 色々あったって言うが具体的になんだ? アザリー辺りに天人の遺産の実験台にでもされたか?」
「あー……そうだな。いや、そうじゃないが」
偶然だろうが、割りとそう外れてもいないことを突かれ、思わず返答が曖昧になる。
このコミクロンはオーフェンから見て五年前の存在だ――つまり、オーフェンがまだキリランシェロと呼ばれていた頃の。
だから向こうが『オーフェン』と面識がないのは当然であるが、それを説明するとなると――
(……五年後のことまで突っ込まれたら、何て答えりゃいいんだ?)
コミクロンは死ぬ。オーフェンの姉だったアザリーの討伐に参加し、死ぬ。
そのことを伝えるべきか、否か。
「――そのくらいにしておこうぜ、コミクロン」
「ヴァーミリオン?」
オーフェンのその悩みを中断させたのはヘイズだった。
訝しむような表情で振り向いたコミクロンに対して肩をすくめてみせながら、参加者リストを率先して畳み、
「あんまりここに長居するのは不味い。派手にドンパチやり過ぎた。
ダナティアのグループが崩壊したとしても、まだあの放送の力は残っている――付近に乗った奴が潜んでねぇともかぎらねえ。
とりあえずはこいつが"キリランシェロ"だって分かっただけでよしとしようや」
「む、それもそうか」
コミクロンも納得したようで、ヘイズと分担していた禁止エリアを書きこんだ地図の方を広げ始める。
(とりあえずは一時保留ってとこか)
いずれ話さなければならないだろうが、それまでに心中を整理する時間はできた。
オーフェンは胸中で嘆息し――そして、こちらをじっと見据えるヘイズの視線に気づく。
(……なるほど、話題を誘導したのはわざとか。隠し事を見抜かれてたな)
聡い人物だ。オーフェンがヘイズに抱く第一印象はそれだった。そして同様に、情け深い性格でもあるらしい。
見逃された、ということだろう――コミクロンよりも早く彼に話すことになりそうだな、とオーフェンは思った。
了解した、という風に手をひらひらと振ると、ヘイズもその意図を察したのだろう。コミクロンの地図を覗き込みながらこれからの予定を立て始める。
「さて、とりあえずは移動するってことだが――どうする? どこか行くあてはあるか? 俺たちはとりあえず例の放送の集団に接触してみる予定だったんだが、あんたは?」
ヘイズの問いに、オーフェンは続けて手を振りながら応じた。
「さっきも言ったが、俺は待ち合わせの約束がある。零時にE-5の小屋だ。時間は過ぎちまったが、まだ今から行けば間に合う……と、思う」
「待ち合わせ相手は? 信用できる奴か?」
「……椅子に偏愛を注ぐ変態だった。が、まあ、極悪人ではないと思う」
「……なんだそれ、コミクロンの親戚か?」
「おい、ヴァーミリオン。お前もしかして俺に喧嘩売ってるのか?」
にらみ合う二人。だが唐突に、コミクロンは「む?」と首を傾げた。
「なあ前にこれと似たよーなやりとりをしたことないか? どうも引っかかるんだが……」
「どうでもいいだろ? それよりも、だ――」
さておき、とヘイズは地図を見つめた。E-5の小屋――距離的にはさほど離れていない。
「さて、提案だ。俺としては、この同盟をもうしばらく継続したい。そっちの方に俺たちも同行しようと思うんだが――いいか?」
「そっちの用事はいいのか?」
「例のマンションまでそう距離はないからな……それに正直、さっきのあれは肝が冷えた」
一見、遠・近距離戦闘に対応でき、そして十分に信頼関係を築けた三人組ならば、この"ゲーム"ではとてつもなく有利に思える。殺人者はその性質上、大勢での同盟を組みにくいからだ。
だが実際、それを殺人者も理解している。だからこそ、ゲームに乗る連中というのはギギナやフォルテッシモ、そしてさきほどの少女達のように、一対多を苦もしない馬鹿げた戦闘能力を持っている場合が多い。
「何をするにしてもこの島じゃ戦力はあったほうがいい。魔術士が二人いれば、攻防一体の戦略もとれるって分かったしな。俺の"破砕の領域"じゃ、コミクロンの魔術とはコンビネーションの相性が悪いんだ」
「ああ、魔術と相克するってやつか」
頷きながら、オーフェンはさきほどかいつまんで説明されたことを思い出していた。論理回路と音声魔術の相似点――そして刻印解除の目処について。
残り32名。最初に集められた人数の約4分の1。ゲームの終了は近い。仮に自分たちの様な優勝を目指していない連中が残ったとして、刻印が解除できなければ24時間の制限で全滅するしかない。オーフェンは顎に手を当てて思考する。
(確かに俺はこれまでマジクやクリーオウの捜索を第一に考えてたから、他の連中とつるむのは最小限にしてたが……そろそろ、クリーオウと合流したその後のことまで考えにゃならんかもな)
とりあえず、佐山やダナティアといった集団を形成してゲームからの脱出を考えている連中とは敵対しない程度の関係性を築いてはいるが、それだけでは十分とは言い難い。
ならば、一応の知り合いがいるこの集団に属しておくのは悪い考えではないだろう。そんな打算を弾き出し、右手をヘイズに差し出す。
「オーケイ、同盟成立だ。これからよろしくな、ええと、ヴァーミリオン?」
「そっちじゃ呼びにくいだろう。ヘイズのほうでいい」
「うむ。まあ、このコミクロン様にあやかりたい気持ちは分かるが、お前のよーな貧乏脳みそでは無理だぞ、キリランシェロ」
腰に手を当ててふふんと笑うコミクロン。それをじっとりとした目つきで軽く睨みながら、オーフェンは呻いた。大魔術を放った疲労がさらに重くなった気がする。
「……そういえばこういう奴だったか。まあいいけどよ。んじゃ、そろそろ――」
行くか、と立ち上がりかけ。
ふと違和感を覚えて、オーフェンは腰を半分ほど浮かせた中途半端な体勢で停止した。それは丁度、レポートの提出期限をど忘れしてしまったような心境に近い。一週間後か、明日か。それとも昨日だったかも分からず、不意に沸いてくる焦燥。
見ればコミクロンとヘイズはすでにその違和感の正体に気づいているようで、きょろきょろと互いに周囲を見渡していた。やがて目当てのものがどうやっても見当たらないことに気づき、二人で顔を見合わせる。
忘れていた――というよりは、近づき難かったのだろう。彼女は先の戦闘で知り合いを亡くしている。
「……あれ、火乃香は?」
間の抜けた声の二重奏は、森の中でさして響きもせずに消えた。
死者の情報を記載し終えたヘイズはため息をひとつ吐き、用紙を眺める。
殺人は止まらない。知り合いも死んだ。ヒースロゥ・クリストフ。風の騎士はもう疾らない。
彼と組んでいた少女はどうしたのだろうか。
名前こそ呼ばれなかったが、戦闘力のなさそうな彼女がヒースロゥを倒せる程の強敵と相対して無事でいるとは思えない。
ヒースロゥが囮になって逃げ延びたか――あるいはもっと胸糞の悪い事態に陥っているか。
そして、もうひとつ。
(ダナティアって奴も、死んじまったか)
この最悪の島に希望をもたらそうとした彼女は、それを叶えられぬまま果てた。
あの放送を行った集団それ自体が押しつぶされたのか、それともダナティアだけが死んでしまったのか。
確立だけで言えば、前者の方が高い。
暗澹とした気持ちでその事実を認識する。
無論、集団の旗頭となった人物だけをピンポイントで暗殺できる技能を持った殺人者がいないとは限らない。
だが実際に殺されてしまって、こうして放送に流れている。そんな事態が発生したのならば何らかのフォローを行うべきだ。
あの集団は島全土へ放送を行える設備を持っているのだから。
もっとも、管理者による放送が終了した後それらしいものが無かったわけではない。
継がれる意志がある限り、僕らの道は絶たれない――そう叫んだ放送があった。
多分に苦しみを含んだ、断末魔として。
ダナティアが行った放送はパフォーマンスだ。真意がどこにあったにしろ、『このゲームを打ち砕く集団』というイメージを流布した。
だからこそ、あの集団が残っていれば、あるいは組織として機能しているなら先のような苦しみに満ちた放送は行わないだろう。
あれは正しくして断末魔だ。あの集団が消滅したという宣言。
(考えられる可能性は大きく分けてふたつか。
一つは外部からの攻撃によって集団が全滅した。これは最悪だな。
単独か複数かは分からないが、少なくともあの集団を全滅させられるだけの力を持った殺人鬼が近くにいるってことになる。
さっきの奴らがそうなのかもしれねえが――警戒はしとかなきゃ不味い)
そして、二つ目。
(ダナティアが殺されて不和を招き、集団が崩壊した。
人数が多くなればそれだけ思想や意見が対立しやすくなる。
開始から僅か一日の時点で全員が一枚岩になってたわけじゃないだろうし、腹に一物ある奴が潜伏していても可笑しくない)
そんな思考を巡らす内、少し前に白衣の相棒が言っていた言葉を思い出す。
――結局、調べに行かないと何も判らんのだろう?
(まあ、確かにそうだ。幸い戦力は整っている。この規模でならまだ、互いの不和は招きにくい)
もっとも、その要素が無いわけではない。
目の前の人物を見やる。黒ずくめ、目つきの悪い皮肉気な相貌。
そいつはリストを呆然と見つめていた。まるで信じられない何かが起きたとでも言うように。
そして、そんな事態はいつだって訪れる。特に、この島では。
「……誰か、知り合いが呼ばれたのか?」
「ん? ああ、いや」
リストを畳み、デイパックに仕舞い込みながらそいつはゆっくりと頭を振った。
「なんていうかな――死ぬときは死ぬってことに、実感が湧いたっていうか。いや、気にしないでくれ」
「……まあ、そっちがそう言うんなら気にしないけどよ」
同じようにリストをしまいながら、ヘイズ。
「さて、アンタはこれからどうするんだ、ええと、キリランシェロさんつったか?」
「……名簿にはオーフェンで載ってるし、できればそっちで呼んでくれ」
「じゃあオーフェン。アンタはこれからどうする――」
「いや、まてヴァーミリオン。確かにこいつはキエサルヒマの黒魔術士だろうが、どうにも納得できんことがいくつかある」
コミクロンが割り込んでくる。
先程は緊急事態だったので質問できなかったが、状況が落ち着いた今ならば別だ。
確かに構成は見えていたし黒魔術を展開もした。音声魔術士であることは確かで、コミクロンの素性やチャイルドマン教室のことも知っている。だが、
「お前、本当にキリランシェロか? 俺の知っている奴はもう少し可愛げのある顔をしていたよーな気がするが」
「……色々あったんだよ」
「顔つきが凶悪に歪むほどの色々ってなんだ。整形か? というか背も高くなってるし、歳を食っているようにも見える。キリランシェロと共通するのは髪と目の色くらいしかない。確かにチャイルドマン教室や俺のことは知っているようだったが」
コミクロンは顎に手を当て考え込む。自分の中で論理を組み立てるように、ぶつぶつと続けた。
「チャイルドマンの名前は黒魔術士なら誰でも知っているだろう。その教室に属する生徒のことも、まあ知っている奴は知っているし調べられないわけじゃない。"塔"は秘密結社じゃないからな。ペンダントだって支給品扱いならお前が持っていても不思議じゃない。こいつはキリランシェロって証拠が不足してるんだよ、ヴァーミリオン」
おさげ白衣の言に、ヘイズは両手を"お手上げ"のジェスチャーにして応える。
「コミクロンの言うことにも一理あるが……別に俺は"キリランシェロ"だから共闘したってわけじゃないしな。少なくともコミクロンと同じ魔術士であることが分かってて、その上でお互いのっぴきらない理由があったから協力したわけだし」
「そりゃ、お前にとってはそうだろうが……」
それでも納得できないようで、コミクロンはオーフェンの方を猜疑心に満ちた目でちらちらと伺っている。
その様子を見て、ヘイズは小さく呻いた。
刻印の解除のことで他の参加者やそのグループと協力する必要は絶対にある。だが見ての通り、たった一人の参加者と関係しただけで容易く不和は発生し得る。
(疑念は晴らせるなら晴らせる方がいい、か)
崩壊したダナティアのグループのことを思い返し、ヘイズは言葉を紡いだ。
「……そうだな。確かに名簿の名前と本名が違うなら憂慮すべき事態だ。実際、コミクロンは知り合いが参加してないって思ってたわけだしな。俺の知り合いが別の名前で他にも参加させられてるかもしれねえ。ってことで、オーフェンさんよ。できれば何か『キリランシェロ』しか知らないことってないか?」
「俺しか知らないこと、ねえ……」
オーフェンは目を瞑って考え込む。自分であるということの証明。この空間では存外に難しいことではある。
キリランシェロだけが知っていること。いや、正確に言えばキリランシェロとコミクロンのみに通じる符丁か。
(コミクロンはひとつ上の年代だったからあんまり共通点もなかったしな……っていうか、五年前の細々としたことなんか殆ど覚えてない。参ったな、こりゃ)
そうして口を開かず長考するオーフェンに、コミクロンは痺れを切らしたらしい。ぶんぶんと無意味に腕を振り回して喚き散らす。
「本当にお前がキリランシェロなら、この世紀の大天才、コミクロンの偉大なる業績の数々を知っているはずだ。
さあ口にしろ! この天才を称える言葉を! 俺の成し遂げた偉業を! 俺はどんな人物だった!?」
「歯車を信奉してる、役に立たないガラクタばっか造る傍迷惑な奴」
「聞いたかヴァーミリオン! 語るに落ちた! 俺のことを正しく認識しているのならそんな評価には到底ならんはずだ! この偽リランシェロめ!」
「どうやら本物みたいだな。よろしく、オーフェン」
「……ヴァーミリオン、お前との信頼関係にちみーっと罅が入ったぞ」
なにやら恨めしげに呟いているコミクロンと苦笑を浮かべているヘイズを見て、だがふとオーフェンは気づいた。
「ああ、あったぞ。っていうか、お前もさっき見てただろーが。物質崩壊の魔術はチャイルドマン教室の秘奥だ。あれが使えるのは先生とその生徒だけだろ」
「ああ、そういえば」
ぽん、と手を打って納得するコミクロン。
「……いらんことに時間を使った気がするな」
頭痛をこらえるかのようにこめかみを揉みながらヘイズが呻く。
それは無視して、コミクロンはしげしげと改めてオーフェンの顔を覗きこんだ。
「しかし……キリランシェロだということは認めてやらんでもないが、何でそんなチンピラ風に? 色々あったって言うが具体的になんだ? アザリー辺りに天人の遺産の実験台にでもされたか?」
「あー……そうだな。いや、そうじゃないが」
偶然だろうが、割りとそう外れてもいないことを突かれ、思わず返答が曖昧になる。
このコミクロンはオーフェンから見て五年前の存在だ――つまり、オーフェンがまだキリランシェロと呼ばれていた頃の。
だから向こうが『オーフェン』と面識がないのは当然であるが、それを説明するとなると――
(……五年後のことまで突っ込まれたら、何て答えりゃいいんだ?)
コミクロンは死ぬ。オーフェンの姉だったアザリーの討伐に参加し、死ぬ。
そのことを伝えるべきか、否か。
「――そのくらいにしておこうぜ、コミクロン」
「ヴァーミリオン?」
オーフェンのその悩みを中断させたのはヘイズだった。
訝しむような表情で振り向いたコミクロンに対して肩をすくめてみせながら、参加者リストを率先して畳み、
「あんまりここに長居するのは不味い。派手にドンパチやり過ぎた。
ダナティアのグループが崩壊したとしても、まだあの放送の力は残っている――付近に乗った奴が潜んでねぇともかぎらねえ。
とりあえずはこいつが"キリランシェロ"だって分かっただけでよしとしようや」
「む、それもそうか」
コミクロンも納得したようで、ヘイズと分担していた禁止エリアを書きこんだ地図の方を広げ始める。
(とりあえずは一時保留ってとこか)
いずれ話さなければならないだろうが、それまでに心中を整理する時間はできた。
オーフェンは胸中で嘆息し――そして、こちらをじっと見据えるヘイズの視線に気づく。
(……なるほど、話題を誘導したのはわざとか。隠し事を見抜かれてたな)
聡い人物だ。オーフェンがヘイズに抱く第一印象はそれだった。そして同様に、情け深い性格でもあるらしい。
見逃された、ということだろう――コミクロンよりも早く彼に話すことになりそうだな、とオーフェンは思った。
了解した、という風に手をひらひらと振ると、ヘイズもその意図を察したのだろう。コミクロンの地図を覗き込みながらこれからの予定を立て始める。
「さて、とりあえずは移動するってことだが――どうする? どこか行くあてはあるか? 俺たちはとりあえず例の放送の集団に接触してみる予定だったんだが、あんたは?」
ヘイズの問いに、オーフェンは続けて手を振りながら応じた。
「さっきも言ったが、俺は待ち合わせの約束がある。零時にE-5の小屋だ。時間は過ぎちまったが、まだ今から行けば間に合う……と、思う」
「待ち合わせ相手は? 信用できる奴か?」
「……椅子に偏愛を注ぐ変態だった。が、まあ、極悪人ではないと思う」
「……なんだそれ、コミクロンの親戚か?」
「おい、ヴァーミリオン。お前もしかして俺に喧嘩売ってるのか?」
にらみ合う二人。だが唐突に、コミクロンは「む?」と首を傾げた。
「なあ前にこれと似たよーなやりとりをしたことないか? どうも引っかかるんだが……」
「どうでもいいだろ? それよりも、だ――」
さておき、とヘイズは地図を見つめた。E-5の小屋――距離的にはさほど離れていない。
「さて、提案だ。俺としては、この同盟をもうしばらく継続したい。そっちの方に俺たちも同行しようと思うんだが――いいか?」
「そっちの用事はいいのか?」
「例のマンションまでそう距離はないからな……それに正直、さっきのあれは肝が冷えた」
一見、遠・近距離戦闘に対応でき、そして十分に信頼関係を築けた三人組ならば、この"ゲーム"ではとてつもなく有利に思える。殺人者はその性質上、大勢での同盟を組みにくいからだ。
だが実際、それを殺人者も理解している。だからこそ、ゲームに乗る連中というのはギギナやフォルテッシモ、そしてさきほどの少女達のように、一対多を苦もしない馬鹿げた戦闘能力を持っている場合が多い。
「何をするにしてもこの島じゃ戦力はあったほうがいい。魔術士が二人いれば、攻防一体の戦略もとれるって分かったしな。俺の"破砕の領域"じゃ、コミクロンの魔術とはコンビネーションの相性が悪いんだ」
「ああ、魔術と相克するってやつか」
頷きながら、オーフェンはさきほどかいつまんで説明されたことを思い出していた。論理回路と音声魔術の相似点――そして刻印解除の目処について。
残り32名。最初に集められた人数の約4分の1。ゲームの終了は近い。仮に自分たちの様な優勝を目指していない連中が残ったとして、刻印が解除できなければ24時間の制限で全滅するしかない。オーフェンは顎に手を当てて思考する。
(確かに俺はこれまでマジクやクリーオウの捜索を第一に考えてたから、他の連中とつるむのは最小限にしてたが……そろそろ、クリーオウと合流したその後のことまで考えにゃならんかもな)
とりあえず、佐山やダナティアといった集団を形成してゲームからの脱出を考えている連中とは敵対しない程度の関係性を築いてはいるが、それだけでは十分とは言い難い。
ならば、一応の知り合いがいるこの集団に属しておくのは悪い考えではないだろう。そんな打算を弾き出し、右手をヘイズに差し出す。
「オーケイ、同盟成立だ。これからよろしくな、ええと、ヴァーミリオン?」
「そっちじゃ呼びにくいだろう。ヘイズのほうでいい」
「うむ。まあ、このコミクロン様にあやかりたい気持ちは分かるが、お前のよーな貧乏脳みそでは無理だぞ、キリランシェロ」
腰に手を当ててふふんと笑うコミクロン。それをじっとりとした目つきで軽く睨みながら、オーフェンは呻いた。大魔術を放った疲労がさらに重くなった気がする。
「……そういえばこういう奴だったか。まあいいけどよ。んじゃ、そろそろ――」
行くか、と立ち上がりかけ。
ふと違和感を覚えて、オーフェンは腰を半分ほど浮かせた中途半端な体勢で停止した。それは丁度、レポートの提出期限をど忘れしてしまったような心境に近い。一週間後か、明日か。それとも昨日だったかも分からず、不意に沸いてくる焦燥。
見ればコミクロンとヘイズはすでにその違和感の正体に気づいているようで、きょろきょろと互いに周囲を見渡していた。やがて目当てのものがどうやっても見当たらないことに気づき、二人で顔を見合わせる。
忘れていた――というよりは、近づき難かったのだろう。彼女は先の戦闘で知り合いを亡くしている。
「……あれ、火乃香は?」
間の抜けた声の二重奏は、森の中でさして響きもせずに消えた。
◇◇◇
困った。立ち上がれない。
衝撃に弾き飛ばされ、全身を蝕む痺れるような鈍痛はフリウ・ハリスコーの身体の自由を奪っていた。
立ち上がることができない。現状、木の幹に背を預けて座り込んでいる態勢だが、この状態から許されるのは精々地面の上に寝っ転がることくらいだ。それも、おそらくうつ伏せか仰向けかは選べまい。
(そういえば、両腕の骨も折れてるんだっけ……)
今は痺れるような感覚で誤魔化されているが、もう少し経てばおそらく本格的に痛み出すだろう。硝化の森に挑むハンターにとって怪我は日常茶飯事であったが、流石に両腕が折れた痛みというのは味わったことがない。じんわりと背中にいやな汗が浮かぶのを感じる。
「小娘、立ち上がらんのか」
気楽に言ってくる人精霊を睨んで、だが意地を張っても仕方ないと気づいてフリウは溜息をつくかのように言った。
「立ち上がれないの」
「じゃあ飛んだらどうだ? さっきの小娘は羽を生やせるみたいだったし、同じ小娘ならできるんでないか?」
「できるわけないでしょ、そんなの」
「俺たちはできるんだが。しかし飛べもしない、歩けもしないとなると本格的に小娘だな。この場合の小娘というのは無駄飯ぐらいと同義だ。薄暗い部屋から出てこない小娘を両親は疎ましく思っている。俺もそのお父さんと同じ気持ちだ」
益体のない言葉を吐き散らかす人精霊の存在と動かせない体に顔をしかめながら、フリウは頭上を見上げた。後頭部を木の幹に押し当て、位置を固定する。自分は特に体格に恵まれているわけではないとはいえ、人一人が背を預けきれる大きな木だ。当然、枝も豊かに茂っていた。
(念糸でY字になってる枝を落として……松葉杖の代わりにできるかな?)
それはどこまでも無茶な案のように思えた。このコンディションで念糸を紡げる自信はない。仮に枝を落とせても、腕の痛みがあれば歩くことは難しいだろう。いや、そもそも脇の下に枝を挟むこともできないかもしれない。
それでも他にやりようがあるわけでもなく、霞む視界で枝の一本を注視する。
「――動くな」
そして。
頭上を仰ぎ、無防備にさらけ出されているフリウの首筋に、一条の銀が突きつけられた。
「あの巨人の特性は分かってる。こっちを見たら――殺すよ」
突きつけられたのは銀の閃光だけではない。それに負けないくらい鋭く、そして冷たい言葉も。
(ああ――)
忘れていなかった、といえば嘘になるかもしれない。
だけどフリウは知っていた。いずれはこうなる。こうならなくてはならなかった。
そう。そうだ。たとえ正気を取り戻しても。狂気を振り払えても。
それまでの行いがなくなることなんて、ない。
月明かりが枝の隙間から差すだけの暗い暗い森の中、突きつけられた刃を分水嶺に、フリウと火乃香は対峙した。
衝撃に弾き飛ばされ、全身を蝕む痺れるような鈍痛はフリウ・ハリスコーの身体の自由を奪っていた。
立ち上がることができない。現状、木の幹に背を預けて座り込んでいる態勢だが、この状態から許されるのは精々地面の上に寝っ転がることくらいだ。それも、おそらくうつ伏せか仰向けかは選べまい。
(そういえば、両腕の骨も折れてるんだっけ……)
今は痺れるような感覚で誤魔化されているが、もう少し経てばおそらく本格的に痛み出すだろう。硝化の森に挑むハンターにとって怪我は日常茶飯事であったが、流石に両腕が折れた痛みというのは味わったことがない。じんわりと背中にいやな汗が浮かぶのを感じる。
「小娘、立ち上がらんのか」
気楽に言ってくる人精霊を睨んで、だが意地を張っても仕方ないと気づいてフリウは溜息をつくかのように言った。
「立ち上がれないの」
「じゃあ飛んだらどうだ? さっきの小娘は羽を生やせるみたいだったし、同じ小娘ならできるんでないか?」
「できるわけないでしょ、そんなの」
「俺たちはできるんだが。しかし飛べもしない、歩けもしないとなると本格的に小娘だな。この場合の小娘というのは無駄飯ぐらいと同義だ。薄暗い部屋から出てこない小娘を両親は疎ましく思っている。俺もそのお父さんと同じ気持ちだ」
益体のない言葉を吐き散らかす人精霊の存在と動かせない体に顔をしかめながら、フリウは頭上を見上げた。後頭部を木の幹に押し当て、位置を固定する。自分は特に体格に恵まれているわけではないとはいえ、人一人が背を預けきれる大きな木だ。当然、枝も豊かに茂っていた。
(念糸でY字になってる枝を落として……松葉杖の代わりにできるかな?)
それはどこまでも無茶な案のように思えた。このコンディションで念糸を紡げる自信はない。仮に枝を落とせても、腕の痛みがあれば歩くことは難しいだろう。いや、そもそも脇の下に枝を挟むこともできないかもしれない。
それでも他にやりようがあるわけでもなく、霞む視界で枝の一本を注視する。
「――動くな」
そして。
頭上を仰ぎ、無防備にさらけ出されているフリウの首筋に、一条の銀が突きつけられた。
「あの巨人の特性は分かってる。こっちを見たら――殺すよ」
突きつけられたのは銀の閃光だけではない。それに負けないくらい鋭く、そして冷たい言葉も。
(ああ――)
忘れていなかった、といえば嘘になるかもしれない。
だけどフリウは知っていた。いずれはこうなる。こうならなくてはならなかった。
そう。そうだ。たとえ正気を取り戻しても。狂気を振り払えても。
それまでの行いがなくなることなんて、ない。
月明かりが枝の隙間から差すだけの暗い暗い森の中、突きつけられた刃を分水嶺に、フリウと火乃香は対峙した。
◇◇◇
――火乃香には分かっていた。
蒼き天宙眼は気を感じ取る。
だから敵の内、ひとりがまだ生きていることに、気づいていた。
パイフウを殺した殺人者達の片割れが、仇ともいえる存在がまだ存在していることに気づいていた。
「あの奇妙な糸を出しても殺す。それ以外にも変な動きをしたら、殺す」
巨人に殴られて酷くひしゃげた騎士剣を少女の白い喉元に押し当てながら、冷たく告げる。
殺人――その経験がないわけではないが、火乃香はそれを仕事にはしていない。
他者を殺害することへの嫌悪感は根強く彼女の内に焼き付いている。
だが、それでも。
"殺す"――己が口にしたその忌み言葉に、火乃香の背筋は震えもしない。
それが指す意味を、当然のように自分の精神が受け止めている。
(抵抗しようとしたら迷わず……殺せる)
その確信がある。先ほどの交戦の時も相手を両断するつもりで剣を振るったのだ。
それは怒りだ。パイフウを、先生と呼び慕っていた人を殺された恨みだ。
まるで頭蓋の内側にある体液がすべて沸騰してしまったかのよう。突きつけた切っ先はぶるぶると震え、いつもの精緻な居合いの面影など欠片も見いだせない。
いまの自分の有様は無様の一言。
だが、それでいい。その無様さこそが、自分を突き進ませる。
色素の薄い髪に白い肌。自分とは対照的な出で立ちの娘。抵抗の様子は無い。火乃香の天宙眼は殺意に敏感だ。数キロ先からの狙撃すら予測して回避できる。制限下である現在の状況では本来の性能は望むべくも無いが、それでもこれだけ近ければ何かされる前に刃を動かせる。
眼前のそいつを睨みやりながら、火乃香は口を開く。最初の質問は決まっていた。
「何で、殺そうなんて思ったの?」
その質問に、びくりと白い少女が身を強張らせた。構わず、火乃香は続ける。
「そりゃ、"どうしようもない悪人なんかいない。殺していい奴なんてひとりもいない"――なんて一説ぶつほど、あたしも世間知らずじゃないさ。パイ先生――あんた達がさっき殺した人も、たぶん……どういう事情にせよ、この島で誰かを殺しちゃったんだと思う」
"……お願い、ほのちゃん。聞かないで"
あの時の懇願に込められた感情に、火乃香は気づいていた。
パイフウは自分に何か隠し事をしている。そしてそれはあの時――パイフウが混乱に乗じて、逃げる連中を無差別に狙撃しようとしていた事情に関係していることも、薄々は感づいている。
果たしてパイフウがこのゲームに乗っていたらなら。
自分はどうしていただろうか。火乃香は思う。もしもパイフウに殺された者の縁者が復讐を叫び、パイフウを殺そうとしたら、自分はどうしただろうか。
分からない。そんなことは、考えたくもない。ある意味、パイフウに対する他者からの糾弾が"絶対に"有り得なくなった今の状況は救いでもある。そのことを考えずに済ませてくれるのだから。
――それに感謝することは、当然出来ないが。
無駄な思考を振り払って、言葉を続けた。
「だけど、あんた達が他人を殺そうとしたのはその復讐なんて理由じゃない。そりゃあ復讐だって真っ当な理由とは言い難いけど、あんた達――あんたのはもっと真っ当じゃない理由だってのはあたしにも分かる」
死と破壊。ただひたすらにそれを求めた少女達。
特にこの白い少女は、破壊それ自体を求めているようでもあった。典型的な破滅主義者か――あるいは幼い少女の自暴自棄か。
「……理由を聞かせてよ」
剣の震えが伝染するように、いつの間にか自分の声も震えていた。
理由は分からない。その理由が何なのか分かる前に、火乃香は声を張り上げた。
「何であんた、先生を殺したりなんかしたんだ……!」
問われて。
フリウは息を詰めた。初めてではない――この質問は、フリウ・ハリスコーの人生において永遠に付き纏うものだろう。破壊の左目を宿し、それを制御できない大馬鹿者。力に見合う自制心を持たぬ愚者。そいつは多くの人間を殺し、傷つけ、不幸にした。
一度目はヌアンタット高地の村で。彼女は無言の糾弾に包まれながら八年を過ごした。
二度目も、同じく生まれ故郷で。それに対する糾弾は刃と共に振り下ろされた。
三度目、帝都イシィカルリシア・ハイエンドを粉微塵にして――これは直接彼女を責める者もいなかったが、それでも世界は大きく変化した。良くも悪くも。ならばやはり、その下手人を非難するものはいるだろう。
彼女が歩んできた道筋には、投げつけられた誹謗の跡が多く残っている。
――そして、それに答えを返せたことは一度も無い。
(だって……だって)
許されることではないのだから。
納得できる言い訳というものは無い。フリウは知っている。大切なものを奪われたら、奪った相手を許すことは出来ない。許すことができないが故に、それは大切なものなのだから。許すことができるなら、それはその程度のものだったということだ。
理由、理由か。刃を向けてくる、まだ顔も見ていない少女の言葉を反芻する。きっと、何を言ったって彼女を納得させることは出来ないだろう。
あの時は壊すことこそが正しいことだと思えた。それは身勝手な自暴自棄だったのだと、いまなら理解できる。いつだってそうだった。フリウ・ハリスコーが怒りに任せて精霊を解き放てば、何もかも滅茶苦茶になってしまう。
彼女の質問に、正答を返すことは出来ない。
正しい答えを返せば許されるというのなら、正しい答えなんて存在しない。
フリウ・ハリスコーは口を開いた。
「……破壊に、理由なんて無いよ」
かつて、炎髪灼眼の少女にも言った台詞を口にする。
目の前の少女が眼を見開き、喉に当たる刃には力が篭った。その感触から逃げず、続ける。
「だって、あたしは間違ってたんだ」
言葉を覚えている。
ペスポルト・シックルド。かつての養父。精霊アマワに奪われたもの。彼の言葉を覚えてる。だから彼の存在は無かったことにならない。
それでも彼を喪失した折、フリウは帝都を破壊した。
帝国の中心、不死者の棺を叩き壊し、そこを永遠の不毛の地――硝化の森へと変えてしまった。
これは、その焼き直し。
喪失し、癇癪を起こして破滅を招き、そしてまたそれに気づいて青褪めている。
フリウ・ハリスコーとは、そんな愚か者の名前である。自分は永遠に賢者にはなれないだろう。この眼と釣り合う自制心を、八年以上かけても自分は習得できなかったのだから。
「ごめん――なさい」
だから泣きじゃくる子供がそうするように、フリウは謝罪を口にする。
「――なに、を」
「ごめんなさい。許してもらえることじゃないのは分かってます。だけど――」
「やめろ」
喉もとの刃が、フリウの言葉に反応して震えた。
当然の反応だろう。軽すぎると、フリウ自身ですら思った。言葉に重みがない。殺戮はほんの数分前だ。そんな行為で許される筈は無い。
あの時は、どうしたのだったか。
帰り着いた生まれ故郷で、刃と矢によって迎えられたあの時、自分は契約に守られていた。だから生き延び、アマワと対峙することが出来た。
今は違う。目の前の少女の刃は、フリウに逃れようの無い死を齎す。許される筈はないのだから、そうなる。
フリウ・ハリスコーはここで死ぬのだろう。結局は、死から逃れられなどしなかった。
(――それなら、あたしは)
ずっと頭上を見ていた顔を下に向け直し、こちらに刃を向ける少女を見やる。水晶眼の左目は瞑っておいた。
毅然とした表情に、驚愕を一筋だけ混ぜているバンダナを巻いた少女。その顔を見つめて、口を開く。
死ぬのは怖い。だけど、やらなくてはならないことがある。あの時のように。
「……ふたつだけ。あたしを殺すのなら、左目は傷つけないでください。中に精霊――あの銀色の巨人が入っています。眼が傷つくと爆発が起きて、多分この島くらいなら吹き飛んでしまうから。それほどの威力が無くても、出てきた精霊は制御ができません」
バンダナの少女の表情は、変わらない――それが、こちらが左目を閉じていることに起因しているのか、それともそれ以外の理由であるのかは、フリウには判別できなかったが。
構わずに、続ける。一息に話をしたせいか、頭が茫洋とした霞に覆われつつある。心なしか視界も定まらなくなり始めていたが、構わず続けた。
「それと、この殺し合いには最初にあたし達を集めた奴ら以外に黒幕がいます……確証はないけど、多分、そいつが仕組んでる。そいつは偶然とかを全部、自分の都合の良いように操ってしまう存在です。名前は、アマワ。未来精霊アマワ。もしもこの島から出ようとするなら、きっと、そいつ、が……」
そして、フリウ・ハリスコーの意識はそこで途絶えた。
ぐったりと、それまで木に寄りかかっていた状態から滑る様に横倒れになる白髪の少女を見つめながら、火乃香は剣を引いていた。あのまま剣を首下に当てていれば、刃は自動的に倒れる少女の頚動脈を切り裂いていただろう。
それをしなかった理由は、何か。
「――卑怯者」
吐き捨てるように、火乃香は呟いた。
目の前の少女が気絶した理由は明らかだ。両腕が折れて、変な方向を向いている。普通なら会話も出来ないほどの重症の筈だ。
砂漠でもこういう奴はたまにいる。自分の怪我や容態の程度を脳が把握しきれず、壊れかけの体で不気味に動こうとするもの。大抵はそのまま死ぬ。
(こいつも、放っておけば、死ぬ)
自身を納得させるように、火乃香は胸中に言葉を浮かべる。
自然治癒するような怪我ではない。この有様では動くこともできないだろう。殺人者はか弱い獲物に容赦をしない。あるいは、殺される以上に胸糞悪いことになるかもしれない。また、そうでなくともいずれは確実に衰弱死に辿り着く。
自分が手を下す必要は全く無い。その感触を手に残すようなことはしなくていい。ただ背を向けて歩むだけでいいのだ……
(殺せる。このまま放置するだけだ。先生の仇だよ。当然だろ?)
ならば何故、自分はそんな当然のことを自問しているのか?
気づいて、火乃香は剣を下ろした。
「――ずるい。こんなの、殺せない」
無様に命乞いをしてくれれば良かった。
最後まで抵抗してくれれば殺せた。
それでもきっと殺せば後悔しただろうが、殺せた。
でももう無理だ。殺せない。火乃香という少女には、殺せない。
気づいてしまったのだ。目の前の異貌の少女から全く殺気が感じられないことに。
なまじっか気を読む蒼い瞳など持っているから分かってしまった。先ほどまでは殺意の塊だった癖に、いまはただの震える少女に過ぎない。そしてただの少女を火乃香という人間は斬れない。斬ることが出来ない。見捨てることすらも、出来ない。
否。最初から、それは決まっていたのかもしれない。
何故自分は相手と問答などしようと思ったのか。仇を討つというのなら、不意打ちで殺せばよかったのだ。それならば何故言葉を掛けた。糾弾し、嬲るため? 否。そこまで自分は腐っていない。
結局抵抗すれば殺せる、などというのは、条件を付与することによって自分に逃げ道を与えようとしている惰弱な行為に過ぎなかった。
卑怯者、と呟いた。目の前の少女は、ずるい。
そして、自分も。
「ごめん、先生……先生の仇、とれなかったよ」
どんなに言い訳をしても、彼女を殺せないのは自分のエゴだから。
――さあ、泣き言はお終いにしよう。
先ほど突貫工事で造った森の中の広場では、ようやく自分の不在に気づいた馬鹿コンビが火乃香を探し回っている。その気配を額の瞳に感じ、火乃香は無理やり笑みを作った。
右目、左目、そして喉。自分の持つそれらに対し、順番に指で触れていく。
眼球の保湿に不要な余分を払い、喉の痙攣を無理やり収めた。
それでも、胸の隙間が埋まることは無かったけれど。
蒼き天宙眼は気を感じ取る。
だから敵の内、ひとりがまだ生きていることに、気づいていた。
パイフウを殺した殺人者達の片割れが、仇ともいえる存在がまだ存在していることに気づいていた。
「あの奇妙な糸を出しても殺す。それ以外にも変な動きをしたら、殺す」
巨人に殴られて酷くひしゃげた騎士剣を少女の白い喉元に押し当てながら、冷たく告げる。
殺人――その経験がないわけではないが、火乃香はそれを仕事にはしていない。
他者を殺害することへの嫌悪感は根強く彼女の内に焼き付いている。
だが、それでも。
"殺す"――己が口にしたその忌み言葉に、火乃香の背筋は震えもしない。
それが指す意味を、当然のように自分の精神が受け止めている。
(抵抗しようとしたら迷わず……殺せる)
その確信がある。先ほどの交戦の時も相手を両断するつもりで剣を振るったのだ。
それは怒りだ。パイフウを、先生と呼び慕っていた人を殺された恨みだ。
まるで頭蓋の内側にある体液がすべて沸騰してしまったかのよう。突きつけた切っ先はぶるぶると震え、いつもの精緻な居合いの面影など欠片も見いだせない。
いまの自分の有様は無様の一言。
だが、それでいい。その無様さこそが、自分を突き進ませる。
色素の薄い髪に白い肌。自分とは対照的な出で立ちの娘。抵抗の様子は無い。火乃香の天宙眼は殺意に敏感だ。数キロ先からの狙撃すら予測して回避できる。制限下である現在の状況では本来の性能は望むべくも無いが、それでもこれだけ近ければ何かされる前に刃を動かせる。
眼前のそいつを睨みやりながら、火乃香は口を開く。最初の質問は決まっていた。
「何で、殺そうなんて思ったの?」
その質問に、びくりと白い少女が身を強張らせた。構わず、火乃香は続ける。
「そりゃ、"どうしようもない悪人なんかいない。殺していい奴なんてひとりもいない"――なんて一説ぶつほど、あたしも世間知らずじゃないさ。パイ先生――あんた達がさっき殺した人も、たぶん……どういう事情にせよ、この島で誰かを殺しちゃったんだと思う」
"……お願い、ほのちゃん。聞かないで"
あの時の懇願に込められた感情に、火乃香は気づいていた。
パイフウは自分に何か隠し事をしている。そしてそれはあの時――パイフウが混乱に乗じて、逃げる連中を無差別に狙撃しようとしていた事情に関係していることも、薄々は感づいている。
果たしてパイフウがこのゲームに乗っていたらなら。
自分はどうしていただろうか。火乃香は思う。もしもパイフウに殺された者の縁者が復讐を叫び、パイフウを殺そうとしたら、自分はどうしただろうか。
分からない。そんなことは、考えたくもない。ある意味、パイフウに対する他者からの糾弾が"絶対に"有り得なくなった今の状況は救いでもある。そのことを考えずに済ませてくれるのだから。
――それに感謝することは、当然出来ないが。
無駄な思考を振り払って、言葉を続けた。
「だけど、あんた達が他人を殺そうとしたのはその復讐なんて理由じゃない。そりゃあ復讐だって真っ当な理由とは言い難いけど、あんた達――あんたのはもっと真っ当じゃない理由だってのはあたしにも分かる」
死と破壊。ただひたすらにそれを求めた少女達。
特にこの白い少女は、破壊それ自体を求めているようでもあった。典型的な破滅主義者か――あるいは幼い少女の自暴自棄か。
「……理由を聞かせてよ」
剣の震えが伝染するように、いつの間にか自分の声も震えていた。
理由は分からない。その理由が何なのか分かる前に、火乃香は声を張り上げた。
「何であんた、先生を殺したりなんかしたんだ……!」
問われて。
フリウは息を詰めた。初めてではない――この質問は、フリウ・ハリスコーの人生において永遠に付き纏うものだろう。破壊の左目を宿し、それを制御できない大馬鹿者。力に見合う自制心を持たぬ愚者。そいつは多くの人間を殺し、傷つけ、不幸にした。
一度目はヌアンタット高地の村で。彼女は無言の糾弾に包まれながら八年を過ごした。
二度目も、同じく生まれ故郷で。それに対する糾弾は刃と共に振り下ろされた。
三度目、帝都イシィカルリシア・ハイエンドを粉微塵にして――これは直接彼女を責める者もいなかったが、それでも世界は大きく変化した。良くも悪くも。ならばやはり、その下手人を非難するものはいるだろう。
彼女が歩んできた道筋には、投げつけられた誹謗の跡が多く残っている。
――そして、それに答えを返せたことは一度も無い。
(だって……だって)
許されることではないのだから。
納得できる言い訳というものは無い。フリウは知っている。大切なものを奪われたら、奪った相手を許すことは出来ない。許すことができないが故に、それは大切なものなのだから。許すことができるなら、それはその程度のものだったということだ。
理由、理由か。刃を向けてくる、まだ顔も見ていない少女の言葉を反芻する。きっと、何を言ったって彼女を納得させることは出来ないだろう。
あの時は壊すことこそが正しいことだと思えた。それは身勝手な自暴自棄だったのだと、いまなら理解できる。いつだってそうだった。フリウ・ハリスコーが怒りに任せて精霊を解き放てば、何もかも滅茶苦茶になってしまう。
彼女の質問に、正答を返すことは出来ない。
正しい答えを返せば許されるというのなら、正しい答えなんて存在しない。
フリウ・ハリスコーは口を開いた。
「……破壊に、理由なんて無いよ」
かつて、炎髪灼眼の少女にも言った台詞を口にする。
目の前の少女が眼を見開き、喉に当たる刃には力が篭った。その感触から逃げず、続ける。
「だって、あたしは間違ってたんだ」
言葉を覚えている。
ペスポルト・シックルド。かつての養父。精霊アマワに奪われたもの。彼の言葉を覚えてる。だから彼の存在は無かったことにならない。
それでも彼を喪失した折、フリウは帝都を破壊した。
帝国の中心、不死者の棺を叩き壊し、そこを永遠の不毛の地――硝化の森へと変えてしまった。
これは、その焼き直し。
喪失し、癇癪を起こして破滅を招き、そしてまたそれに気づいて青褪めている。
フリウ・ハリスコーとは、そんな愚か者の名前である。自分は永遠に賢者にはなれないだろう。この眼と釣り合う自制心を、八年以上かけても自分は習得できなかったのだから。
「ごめん――なさい」
だから泣きじゃくる子供がそうするように、フリウは謝罪を口にする。
「――なに、を」
「ごめんなさい。許してもらえることじゃないのは分かってます。だけど――」
「やめろ」
喉もとの刃が、フリウの言葉に反応して震えた。
当然の反応だろう。軽すぎると、フリウ自身ですら思った。言葉に重みがない。殺戮はほんの数分前だ。そんな行為で許される筈は無い。
あの時は、どうしたのだったか。
帰り着いた生まれ故郷で、刃と矢によって迎えられたあの時、自分は契約に守られていた。だから生き延び、アマワと対峙することが出来た。
今は違う。目の前の少女の刃は、フリウに逃れようの無い死を齎す。許される筈はないのだから、そうなる。
フリウ・ハリスコーはここで死ぬのだろう。結局は、死から逃れられなどしなかった。
(――それなら、あたしは)
ずっと頭上を見ていた顔を下に向け直し、こちらに刃を向ける少女を見やる。水晶眼の左目は瞑っておいた。
毅然とした表情に、驚愕を一筋だけ混ぜているバンダナを巻いた少女。その顔を見つめて、口を開く。
死ぬのは怖い。だけど、やらなくてはならないことがある。あの時のように。
「……ふたつだけ。あたしを殺すのなら、左目は傷つけないでください。中に精霊――あの銀色の巨人が入っています。眼が傷つくと爆発が起きて、多分この島くらいなら吹き飛んでしまうから。それほどの威力が無くても、出てきた精霊は制御ができません」
バンダナの少女の表情は、変わらない――それが、こちらが左目を閉じていることに起因しているのか、それともそれ以外の理由であるのかは、フリウには判別できなかったが。
構わずに、続ける。一息に話をしたせいか、頭が茫洋とした霞に覆われつつある。心なしか視界も定まらなくなり始めていたが、構わず続けた。
「それと、この殺し合いには最初にあたし達を集めた奴ら以外に黒幕がいます……確証はないけど、多分、そいつが仕組んでる。そいつは偶然とかを全部、自分の都合の良いように操ってしまう存在です。名前は、アマワ。未来精霊アマワ。もしもこの島から出ようとするなら、きっと、そいつ、が……」
そして、フリウ・ハリスコーの意識はそこで途絶えた。
ぐったりと、それまで木に寄りかかっていた状態から滑る様に横倒れになる白髪の少女を見つめながら、火乃香は剣を引いていた。あのまま剣を首下に当てていれば、刃は自動的に倒れる少女の頚動脈を切り裂いていただろう。
それをしなかった理由は、何か。
「――卑怯者」
吐き捨てるように、火乃香は呟いた。
目の前の少女が気絶した理由は明らかだ。両腕が折れて、変な方向を向いている。普通なら会話も出来ないほどの重症の筈だ。
砂漠でもこういう奴はたまにいる。自分の怪我や容態の程度を脳が把握しきれず、壊れかけの体で不気味に動こうとするもの。大抵はそのまま死ぬ。
(こいつも、放っておけば、死ぬ)
自身を納得させるように、火乃香は胸中に言葉を浮かべる。
自然治癒するような怪我ではない。この有様では動くこともできないだろう。殺人者はか弱い獲物に容赦をしない。あるいは、殺される以上に胸糞悪いことになるかもしれない。また、そうでなくともいずれは確実に衰弱死に辿り着く。
自分が手を下す必要は全く無い。その感触を手に残すようなことはしなくていい。ただ背を向けて歩むだけでいいのだ……
(殺せる。このまま放置するだけだ。先生の仇だよ。当然だろ?)
ならば何故、自分はそんな当然のことを自問しているのか?
気づいて、火乃香は剣を下ろした。
「――ずるい。こんなの、殺せない」
無様に命乞いをしてくれれば良かった。
最後まで抵抗してくれれば殺せた。
それでもきっと殺せば後悔しただろうが、殺せた。
でももう無理だ。殺せない。火乃香という少女には、殺せない。
気づいてしまったのだ。目の前の異貌の少女から全く殺気が感じられないことに。
なまじっか気を読む蒼い瞳など持っているから分かってしまった。先ほどまでは殺意の塊だった癖に、いまはただの震える少女に過ぎない。そしてただの少女を火乃香という人間は斬れない。斬ることが出来ない。見捨てることすらも、出来ない。
否。最初から、それは決まっていたのかもしれない。
何故自分は相手と問答などしようと思ったのか。仇を討つというのなら、不意打ちで殺せばよかったのだ。それならば何故言葉を掛けた。糾弾し、嬲るため? 否。そこまで自分は腐っていない。
結局抵抗すれば殺せる、などというのは、条件を付与することによって自分に逃げ道を与えようとしている惰弱な行為に過ぎなかった。
卑怯者、と呟いた。目の前の少女は、ずるい。
そして、自分も。
「ごめん、先生……先生の仇、とれなかったよ」
どんなに言い訳をしても、彼女を殺せないのは自分のエゴだから。
――さあ、泣き言はお終いにしよう。
先ほど突貫工事で造った森の中の広場では、ようやく自分の不在に気づいた馬鹿コンビが火乃香を探し回っている。その気配を額の瞳に感じ、火乃香は無理やり笑みを作った。
右目、左目、そして喉。自分の持つそれらに対し、順番に指で触れていく。
眼球の保湿に不要な余分を払い、喉の痙攣を無理やり収めた。
それでも、胸の隙間が埋まることは無かったけれど。
◇◇◇
「そういうわけだから、この子も一緒に連れて行くよ」
「……って、ちょっと待て」
オーフェンは頭痛を堪えるように指先を額に押し当てながら呻いた。半眼で、火乃香が茂みの中から抱えてきた少女を見やる。
白い髪に高地生まれを思わせる白い肌。双眸の内、片方は瞳すらない白一色の異相――とはいえ、今は二つの瞳は瞼で覆い隠されているが。
気を失っていて、寝顔は負傷の程度とは不釣合いなほど穏やか、つまりは死者の顔に近い。誰が見ても年相応の無防備な少女にしか見えないだろう。とはいえそんな様子で騙されるほど、つい数分前の出会いが牧歌的なものであったわけでもなかった。
「俺の見間違いでなければ、そいつはさっき俺たちを全力で殺そうとしてきた奴の片割れに見えるんだが」
「うん。まあ、そうだけど?」
「そうか。そうだよな。ところで、俺もさっきあんたらのグループに入れて貰うことになったんだ」
「ああ、そうなの。ま、コミクロンの知り合いだったみたいだしね。そうなるだろうなーとは思ってたよ。これからよろしくね」
「こちらこそ。というわけで、俺たちは一応きちんと同盟を結んだわけだ。それなのにちょっと気に入らない奴がこのグループに入ったからって”じゃ、さようなら”ってなるのは俺も不義理な気がするし、しないほうがお互いの精神的健康の為にもいい気がするんだが、どう思う?」
「いいね。無責任な奴はあたしの故郷じゃ嫌われるよ。きちんと自分の仕事を果たしてこそ一人前だね」
「ありがとう。じゃ、その上で言わせて貰うんだが――」
そういってオーフェンは指先を白い少女――フリウ・ハリスコーに突きつけた。咄嗟に発動できる攻撃的な構成はさきほどから展開したままだ。
「俺は反対だ。あの巨人は危険すぎる。わざわざそれを連れて歩く気か?」
「危険ってことなら、さっきあんたが私たちに協力してくれたのだってそっちにとっては危険なだけだっただろ?」
「違う。あれはこれから俺が待ち合わせしてる奴らと会うのに安全を確保したかったから必要だった。だがこれは無駄に危険を背負い込んでるだけだ」
確かに銀の巨人への対抗策はつかめた。視線を魔術で攪乱すれば、あの巨人は役に立たない。
とはいえ、だからといって脅威が失われたという訳ではない。魔術の発動にはどうしてもタイムラグがつきまとうからだ。不意打ちであの巨人を放たれてはひとたまりもない。
さらに、この少女が他に攻撃手段を持っていないと確定したわけでもない。そういえば、この少女が巨人を召喚する際にちらりと確認できた銀の糸のようなものは、数時間前に出会った黒衣の男の念糸とやらに酷似していた。
異能の力を持つ相手をこちらの安全を確保した上で拘束することは難しい――例えばオーフェン達音声魔術士は声を出せる限りいくらでも破壊的な魔術を使うことが出来る。それを防ごうとするなら、実質的に殺すしかない。
ましてや相手の力を見定められない現状で、しかも一箇所に押し込めるならともかく、連れて歩くというのはオーフェンには許容できなかった。
魔術士は究極のリアリストだ。特に≪牙の塔≫の魔術士は。無用な殺傷はしないが、必要なら殺害までも含めた行動が出来るように訓練されている。
まあその点で言えば自分は魔術士としても不合格だった訳だが、だからといってこの少女を連れて行くことを許容できるわけでもない。
「そもそもだな、君の話だと彼女は改心して、しかもこの悪趣味な催しの黒幕に心当たりがあるそうだが――彼女が嘘をついてないって保障は?」
「あたしの勘」
「いや勘って」
悪びれもせずにそう告げてくる少女を前にして、オーフェンはさらに頭痛を堪える様に頭を強く抱えながら後ろを振り向いた。コミクロンとヘイズに援護をもらうためだ。
コミクロンはあんな風だが魔術士としての心構えはあった。だからこそ後年、彼はアザリーの討伐隊に参加するのだから。
ヘイズとはまだ知り合ったばかりだが、しかし彼の演算能力は現実に即したものだ。的確な状況判断を下すことが出来るだろう。
しかしその二人は互いに顔を見合わせひとつ頷き、
「火乃香だしなぁ」
「ああ、火乃香だもんなぁ」
などと言いながら、不思議な納得の仕方を見せている。
「おいっ!?」
予想を裏切られて思わず声を張り上げるオーフェンの背後で、火乃香は得意げに胸を反らして見せた。
「ほぉら三対一。ところで民主主義って言葉知ってる?」
「多数決が絶対正しいって訳でもなかろうが……」
「最初に他の奴らを頼ったのはあんたでしょ?」
ぐ、とオーフェンは呻いた。確かにそうだ。確かにそうだが。
「いや、でもな――」
なんとか食い下がろうとするオーフェンの肩を、ヘイズとコミクロンがぽん、と叩いた。
「諦めろ、キリランシェロ。火乃香はお前の姉と同類だ。逆らうだけ無駄に疲れるだけだぞ」
「こっち側にくれば楽になるぜ――子分仲間が増えると、俺達の負担が減る」
「ええい、やめろ! 俺は真人間だ! そっち側に引き込もうとするんじゃねえっ!」
オーフェンはぶんぶんと威嚇するように腕を振りながら叫ぶ――のみならず肩に触れていたヘイズの手を掴み返すとそのまま背負い投げの形で地面に叩きつけ、コミクロンの鳩尾に容赦なく膝蹴りを叩き込んだ。
いきなりの不意打ちで両者共に反応できず、ぐぇ、と奇妙な鳴き声を発して悶絶する。
ふぅ、とオーフェンは額を拭う動作などしつつ、さわやかな笑みを浮かべて火乃香に視線を戻した。
「これで一対一だな」
「チンピラだねえ……見た目に違わず」
呆れるように肩を竦める火乃香に、だがオーフェンも肩を竦め返す。
「ま、冗談はともかくだ――とりあえず、君の意見には従ってもいいがね」
「じゃあなんでヘイズとコミクロンを……」
「従ってもいいが!」
半眼の火乃香による追求を無視して、というより打ち消すようにオーフェンは声のボリュームを上げた。地面に転がる白髪の少女を指差す。
「彼女のした話の真偽を確かめるためには、彼女が眼を覚ますのを待つしかないだろう――だがこの場に長く留まることはできないから、その場合は彼女を連れて移動しなけりゃならない。だから君の意見も、選択肢のひとつとしては確かにある。
だが問題はな。彼女が危険な力の持ち主で、その力で俺達に危害を加えない、って手放しには信じられないってことだ。俺としちゃあ余計な厄介ごとは背負い込みたくない。もしもそうなったら、君はどうする?」
「……そうなったら、あたしに責任を取れってこと?」
「違う。もし実際危なくなったら俺だって彼女を止めるのに協力する。同盟を結んだ以上、責任を押し付けたりはしない。
俺が言いたいのは、だ。彼女が暴走した時君がどうするかって話さ――単刀直入に言おう。君はもしそうなった時、彼女を殺すことを容認できるか?」
もしも、それでもなお、殺せないというのなら。
その躊躇いは危険だ。チームで動くなら、目的と用いる手段は統一しておくべきだろう。そこに混乱があれば組織はただの個人の集まりに成り下がり、撃破するのは容易いものとなる。
だが人を殺すのを容認するのは難しい。オーフェンはその難しさを知っていた。出来ない内は、どうしたってできない。
この少女はどちらだ。出来る人間なのか、出来ない人間なのか。
「その時になったら言い合ってる暇もないだろうしな――それで、君は」
「殺せるよ」
オーフェンの言葉を遮って。
火乃香は短く、それだけを口にした。
「二度目は、ない。あたしもそこまでお人好しじゃない。もしも次にこいつが人を殺そうとしたら、何よりもまず真っ先に、あたしが手を下す。いいね?」
「……分かった。それなら、俺の方からはもう何も言うことは無いさ」
降参するように軽く両手を上げながら、オーフェン。火乃香はそれを確認すると彼に背を向け、寝転がっているコミクロンとヘイズをげしげしと蹴り始める。
「ほら、コミクロン。なに寝てんの? さっさと起きてその子の腕を治す! あとヘイズはその子を負ぶって連れて行くこと。あー、それと変なことしたらちょん切るからね?」
「こんな餓鬼に欲情するかよ……っていうか、俺がこの子背負ったら荷物はどーすんだ?」
「キリランシェロにでも持たせとけばよかろう――しかし酷い怪我だな。特に左腕の骨は粉々だし、いかに俺が天才とはいえ、これ治るのか……?」
存外、素直にむっくりと起き上がって少女の指示通りに行動し始める二人。それほど強く打ったわけでもないので、当然といえば当然だが。
オーフェンは腕組みなどしながらその光景を眺めていた。
目の前の三人の間には確固とした信頼関係があるように見受けられる。
この島でそれを得られると言うことは幸いだろう。殺戮を前提とした島では、それは金貨よりも価値がある代物だ。
だが、とオーフェンは胸中で続けた。
朱に交われば、という言葉がある。信頼おける仲間というのは、相互に影響を与えやすい。良くも、悪くも。
「ほら、あんたもぼさっとしてないで、ヘイズの荷物を持つ!」
「……ああ」
少女が放ったデイパックを受け取りながら、オーフェンは火乃香の瞳を一瞥した。
今は何も無いように見える。どこから見ても、ただの勝気な少女にしか見えない。
(だが、あの時は――)
あの時。白髪の少女を殺せるかどうか聞いた時。
彼女の答えが出任せだとはオーフェンも思っていない。むしろ、殺せるという彼女の言葉にはどこまでも真実みがあった。
――あの時の火乃香の瞳には、確かに憎悪の色が宿っていた。
「……って、ちょっと待て」
オーフェンは頭痛を堪えるように指先を額に押し当てながら呻いた。半眼で、火乃香が茂みの中から抱えてきた少女を見やる。
白い髪に高地生まれを思わせる白い肌。双眸の内、片方は瞳すらない白一色の異相――とはいえ、今は二つの瞳は瞼で覆い隠されているが。
気を失っていて、寝顔は負傷の程度とは不釣合いなほど穏やか、つまりは死者の顔に近い。誰が見ても年相応の無防備な少女にしか見えないだろう。とはいえそんな様子で騙されるほど、つい数分前の出会いが牧歌的なものであったわけでもなかった。
「俺の見間違いでなければ、そいつはさっき俺たちを全力で殺そうとしてきた奴の片割れに見えるんだが」
「うん。まあ、そうだけど?」
「そうか。そうだよな。ところで、俺もさっきあんたらのグループに入れて貰うことになったんだ」
「ああ、そうなの。ま、コミクロンの知り合いだったみたいだしね。そうなるだろうなーとは思ってたよ。これからよろしくね」
「こちらこそ。というわけで、俺たちは一応きちんと同盟を結んだわけだ。それなのにちょっと気に入らない奴がこのグループに入ったからって”じゃ、さようなら”ってなるのは俺も不義理な気がするし、しないほうがお互いの精神的健康の為にもいい気がするんだが、どう思う?」
「いいね。無責任な奴はあたしの故郷じゃ嫌われるよ。きちんと自分の仕事を果たしてこそ一人前だね」
「ありがとう。じゃ、その上で言わせて貰うんだが――」
そういってオーフェンは指先を白い少女――フリウ・ハリスコーに突きつけた。咄嗟に発動できる攻撃的な構成はさきほどから展開したままだ。
「俺は反対だ。あの巨人は危険すぎる。わざわざそれを連れて歩く気か?」
「危険ってことなら、さっきあんたが私たちに協力してくれたのだってそっちにとっては危険なだけだっただろ?」
「違う。あれはこれから俺が待ち合わせしてる奴らと会うのに安全を確保したかったから必要だった。だがこれは無駄に危険を背負い込んでるだけだ」
確かに銀の巨人への対抗策はつかめた。視線を魔術で攪乱すれば、あの巨人は役に立たない。
とはいえ、だからといって脅威が失われたという訳ではない。魔術の発動にはどうしてもタイムラグがつきまとうからだ。不意打ちであの巨人を放たれてはひとたまりもない。
さらに、この少女が他に攻撃手段を持っていないと確定したわけでもない。そういえば、この少女が巨人を召喚する際にちらりと確認できた銀の糸のようなものは、数時間前に出会った黒衣の男の念糸とやらに酷似していた。
異能の力を持つ相手をこちらの安全を確保した上で拘束することは難しい――例えばオーフェン達音声魔術士は声を出せる限りいくらでも破壊的な魔術を使うことが出来る。それを防ごうとするなら、実質的に殺すしかない。
ましてや相手の力を見定められない現状で、しかも一箇所に押し込めるならともかく、連れて歩くというのはオーフェンには許容できなかった。
魔術士は究極のリアリストだ。特に≪牙の塔≫の魔術士は。無用な殺傷はしないが、必要なら殺害までも含めた行動が出来るように訓練されている。
まあその点で言えば自分は魔術士としても不合格だった訳だが、だからといってこの少女を連れて行くことを許容できるわけでもない。
「そもそもだな、君の話だと彼女は改心して、しかもこの悪趣味な催しの黒幕に心当たりがあるそうだが――彼女が嘘をついてないって保障は?」
「あたしの勘」
「いや勘って」
悪びれもせずにそう告げてくる少女を前にして、オーフェンはさらに頭痛を堪える様に頭を強く抱えながら後ろを振り向いた。コミクロンとヘイズに援護をもらうためだ。
コミクロンはあんな風だが魔術士としての心構えはあった。だからこそ後年、彼はアザリーの討伐隊に参加するのだから。
ヘイズとはまだ知り合ったばかりだが、しかし彼の演算能力は現実に即したものだ。的確な状況判断を下すことが出来るだろう。
しかしその二人は互いに顔を見合わせひとつ頷き、
「火乃香だしなぁ」
「ああ、火乃香だもんなぁ」
などと言いながら、不思議な納得の仕方を見せている。
「おいっ!?」
予想を裏切られて思わず声を張り上げるオーフェンの背後で、火乃香は得意げに胸を反らして見せた。
「ほぉら三対一。ところで民主主義って言葉知ってる?」
「多数決が絶対正しいって訳でもなかろうが……」
「最初に他の奴らを頼ったのはあんたでしょ?」
ぐ、とオーフェンは呻いた。確かにそうだ。確かにそうだが。
「いや、でもな――」
なんとか食い下がろうとするオーフェンの肩を、ヘイズとコミクロンがぽん、と叩いた。
「諦めろ、キリランシェロ。火乃香はお前の姉と同類だ。逆らうだけ無駄に疲れるだけだぞ」
「こっち側にくれば楽になるぜ――子分仲間が増えると、俺達の負担が減る」
「ええい、やめろ! 俺は真人間だ! そっち側に引き込もうとするんじゃねえっ!」
オーフェンはぶんぶんと威嚇するように腕を振りながら叫ぶ――のみならず肩に触れていたヘイズの手を掴み返すとそのまま背負い投げの形で地面に叩きつけ、コミクロンの鳩尾に容赦なく膝蹴りを叩き込んだ。
いきなりの不意打ちで両者共に反応できず、ぐぇ、と奇妙な鳴き声を発して悶絶する。
ふぅ、とオーフェンは額を拭う動作などしつつ、さわやかな笑みを浮かべて火乃香に視線を戻した。
「これで一対一だな」
「チンピラだねえ……見た目に違わず」
呆れるように肩を竦める火乃香に、だがオーフェンも肩を竦め返す。
「ま、冗談はともかくだ――とりあえず、君の意見には従ってもいいがね」
「じゃあなんでヘイズとコミクロンを……」
「従ってもいいが!」
半眼の火乃香による追求を無視して、というより打ち消すようにオーフェンは声のボリュームを上げた。地面に転がる白髪の少女を指差す。
「彼女のした話の真偽を確かめるためには、彼女が眼を覚ますのを待つしかないだろう――だがこの場に長く留まることはできないから、その場合は彼女を連れて移動しなけりゃならない。だから君の意見も、選択肢のひとつとしては確かにある。
だが問題はな。彼女が危険な力の持ち主で、その力で俺達に危害を加えない、って手放しには信じられないってことだ。俺としちゃあ余計な厄介ごとは背負い込みたくない。もしもそうなったら、君はどうする?」
「……そうなったら、あたしに責任を取れってこと?」
「違う。もし実際危なくなったら俺だって彼女を止めるのに協力する。同盟を結んだ以上、責任を押し付けたりはしない。
俺が言いたいのは、だ。彼女が暴走した時君がどうするかって話さ――単刀直入に言おう。君はもしそうなった時、彼女を殺すことを容認できるか?」
もしも、それでもなお、殺せないというのなら。
その躊躇いは危険だ。チームで動くなら、目的と用いる手段は統一しておくべきだろう。そこに混乱があれば組織はただの個人の集まりに成り下がり、撃破するのは容易いものとなる。
だが人を殺すのを容認するのは難しい。オーフェンはその難しさを知っていた。出来ない内は、どうしたってできない。
この少女はどちらだ。出来る人間なのか、出来ない人間なのか。
「その時になったら言い合ってる暇もないだろうしな――それで、君は」
「殺せるよ」
オーフェンの言葉を遮って。
火乃香は短く、それだけを口にした。
「二度目は、ない。あたしもそこまでお人好しじゃない。もしも次にこいつが人を殺そうとしたら、何よりもまず真っ先に、あたしが手を下す。いいね?」
「……分かった。それなら、俺の方からはもう何も言うことは無いさ」
降参するように軽く両手を上げながら、オーフェン。火乃香はそれを確認すると彼に背を向け、寝転がっているコミクロンとヘイズをげしげしと蹴り始める。
「ほら、コミクロン。なに寝てんの? さっさと起きてその子の腕を治す! あとヘイズはその子を負ぶって連れて行くこと。あー、それと変なことしたらちょん切るからね?」
「こんな餓鬼に欲情するかよ……っていうか、俺がこの子背負ったら荷物はどーすんだ?」
「キリランシェロにでも持たせとけばよかろう――しかし酷い怪我だな。特に左腕の骨は粉々だし、いかに俺が天才とはいえ、これ治るのか……?」
存外、素直にむっくりと起き上がって少女の指示通りに行動し始める二人。それほど強く打ったわけでもないので、当然といえば当然だが。
オーフェンは腕組みなどしながらその光景を眺めていた。
目の前の三人の間には確固とした信頼関係があるように見受けられる。
この島でそれを得られると言うことは幸いだろう。殺戮を前提とした島では、それは金貨よりも価値がある代物だ。
だが、とオーフェンは胸中で続けた。
朱に交われば、という言葉がある。信頼おける仲間というのは、相互に影響を与えやすい。良くも、悪くも。
「ほら、あんたもぼさっとしてないで、ヘイズの荷物を持つ!」
「……ああ」
少女が放ったデイパックを受け取りながら、オーフェンは火乃香の瞳を一瞥した。
今は何も無いように見える。どこから見ても、ただの勝気な少女にしか見えない。
(だが、あの時は――)
あの時。白髪の少女を殺せるかどうか聞いた時。
彼女の答えが出任せだとはオーフェンも思っていない。むしろ、殺せるという彼女の言葉にはどこまでも真実みがあった。
――あの時の火乃香の瞳には、確かに憎悪の色が宿っていた。
◇◇◇
――そして、時刻は00:50。
切り拓かれて出来た森の中の広場。そこで戦った彼らの姿はすでにない。今あるのは新たにここを訪れた者の影。
否。それは影というには美麗に過ぎた。彼女の華美はその影にすら伝播する。
彼女の残した足音を耳にするだけで、人は歓喜に打ち震えるだろう――たとえ彼女が破滅しか与えぬ存在であったとしても。
「なるほど、な――」
木が幾本も転がる広場を見渡して、美姫が呟く。その透き通った双眸は過去すら見通すというのか、ここで何が起きたのか、そしてそれを誰が齎したかということですら見抜いているようでもあった。
その美姫が、ふと表情を曇らせる。視線は広場のほぼ中央、何かが爆発したようなすり鉢状の形跡に注がれていた。
「なんとも目障りなことよ――ならば」
甘い毒のような笑みが浮かぶ。
――次の標的が、決まった。
切り拓かれて出来た森の中の広場。そこで戦った彼らの姿はすでにない。今あるのは新たにここを訪れた者の影。
否。それは影というには美麗に過ぎた。彼女の華美はその影にすら伝播する。
彼女の残した足音を耳にするだけで、人は歓喜に打ち震えるだろう――たとえ彼女が破滅しか与えぬ存在であったとしても。
「なるほど、な――」
木が幾本も転がる広場を見渡して、美姫が呟く。その透き通った双眸は過去すら見通すというのか、ここで何が起きたのか、そしてそれを誰が齎したかということですら見抜いているようでもあった。
その美姫が、ふと表情を曇らせる。視線は広場のほぼ中央、何かが爆発したようなすり鉢状の形跡に注がれていた。
「なんとも目障りなことよ――ならば」
甘い毒のような笑みが浮かぶ。
――次の標的が、決まった。
【E-5/北部森林地帯/2日目・00:20】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:疲労。 軽傷。
[装備]:なし
[道具]:有機コード、
[思考]:オーフェンの待ち人と合流する/ダナティアのグループがどうなったかの確認
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
[状態]:疲労。 軽傷。
[装備]:なし
[道具]:有機コード、
[思考]:オーフェンの待ち人と合流する/ダナティアのグループがどうなったかの確認
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
【火乃香】
[状態]:やや消耗。軽傷。
[装備]:騎士剣・陰 (損傷不明)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:オーフェンの待ち人と合流する/ダナティアのグループがどうなったかの確認/フリウに対して複雑な感情。
[備考]:『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
【コミクロン】
[状態]:疲労。軽傷。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:オーフェンの待ち人と合流する/ダナティアのグループがどうなったかの確認
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
[状態]:やや消耗。軽傷。
[装備]:騎士剣・陰 (損傷不明)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:オーフェンの待ち人と合流する/ダナティアのグループがどうなったかの確認/フリウに対して複雑な感情。
[備考]:『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
【コミクロン】
[状態]:疲労。軽傷。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:オーフェンの待ち人と合流する/ダナティアのグループがどうなったかの確認
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml) デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:ギギナと合流する/ダナティアのグループがどうなったかの確認/フリウを警戒
[備考]:アマワに関する情報を得ました。
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml) デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:ギギナと合流する/ダナティアのグループがどうなったかの確認/フリウを警戒
[備考]:アマワに関する情報を得ました。
【フリウ・ハリスコー】
[状態]:全身血塗れ。全身打撲。気絶。
[装備]:水晶眼(眼帯なし)、右腕と胸部に包帯 スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)、缶詰などの食糧
[思考]:???
[備考]:アマワの存在を知覚しました。アマワが黒幕だと思っています。
ウルトプライドが再生するまで約半日かかります。
[状態]:全身血塗れ。全身打撲。気絶。
[装備]:水晶眼(眼帯なし)、右腕と胸部に包帯 スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)、缶詰などの食糧
[思考]:???
[備考]:アマワの存在を知覚しました。アマワが黒幕だと思っています。
ウルトプライドが再生するまで約半日かかります。
【E-4/倉庫前/2日目・00:50】
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:参加者から管理者まで全てを皆殺しに。
[備考]:何かを感知したのは確かだが、何をどれくらい把握しているのかは不明。
刻印が解除されました。
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:参加者から管理者まで全てを皆殺しに。
[備考]:何かを感知したのは確かだが、何をどれくらい把握しているのかは不明。
刻印が解除されました。