第591話:最後の晩餐 作:◆5Mp/UnDTiI
――意識が覚醒し、外界を認識する。
それはひとつの奇跡だった。その体に刻まれているのは生命を容易く断ち切り得る一撃。本来なら、十分に死んでいた筈だ――並々ならぬタフネスと悪運を持つ、彼女でなければ。
「ほ、ほ……をーっほほほほ! さもありなん! 正義は死せず、よ!」
彼女――小早川奈津子はうつ伏せに倒れ伏したままそう叫んで、すぐにげほげほと豪快に咳き込んだ。喉の奥から飛び散る飛沫に、隠しようもない血臭が混じっている。
コンディションは最悪の一言だ。どうやら歩いている内に気を失ったらしい。その時には既に禁止エリアから抜けだせていたようだが。
(当然の如く。このあたくしが斯様な無様な死にざまを迎えることなど、天が許さなくてよ)
自信満々にそう断じる。強がりではなく、本当に頭からそれを信じ切れるのが彼女の強みではあった。
彼女が21:00に禁止エリアとなったA-3から抜け出せたのは、ひとえにA-3が市街地であったのが理由だ。道がきちんと整備されており、負傷によって意識が朦朧としている状態でも、例えば森で遭難した時の様に同じ場所をぐるぐると回り続けるという羽目には陥らずに済んだし、歩行の速度も稼げた。
結果として、奈津子はエリアA-2へと到達していた。禁止エリアから十数メートルほどしか離れていない、ほとんどA-3との境目のような場所だ。アスファルトが体熱を奪っていくが、それ以上に彼女の極悪な肉体が生み出す活力は凄まじい。
(さて、これからどうしてくれようか)
さすがにすぐ起き上がる気にはなれず、奈津子はアスファルトに寝転んだまま次の行動を模索する。
体内時計を信じるなら、既に00:00時は軽く回っている。数時間は眠っていた筈だというのが、倒れる前と今の体の調子の比較から何となく感じ取れた。
まずは休息が必要だ。本格的に動けるようになったら傷の治療も行いたい。悪逆非道の国賊がいれば倒すのは正義的に当然として、聞きのがしたであろう放送の情報も欲しい。
ならば休憩に適した市街地に戻るべきだろう。ここがどのエリアか確認して、必要なら禁止エリアを迂回する必要がある。
(耳を澄ませば、北から波の音が聞こえる……ここはA-3の西か東ということ。ヘタに動けば禁止エリアのただ中。ならばまずは真っ直ぐエリアの北端を目指すが最良……ああ、罪深きはあたくしの叡智と美貌の凄まじさよ!)
一通り自分を褒めそやしてから、ごろり、と寝転がって仰向けの体勢に移行する。仰ぎ見る濃紺の夜空と星々の輝きが自分を祝福しているようだ。そして月の傾き具合から察するに、自分はかなり長い間眠っていたらしいということにようやく気付いた。払暁は近くなく、遠くもない。そんな時間だろう。もしかしたら既に00:00に告げられた禁止エリアがひとつかふたつ発動しているかもしれない。
(まあ、その時はその時。そうそう足を踏み入れるものでもないでしょう)
常人ならば恐怖に囚われて動き出せなくなるような問題に、あっけらかんとそんな答えを出すと、奈津子は大きく息を吐いた。
そう言えばこちらに来てからはほとんど休憩らしい休憩を取っていなかった。高級な寝具ではなく地べたの上というのは気に入らないが、とにかくここは静かだ。これまで散々突っかかってきた竜や異人といった悪党どもの姿もなく、高貴な自分に相応しい静寂の帳が降りている。
遠く離れた場所から聞こえる潮騒の音は、美女の眠りを演出する楽団としてはギリギリ及第点をくれてやらないこともない。あとはこれで、隣に傅く美丈夫のひとりでもいれば――
――その思考に導かれたように、シャリッ、という美しい音が聞こえた。
それは砂利がアスファルトを擦る音にとてもよく似ていた。そう聞こえず、まるで最高の楽器が奏でる音色のようにさえ感じられたのは、ひとえにその音を響かせた主の性質に他ならない。
音に誘われるように、小早川奈津子は立ち上がった。人が来るのなら寝たままでは不味い。もちろんそれは警戒の意味もあったが、何よりこの自分が上から見下されることなどあってはならない。
「貴様っ、乙女の寝所に無断で立ち入るとはなんたる破廉恥! 不埒ものにはこのあたくしが天誅を……下し……」
しかし、その姿を見た瞬間、奈津子は叩きつけようとした口上を思わず途切れさせた。
奈津子の目の前に在るのは"美"だった。それ以外の形容は必要ないだろう。それは美の化身だ。ミロのヴィーナスから大理石を取り除き、モナリザの微笑みから絵の具を拭い去った後に残るもの。それがそこにいる女の正体だ。
昼に出会った白衣の男――メフィストの美しさも凄まじかったが、しかし、ここまで驚きはしなかった。当然だろう。メフィストの美貌には制限が掛けられていたが、この吸血鬼は刻印によるあらゆる制限を既に克服しているのだから。
見つめ合った時点で狂わなかったのは、小早川奈津子という人間の特異な精神構造がなせる業だ。
そのままの状態で固まること数秒。
その数秒で、奈津子の思考回路は突如現れたこの妖姫に対する、ある考察を導き出していた。
それはおよそ認めがたい結論だった。しかし、目の前の貴人が擁するこの美貌。それを実際に目にしては、これ以外の解答は思い浮かばない。
「もしや……」
ごくり、と唾を飲み込む。湿らせた舌に疑念を乗せ、驚愕と共に突き出した。
「もしや、あたくしのドッペルゲンガー……!?」
この有り得ざる美しさ、それ以外には考えられない――!
「……」
奈津子の誰何を問う声に対して、その美しい女妖はこれ見よがしに"ぽかん"、と口を開けてみせた。およそ、彼女にこのような表情をさせた者は今までにそうはいないだろう。
予想外の反応に――まあ何を予想していたわけでもないが、美の極致が邂逅を果たしたことで、何らかの劇的な変化はあるだろうと思っていた――奈津子は顔をしかめた。
違ったか……!?
不義などあるまいと選択肢から外したが、これは生き別れた双子の姉妹の方だったか……!?
そんな、的外れな思考を読み取ったかのように。
奈津子の眼前に降り立った『美』は――姫とよばれる吸血鬼は、ただ緩やかに繊手を振り上げた。
それはひとつの奇跡だった。その体に刻まれているのは生命を容易く断ち切り得る一撃。本来なら、十分に死んでいた筈だ――並々ならぬタフネスと悪運を持つ、彼女でなければ。
「ほ、ほ……をーっほほほほ! さもありなん! 正義は死せず、よ!」
彼女――小早川奈津子はうつ伏せに倒れ伏したままそう叫んで、すぐにげほげほと豪快に咳き込んだ。喉の奥から飛び散る飛沫に、隠しようもない血臭が混じっている。
コンディションは最悪の一言だ。どうやら歩いている内に気を失ったらしい。その時には既に禁止エリアから抜けだせていたようだが。
(当然の如く。このあたくしが斯様な無様な死にざまを迎えることなど、天が許さなくてよ)
自信満々にそう断じる。強がりではなく、本当に頭からそれを信じ切れるのが彼女の強みではあった。
彼女が21:00に禁止エリアとなったA-3から抜け出せたのは、ひとえにA-3が市街地であったのが理由だ。道がきちんと整備されており、負傷によって意識が朦朧としている状態でも、例えば森で遭難した時の様に同じ場所をぐるぐると回り続けるという羽目には陥らずに済んだし、歩行の速度も稼げた。
結果として、奈津子はエリアA-2へと到達していた。禁止エリアから十数メートルほどしか離れていない、ほとんどA-3との境目のような場所だ。アスファルトが体熱を奪っていくが、それ以上に彼女の極悪な肉体が生み出す活力は凄まじい。
(さて、これからどうしてくれようか)
さすがにすぐ起き上がる気にはなれず、奈津子はアスファルトに寝転んだまま次の行動を模索する。
体内時計を信じるなら、既に00:00時は軽く回っている。数時間は眠っていた筈だというのが、倒れる前と今の体の調子の比較から何となく感じ取れた。
まずは休息が必要だ。本格的に動けるようになったら傷の治療も行いたい。悪逆非道の国賊がいれば倒すのは正義的に当然として、聞きのがしたであろう放送の情報も欲しい。
ならば休憩に適した市街地に戻るべきだろう。ここがどのエリアか確認して、必要なら禁止エリアを迂回する必要がある。
(耳を澄ませば、北から波の音が聞こえる……ここはA-3の西か東ということ。ヘタに動けば禁止エリアのただ中。ならばまずは真っ直ぐエリアの北端を目指すが最良……ああ、罪深きはあたくしの叡智と美貌の凄まじさよ!)
一通り自分を褒めそやしてから、ごろり、と寝転がって仰向けの体勢に移行する。仰ぎ見る濃紺の夜空と星々の輝きが自分を祝福しているようだ。そして月の傾き具合から察するに、自分はかなり長い間眠っていたらしいということにようやく気付いた。払暁は近くなく、遠くもない。そんな時間だろう。もしかしたら既に00:00に告げられた禁止エリアがひとつかふたつ発動しているかもしれない。
(まあ、その時はその時。そうそう足を踏み入れるものでもないでしょう)
常人ならば恐怖に囚われて動き出せなくなるような問題に、あっけらかんとそんな答えを出すと、奈津子は大きく息を吐いた。
そう言えばこちらに来てからはほとんど休憩らしい休憩を取っていなかった。高級な寝具ではなく地べたの上というのは気に入らないが、とにかくここは静かだ。これまで散々突っかかってきた竜や異人といった悪党どもの姿もなく、高貴な自分に相応しい静寂の帳が降りている。
遠く離れた場所から聞こえる潮騒の音は、美女の眠りを演出する楽団としてはギリギリ及第点をくれてやらないこともない。あとはこれで、隣に傅く美丈夫のひとりでもいれば――
――その思考に導かれたように、シャリッ、という美しい音が聞こえた。
それは砂利がアスファルトを擦る音にとてもよく似ていた。そう聞こえず、まるで最高の楽器が奏でる音色のようにさえ感じられたのは、ひとえにその音を響かせた主の性質に他ならない。
音に誘われるように、小早川奈津子は立ち上がった。人が来るのなら寝たままでは不味い。もちろんそれは警戒の意味もあったが、何よりこの自分が上から見下されることなどあってはならない。
「貴様っ、乙女の寝所に無断で立ち入るとはなんたる破廉恥! 不埒ものにはこのあたくしが天誅を……下し……」
しかし、その姿を見た瞬間、奈津子は叩きつけようとした口上を思わず途切れさせた。
奈津子の目の前に在るのは"美"だった。それ以外の形容は必要ないだろう。それは美の化身だ。ミロのヴィーナスから大理石を取り除き、モナリザの微笑みから絵の具を拭い去った後に残るもの。それがそこにいる女の正体だ。
昼に出会った白衣の男――メフィストの美しさも凄まじかったが、しかし、ここまで驚きはしなかった。当然だろう。メフィストの美貌には制限が掛けられていたが、この吸血鬼は刻印によるあらゆる制限を既に克服しているのだから。
見つめ合った時点で狂わなかったのは、小早川奈津子という人間の特異な精神構造がなせる業だ。
そのままの状態で固まること数秒。
その数秒で、奈津子の思考回路は突如現れたこの妖姫に対する、ある考察を導き出していた。
それはおよそ認めがたい結論だった。しかし、目の前の貴人が擁するこの美貌。それを実際に目にしては、これ以外の解答は思い浮かばない。
「もしや……」
ごくり、と唾を飲み込む。湿らせた舌に疑念を乗せ、驚愕と共に突き出した。
「もしや、あたくしのドッペルゲンガー……!?」
この有り得ざる美しさ、それ以外には考えられない――!
「……」
奈津子の誰何を問う声に対して、その美しい女妖はこれ見よがしに"ぽかん"、と口を開けてみせた。およそ、彼女にこのような表情をさせた者は今までにそうはいないだろう。
予想外の反応に――まあ何を予想していたわけでもないが、美の極致が邂逅を果たしたことで、何らかの劇的な変化はあるだろうと思っていた――奈津子は顔をしかめた。
違ったか……!?
不義などあるまいと選択肢から外したが、これは生き別れた双子の姉妹の方だったか……!?
そんな、的外れな思考を読み取ったかのように。
奈津子の眼前に降り立った『美』は――姫とよばれる吸血鬼は、ただ緩やかに繊手を振り上げた。
◇◇◇
人が死ぬ悲しさには慣れることができない。
人が死ぬ悲しさにさえ、慣れてしまうことはできる。
どちらも正しいのだろう。ただ、それはどこまでいっても人それぞれというだけだ。
「うん……うん。そうだね。ありがとう、くるくるさん」
十叶詠子はベッドから起き上がった。横になっている間、話し相手になってくれていた常人には見えざるモノに礼を述べ、床の上に足をつける。
体力はある程度戻った。まだ気だるさは抜けないが、それでも立って、歩いて、話すくらいならば問題はない。
「もう、この物語も終盤に近いみたいだし……ね」
ベッドルームからリビングに移動し、窓から外を覗いた。
時刻は午前2時を回ったところだったが、窓からは光が差し込んでいる。夜の暗闇は、マンション一棟を覆い尽くすアラストールの篝火によってないも同然だ。橙色の光に照らし出されたそこには、詠子が眠る前よりも多くの人間が集まっていた。
彼らはどうやら死体を弔っているらしい。墓標も墓穴もないのに詠子がそう理解したのは、布を被された何かの周囲に葬列を好む"彼ら"が輪を作っていたからだが。
やや場所を離して、二つの遺体がある。わざわざ距離を離したのは、一緒にしたくない理由があるのだろう。周りにいる人数の比重も、片方に偏っていた。
同時に、遠くからエンジン音。この島ではめったに聞けない音だ。それを発する二輪車にまたがって現れたのはひとりの旅人と、傷を負った少女だった。
現れた来訪者に、弔う仕事にあぶれていた者、あるいはそもそも手を貸そうとしなかった者達は反応した。やってきた彼女らと、幾ばくかの交渉を終え――怪我を負っていた少女には応急処置が施されたらしい。
「"二つ目の刀子"さん、"ツルギのケモノ"さん、"悪神祭祀"さんに"御山"さん――今来たのは"不気味な泡"さんと"影法師"さんかな」
かつて会ったことのある者、いま初めて見る者。魔女はそれぞれに視線を注ぎ、魂のカタチを見定めていく。
「それで――」
魔女の視線が最後に向いたのは、佐山の隣に佇む大柄な男性だった。直接話したことはないが、それでも知っている。裏返しの法典こと佐山・御言と出典の世界を同じとする者。"鬼嫁"風見・千里のつがい――
「……?」
魔女は首を傾げた。
原因は僅かな、だが拭い去れない違和感。出雲を――その魂のカタチを観察すればするほど、その違和感は大きくなっていく。
「"凪の人"……だからかな? ううん、でも――」
悩んでいる内に、彼らは動き出した。マンションに入る者、その場で腰を下ろす者、それ以外の者……休息、あるいは何かの為に時間を置くつもりか、果てまたその両方か。
どちらでもいい。詠子は思った。それに関しては、いずれ佐山・御言が伝えてくれるだろう。
(これから何をするにしても、"法典"君が選んだものなら、それは最良の道筋になる)
だから、魔女の興味はこれからこのグループがどう動くか、ということには向いていなかった。
うっすらとした笑みを浮かべて、部屋を後にする。
証明の解。その道標を手に入れる為に。
人が死ぬ悲しさにさえ、慣れてしまうことはできる。
どちらも正しいのだろう。ただ、それはどこまでいっても人それぞれというだけだ。
「うん……うん。そうだね。ありがとう、くるくるさん」
十叶詠子はベッドから起き上がった。横になっている間、話し相手になってくれていた常人には見えざるモノに礼を述べ、床の上に足をつける。
体力はある程度戻った。まだ気だるさは抜けないが、それでも立って、歩いて、話すくらいならば問題はない。
「もう、この物語も終盤に近いみたいだし……ね」
ベッドルームからリビングに移動し、窓から外を覗いた。
時刻は午前2時を回ったところだったが、窓からは光が差し込んでいる。夜の暗闇は、マンション一棟を覆い尽くすアラストールの篝火によってないも同然だ。橙色の光に照らし出されたそこには、詠子が眠る前よりも多くの人間が集まっていた。
彼らはどうやら死体を弔っているらしい。墓標も墓穴もないのに詠子がそう理解したのは、布を被された何かの周囲に葬列を好む"彼ら"が輪を作っていたからだが。
やや場所を離して、二つの遺体がある。わざわざ距離を離したのは、一緒にしたくない理由があるのだろう。周りにいる人数の比重も、片方に偏っていた。
同時に、遠くからエンジン音。この島ではめったに聞けない音だ。それを発する二輪車にまたがって現れたのはひとりの旅人と、傷を負った少女だった。
現れた来訪者に、弔う仕事にあぶれていた者、あるいはそもそも手を貸そうとしなかった者達は反応した。やってきた彼女らと、幾ばくかの交渉を終え――怪我を負っていた少女には応急処置が施されたらしい。
「"二つ目の刀子"さん、"ツルギのケモノ"さん、"悪神祭祀"さんに"御山"さん――今来たのは"不気味な泡"さんと"影法師"さんかな」
かつて会ったことのある者、いま初めて見る者。魔女はそれぞれに視線を注ぎ、魂のカタチを見定めていく。
「それで――」
魔女の視線が最後に向いたのは、佐山の隣に佇む大柄な男性だった。直接話したことはないが、それでも知っている。裏返しの法典こと佐山・御言と出典の世界を同じとする者。"鬼嫁"風見・千里のつがい――
「……?」
魔女は首を傾げた。
原因は僅かな、だが拭い去れない違和感。出雲を――その魂のカタチを観察すればするほど、その違和感は大きくなっていく。
「"凪の人"……だからかな? ううん、でも――」
悩んでいる内に、彼らは動き出した。マンションに入る者、その場で腰を下ろす者、それ以外の者……休息、あるいは何かの為に時間を置くつもりか、果てまたその両方か。
どちらでもいい。詠子は思った。それに関しては、いずれ佐山・御言が伝えてくれるだろう。
(これから何をするにしても、"法典"君が選んだものなら、それは最良の道筋になる)
だから、魔女の興味はこれからこのグループがどう動くか、ということには向いていなかった。
うっすらとした笑みを浮かべて、部屋を後にする。
証明の解。その道標を手に入れる為に。
◇◇◇
海野千絵と折原臨也の死体は、マンション内部に運び込まれた。荼毘にふすことも、埋めることも、墓標を立てることもない。ただ布をかぶせるだけという、簡易的な処理しかされなかった。
埋葬を望んだ者がいなかったわけではない。むしろ大多数だっただろう――だが現実的に、その余裕はなかった。時間的にも、体力的にも。
誰が言い出したわけでもない――それは無言の内に提案され、言葉を交わさずに了解された。
(……そもそも俺らが何か言えることじゃねえけどよ)
脳裏に浮かぶその光景を思い出しながら、ヘイズは僅かに溜息をついた。
マンションの中庭に設置されていたベンチの背に体重を預ければ、ぎしりという軋みと共に、疲労が僅かに抜けていく感触が広がる。あるいは、疲労を実感する感触か――どちらにせよ、休むのならば室内の方が適しているのだろうが。
それをこうしてわざわざ外に居るというのは、さほど大きな理由があるというわけではない。何となく、と言ってもいいだろう。一応、定められた休憩時間が過ぎれば、ここに全員が集まる予定にはなっていた。
(……あんまり外様である俺たちが踏み込んでもいいような場所でもなさそうだし、な)
夜だというのに、中庭は昼の様に明るい。当然と言えば当然だろう。マンション一棟が景気よく燃えているのだから。
アラストールによる篝火と、その経緯はベルガーの口から簡潔に語られていた。
色々と思うところはある。だがヘイズが口にしたのは、胸中に浮かんだものとは別の言葉だった。ベンチの真正面、花壇の縁石に腰掛けている相棒に向けて呟く。
「……オーフェンは?」
「オーフェン? ……ああ、キリランシェロなら、あのクリーオウとかいう小娘とどこかにいったぞ。まあ……」
歯切れ悪く言葉尻を濁すコミクロン。ヘイズはその続きを頭の中で勝手に補完した――『あれほどまでに消沈していれば、知り合いと二人だけにさせておいたほうが良いだろう?』
死んだ海野千絵と、その仲間のベルガーは無実だった。すべてを掻き回して崩壊へと導いていたのは折原臨也。
そして、その臨也は自分たちがここまで連れてきた。
(さすがに、な。疫病神を連れてきちまったのは間違いねえ……会った時点で折原を黒だと判断できる材料は無かったが、連れてきちまったって事実は変わらない)
そこに責任を感じないでもない。実際に責任があるかどうかなどは司法にでも照らし合わせでもしなければ分からないだろうが、それでも自責の念がないといえば嘘になる。
特にクリーオウは折原臨也を同行させることを強く主張していた。その直前にも色々とあったようだし、精神的な疲労で言えばかなりのものだろう。
(ベルガーが大人な対応をしてくれたんで、助かったが……確かに、冷静に話し合うには時間が必要だろうな)
あの騒動の後、二人の埋葬を終えた後に、ベルガーはこのメンバーで同盟を組むことに同意してくれていた。
その心情は、本人以外には理解しがたいだろう。感情を論理で殺せる男なのか、無気力に流されているのか、あるいは他の何かか。
考えても仕方ない。思考の為の時間はあるが、それも無駄なことに使えるほど多くは無い。
今はどのグループもめいめい休息を取っている。これからの方針を話し合うのはこの後にしよう、というのは佐山からの提案だった。確かに、あのすぐ後に話し合いをするよりはましだろう。どの道、休息は必要だった。話し合いが先になるか、休息が先になるかの違いしかない。
「……状況を整理しよう」
こちらの提案にコミクロンが頷くのを見てから、ヘイズは続けた。
「目下の問題は例の吸血鬼だ。佐山の言葉を信じるなら不死身ってことらしいが……まあ、既に『火乃香の脳みそを解いた』奴もいるんだ。絶対に有り得ない、って言い切れる話じゃねえとは思う」
「倒す方法、なにか考え付くか?」
「さあな。敵の身体能力は、少なくとも佐山を完全に凌駕してるって話だが……上限が分からないんじゃな。けど、この同盟の中じゃ佐山はかなりやる方だ。それが歯が立たないってんなら、対峙して即死しない可能性があるのは……この中で俺が知ってる限りじゃ、ギギナくらいだろうな」
単純な筋出力だけで見れば、この場に居る者の中で最も優れているのはギギナだろう。数百キロの体重を持ちながら、それを感じさせない飛燕の速度で剣を振るうことができる。加えて、咒式強化が施された体は単純に死ににくい。ギギナの話では、優れた生体系咒式士の中には脳だけの状態になりながら戦場を離脱し生き延びた者もいるらしい。
「どっちみち、俺たちにとっちゃ接近された時点で終わりだろうよ」
敵の身体能力によっては、ヘイズの十八番である演算回避もおぼつかないだろう。それを告げると、コミクロンは難しい顔で唸って見せた。
「うーむ……泥臭い格闘戦なんぞせんでも、魔術やお前の論理回路でどうにかならんか? 仮に不死身だったとしても、意味消滅を掛ければ丸ごと消えるぞ」
「それ、ギギナ以上に素早く動く相手に当てられる自信あるか?」
「ふっ、馬鹿を言うな。そもそも意味消滅なんぞ、俺が制御しきれるわけないだろうが!」
自信満々にそう言ってくるコミクロンに、ヘイズはこれ見よがしに溜息を洩らした。
それをフォローするために、というわけではないだろうが「だが、まあ」とコミクロンが続けてくる。
「……いまのキリランシェロなら分からんがな。俺の知ってる奴よりも、数段制御力が向上していやがった。ぶっちゃけ先生並だったぞ」
「あー……そういや、そっちの事情も聞くの忘れてたな。ごたごたしてたし……」
オーフェン――キリランシェロの姿が、コミクロンの記憶のものと異なっていた問題。正確に言えばその名前すら違っていた。
といっても、とコミクロンが続ける。
「制御力が向上してて、容姿が大きく変わって、向こうは俺を俺と認識できていた……ってことなら、もうほとんどどういう事情なのかは推察できるけどな」
「へえ。ちなみにどんな事情だと?」
「ああ、キリランシェロは宇宙人によって身体改造されたに違いない――」
数発ほど突っ込みの応酬をしてから、二人は話を戻すことにした。
「……意味消滅、連鎖自壊、物質崩壊……吸血鬼に対する音声黒魔術の切り札はこの辺りだな。もっとも、俺がやるとしたら成功率は三割もないし、成功したところで命中させられるかは分からんが。そっちはどうだヴァーミリオン?」
「……どんな相手にだって通用する、切り札。無いわけじゃないが……」
虚空を見つめながら、ヘイズはパチリと指を鳴らした。無論、演算を伴わないただの手慰みだが。
虚無の領域。あらゆる情報強度を無視して対象を情報解体する、ヘイズの奥の手。刻印を解除する手段があるのなら、これも選択肢の内には入る。
理論的に、これに巻き込まれて無傷でいられるような輩は存在しない――筈、だが。
「あくまで、『俺が知っている中では存在しない』……だからな。それこそお前の黒魔術みたいな、論理回路と干渉し合う能力だって存在するんだ。通用しない可能性がある以上、うかつにジョーカーは切れねえだろ。俺のなんて、一発撃ったら3時間は役立たずだしな」
虚無の領域は論理回路を自己増殖・自己肥大させて起こす攻撃だ。である以上、何らかの手段によって生成した論理回路そのものに干渉された場合、虚無の領域は発動せずにI-ブレインだけが停止するなどという笑えない事態に陥る可能性がある。
「じゃあやっぱり、あのサヤマって奴が言ってた"策"に乗るしかないわけか。いや、もちろん内容を聞いてみてからだぞ?」
お手上げ、とでも言いたげに両手を上げながら、コミクロンが言う。
「確かに現状、有効な手は思いつかない、か」
自問自答するように、ヘイズは呟いた。
詳細こそ口にしなかったが、佐山は美姫に対抗できる手段を持っているらしい。刻印の解除方法もそのひとつだろう。もっとも、あのカーラという魔女はあまり信用がおけそうにないが。
「だが奴ら単独でやらない以上、危険度が大きいか、あるいは少人数じゃできねえ類の作戦なんだろう。詳細を言わないってのも、俺たちにとっての選択の余地を少なくするための手管かもな」
「……む? もしかして俺たち、だいぶいいように扱われてるか?」
「というより、こっちにある手札が少なすぎる、ってのが大きいな……いや、向こうの手札が多いのか」
刻印の解除法。吸血鬼の情報。その対抗策。いま必要なものは、すべて佐山の属するグループが握っている。
「ついでに言えば、交渉のいろはもな。こんな不利な状況でも、相手の出方を見るしかねえ状況に誘導されちまってるし」
「こっちの手札は……単純な戦力と、この天才の頭脳というところか。ふっ、なんだ。手札の数では負けてても、内容では圧倒的に勝ってるじゃないか!」
「……アホの妄言はさておき。いまの内に少しでもカードは増やしておきてえところだが」
呟いて、ヘイズは視線を白衣の相棒から隻眼の少女へと切り替えた。
「……」
二人の視界に入りこまないようにするためか、彼女は石畳の地面に座り込んでいた。沈黙を守っている少女――フリウ・ハリスコー。
オーフェンはクリーオウを宥めに行き、火乃香もまた、知り合いであるというBBと連れ立ってどこかへ移動している。ギギナは気づいたら消えていた。消去法で残ったヘイズとコミクロンは、この少女の御守りでもあった。ひとりにするわけにもいくまい。何故なら、彼女は折原臨也などより、もっと直接的にベルガーの所属していた大集団を崩壊に追いやった人物なのだから。
(……その辺り、もっと突っ込まれると思ったんだがな)
彼ら(当事者はベルガーだけだったが、その場には佐山など他の者もいたので彼らだ)には、フリウが同行するに至るまでの事情を簡単に説明してあった。それに関して、追及が無かったことに首を傾げる。構っている暇がないのか――あるいは、フリウと一緒にいた炎使いの方に何か理由があるのか。
とまれ、それは今考えることでもない。ヘイズは粘る様に脳裏に残る疑問を振り払うと、少女に声を掛けた。
「で……改めて確認するぞ? クリーオウが持ってた情報と、お前の話を組み合わせると、だ。この殺人ゲームの主催者はアマワって奴で、時空を超えて未来から語りかけてくる【精霊】って存在……だったか?」
「うん……そっちには、精霊がいないんだったよね?」
「俺たちの世界に居たドラゴン種族の中には、精霊魔術とやらを使う種族がいたらしいが……同じものかは分からんな。絶滅しとるし。というか、精霊の定義自体もよくわからんのだが」
コミクロンのそんな台詞に、フリウは頷いて答えた。
「精霊が具体的に何なのかって言われたら、正しい答えを返せないのはあたしも同じ。ううん。正しい答えなんて、きっとないんだと思う」
精霊は有耶無耶で、あやふやで。本当にそこに居るのかすら分からない。
そしてアマワは、そんな曖昧模糊の最たるものだ。
「アマワは未来精霊。まだ、ここにはいない精霊。だから、ただ消すことに意味はない。少なくとも、あたしの知る限りでは」
人の疑問から生まれた空隙。消しても意味はない。いや、そもそも消えることはないのだろう。
かつてフリウ・ハリスコーが突きつけた回答でさえ跳ねのけて、こんな馬鹿げた舞台をつくっている。
「……その、お前がした回答っていうのは何だったんだ? 一度はアマワを退けたんだろう?」
「私の言葉に意味なんかないよ。あいつは何も聞いていないんだから。私はただ、信じていただけ」
あらゆる脅威を前にしても、確証のない、幻影に過ぎないものを信じていられるか。
当時のフリウ・ハリスコーはまさに、信じ続けることで解を示したのだ。
だが、それは心の実在を証明したわけではない。アマワが未来精霊である以上、こうして新たな問いかけを始めることは必然だっただろう。
(……だけど)
フリウ・ハリスコーは考える。アマワは確かに心の実在を問いかけるが、それは決して、このような無差別なものではなかった。"契約者"という括りは、アマワが自分の問いに答えを出せそうな者を選別していた証だ。
何かが変化したのか? その理由は?
(……もしかして――)
心当たりは、ある。確証のない、それこそ思いつきの様なものだが。
だがもしもそれが真実だとすれば、それはフリウ・ハリスコーがこれまでの生涯で犯した罪の中でも、もっとも大きい――
「――ねえ」
声は、後ろから。
その場には三人の人間が顔を突き合わせていた筈なのに、ヘイズも、コミクロンも、そして後ろ暗い思考を中断させられたフリウも、その声が自分の後ろから、意識の外から掛けられたもののように感じていた。
無論、実際にそんなことがある筈もない。声をかけてきた少女は、何の異能も使うことはなく、ただそこに立っていた。曇りガラスの向こう側から響くような印象を受ける、その魔女の声。
「その話、私も混ぜて貰っていいかな?」
「……あんたは、佐山の奴が言ってた……?」
ヘイズが呟く。休憩に入る前、佐山はマンションの中で休憩している仲間がいると告げていた。確か、名前は――
「十叶詠子だよ。初めまして、"欲張りな小鳥"さん」
詠子はゆったりとした動作でお辞儀をしてみせた。耳慣れない呼称さえなければ、ヘイズも彼女が持つ異様な雰囲気は流せたかもしれない。
「よくば……何だって?」
「あなたの魂のカタチだよ。何処までも飛んで行きたいと願っているのに、色んなものを諦められないから、どんどん荷物が多くなっていく。それでも飛ぶことを諦めないのは、昔、親鳥にそう教わったからかな? 何処までも飛んで、その先で精一杯囀りを響かせろ、って。だからあなたは飛び続ける。どこまで飛んで行けるのか、とても楽しみな魂のカタチ」
淀みなく詩歌でも吟じるような調子でそう言い切った詠子に、三人は押し黙った。ただし、その理由はそれぞれ違ったものであったが。
「……ティッシ辺りが占いに嵌ったら言いそうな台詞だな。まあ、彼女自身はそういう仇名呼びを嫌っていたが」
コミクロンがそう呟く。一見、初対面の人間に奇天烈な言葉を掛けてきた怪人に引いているようにも見えたが、その実、警戒は怠っていない。
クリーオウ越しにではあるが、彼らは空目が提供した十叶詠子の情報を入手している。
魔女の紡ぐ"物語"という怪異。半日前、案内板に移ったシャーネの姿とて、その影響であると今は知っていた。
彼女自身は悪党ではないが、健常者にとっての劇薬には違いない。
かつて自分が救えなかった少女の姿を拭い去るように深く息を吐いてから、コミクロンは言葉を続けた。
「何の用だ? 笑えん"物語"ならもう腹いっぱいなんだがな」
「うん。それならちょうどいいかな。今は語りに来たんじゃなくて、あなた達のお話を聞きに来たんだもの」
言って、詠子はフリウに視線を定めた。悪意の一欠けもない、ただの少女の視線。
「……っ」
だがそれを向けられた時、フリウが感じたのは確かな怖気である。
(間違いない。この人は……よくないものだ)
本人の意識は関係なく、その性質が常世と交わらないもの。変わらずにそこに有り続け、そこにあるだけで多大な影響を与えてしまうもの。
そんな"魔女"は、にこやかに言葉を続けた。
「あなたは、アマワさんと長い付き合いなんでしょう? だから、アマワさんについて教えて欲しいと思って」
「……それを知って、どうするの?」
「どうもしないよ。ただ、知りたいだけ。無理強いもしないけど……もしも教えてくれるなら、あなたの"欠け"を補ってあげる」
欠け。
魔女の不穏な呟きに、フリウは怪訝気に眉根を寄せた。その目線に応えるように、魔女が言葉を紡ぐ。
「あなたの魂のカタチは、とても大きい。それは強くて荒々しい神様を"内"に封じているから。でもその神様はとても力が強すぎて、あなた自身をも傷つけてしまう。周りの人も巻き込んで」
魔女の"目"は確かだ。フリウは並べ立てられた言葉に息を呑んだ。
「例えるなら"御山"だね。それは神様の住まう場所。実りをもたらす場所。そして同時に、数多の災いを生み出す場所。災い自体はどうしようもない自然現象だけど、周囲の人は理解してくれないよね。あなたは糾弾されてきた。周囲に責め立てられて、時には自傷すらした。あなたの魂のカタチは見上げるほどに大きいけれど、小さな"欠け"も無数にある。それはきっと、次の崩壊に繋がるもの」
フリウ・ハリスコーは愚か者だ。どれだけ失敗を重ねても、力に見合うだけの自制を持てない。
この島に来てから、フリウ自身、再認識させられていた自分の欠点。それを、魔女は悪意なく指摘した。
「私は魔女だから、あなたの欠けを補ってあげられる。魔法は使えなくても、その為の"友達"を紹介してあげられるよ? 欠片を填めれば、あなたの魂のカタチは完璧になる。もう、後悔することもなくなるんじゃないかなぁ」
「……」
後悔。それはフリウの人生に付きまとってきた言葉だ。
それを無くせるという魔女の言葉は冒涜的で、悪徳に塗れ、そしてどうしようもないほど魅力的だった。
考える。もしも、後悔のしない選択肢を選べていれば、フリウ・ハリスコーの人生はどう変わったか。
誰も傷つけず、誰も殺さず、疎まれず、大切なものを無くすことはなかった。
元の世界でも、こちらの世界でも。きっと、自分の周りにいた人々の多くと、まだ一緒にいることができただろう。
それを、
「いらない。アマワのことなら話してあげてもいい。だけど、あなたの助けは必要ない」
フリウ・ハリスコーは、毅然と魔女の瞳を見つめながら拒絶した。
「本当に? あなたの欠けは、全体像に比べれば小さいものばかりだけれど、それは傷が深くないってことじゃないよ?」
表情を変えずに、魔女が小首を傾げる。
ほんの小さな傷でも、心臓に刻まれればそれは死に至る傷となる。フリウ・ハリスコーの抱える"欠け"は、その類のものだ。
「あなたの言っていることは、きっと正しい」
フリウは認める。眼の前に立つこの少女の瞳は、きっと占い師の水晶玉よりも多くの真実を見通すことができるだろう。
「だけど、その言葉は受け入れられない」
「正しいと、あなた自身が感じているのに?」
「それでも、無理だよ。だって、あなたの言葉だから。あなたの言葉は、受け入れちゃいけないものだと思う」
「あなたと私は、初対面だよね。どうしてそこまで断言できるのかな?」
「……あなたは、アマワと同じだから。悪意は無くても、そこにいるだけで人を惑わす。あなたはアマワの話を聞きたいと言った。どうもしないとも。それは、変だよ。普通ならこんな殺し合いを起こすような奴相手に"どうもしない"なんて言えるわけがない」
正しいことと、悪であることは矛盾しない。間違いが悪ではないように。
アマワに弄ばれた少女は、その経験から魔女の性質を見抜いていた。
その独眼に迷いのないことを見て取ったのだろう。魔女は肩を竦めて、残念そうな笑顔を浮かべた。
「そっか……分かったよ。役に立てないのは残念だけど、あなたがそれを選択するのなら。それで、アマワさんの話はしてくれるのかな?」
「話なら、あとでまとめてするさ。全員の前でな」
魔女の問いに答えたのは、フリウではなかった。
コミクロンが立ち上がり、詠子と相対する。フリウが口を開く前に、割り込むように言葉を挟んだ。分かりやすいほどに険のある声音で。
「無駄が無くていいだろ? それで、俺様としてはさっさとどこかに行ってほしいんだがな」
「何か気に障っちゃった?」
「貴様に直接何かされたわけじゃないが……火傷の八つ当たりというところか」
後半の言葉は自分自身に向けて囁く様に紡がれた為、聞き取った者はいなかっただろうが。
詠子はコミクロンをじっと、まるで曇りガラスの向こうを見通すかのように見つめた。その向こうに、なにか綺麗なものがあるかどうか探る様な視線だった。
「あなたは、"二つ目の刀子"さんの知り合いだよね?」
「二つ目……キリランシェロか? お前、俺たちの話をいつから聞いてた?」
「私が聞いてたわけじゃないけれど……そっか。やっぱり、そういうことなのかな……」
コミクロンから外された魔女の視線が沈む。それは2色の情念を宿していた。僅かに寂しそうなものと、もう片方は――
「もしかしたら、あなた達みたいな人こそがアマワさんを満たせる"鍵"なのかもね」
――希望、とも呼べるもの。
その場にいる詠子以外の人物たちは疑問符、あるいは驚愕を浮かべるが、それを言葉に変えるよりも早く、詠子はその場から背を向けていた。
「うん、分かったよ。他に会いたい人もいるし……アマワさんの話は、あとで聞かせてもらうね」
去ろうとする魔女を止める者はいなかった。
埋葬を望んだ者がいなかったわけではない。むしろ大多数だっただろう――だが現実的に、その余裕はなかった。時間的にも、体力的にも。
誰が言い出したわけでもない――それは無言の内に提案され、言葉を交わさずに了解された。
(……そもそも俺らが何か言えることじゃねえけどよ)
脳裏に浮かぶその光景を思い出しながら、ヘイズは僅かに溜息をついた。
マンションの中庭に設置されていたベンチの背に体重を預ければ、ぎしりという軋みと共に、疲労が僅かに抜けていく感触が広がる。あるいは、疲労を実感する感触か――どちらにせよ、休むのならば室内の方が適しているのだろうが。
それをこうしてわざわざ外に居るというのは、さほど大きな理由があるというわけではない。何となく、と言ってもいいだろう。一応、定められた休憩時間が過ぎれば、ここに全員が集まる予定にはなっていた。
(……あんまり外様である俺たちが踏み込んでもいいような場所でもなさそうだし、な)
夜だというのに、中庭は昼の様に明るい。当然と言えば当然だろう。マンション一棟が景気よく燃えているのだから。
アラストールによる篝火と、その経緯はベルガーの口から簡潔に語られていた。
色々と思うところはある。だがヘイズが口にしたのは、胸中に浮かんだものとは別の言葉だった。ベンチの真正面、花壇の縁石に腰掛けている相棒に向けて呟く。
「……オーフェンは?」
「オーフェン? ……ああ、キリランシェロなら、あのクリーオウとかいう小娘とどこかにいったぞ。まあ……」
歯切れ悪く言葉尻を濁すコミクロン。ヘイズはその続きを頭の中で勝手に補完した――『あれほどまでに消沈していれば、知り合いと二人だけにさせておいたほうが良いだろう?』
死んだ海野千絵と、その仲間のベルガーは無実だった。すべてを掻き回して崩壊へと導いていたのは折原臨也。
そして、その臨也は自分たちがここまで連れてきた。
(さすがに、な。疫病神を連れてきちまったのは間違いねえ……会った時点で折原を黒だと判断できる材料は無かったが、連れてきちまったって事実は変わらない)
そこに責任を感じないでもない。実際に責任があるかどうかなどは司法にでも照らし合わせでもしなければ分からないだろうが、それでも自責の念がないといえば嘘になる。
特にクリーオウは折原臨也を同行させることを強く主張していた。その直前にも色々とあったようだし、精神的な疲労で言えばかなりのものだろう。
(ベルガーが大人な対応をしてくれたんで、助かったが……確かに、冷静に話し合うには時間が必要だろうな)
あの騒動の後、二人の埋葬を終えた後に、ベルガーはこのメンバーで同盟を組むことに同意してくれていた。
その心情は、本人以外には理解しがたいだろう。感情を論理で殺せる男なのか、無気力に流されているのか、あるいは他の何かか。
考えても仕方ない。思考の為の時間はあるが、それも無駄なことに使えるほど多くは無い。
今はどのグループもめいめい休息を取っている。これからの方針を話し合うのはこの後にしよう、というのは佐山からの提案だった。確かに、あのすぐ後に話し合いをするよりはましだろう。どの道、休息は必要だった。話し合いが先になるか、休息が先になるかの違いしかない。
「……状況を整理しよう」
こちらの提案にコミクロンが頷くのを見てから、ヘイズは続けた。
「目下の問題は例の吸血鬼だ。佐山の言葉を信じるなら不死身ってことらしいが……まあ、既に『火乃香の脳みそを解いた』奴もいるんだ。絶対に有り得ない、って言い切れる話じゃねえとは思う」
「倒す方法、なにか考え付くか?」
「さあな。敵の身体能力は、少なくとも佐山を完全に凌駕してるって話だが……上限が分からないんじゃな。けど、この同盟の中じゃ佐山はかなりやる方だ。それが歯が立たないってんなら、対峙して即死しない可能性があるのは……この中で俺が知ってる限りじゃ、ギギナくらいだろうな」
単純な筋出力だけで見れば、この場に居る者の中で最も優れているのはギギナだろう。数百キロの体重を持ちながら、それを感じさせない飛燕の速度で剣を振るうことができる。加えて、咒式強化が施された体は単純に死ににくい。ギギナの話では、優れた生体系咒式士の中には脳だけの状態になりながら戦場を離脱し生き延びた者もいるらしい。
「どっちみち、俺たちにとっちゃ接近された時点で終わりだろうよ」
敵の身体能力によっては、ヘイズの十八番である演算回避もおぼつかないだろう。それを告げると、コミクロンは難しい顔で唸って見せた。
「うーむ……泥臭い格闘戦なんぞせんでも、魔術やお前の論理回路でどうにかならんか? 仮に不死身だったとしても、意味消滅を掛ければ丸ごと消えるぞ」
「それ、ギギナ以上に素早く動く相手に当てられる自信あるか?」
「ふっ、馬鹿を言うな。そもそも意味消滅なんぞ、俺が制御しきれるわけないだろうが!」
自信満々にそう言ってくるコミクロンに、ヘイズはこれ見よがしに溜息を洩らした。
それをフォローするために、というわけではないだろうが「だが、まあ」とコミクロンが続けてくる。
「……いまのキリランシェロなら分からんがな。俺の知ってる奴よりも、数段制御力が向上していやがった。ぶっちゃけ先生並だったぞ」
「あー……そういや、そっちの事情も聞くの忘れてたな。ごたごたしてたし……」
オーフェン――キリランシェロの姿が、コミクロンの記憶のものと異なっていた問題。正確に言えばその名前すら違っていた。
といっても、とコミクロンが続ける。
「制御力が向上してて、容姿が大きく変わって、向こうは俺を俺と認識できていた……ってことなら、もうほとんどどういう事情なのかは推察できるけどな」
「へえ。ちなみにどんな事情だと?」
「ああ、キリランシェロは宇宙人によって身体改造されたに違いない――」
数発ほど突っ込みの応酬をしてから、二人は話を戻すことにした。
「……意味消滅、連鎖自壊、物質崩壊……吸血鬼に対する音声黒魔術の切り札はこの辺りだな。もっとも、俺がやるとしたら成功率は三割もないし、成功したところで命中させられるかは分からんが。そっちはどうだヴァーミリオン?」
「……どんな相手にだって通用する、切り札。無いわけじゃないが……」
虚空を見つめながら、ヘイズはパチリと指を鳴らした。無論、演算を伴わないただの手慰みだが。
虚無の領域。あらゆる情報強度を無視して対象を情報解体する、ヘイズの奥の手。刻印を解除する手段があるのなら、これも選択肢の内には入る。
理論的に、これに巻き込まれて無傷でいられるような輩は存在しない――筈、だが。
「あくまで、『俺が知っている中では存在しない』……だからな。それこそお前の黒魔術みたいな、論理回路と干渉し合う能力だって存在するんだ。通用しない可能性がある以上、うかつにジョーカーは切れねえだろ。俺のなんて、一発撃ったら3時間は役立たずだしな」
虚無の領域は論理回路を自己増殖・自己肥大させて起こす攻撃だ。である以上、何らかの手段によって生成した論理回路そのものに干渉された場合、虚無の領域は発動せずにI-ブレインだけが停止するなどという笑えない事態に陥る可能性がある。
「じゃあやっぱり、あのサヤマって奴が言ってた"策"に乗るしかないわけか。いや、もちろん内容を聞いてみてからだぞ?」
お手上げ、とでも言いたげに両手を上げながら、コミクロンが言う。
「確かに現状、有効な手は思いつかない、か」
自問自答するように、ヘイズは呟いた。
詳細こそ口にしなかったが、佐山は美姫に対抗できる手段を持っているらしい。刻印の解除方法もそのひとつだろう。もっとも、あのカーラという魔女はあまり信用がおけそうにないが。
「だが奴ら単独でやらない以上、危険度が大きいか、あるいは少人数じゃできねえ類の作戦なんだろう。詳細を言わないってのも、俺たちにとっての選択の余地を少なくするための手管かもな」
「……む? もしかして俺たち、だいぶいいように扱われてるか?」
「というより、こっちにある手札が少なすぎる、ってのが大きいな……いや、向こうの手札が多いのか」
刻印の解除法。吸血鬼の情報。その対抗策。いま必要なものは、すべて佐山の属するグループが握っている。
「ついでに言えば、交渉のいろはもな。こんな不利な状況でも、相手の出方を見るしかねえ状況に誘導されちまってるし」
「こっちの手札は……単純な戦力と、この天才の頭脳というところか。ふっ、なんだ。手札の数では負けてても、内容では圧倒的に勝ってるじゃないか!」
「……アホの妄言はさておき。いまの内に少しでもカードは増やしておきてえところだが」
呟いて、ヘイズは視線を白衣の相棒から隻眼の少女へと切り替えた。
「……」
二人の視界に入りこまないようにするためか、彼女は石畳の地面に座り込んでいた。沈黙を守っている少女――フリウ・ハリスコー。
オーフェンはクリーオウを宥めに行き、火乃香もまた、知り合いであるというBBと連れ立ってどこかへ移動している。ギギナは気づいたら消えていた。消去法で残ったヘイズとコミクロンは、この少女の御守りでもあった。ひとりにするわけにもいくまい。何故なら、彼女は折原臨也などより、もっと直接的にベルガーの所属していた大集団を崩壊に追いやった人物なのだから。
(……その辺り、もっと突っ込まれると思ったんだがな)
彼ら(当事者はベルガーだけだったが、その場には佐山など他の者もいたので彼らだ)には、フリウが同行するに至るまでの事情を簡単に説明してあった。それに関して、追及が無かったことに首を傾げる。構っている暇がないのか――あるいは、フリウと一緒にいた炎使いの方に何か理由があるのか。
とまれ、それは今考えることでもない。ヘイズは粘る様に脳裏に残る疑問を振り払うと、少女に声を掛けた。
「で……改めて確認するぞ? クリーオウが持ってた情報と、お前の話を組み合わせると、だ。この殺人ゲームの主催者はアマワって奴で、時空を超えて未来から語りかけてくる【精霊】って存在……だったか?」
「うん……そっちには、精霊がいないんだったよね?」
「俺たちの世界に居たドラゴン種族の中には、精霊魔術とやらを使う種族がいたらしいが……同じものかは分からんな。絶滅しとるし。というか、精霊の定義自体もよくわからんのだが」
コミクロンのそんな台詞に、フリウは頷いて答えた。
「精霊が具体的に何なのかって言われたら、正しい答えを返せないのはあたしも同じ。ううん。正しい答えなんて、きっとないんだと思う」
精霊は有耶無耶で、あやふやで。本当にそこに居るのかすら分からない。
そしてアマワは、そんな曖昧模糊の最たるものだ。
「アマワは未来精霊。まだ、ここにはいない精霊。だから、ただ消すことに意味はない。少なくとも、あたしの知る限りでは」
人の疑問から生まれた空隙。消しても意味はない。いや、そもそも消えることはないのだろう。
かつてフリウ・ハリスコーが突きつけた回答でさえ跳ねのけて、こんな馬鹿げた舞台をつくっている。
「……その、お前がした回答っていうのは何だったんだ? 一度はアマワを退けたんだろう?」
「私の言葉に意味なんかないよ。あいつは何も聞いていないんだから。私はただ、信じていただけ」
あらゆる脅威を前にしても、確証のない、幻影に過ぎないものを信じていられるか。
当時のフリウ・ハリスコーはまさに、信じ続けることで解を示したのだ。
だが、それは心の実在を証明したわけではない。アマワが未来精霊である以上、こうして新たな問いかけを始めることは必然だっただろう。
(……だけど)
フリウ・ハリスコーは考える。アマワは確かに心の実在を問いかけるが、それは決して、このような無差別なものではなかった。"契約者"という括りは、アマワが自分の問いに答えを出せそうな者を選別していた証だ。
何かが変化したのか? その理由は?
(……もしかして――)
心当たりは、ある。確証のない、それこそ思いつきの様なものだが。
だがもしもそれが真実だとすれば、それはフリウ・ハリスコーがこれまでの生涯で犯した罪の中でも、もっとも大きい――
「――ねえ」
声は、後ろから。
その場には三人の人間が顔を突き合わせていた筈なのに、ヘイズも、コミクロンも、そして後ろ暗い思考を中断させられたフリウも、その声が自分の後ろから、意識の外から掛けられたもののように感じていた。
無論、実際にそんなことがある筈もない。声をかけてきた少女は、何の異能も使うことはなく、ただそこに立っていた。曇りガラスの向こう側から響くような印象を受ける、その魔女の声。
「その話、私も混ぜて貰っていいかな?」
「……あんたは、佐山の奴が言ってた……?」
ヘイズが呟く。休憩に入る前、佐山はマンションの中で休憩している仲間がいると告げていた。確か、名前は――
「十叶詠子だよ。初めまして、"欲張りな小鳥"さん」
詠子はゆったりとした動作でお辞儀をしてみせた。耳慣れない呼称さえなければ、ヘイズも彼女が持つ異様な雰囲気は流せたかもしれない。
「よくば……何だって?」
「あなたの魂のカタチだよ。何処までも飛んで行きたいと願っているのに、色んなものを諦められないから、どんどん荷物が多くなっていく。それでも飛ぶことを諦めないのは、昔、親鳥にそう教わったからかな? 何処までも飛んで、その先で精一杯囀りを響かせろ、って。だからあなたは飛び続ける。どこまで飛んで行けるのか、とても楽しみな魂のカタチ」
淀みなく詩歌でも吟じるような調子でそう言い切った詠子に、三人は押し黙った。ただし、その理由はそれぞれ違ったものであったが。
「……ティッシ辺りが占いに嵌ったら言いそうな台詞だな。まあ、彼女自身はそういう仇名呼びを嫌っていたが」
コミクロンがそう呟く。一見、初対面の人間に奇天烈な言葉を掛けてきた怪人に引いているようにも見えたが、その実、警戒は怠っていない。
クリーオウ越しにではあるが、彼らは空目が提供した十叶詠子の情報を入手している。
魔女の紡ぐ"物語"という怪異。半日前、案内板に移ったシャーネの姿とて、その影響であると今は知っていた。
彼女自身は悪党ではないが、健常者にとっての劇薬には違いない。
かつて自分が救えなかった少女の姿を拭い去るように深く息を吐いてから、コミクロンは言葉を続けた。
「何の用だ? 笑えん"物語"ならもう腹いっぱいなんだがな」
「うん。それならちょうどいいかな。今は語りに来たんじゃなくて、あなた達のお話を聞きに来たんだもの」
言って、詠子はフリウに視線を定めた。悪意の一欠けもない、ただの少女の視線。
「……っ」
だがそれを向けられた時、フリウが感じたのは確かな怖気である。
(間違いない。この人は……よくないものだ)
本人の意識は関係なく、その性質が常世と交わらないもの。変わらずにそこに有り続け、そこにあるだけで多大な影響を与えてしまうもの。
そんな"魔女"は、にこやかに言葉を続けた。
「あなたは、アマワさんと長い付き合いなんでしょう? だから、アマワさんについて教えて欲しいと思って」
「……それを知って、どうするの?」
「どうもしないよ。ただ、知りたいだけ。無理強いもしないけど……もしも教えてくれるなら、あなたの"欠け"を補ってあげる」
欠け。
魔女の不穏な呟きに、フリウは怪訝気に眉根を寄せた。その目線に応えるように、魔女が言葉を紡ぐ。
「あなたの魂のカタチは、とても大きい。それは強くて荒々しい神様を"内"に封じているから。でもその神様はとても力が強すぎて、あなた自身をも傷つけてしまう。周りの人も巻き込んで」
魔女の"目"は確かだ。フリウは並べ立てられた言葉に息を呑んだ。
「例えるなら"御山"だね。それは神様の住まう場所。実りをもたらす場所。そして同時に、数多の災いを生み出す場所。災い自体はどうしようもない自然現象だけど、周囲の人は理解してくれないよね。あなたは糾弾されてきた。周囲に責め立てられて、時には自傷すらした。あなたの魂のカタチは見上げるほどに大きいけれど、小さな"欠け"も無数にある。それはきっと、次の崩壊に繋がるもの」
フリウ・ハリスコーは愚か者だ。どれだけ失敗を重ねても、力に見合うだけの自制を持てない。
この島に来てから、フリウ自身、再認識させられていた自分の欠点。それを、魔女は悪意なく指摘した。
「私は魔女だから、あなたの欠けを補ってあげられる。魔法は使えなくても、その為の"友達"を紹介してあげられるよ? 欠片を填めれば、あなたの魂のカタチは完璧になる。もう、後悔することもなくなるんじゃないかなぁ」
「……」
後悔。それはフリウの人生に付きまとってきた言葉だ。
それを無くせるという魔女の言葉は冒涜的で、悪徳に塗れ、そしてどうしようもないほど魅力的だった。
考える。もしも、後悔のしない選択肢を選べていれば、フリウ・ハリスコーの人生はどう変わったか。
誰も傷つけず、誰も殺さず、疎まれず、大切なものを無くすことはなかった。
元の世界でも、こちらの世界でも。きっと、自分の周りにいた人々の多くと、まだ一緒にいることができただろう。
それを、
「いらない。アマワのことなら話してあげてもいい。だけど、あなたの助けは必要ない」
フリウ・ハリスコーは、毅然と魔女の瞳を見つめながら拒絶した。
「本当に? あなたの欠けは、全体像に比べれば小さいものばかりだけれど、それは傷が深くないってことじゃないよ?」
表情を変えずに、魔女が小首を傾げる。
ほんの小さな傷でも、心臓に刻まれればそれは死に至る傷となる。フリウ・ハリスコーの抱える"欠け"は、その類のものだ。
「あなたの言っていることは、きっと正しい」
フリウは認める。眼の前に立つこの少女の瞳は、きっと占い師の水晶玉よりも多くの真実を見通すことができるだろう。
「だけど、その言葉は受け入れられない」
「正しいと、あなた自身が感じているのに?」
「それでも、無理だよ。だって、あなたの言葉だから。あなたの言葉は、受け入れちゃいけないものだと思う」
「あなたと私は、初対面だよね。どうしてそこまで断言できるのかな?」
「……あなたは、アマワと同じだから。悪意は無くても、そこにいるだけで人を惑わす。あなたはアマワの話を聞きたいと言った。どうもしないとも。それは、変だよ。普通ならこんな殺し合いを起こすような奴相手に"どうもしない"なんて言えるわけがない」
正しいことと、悪であることは矛盾しない。間違いが悪ではないように。
アマワに弄ばれた少女は、その経験から魔女の性質を見抜いていた。
その独眼に迷いのないことを見て取ったのだろう。魔女は肩を竦めて、残念そうな笑顔を浮かべた。
「そっか……分かったよ。役に立てないのは残念だけど、あなたがそれを選択するのなら。それで、アマワさんの話はしてくれるのかな?」
「話なら、あとでまとめてするさ。全員の前でな」
魔女の問いに答えたのは、フリウではなかった。
コミクロンが立ち上がり、詠子と相対する。フリウが口を開く前に、割り込むように言葉を挟んだ。分かりやすいほどに険のある声音で。
「無駄が無くていいだろ? それで、俺様としてはさっさとどこかに行ってほしいんだがな」
「何か気に障っちゃった?」
「貴様に直接何かされたわけじゃないが……火傷の八つ当たりというところか」
後半の言葉は自分自身に向けて囁く様に紡がれた為、聞き取った者はいなかっただろうが。
詠子はコミクロンをじっと、まるで曇りガラスの向こうを見通すかのように見つめた。その向こうに、なにか綺麗なものがあるかどうか探る様な視線だった。
「あなたは、"二つ目の刀子"さんの知り合いだよね?」
「二つ目……キリランシェロか? お前、俺たちの話をいつから聞いてた?」
「私が聞いてたわけじゃないけれど……そっか。やっぱり、そういうことなのかな……」
コミクロンから外された魔女の視線が沈む。それは2色の情念を宿していた。僅かに寂しそうなものと、もう片方は――
「もしかしたら、あなた達みたいな人こそがアマワさんを満たせる"鍵"なのかもね」
――希望、とも呼べるもの。
その場にいる詠子以外の人物たちは疑問符、あるいは驚愕を浮かべるが、それを言葉に変えるよりも早く、詠子はその場から背を向けていた。
「うん、分かったよ。他に会いたい人もいるし……アマワさんの話は、あとで聞かせてもらうね」
去ろうとする魔女を止める者はいなかった。
◇◇◇
見上げれば、爆風で砕けた窓が見えた。かつてパイフウと古泉一樹を迎えた、前衛組の待機部屋。
靴越しに感じる芝生の感触を意識する。ダウゲ・ベルガーは夜空の下でひとり、布を掛けただけの遺体を前に佇んでいた。首をねじ切られたダナティア・アリール・アンクルージュの亡骸。
死亡した場所から、ほとんど動かしていない。精々、目につきにくい壁際に移動させたくらいだ。死体がここにあるということもベルガーは口にしなかった。彼自身さえ、事前にアラストールから聞いていなければ見つけられなかっただろう。
海野千絵と同じく、埋葬をする余裕はない。失われたものは、あまりにも多すぎた。
「ダナティア・アリール・アンクルージュ」
名前を呟く。それが弔辞だとでもいうように。
さらに無音で名を継ぎ足す。シャナ。アラストール。リナ・インバース。セルティ。慶滋保胤。竜堂終。Dr.メフィスト。海野千絵――
他にも、無数の名前が胸中に浮かんだ。この島で関わった者達の名前。関われずに終わってしまった者達の名前。
「犠牲は大きかった。力不足を痛感もした。確かにな」
"――何事にも真剣になれぬ男が"。
かつての旧友の言葉を想起する。
誓いと共に鍛えられた強臓式武剣すらこの手にない。ダナティアを旗に、同じ道を歩もうとしていた者達も。様々なものがこの手のすり抜けていく。
(ああ、確かに奴なら、ここまでは取りこぼさなかっただろうさ)
世界は厳しく、二番手では救えないものが多すぎる。
「――だが、それでもだ。それでも、ここまで来たぞ」
空を仰ぐ。夜空は未だ星々の煌めきを湛えていた。彼女達が吹き払った暗雲は、多くのモノを呼び寄せた。
ダナティアによるあの宣言から5時間足らず。多くが散り、多くが集い、そして再び歩み出そうとしている。
「ダナティア・アリール・アンクルージュ。これは君の遺した成果だ。これが君たちの遺した成果だ。無駄にはしない。この成果を、必ず良い結果にしてみせる」
夜空に手を伸ばす。この片腕もかつて失ったものだ――それでも、自分はここにいる。欠落は、取り戻せずとも乗り越えられる。
ダウゲ・ベルガーは亡骸を前に宣言する。彼女の、彼女達の宣言を確かなものにすることを。諦めに心を委ねず、意志を継ぎ、照らし出された道を歩むことを。
そして、
「――墓参り、って感じじゃなさそうだが。何の用だ?」
振り返った先にいたのは、顔に炎と竜の刺青を入れた美丈夫だった。
予期せぬ闖入者ではあるが、知らない顔ではない。臨也を連れてきてくれたグループのひとり。
「ギギナ、だったか」
「名前で呼ばれるほど親しくなったつもりはない」
返ってきたのは人並みの熱すら帯びない断絶の言葉と、同じくらい冷たい視線だった。
ベルガーは肩を竦めて見せる。社交的な人間でないことは何となく分かっていたから、特に衝撃も受けない。
「じゃあ見た目から重量級剣運び機って呼ばせて貰うが、重量級剣運び機さんは何の御用で?」
「……体調が万全ならば切り捨てているところだ」
「そういう台詞は剣を振らないで言おうな――で、何の用だ? 出雲・覚から相棒らしい男の情報を聞いてただろう? てっきり、確認にいくものだと思っていたが」
ギギナが高速で抜刀したネレトーをスウェーバックで回避しながら、ベルガーは言葉と共に先の光景を思い起こす。
各自で休息とする直前、出雲がギギナに近寄り、何事か話しかけていた。会うのは初めてではないらしく、事前に何らかの情報について遣り取りを行っていたらしい。
横で何となく耳にしていただけなので詳しくは分からないが、どうやら元の世界での知り合いの捜索をギギナは出雲に頼んでおり、出雲がそれを果たしたということなのだろう。
ベルガーの問いに、ギギナはふん、と鼻を鳴らした。
「場所が遠すぎる。万全の状態であったとしても、行って帰って来るには億劫な距離だ。軟弱眼鏡かどうかの確認に、そこまで手間をかけるつもりはない」
「そっちの事情だし、とやかく言うつもりはないけどな。じゃあなんだ? 俺と仲良くしに来たんじゃないんだろう?」
「用向きは貴様と同じだ。その亡骸に用がある」
ギギナが刃を持つ方の腕とは逆の手を持ち上げ、指向したのは向き合うベルガーの背後。布が被さっただけの女性の死体。
「ダナティアに? あんたと関係があるとは聞いていなかったけどな」
「会ったことはない。例の放送とやらも、私は聞いていなかった」
「……ダナティアじゃなくて、若い女の死体に興味がある、っていうんじゃないだろうな?」
「そう警戒するな。貴様と同じ用向きだ、と言った筈だが?」
言い捨て、ギギナは歩みを進めた。ダナティアの遺体の前に立ち、止める間もなく抜刀していたネレトーを振るう。
刃が両断したのは湿り気を帯びた夜気である。鋼の軌跡は止まらず、されど荒々しい暴風とはならず。それは例えるなら清流の如き、静謐な美しさを伴った剣舞だった。
ドラッケン族の礼拝儀式<クドゥー>。竜に捧げる鎮魂の詩。
ギギナの薄い唇から紡がれるのは、夜語りにでも用いられるかのような静かで澄み渡る調べ。
天上の雅楽の如き祝詞を耳にしながら、ベルガーは呟いた。これが鎮魂の表意であることは、なんとなく理解できるが。
「……知り合いじゃあ、なかったんだろ?」
「ああ、イズモから放送の話を聞いただけだ。会ってみたかったものだが」
舞を終えこちらに向き直ったギギナの答えに、ベルガーは苦笑を返した。
「口説くには、ちょっとばかし以上に難易度の高い女だったと思うけどな」
「ますます私好みだ――こうして実際に目にしてみて、真に強き者であったということも分かった」
ギギナの視線が、ダナティアが倒れていた場所に注がれていた。ベルガーが遺体を動かす前に、彼女が倒れ伏していた地面。フリウ・ハリスコーによって首をねじ切られた際に飛び散った鮮血が、土を黒く染めている。
「地面に食い込んだ指の後。血の吹き出し方。体格から推察される当時の体勢、敵の位置。最後まで抗うことをやめなかったのだろう」
「ああ、そういう女だったよ」
「我らドラッケンは、強者には敬意を払う。それは良き闘争の相手として、という場合の方が多いが――死者には弔意だけを送るものだ」
「……それで、わざわざ?」
「異教の弔いでは不服か?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないが……」
浮上する疑問を言葉に変えようとして、だがベルガーは直ぐにその徒労をやめた。まずは言うべきことがある。
「――感謝しておく。流石に俺一人じゃあ参列者が足りなかった。一国の御姫様だったっていうからな、本来なら国葬レベルだろ」
「他の者に、ここを教えなかった理由は?」
「特に明確な理由があったわけでもないが……余裕のない状況だしな。彼女の仲間だったのは、もう俺だけだ。それ以外の人間にまで弔いを強要するなんて、世界で二番目に慎み深い俺としちゃあ、な」
「余裕、か。確かに、ここには縁遠い言葉だ……では、下手人を追及しなかったのも?」
「ああ? イザヤならさっき――」
「私が言っているのは直接の下手人の方だ」
フリウ・ハリスコーの犯した罪――ダナティアの殺害。
目を覚ました彼女から、ヘイズ達はそれについてを聞き出していた。当然、説明の場にいたギギナも事情を知っている。
シャナとフリウ――全方位に殺意と破壊を振りまいていた彼女達。あの二人なら、自分たち以外にも"それ"を齎していないと考えるのは楽観的に過ぎる。そしてフリウ・ハリスコーを抱え込むと決めた以上、その火種は火の粉となって、自分達にも降りかかってくる。その為の備え。
事実、ベルガーはフリウ・ハリスコーの罪を知っている。アラストールから聞いたということもあるし、そもそも自分達も暴走に巻き込まれたのだから。
野犬は嘆息をひとつ洩らすと、ギギナに胡乱な視線を向けた。
「……お前さん、あの連中の仲間なんだろう? なんでわざわざ地雷を掘り起こそうとするかね」
「仲間ではない。ただ行動を共にしているだけだ。ドラッケンの諺に曰く"とどめを疎かにした時、獲物と狩人は入れ替わる"とある。火種は消えているものだと安心して、あとで燃え上がる方が問題だと思うが?」
「……そりゃ、そうだ。もっともな話だな、まったく」
ギギナの指摘は正しい。ベルガーは観念したように肩を落とした。
もとより話せないような、後ろ暗い理由があったわけではない。だが話しても意味はなかったし、ついでに言えばきちんと言語化できる自信もなかった。
「……シャナ、あの白髪と一緒にいた子だが。彼女はもともと俺たちの仲間で……事情があって、人殺し側に回っちまった。白髪――フリウ、だったか? そいつを巻き込んで、あの絶滅コンビを結成したわけだが」
ベルガーはそれを知っている。シャナが最後に知ることを望んでしまった、己の行為の結果。神野陰之によって知らされた、彼女の末路を。
「俺がフリウ・ハリスコーを責めなかったのは、あいつらがシャナのことを責めなかったからだよ――改心したことも、知ってたしな」
神野陰之がシャナにもたらした"痛み"の一端。それにはフリウ・ハリスコーの変化も含まれていた。
それはシャナへの慰めにはならないものだったが、紛れもない真実でもある。
「悔い改めれば、過去の罪は無かったことになると?」
「まさか。世界はそんなに都合のいいものじゃない。俺はきっと、死ぬまでシャナとダナティア・アリール・アンクルージュを、仲間の死に関わった連中を忘れない。
だけどな、その過去と罪を全て洗い出して糾弾するつもりもないさ。罰を落とす神様を気取る気もないし、そもそも現実的に無理な話だ」
ギギナの問いに、ベルガーは答えを返す。
許さない、とは言わなかった。怒りはきっと風化する。恨みはいずれ薄くなる。それがいつになるかは分からないし、完全に消えるという保証もなかったが。
(シャナのことを許してほしい、と思うのは――我ながら傲慢かもしれないけどな)
それでも、祈るくらいは許されるだろう。
「――だから、ここらが落としどころだろう。俺はダナティアの意志に賛同する。恨みでも怒りでもなく、決意で進む」
それは集結と終結の物語。崩れ落ちたバベルの塔のように、天へ近づいた彼らは崩壊し、後には瓦礫だけを残した。
だが、再び瓦礫を積み上げようとしている者がいる。
ダウゲ・ベルガー。彼は仲間が残したものを拾い上げ、悪しき神へ再び挑もうとしていた。
「……貴様がそう言うのであれば、それでいいのだろうな」
「そう言うお前はどうなんだ、剣振り機。なんで連中に協力している? 佐山の話じゃ、完全な戦闘狂ってことだったがな」
「語る必要性を感じない」
「人にだけ語らせて自分はだんまりって言うのは、有体に言ってかっこ悪いと俺は思う――呼び名を全自動剣振り機から全自動剣振り機(悪い)に改めてもいいか? 佐山辺りは嬉々として連呼すると思うが」
ベルガーの言葉に、ギギナの手にした屠龍刀が閃き――背負った固定装置に刃をはめ込んだ。柄の連結が解除され、屠龍刀が鋭いだけの板金と化す。
「……全くもって、この島は不快な連中が多い。ガユスだけで、許容値は超えていたというのに」
竜狩りの不満げな呟きを黙殺して、ベルガーは続きを促した。しばしの、というには少しだけ長い沈黙の後、ギギナは目線を左下方に移しながら、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。
「この島に来て、闘争に明け暮れていたのは確かだ。我らドラッケンにとって強者と刃をかわすことは至上の喜びであり、それは私の元居た場所でも、この島でも変わりない」
だから躊躇はしなかった。
ギギナにとって、それはごく自然なことだからだ。強者がいれば、戦わずにはいられない。それが攻性咒式士としての仕事の最中であっても、他人を危険に晒す行いであったとしても。
時間も、場所も関係は無い。
「事実、私はこの島での殺し合いを望んでいなかったであろう者をひとり、殺した。戦士ではあったが、先のウミノとやらとさほど年齢が違わぬであろう女だ」
「……後悔は?」
「ない。そのようなもの、あろう筈もない。あるとすれば、それは強き戦士との巡り合いに対する感謝だけだ」
「そうか。控えめに言って現代人としては最低だな。ジュニアスクールで道徳の授業を受け直してくるといい」
「ドラッケンが幼少の頃に習うのは剣の握り方だけだ。何にせよ、私は闘いに興じていた。あの赤髪と白衣の二人組や、サヤマとてかつては剣を振るう相手にしたものだ」
「……佐山に関しては、そこで多少血を抜いといてくれたほうが良かったかもな」
「初めてこの島で他人と意見が合ったか……だが、最早そうもいかなくなった」
その、理由。
ギギナが、他者と組むことを了承することになった転機。それはどこだったのか。
クリーオウ・エバーラスティンとの出会いはひとつの契機だっただろう。
彼女と出会ったのはオーフェンから頼まれた保護の依頼を受けたからで、彼の頼みを許諾したのはヒルルカを助けて貰った恩があるから。そのヒルルカを破壊したのは、ギギナが殺した霧間凪。
だが、そのどれもが他者と組むようになる"切っ掛け"として挙げるにはしっくりこなかった。
依頼を果たし、小うるさい小娘を引き渡した時点で、連中と戦ってもよかった。あの4名を相手に負傷した自分が勝ちを拾える確率は低かっただろうが、そんな戦いはむしろ望むところだ。
クリーオウの説得は、確かに自分の闘争心を萎えさせた。だが本来の自分ならば、そもそもそんなものには耳を傾けなかっただろう。
ギギナの性質は、どこであっても変わらない。この島でも、エリダナでも。
――違ったのは、いつも隣にいた相棒の存在だった。
ガユス・レヴィナ・ソレル。
もしも彼がいつものように隣にいたら、霧間凪を殺そうとしたギギナを諌め、止めようとしただろう。ユラヴィカとの戦いを阻止した時のように、嫌らしい奸計まで用いて刃を収めさせようとした筈だ。
思えば、エリダナではその繰り返しだった。自分が刃を振るおうとし、軟弱眼鏡がそれに難癖を付ける。
その度、何度ガユスを斬り殺そうとしたか分からない。ドラッケンの矜持を充足させるに際して、最大の障害だった。
この島ではその制限がなかった。隣にガユスがいなければ、自分は思う存分に刃を振るうことができた。
ガユスの不在は、ギギナの闘争心を解放した――だけど、その死は?
不在と死は決定的に違う。不在が対象の認識をぼやかすものであるとすれば、死はその真逆だ。死者は、その存在を訴えかけてくる。永遠の欠損という傷は、常に痛みを発する。
ギギナの闘争に対する欲求に歯止めが掛かったのは、間違いなくガユスの死が原因だった。
モルディーン枢機卿は、かつてギギナにこう言った。ガユスとギギナの関係は、弱者であるガユスがギギナに頼り切っているように見える。だが本当のところはギギナの方こそ、ガユスに依存している側なのだと。
謀だけで世界を回す人界の竜。その言葉は、きっといつだって真実を突く。
「……軟弱だな。勇者には程遠い――私も、奴も」
「奴?」
「つまるところ、私が貴様らに協力するのは弱さ故だ。傷を負わされた脆弱。小娘に借りを作った惰弱。そして――」
ギギナはそこで言葉を切った。
続きを口にはできない。それは、ギギナにとって死をも同じだ。誰も寄せ付けない強さを誇りにしていた、ドラッケンの剣舞士には。
「……さっきの、鎮魂歌。正直な話、変な感じがした」
ベルガーが言う。さきほど言葉にしようとして、結局やめた違和感を口にする。
「ダナティアが死んだのは放送で流れたから、あんたが話を聞いたっていう出雲も含めて全員が知っているだろう。だが、ここに遺体があることは俺しか知らない筈だ。それなのに、ここへやってきてから、大して事情も聴かずに鎮魂の儀式を始めただろう? まるで最初から、その機会を探していたみたいに」
「何が言いたい?」
「あんたが本当に弔意を示したい相手は、ダナティアじゃなくて別にいたんじゃないかと――そう思った」
奇妙な静寂が、その場を支配した。
ベルガーはそれ以上言葉を紡ごうとせず、ギギナも応じようとしない。
襲い掛かってくるかもしれない、とベルガーはふと思った。空模様を見て、傘が必要になるかもしれないと思いつくのと同等の気軽さと唐突さで。
それはおそらく、目の前の戦闘狂にとって、もっとも致命的な言葉だったらしい。その心理の最奥を突く言葉かもしれない。
もしもギギナが襲って来れば、無手の自分が勝てるかどうかは分の悪い賭けだろう――他人事のように、そう思った。
それでもさほどの危機感を抱かなかったのは、多少は目の前の男に人間味を感じるようになったからかもしれない。
僅かな間を開けて、ギギナはよく研いだ剣先のような鋭い視線をベルガーに向け、唸る様に短く言葉を発した。
「貴様に、何がわかるというのだ」
「何もわからないさ。それでも、あんたにダナティアを悼む気持ちが欠片も無かったなら、一発くらいは殴ってたかもな」
そう言って肩をすくめて見せるベルガーに、ギギナは何かを言おうとしたようにも見えた。口を開き――だが、発しようとした言葉を引きとめるかのように、その薄い口唇を引き結ぶ。
飲み込んだ台詞の代わりにギギナが発したのは、努めて平坦な、感情を押し殺した声音。
「――好きに想像するがいい。ここから出るまでは、剣を振るう相手を選ぶ。それで文句はあるまい」
剣舞士は、そんな台詞を残して夜の闇に紛れた。
遠ざかっていくギギナの背中に向けて、ふぅ、とベルガーは息を吐く。緊張が解けた反動だ。手に汗が滲んでいた。
最後の殺気は本物だった。あの狂戦士は決して人と馴れ合うことをしないのだろう。獣は、永遠に人に慣れることはない。
それでも、亡くなったらしいギギナの知り合いというのは、あるいは唯一の例外だったのかも知れないが――
(それこそ勝手な想像、だな)
首を振る。いずれにせよ、敵対しないというのであればあの戦闘力は魅力的だろう。足運びに抜刀の速度。端々から窺える力量は、自分の知る"皇帝剣"に勝るとも劣らない。
佐山発案の作戦が上手くいくとすればこの舞台とはあと数時間で別れることになるし、吸血鬼とも直接は矛を交えないで済む。だが、予定外のことは常に起こるものだ。
その為にも、今は休息をとっておこう。マンションの入り口に向けて歩みを進める。
それでも最後にベルガーは振り返り、ダナティアの亡骸を一瞥した。
「もう、話すことはないだろう。だから……君たちのことは、忘れない」
靴越しに感じる芝生の感触を意識する。ダウゲ・ベルガーは夜空の下でひとり、布を掛けただけの遺体を前に佇んでいた。首をねじ切られたダナティア・アリール・アンクルージュの亡骸。
死亡した場所から、ほとんど動かしていない。精々、目につきにくい壁際に移動させたくらいだ。死体がここにあるということもベルガーは口にしなかった。彼自身さえ、事前にアラストールから聞いていなければ見つけられなかっただろう。
海野千絵と同じく、埋葬をする余裕はない。失われたものは、あまりにも多すぎた。
「ダナティア・アリール・アンクルージュ」
名前を呟く。それが弔辞だとでもいうように。
さらに無音で名を継ぎ足す。シャナ。アラストール。リナ・インバース。セルティ。慶滋保胤。竜堂終。Dr.メフィスト。海野千絵――
他にも、無数の名前が胸中に浮かんだ。この島で関わった者達の名前。関われずに終わってしまった者達の名前。
「犠牲は大きかった。力不足を痛感もした。確かにな」
"――何事にも真剣になれぬ男が"。
かつての旧友の言葉を想起する。
誓いと共に鍛えられた強臓式武剣すらこの手にない。ダナティアを旗に、同じ道を歩もうとしていた者達も。様々なものがこの手のすり抜けていく。
(ああ、確かに奴なら、ここまでは取りこぼさなかっただろうさ)
世界は厳しく、二番手では救えないものが多すぎる。
「――だが、それでもだ。それでも、ここまで来たぞ」
空を仰ぐ。夜空は未だ星々の煌めきを湛えていた。彼女達が吹き払った暗雲は、多くのモノを呼び寄せた。
ダナティアによるあの宣言から5時間足らず。多くが散り、多くが集い、そして再び歩み出そうとしている。
「ダナティア・アリール・アンクルージュ。これは君の遺した成果だ。これが君たちの遺した成果だ。無駄にはしない。この成果を、必ず良い結果にしてみせる」
夜空に手を伸ばす。この片腕もかつて失ったものだ――それでも、自分はここにいる。欠落は、取り戻せずとも乗り越えられる。
ダウゲ・ベルガーは亡骸を前に宣言する。彼女の、彼女達の宣言を確かなものにすることを。諦めに心を委ねず、意志を継ぎ、照らし出された道を歩むことを。
そして、
「――墓参り、って感じじゃなさそうだが。何の用だ?」
振り返った先にいたのは、顔に炎と竜の刺青を入れた美丈夫だった。
予期せぬ闖入者ではあるが、知らない顔ではない。臨也を連れてきてくれたグループのひとり。
「ギギナ、だったか」
「名前で呼ばれるほど親しくなったつもりはない」
返ってきたのは人並みの熱すら帯びない断絶の言葉と、同じくらい冷たい視線だった。
ベルガーは肩を竦めて見せる。社交的な人間でないことは何となく分かっていたから、特に衝撃も受けない。
「じゃあ見た目から重量級剣運び機って呼ばせて貰うが、重量級剣運び機さんは何の御用で?」
「……体調が万全ならば切り捨てているところだ」
「そういう台詞は剣を振らないで言おうな――で、何の用だ? 出雲・覚から相棒らしい男の情報を聞いてただろう? てっきり、確認にいくものだと思っていたが」
ギギナが高速で抜刀したネレトーをスウェーバックで回避しながら、ベルガーは言葉と共に先の光景を思い起こす。
各自で休息とする直前、出雲がギギナに近寄り、何事か話しかけていた。会うのは初めてではないらしく、事前に何らかの情報について遣り取りを行っていたらしい。
横で何となく耳にしていただけなので詳しくは分からないが、どうやら元の世界での知り合いの捜索をギギナは出雲に頼んでおり、出雲がそれを果たしたということなのだろう。
ベルガーの問いに、ギギナはふん、と鼻を鳴らした。
「場所が遠すぎる。万全の状態であったとしても、行って帰って来るには億劫な距離だ。軟弱眼鏡かどうかの確認に、そこまで手間をかけるつもりはない」
「そっちの事情だし、とやかく言うつもりはないけどな。じゃあなんだ? 俺と仲良くしに来たんじゃないんだろう?」
「用向きは貴様と同じだ。その亡骸に用がある」
ギギナが刃を持つ方の腕とは逆の手を持ち上げ、指向したのは向き合うベルガーの背後。布が被さっただけの女性の死体。
「ダナティアに? あんたと関係があるとは聞いていなかったけどな」
「会ったことはない。例の放送とやらも、私は聞いていなかった」
「……ダナティアじゃなくて、若い女の死体に興味がある、っていうんじゃないだろうな?」
「そう警戒するな。貴様と同じ用向きだ、と言った筈だが?」
言い捨て、ギギナは歩みを進めた。ダナティアの遺体の前に立ち、止める間もなく抜刀していたネレトーを振るう。
刃が両断したのは湿り気を帯びた夜気である。鋼の軌跡は止まらず、されど荒々しい暴風とはならず。それは例えるなら清流の如き、静謐な美しさを伴った剣舞だった。
ドラッケン族の礼拝儀式<クドゥー>。竜に捧げる鎮魂の詩。
ギギナの薄い唇から紡がれるのは、夜語りにでも用いられるかのような静かで澄み渡る調べ。
天上の雅楽の如き祝詞を耳にしながら、ベルガーは呟いた。これが鎮魂の表意であることは、なんとなく理解できるが。
「……知り合いじゃあ、なかったんだろ?」
「ああ、イズモから放送の話を聞いただけだ。会ってみたかったものだが」
舞を終えこちらに向き直ったギギナの答えに、ベルガーは苦笑を返した。
「口説くには、ちょっとばかし以上に難易度の高い女だったと思うけどな」
「ますます私好みだ――こうして実際に目にしてみて、真に強き者であったということも分かった」
ギギナの視線が、ダナティアが倒れていた場所に注がれていた。ベルガーが遺体を動かす前に、彼女が倒れ伏していた地面。フリウ・ハリスコーによって首をねじ切られた際に飛び散った鮮血が、土を黒く染めている。
「地面に食い込んだ指の後。血の吹き出し方。体格から推察される当時の体勢、敵の位置。最後まで抗うことをやめなかったのだろう」
「ああ、そういう女だったよ」
「我らドラッケンは、強者には敬意を払う。それは良き闘争の相手として、という場合の方が多いが――死者には弔意だけを送るものだ」
「……それで、わざわざ?」
「異教の弔いでは不服か?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないが……」
浮上する疑問を言葉に変えようとして、だがベルガーは直ぐにその徒労をやめた。まずは言うべきことがある。
「――感謝しておく。流石に俺一人じゃあ参列者が足りなかった。一国の御姫様だったっていうからな、本来なら国葬レベルだろ」
「他の者に、ここを教えなかった理由は?」
「特に明確な理由があったわけでもないが……余裕のない状況だしな。彼女の仲間だったのは、もう俺だけだ。それ以外の人間にまで弔いを強要するなんて、世界で二番目に慎み深い俺としちゃあ、な」
「余裕、か。確かに、ここには縁遠い言葉だ……では、下手人を追及しなかったのも?」
「ああ? イザヤならさっき――」
「私が言っているのは直接の下手人の方だ」
フリウ・ハリスコーの犯した罪――ダナティアの殺害。
目を覚ました彼女から、ヘイズ達はそれについてを聞き出していた。当然、説明の場にいたギギナも事情を知っている。
シャナとフリウ――全方位に殺意と破壊を振りまいていた彼女達。あの二人なら、自分たち以外にも"それ"を齎していないと考えるのは楽観的に過ぎる。そしてフリウ・ハリスコーを抱え込むと決めた以上、その火種は火の粉となって、自分達にも降りかかってくる。その為の備え。
事実、ベルガーはフリウ・ハリスコーの罪を知っている。アラストールから聞いたということもあるし、そもそも自分達も暴走に巻き込まれたのだから。
野犬は嘆息をひとつ洩らすと、ギギナに胡乱な視線を向けた。
「……お前さん、あの連中の仲間なんだろう? なんでわざわざ地雷を掘り起こそうとするかね」
「仲間ではない。ただ行動を共にしているだけだ。ドラッケンの諺に曰く"とどめを疎かにした時、獲物と狩人は入れ替わる"とある。火種は消えているものだと安心して、あとで燃え上がる方が問題だと思うが?」
「……そりゃ、そうだ。もっともな話だな、まったく」
ギギナの指摘は正しい。ベルガーは観念したように肩を落とした。
もとより話せないような、後ろ暗い理由があったわけではない。だが話しても意味はなかったし、ついでに言えばきちんと言語化できる自信もなかった。
「……シャナ、あの白髪と一緒にいた子だが。彼女はもともと俺たちの仲間で……事情があって、人殺し側に回っちまった。白髪――フリウ、だったか? そいつを巻き込んで、あの絶滅コンビを結成したわけだが」
ベルガーはそれを知っている。シャナが最後に知ることを望んでしまった、己の行為の結果。神野陰之によって知らされた、彼女の末路を。
「俺がフリウ・ハリスコーを責めなかったのは、あいつらがシャナのことを責めなかったからだよ――改心したことも、知ってたしな」
神野陰之がシャナにもたらした"痛み"の一端。それにはフリウ・ハリスコーの変化も含まれていた。
それはシャナへの慰めにはならないものだったが、紛れもない真実でもある。
「悔い改めれば、過去の罪は無かったことになると?」
「まさか。世界はそんなに都合のいいものじゃない。俺はきっと、死ぬまでシャナとダナティア・アリール・アンクルージュを、仲間の死に関わった連中を忘れない。
だけどな、その過去と罪を全て洗い出して糾弾するつもりもないさ。罰を落とす神様を気取る気もないし、そもそも現実的に無理な話だ」
ギギナの問いに、ベルガーは答えを返す。
許さない、とは言わなかった。怒りはきっと風化する。恨みはいずれ薄くなる。それがいつになるかは分からないし、完全に消えるという保証もなかったが。
(シャナのことを許してほしい、と思うのは――我ながら傲慢かもしれないけどな)
それでも、祈るくらいは許されるだろう。
「――だから、ここらが落としどころだろう。俺はダナティアの意志に賛同する。恨みでも怒りでもなく、決意で進む」
それは集結と終結の物語。崩れ落ちたバベルの塔のように、天へ近づいた彼らは崩壊し、後には瓦礫だけを残した。
だが、再び瓦礫を積み上げようとしている者がいる。
ダウゲ・ベルガー。彼は仲間が残したものを拾い上げ、悪しき神へ再び挑もうとしていた。
「……貴様がそう言うのであれば、それでいいのだろうな」
「そう言うお前はどうなんだ、剣振り機。なんで連中に協力している? 佐山の話じゃ、完全な戦闘狂ってことだったがな」
「語る必要性を感じない」
「人にだけ語らせて自分はだんまりって言うのは、有体に言ってかっこ悪いと俺は思う――呼び名を全自動剣振り機から全自動剣振り機(悪い)に改めてもいいか? 佐山辺りは嬉々として連呼すると思うが」
ベルガーの言葉に、ギギナの手にした屠龍刀が閃き――背負った固定装置に刃をはめ込んだ。柄の連結が解除され、屠龍刀が鋭いだけの板金と化す。
「……全くもって、この島は不快な連中が多い。ガユスだけで、許容値は超えていたというのに」
竜狩りの不満げな呟きを黙殺して、ベルガーは続きを促した。しばしの、というには少しだけ長い沈黙の後、ギギナは目線を左下方に移しながら、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。
「この島に来て、闘争に明け暮れていたのは確かだ。我らドラッケンにとって強者と刃をかわすことは至上の喜びであり、それは私の元居た場所でも、この島でも変わりない」
だから躊躇はしなかった。
ギギナにとって、それはごく自然なことだからだ。強者がいれば、戦わずにはいられない。それが攻性咒式士としての仕事の最中であっても、他人を危険に晒す行いであったとしても。
時間も、場所も関係は無い。
「事実、私はこの島での殺し合いを望んでいなかったであろう者をひとり、殺した。戦士ではあったが、先のウミノとやらとさほど年齢が違わぬであろう女だ」
「……後悔は?」
「ない。そのようなもの、あろう筈もない。あるとすれば、それは強き戦士との巡り合いに対する感謝だけだ」
「そうか。控えめに言って現代人としては最低だな。ジュニアスクールで道徳の授業を受け直してくるといい」
「ドラッケンが幼少の頃に習うのは剣の握り方だけだ。何にせよ、私は闘いに興じていた。あの赤髪と白衣の二人組や、サヤマとてかつては剣を振るう相手にしたものだ」
「……佐山に関しては、そこで多少血を抜いといてくれたほうが良かったかもな」
「初めてこの島で他人と意見が合ったか……だが、最早そうもいかなくなった」
その、理由。
ギギナが、他者と組むことを了承することになった転機。それはどこだったのか。
クリーオウ・エバーラスティンとの出会いはひとつの契機だっただろう。
彼女と出会ったのはオーフェンから頼まれた保護の依頼を受けたからで、彼の頼みを許諾したのはヒルルカを助けて貰った恩があるから。そのヒルルカを破壊したのは、ギギナが殺した霧間凪。
だが、そのどれもが他者と組むようになる"切っ掛け"として挙げるにはしっくりこなかった。
依頼を果たし、小うるさい小娘を引き渡した時点で、連中と戦ってもよかった。あの4名を相手に負傷した自分が勝ちを拾える確率は低かっただろうが、そんな戦いはむしろ望むところだ。
クリーオウの説得は、確かに自分の闘争心を萎えさせた。だが本来の自分ならば、そもそもそんなものには耳を傾けなかっただろう。
ギギナの性質は、どこであっても変わらない。この島でも、エリダナでも。
――違ったのは、いつも隣にいた相棒の存在だった。
ガユス・レヴィナ・ソレル。
もしも彼がいつものように隣にいたら、霧間凪を殺そうとしたギギナを諌め、止めようとしただろう。ユラヴィカとの戦いを阻止した時のように、嫌らしい奸計まで用いて刃を収めさせようとした筈だ。
思えば、エリダナではその繰り返しだった。自分が刃を振るおうとし、軟弱眼鏡がそれに難癖を付ける。
その度、何度ガユスを斬り殺そうとしたか分からない。ドラッケンの矜持を充足させるに際して、最大の障害だった。
この島ではその制限がなかった。隣にガユスがいなければ、自分は思う存分に刃を振るうことができた。
ガユスの不在は、ギギナの闘争心を解放した――だけど、その死は?
不在と死は決定的に違う。不在が対象の認識をぼやかすものであるとすれば、死はその真逆だ。死者は、その存在を訴えかけてくる。永遠の欠損という傷は、常に痛みを発する。
ギギナの闘争に対する欲求に歯止めが掛かったのは、間違いなくガユスの死が原因だった。
モルディーン枢機卿は、かつてギギナにこう言った。ガユスとギギナの関係は、弱者であるガユスがギギナに頼り切っているように見える。だが本当のところはギギナの方こそ、ガユスに依存している側なのだと。
謀だけで世界を回す人界の竜。その言葉は、きっといつだって真実を突く。
「……軟弱だな。勇者には程遠い――私も、奴も」
「奴?」
「つまるところ、私が貴様らに協力するのは弱さ故だ。傷を負わされた脆弱。小娘に借りを作った惰弱。そして――」
ギギナはそこで言葉を切った。
続きを口にはできない。それは、ギギナにとって死をも同じだ。誰も寄せ付けない強さを誇りにしていた、ドラッケンの剣舞士には。
「……さっきの、鎮魂歌。正直な話、変な感じがした」
ベルガーが言う。さきほど言葉にしようとして、結局やめた違和感を口にする。
「ダナティアが死んだのは放送で流れたから、あんたが話を聞いたっていう出雲も含めて全員が知っているだろう。だが、ここに遺体があることは俺しか知らない筈だ。それなのに、ここへやってきてから、大して事情も聴かずに鎮魂の儀式を始めただろう? まるで最初から、その機会を探していたみたいに」
「何が言いたい?」
「あんたが本当に弔意を示したい相手は、ダナティアじゃなくて別にいたんじゃないかと――そう思った」
奇妙な静寂が、その場を支配した。
ベルガーはそれ以上言葉を紡ごうとせず、ギギナも応じようとしない。
襲い掛かってくるかもしれない、とベルガーはふと思った。空模様を見て、傘が必要になるかもしれないと思いつくのと同等の気軽さと唐突さで。
それはおそらく、目の前の戦闘狂にとって、もっとも致命的な言葉だったらしい。その心理の最奥を突く言葉かもしれない。
もしもギギナが襲って来れば、無手の自分が勝てるかどうかは分の悪い賭けだろう――他人事のように、そう思った。
それでもさほどの危機感を抱かなかったのは、多少は目の前の男に人間味を感じるようになったからかもしれない。
僅かな間を開けて、ギギナはよく研いだ剣先のような鋭い視線をベルガーに向け、唸る様に短く言葉を発した。
「貴様に、何がわかるというのだ」
「何もわからないさ。それでも、あんたにダナティアを悼む気持ちが欠片も無かったなら、一発くらいは殴ってたかもな」
そう言って肩をすくめて見せるベルガーに、ギギナは何かを言おうとしたようにも見えた。口を開き――だが、発しようとした言葉を引きとめるかのように、その薄い口唇を引き結ぶ。
飲み込んだ台詞の代わりにギギナが発したのは、努めて平坦な、感情を押し殺した声音。
「――好きに想像するがいい。ここから出るまでは、剣を振るう相手を選ぶ。それで文句はあるまい」
剣舞士は、そんな台詞を残して夜の闇に紛れた。
遠ざかっていくギギナの背中に向けて、ふぅ、とベルガーは息を吐く。緊張が解けた反動だ。手に汗が滲んでいた。
最後の殺気は本物だった。あの狂戦士は決して人と馴れ合うことをしないのだろう。獣は、永遠に人に慣れることはない。
それでも、亡くなったらしいギギナの知り合いというのは、あるいは唯一の例外だったのかも知れないが――
(それこそ勝手な想像、だな)
首を振る。いずれにせよ、敵対しないというのであればあの戦闘力は魅力的だろう。足運びに抜刀の速度。端々から窺える力量は、自分の知る"皇帝剣"に勝るとも劣らない。
佐山発案の作戦が上手くいくとすればこの舞台とはあと数時間で別れることになるし、吸血鬼とも直接は矛を交えないで済む。だが、予定外のことは常に起こるものだ。
その為にも、今は休息をとっておこう。マンションの入り口に向けて歩みを進める。
それでも最後にベルガーは振り返り、ダナティアの亡骸を一瞥した。
「もう、話すことはないだろう。だから……君たちのことは、忘れない」
◇◇◇
キリランシェロ・フィンランディの人生はおよそ20年前に始まった。
彼の人生が極々平凡なものであるといえば、それは嘘になるだろう――名前は2回変わった。不動産の消失と同時に家名も消え、それから数年後には唯一残されていたキリランシェロという名前さえも自ら捨てた。
キリランシェロでなくなったオーフェンは、大陸随一の黒魔術師に師事した強力なソーサラス・スタッバーで、史上最年少の宮廷魔術士候補であり、数多の強敵を下し、大陸存亡の一大事にすら深くかかわった。ある視点から見れば、大陸を救ったのは彼だ、と言っても過言ではないだろう……
(だから――なんだっていうんだ?)
英雄は世界を救わない。少女一人すら、満足に救えない。
オーフェンは歯噛みしながら目の前の少女を見る。膝に顔を埋める様にして地べたに座り込んだ少女、クリーオウ・エバーラスティンの背中を。
この悪徳の地で、彼女は常に裏切られ続けた。クリーオウが信じたクエロ・ラディーンは仲間を殺した。ゼルガディス、秋せつら。ともに、このゲームからの脱出を目指していた者達。
クエロ・ラディーンはどこまでも利己的で――だけど、その彼女も最後にはかつての正義を見せて死んだ。その死すら、クリーオウにとっては深い傷だ。
マジク・リンも。サラ・バーリンと空目恭一も、坂井悠二もダークエルフのピロテースも。クリーオウの知己は、ひとしく死んだ。
信じようとした折原臨也は、クエロと同様にクリーオウを利用しようとした。完全に利用しきってくれれば、クリーオウは傷つかなかったかもしれない。
だが臨也の裏切りは暴かれた。彼は海野千絵という少女を巻き添えにしながら死んだ。
クリーオウ・エバーラスティン。この島で彼女が描いた軌跡は、どうしようもないほど死と裏切りの痕跡に塗れている。
(……見つけてくれたギギナには、感謝してもし足りない、な)
ここにいない剣舞士に胸中で頭を下げながら、オーフェンは一歩を踏み出した。
クリーオウ・エバーラスティンは、弱くはない。だが、強すぎることもない――この短時間で、立ち直れるほどの強さはない。ライアン・スプーン・キルマークドを殺してしまった時の様に。
そして彼女が立ち上がるのを待ってくれるほど、この島は寛容ではなかった。
「クリーオウ――」
「どうすれば、よかったのかな」
顔を伏せたまま、クリーオウが呟く。くぐもった声に、オーフェンは思わず歩み出しかけた足を止めた。
「私がいなければ、ゼルガディスはクエロを信用しなかった。だから、多分殺されなかった。せつらだってそう。あの子……ウミノさん、だって、私がイザヤを連れてこなければ」
クリーオウ・エバーラスティンは愚かではない。
クエロに臨也。なぜ彼らが自分に接触をしてきたのか――その結果が二度も重なれば、真実にたどり着ける程度には賢しい。不幸にも。
首を振って、オーフェンは彼女の自責を否定する。
「あいつを連れてくるのを決めたのは俺たち全員だ。どの道、断っても後ろをついてきたような気もするけどな」
「どうだろう……イザヤは結局、自分を守ることに必死だったんだと思う。一緒に来るのを断れば、守ってもらえるって言う確信がなければ、ついてこなかったんじゃないかな……」
イザヤの目的は、あくまで保身だ。わざわざ裏切りを行ったこの地に戻って来たのは、ベルガー達からの糾弾をかわす自信があったから。
それは物的証拠を残していないという事実と、クリーオウという"他人からの信用を得るのに都合の良い存在"に端を発するものだ。
センス・ライという鬼札のせいで目論見は崩れ去ったが、それがなければ、臨也はこの同盟に加わることを消極的に許されていたかもしれない。さすがに美姫の脅威による時間の無さというのは彼の計算に入っていなかったはずだが、それでも、その偶然は彼の是非について長々とした議論をすることは許さなかっただろう。
クリーオウの発言は、自責の念からくる的外れな自己糾弾ではない。
「……それでも、お前が背負い込むことはないだろう」
「私の責任なのに?」
「そもそも責任ってなんだ? この糞っ垂れな島に拉致されて、殺し合いを押し付けられるなんて馬鹿げた状況で――誰かに責任を求めるなら、それはこの状況を造りだした連中だろうさ」
僅かにクリーオウは黙り込んだ。
だがそれはオーフェンの言葉に納得したというよりは、単に記憶を探る為の一呼吸だったのだろう。
「始祖魔術士……だっけ」
クリーオウの口から、そんな言葉が出ることを予想していたと言えば嘘になる。
おそらく、レキと混ざっていた影響の残滓なのだろうが。不意打ちに、少しだけ言葉を紡ぐのが遅れたオーフェンより早く、クリーオウは次の言葉を繰り出した。
「あの人達も、どうしようもなかったから大陸を閉鎖したんでしょう? その大陸の中で、色々な問題があったけど――結局、悪いことは全部オーフェンが被ることになっちゃった。状況を作ったのは、あの人たちなのに」
「それとこれとは――」
「違わない。それをしでかした人に責任が求められないことなんて、ないよ」
それは、事実だろう。
多くの人は、直面した惨事の責任を何かに求める。それが最良の防衛法だからだ。辛い現状の過失を自分以外の誰かに押し付けられるのなら、他者を殺すことすら忌避しない。
そしてそうした責任を負わせられやすいのは、物事の渦中、その中心にある人物に他ならず――
「……そうかもな。お前の言うことは、間違ってはいないんだろう」
少女の肩の辺りを見つめながら、オーフェンは呟く。背後にはマンションを礎にした巨大な篝火。揺れる巨大な光源は、目の前の風景を僅かに歪めている。クリーオウの小さな背中が震えているように見えるのがそのせいかは、定かではないが。
「人は自立しない。他人を一切責めないなんて高潔な生き物にはなれない。さっきの俺の言だって、責任を向ける矛先が違っただけだしな。お前の言う通り、誰に責任を求めるか、なんていうのはそれぞれの自由なんだろうさ」
言葉は炎によって舞い上がる気流に乗る様にして夜空に吸い込まれていく。少女に届いているかは分からない。それでもなお、オーフェンは言葉を夜風に乗せ続けた。
「お前がどうしても自分に責任があるっていうんなら、それはいい。他の誰かがお前に責任を求めるっていうのなら、それだって間違いじゃないんだろう……」
無意味な問答か――? そうかもしれない。だが、オーフェンは言葉を止めなかった。
「……けどな。俺は絶対にお前を責めようなんて思わない。ここにいる誰よりも、俺はクリーオウ・エバーラスティンって小娘を知っている」
何故なら、自分はクリーオウ・エバーラスティンを信じている。
この少女は、きっとここから立ち上がれる。絶望の淵には沈まないと、這い上がれると信じている。
「いいか……お前がどう思うかなんて関係ねぇんだ。俺は、お前を、見捨てない。何があったってな。それだけは忘れるなよ」
僅かな沈黙。数呼吸ほどの間は、痛いほどに重く、冷たい。アラストールの炎でさえ照らしだせぬ、鬱屈とした淀み。
「……ありがとう、オーフェン。でも……」
手を伸ばせば触れ合えるほどの距離。それでも二人の間を隔てる不可視の気配はまだ、深い。
「……いまは少しだけ、ひとりにして欲しいかな」
「……ああ、分かった」
屋上ではBBが全周囲を警戒している。何かあれば真っ先に彼が気づくだろう。
クリーオウに背を向け、歩みを進める。
「ねえ、オーフェン。元の世界に戻れたら――私、オーフェンを追いかけるね」
声がした。
足を止める。振り返ることは出来ない。そうすれば、何かが壊れてしまいそうな予感があった。
少女の声に力は戻っていない。何かきっかけがあれば壊れてしまいそうな脆さはある。
だけど、その方向が変わっていた。地に向かって零される言葉が、前へ向かって飛んでいた。
「私も、オーフェンを見捨てないよ」
「……ありがとな。じゃ、お前が退院の手続きを終えるまで、はぐれ旅は延期にするかな」
「そんな余裕、あるの? ティッシが言ってたけど、貴族連盟がオーフェンを捕まえようとしてるって……」
「ん? ああ――大げさだな、彼女も。そのくらいは、なんとかするさ」
オーフェンは瞳を――黒い瞳を細めて、苦笑を浮かべた。
彼の人生が極々平凡なものであるといえば、それは嘘になるだろう――名前は2回変わった。不動産の消失と同時に家名も消え、それから数年後には唯一残されていたキリランシェロという名前さえも自ら捨てた。
キリランシェロでなくなったオーフェンは、大陸随一の黒魔術師に師事した強力なソーサラス・スタッバーで、史上最年少の宮廷魔術士候補であり、数多の強敵を下し、大陸存亡の一大事にすら深くかかわった。ある視点から見れば、大陸を救ったのは彼だ、と言っても過言ではないだろう……
(だから――なんだっていうんだ?)
英雄は世界を救わない。少女一人すら、満足に救えない。
オーフェンは歯噛みしながら目の前の少女を見る。膝に顔を埋める様にして地べたに座り込んだ少女、クリーオウ・エバーラスティンの背中を。
この悪徳の地で、彼女は常に裏切られ続けた。クリーオウが信じたクエロ・ラディーンは仲間を殺した。ゼルガディス、秋せつら。ともに、このゲームからの脱出を目指していた者達。
クエロ・ラディーンはどこまでも利己的で――だけど、その彼女も最後にはかつての正義を見せて死んだ。その死すら、クリーオウにとっては深い傷だ。
マジク・リンも。サラ・バーリンと空目恭一も、坂井悠二もダークエルフのピロテースも。クリーオウの知己は、ひとしく死んだ。
信じようとした折原臨也は、クエロと同様にクリーオウを利用しようとした。完全に利用しきってくれれば、クリーオウは傷つかなかったかもしれない。
だが臨也の裏切りは暴かれた。彼は海野千絵という少女を巻き添えにしながら死んだ。
クリーオウ・エバーラスティン。この島で彼女が描いた軌跡は、どうしようもないほど死と裏切りの痕跡に塗れている。
(……見つけてくれたギギナには、感謝してもし足りない、な)
ここにいない剣舞士に胸中で頭を下げながら、オーフェンは一歩を踏み出した。
クリーオウ・エバーラスティンは、弱くはない。だが、強すぎることもない――この短時間で、立ち直れるほどの強さはない。ライアン・スプーン・キルマークドを殺してしまった時の様に。
そして彼女が立ち上がるのを待ってくれるほど、この島は寛容ではなかった。
「クリーオウ――」
「どうすれば、よかったのかな」
顔を伏せたまま、クリーオウが呟く。くぐもった声に、オーフェンは思わず歩み出しかけた足を止めた。
「私がいなければ、ゼルガディスはクエロを信用しなかった。だから、多分殺されなかった。せつらだってそう。あの子……ウミノさん、だって、私がイザヤを連れてこなければ」
クリーオウ・エバーラスティンは愚かではない。
クエロに臨也。なぜ彼らが自分に接触をしてきたのか――その結果が二度も重なれば、真実にたどり着ける程度には賢しい。不幸にも。
首を振って、オーフェンは彼女の自責を否定する。
「あいつを連れてくるのを決めたのは俺たち全員だ。どの道、断っても後ろをついてきたような気もするけどな」
「どうだろう……イザヤは結局、自分を守ることに必死だったんだと思う。一緒に来るのを断れば、守ってもらえるって言う確信がなければ、ついてこなかったんじゃないかな……」
イザヤの目的は、あくまで保身だ。わざわざ裏切りを行ったこの地に戻って来たのは、ベルガー達からの糾弾をかわす自信があったから。
それは物的証拠を残していないという事実と、クリーオウという"他人からの信用を得るのに都合の良い存在"に端を発するものだ。
センス・ライという鬼札のせいで目論見は崩れ去ったが、それがなければ、臨也はこの同盟に加わることを消極的に許されていたかもしれない。さすがに美姫の脅威による時間の無さというのは彼の計算に入っていなかったはずだが、それでも、その偶然は彼の是非について長々とした議論をすることは許さなかっただろう。
クリーオウの発言は、自責の念からくる的外れな自己糾弾ではない。
「……それでも、お前が背負い込むことはないだろう」
「私の責任なのに?」
「そもそも責任ってなんだ? この糞っ垂れな島に拉致されて、殺し合いを押し付けられるなんて馬鹿げた状況で――誰かに責任を求めるなら、それはこの状況を造りだした連中だろうさ」
僅かにクリーオウは黙り込んだ。
だがそれはオーフェンの言葉に納得したというよりは、単に記憶を探る為の一呼吸だったのだろう。
「始祖魔術士……だっけ」
クリーオウの口から、そんな言葉が出ることを予想していたと言えば嘘になる。
おそらく、レキと混ざっていた影響の残滓なのだろうが。不意打ちに、少しだけ言葉を紡ぐのが遅れたオーフェンより早く、クリーオウは次の言葉を繰り出した。
「あの人達も、どうしようもなかったから大陸を閉鎖したんでしょう? その大陸の中で、色々な問題があったけど――結局、悪いことは全部オーフェンが被ることになっちゃった。状況を作ったのは、あの人たちなのに」
「それとこれとは――」
「違わない。それをしでかした人に責任が求められないことなんて、ないよ」
それは、事実だろう。
多くの人は、直面した惨事の責任を何かに求める。それが最良の防衛法だからだ。辛い現状の過失を自分以外の誰かに押し付けられるのなら、他者を殺すことすら忌避しない。
そしてそうした責任を負わせられやすいのは、物事の渦中、その中心にある人物に他ならず――
「……そうかもな。お前の言うことは、間違ってはいないんだろう」
少女の肩の辺りを見つめながら、オーフェンは呟く。背後にはマンションを礎にした巨大な篝火。揺れる巨大な光源は、目の前の風景を僅かに歪めている。クリーオウの小さな背中が震えているように見えるのがそのせいかは、定かではないが。
「人は自立しない。他人を一切責めないなんて高潔な生き物にはなれない。さっきの俺の言だって、責任を向ける矛先が違っただけだしな。お前の言う通り、誰に責任を求めるか、なんていうのはそれぞれの自由なんだろうさ」
言葉は炎によって舞い上がる気流に乗る様にして夜空に吸い込まれていく。少女に届いているかは分からない。それでもなお、オーフェンは言葉を夜風に乗せ続けた。
「お前がどうしても自分に責任があるっていうんなら、それはいい。他の誰かがお前に責任を求めるっていうのなら、それだって間違いじゃないんだろう……」
無意味な問答か――? そうかもしれない。だが、オーフェンは言葉を止めなかった。
「……けどな。俺は絶対にお前を責めようなんて思わない。ここにいる誰よりも、俺はクリーオウ・エバーラスティンって小娘を知っている」
何故なら、自分はクリーオウ・エバーラスティンを信じている。
この少女は、きっとここから立ち上がれる。絶望の淵には沈まないと、這い上がれると信じている。
「いいか……お前がどう思うかなんて関係ねぇんだ。俺は、お前を、見捨てない。何があったってな。それだけは忘れるなよ」
僅かな沈黙。数呼吸ほどの間は、痛いほどに重く、冷たい。アラストールの炎でさえ照らしだせぬ、鬱屈とした淀み。
「……ありがとう、オーフェン。でも……」
手を伸ばせば触れ合えるほどの距離。それでも二人の間を隔てる不可視の気配はまだ、深い。
「……いまは少しだけ、ひとりにして欲しいかな」
「……ああ、分かった」
屋上ではBBが全周囲を警戒している。何かあれば真っ先に彼が気づくだろう。
クリーオウに背を向け、歩みを進める。
「ねえ、オーフェン。元の世界に戻れたら――私、オーフェンを追いかけるね」
声がした。
足を止める。振り返ることは出来ない。そうすれば、何かが壊れてしまいそうな予感があった。
少女の声に力は戻っていない。何かきっかけがあれば壊れてしまいそうな脆さはある。
だけど、その方向が変わっていた。地に向かって零される言葉が、前へ向かって飛んでいた。
「私も、オーフェンを見捨てないよ」
「……ありがとな。じゃ、お前が退院の手続きを終えるまで、はぐれ旅は延期にするかな」
「そんな余裕、あるの? ティッシが言ってたけど、貴族連盟がオーフェンを捕まえようとしてるって……」
「ん? ああ――大げさだな、彼女も。そのくらいは、なんとかするさ」
オーフェンは瞳を――黒い瞳を細めて、苦笑を浮かべた。
◇◇◇
オーフェンが遠ざかっていく気配を背中に感じた。歩き方。体重。それと、言葉に出来ない何かの複合。もう、視覚で確かめずとも彼のそれと確信できる。
あの黒魔術士のことを、自分はよく知っているつもりだった。トトカンタでの邂逅から、もうどれくらい月日がたったのだろう。
(確か、お姉ちゃんのお見合い相手としてうちに来たんだっけ……結婚詐欺だったけど)
似合わない礼服を着た――同じ黒でも、いま思うと壊滅的に違和感のある――中肉中背の目つきの悪い男。最初の印象は、そんなものだったような気がする。
その印象が変わったのはいつだったか。
彼の黒魔術士としての在り方に興味を抱いた時か、彼に相棒と呼ばれた時か、聖域で銃を向けた時か。
かつては彼と対等でありたいという思いがあった。素直に助けを求めなかったのも、そんな矜持がまだ残っているからなのか……
(私は……どうしたいのかな)
この停滞を終わらせるには、きっと待つしかないのだろう。
気の利いた言葉や予想外の閃きでは決してない。それらは待つ時間を短くはしてくれても、解決自体を運んでは来ない。言葉や気の持ちよう一つで人の死を忘れられるなら、それこそ快楽殺人鬼と同じだ。
無味乾燥で莫大な量の時間によってのみ、物事は風化し、気持ちは鎮まり、記憶はうやむやになる。人は安寧を取り戻せる。
(だけど――きっと、それじゃいけないんだ)
そんな魅力的な誘惑を、だがクリーオウは振り払った。
『死んだ彼の事を思うのならば、己の出来ることをすることだ』
かつて諭すように空目が口にした台詞を思い出す。
ひたすら座して待つことなど、きっと自分には耐えられない。それにその方法で取り戻した安息の日々の中では、もう自分は彼らのことを思い出せない。
マジク。あの弟分は、この悪夢のような島でどんな風に戦ったのだろう。
空目が自分を庇ったのは何故? クエロは本当にただの悪人だったのだろうか。
その他に、この島で会った人々、起きた事柄が次々に想起される。疑問に思うことは膨大で、それに比べたら考える時間はないに等しい。
答えを得たいのなら生き延びなくてはならない。その為には立ち上がらなくては。
(そう、頭では分かってる、のに――)
足に力が入らない。脳裏には霞がかかっている。毒に痺れるような怠さが全身を支配する。
理屈は簡単だ。だけど心と体はそれを受け入れない。
ならばどうすればいいのか――
「――ああ、ここに居たんだね。"二つ目の刀子"さんの、鞘は」
知らない、少なくとも耳に残っていない声が耳朶を打った。
どこか儚い印象を受ける、涼やかな少女の声。乾いた大地に水がしみ込むように、擦り切れそうな心に奇妙なほど馴染む。そんな声。
いつのまにか自分の傍に座り込んでいた、魔女・十叶詠子の、声。
「あなた、は……?」
「私は十叶詠子。あなたを探していたの」
戸惑うクリーオウに向けて、詠子は微笑みを浮かべる。
警戒すべきだと、クリーオウも頭では分かっていた。もう利用されるのは懲り懲りだ。この島ではそれで誰かが死ぬかもしれないのだから、なおさら。
「何か、辛いことがあったのかな? "御山"さんには断られちゃったけど……力になれるかもしれないよ?」
それでも、そう。頭では分かっていても、心と体がそれに反してしまうということは、ある。
水晶玉のような魔女の瞳から、クリーオウは視線を外すことが出来ず――
あの黒魔術士のことを、自分はよく知っているつもりだった。トトカンタでの邂逅から、もうどれくらい月日がたったのだろう。
(確か、お姉ちゃんのお見合い相手としてうちに来たんだっけ……結婚詐欺だったけど)
似合わない礼服を着た――同じ黒でも、いま思うと壊滅的に違和感のある――中肉中背の目つきの悪い男。最初の印象は、そんなものだったような気がする。
その印象が変わったのはいつだったか。
彼の黒魔術士としての在り方に興味を抱いた時か、彼に相棒と呼ばれた時か、聖域で銃を向けた時か。
かつては彼と対等でありたいという思いがあった。素直に助けを求めなかったのも、そんな矜持がまだ残っているからなのか……
(私は……どうしたいのかな)
この停滞を終わらせるには、きっと待つしかないのだろう。
気の利いた言葉や予想外の閃きでは決してない。それらは待つ時間を短くはしてくれても、解決自体を運んでは来ない。言葉や気の持ちよう一つで人の死を忘れられるなら、それこそ快楽殺人鬼と同じだ。
無味乾燥で莫大な量の時間によってのみ、物事は風化し、気持ちは鎮まり、記憶はうやむやになる。人は安寧を取り戻せる。
(だけど――きっと、それじゃいけないんだ)
そんな魅力的な誘惑を、だがクリーオウは振り払った。
『死んだ彼の事を思うのならば、己の出来ることをすることだ』
かつて諭すように空目が口にした台詞を思い出す。
ひたすら座して待つことなど、きっと自分には耐えられない。それにその方法で取り戻した安息の日々の中では、もう自分は彼らのことを思い出せない。
マジク。あの弟分は、この悪夢のような島でどんな風に戦ったのだろう。
空目が自分を庇ったのは何故? クエロは本当にただの悪人だったのだろうか。
その他に、この島で会った人々、起きた事柄が次々に想起される。疑問に思うことは膨大で、それに比べたら考える時間はないに等しい。
答えを得たいのなら生き延びなくてはならない。その為には立ち上がらなくては。
(そう、頭では分かってる、のに――)
足に力が入らない。脳裏には霞がかかっている。毒に痺れるような怠さが全身を支配する。
理屈は簡単だ。だけど心と体はそれを受け入れない。
ならばどうすればいいのか――
「――ああ、ここに居たんだね。"二つ目の刀子"さんの、鞘は」
知らない、少なくとも耳に残っていない声が耳朶を打った。
どこか儚い印象を受ける、涼やかな少女の声。乾いた大地に水がしみ込むように、擦り切れそうな心に奇妙なほど馴染む。そんな声。
いつのまにか自分の傍に座り込んでいた、魔女・十叶詠子の、声。
「あなた、は……?」
「私は十叶詠子。あなたを探していたの」
戸惑うクリーオウに向けて、詠子は微笑みを浮かべる。
警戒すべきだと、クリーオウも頭では分かっていた。もう利用されるのは懲り懲りだ。この島ではそれで誰かが死ぬかもしれないのだから、なおさら。
「何か、辛いことがあったのかな? "御山"さんには断られちゃったけど……力になれるかもしれないよ?」
それでも、そう。頭では分かっていても、心と体がそれに反してしまうということは、ある。
水晶玉のような魔女の瞳から、クリーオウは視線を外すことが出来ず――
◇◇◇
味気ないパンを齧る。小麦粉を練って丸めて焼いただけの、大して日持ちもしないであろう糧食は、その味にもなんら特筆すべきところはない。
それでも、粘土のような携帯食料の味に比べれば格別だった。旅の最中なら、きっと喜んで食べた筈だ。
「だけどサイコの炭酸にしちゃあ、質素すぎるよねぇ」
「……最後の晩餐?」
「そうそれ!」
静寂の帳が落ちる。
マンション一階の一室で、キノはエルメスと一緒に休息をとっていた。
舗装もされていない道なき道を走ってきたモトラドを部屋に上げたせいで床の上は大惨事になっているが、構うまい。空室はまだたくさんあるし、管理人がいないのだから誰に咎められるわけでもない。
たっぷりとシャワーを浴びて、エアコンを最大に効かせ、各部屋から集めてまわった大量の毛布とシーツで体を包む。そんな贅沢も許された。
――無論、この殺し合いの舞台において、それはささやかな慰めでしかないが。
「間違ってるよ、エルメス……二つの意味でね。ボクはこれを最後の食事にするつもりはないさ」
「勝算あるの? ここの人達、手からビームだしたりするんでしょ? あの蒼いロボットなんかハンド・パースエイダーくらいなら弾き返しちゃいそうだし」
「これから共闘するんだ。別に勝算は必要ないよ」
「最後のひとりしかここから出られないってルールなんでしょ。もしもそれに従うしかなくなったら? ああ、それにイザヤって人みたいに裏切る人もいるかも」
エルメスの軽い言葉に、ベッドに腰掛けるキノは苦笑を浮かべた。この相棒は、相変わらず深刻なことを夕飯の献立を決めるような気軽さで口にする。
その可能性はいつだってある。他でもない、自分自身が機を見出せば裏切るつもりなのだから。
李淑芳。彼女から聞かされた"無限の主催者"の可能性。ここを生き抜いたとしても、待っているのはいくら勝利しても解放されることはない無間地獄。
だからこのゲームでは"優勝"し、次のゲームで"脱出"を図る――話を聞いた当初に抱いたそんなキノの思惑は、"殺人者でも構わずに取り込む"という佐山のグループの存在を知ったことで裏返った。
その情報を持っていたのが元の世界で共にいたエルメスであるというのも大きい。もしも知らない人物からの情報であれば一考するだけに留めただろう。
だから危険人物である李淑芳を零崎と戦った直後を機として殺害したし、佐山の仲間であるという宮下藤花をここまで運んできた。
いまのキノは、ここにいる仲間と共にアマワと戦おうとしている――ただし、最後までそうかは分からない。
勝算が薄ければ次善の策を取るだろう。背後から人を撃てる立ち位置は魅力的だ。
もっとも"カノン"以外のパースエイダ―は合流の際、全て佐山という人物に没収された。予測していた通り、自分が危険人物であるということは既に知っていたのだろう。
それでも"カノン"だけを持たせてくれたのは、宮下藤花をここまで運んだ報酬のつもりか、あるいは単に残弾が少なかったからか。
まさか"師匠"の形見であると訴えたからではないだろうが――
師匠。
その名前を、咀嚼したパンと一緒に飲み下す。だがパンは消化されても、その言葉は永遠に臓腑の底から消えることはないだろう。重く、固く、キノの内側で蠢いている。
「……エルメス。僕はね、ここで師匠に会ったんだ」
ぽつりと、呟く。
この悪夢のような島における、キノにとっての最悪の邂逅。それを告白する。
「へぇ。師匠も連れてこられてたんだ」
子供のような声が、その声音に似合う軽い調子で応じた。エルメスはモトラドだ。喋りこそするが、人とは少し価値観が違う。この島に連れてこられたところで、積極的に元の世界での知己を探すようなことはしなかった。
「ああ、僕が殺した」
「嘘だぁ」
キノの言葉を、即座にエルメスが否定する。もっとも『キノが恩人である師匠を殺せるはずなんてないじゃないか!』というような感情的な否定ではない。どちらかといえば『空から大量に下味のついた牛肉が降ってきた』などと突拍子もないことを聞いた時、反射的に否定するような口調だった。
キノは苦笑を深める。現実的ではない、という点では同意見だ。自分が師匠を撃てるかどうか、という点ではない。師匠と直接会ったことがある者にとって、師匠が誰かに殺される、というのがそもそも有り得ない発想だ。
相良宗助。ダナティア・アリール・アンクルージュ。零崎人識。この島で出会った強者たち。彼らであっても、師匠を殺せるとは思えない。実際に、彼らが師匠よりも弱いということではない。師匠が彼らより強いというわけでもない。ただ、雰囲気と印象の問題だ。
だから――キノは、言葉を訂正した。
「そうだね。僕が師匠を殺したんじゃない。師匠が、僕に殺されたんだ」
「……いつかみたいに、手料理でも食べさせたの?」
師匠が死んだ、という事実をようやく認めたらしいエルメスの言葉。それには応えず、キノは独りごちるように呟いた。
「師匠はきっと、最善の結末を諦めた。けれど同時に、僕を殺すこともできなかった。僕を生かそうとしてくれた」
言葉を切って、一度、息を吐く。喉の奥が震えているのを自覚しながら、キノは言い切った。
「だから、僕は生き残らなきゃいけないんだ。どんな手を使っても」
「まあ、ボクだって出来ればキノに生き残って欲しいけど。ここ、モトラドの運転できる人少なそうだし」
エルメスはそう言って、しかしすぐに言葉を切り返した。
「でも、師匠がキノを生き残らせる為に殺された、っていうのはやっぱり変な話だと思うなぁ」
「……なんでだい、エルメス?」
「いや――だってさ。師匠がキノを殺せない、っていうのは別にいいよ。朝食事件の後も、キノを撃とうとしなかったし。
でもキノを生き残らせようっていうんなら、わざと撃たれることはしないんじゃない?」
「……師匠は、僕の甘さを咎めたんだと思う」
「そこだよ。ボクの知ってる師匠なら――実際にそうするかは別としてさ――そのタイミングはもっと後にすると思う。キノを生き残らせたいんならさ、師匠はキノ以外の人をできるだけ殺してから撃たれてあげてもよかったじゃない?」
それは、傲慢な考え方だろう。徹底的に奉仕した後、死ぬ。奉仕殺人をする当人と――そしてエルメス以外には口にしがたいその行動原理。
効率を考えれば、確かにそれは正しい。最善の結末、正規の手段以外での脱出を諦め、"優勝"することも参加者にキノがいればこそできない。そしてキノを生き残らせたいなら、師匠はそれ以外の参加者を殺す側に回ってもよかっただろう。
だが現実として、そうはなっていない。キノはエルメスの言葉に頭を振った。
「さあ、どうしてだろうね。分からないよ、エルメス。そもそも師匠が僕の為に死のうとするなんて、その時は思いもしなかった」
そう、本当のことをいえば、師匠が何を考えていたのかなどキノには分からない。
他人の心など、本人以外には理解しえない。その存在さえ、証明できない。
だから無意識の内に、キノは師匠の言葉を幻聴で補完さえした。その時の師匠が"本当は"何を思っていたのか、神ならぬ身では知り得ない。
口を閉ざして虚空に視線を散らしたキノに、もとより確たる答えなど求めていなかったエルメスは暇潰しの会話を続けた。走れないのだから、喋るしかないのだ。
「師匠も多分カテゴリー的には人間だしね。何らかの心境の変化でもあったのかもしれないけどさ」
「……変化って言えば、師匠は若返ってた」
「は?」
「だから、年齢が20代くらいまで若返ってたんだ。最初は師匠だって気づかなかった」
「……まあ魔法があるくらいだし、もう驚かないけどさ。師匠の若い頃かぁ。経験だけ残ってて、体は最盛期ってことならもう手が付けられないだろうねー」
そこまで言って。
エルメスはふと、ある可能性に気づいた。
(確かキノ達って、心の実在を証明させる為に集められたんだよね? 師匠は外見が変わったけど、記憶はそのままだった。それって、つまり――)
その思索は、部屋の扉がノックされる音で中断させられた。
キノの目が瞬時に光を取り戻し、油断なくホルスターの"カノン"に手を添える。音もなく毛布を跳ね除け、腰掛けていたベッドから立ち上がると、扉の横の壁に背をつけた。
「――誰ですか?」
「俺だ、オーフェン――ていっても、そっちが名前を憶えてるかは自信ないけどな。そういや、あの時はろくに自己紹介もしてなかったけか?」
「……名前はともかく、声は覚えていますよ。師匠と一緒にいた人でしょう」
そして、自分が殺し損ねた男だ。
扉を開けると、果たしてそこには記憶に残る目つきの悪い男が佇んでいた。
オーフェン。キノはその名前を頭に刻む。銃弾を光の壁で防いだ魔法使い。宮下藤花をここに連れてきたとき、既にこの集団に混ざっているのは確認していた。
部屋の中に入ってくる様子はない。目的の分からない来訪に、キノの警戒心が高まる。
「……歓迎される間柄ってわけでもないから、単刀直入にいうぞ。ここには、あんたの本心を確かめに来た」
「本心?」
「剣呑な別れ方した奴と関係を再構築するためにちょっと世間話をしにきた、でもいい。どの道、あのカーラって奴みたいな白魔術もどきは使えないからな」
「……貴方には、申し訳ないことをしたと思います」
キノは"カノン"から手を離した。と言っても、常に抜き打ちできるように意識しておくのは止めない。何しろ、向こうは一声でこちらを消し飛ばせるかもしれないのだから。
「あの時は、師匠を――僕を拾ってくれた、親代わりの人を撃ってしまって、何だかよく分からなくなってしまって」
「改心した、ってことでいいのか? あの時は"乗る"心づもりだったみたいだが」
「許されることではないと思っています。けれど、それは償わなくていいということではない。僕に出来ることなら、何でもするつもりです」
視線を下げながら、キノは呟く。本心半分、取り繕い半分というところだ。
それを聞いて、オーフェンは適当に頷いて見せる。懺悔が本物かどうかなど、オーフェンには判別できない。キノが何を言おうが、オーフェンは背中を見せるつもりも気を許すつもりもなかった。この会話は、互いに過去の件について納得し、同じ集団に所属することを認め合うために必要な儀式だ。
それが終わったのなら、やるべきことはあとひとつ。オーフェンは手のひらを振って了承の意を伝えると、話題を変えた。
「ところで、あの女のことなんだけどな」
「あの女?」
「あんたが師匠って呼んでた女だ。故人をこんな呼び方したくはないんだが、最後まで名前を教えてくれなくてな。俺が師匠って呼ぶのも変な話だし。本名知ってるか?」
「いえ。弟子には"師匠"としか呼ばせない人でしたから。他の人と会話しているのも見たことがありますが、覚えてる限りでは師匠のことを名前で呼んだ人はいませんでした」
「放送でもあの通りだったしな……んじゃ、悪いが呼び方はこのままだ。あの時はあんな状況だったから、あんたに伝えられなかったことがあってな」
「伝えたいこと? 師匠に関してですか?」
「ああ。俺はな、あの女と最初に出会ってから、ずっと同道してたんだ。時間的に、あの女が俺よりも早く誰かに会っていた、ってことはないと思う」
オーフェンはこの島に放り出された最初期の記憶を反芻する。暗闇の中で出会った初めての遭遇者は、異様に押しが強い上に自分の支給品だった指輪を半ば無理やり強奪した。まあこれまでの人生を鑑みれば、年上の女性に対して主導権を握ろうとしたのが失敗だったのかもしれないが。
何にせよ、衝撃的な出会いだったことには違いない。だから、彼女の言葉を覚えていた。
「会って最初に、あの女は"脱出に手を貸せ"って言ってきたんだ」
「……え?」
肺から息が勝手に出て行った。そんな心地をキノは味わう。意味ある言葉が紡げない。頭の中で、相手の台詞だけが反響していた。
脱出に手を貸せ。師匠は最善を諦めてはいなかった?
「まあ、疑問に思うよな。その女が、いきなりあんたと決闘するって言いだしたんだ。おまけに武器はパチンコだけで、俺がそのことを指摘しようとしたら露骨に黙らせに来やがった」
「なら師匠は、なんであんな……」
「心変わり――にしても、ちと唐突だろ」
その"切っ掛け"はどこだったのか――
開始から一緒にいたオーフェンにとっても、師匠という人物がどんな事態に遭遇したとしてそうそう心変わりをすることなどないと知っているキノにとっても、思い当たるのはひとつだけ。
(僕と、会ったから?)
名簿で存在を確認していても、それを信用できなかったのか。"キノ"が同姓同名の別人だと思っていたのか。
だが、キノには分からない。
ゲームに乗っていた人物が、元の世界で親しくしていた人物の参加を知り、改心することはあるだろう。
だが親しい人物と会って、脱出を諦める。そんなことが有り得るのか?
(そんなこと、有り得ない。僕だってあの時、師匠が一緒に居てくれれば何だってできると思った)
人の心は覗けない。外見や行動など、観測できる事象から推測することしかできない。
師匠という女性が秘めていた心の動きは、"思い"は誰にも伝わらない。
残ったのは脱出に手を貸せと言う台詞と、その後の行動の矛盾だけ。
だから、キノの胸中に浮上した"答え"は、真実とは違うものとなる。
(あの時、師匠は……僕に、殺されようとはしていなかった?)
ドッ――と、冷や汗が吹き出る。
最悪の間違いを犯してしまっていた。その可能性を想起し、キノの心臓は早鐘を打つ。
(師匠は、僕が撃たないと思ってたんじゃ? 僕があの時撃たなければ、『仕方ありませんね。不出来な弟子に、また修行をつけてあげましょう』とでも言って、仲間になってくれたんじゃ? ――僕は、師匠の思いを取り違えていたんじゃないか?)
死に際の台詞も――そんな自分の愚行に、気づかせないための優しさだったのでは。
ならば自分はその勘違いのせいで、何人を傷つけた? 何人を殺した? キノは必要なら殺人を躊躇わない。だがそれは、不要な殺人をして心を痛めないということを意味しない。生じた動揺はキノから平衡感覚を奪い去っていった。握るドアノブに縋るように力を込め、何とか姿勢を維持する。
「そんな……師匠、なんで……」
「……実際のところはどうだったんだか分からねえよ。あの女にだけ関係するような切っ掛けがあったのかも知らんし、そもそも脱出したいって言葉が嘘だった可能性もあるわな」
下を向いてぶつぶつと呟くキノに対し、オーフェンは肩を竦めて見せた。
「それでも、あんたには伝えておこうと思ってな。師匠っていうからには、弟子だったんだろ?」
「……ええ、そうですね」
キノは短くそう呟いて、ドアノブにほとんど食い込んでいるような指を何とか一度外し、再度ドアノブに手を掛けた。遠回しな別れのサイン。
膨れ上がる思考に、頭は痺れるように締め付けられていた。これ以上、意味のある会話ができるとは思えない。したくもない。
(もう、師匠の真意を考えることは止めよう……師匠には、二度と会えない。真意を問う機会は与えられない――確かな事実は、僕は生きて、ここにいるということだけ。なら、僕は止まっちゃいけない)
師匠の死に、どんな意味があったのか、自分にはもう分からない。
だからできるのは、その死を意味のないものにしないよう、足掻くことだけだろう。
「ありがとう、ございました。時間までには、僕も集合場所に向かいますので――」
「あっ、待って待って!」
「エルメス?」
閉めかけた扉の隙間を縫うように、それまで黙っていたモトラドが声を上げた。廊下で怪訝な顔をしているオーフェンを呼び止める。
「そこの目つきの悪いお兄さんにちょっと聞きたいことがあってさ。すぐ済むから」
「目つきのことは言ってくれるなよ……」
「っていうかお兄さん、モトラドが喋っても驚かない人?」
「いや、驚いてるぞ。ただ表に出してないだけで。で、聞きたいことって?」
「うん――お兄さん、この島に元の世界の知り合いの人、いる?」
「ああ、何人かな。合流できたのは二人だけだったが……まあ、運がいい方なんだろうな」
さきほど別れてきた、クリーオウのことを思いだす。彼女は裏切られ、傷ついてきた。それでも、こうして再会が叶ったのは途轍もない幸運なのだろう。
「じゃあさ、その中で外見が変わってる人っていた?」
「外見?」
「若返ってるとか、逆に歳を取ってるとか、サイボーグになってるとか」
「いや、そんな奴はいない――」
と、言いかけて、オーフェンは口をつぐんだ。若返ってるわけでも、歳を取っているわけでもないが。
「そういや、ひとりだけ。俺が学生やってた頃の同級生が、同級生だった頃のまま連れてこられてたな」
「それって若返ってたとかじゃなくて、お兄さんから見たら過去の人が、過去の時点から連れてこられたってこと?」
「まあ、そういうことになるか? ……で、この質問の意図は?」
「ううん、ちょっと気になっただけ。師匠は若返ってたみたいだから、他にもそういう人いるのかなって」
「ま、どうにも黒幕はドラゴン種族以上にやばい奴みたいだしな。後で集まった時、情報の交換や統合はされるだろうから、まだ気になるならそん時に聞いてみりゃいい。話は終わりか?」
「うん。どーもねー」
バタン、と扉が廊下と部屋を分断した。玄関から戻ってきたキノは、言葉もなくベッドに倒れ込む。
直ぐに寝息を立て始めたキノの横で、エルメスはひとり呟いた。
「ああ、そういうことなんだ。なるほどね。心の証明って、つまり――」
それでも、粘土のような携帯食料の味に比べれば格別だった。旅の最中なら、きっと喜んで食べた筈だ。
「だけどサイコの炭酸にしちゃあ、質素すぎるよねぇ」
「……最後の晩餐?」
「そうそれ!」
静寂の帳が落ちる。
マンション一階の一室で、キノはエルメスと一緒に休息をとっていた。
舗装もされていない道なき道を走ってきたモトラドを部屋に上げたせいで床の上は大惨事になっているが、構うまい。空室はまだたくさんあるし、管理人がいないのだから誰に咎められるわけでもない。
たっぷりとシャワーを浴びて、エアコンを最大に効かせ、各部屋から集めてまわった大量の毛布とシーツで体を包む。そんな贅沢も許された。
――無論、この殺し合いの舞台において、それはささやかな慰めでしかないが。
「間違ってるよ、エルメス……二つの意味でね。ボクはこれを最後の食事にするつもりはないさ」
「勝算あるの? ここの人達、手からビームだしたりするんでしょ? あの蒼いロボットなんかハンド・パースエイダーくらいなら弾き返しちゃいそうだし」
「これから共闘するんだ。別に勝算は必要ないよ」
「最後のひとりしかここから出られないってルールなんでしょ。もしもそれに従うしかなくなったら? ああ、それにイザヤって人みたいに裏切る人もいるかも」
エルメスの軽い言葉に、ベッドに腰掛けるキノは苦笑を浮かべた。この相棒は、相変わらず深刻なことを夕飯の献立を決めるような気軽さで口にする。
その可能性はいつだってある。他でもない、自分自身が機を見出せば裏切るつもりなのだから。
李淑芳。彼女から聞かされた"無限の主催者"の可能性。ここを生き抜いたとしても、待っているのはいくら勝利しても解放されることはない無間地獄。
だからこのゲームでは"優勝"し、次のゲームで"脱出"を図る――話を聞いた当初に抱いたそんなキノの思惑は、"殺人者でも構わずに取り込む"という佐山のグループの存在を知ったことで裏返った。
その情報を持っていたのが元の世界で共にいたエルメスであるというのも大きい。もしも知らない人物からの情報であれば一考するだけに留めただろう。
だから危険人物である李淑芳を零崎と戦った直後を機として殺害したし、佐山の仲間であるという宮下藤花をここまで運んできた。
いまのキノは、ここにいる仲間と共にアマワと戦おうとしている――ただし、最後までそうかは分からない。
勝算が薄ければ次善の策を取るだろう。背後から人を撃てる立ち位置は魅力的だ。
もっとも"カノン"以外のパースエイダ―は合流の際、全て佐山という人物に没収された。予測していた通り、自分が危険人物であるということは既に知っていたのだろう。
それでも"カノン"だけを持たせてくれたのは、宮下藤花をここまで運んだ報酬のつもりか、あるいは単に残弾が少なかったからか。
まさか"師匠"の形見であると訴えたからではないだろうが――
師匠。
その名前を、咀嚼したパンと一緒に飲み下す。だがパンは消化されても、その言葉は永遠に臓腑の底から消えることはないだろう。重く、固く、キノの内側で蠢いている。
「……エルメス。僕はね、ここで師匠に会ったんだ」
ぽつりと、呟く。
この悪夢のような島における、キノにとっての最悪の邂逅。それを告白する。
「へぇ。師匠も連れてこられてたんだ」
子供のような声が、その声音に似合う軽い調子で応じた。エルメスはモトラドだ。喋りこそするが、人とは少し価値観が違う。この島に連れてこられたところで、積極的に元の世界での知己を探すようなことはしなかった。
「ああ、僕が殺した」
「嘘だぁ」
キノの言葉を、即座にエルメスが否定する。もっとも『キノが恩人である師匠を殺せるはずなんてないじゃないか!』というような感情的な否定ではない。どちらかといえば『空から大量に下味のついた牛肉が降ってきた』などと突拍子もないことを聞いた時、反射的に否定するような口調だった。
キノは苦笑を深める。現実的ではない、という点では同意見だ。自分が師匠を撃てるかどうか、という点ではない。師匠と直接会ったことがある者にとって、師匠が誰かに殺される、というのがそもそも有り得ない発想だ。
相良宗助。ダナティア・アリール・アンクルージュ。零崎人識。この島で出会った強者たち。彼らであっても、師匠を殺せるとは思えない。実際に、彼らが師匠よりも弱いということではない。師匠が彼らより強いというわけでもない。ただ、雰囲気と印象の問題だ。
だから――キノは、言葉を訂正した。
「そうだね。僕が師匠を殺したんじゃない。師匠が、僕に殺されたんだ」
「……いつかみたいに、手料理でも食べさせたの?」
師匠が死んだ、という事実をようやく認めたらしいエルメスの言葉。それには応えず、キノは独りごちるように呟いた。
「師匠はきっと、最善の結末を諦めた。けれど同時に、僕を殺すこともできなかった。僕を生かそうとしてくれた」
言葉を切って、一度、息を吐く。喉の奥が震えているのを自覚しながら、キノは言い切った。
「だから、僕は生き残らなきゃいけないんだ。どんな手を使っても」
「まあ、ボクだって出来ればキノに生き残って欲しいけど。ここ、モトラドの運転できる人少なそうだし」
エルメスはそう言って、しかしすぐに言葉を切り返した。
「でも、師匠がキノを生き残らせる為に殺された、っていうのはやっぱり変な話だと思うなぁ」
「……なんでだい、エルメス?」
「いや――だってさ。師匠がキノを殺せない、っていうのは別にいいよ。朝食事件の後も、キノを撃とうとしなかったし。
でもキノを生き残らせようっていうんなら、わざと撃たれることはしないんじゃない?」
「……師匠は、僕の甘さを咎めたんだと思う」
「そこだよ。ボクの知ってる師匠なら――実際にそうするかは別としてさ――そのタイミングはもっと後にすると思う。キノを生き残らせたいんならさ、師匠はキノ以外の人をできるだけ殺してから撃たれてあげてもよかったじゃない?」
それは、傲慢な考え方だろう。徹底的に奉仕した後、死ぬ。奉仕殺人をする当人と――そしてエルメス以外には口にしがたいその行動原理。
効率を考えれば、確かにそれは正しい。最善の結末、正規の手段以外での脱出を諦め、"優勝"することも参加者にキノがいればこそできない。そしてキノを生き残らせたいなら、師匠はそれ以外の参加者を殺す側に回ってもよかっただろう。
だが現実として、そうはなっていない。キノはエルメスの言葉に頭を振った。
「さあ、どうしてだろうね。分からないよ、エルメス。そもそも師匠が僕の為に死のうとするなんて、その時は思いもしなかった」
そう、本当のことをいえば、師匠が何を考えていたのかなどキノには分からない。
他人の心など、本人以外には理解しえない。その存在さえ、証明できない。
だから無意識の内に、キノは師匠の言葉を幻聴で補完さえした。その時の師匠が"本当は"何を思っていたのか、神ならぬ身では知り得ない。
口を閉ざして虚空に視線を散らしたキノに、もとより確たる答えなど求めていなかったエルメスは暇潰しの会話を続けた。走れないのだから、喋るしかないのだ。
「師匠も多分カテゴリー的には人間だしね。何らかの心境の変化でもあったのかもしれないけどさ」
「……変化って言えば、師匠は若返ってた」
「は?」
「だから、年齢が20代くらいまで若返ってたんだ。最初は師匠だって気づかなかった」
「……まあ魔法があるくらいだし、もう驚かないけどさ。師匠の若い頃かぁ。経験だけ残ってて、体は最盛期ってことならもう手が付けられないだろうねー」
そこまで言って。
エルメスはふと、ある可能性に気づいた。
(確かキノ達って、心の実在を証明させる為に集められたんだよね? 師匠は外見が変わったけど、記憶はそのままだった。それって、つまり――)
その思索は、部屋の扉がノックされる音で中断させられた。
キノの目が瞬時に光を取り戻し、油断なくホルスターの"カノン"に手を添える。音もなく毛布を跳ね除け、腰掛けていたベッドから立ち上がると、扉の横の壁に背をつけた。
「――誰ですか?」
「俺だ、オーフェン――ていっても、そっちが名前を憶えてるかは自信ないけどな。そういや、あの時はろくに自己紹介もしてなかったけか?」
「……名前はともかく、声は覚えていますよ。師匠と一緒にいた人でしょう」
そして、自分が殺し損ねた男だ。
扉を開けると、果たしてそこには記憶に残る目つきの悪い男が佇んでいた。
オーフェン。キノはその名前を頭に刻む。銃弾を光の壁で防いだ魔法使い。宮下藤花をここに連れてきたとき、既にこの集団に混ざっているのは確認していた。
部屋の中に入ってくる様子はない。目的の分からない来訪に、キノの警戒心が高まる。
「……歓迎される間柄ってわけでもないから、単刀直入にいうぞ。ここには、あんたの本心を確かめに来た」
「本心?」
「剣呑な別れ方した奴と関係を再構築するためにちょっと世間話をしにきた、でもいい。どの道、あのカーラって奴みたいな白魔術もどきは使えないからな」
「……貴方には、申し訳ないことをしたと思います」
キノは"カノン"から手を離した。と言っても、常に抜き打ちできるように意識しておくのは止めない。何しろ、向こうは一声でこちらを消し飛ばせるかもしれないのだから。
「あの時は、師匠を――僕を拾ってくれた、親代わりの人を撃ってしまって、何だかよく分からなくなってしまって」
「改心した、ってことでいいのか? あの時は"乗る"心づもりだったみたいだが」
「許されることではないと思っています。けれど、それは償わなくていいということではない。僕に出来ることなら、何でもするつもりです」
視線を下げながら、キノは呟く。本心半分、取り繕い半分というところだ。
それを聞いて、オーフェンは適当に頷いて見せる。懺悔が本物かどうかなど、オーフェンには判別できない。キノが何を言おうが、オーフェンは背中を見せるつもりも気を許すつもりもなかった。この会話は、互いに過去の件について納得し、同じ集団に所属することを認め合うために必要な儀式だ。
それが終わったのなら、やるべきことはあとひとつ。オーフェンは手のひらを振って了承の意を伝えると、話題を変えた。
「ところで、あの女のことなんだけどな」
「あの女?」
「あんたが師匠って呼んでた女だ。故人をこんな呼び方したくはないんだが、最後まで名前を教えてくれなくてな。俺が師匠って呼ぶのも変な話だし。本名知ってるか?」
「いえ。弟子には"師匠"としか呼ばせない人でしたから。他の人と会話しているのも見たことがありますが、覚えてる限りでは師匠のことを名前で呼んだ人はいませんでした」
「放送でもあの通りだったしな……んじゃ、悪いが呼び方はこのままだ。あの時はあんな状況だったから、あんたに伝えられなかったことがあってな」
「伝えたいこと? 師匠に関してですか?」
「ああ。俺はな、あの女と最初に出会ってから、ずっと同道してたんだ。時間的に、あの女が俺よりも早く誰かに会っていた、ってことはないと思う」
オーフェンはこの島に放り出された最初期の記憶を反芻する。暗闇の中で出会った初めての遭遇者は、異様に押しが強い上に自分の支給品だった指輪を半ば無理やり強奪した。まあこれまでの人生を鑑みれば、年上の女性に対して主導権を握ろうとしたのが失敗だったのかもしれないが。
何にせよ、衝撃的な出会いだったことには違いない。だから、彼女の言葉を覚えていた。
「会って最初に、あの女は"脱出に手を貸せ"って言ってきたんだ」
「……え?」
肺から息が勝手に出て行った。そんな心地をキノは味わう。意味ある言葉が紡げない。頭の中で、相手の台詞だけが反響していた。
脱出に手を貸せ。師匠は最善を諦めてはいなかった?
「まあ、疑問に思うよな。その女が、いきなりあんたと決闘するって言いだしたんだ。おまけに武器はパチンコだけで、俺がそのことを指摘しようとしたら露骨に黙らせに来やがった」
「なら師匠は、なんであんな……」
「心変わり――にしても、ちと唐突だろ」
その"切っ掛け"はどこだったのか――
開始から一緒にいたオーフェンにとっても、師匠という人物がどんな事態に遭遇したとしてそうそう心変わりをすることなどないと知っているキノにとっても、思い当たるのはひとつだけ。
(僕と、会ったから?)
名簿で存在を確認していても、それを信用できなかったのか。"キノ"が同姓同名の別人だと思っていたのか。
だが、キノには分からない。
ゲームに乗っていた人物が、元の世界で親しくしていた人物の参加を知り、改心することはあるだろう。
だが親しい人物と会って、脱出を諦める。そんなことが有り得るのか?
(そんなこと、有り得ない。僕だってあの時、師匠が一緒に居てくれれば何だってできると思った)
人の心は覗けない。外見や行動など、観測できる事象から推測することしかできない。
師匠という女性が秘めていた心の動きは、"思い"は誰にも伝わらない。
残ったのは脱出に手を貸せと言う台詞と、その後の行動の矛盾だけ。
だから、キノの胸中に浮上した"答え"は、真実とは違うものとなる。
(あの時、師匠は……僕に、殺されようとはしていなかった?)
ドッ――と、冷や汗が吹き出る。
最悪の間違いを犯してしまっていた。その可能性を想起し、キノの心臓は早鐘を打つ。
(師匠は、僕が撃たないと思ってたんじゃ? 僕があの時撃たなければ、『仕方ありませんね。不出来な弟子に、また修行をつけてあげましょう』とでも言って、仲間になってくれたんじゃ? ――僕は、師匠の思いを取り違えていたんじゃないか?)
死に際の台詞も――そんな自分の愚行に、気づかせないための優しさだったのでは。
ならば自分はその勘違いのせいで、何人を傷つけた? 何人を殺した? キノは必要なら殺人を躊躇わない。だがそれは、不要な殺人をして心を痛めないということを意味しない。生じた動揺はキノから平衡感覚を奪い去っていった。握るドアノブに縋るように力を込め、何とか姿勢を維持する。
「そんな……師匠、なんで……」
「……実際のところはどうだったんだか分からねえよ。あの女にだけ関係するような切っ掛けがあったのかも知らんし、そもそも脱出したいって言葉が嘘だった可能性もあるわな」
下を向いてぶつぶつと呟くキノに対し、オーフェンは肩を竦めて見せた。
「それでも、あんたには伝えておこうと思ってな。師匠っていうからには、弟子だったんだろ?」
「……ええ、そうですね」
キノは短くそう呟いて、ドアノブにほとんど食い込んでいるような指を何とか一度外し、再度ドアノブに手を掛けた。遠回しな別れのサイン。
膨れ上がる思考に、頭は痺れるように締め付けられていた。これ以上、意味のある会話ができるとは思えない。したくもない。
(もう、師匠の真意を考えることは止めよう……師匠には、二度と会えない。真意を問う機会は与えられない――確かな事実は、僕は生きて、ここにいるということだけ。なら、僕は止まっちゃいけない)
師匠の死に、どんな意味があったのか、自分にはもう分からない。
だからできるのは、その死を意味のないものにしないよう、足掻くことだけだろう。
「ありがとう、ございました。時間までには、僕も集合場所に向かいますので――」
「あっ、待って待って!」
「エルメス?」
閉めかけた扉の隙間を縫うように、それまで黙っていたモトラドが声を上げた。廊下で怪訝な顔をしているオーフェンを呼び止める。
「そこの目つきの悪いお兄さんにちょっと聞きたいことがあってさ。すぐ済むから」
「目つきのことは言ってくれるなよ……」
「っていうかお兄さん、モトラドが喋っても驚かない人?」
「いや、驚いてるぞ。ただ表に出してないだけで。で、聞きたいことって?」
「うん――お兄さん、この島に元の世界の知り合いの人、いる?」
「ああ、何人かな。合流できたのは二人だけだったが……まあ、運がいい方なんだろうな」
さきほど別れてきた、クリーオウのことを思いだす。彼女は裏切られ、傷ついてきた。それでも、こうして再会が叶ったのは途轍もない幸運なのだろう。
「じゃあさ、その中で外見が変わってる人っていた?」
「外見?」
「若返ってるとか、逆に歳を取ってるとか、サイボーグになってるとか」
「いや、そんな奴はいない――」
と、言いかけて、オーフェンは口をつぐんだ。若返ってるわけでも、歳を取っているわけでもないが。
「そういや、ひとりだけ。俺が学生やってた頃の同級生が、同級生だった頃のまま連れてこられてたな」
「それって若返ってたとかじゃなくて、お兄さんから見たら過去の人が、過去の時点から連れてこられたってこと?」
「まあ、そういうことになるか? ……で、この質問の意図は?」
「ううん、ちょっと気になっただけ。師匠は若返ってたみたいだから、他にもそういう人いるのかなって」
「ま、どうにも黒幕はドラゴン種族以上にやばい奴みたいだしな。後で集まった時、情報の交換や統合はされるだろうから、まだ気になるならそん時に聞いてみりゃいい。話は終わりか?」
「うん。どーもねー」
バタン、と扉が廊下と部屋を分断した。玄関から戻ってきたキノは、言葉もなくベッドに倒れ込む。
直ぐに寝息を立て始めたキノの横で、エルメスはひとり呟いた。
「ああ、そういうことなんだ。なるほどね。心の証明って、つまり――」
◇◇◇
C-6にあるマンション群。その内のひとつの屋上で、佐山・御言と出雲・覚は全員で等分に分配した食料を齧っていた。
屋上端にある手すりに出雲は背を預け、逆に佐山はもたれかかるように手すりに肘を置き柵の向こう側を眺めている。互い違いになった二人は、パンを飲み下す合間合間に短く言葉を交わしていた。
「……この島に来て、つくづく痛感したよ。自分の未熟ぶりを」
地を俯瞰する佐山の視線の先には、特に何かがあるわけでもない。少なくとも、物質的な証は。だが、見間違えることは無かった。そこにあるのは死の標だ。
海野千絵。ほんの数十分前に、彼女が息を引き取った場所。
光の刃による傷は内臓にまで達していた。そうでなくとも精神体そのものを断絶する魔王の剣は強力だ。その場にいた者達の異能を含めた医療技術では、彼女を助けることは出来なかった。
目の前で、またひとり死なせてしまった――何もすることができなかった。
「私は何も成すことが出来ていない。この同盟とて、ダナティア女史達が行った放送による成果だ」
海野千絵による自殺と、折原臨也の殺害――その後、すぐにとはいかなかったものの、その場にいた者達との同盟は成立した。美姫という強大すぎる敵がある以上、それは当然の流れだっただろう。
もっとも、すぐに実務的な話ができるほど、その場にいた全員が頭を素早く切り替えられるわけでもない。
その為に設けられた、束の間の休息。そしておそらく、最後の休息だ。終われば事態は動きだし、途中で止まることはできない
「零崎君による殺人が原因で、シャナ君は暴走した。私は彼の罪に対する償いを見つけられなかった」
彼女と最後に戦ったヘイズ達。そして、暴走したシャナと行動を共にしていたフリウ・ハリスコーという名の少女。
シャナの最期は、彼らから聞いた――そしてその結末には、間接的ながら自分も関わっている。
その思考に差し挟むように、出雲が声を上げた。
「らしくねえな、佐山。お前がそんなこと言うのはよ。弱気になったか?」
「弱気――とは違うな。正しく自分を客観視しているだけだ。これから進むべき道を、正しく選ぶために」
「……なら、それを口に出す必要はねえだろ?」
出雲は空になったパンの袋を握りつぶすと後ろ向きに放った。薄いビニール製のそれは大して飛ぶわけでもなく、ひらひらと闇の中に落ちていく。
水の入ったペットボトルのキャップを捻りながら、出雲は続けた。
「口にしたのは誰かに聞いて欲しいからだ。なら、それは弱気って奴だろ――言ってみろよ。遠慮なんて、それこそお前からは一番縁遠い言葉だろうが」
「何を言うのかね。私ほど慎み深い人間もいないよ。それに遠慮などしていない。ただ、貴様に理解できるか心配で悩んでいただけだ」
「何だとこの野郎」
はぁ、と佐山は息を吐き、夜空を仰いだ。数時間前、竜破斬によって暗雲の吹き払われた空。この場所が最もよく星を見ることができる。
弱気になってなどいない。佐山は思った。これはただ、元に戻っただけだ。元の世界でようやく掴みかけていた物を、この世界で失った。
新庄・運切――自分が正しき悪役であるための、指針。
「――ここに来る前の私を知っている、唯一の人間となった貴様に問おう……私は、佐山・御言は変わったか?」
正しく悪役であれているかどうか。その判断だけは、佐山・御言では下せない。下してはいけない。
新庄という指針があったからこそ、自分は悪役として本気を振るえた。迷う必要などなかった。
それを失ってしまった今、自分は全竜交渉に参加する前の自分と、本気を振るってよいのか迷っていた頃の自分と同じだ。
「いまの私は、正しい悪役であれているだろうか……」
「出来てねえんじゃねえか?」
即答。
飲み干したペットボトルを押しつぶしながら、出雲は迷うことなくそう言い切った。
「まあ、勘だけどな。お前の言う悪役を、俺はお前や新庄ほどは理解してねえだろうし」
そう前置きし、一度待つ。
佐山からの反応はない。それが無言で続きを促されているのだと察すると、出雲は言葉を続けた。
「お前の悪役、ってーのはつまりあれだ。正しいことをするために、正しくない手段を用いる奴のことだろ?」
佐山の姓が任ずる役割――悪を倒すために、さらなる悪を振るうこと。
故にそれは正しいことの為だけに、佐山・御言が見定めた"悪"相手にのみ振るわねばならない。
新庄・運切は、佐山と正逆の存在は、その指針になってくれた。彼女がいれば、佐山・御言はいつだって正しく間違うことができた。
「この殺し合いを主催した連中――アマワと神野っていったか? あと最初に集められた時にいたなんとかって言う連中。あいつらは、間違いなく悪党だ。分かりやすいほどにな。だからそいつらを打倒しようっていう、お前の考えは正しい。新庄だってそう言うだろう」
佐山・御言は敵を見誤っていないと、そう告げる。
「ならば――私の何が間違っていると?」
「間違ってはねえさ」
こともなげに、出雲はそう言い切った。
「間違ってない――"何も間違ってない"。それが問題だと思うぞ、俺は」
場を、沈黙が支配した。
ここまで言えば、と出雲は胸中で確認するように自答した。
ここまで言えば佐山なら察するだろう。佐山・御言はどうしようもない変態だが、その頭の良さは認めている。だからこそ、全竜交渉部隊の交渉役に選ばれたのだから。
だが佐山は更に続きを待つように沈黙を守っている。いや……
(俺が分かる様なことを、こいつが自己分析できてねえ筈もないか。つまりはまぁ――こいつは、分かってたんだろうな)
他人の声で、言葉で聴きたかった。そういうことなのだろう。そう――本気を出していいのかという判断は、佐山自身にはできないことだ。
(それこそ、新庄の仕事だったろうに――)
しょうがねぇ、と出雲は溜息を吐いた。
「お前のやろうとしていたことは間違ってねえ。黒幕の意図になんか乗ってやらず、この糞っ垂れた世界からの脱出を目指す。それは間違いなく正しい目的だ」
佐山の姓が担う悪役の責務。正しい目的を成すために、正しくない手段を用いて悪を打倒する。
照らし合わせてみれば、この島からの脱出は、この催しの黒幕である未知と闇は、間違いなく悪役が相手取るに相応しいものだっただろう。
「その為に団結を呼びかけて、不戦を説くってのも正しいことだと俺は思う。殺意を許さない。ああ、とても正しい――それこそ、新庄がやりそうなことだわな」
言葉を切る。次には吐き出した結論は短く、端的なもの。
「だからそれは、悪役の所業じゃねえ」
「……」
出雲は寄りかかっていた手すりから身を離し、佐山に正面から向き直った。
「もう分かってんだろ、佐山。お前は目的と手段を切り離せなかったんだ。正しい目的を果たす為に、正しい手段に拘った」
佐山・御言の犯した間違いは、間違うことができなかったこと。
殺意を奪うという、彼の方針。佐山・御言が自ら打ちだした、アマワに対抗するための道筋。
だが――交渉とは、相手と対等になって初めてテーブルにつくことができるものだ。
相手が殺意というカードを持つならば、こちらも同じカードか同程度のカードを持っていなければならない。
零崎人識相手には、暴力で済んだ。だが、その後に会ったシャナとベルガーには。ダナティアには。キーリの死を知った兵長には。そして不滅にして破滅をもたらす美姫には。
佐山・御言の行った交渉は全てが失敗か、結論の先延ばしに終わっていた。
悪役として外れ始めたのはいつだったのか――それは間違いなく、新庄・運切の死が切っ掛けだろう。
"殺し合いなんて、いけないよ……!"
新庄・運切がこの会場で叫んだ言葉。それを、佐山は聞いていない。だが、予測はできた。他の誰よりも誰よりも正確に、この悪徳の島に対して新庄・運切が抱く思いも、取るであろう手管も、すべてを思い描き――知らずの内、それに囚われていた。
アマワが新庄の似姿を象った時。新庄を殺した者を許すことができるか――なんのことはない。その答えは、既にその時に出ていたのだ。
「新庄の代わりは出来ない。お前には、佐山・御言だけには、その役柄は絶対に演じられない」
だからこそ――新庄・運切は、佐山にとって"有り難い人"だったのだから。
「……分かっているとも」
そう、佐山は分かっていた。自分が悪役から外れ始めていることを。『本気』を出せなくなっていることを。
美姫のことをベルガーと海野千絵に直ぐに話そうとしなかったのも、無意識にそれが枷になっていたからだ。とるべき『最適』から無意識に目をそらしていた。
「分かっているとも……!」
――新庄がいなくなった時点で、自分は『悪役』足り得なくなっていた。
認めたくはなかった。それは、弱さだ。佐山の姓を持つ者にあってはならない弱さ――新庄・運切を諦められない弱さ。
狭心症が、心臓を締め付けた。これまでの中で最大の激痛。意識が飛ぶ。佐山の身体が手すりから離れ、屋上の内側にゆっくりと傾いでいく。
平衡感覚の変化を感じながら、引き伸ばされた時間の中で、佐山は思考する。
新庄のことを想っただけで発症するこの痛み。それさえ弱さの証だ。自分が他人に押し付けようとしていたこと。殺人者を許すこと。怒りを耐えること。死者への想いを忘れずとも、その想いに囚われぬこと――それができなかったから、この痛みは生まれていた。美姫に試されるまでもなく、答えは出ていた。
だから、
「分かっていたとも――!」
――その弱さを、克服しよう。
倒れ込むよりも早く、屋上の床に足を叩きつける。コンクリート製の地面はへこみもせず、反動は足裏に、脛に、膝に、平等に痛みを与えた。
それでもなお、佐山は足に力を込める。傾いでいた体勢を立て直す。知らずの内に握っていた拳を広げる。ぴんと伸ばされた五指が空気を切り裂いた。うっすら汗をかいた指間に夜気が通る。
弱さは自覚していた。過ちは自覚していた。新庄・運切への想いをどうすればいいのかも自覚していた。
自覚していて、なお切り捨てることができなかった。だが、他人にそれを指摘されて、指摘して貰って――ただでさえ犯したその無様さを、さらに上塗りするほど自分は愚かではない。
「――宣言しよう」
佐山・御言は、マンションの屋上で声を上げた。どこか産声を連想させる、張り裂けそうな言霊を。
「宣言しよう。佐山の姓を持つ私は、これより真に悪役を任ずると! 己が全力を振るうことを恐れず、指針無くして未知と闇の中を進むと! たとえ――」
真っ直ぐに前を見る。もう、目は逸らさない。
「――たとえ、その道が誤ったものになろうとも! 佐山と新庄の姓が、その繋がりを刻まれることになろうとも、だ!」
そして、胸の痛みは消えた。
狭心症の、克服――それは、新庄・運切を忘却するという強引な方法によるもの。
新庄がいない以上、自分の進もうとする道筋は誤ったものになるかもしれない。悪役ではなく、ただの悪に堕ちる時がくるのかもしれない。
もしかすれば――新庄を心に宿したまま、すべてが上手くいくような方法があるのかもしれなかったが。
(それを探す時間は、もう、ない――)
都合のいい言葉も、天啓も。万事を解決するご都合主義はここになく。
だから佐山は力尽くで立ち上がった。失敗するかもしれない暗闇を無理やりに進むことを決断したのだ。
「さやまは しんじょうを わすれることを えらぶのですか?」
ポケットの中のムキチが、感情を伺わせない声音で訪ねてくる。
ムキチが約束してくれたこと。新庄は、佐山の中にずっといると。
だが、それこそが欺瞞だ。
佐山も無表情でそれに応じた。
「新庄君はいなくなってしまった。奪われるというのはそういうことだ。私の心の中には既になく、私がいたと思い込んでいたのは――新庄君の残り香に過ぎない」
「さやまは しんじょうを わすれることを えらぶのですか?」
同じ問いかけ。佐山は苦笑した。ムキチに迂遠な言い回しは、無用だ。
「君との約束を、その半分を先送りにさせてくれたまえ。新庄君は、奪われた。ここにない――新庄君の虚像を胸に宿す余裕すら、ない」
だから、と言葉を継ぐ。
「奪い返そう。新庄君との想い出を、想い出として懐かしめるように」
「では さやま わたしはいぜん さやまと ともにあります」
「――感謝する」
呟いて、佐山は視線を出雲に移した。互いに、手すりから離れて向かい合っている。
出雲が真剣な表情で呟いた。
「おい、佐山よ――1年前のあの地獄で、俺は言ったよな。お前がその道を外れたら、俺がこの手で殺す、と」
「初耳だが」
「マジか。まあ言ってたらカッコいいよなーくらいの気持ちだったんだが」
「その程度の心構えで軽々しく人を殺すなどと言うものではないよこの馬鹿なるべく苦しんで死ね」
佐山の返しに、出雲は背を向けた。屋上の出口に向かいながら、声を背後に飛ばす。
「じゃあ、いま言うことにするわ。日和んなよ、佐山。死にたくなかったら、な」
「……待て、出雲」
佐山の制止に、出雲は存外素直に従った。その背に向けて、佐山は続ける。この機を逃せば、二度と聞けなくなるような気がした。
「そちらはどうなのかね? 風見を失って、それでも立ち向かう力は失っていないか」
「……お前が無遠慮なのは、まあ今に始まったことじゃねえが」
出雲は背を向けたまま、肩をすくめた。
「止まってるわけにもいかねえだろ。千里もアリュセも死んだ。遺言も残せないような最期だった。それでも――俺は生きてんだ。後追い自殺なんてキャラじゃねえしな」
「復讐は?」
「どうだろうな。いまのところ、考えてねえと思う」
「何故?」
「それは――正直なところ、俺自身にもよく分からん」
僅かに言い淀むようにしてから、そう告げる。
屋上端にある手すりに出雲は背を預け、逆に佐山はもたれかかるように手すりに肘を置き柵の向こう側を眺めている。互い違いになった二人は、パンを飲み下す合間合間に短く言葉を交わしていた。
「……この島に来て、つくづく痛感したよ。自分の未熟ぶりを」
地を俯瞰する佐山の視線の先には、特に何かがあるわけでもない。少なくとも、物質的な証は。だが、見間違えることは無かった。そこにあるのは死の標だ。
海野千絵。ほんの数十分前に、彼女が息を引き取った場所。
光の刃による傷は内臓にまで達していた。そうでなくとも精神体そのものを断絶する魔王の剣は強力だ。その場にいた者達の異能を含めた医療技術では、彼女を助けることは出来なかった。
目の前で、またひとり死なせてしまった――何もすることができなかった。
「私は何も成すことが出来ていない。この同盟とて、ダナティア女史達が行った放送による成果だ」
海野千絵による自殺と、折原臨也の殺害――その後、すぐにとはいかなかったものの、その場にいた者達との同盟は成立した。美姫という強大すぎる敵がある以上、それは当然の流れだっただろう。
もっとも、すぐに実務的な話ができるほど、その場にいた全員が頭を素早く切り替えられるわけでもない。
その為に設けられた、束の間の休息。そしておそらく、最後の休息だ。終われば事態は動きだし、途中で止まることはできない
「零崎君による殺人が原因で、シャナ君は暴走した。私は彼の罪に対する償いを見つけられなかった」
彼女と最後に戦ったヘイズ達。そして、暴走したシャナと行動を共にしていたフリウ・ハリスコーという名の少女。
シャナの最期は、彼らから聞いた――そしてその結末には、間接的ながら自分も関わっている。
その思考に差し挟むように、出雲が声を上げた。
「らしくねえな、佐山。お前がそんなこと言うのはよ。弱気になったか?」
「弱気――とは違うな。正しく自分を客観視しているだけだ。これから進むべき道を、正しく選ぶために」
「……なら、それを口に出す必要はねえだろ?」
出雲は空になったパンの袋を握りつぶすと後ろ向きに放った。薄いビニール製のそれは大して飛ぶわけでもなく、ひらひらと闇の中に落ちていく。
水の入ったペットボトルのキャップを捻りながら、出雲は続けた。
「口にしたのは誰かに聞いて欲しいからだ。なら、それは弱気って奴だろ――言ってみろよ。遠慮なんて、それこそお前からは一番縁遠い言葉だろうが」
「何を言うのかね。私ほど慎み深い人間もいないよ。それに遠慮などしていない。ただ、貴様に理解できるか心配で悩んでいただけだ」
「何だとこの野郎」
はぁ、と佐山は息を吐き、夜空を仰いだ。数時間前、竜破斬によって暗雲の吹き払われた空。この場所が最もよく星を見ることができる。
弱気になってなどいない。佐山は思った。これはただ、元に戻っただけだ。元の世界でようやく掴みかけていた物を、この世界で失った。
新庄・運切――自分が正しき悪役であるための、指針。
「――ここに来る前の私を知っている、唯一の人間となった貴様に問おう……私は、佐山・御言は変わったか?」
正しく悪役であれているかどうか。その判断だけは、佐山・御言では下せない。下してはいけない。
新庄という指針があったからこそ、自分は悪役として本気を振るえた。迷う必要などなかった。
それを失ってしまった今、自分は全竜交渉に参加する前の自分と、本気を振るってよいのか迷っていた頃の自分と同じだ。
「いまの私は、正しい悪役であれているだろうか……」
「出来てねえんじゃねえか?」
即答。
飲み干したペットボトルを押しつぶしながら、出雲は迷うことなくそう言い切った。
「まあ、勘だけどな。お前の言う悪役を、俺はお前や新庄ほどは理解してねえだろうし」
そう前置きし、一度待つ。
佐山からの反応はない。それが無言で続きを促されているのだと察すると、出雲は言葉を続けた。
「お前の悪役、ってーのはつまりあれだ。正しいことをするために、正しくない手段を用いる奴のことだろ?」
佐山の姓が任ずる役割――悪を倒すために、さらなる悪を振るうこと。
故にそれは正しいことの為だけに、佐山・御言が見定めた"悪"相手にのみ振るわねばならない。
新庄・運切は、佐山と正逆の存在は、その指針になってくれた。彼女がいれば、佐山・御言はいつだって正しく間違うことができた。
「この殺し合いを主催した連中――アマワと神野っていったか? あと最初に集められた時にいたなんとかって言う連中。あいつらは、間違いなく悪党だ。分かりやすいほどにな。だからそいつらを打倒しようっていう、お前の考えは正しい。新庄だってそう言うだろう」
佐山・御言は敵を見誤っていないと、そう告げる。
「ならば――私の何が間違っていると?」
「間違ってはねえさ」
こともなげに、出雲はそう言い切った。
「間違ってない――"何も間違ってない"。それが問題だと思うぞ、俺は」
場を、沈黙が支配した。
ここまで言えば、と出雲は胸中で確認するように自答した。
ここまで言えば佐山なら察するだろう。佐山・御言はどうしようもない変態だが、その頭の良さは認めている。だからこそ、全竜交渉部隊の交渉役に選ばれたのだから。
だが佐山は更に続きを待つように沈黙を守っている。いや……
(俺が分かる様なことを、こいつが自己分析できてねえ筈もないか。つまりはまぁ――こいつは、分かってたんだろうな)
他人の声で、言葉で聴きたかった。そういうことなのだろう。そう――本気を出していいのかという判断は、佐山自身にはできないことだ。
(それこそ、新庄の仕事だったろうに――)
しょうがねぇ、と出雲は溜息を吐いた。
「お前のやろうとしていたことは間違ってねえ。黒幕の意図になんか乗ってやらず、この糞っ垂れた世界からの脱出を目指す。それは間違いなく正しい目的だ」
佐山の姓が担う悪役の責務。正しい目的を成すために、正しくない手段を用いて悪を打倒する。
照らし合わせてみれば、この島からの脱出は、この催しの黒幕である未知と闇は、間違いなく悪役が相手取るに相応しいものだっただろう。
「その為に団結を呼びかけて、不戦を説くってのも正しいことだと俺は思う。殺意を許さない。ああ、とても正しい――それこそ、新庄がやりそうなことだわな」
言葉を切る。次には吐き出した結論は短く、端的なもの。
「だからそれは、悪役の所業じゃねえ」
「……」
出雲は寄りかかっていた手すりから身を離し、佐山に正面から向き直った。
「もう分かってんだろ、佐山。お前は目的と手段を切り離せなかったんだ。正しい目的を果たす為に、正しい手段に拘った」
佐山・御言の犯した間違いは、間違うことができなかったこと。
殺意を奪うという、彼の方針。佐山・御言が自ら打ちだした、アマワに対抗するための道筋。
だが――交渉とは、相手と対等になって初めてテーブルにつくことができるものだ。
相手が殺意というカードを持つならば、こちらも同じカードか同程度のカードを持っていなければならない。
零崎人識相手には、暴力で済んだ。だが、その後に会ったシャナとベルガーには。ダナティアには。キーリの死を知った兵長には。そして不滅にして破滅をもたらす美姫には。
佐山・御言の行った交渉は全てが失敗か、結論の先延ばしに終わっていた。
悪役として外れ始めたのはいつだったのか――それは間違いなく、新庄・運切の死が切っ掛けだろう。
"殺し合いなんて、いけないよ……!"
新庄・運切がこの会場で叫んだ言葉。それを、佐山は聞いていない。だが、予測はできた。他の誰よりも誰よりも正確に、この悪徳の島に対して新庄・運切が抱く思いも、取るであろう手管も、すべてを思い描き――知らずの内、それに囚われていた。
アマワが新庄の似姿を象った時。新庄を殺した者を許すことができるか――なんのことはない。その答えは、既にその時に出ていたのだ。
「新庄の代わりは出来ない。お前には、佐山・御言だけには、その役柄は絶対に演じられない」
だからこそ――新庄・運切は、佐山にとって"有り難い人"だったのだから。
「……分かっているとも」
そう、佐山は分かっていた。自分が悪役から外れ始めていることを。『本気』を出せなくなっていることを。
美姫のことをベルガーと海野千絵に直ぐに話そうとしなかったのも、無意識にそれが枷になっていたからだ。とるべき『最適』から無意識に目をそらしていた。
「分かっているとも……!」
――新庄がいなくなった時点で、自分は『悪役』足り得なくなっていた。
認めたくはなかった。それは、弱さだ。佐山の姓を持つ者にあってはならない弱さ――新庄・運切を諦められない弱さ。
狭心症が、心臓を締め付けた。これまでの中で最大の激痛。意識が飛ぶ。佐山の身体が手すりから離れ、屋上の内側にゆっくりと傾いでいく。
平衡感覚の変化を感じながら、引き伸ばされた時間の中で、佐山は思考する。
新庄のことを想っただけで発症するこの痛み。それさえ弱さの証だ。自分が他人に押し付けようとしていたこと。殺人者を許すこと。怒りを耐えること。死者への想いを忘れずとも、その想いに囚われぬこと――それができなかったから、この痛みは生まれていた。美姫に試されるまでもなく、答えは出ていた。
だから、
「分かっていたとも――!」
――その弱さを、克服しよう。
倒れ込むよりも早く、屋上の床に足を叩きつける。コンクリート製の地面はへこみもせず、反動は足裏に、脛に、膝に、平等に痛みを与えた。
それでもなお、佐山は足に力を込める。傾いでいた体勢を立て直す。知らずの内に握っていた拳を広げる。ぴんと伸ばされた五指が空気を切り裂いた。うっすら汗をかいた指間に夜気が通る。
弱さは自覚していた。過ちは自覚していた。新庄・運切への想いをどうすればいいのかも自覚していた。
自覚していて、なお切り捨てることができなかった。だが、他人にそれを指摘されて、指摘して貰って――ただでさえ犯したその無様さを、さらに上塗りするほど自分は愚かではない。
「――宣言しよう」
佐山・御言は、マンションの屋上で声を上げた。どこか産声を連想させる、張り裂けそうな言霊を。
「宣言しよう。佐山の姓を持つ私は、これより真に悪役を任ずると! 己が全力を振るうことを恐れず、指針無くして未知と闇の中を進むと! たとえ――」
真っ直ぐに前を見る。もう、目は逸らさない。
「――たとえ、その道が誤ったものになろうとも! 佐山と新庄の姓が、その繋がりを刻まれることになろうとも、だ!」
そして、胸の痛みは消えた。
狭心症の、克服――それは、新庄・運切を忘却するという強引な方法によるもの。
新庄がいない以上、自分の進もうとする道筋は誤ったものになるかもしれない。悪役ではなく、ただの悪に堕ちる時がくるのかもしれない。
もしかすれば――新庄を心に宿したまま、すべてが上手くいくような方法があるのかもしれなかったが。
(それを探す時間は、もう、ない――)
都合のいい言葉も、天啓も。万事を解決するご都合主義はここになく。
だから佐山は力尽くで立ち上がった。失敗するかもしれない暗闇を無理やりに進むことを決断したのだ。
「さやまは しんじょうを わすれることを えらぶのですか?」
ポケットの中のムキチが、感情を伺わせない声音で訪ねてくる。
ムキチが約束してくれたこと。新庄は、佐山の中にずっといると。
だが、それこそが欺瞞だ。
佐山も無表情でそれに応じた。
「新庄君はいなくなってしまった。奪われるというのはそういうことだ。私の心の中には既になく、私がいたと思い込んでいたのは――新庄君の残り香に過ぎない」
「さやまは しんじょうを わすれることを えらぶのですか?」
同じ問いかけ。佐山は苦笑した。ムキチに迂遠な言い回しは、無用だ。
「君との約束を、その半分を先送りにさせてくれたまえ。新庄君は、奪われた。ここにない――新庄君の虚像を胸に宿す余裕すら、ない」
だから、と言葉を継ぐ。
「奪い返そう。新庄君との想い出を、想い出として懐かしめるように」
「では さやま わたしはいぜん さやまと ともにあります」
「――感謝する」
呟いて、佐山は視線を出雲に移した。互いに、手すりから離れて向かい合っている。
出雲が真剣な表情で呟いた。
「おい、佐山よ――1年前のあの地獄で、俺は言ったよな。お前がその道を外れたら、俺がこの手で殺す、と」
「初耳だが」
「マジか。まあ言ってたらカッコいいよなーくらいの気持ちだったんだが」
「その程度の心構えで軽々しく人を殺すなどと言うものではないよこの馬鹿なるべく苦しんで死ね」
佐山の返しに、出雲は背を向けた。屋上の出口に向かいながら、声を背後に飛ばす。
「じゃあ、いま言うことにするわ。日和んなよ、佐山。死にたくなかったら、な」
「……待て、出雲」
佐山の制止に、出雲は存外素直に従った。その背に向けて、佐山は続ける。この機を逃せば、二度と聞けなくなるような気がした。
「そちらはどうなのかね? 風見を失って、それでも立ち向かう力は失っていないか」
「……お前が無遠慮なのは、まあ今に始まったことじゃねえが」
出雲は背を向けたまま、肩をすくめた。
「止まってるわけにもいかねえだろ。千里もアリュセも死んだ。遺言も残せないような最期だった。それでも――俺は生きてんだ。後追い自殺なんてキャラじゃねえしな」
「復讐は?」
「どうだろうな。いまのところ、考えてねえと思う」
「何故?」
「それは――正直なところ、俺自身にもよく分からん」
僅かに言い淀むようにしてから、そう告げる。
◇◇◇
「それは、貴方の魂が凪いでいるからだよ」
屋上とマンション内部を繋ぐ、鉄扉の内側で。
いつの間にか佇んでいた十叶詠子は、扉に背を預けながら誰に聞かせるでもなくそう呟いた。
「とても静かな海のよう。広くて深くて、何を飲み込んでも波を立てない。"凪"の人の魂は、"カルンシュタイン"さんとも"鍍金の弾丸"さんとも違う種類の、とても強いカタチをしているね」
扉から離れ、詠子は階段を降りはじめる。手を後ろで組んで、散歩でもするかのような足取り。
魔女の瞳は出雲・覚の魂のカタチを見た。魔女の瞳は、ここまできて未だなおカタチを失わない"裏返しの法典"を見た。
魔女の瞳は全てを見通した。けれど
「よく、分からないなぁ」
――期待した答えは得られなかった。
(……もしかしたら、"法典"君に聞けば確証を持てるのかもしれないけれど)
賢しい人。深い傷を負っても、その魂を変じさせなかった人。
だからこそ、魔女は悪役にこの問いを投げかけることはできなかった。
佐山ならば、自分の問いかけに答えを返してくれるのかもしれない。だが
……たぶん、私が隠しておきたいことも見抜かれちゃうよね。
だから魔女はこうして階段を降りている。顔を合わせず、言葉を投げず、屋上に背を向けた。
(けれどたぶん、これは見通せないのが正解なんだと思う)
確たる答えは得られなかった。
だが推測は深まっている。"鬼嫁"の片割れ、"凪"をよく観察できた。それは詠子の考えを一歩先に進めた。少なくとも、後退させることは無かった。
笑みを深めて、魔女は呟く。
「"法典"君。貴方は前に言ったよね。このゲームのルールが殺し合いを前提にしているという"何故"には、きっと答えがある筈だって。その答え……私はたぶん、分かっちゃったんだな」
屋上とマンション内部を繋ぐ、鉄扉の内側で。
いつの間にか佇んでいた十叶詠子は、扉に背を預けながら誰に聞かせるでもなくそう呟いた。
「とても静かな海のよう。広くて深くて、何を飲み込んでも波を立てない。"凪"の人の魂は、"カルンシュタイン"さんとも"鍍金の弾丸"さんとも違う種類の、とても強いカタチをしているね」
扉から離れ、詠子は階段を降りはじめる。手を後ろで組んで、散歩でもするかのような足取り。
魔女の瞳は出雲・覚の魂のカタチを見た。魔女の瞳は、ここまできて未だなおカタチを失わない"裏返しの法典"を見た。
魔女の瞳は全てを見通した。けれど
「よく、分からないなぁ」
――期待した答えは得られなかった。
(……もしかしたら、"法典"君に聞けば確証を持てるのかもしれないけれど)
賢しい人。深い傷を負っても、その魂を変じさせなかった人。
だからこそ、魔女は悪役にこの問いを投げかけることはできなかった。
佐山ならば、自分の問いかけに答えを返してくれるのかもしれない。だが
……たぶん、私が隠しておきたいことも見抜かれちゃうよね。
だから魔女はこうして階段を降りている。顔を合わせず、言葉を投げず、屋上に背を向けた。
(けれどたぶん、これは見通せないのが正解なんだと思う)
確たる答えは得られなかった。
だが推測は深まっている。"鬼嫁"の片割れ、"凪"をよく観察できた。それは詠子の考えを一歩先に進めた。少なくとも、後退させることは無かった。
笑みを深めて、魔女は呟く。
「"法典"君。貴方は前に言ったよね。このゲームのルールが殺し合いを前提にしているという"何故"には、きっと答えがある筈だって。その答え……私はたぶん、分かっちゃったんだな」
◇◇◇
火乃香と蒼い殺戮者がいるのは、佐山たちがいるのとはまた違うマンションの屋上だった。
蒼い殺戮者は無言で索敵を続けている。生体部品である培養脳にも疲労の概念はあるが、それでも他の参加者に比べればその限度枠は大きい。ことに、まだこの世界では一日そこらしか経過していないのだから、戦闘用に調整された機械歩兵は十分に性能を発揮できる。
その傍に立っていた火乃香が、口を開いた。
「話があるって言ったのは、そっちだったと思うけど?」
言葉を発するどころか、身じろぎすらしないBBに向けて、火乃香は皮肉を飛ばした。
しずく、パイフウ亡きいま、蒼い殺戮者は火乃香にとって、唯一の同郷出身者だ。
だが、それでも仲良く会話するような間柄ではない。言うまでもなく出会いは最悪のものだった。それから何度か一緒に行動する機会を経てある程度関係は修復されたが、それでも昼下がりのカフェテラスでケーキをつつき合うような関係とは程遠い。
火乃香の言葉に、自動歩兵はゆっくりと――それを迷うように、と形容するのはいささか感傷的に過ぎるかもしれないが――頭部を少女へと向けた。
「教えて欲しいことがある」
「なにさ」
「俺の"理由"とはなんだ?」
「……はい?」
唐突で、色々と省略されているらしい自動歩兵の問いかけに、火乃香の目が丸くなる。
自動歩兵にもそれが伝わったのだろう。望む言葉を紡げないもどかしさを滲ませながら、言葉が続く。
「俺は、海野千絵に救われた」
「海野千絵って、さっきの――」
火乃香の脳裏に浮かぶのは、つい先ほど自身諸共に折原臨也を刺し殺した少女の姿だ。
少しだけ驚く。火乃香は元の世界で何でも屋を営んでいた。荒事にはよく通じている。その彼女から見て、海野千絵という少女は、
「あんたを救えるような腕利きには見えなかったけどね。魔法とか使えたの?」
「いや、戦闘力という点で見れば特筆すべきものはなにも持っていなかった。だが――俺が自壊を選ぼうとするのを、止めた」
「何やってんだアンタ!?」
今度こそ目を丸くして、火乃香は大声を上げた。辺境では蒼い殺戮者として名を馳せた最強の自動歩兵が自殺? 笑えない冗談だ。エンポリウムの酒場でそんなことを口にすれば、即座に飲み過ぎか熱射病を疑われて病院に担ぎ込まれるだろう。
だが火乃香はすぐに気づいた。初めに会った時からみて、蒼い殺戮者は大きく変わっている。その切っ掛けはおそらく自分が知っているもので、そしてこのゲームで既に失われた――
「……しずくが、死んだから?」
「俺のハーフウイングは、俺だけの理由は失われた。なら、俺がいる意味もないと――そう判断した」
もともと、蒼い殺戮者は殺すことでしか己を保てなかった。突然変異の培養脳は、高い戦闘力と引き換えに彼の自我を不安定にしたのだ。
そして火乃香と出会い、彼女に二度見逃されたことから彼の価値観が揺らぎ始める。そしてそれと入れ替わるようにして"しずく"という理由が刷り込まれた。
だから、しずくが消えてしまえば、殺戮による自我の安定を図れなくなった彼は自分を保てない。かつてのブルー・ブレイカー二号機のように、自壊を選ぶしかなかった。
火乃香はそんな詳細な事情までは知らなかったが、この自動歩兵がしずくに固執していたのは知っている。
「……意外だね。あんたなら、復讐にでも動き出しそうなもんだけど」
「すでにしずくを殺した犯人は死んでいる。目の前で、最低の殺され方をした。俺はそれを見殺しにした」
「そっか……ごめん、話が逸れたね。ともかく、あんたは千絵って子に助けられたわけだ。それで?」
「千絵は俺に言った。俺にはまだ意味があると。俺にはまだ人を救う衝動があると。では――その意味とは、衝動とはなんだ?」
ようやく、ブルー・ブレイカーの質問の意図を掴む。
(そういや折原があの子を人質にした時、こいつ、柄にもなくでかい声出してたっけ……)
それにしてもなかなかに哲学的な質問だ。火乃香はがしがしと頭を掻いた。自動歩兵、それもよりにもよってこいつ相手に問答をする機会があるとは思わなかった。まあ、以前似たようなことはあった気もするが。
「……なんであたしに聞くわけ?」
「他に適切な人物を思いつかない。元の世界での知り合いはお前だけだ」
「そりゃそうだろうけどさ」
だがこの手の禅問答をするなら、知己の中では自分ではなく浄眼機辺りが最適だろう。ここに居ない相手にどうこう言っても仕方ないが。
火乃香は溜息をついて空を見上げる。何とはなく空気を切り替えたかったからだが、背の高い自動歩兵の頭部が視界にちらつくだけで効果は薄かった。
「分かったよ。それじゃしずくに免じて付き合うけど――あのさ、この島に連れてこられてから、千絵って子と以外に誰かと仲良しになったりした?」
「接触時間だけで言えば、もっとも長く行動を共にしたのは風見・千里という女性だろうが――」
「だが?」
「……既に死んでいる。基準が判断できないが、おそらくお前が言うところの"仲良し"にはなっていないだろう」
「まあ、友達百人作るってタイプじゃないよね、あんたは」
「そして誤解があるようだが、千絵も同じだ。出会ったばかりで、まともに言葉も交わしていなかった」
「そんな子が自殺を止めようとしてくれたの? っていうか、あんたもよく耳を貸したね……」
「動力降下を敢行しようとしたところ、千絵が俺を止める為にビルから飛び降りてな」
「なにそれ!? その子とは、ほとんど見ず知らずの関係だったんでしょ?」
「自身の正義感に従っただけ、とは本人の言だが」
「それがほんとなら、アルティメット正義漢だねぇ……驚かされることばっかりだ」
とはいえ、この自動歩兵が誰かと深い関係を結ぶことは――しずくの件を考えれば絶無とは言わないが、そうそうあることではないだろう。
(じゃあこれってさ――これって要は、すっげぇ単純な話なんじゃないの?)
火乃香は何となく、この自動歩兵が抱えている問題の根が見えた気がした。
「あのさ、あんたしずくのこと、覚えてる? しずくとどんな会話したか、思い出せる?」
「当然だ」
即答。迷うことすらない肯定を返す。
――あたしが生まれてきた理由。それを知るためには――
かつて、出会ったばかりのしずくが口にしていた台詞。彼女もまた、BBと同じように生きるための理由を探していた。
「だったら、やっぱり話は簡単だ」
火乃香は肩をすくめて、目の前の自動歩兵が求めていた答えを口にした。
「あんたの"理由"は、変わってないんだよ――しずくだ」
「……しずくは失われた」
「そうだね。あの子は死んだ。そして、死んだものは生き返ったりしない」
それは、当然の摂理だ。少なくとも、火乃香の世界では。
砂漠を渡る何でも屋にも、テクノス・タブーを消して回る殺戮兵器にも、平等に与えられるルール。死者はやがて熱砂の底に埋もれて消える。
「けどさ、あんたの中からは消えてないだろ? あんたはしずくのことを覚えてる。あんたはきっと、"こんな時、しずくだったらこう言うだろう"って推測ができる。それは……あの子が、確かにあんたの中にいるって証拠だ」
「それは――だが――」
「……甘ったれるなよ、蒼い殺戮者」
言葉に迷った自動歩兵を、火乃香は目線も鋭くにらみつけた。
「人は死ぬ。物は壊れる。時間は流れる。永遠に続くものなんてないんだ。だから、あたしたちは変わって行かなきゃならない。しずくは死んだよ。ああ、殺されたんだろう。それはとても悲しいことだけど、受け入れなきゃいけないんだ。できないなんて言わせないよ、あんたはあたしとミリィから、大切な物を奪ってる。忘れてやしないだろう?」
「……ああ」
「嘘吐け。自殺寸前だった癖に」
ガン、とその名の由来となった空色の装甲に、軽く拳を打ちつける。だから、と言葉を続けた。
「もう忘れんな。あんたがしずくを覚えてる限り、しずくはいなくならないんだから。しずくって子がいた証は、あんたが彼女を想う限り残り続ける。だから――自殺とか、温い道選ぼうとすんなよ、馬鹿」
「……」
蒼い殺戮者は、すぐに応えられなかった。火乃香の言葉を培養脳の中で反芻する。
しずくが、自分の中で生きている。
真水の中に落ちた一滴の染料がじわじわと広がるように、その概念が染み込んでいく。
だが――それですぐに納得できるというものでもない。
引きちぎられた片翼。その"痛み"。そう――蒼い殺戮者は、ザ・サード最高傑作の戦闘用自動歩兵は、この島に来て本当の意味で痛覚を理解した。
その痛みの大きさ、鋭さを忘れることなどできない。その喪失感を、埋めることなどできない。
自分も後を追ってしまいたい。何かに当たり散らしたい。それこそ過去に寄る辺とした殺戮による存在証明さえ、いまの青い殺戮者にとっては甘美な誘惑として映っている。
(……だが)
ブルー・ブレイカーはそれを選ばない。火乃香が言ったのだ。自分に大切な物を奪われた火乃香が。それでもなお、自分のことを斬らなかった火乃香が。
ならば――きっと、彼女の言うことは正しいのだろう。
それを否定することは、火乃香に生かされた我が身の否定であり、そして何より、己が半身の否定にも繋がってしまう。
しずくを無かったことには、したくない。
「……了解した」
そう、少なくとも、今はまだ。
短い返答。それに対して、こちらの逡巡を感じ取っているであろう目の前の少女は、ただ黙って頷くに留めてくれた。
いや。
火乃香は顔を上げると、溜息をついて振り返った。視線の先には、階下に通じる屋上の鉄扉。
蒼い殺戮者のセンサーが異常を告げた。ほんの僅か、扉が内側に開いている。構造から、誰かが力を加え続けない限り扉は自動で閉まる筈だ。
「盗み聞きとは感心しないね――出てきなよ」
火乃香の呼びかけに、存外素直に扉は開いた。
もとより、盗み聞くつもりはなかったのかもしれない。ただ、会話が終わるのを待っていたというだけで。
扉の向こうから現れたのは、隻眼の少女だった。後ろ手に扉を閉めると、その場で所在なさげに立ち尽くしてしまう。
「……あんたは」
思わず、腰に下げた騎士剣を意識する。
僅かに言葉を詰まらせる火乃香に対し、白い髪の少女は開いている方の瞳を忙しなく左右に彷徨わせながら、蚊が鳴くような声量で口火を切った。
「あ、あの……あたし、あなたと話したくて、それで」
「あたしと?」
なんで今更――と続けようとして、火乃香は思いとどまった。この白い髪の少女が目を覚ましたのは、臨也を連れてここに向かおうと出発する際のこと。全員が気を張り詰めていたうえ、彼女が知らない人物が何人もいたのだから、確かに会話などできる状態ではなかったかもしれない。
目覚めた彼女に、自分はなんと声を掛けたのだったか。ほんの数時間前のことだというのに、具体的な内容を思い出せない。アマワのことに関してはヘイズやコミクロンがいくつか質問を重ねていて、それを自分は横で聞いていた筈だが。
フリウ・ハリスコー。目の前の少女の名前を、火乃香は胸中で囁く。
「……ヘイズとコミクロンは?」
蒼い殺戮者と話す間、この少女の見張り役にしていた二人の名前を出す。フリウは困ったような表情を浮かべて、背後のドアを目線で示した。
鉄扉はまだ隙間が開いていた。天宙眼が意を読む。すっかりなじんだ気配がふたつ。
この娘が自分と会話したいと言い出した時、あの二人はどう対処するだろうか――まあ、結果はここにあるわけだが。
しょうがない。火乃香は疑問やその他もろもろの感情を呑みこんで、ドアの前から動こうとしない少女に、顎の動きでこちらに来るよう促した。
あの目つきの悪いコミクロンの同郷に、彼女の責任は自分が取ると言った。ならば、ここは交流を選ぶべきだろう。
「で――何の用? 先に言っておくけどさ、先生のことを謝りたいっていうんなら、いい。許そうと思って許せるものじゃないってのは分かるでしょ?」
言葉に棘が――まあ、それほどは――含まれないよう、なるべく平坦さを意識して火乃香は先制する。
フリウ・ハリスコーの犯した罪のひとつ。パイフウの殺害。
許す、と火乃香は言わなかった。それが相手の心を軽くするのに最適だと理解していても、歩み寄りに必要だったとしても、偽りを口にはしない。
偽りで繕った関係は、長い目で見ればろくなことにはならないと火乃香は知っていたし、単純に彼女の感情がそれを許さないという事情もあった。
そんな、拒絶とも取れる言葉を前にして、フリウ・ハリスコーは。
「……はい。それは、分かっています」
表情を暗くしながらも、逃げ出さない。
フリウもまた分かっている。大切なものを奪われるということの痛みを。分かっていながら、自分はまた、目の前の少女から大切なものを奪ってしまった。許されないのは当然のこと。それでいて、許されなくて当然なのだという思いを開き直りに変えることはしない。その重みを、きっと死ぬまでフリウ・ハリスコーは背負っていくだろう。
隻眼の少女の態度をしばらく見つめて、火乃香は肩をすくめた。
「分かった。それじゃ、何が聞きたいの?」
火乃香の問いに、フリウは改めて胸の内の疑問を口にする。
許されないことは、理解している――フリウがここに来たのは、それとは別に、分からないことを聞く為だった。
「……なんで、あたしを殺さなかったんですか?」
瞬間――
火乃香は騎士剣を抜刀していた。傍らのBBが反応できないほどの速度。銀の切っ先が、閃きすら残さずにフリウの首元に突き付けられている。
「――ここから先は慎重になりなよ。もう一度言うけど、"あたしはあんたを許してない"」
凶器を突き付けられ、フリウは目を見開いた。
けれどそれは、火乃香の行動に怯えたのではなく、単純に剣速に驚いた故の反射だったのだろう。そう――これが自然なのだ。フリウは忠告を無視するように、間を開けずに口を開いた。
「……自制心を身に付けろって、言われたんだ」
眼帯を外し、顕になった白い異形の瞳を曝す。水晶眼。その誕生と同時に魔神を封じ込めた、フリウ・ハリスコーの半身。
「あたしの目の中には、生まれた時から精霊が――あの巨人が入ってた。何もかもを壊しちゃう、そんな精霊。それを、あたしは一声で解き放てる。だから、常に制御しろって、爺ちゃん……本当の爺ちゃんじゃないけどさ。あたしに精霊使いとしての訓練をしてくれた人が、そう言ったの。けれど、」
精霊は、常に御せる。
リス・オニキスの言葉。かつての筆頭軍属精霊使いが口にしたそれは正しいのだろう。
だが、フリウ・ハリスコーは御することができなかった。精霊ではない。己の制御ができなかった。
「その後も、あたしは怒りに任せて精霊を使った。父さんを殺されて、それが許せなくて――報いは、すぐに来たよ。同じように、あたしに奪われた人たちに矢を射かけられた。当然だよね……大切なものを奪ったら、許されることなんてないんだ」
フリウは目を閉じ、瞬きと呼ぶには少しだけ長い時間を掛けてから再度、開いた。剣を突き付けてくる、バンダナを巻いた少女。目の前の人物をきちんと認識してから、言葉を続ける。
「そして――あたしは、この島でも同じことをした。あなたの大切な人を、奪った」
「……」
「あの時……今と同じように、あなたに剣を突き付けられた時さ。あたしはこのまま殺されると思ったんだ。意識が保てなくなった時は、きっと首を切られたんだって思った。だって、それが当然だもの」
だから、再び目を覚ました時、フリウ・ハリスコーの胸中を満たしたのは疑問だった。
目の前のこの人は、どうして自分を殺さなかったのか。
契約に守られているわけでもない。両腕すら折れていた、ろくに身動きもできない自分を殺さず――あまつさえ、腕を治療し同行させた。
両腕に鈍痛は残っているし、満足に動かないが(腕を治療したという白衣の男性は、元通り動くようになるかは経過を見る必要があると言っていた)、殺し合った相手に対する行いだとは思えない。
だから、フリウは彼女に訊ねようと思ったのだ。
「分からないの。ねえ、何であたしを殺さなかったの?」
再度の問いかけに――
火乃香は馬鹿らしくなったように、騎士剣を力なく降ろした。
「そんなの――決まってるだろ」
認めよう。自分は心のどこかで、このフリウという少女が悪党、狂人――何でもいいが、とにかく害あるものであって欲しいと望んでいた。
彼女を同行させるとオーフェンを説得した時。自分は『いざとなれば彼女を殺せる』と彼に告げていたが。
なんて欺瞞だ。それは秘めたる本心と似ているようで、ほぼ真逆といっていいような誤魔化しだった
誤解を恐れずにいうのなら、火乃香はフリウを殺したいと願っている。
そう、『願っている』。思っている、のではない。自分の意志ではなく、もっとどうしようもない大きな力と大義名分で彼女を殺さざるを得ない状況が発生するのを待っていた。オーフェンが彼女の目に見た憎悪は、錯覚ではない。同行させたのも、その為。あの時の卑怯は、まだ続いていたのだ。
だから、火乃香はフリウが目を覚ました後も、彼女とのコミュニケーションを無意識に避けていた。
だが――こうして、改めて話してみて分かった。
フリウ・ハリスコーはただの小娘に過ぎない。
だから癇癪も起こす。生まれつきの体質のせいで、その被害が桁違いというだけで。
火乃香に、ただの小娘は斬れない。故に、どうして殺さなかったのか、と問われればこう答えるしかない。
「――あたしが、あたしだからだ」
「……あなたは、人を殺せない人ということ?」
「経験はあるよ。必要なら、斬ることも躊躇わない。けど――あんたにはその"必要"がない。あんたが、自分の行いを正しくないと思えている限りは」
「けどあたしは、あなたの大切な人を――」
「例えばさ」
フリウの追及を強引に打ち切って、火乃香は傍らに佇んでいる蒼色の装甲を軽くノックした。
「こいつは昔、あたしが世話になってたおやっさんを殺してる」
「……」
「最初は、斬ってやろうと思ったよ――できる機会も何度かあった。斬らなかったけどね。いまとなっちゃ、その選択は間違ってなかったと思ってる」
蒼い殺戮者は変わった。その変化は、しずくという縁を運んできた。火乃香自身、この自動歩兵に命を救われたこともある。
「フリウ。あんたもこいつと同じさ。確かにあんたは先生を殺した。力と釣り合う自制心を持っていないんだろう――でもさ、この先どうなるかは分からないじゃないか」
「分からない……」
火乃香の言葉を、己の口の中で繰り返すフリウ。だが、すぐに首を横に振った。
「そう、分からない。もしかしたら、あたしは永遠にそれを手に入れられないかもしれない」
「そうだね。あんたは将来、絶対に立派な人物になる、なんて保障をあたしはしてやれない。出会って半日も経ってないしさ」
「あなたは、そんな不確実な理由であたしを殺さないの?」
「不確実な理由じゃ殺せないだけさ。それがあたしって人間なんだ……それにいまここであんたを斬ったら、こいつを斬らなかった過去のあたしが嘘になる」
蒼い自動歩兵を指し示しながら、火乃香は自分に言い聞かせるように後半を呟いた。
フリウは僅かに目を見開いた。信じがたいようなものを見る目。石蹴りをして遊んでいたら、それが貴石であることに気づいたような、そんな驚愕を含んだ視線。
「あなたは――」
言葉を練ろうとして、フリウは失敗した。曖昧なまま、それを出力する。
「……あなたは、"それ"を信じられる人なんだね」
「それ? どれ?」
訝しむように火乃香が聞き返す。だが、フリウは答え直すことをしなかった。代わりに、告げる。
「きっと、あなたみたいな人なら、アマワと戦えると思う」
「そりゃ、もちろん戦うつもりだよ」
騎士剣を掲げてみせる火乃香に、フリウは違うの、と首を振って見せた。
「戦い方を考えないといけないの。覚えておいて。アマワには独りじゃ勝てない。けれど同時に、あいつは必ず一人にしか問いかけない……」
「……絶対に勝てる戦いしかしないってこと?」
「そう、あいつは卑怯者だから。だから――覚えておいて。忘れず、信じることだけがアマワに対して有効な力になる」
ここ一番の真剣さを帯びるフリウの言葉を、火乃香は素直に受け取った。パイフウを殺したこの少女に対する嫌悪感はいまだ胸の底にある。まだ、許せてはいない。けれど、いつか許せる日が来るのかもしれない。理解し合う日だって、こないとは限らない。
だから今は、わだかまりなく頷き、同じだけの真剣さを返した。
「分かった。あんたの言葉を、あたしは忘れない」
「ありがとう……ございます」
「いいよ、もう敬語は。あんたも途中から素で話してたじゃん」
さて、と火乃香は場の空気を切り替えるように辺りを見回した。BB。フリウ。扉の向こうのヘイズとコミクロン。
佐山たちと組んで吸血鬼を倒し、返す刃で未知の精霊を倒す。途方もない道程を、だが火乃香はこの瞬間、少なくともこの瞬間だけは歩みきれると確信できた。
「ああ、待ってろよ……ここまでいいようにされたんだ。落とし前は必ずつけさせてもらう」
「うむ。落とし前は大切だ。後日、慰謝料を請求される恐怖から解放される。問題は弁護士の存在が必要不可欠だというのに、その弁護士に払う費用が馬鹿にならんってことだぁな」
「……」
「だが金を払わされる屈辱を味わうくらいなら、素直に金を払う方がいいと人生は教えてくれるわけだ。強制に屈したのではなく、これは自分の意思で払ったんだと言い訳できるからな」
唐突に出てきた青い人虫を、火乃香は横目でじっとりと力なく睨んだ。
「……ねえ、フリウ。もともとあんたの連れだったんでしょ? こいつ、なんか黙らせる手段とかないの?」
「無理だよ……スィリーだもん」
疲れた顔で互いを見やる二人の少女の、最初の共通理解がこれだった。
蒼い殺戮者は無言で索敵を続けている。生体部品である培養脳にも疲労の概念はあるが、それでも他の参加者に比べればその限度枠は大きい。ことに、まだこの世界では一日そこらしか経過していないのだから、戦闘用に調整された機械歩兵は十分に性能を発揮できる。
その傍に立っていた火乃香が、口を開いた。
「話があるって言ったのは、そっちだったと思うけど?」
言葉を発するどころか、身じろぎすらしないBBに向けて、火乃香は皮肉を飛ばした。
しずく、パイフウ亡きいま、蒼い殺戮者は火乃香にとって、唯一の同郷出身者だ。
だが、それでも仲良く会話するような間柄ではない。言うまでもなく出会いは最悪のものだった。それから何度か一緒に行動する機会を経てある程度関係は修復されたが、それでも昼下がりのカフェテラスでケーキをつつき合うような関係とは程遠い。
火乃香の言葉に、自動歩兵はゆっくりと――それを迷うように、と形容するのはいささか感傷的に過ぎるかもしれないが――頭部を少女へと向けた。
「教えて欲しいことがある」
「なにさ」
「俺の"理由"とはなんだ?」
「……はい?」
唐突で、色々と省略されているらしい自動歩兵の問いかけに、火乃香の目が丸くなる。
自動歩兵にもそれが伝わったのだろう。望む言葉を紡げないもどかしさを滲ませながら、言葉が続く。
「俺は、海野千絵に救われた」
「海野千絵って、さっきの――」
火乃香の脳裏に浮かぶのは、つい先ほど自身諸共に折原臨也を刺し殺した少女の姿だ。
少しだけ驚く。火乃香は元の世界で何でも屋を営んでいた。荒事にはよく通じている。その彼女から見て、海野千絵という少女は、
「あんたを救えるような腕利きには見えなかったけどね。魔法とか使えたの?」
「いや、戦闘力という点で見れば特筆すべきものはなにも持っていなかった。だが――俺が自壊を選ぼうとするのを、止めた」
「何やってんだアンタ!?」
今度こそ目を丸くして、火乃香は大声を上げた。辺境では蒼い殺戮者として名を馳せた最強の自動歩兵が自殺? 笑えない冗談だ。エンポリウムの酒場でそんなことを口にすれば、即座に飲み過ぎか熱射病を疑われて病院に担ぎ込まれるだろう。
だが火乃香はすぐに気づいた。初めに会った時からみて、蒼い殺戮者は大きく変わっている。その切っ掛けはおそらく自分が知っているもので、そしてこのゲームで既に失われた――
「……しずくが、死んだから?」
「俺のハーフウイングは、俺だけの理由は失われた。なら、俺がいる意味もないと――そう判断した」
もともと、蒼い殺戮者は殺すことでしか己を保てなかった。突然変異の培養脳は、高い戦闘力と引き換えに彼の自我を不安定にしたのだ。
そして火乃香と出会い、彼女に二度見逃されたことから彼の価値観が揺らぎ始める。そしてそれと入れ替わるようにして"しずく"という理由が刷り込まれた。
だから、しずくが消えてしまえば、殺戮による自我の安定を図れなくなった彼は自分を保てない。かつてのブルー・ブレイカー二号機のように、自壊を選ぶしかなかった。
火乃香はそんな詳細な事情までは知らなかったが、この自動歩兵がしずくに固執していたのは知っている。
「……意外だね。あんたなら、復讐にでも動き出しそうなもんだけど」
「すでにしずくを殺した犯人は死んでいる。目の前で、最低の殺され方をした。俺はそれを見殺しにした」
「そっか……ごめん、話が逸れたね。ともかく、あんたは千絵って子に助けられたわけだ。それで?」
「千絵は俺に言った。俺にはまだ意味があると。俺にはまだ人を救う衝動があると。では――その意味とは、衝動とはなんだ?」
ようやく、ブルー・ブレイカーの質問の意図を掴む。
(そういや折原があの子を人質にした時、こいつ、柄にもなくでかい声出してたっけ……)
それにしてもなかなかに哲学的な質問だ。火乃香はがしがしと頭を掻いた。自動歩兵、それもよりにもよってこいつ相手に問答をする機会があるとは思わなかった。まあ、以前似たようなことはあった気もするが。
「……なんであたしに聞くわけ?」
「他に適切な人物を思いつかない。元の世界での知り合いはお前だけだ」
「そりゃそうだろうけどさ」
だがこの手の禅問答をするなら、知己の中では自分ではなく浄眼機辺りが最適だろう。ここに居ない相手にどうこう言っても仕方ないが。
火乃香は溜息をついて空を見上げる。何とはなく空気を切り替えたかったからだが、背の高い自動歩兵の頭部が視界にちらつくだけで効果は薄かった。
「分かったよ。それじゃしずくに免じて付き合うけど――あのさ、この島に連れてこられてから、千絵って子と以外に誰かと仲良しになったりした?」
「接触時間だけで言えば、もっとも長く行動を共にしたのは風見・千里という女性だろうが――」
「だが?」
「……既に死んでいる。基準が判断できないが、おそらくお前が言うところの"仲良し"にはなっていないだろう」
「まあ、友達百人作るってタイプじゃないよね、あんたは」
「そして誤解があるようだが、千絵も同じだ。出会ったばかりで、まともに言葉も交わしていなかった」
「そんな子が自殺を止めようとしてくれたの? っていうか、あんたもよく耳を貸したね……」
「動力降下を敢行しようとしたところ、千絵が俺を止める為にビルから飛び降りてな」
「なにそれ!? その子とは、ほとんど見ず知らずの関係だったんでしょ?」
「自身の正義感に従っただけ、とは本人の言だが」
「それがほんとなら、アルティメット正義漢だねぇ……驚かされることばっかりだ」
とはいえ、この自動歩兵が誰かと深い関係を結ぶことは――しずくの件を考えれば絶無とは言わないが、そうそうあることではないだろう。
(じゃあこれってさ――これって要は、すっげぇ単純な話なんじゃないの?)
火乃香は何となく、この自動歩兵が抱えている問題の根が見えた気がした。
「あのさ、あんたしずくのこと、覚えてる? しずくとどんな会話したか、思い出せる?」
「当然だ」
即答。迷うことすらない肯定を返す。
――あたしが生まれてきた理由。それを知るためには――
かつて、出会ったばかりのしずくが口にしていた台詞。彼女もまた、BBと同じように生きるための理由を探していた。
「だったら、やっぱり話は簡単だ」
火乃香は肩をすくめて、目の前の自動歩兵が求めていた答えを口にした。
「あんたの"理由"は、変わってないんだよ――しずくだ」
「……しずくは失われた」
「そうだね。あの子は死んだ。そして、死んだものは生き返ったりしない」
それは、当然の摂理だ。少なくとも、火乃香の世界では。
砂漠を渡る何でも屋にも、テクノス・タブーを消して回る殺戮兵器にも、平等に与えられるルール。死者はやがて熱砂の底に埋もれて消える。
「けどさ、あんたの中からは消えてないだろ? あんたはしずくのことを覚えてる。あんたはきっと、"こんな時、しずくだったらこう言うだろう"って推測ができる。それは……あの子が、確かにあんたの中にいるって証拠だ」
「それは――だが――」
「……甘ったれるなよ、蒼い殺戮者」
言葉に迷った自動歩兵を、火乃香は目線も鋭くにらみつけた。
「人は死ぬ。物は壊れる。時間は流れる。永遠に続くものなんてないんだ。だから、あたしたちは変わって行かなきゃならない。しずくは死んだよ。ああ、殺されたんだろう。それはとても悲しいことだけど、受け入れなきゃいけないんだ。できないなんて言わせないよ、あんたはあたしとミリィから、大切な物を奪ってる。忘れてやしないだろう?」
「……ああ」
「嘘吐け。自殺寸前だった癖に」
ガン、とその名の由来となった空色の装甲に、軽く拳を打ちつける。だから、と言葉を続けた。
「もう忘れんな。あんたがしずくを覚えてる限り、しずくはいなくならないんだから。しずくって子がいた証は、あんたが彼女を想う限り残り続ける。だから――自殺とか、温い道選ぼうとすんなよ、馬鹿」
「……」
蒼い殺戮者は、すぐに応えられなかった。火乃香の言葉を培養脳の中で反芻する。
しずくが、自分の中で生きている。
真水の中に落ちた一滴の染料がじわじわと広がるように、その概念が染み込んでいく。
だが――それですぐに納得できるというものでもない。
引きちぎられた片翼。その"痛み"。そう――蒼い殺戮者は、ザ・サード最高傑作の戦闘用自動歩兵は、この島に来て本当の意味で痛覚を理解した。
その痛みの大きさ、鋭さを忘れることなどできない。その喪失感を、埋めることなどできない。
自分も後を追ってしまいたい。何かに当たり散らしたい。それこそ過去に寄る辺とした殺戮による存在証明さえ、いまの青い殺戮者にとっては甘美な誘惑として映っている。
(……だが)
ブルー・ブレイカーはそれを選ばない。火乃香が言ったのだ。自分に大切な物を奪われた火乃香が。それでもなお、自分のことを斬らなかった火乃香が。
ならば――きっと、彼女の言うことは正しいのだろう。
それを否定することは、火乃香に生かされた我が身の否定であり、そして何より、己が半身の否定にも繋がってしまう。
しずくを無かったことには、したくない。
「……了解した」
そう、少なくとも、今はまだ。
短い返答。それに対して、こちらの逡巡を感じ取っているであろう目の前の少女は、ただ黙って頷くに留めてくれた。
いや。
火乃香は顔を上げると、溜息をついて振り返った。視線の先には、階下に通じる屋上の鉄扉。
蒼い殺戮者のセンサーが異常を告げた。ほんの僅か、扉が内側に開いている。構造から、誰かが力を加え続けない限り扉は自動で閉まる筈だ。
「盗み聞きとは感心しないね――出てきなよ」
火乃香の呼びかけに、存外素直に扉は開いた。
もとより、盗み聞くつもりはなかったのかもしれない。ただ、会話が終わるのを待っていたというだけで。
扉の向こうから現れたのは、隻眼の少女だった。後ろ手に扉を閉めると、その場で所在なさげに立ち尽くしてしまう。
「……あんたは」
思わず、腰に下げた騎士剣を意識する。
僅かに言葉を詰まらせる火乃香に対し、白い髪の少女は開いている方の瞳を忙しなく左右に彷徨わせながら、蚊が鳴くような声量で口火を切った。
「あ、あの……あたし、あなたと話したくて、それで」
「あたしと?」
なんで今更――と続けようとして、火乃香は思いとどまった。この白い髪の少女が目を覚ましたのは、臨也を連れてここに向かおうと出発する際のこと。全員が気を張り詰めていたうえ、彼女が知らない人物が何人もいたのだから、確かに会話などできる状態ではなかったかもしれない。
目覚めた彼女に、自分はなんと声を掛けたのだったか。ほんの数時間前のことだというのに、具体的な内容を思い出せない。アマワのことに関してはヘイズやコミクロンがいくつか質問を重ねていて、それを自分は横で聞いていた筈だが。
フリウ・ハリスコー。目の前の少女の名前を、火乃香は胸中で囁く。
「……ヘイズとコミクロンは?」
蒼い殺戮者と話す間、この少女の見張り役にしていた二人の名前を出す。フリウは困ったような表情を浮かべて、背後のドアを目線で示した。
鉄扉はまだ隙間が開いていた。天宙眼が意を読む。すっかりなじんだ気配がふたつ。
この娘が自分と会話したいと言い出した時、あの二人はどう対処するだろうか――まあ、結果はここにあるわけだが。
しょうがない。火乃香は疑問やその他もろもろの感情を呑みこんで、ドアの前から動こうとしない少女に、顎の動きでこちらに来るよう促した。
あの目つきの悪いコミクロンの同郷に、彼女の責任は自分が取ると言った。ならば、ここは交流を選ぶべきだろう。
「で――何の用? 先に言っておくけどさ、先生のことを謝りたいっていうんなら、いい。許そうと思って許せるものじゃないってのは分かるでしょ?」
言葉に棘が――まあ、それほどは――含まれないよう、なるべく平坦さを意識して火乃香は先制する。
フリウ・ハリスコーの犯した罪のひとつ。パイフウの殺害。
許す、と火乃香は言わなかった。それが相手の心を軽くするのに最適だと理解していても、歩み寄りに必要だったとしても、偽りを口にはしない。
偽りで繕った関係は、長い目で見ればろくなことにはならないと火乃香は知っていたし、単純に彼女の感情がそれを許さないという事情もあった。
そんな、拒絶とも取れる言葉を前にして、フリウ・ハリスコーは。
「……はい。それは、分かっています」
表情を暗くしながらも、逃げ出さない。
フリウもまた分かっている。大切なものを奪われるということの痛みを。分かっていながら、自分はまた、目の前の少女から大切なものを奪ってしまった。許されないのは当然のこと。それでいて、許されなくて当然なのだという思いを開き直りに変えることはしない。その重みを、きっと死ぬまでフリウ・ハリスコーは背負っていくだろう。
隻眼の少女の態度をしばらく見つめて、火乃香は肩をすくめた。
「分かった。それじゃ、何が聞きたいの?」
火乃香の問いに、フリウは改めて胸の内の疑問を口にする。
許されないことは、理解している――フリウがここに来たのは、それとは別に、分からないことを聞く為だった。
「……なんで、あたしを殺さなかったんですか?」
瞬間――
火乃香は騎士剣を抜刀していた。傍らのBBが反応できないほどの速度。銀の切っ先が、閃きすら残さずにフリウの首元に突き付けられている。
「――ここから先は慎重になりなよ。もう一度言うけど、"あたしはあんたを許してない"」
凶器を突き付けられ、フリウは目を見開いた。
けれどそれは、火乃香の行動に怯えたのではなく、単純に剣速に驚いた故の反射だったのだろう。そう――これが自然なのだ。フリウは忠告を無視するように、間を開けずに口を開いた。
「……自制心を身に付けろって、言われたんだ」
眼帯を外し、顕になった白い異形の瞳を曝す。水晶眼。その誕生と同時に魔神を封じ込めた、フリウ・ハリスコーの半身。
「あたしの目の中には、生まれた時から精霊が――あの巨人が入ってた。何もかもを壊しちゃう、そんな精霊。それを、あたしは一声で解き放てる。だから、常に制御しろって、爺ちゃん……本当の爺ちゃんじゃないけどさ。あたしに精霊使いとしての訓練をしてくれた人が、そう言ったの。けれど、」
精霊は、常に御せる。
リス・オニキスの言葉。かつての筆頭軍属精霊使いが口にしたそれは正しいのだろう。
だが、フリウ・ハリスコーは御することができなかった。精霊ではない。己の制御ができなかった。
「その後も、あたしは怒りに任せて精霊を使った。父さんを殺されて、それが許せなくて――報いは、すぐに来たよ。同じように、あたしに奪われた人たちに矢を射かけられた。当然だよね……大切なものを奪ったら、許されることなんてないんだ」
フリウは目を閉じ、瞬きと呼ぶには少しだけ長い時間を掛けてから再度、開いた。剣を突き付けてくる、バンダナを巻いた少女。目の前の人物をきちんと認識してから、言葉を続ける。
「そして――あたしは、この島でも同じことをした。あなたの大切な人を、奪った」
「……」
「あの時……今と同じように、あなたに剣を突き付けられた時さ。あたしはこのまま殺されると思ったんだ。意識が保てなくなった時は、きっと首を切られたんだって思った。だって、それが当然だもの」
だから、再び目を覚ました時、フリウ・ハリスコーの胸中を満たしたのは疑問だった。
目の前のこの人は、どうして自分を殺さなかったのか。
契約に守られているわけでもない。両腕すら折れていた、ろくに身動きもできない自分を殺さず――あまつさえ、腕を治療し同行させた。
両腕に鈍痛は残っているし、満足に動かないが(腕を治療したという白衣の男性は、元通り動くようになるかは経過を見る必要があると言っていた)、殺し合った相手に対する行いだとは思えない。
だから、フリウは彼女に訊ねようと思ったのだ。
「分からないの。ねえ、何であたしを殺さなかったの?」
再度の問いかけに――
火乃香は馬鹿らしくなったように、騎士剣を力なく降ろした。
「そんなの――決まってるだろ」
認めよう。自分は心のどこかで、このフリウという少女が悪党、狂人――何でもいいが、とにかく害あるものであって欲しいと望んでいた。
彼女を同行させるとオーフェンを説得した時。自分は『いざとなれば彼女を殺せる』と彼に告げていたが。
なんて欺瞞だ。それは秘めたる本心と似ているようで、ほぼ真逆といっていいような誤魔化しだった
誤解を恐れずにいうのなら、火乃香はフリウを殺したいと願っている。
そう、『願っている』。思っている、のではない。自分の意志ではなく、もっとどうしようもない大きな力と大義名分で彼女を殺さざるを得ない状況が発生するのを待っていた。オーフェンが彼女の目に見た憎悪は、錯覚ではない。同行させたのも、その為。あの時の卑怯は、まだ続いていたのだ。
だから、火乃香はフリウが目を覚ました後も、彼女とのコミュニケーションを無意識に避けていた。
だが――こうして、改めて話してみて分かった。
フリウ・ハリスコーはただの小娘に過ぎない。
だから癇癪も起こす。生まれつきの体質のせいで、その被害が桁違いというだけで。
火乃香に、ただの小娘は斬れない。故に、どうして殺さなかったのか、と問われればこう答えるしかない。
「――あたしが、あたしだからだ」
「……あなたは、人を殺せない人ということ?」
「経験はあるよ。必要なら、斬ることも躊躇わない。けど――あんたにはその"必要"がない。あんたが、自分の行いを正しくないと思えている限りは」
「けどあたしは、あなたの大切な人を――」
「例えばさ」
フリウの追及を強引に打ち切って、火乃香は傍らに佇んでいる蒼色の装甲を軽くノックした。
「こいつは昔、あたしが世話になってたおやっさんを殺してる」
「……」
「最初は、斬ってやろうと思ったよ――できる機会も何度かあった。斬らなかったけどね。いまとなっちゃ、その選択は間違ってなかったと思ってる」
蒼い殺戮者は変わった。その変化は、しずくという縁を運んできた。火乃香自身、この自動歩兵に命を救われたこともある。
「フリウ。あんたもこいつと同じさ。確かにあんたは先生を殺した。力と釣り合う自制心を持っていないんだろう――でもさ、この先どうなるかは分からないじゃないか」
「分からない……」
火乃香の言葉を、己の口の中で繰り返すフリウ。だが、すぐに首を横に振った。
「そう、分からない。もしかしたら、あたしは永遠にそれを手に入れられないかもしれない」
「そうだね。あんたは将来、絶対に立派な人物になる、なんて保障をあたしはしてやれない。出会って半日も経ってないしさ」
「あなたは、そんな不確実な理由であたしを殺さないの?」
「不確実な理由じゃ殺せないだけさ。それがあたしって人間なんだ……それにいまここであんたを斬ったら、こいつを斬らなかった過去のあたしが嘘になる」
蒼い自動歩兵を指し示しながら、火乃香は自分に言い聞かせるように後半を呟いた。
フリウは僅かに目を見開いた。信じがたいようなものを見る目。石蹴りをして遊んでいたら、それが貴石であることに気づいたような、そんな驚愕を含んだ視線。
「あなたは――」
言葉を練ろうとして、フリウは失敗した。曖昧なまま、それを出力する。
「……あなたは、"それ"を信じられる人なんだね」
「それ? どれ?」
訝しむように火乃香が聞き返す。だが、フリウは答え直すことをしなかった。代わりに、告げる。
「きっと、あなたみたいな人なら、アマワと戦えると思う」
「そりゃ、もちろん戦うつもりだよ」
騎士剣を掲げてみせる火乃香に、フリウは違うの、と首を振って見せた。
「戦い方を考えないといけないの。覚えておいて。アマワには独りじゃ勝てない。けれど同時に、あいつは必ず一人にしか問いかけない……」
「……絶対に勝てる戦いしかしないってこと?」
「そう、あいつは卑怯者だから。だから――覚えておいて。忘れず、信じることだけがアマワに対して有効な力になる」
ここ一番の真剣さを帯びるフリウの言葉を、火乃香は素直に受け取った。パイフウを殺したこの少女に対する嫌悪感はいまだ胸の底にある。まだ、許せてはいない。けれど、いつか許せる日が来るのかもしれない。理解し合う日だって、こないとは限らない。
だから今は、わだかまりなく頷き、同じだけの真剣さを返した。
「分かった。あんたの言葉を、あたしは忘れない」
「ありがとう……ございます」
「いいよ、もう敬語は。あんたも途中から素で話してたじゃん」
さて、と火乃香は場の空気を切り替えるように辺りを見回した。BB。フリウ。扉の向こうのヘイズとコミクロン。
佐山たちと組んで吸血鬼を倒し、返す刃で未知の精霊を倒す。途方もない道程を、だが火乃香はこの瞬間、少なくともこの瞬間だけは歩みきれると確信できた。
「ああ、待ってろよ……ここまでいいようにされたんだ。落とし前は必ずつけさせてもらう」
「うむ。落とし前は大切だ。後日、慰謝料を請求される恐怖から解放される。問題は弁護士の存在が必要不可欠だというのに、その弁護士に払う費用が馬鹿にならんってことだぁな」
「……」
「だが金を払わされる屈辱を味わうくらいなら、素直に金を払う方がいいと人生は教えてくれるわけだ。強制に屈したのではなく、これは自分の意思で払ったんだと言い訳できるからな」
唐突に出てきた青い人虫を、火乃香は横目でじっとりと力なく睨んだ。
「……ねえ、フリウ。もともとあんたの連れだったんでしょ? こいつ、なんか黙らせる手段とかないの?」
「無理だよ……スィリーだもん」
疲れた顔で互いを見やる二人の少女の、最初の共通理解がこれだった。
◇◇◇
カーラが佐山たちに提示した取引内容は、ごく単純なものだった。
彼女は刻印の解除を行い、佐山たちは黒幕に挑む為の戦力を提供する。
表面上だけ見れば、これは公平な交換条件に見えるかもしれない。あるいは、佐山たちの側にとって破格の。
――だが、事実はそうではない。
カーラの目的や凶行は、終やダナティアからベルガーを経て通じ、すでに明らかなものとなっている。二名の洗脳。オドー大佐の殺害。夜会にて詠子が見透かした"悪神祭祀"としての有り方。
全竜交渉部隊すら己が目的の為には邪魔と言ってのけた彼女の思惑を、佐山は理解していた。
だが、それでもなお刻印の解除という手段は魅力的だ。だから、カーラという毒瓶を飲みこんだ。たとえ、その瓶がいつ割れるともしれず、飛散した硝子片が予想のつかない被害を出す可能性があったとしても。
「そういう風に、理解していたのだけれど」
カーラが、それこそ毒を含むような微笑を口元に浮かべて呟く。
マンション1階のロビー。彼女の確認するような言葉に、設置されていたソファーに座るカーラ――あるいは福沢祐巳の肉体を見つめながら、佐山は頷いて見せた。
「概ね間違ってはいないね。我々は交渉の末、こうして協力体制を取っているのだから」
「では、さっきの言葉をもう一度言って貰ってもいい?」
「お安い御用だとも」
ファミレスの店員が注文を復唱するような気軽さで、佐山はここに足を運んで開口一番に発した台詞を繰り返した。
「我々の取引を白紙に戻そう、ミス・カーラ」
「……正気?」
「私は常に正気だとも。元の世界では頭がクリアでない時がないと絶賛されていた」
どうやら聞き間違えではないらしい。
カーラは笑みの形を保ったまま、胸中で二つの感情を浮かべた。疑念と警戒。
ここまでの展開は、ほぼ自分の思い通りの流れだった。"英雄"を造り上げ、黒幕を倒し、その後に異世界(フォーセリア)へ干渉可能な者達を始末する。己が世界は"灰色"に保たれる。
その為に、刻印の解除法というこの舞台の上では最上級の取引道具を用意した。もっとも、入手した経緯はほとんど偶然だったが。
だが努力の結果にせよ単なる幸運にせよ、自分の手の中にそれがあるのは事実。さらに言えば、それはいまのところ、自分しか持っていないカードであり、不死身の吸血鬼の出現によって価値は爆発的につり上り始めていた。
故にこちらの優位は、絶対。そう思っていたのだが――
(なにかが……変わった? もともと尊大な態度だったけど、なにか、タガが外れているような……)
その訝しみを表には出さずに、カーラは余裕の態度をとり続けた。交渉に際し、外面を取り繕うのは当然のこと。ロードスの歴史の裏で暗躍を続けてきた魔女の胆力は並ではない。
「そう……そちらがそう言うのなら、ここで袂を分かつことに異論はないけれど。理由を教えて貰ってもいいかしら?」
「ふむ。いやなに、簡単な話でね?」
1+1が2になることを説明するような、そんな気負わない口調で佐山は、
「黒幕を倒した後、君は私を始めとする"異世界への干渉技術"を持つ参加者を皆殺しにかかるだろう?」
なんて、突いてはいけない筈の藪に対し、全力で蹴りを入れた。
(本当に……何なの?)
協定、特に軍事的な同盟の類というのものは、何も相手と真に友好を結ぶためだけに結ばれるものではない。むしろ最終的に結んだ相手を倒すことを視野に入れているケースは珍しくなかった。
カーラも、佐山が"そのつもり"であると認識していた。ロードスへ干渉し得る者への対処も、そしてこの福沢祐巳の肉体を支配していることも、彼らにとっては好ましくないものだろう。
だが佐山はそれに目を瞑った。まずは手を組み、この状況を乗り切った後で解決するという腹積もりなのだと、カーラは読んだ。反対にカーラがその状況を全て解決させまいと動くことを、佐山の側も予想していただろう。互いが互いの腹の底を読み合い、その前提で表向きは手を取り合う――考えを見透かしていることなどおくびにも出さずに。
だが協定を破棄し、そして触れぬことを暗黙の了解としていたカーラの思惑を堂々と指摘する。それは、冗談抜きに協定を放棄しようとしていることを意味していた。
(……殺す?)
口元に浮かべた微笑の裏で、カーラは使用する呪文の候補をいくつか頭の中でリストアップする。
佐山を殺し、この集団を乗っ取ることができるか――おそらく、不可能ではない。元の世界でも佐山の仲間であったらしい出雲や、竜堂終/ダナティアから直接自分について聞いているであろうベルガーは難しいかもしれないが、残りのメンバーは刻印の解除を交換条件にできる。
問題は、あの吸血鬼への対抗策が他でもない、佐山・御言という人間を欠いてしまっては実行できないという点にあった。
美姫は、おそらく神野陰之に勝るとも劣らない怪物だろう。『策』抜きに火乃香たちをぶつけ、よしんば勝てたとしても、続けて『受肉した神の片鱗』を相手に出来る余力が残るとは思えない。また、自分の――サークレットの支配力に制限が課せられている可能性がある以上、この体を殺させて美姫を支配するというのは確実性に欠ける。
自分はエースを持っているが、佐山もまたジョーカーに対するスペードの3を持っているのだ。
強行手段を諦めて、カーラは別の手管を用いることにした。
「……確かに、私達それぞれの思惑は同道できないものでしょう。貴方の『策』なら、例の吸血鬼に対抗もできる。これも認めましょう」
実際に、佐山の提案した対処法は理に適っていた。おそらく、現状で用意できる最善手。
「けれど、その後は? 『枷を解き放つ』ことは出来るのかしら? 首輪をつけたままでは、神野陰之とは戦うことすらできない」
確かな闘争の意志と共に無名の庵に立っただけで、神野は刻印を発動し、参加者は成す術なく果てるだろう。
「24時間以内に別の『鍵』を手に入れられるかは、現状では分の悪い賭け。他の人達は、果たして賛同するかしら?」
「まずひとつ、前提が間違っていると指摘しよう」
佐山はそう言って、スーツの腕をまくりあげ、刻印を外気に晒した。指で気味の悪い刺青のようなそれを弾きながら、告げる。
「別の『鍵』を手に入れる必要はない。既に持っているからね」
(……ブラフ? いえ、私に"嘘"が通じないことは知っている筈。ならば、火乃香たちのグループが刻印の解除式を完成させた?)
それこそ否だ。彼らのメモを目にする機会のあったカーラには分かる。少なくとも、彼らは先ほど自分と会うまで異言語理解の構造に気づいていなかった。この短時間で、それに対応した式を創り出しているとは考え辛い。
「その式を精査させて貰っても?」
「精査もなにも」
大仰な素振りで佐山は頭を振った。
「『鍵』を持っているのは君だろう?」
「……私から、奪うと?」
だとしたら、非常に短絡的な考えだと言わざるを得ない。
既にカーラは刻印を解除している。この肉体のポテンシャルと合わせれば、この場で佐山を完全に抑え込むことは容易い。そうでなくとも<瞬間移動>で禁止エリアに逃げ込めばどうとでもなる。
剣呑な気配を発し始めたカーラに、だが佐山はやれやれと溜息をついて見せた。
「なんとも非常に短絡的な考えだね……」
「……」
カーラは口元の形を崩さぬまま、しかしゆっくりと自分の額を指先で撫でた。青筋のひとつでも浮いていないかと心配になったのだ。
そんなカーラの様子に気づいてか気づかずか、佐山は滔々と言葉を語った。
「平和主義者の私から教えて差し上げよう、ミス・カーラ。私は協定を"白紙に戻す"と言ったのだ。"袂を分かつ"ではない」
「新たな盟約を結び直す、と? それは――」
――無理でしょう、とカーラは口にしかけた言葉を飲み込む。
先に佐山から指摘された、自身の"悪行"――それを踏まえた上で、新たな交渉をまとめるとこの男は言っている。
だが、カーラにとって火乃香を始めとした危険人物の抹殺は至上の命題だ。この体を手放すつもりもない。その条件を佐山が黙認しない以上、自分も協力するつもりは無かった。
「君は、自身の世界が異世界から干渉されることを防ぎたい。さらに、その為には憑代となる肉体が必要だ。だからその哀れな少女を手放すつもりもない。そうだね?」
「ええ、その通り。私にとって譲れない一線。そして、貴方にとっては飲めない条件でしょう?」
ならば、この会話はただ無駄に時間を浪費しているだけではないか。
言葉の裏にそんな皮肉を込めたカーラに、しかし佐山は何ということもないように頷いた。
「いいや? その条件は全て飲もうではないか」
さしものカーラといえども、表情を保つことは難しかった。
片眉を撥ね上げ、佐山の表情を注視する。得意げでも、こちらを油断させる為の笑顔を浮かべるでもない。本当になんでもないというような、常の貌。
ブラフでは、ない。だが、
「それは結局、前の約定と何も変わらないのではないかしら? 私の悪行に目を瞑る、ということでしょう」
「目を瞑る、か。それは愚かな行為だね。私の両目は常に全開だとも。無知を克服し、前に進んで行くために」
カーラからの条件を呑み、なおかつ佐山もまた己を通すと。そう、告げた。
「私の様な一流のネゴシエーターは双方が望む、よりよい未来を提供できる。刻むが良い、悪神祭祀――佐山の姓は、この世界においてもその役割を果たすものだと」
彼女は刻印の解除を行い、佐山たちは黒幕に挑む為の戦力を提供する。
表面上だけ見れば、これは公平な交換条件に見えるかもしれない。あるいは、佐山たちの側にとって破格の。
――だが、事実はそうではない。
カーラの目的や凶行は、終やダナティアからベルガーを経て通じ、すでに明らかなものとなっている。二名の洗脳。オドー大佐の殺害。夜会にて詠子が見透かした"悪神祭祀"としての有り方。
全竜交渉部隊すら己が目的の為には邪魔と言ってのけた彼女の思惑を、佐山は理解していた。
だが、それでもなお刻印の解除という手段は魅力的だ。だから、カーラという毒瓶を飲みこんだ。たとえ、その瓶がいつ割れるともしれず、飛散した硝子片が予想のつかない被害を出す可能性があったとしても。
「そういう風に、理解していたのだけれど」
カーラが、それこそ毒を含むような微笑を口元に浮かべて呟く。
マンション1階のロビー。彼女の確認するような言葉に、設置されていたソファーに座るカーラ――あるいは福沢祐巳の肉体を見つめながら、佐山は頷いて見せた。
「概ね間違ってはいないね。我々は交渉の末、こうして協力体制を取っているのだから」
「では、さっきの言葉をもう一度言って貰ってもいい?」
「お安い御用だとも」
ファミレスの店員が注文を復唱するような気軽さで、佐山はここに足を運んで開口一番に発した台詞を繰り返した。
「我々の取引を白紙に戻そう、ミス・カーラ」
「……正気?」
「私は常に正気だとも。元の世界では頭がクリアでない時がないと絶賛されていた」
どうやら聞き間違えではないらしい。
カーラは笑みの形を保ったまま、胸中で二つの感情を浮かべた。疑念と警戒。
ここまでの展開は、ほぼ自分の思い通りの流れだった。"英雄"を造り上げ、黒幕を倒し、その後に異世界(フォーセリア)へ干渉可能な者達を始末する。己が世界は"灰色"に保たれる。
その為に、刻印の解除法というこの舞台の上では最上級の取引道具を用意した。もっとも、入手した経緯はほとんど偶然だったが。
だが努力の結果にせよ単なる幸運にせよ、自分の手の中にそれがあるのは事実。さらに言えば、それはいまのところ、自分しか持っていないカードであり、不死身の吸血鬼の出現によって価値は爆発的につり上り始めていた。
故にこちらの優位は、絶対。そう思っていたのだが――
(なにかが……変わった? もともと尊大な態度だったけど、なにか、タガが外れているような……)
その訝しみを表には出さずに、カーラは余裕の態度をとり続けた。交渉に際し、外面を取り繕うのは当然のこと。ロードスの歴史の裏で暗躍を続けてきた魔女の胆力は並ではない。
「そう……そちらがそう言うのなら、ここで袂を分かつことに異論はないけれど。理由を教えて貰ってもいいかしら?」
「ふむ。いやなに、簡単な話でね?」
1+1が2になることを説明するような、そんな気負わない口調で佐山は、
「黒幕を倒した後、君は私を始めとする"異世界への干渉技術"を持つ参加者を皆殺しにかかるだろう?」
なんて、突いてはいけない筈の藪に対し、全力で蹴りを入れた。
(本当に……何なの?)
協定、特に軍事的な同盟の類というのものは、何も相手と真に友好を結ぶためだけに結ばれるものではない。むしろ最終的に結んだ相手を倒すことを視野に入れているケースは珍しくなかった。
カーラも、佐山が"そのつもり"であると認識していた。ロードスへ干渉し得る者への対処も、そしてこの福沢祐巳の肉体を支配していることも、彼らにとっては好ましくないものだろう。
だが佐山はそれに目を瞑った。まずは手を組み、この状況を乗り切った後で解決するという腹積もりなのだと、カーラは読んだ。反対にカーラがその状況を全て解決させまいと動くことを、佐山の側も予想していただろう。互いが互いの腹の底を読み合い、その前提で表向きは手を取り合う――考えを見透かしていることなどおくびにも出さずに。
だが協定を破棄し、そして触れぬことを暗黙の了解としていたカーラの思惑を堂々と指摘する。それは、冗談抜きに協定を放棄しようとしていることを意味していた。
(……殺す?)
口元に浮かべた微笑の裏で、カーラは使用する呪文の候補をいくつか頭の中でリストアップする。
佐山を殺し、この集団を乗っ取ることができるか――おそらく、不可能ではない。元の世界でも佐山の仲間であったらしい出雲や、竜堂終/ダナティアから直接自分について聞いているであろうベルガーは難しいかもしれないが、残りのメンバーは刻印の解除を交換条件にできる。
問題は、あの吸血鬼への対抗策が他でもない、佐山・御言という人間を欠いてしまっては実行できないという点にあった。
美姫は、おそらく神野陰之に勝るとも劣らない怪物だろう。『策』抜きに火乃香たちをぶつけ、よしんば勝てたとしても、続けて『受肉した神の片鱗』を相手に出来る余力が残るとは思えない。また、自分の――サークレットの支配力に制限が課せられている可能性がある以上、この体を殺させて美姫を支配するというのは確実性に欠ける。
自分はエースを持っているが、佐山もまたジョーカーに対するスペードの3を持っているのだ。
強行手段を諦めて、カーラは別の手管を用いることにした。
「……確かに、私達それぞれの思惑は同道できないものでしょう。貴方の『策』なら、例の吸血鬼に対抗もできる。これも認めましょう」
実際に、佐山の提案した対処法は理に適っていた。おそらく、現状で用意できる最善手。
「けれど、その後は? 『枷を解き放つ』ことは出来るのかしら? 首輪をつけたままでは、神野陰之とは戦うことすらできない」
確かな闘争の意志と共に無名の庵に立っただけで、神野は刻印を発動し、参加者は成す術なく果てるだろう。
「24時間以内に別の『鍵』を手に入れられるかは、現状では分の悪い賭け。他の人達は、果たして賛同するかしら?」
「まずひとつ、前提が間違っていると指摘しよう」
佐山はそう言って、スーツの腕をまくりあげ、刻印を外気に晒した。指で気味の悪い刺青のようなそれを弾きながら、告げる。
「別の『鍵』を手に入れる必要はない。既に持っているからね」
(……ブラフ? いえ、私に"嘘"が通じないことは知っている筈。ならば、火乃香たちのグループが刻印の解除式を完成させた?)
それこそ否だ。彼らのメモを目にする機会のあったカーラには分かる。少なくとも、彼らは先ほど自分と会うまで異言語理解の構造に気づいていなかった。この短時間で、それに対応した式を創り出しているとは考え辛い。
「その式を精査させて貰っても?」
「精査もなにも」
大仰な素振りで佐山は頭を振った。
「『鍵』を持っているのは君だろう?」
「……私から、奪うと?」
だとしたら、非常に短絡的な考えだと言わざるを得ない。
既にカーラは刻印を解除している。この肉体のポテンシャルと合わせれば、この場で佐山を完全に抑え込むことは容易い。そうでなくとも<瞬間移動>で禁止エリアに逃げ込めばどうとでもなる。
剣呑な気配を発し始めたカーラに、だが佐山はやれやれと溜息をついて見せた。
「なんとも非常に短絡的な考えだね……」
「……」
カーラは口元の形を崩さぬまま、しかしゆっくりと自分の額を指先で撫でた。青筋のひとつでも浮いていないかと心配になったのだ。
そんなカーラの様子に気づいてか気づかずか、佐山は滔々と言葉を語った。
「平和主義者の私から教えて差し上げよう、ミス・カーラ。私は協定を"白紙に戻す"と言ったのだ。"袂を分かつ"ではない」
「新たな盟約を結び直す、と? それは――」
――無理でしょう、とカーラは口にしかけた言葉を飲み込む。
先に佐山から指摘された、自身の"悪行"――それを踏まえた上で、新たな交渉をまとめるとこの男は言っている。
だが、カーラにとって火乃香を始めとした危険人物の抹殺は至上の命題だ。この体を手放すつもりもない。その条件を佐山が黙認しない以上、自分も協力するつもりは無かった。
「君は、自身の世界が異世界から干渉されることを防ぎたい。さらに、その為には憑代となる肉体が必要だ。だからその哀れな少女を手放すつもりもない。そうだね?」
「ええ、その通り。私にとって譲れない一線。そして、貴方にとっては飲めない条件でしょう?」
ならば、この会話はただ無駄に時間を浪費しているだけではないか。
言葉の裏にそんな皮肉を込めたカーラに、しかし佐山は何ということもないように頷いた。
「いいや? その条件は全て飲もうではないか」
さしものカーラといえども、表情を保つことは難しかった。
片眉を撥ね上げ、佐山の表情を注視する。得意げでも、こちらを油断させる為の笑顔を浮かべるでもない。本当になんでもないというような、常の貌。
ブラフでは、ない。だが、
「それは結局、前の約定と何も変わらないのではないかしら? 私の悪行に目を瞑る、ということでしょう」
「目を瞑る、か。それは愚かな行為だね。私の両目は常に全開だとも。無知を克服し、前に進んで行くために」
カーラからの条件を呑み、なおかつ佐山もまた己を通すと。そう、告げた。
「私の様な一流のネゴシエーターは双方が望む、よりよい未来を提供できる。刻むが良い、悪神祭祀――佐山の姓は、この世界においてもその役割を果たすものだと」
◇◇◇
――そして、同盟は成った。
◇◇◇
「いや、端折り過ぎじゃねえ?」
空を行く蒼い殺戮者の腕の中で零崎人識は呟いた。相変わらず乗り心地は最悪だ。夜空を切り裂く際に生まれる風は、ずぶ濡れの服と合わせて体温を容赦なく奪い去っていくし、隣では凶器満載のバックパックが揺れている。
BBからの最低限の説明。ムキチからのふんわりとした補足。共に、ここ数時間の状況の変化を、人識の冷え切った脳に馴染ませるには不十分だった。
「詳細は戻ってから佐山にでも聞け。戻ればすぐに例の吸血鬼に対する作戦が開始される予定だが、そのくらいの時間はあるだろう」
対して、蒼い殺戮者からの返答はにべもない。人識は溜息をつく。温かみが欲しい。心情的にも、物理的にも。
「あー、つまり、だ。あの見た目エロい吸血鬼が暴走して、それで同盟を組んで、合流すりゃ脱出の目がある。そう理解してOK?」
「てすためんと」
「了解ってことで良かったよなそれ? なら、もうしばらく佐山に付き合ってやるのはやぶさかじゃねえけども」
ムキチの肯定らしい言葉に応じながら、改めて上空からの景色を眺める。夜。島は黒々とした影を晒しているが、一か所だけ場違いに光を発していた。マンション一棟が燃え盛っているのだから当然だが。
目的地を確認して、人識は僅かに首を捻る。
「ところでミスターロボットはもっと早く飛べねえの? 風邪ひきそうなんだが」
「蒼い殺戮者(ブルー・ブレイカー)と呼べ……想定外の荷重を抱えている」
機械仕掛けの声は、どこまでも冷たい。
「速度を上げることは可能だが、安全は保障できない。バックパックの中身が刺さるか、衝撃波で肉体が砕け散るか――咄嗟に回避運動を行えば、運動ベクトルを制御できず墜落する可能性もある」
「回避運動ねえ。こんな空飛んでる相手に、一体誰が攻撃できるっていうんだか」
零崎がそう呟いた、次の瞬間。
遥か下方。視界に流れゆく森の中で、白の影が蠢いた。
空を行く蒼い殺戮者の腕の中で零崎人識は呟いた。相変わらず乗り心地は最悪だ。夜空を切り裂く際に生まれる風は、ずぶ濡れの服と合わせて体温を容赦なく奪い去っていくし、隣では凶器満載のバックパックが揺れている。
BBからの最低限の説明。ムキチからのふんわりとした補足。共に、ここ数時間の状況の変化を、人識の冷え切った脳に馴染ませるには不十分だった。
「詳細は戻ってから佐山にでも聞け。戻ればすぐに例の吸血鬼に対する作戦が開始される予定だが、そのくらいの時間はあるだろう」
対して、蒼い殺戮者からの返答はにべもない。人識は溜息をつく。温かみが欲しい。心情的にも、物理的にも。
「あー、つまり、だ。あの見た目エロい吸血鬼が暴走して、それで同盟を組んで、合流すりゃ脱出の目がある。そう理解してOK?」
「てすためんと」
「了解ってことで良かったよなそれ? なら、もうしばらく佐山に付き合ってやるのはやぶさかじゃねえけども」
ムキチの肯定らしい言葉に応じながら、改めて上空からの景色を眺める。夜。島は黒々とした影を晒しているが、一か所だけ場違いに光を発していた。マンション一棟が燃え盛っているのだから当然だが。
目的地を確認して、人識は僅かに首を捻る。
「ところでミスターロボットはもっと早く飛べねえの? 風邪ひきそうなんだが」
「蒼い殺戮者(ブルー・ブレイカー)と呼べ……想定外の荷重を抱えている」
機械仕掛けの声は、どこまでも冷たい。
「速度を上げることは可能だが、安全は保障できない。バックパックの中身が刺さるか、衝撃波で肉体が砕け散るか――咄嗟に回避運動を行えば、運動ベクトルを制御できず墜落する可能性もある」
「回避運動ねえ。こんな空飛んでる相手に、一体誰が攻撃できるっていうんだか」
零崎がそう呟いた、次の瞬間。
遥か下方。視界に流れゆく森の中で、白の影が蠢いた。
【E-2/上空/2日目・04:30頃】
【 蒼い殺戮者 (ブルー・ブレイカー)】
[状態]:精神的にやや不安定/少々の弾痕はあるが、今のところ身体機能に異常はない
[装備]: PSG-1(残弾15、ただし弾倉内は空)、ムキチin木の棒
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)、回収した大量の物資
[思考]:1.マンションへ帰還する/火乃香と接触する
【零崎人識】
[状態]:BBに運搬されている。全身に大火傷。カプセルの効果で精神高揚中。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分。一部が濡れているおそれあり)
砥石、小説「人間失格」(一度落として汚れた。水浸し)
[思考]:1.寒い/2.気まぐれで佐山に協力。参加者はなるべく殺さないよう努力する。
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。カプセルを服用しましたが、悪魔は呼べませんでした
[状態]:精神的にやや不安定/少々の弾痕はあるが、今のところ身体機能に異常はない
[装備]: PSG-1(残弾15、ただし弾倉内は空)、ムキチin木の棒
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)、回収した大量の物資
[思考]:1.マンションへ帰還する/火乃香と接触する
【零崎人識】
[状態]:BBに運搬されている。全身に大火傷。カプセルの効果で精神高揚中。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分。一部が濡れているおそれあり)
砥石、小説「人間失格」(一度落として汚れた。水浸し)
[思考]:1.寒い/2.気まぐれで佐山に協力。参加者はなるべく殺さないよう努力する。
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。カプセルを服用しましたが、悪魔は呼べませんでした
【C-6/マンション内/2日目・02:00頃】
【十叶詠子】
[状態]:平常
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片、木竜ムキチの割り箸(疲労回復効果発揮中)
[道具]:新デイパック(パン4食分、水600ml、魔女の短剣アセイミ)
[思考]:証明の解について考察
[備考]:ムキチの効果で感染症は治癒しました
[状態]:平常
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片、木竜ムキチの割り箸(疲労回復効果発揮中)
[道具]:新デイパック(パン4食分、水600ml、魔女の短剣アセイミ)
[思考]:証明の解について考察
[備考]:ムキチの効果で感染症は治癒しました
【C-6/マンション屋上/2日目・02:00頃】
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創(止血済) 倦怠感
[装備]:エロ本5冊
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1300ml)/炭化銃/うまか棒50本セット
[思考]:1.佐山と共に脱出を目指す
[状態]:左腕に銃創(止血済) 倦怠感
[装備]:エロ本5冊
[道具]:支給品一式(パン3食分・水1300ml)/炭化銃/うまか棒50本セット
[思考]:1.佐山と共に脱出を目指す
【C-6/マンションロビー/2日目・02:00頃】
【佐山・御言】
[状態]:左掌に貫通傷(物が強く握れない)。服がぼろぼろ。
[装備]:閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1400ml)
PSG-1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図
[思考]:1.悪役として本気を振るう/2.集団を結成して美姫への対抗手段とする/3.参加者すべてを団結させ、この場から脱出する。
[備考]:新庄を要因とする狭心症を克服しました
[状態]:左掌に貫通傷(物が強く握れない)。服がぼろぼろ。
[装備]:閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1400ml)
PSG-1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図
[思考]:1.悪役として本気を振るう/2.集団を結成して美姫への対抗手段とする/3.参加者すべてを団結させ、この場から脱出する。
[備考]:新庄を要因とする狭心症を克服しました
【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]:食鬼人化
[装備]:サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド 魂砕き
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
腕付の刻印×4(ウェーバー、鳳月、緑麗、ピロテース)
解除済み腕付の刻印×1(三塚井ドクロ)
[思考]:1.フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
(現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品を捜索・確保する。
2.解除済みの刻印を解析する。
[備考]:黒幕の存在を知る。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っているが特に調べてはいない。刻印の形状を調べました。
[状態]:食鬼人化
[装備]:サークレット、貫頭衣姿、魔法のワンド 魂砕き
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
腕付の刻印×4(ウェーバー、鳳月、緑麗、ピロテース)
解除済み腕付の刻印×1(三塚井ドクロ)
[思考]:1.フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立て、
(現在の目標:火乃香、黒幕『神野陰之』)
そのために必要な人員(十叶詠子 他)、物品を捜索・確保する。
2.解除済みの刻印を解析する。
[備考]:黒幕の存在を知る。刻印に盗聴機能があるらしいことは知っているが特に調べてはいない。刻印の形状を調べました。
【C-6/マンション屋上(別棟)/2日目・02:00頃】
【火乃香】
[状態]:やや消耗。軽傷。
[装備]:騎士剣・陰 (損傷不明)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1200ml)
[思考]:1.アマワを倒して脱出する/2.佐山たちと情報交換がしたい
[備考]:『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
[状態]:やや消耗。軽傷。
[装備]:騎士剣・陰 (損傷不明)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1200ml)
[思考]:1.アマワを倒して脱出する/2.佐山たちと情報交換がしたい
[備考]:『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
【 蒼い殺戮者 (ブルー・ブレイカー)】
[状態]:精神的にやや不安定/少々の弾痕はあるが、今のところ身体機能に異常はない
[装備]: 梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)/弾薬セット
[思考]:1.しずくの為にいまは生きる
[状態]:精神的にやや不安定/少々の弾痕はあるが、今のところ身体機能に異常はない
[装備]: 梳牙
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)/弾薬セット
[思考]:1.しずくの為にいまは生きる
【フリウ・ハリスコー】
[状態]:全身血塗れ。全身打撲。
[装備]:水晶眼(眼帯なし)、右腕と胸部に包帯 スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、缶詰などの食糧
[思考]:1.アマワを倒す
[備考]:アマワの存在を知覚しました。アマワが黒幕だと知りました。
ウルトプライドが再生するまで約半日かかります。
[状態]:全身血塗れ。全身打撲。
[装備]:水晶眼(眼帯なし)、右腕と胸部に包帯 スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、缶詰などの食糧
[思考]:1.アマワを倒す
[備考]:アマワの存在を知覚しました。アマワが黒幕だと知りました。
ウルトプライドが再生するまで約半日かかります。
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:疲労。 軽傷。
[装備]: デイパック(支給品一式・パン5食分・水900ml)
船長室で見つけた積み荷の目録
[道具]:有機コード、
[思考]:1.アマワを倒し脱出する/2.佐山たちと情報交換がしたい
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
[状態]:疲労。 軽傷。
[装備]: デイパック(支給品一式・パン5食分・水900ml)
船長室で見つけた積み荷の目録
[道具]:有機コード、
[思考]:1.アマワを倒し脱出する/2.佐山たちと情報交換がしたい
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
【コミクロン】
[状態]:疲労。軽傷。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水800ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:1.アマワを倒し脱出する/2.佐山たちと情報交換がしたい
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
[状態]:疲労。軽傷。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水800ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:1.アマワを倒し脱出する/2.佐山たちと情報交換がしたい
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
【C-6/マンション周辺/2日目・02:00頃】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:不死化(不完全)
[装備]:PSG-1(残弾20)、鈍ら刀
[道具]:黒い卵・改、単二式精燃槽 (フロギストンタンク)三つ、不死の酒(ごく少量)、拡声器
[思考]:1.ダナティアの意思を継ぎ、ゲームから脱出する
[備考]:黒い卵・改は本来の効果を失っています。
現在の効果は『望めば一度だけ無名の庵にいる神野陰之の許にまで転移する(限定一人のみ)』です。
第四回放送をきいていません。
[状態]:不死化(不完全)
[装備]:PSG-1(残弾20)、鈍ら刀
[道具]:黒い卵・改、単二式精燃槽 (フロギストンタンク)三つ、不死の酒(ごく少量)、拡声器
[思考]:1.ダナティアの意思を継ぎ、ゲームから脱出する
[備考]:黒い卵・改は本来の効果を失っています。
現在の効果は『望めば一度だけ無名の庵にいる神野陰之の許にまで転移する(限定一人のみ)』です。
第四回放送をきいていません。
【ギギナ】
[状態]:肋骨全骨折。打撲。
[装備]:屠竜刀ネレトー。贖罪者マグナス。
[道具]:デイパック(ヒルルカ、咒弾(生体強化系2発分、生体変化系4発分))
[思考]:クリーオウのいるグループに同行する
ガユスの情報収集(無造作に)。ガユスを弔って仇を討つ?
強き者と戦うのを少し控える(望まれればする)。
[状態]:肋骨全骨折。打撲。
[装備]:屠竜刀ネレトー。贖罪者マグナス。
[道具]:デイパック(ヒルルカ、咒弾(生体強化系2発分、生体変化系4発分))
[思考]:クリーオウのいるグループに同行する
ガユスの情報収集(無造作に)。ガユスを弔って仇を討つ?
強き者と戦うのを少し控える(望まれればする)。
【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:デイパック(支給品一式・パン3食分・水800ml)
[思考]:1.この場で起きた事件に対処する/2.佐山たちと情報交換がしたい/フリウを警戒
[備考]:アマワに関する情報を得ました。
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:デイパック(支給品一式・パン3食分・水800ml)
[思考]:1.この場で起きた事件に対処する/2.佐山たちと情報交換がしたい/フリウを警戒
[備考]:アマワに関する情報を得ました。
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。精神的ダメージ。
[装備]:強臓式拳銃 “魔弾の射手” (フライシュッツェ)
[道具]:デイパック2(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン2食分・水600ml)
議事録。ピロテースからの手紙
[思考]:1.臨也……!?/2.オーフェンと行動する
[備考]:アマワと神野の存在を知る。
※残りの(IAI製缶詰4個を全てギギナに提供しました。
[状態]:右腕に火傷。精神的ダメージ。
[装備]:強臓式拳銃 “魔弾の射手” (フライシュッツェ)
[道具]:デイパック2(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン2食分・水600ml)
議事録。ピロテースからの手紙
[思考]:1.臨也……!?/2.オーフェンと行動する
[備考]:アマワと神野の存在を知る。
※残りの(IAI製缶詰4個を全てギギナに提供しました。
【C-6/マンション内/2日目・02:00頃】
【キノ】
[状態]:動揺/体中に擦り傷(処置済み/行動に支障はない)
[装備]:懐中電灯/エルメス/カノン(残弾4)
[道具]:支給品一式(食料減)/師匠の形見のパチンコ
[思考]:最後まで生き残る(人殺しよりも保身を優先)
/零崎などの人外の性質を持つものはなるべく避けるが、可能ならば利用する
[備考]:第三回放送を完全に聞き逃しましたが、冒頭部分の内容を教わりました。
玻璃壇の存在を知りました。
草の獣の性質を詳しく知らないため、ムキチと相互に連絡を取り合うことは出来ません。
佐山のグループと合流・カノンを除き武装解除されました。武器はマンション内のとある一室に保管されています
[状態]:動揺/体中に擦り傷(処置済み/行動に支障はない)
[装備]:懐中電灯/エルメス/カノン(残弾4)
[道具]:支給品一式(食料減)/師匠の形見のパチンコ
[思考]:最後まで生き残る(人殺しよりも保身を優先)
/零崎などの人外の性質を持つものはなるべく避けるが、可能ならば利用する
[備考]:第三回放送を完全に聞き逃しましたが、冒頭部分の内容を教わりました。
玻璃壇の存在を知りました。
草の獣の性質を詳しく知らないため、ムキチと相互に連絡を取り合うことは出来ません。
佐山のグループと合流・カノンを除き武装解除されました。武器はマンション内のとある一室に保管されています
【宮下藤花(ブギーポップ)】
[状態]:全身に擦過傷/全身打撲/左腕骨折/左側頭部強打/気絶(応急処置済み。脱臼は整復されました)
[装備]:草の獣(疲労回復効果発揮中)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1500ml) 、ブギーポップの衣装(ぼろぼろ)
[思考]:???
[状態]:全身に擦過傷/全身打撲/左腕骨折/左側頭部強打/気絶(応急処置済み。脱臼は整復されました)
[装備]:草の獣(疲労回復効果発揮中)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1500ml) 、ブギーポップの衣装(ぼろぼろ)
[思考]:???