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2-1、祭祀(アート)、行事関係
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Q1:皇室の公務や行事を担う皇族が足りないっていうが、そもそも公務や行事が多過ぎるんじゃない?時代にそぐわない迷信めいたものを減らせばいいだけでは?無駄は減らして合理化していくべきかも。
A1: 皇室の活動には大きく分けて3つあります。憲法で定められた「国事行為」(国会の召集や栄典の授与など)、被災地訪問や国際親善などの「公的行為」、そして天皇が私的に神々に祈りを捧げる「宮中祭祀(きゅうちゅうさいし)」です。
現代では「公的行為(慰問など)」が天皇の主な仕事と思われがちですが、皇室の歴史的・本質的な役割は、宮中三殿(皇居内にある神聖な3つの社)などで行われる「宮中祭祀」にあります。
例えば、元旦の夜明け前に行われる「四方拝(しほうはい)」。これは天皇が極寒の暗闇の中、天地四方の神々に向かい「今年、国家国民に降りかかる災いは、すべて私の身にお移しください」と祈る、極めて過酷で自己犠牲的な儀式です。
戦後の政教分離の原則により、これら祭祀は天皇の「私的な行事(プライベート)」と分類されてしまいましたが、これら「見えない祈り」こそが天皇の存在理由そのものです。合理化という名でこの「祈り」を削ぎ落とせば、天皇は単なる「忙しい公務員」になってしまいます。
現代では「公的行為(慰問など)」が天皇の主な仕事と思われがちですが、皇室の歴史的・本質的な役割は、宮中三殿(皇居内にある神聖な3つの社)などで行われる「宮中祭祀」にあります。
例えば、元旦の夜明け前に行われる「四方拝(しほうはい)」。これは天皇が極寒の暗闇の中、天地四方の神々に向かい「今年、国家国民に降りかかる災いは、すべて私の身にお移しください」と祈る、極めて過酷で自己犠牲的な儀式です。
戦後の政教分離の原則により、これら祭祀は天皇の「私的な行事(プライベート)」と分類されてしまいましたが、これら「見えない祈り」こそが天皇の存在理由そのものです。合理化という名でこの「祈り」を削ぎ落とせば、天皇は単なる「忙しい公務員」になってしまいます。
Q2:行事等の公務の人手が不足しているのなら、閣僚や官僚に振り分けたり、宮内庁職員が代理で出席するとかでもいいのでは?日本国を代表している点では同じですよね?
A2: 政治家や官僚は「国家(法とシステム)」を代表していますが、天皇は「日本という国柄・民族の精神そのもの」を代表・体現する存在です。
これを象徴するのが、天皇が代替わりする際に行われる「剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけいのぎ)」です。ここで天皇は、皇位の証である三種の神器(鏡・玉・剣)のうち、剣と勾玉を受け継ぎます。この神器は、選挙で選ばれた総理大臣でも、優秀な試験を突破した官僚でも受け継ぐことはできません。「神話の時代から続く男系の血統」を持つ者だけが受け継ぐことができる、特別な霊的・文化的な「器」なのです。
また、毎年秋に行われる「新嘗祭(にいなめさい)」や、天皇即位後の一度きりの大祭「大嘗祭(だいじょうさい)」では、天皇が新穀を神々に供え、自らも食すことで「神と一体化」し、国家の安寧を祈ります。これらの祭祀(究極のアート)は、システムを動かす官僚の代理出席で成り立つような性質のものではありません。
これを象徴するのが、天皇が代替わりする際に行われる「剣璽等承継の儀(けんじとうしょうけいのぎ)」です。ここで天皇は、皇位の証である三種の神器(鏡・玉・剣)のうち、剣と勾玉を受け継ぎます。この神器は、選挙で選ばれた総理大臣でも、優秀な試験を突破した官僚でも受け継ぐことはできません。「神話の時代から続く男系の血統」を持つ者だけが受け継ぐことができる、特別な霊的・文化的な「器」なのです。
また、毎年秋に行われる「新嘗祭(にいなめさい)」や、天皇即位後の一度きりの大祭「大嘗祭(だいじょうさい)」では、天皇が新穀を神々に供え、自らも食すことで「神と一体化」し、国家の安寧を祈ります。これらの祭祀(究極のアート)は、システムを動かす官僚の代理出席で成り立つような性質のものではありません。