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CL6-6-9
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■ 9:特番:日本の聖地ネットワーク(後編) 〜神話の「顕幽」と、歴史の「権威・権力」の逆転現象〜
【概観(答):空間と役割の重層的俯瞰】
日本の神話(古事記・日本書紀)における「国譲り」では、明確な取り決めがなされました。それは、大国主神(国津神=出雲)が「幽事(かくごと:目に見えない霊的世界、縁結びや死後の世界)」を治め、天から降りた天孫(天津神の末裔=天皇)が「顕事(あらわごと:目に見える現実の政治世界)」を治める、という役割分担です。
つまり、神話のスタート時点では、「天皇(天津神)=現実の政治リーダー」「出雲(国津神)=見えない世界の管理者」という構造でした。
つまり、神話のスタート時点では、「天皇(天津神)=現実の政治リーダー」「出雲(国津神)=見えない世界の管理者」という構造でした。
しかし、歴史を学んだ私たちは、これとは全く逆の構造を知っています。
鎌倉時代以降、武士(幕府)が台頭すると、武士が「現実の政治・軍事(顕事)」を握り、天皇は京都に留まって「祈りや祭祀、目に見えない権威(幽事)」に専念するようになりました。
なぜ、神話の構造と歴史の構造が「逆転」しているのでしょうか?
鎌倉時代以降、武士(幕府)が台頭すると、武士が「現実の政治・軍事(顕事)」を握り、天皇は京都に留まって「祈りや祭祀、目に見えない権威(幽事)」に専念するようになりました。
なぜ、神話の構造と歴史の構造が「逆転」しているのでしょうか?
実はこれこそが、皇統という有機体(エーテル体)が、自らを守るために行った「壮大な役割のスライド(自己進化)」なのです。
古代において現実の政治を担っていた天皇は、国家が巨大化し、政治が複雑化・世俗化(アーリマン化)していく中で、そのままでは政治の泥沼(権力闘争の穢れ)に飲み込まれて国体が滅んでしまうという危機に直面しました。
そこで天皇は、自らが「出雲」のように純粋な「祈りと権威(見えない世界)」の次元へと一段上がり、血生臭い現実の政治・武力(顕事)を、新興勢力である「武家(幕府)」に委ねるという選択をしたのです。
古代において現実の政治を担っていた天皇は、国家が巨大化し、政治が複雑化・世俗化(アーリマン化)していく中で、そのままでは政治の泥沼(権力闘争の穢れ)に飲み込まれて国体が滅んでしまうという危機に直面しました。
そこで天皇は、自らが「出雲」のように純粋な「祈りと権威(見えない世界)」の次元へと一段上がり、血生臭い現実の政治・武力(顕事)を、新興勢力である「武家(幕府)」に委ねるという選択をしたのです。
神話において「敗者(国津神)」を包摂して見えない世界を任せた日本は、歴史において「武士」という新たな実力者を包摂し、彼らに現実世界を任せることで、天皇自身が究極の「霊的アンカー(祭祀王)」として完成しました。この二重・三重の役割の移行こそが、日本の歴史の最大のダイナミズムです。
【深淵からの問い(問):皇室検定への挑戦】
ここで、神話から歴史へと至る「役割の変遷」に関する、極めて高度な問いを投げかけます。
Q:神話の時代には「現実の政治(顕事)」を担っていた天皇が、武士の時代になって「祈りと権威(幽事)」に専念するようになった歴史の変遷について、日本の国体防衛という観点から最も本質を突いている解釈は次のうちどれでしょうか?
- 天皇は武士の強大な軍事力に完全に敗北し、政治の実権をすべて奪い取られてしまったため、仕方なく神社に引きこもって宗教活動だけをする無力な存在に成り下がった。
- 政治権力(アーリマン的闘争)は時代とともに腐敗し、必ず滅びる運命にある。天皇が現実の政治から離れ「見えない権威(祭祀)」へと純化したことは、世俗の闘争による「王朝の滅亡」を回避し、国家のエーテル的連続性を永遠に保つための、極めて高度な「システムの自己防衛(役割のスライド)」であった。
- 日本の神々は気まぐれであり、数百年ごとに天津神と国津神がじゃんけんで役割を交代するという神話のルールが、鎌倉時代にたまたま発動しただけである。
- 仏教勢力が神道を弾圧したため、天皇は政治を引退して出家(お坊さんになること)しなければならなくなり、武士が代わりに国を治めるようになった。
【次なる思考へのヒント】
「権力を手放すこと」は、西洋の歴史観では「敗北と滅亡」を意味します。しかし日本の歴史において、天皇が武家に「権力」を委ね、「権威」へと純化したことは、滅亡どころか「万世一系」を確固たるものにする最強の生存戦略でした。
左派が「天皇は単なる権力闘争の敗者(お飾り)だ」と見下すとき、彼らはこの「権力を捨てることで永遠の命(霊的権威)を得る」という、キリストの自己犠牲にも通じる高度な霊的メカニズムが全く見えていないのです。(正解と解説は次回のコラムにて)
左派が「天皇は単なる権力闘争の敗者(お飾り)だ」と見下すとき、彼らはこの「権力を捨てることで永遠の命(霊的権威)を得る」という、キリストの自己犠牲にも通じる高度な霊的メカニズムが全く見えていないのです。(正解と解説は次回のコラムにて)