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「架空の権利」の捏造によるシステム破壊 〜エロ広告規制論議との構造的相似〜
小林氏が違憲訴訟の理由として掲げた「養子と女性皇族を批判する言論が萎縮する」という論理の異常性は、最近(2026年)政治課題となった「エロ広告規制法案」をめぐる議論と比較することで、その「システム・ハッキングの手口」が完全に露呈します。
エロ広告規制をめぐり、一部の政治家は「国民には不快な広告を『見たくない権利』があるから規制すべきだ」と主張し、結果的に廃案へと追い込まれました。この時、心ある議員(音喜多駿氏ら)によって喝破されたのが、「自由」と「権利」の決定的な違いです。
- 自由:不快なものから自分で目を逸らすことは「見ない自由」であり、誰にでも許されています。
- 権利:法学において「権利」とは、他者に対して強制的な「義務」を発生させる概念です。もし私に「見ない権利」があるなら、社会や他者には「私に見せない義務(表現の自由の剥奪)」が強制的に発生してしまいます。
これを小林氏の違憲訴訟のロジックに当てはめると、背筋の凍るような構造の相似が浮かび上がります。
彼が「自分が気に入らない養子や女性皇族を徹底的に批判する自由(個人の勝手)」を持つこと自体は、思想の自由の範疇かもしれません。
しかし彼は、それを「自分の言論活動が萎縮してはならないから、国は法案を潰せ」という【権利】にすり替えて、国家と皇室に要求しているのです。
しかし彼は、それを「自分の言論活動が萎縮してはならないから、国は法案を潰せ」という【権利】にすり替えて、国家と皇室に要求しているのです。
つまり、彼が「私には気兼ねなく皇族をバッシングする権利がある」と主張した瞬間、国家や皇室に対して「小林よしのりが批判しにくくなるようなルール(正統な男系継承の法案)を作ってはならない義務」を不当に強制していることになります。
【本来あり得ない架空の権利をデッチ上げ、それを守るためと称して、社会が死守してきた本来のシステム(表現の自由や、皇統の男系結界)を破壊しようとする。】
これこそが、アーリマン(唯物論的な法解釈)とルシファー(個人的な快・不快の感情)が悪魔合体したポピュリストたちが用いる、典型的なシステム・ハッキングの手法なのです。
彼らは「人権」や「言論の自由」「見たくない権利」という美辞麗句(トロイの木馬)を振りかざしますが、その真の目的は、自分が気に入らない伝統や文化、表現を国家権力を使って叩き潰すことに他なりません。
彼らは「人権」や「言論の自由」「見たくない権利」という美辞麗句(トロイの木馬)を振りかざしますが、その真の目的は、自分が気に入らない伝統や文化、表現を国家権力を使って叩き潰すことに他なりません。
小林氏の提訴のロジックは、保守や尊皇といった高尚なものではなく、「自分のエゴ(不快感)を解消するために、国家のメインフレーム(皇室典範)を書き換えろ」と要求する、極めて稚拙で傲慢なクレーマーの論理(バグ)に過ぎないことが、この構造的相似から完全に証明されたのです。 →4-1、男女平等論・基本的人権論も参考に