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カスクから見た生い立ち
...寒い場所に生まれた。
寒い場所...としか言いようのない、それ以外にこれといった特徴のない、雪に覆われた村。
魔法使いか、獣人くらいしか生活できないような、そんな過酷な環境だった。
物心ついたころから、母は病弱で寝込んでいて、父が狩りで生計を立てていた。
人手が必要だったのだろう、俺も9歳くらいから、狩りを学ぶために父親に同行させられるようになった。
あまり口数の多い男ではなかった...と言いたいところだが、なんせあんな場所だ、口を開くだけで
中が凍りそうになる。喋るのも億劫だったのだろう。
指を指したり、顎で示したり、頷いたり。コミュニケーションと呼べるものはそれくらいだった。
だが、ある日、俺たちはクマに襲われた。俺が16歳の頃だ。
いや、あれは普通の熊ではなかった。父が大砲玉のような、銃弾と呼べるか怪しいほどの口径の物を打ち込んだというのに、
あれはピクリともせずこちらに向かってきたんだ。
俺はあの日、父が初めて叫ぶのを聞いた。
逃げろ、一言だった。
俺はとっさに走り出したが、そのバケモノは何を思ったのか俺を追いかけたんだ。
父が何発撃ちこもうが、わめこうが、それは俺を追ってきた。
結局、俺はやわらかく積もった雪の中に飛び込み、身を隠すことで何とか逃げ切ることが出来た...
が、寒くて死にそうになった時、もうこれ以上は隠れられないと悟り、万が一ここで
また鉢合わせたなら死ぬしかない、そう思いながら外に出た時には...
誰もいなかった。
まず父を呼んだ。
来ない。
村の人だって、
母だって呼んだ。笑えるだろう?家で寝ていると知っているのにだ。
助けなんて来なかった。きっと父は俺を探していたのだろうが、吹雪の中ではわからなかった。
叫んで、喉を潰した。
泣いて、涙を枯らした。
絶望も悲しみも、全て吐き切ったあと、残ったものは予想外だった。
呪いだったのだ。
なぜこんな苦しい生活をしなければならないのか。
父だって、母だって、何故こうも貧しくなければならなかったのか。
同情だと思っていたそれはすぐに憤慨に変わった。
なぜこんな場所に生まれる羽目になったのか。
俺が何をしたというのだろうか?前世で悪いことでもしたのだろうかと。
誰に謝るべき?それとも誰を恨むべき?倒すべき?
顔を上げると、一面は白。
俺は、白を憎んだ。
すると、体の中から何か力が湧いてきた。ここで死んでたまるかと言わんばかりに、俺の足は動くようになった。
視界は冴えわたり、息は熱を帯びて白い煙となって口から漏れていく。
当時の俺は、これが火事場のバカ力ってやつなのかと思っていた。
俺はそのまま家に帰った。一度歩きだせば、後は歩数の積み重ねだった。
しもやけだって、途中からはマヒして痛くなかった。
...しもやけだったならどれだけよかったことだろうか。
家に帰ると、父親と母親は目を見開き泣き出した。
「ただいま...!」
俺が両手を広げてハグをしようとすると、父が怒鳴った。
「待て...!カスク...!お前...お前...!」
うれし泣きはすぐに哀れみを含んだ表情に変わった。
「何...?俺、無事だよ...?」
「無事なわけあるかバカッ...!なんだその火は...!?」
「火...?」
そしてやっと気づいた。俺は燃えていたんだ。
なんだかやけに熱い、やけにしもやけが痛いとは思っていたんだ。
俺の両腕、そして顔には、火がまとわりついていた。
これが炎魔法であると知るのはずっと先の話だ。
魔法使いが一人もいない辺境の村で燃え上がれば、恐れられるのは必然。
俺は悪魔の子と呼ばれるようになってしまった。
半分俺を遠ざけるように、村のみんなは俺にシルヴァランに行くよう勧めた。
俺を水風呂につからせて、俺は運ばれた。
シルヴァランの医者は、魔法の腕こそよくなかったが、技術的にはこれ以上ない者だった。
様々な魔道具で俺の炎は鎮められ、俺の火傷には包帯がまかれた。
やっと一安心...そう思っていたが、医者が医療費を言い渡すと、父親の顔は暗くなった。
500LEGA。
運賃を払っただけで、俺たちに金はもうなかった。
口数の多くない父親の顔色を読むのには慣れていた。
あれはお別れの顔だった。アレは...このまま未払いで捕まるつもりの顔だった。
俺は泣きながら道に出て懇願した。
「頼む...俺に...俺に仕事をください...!何でもします...!だから...!父さんを...!!」
俺の肩に手が置かれる。
「...?」
「お困りのようですね。迷える少年よ。」
怪しげな雰囲気の男が近寄ってから、周りの人が離れていくのが見える。
胸に輝く黒と赤の、星の紋章。俺はまだその意味を知らなかった。
「...はい...!」
「なんと健気なんでしょう。自然に脅かされ、村からも忌み嫌われ、国の福利厚生にも見放されたというのに、その体でまだ親を救おうだなんて...!」
「えっ...ど、どこまで...」
「私と一緒にアストラヴェールに来なさい。そうすれば君の両親は私が何とかしましょう。」
怪しい。とにかく怪しい。耳と尻尾が立ち、毛が逆立つのを感じる。
「おっと...信用してくれないのですか?ならそうですね...こうしましょう。」
ポケットから小包を出す...
「それは500LEGAです。前払いという事にしておきましょう。」
「は...?」
手に置かれたその小包は、重かった。ずっしりと、その大きさに見合わない質量を感じる。
「偽造ではありませんよ。今から支払ってくればよろしい。」
「で、でも...」
「でも...?」
顔を覗き込まれる。
「...母が...」
「母...?あ~!なるほど。父親に任せきることはできませんからね!」
小包がもう一つ...そしてもう一つ...
「あっ...あ...」
「1500LEGA。これならまぁ、しばらくは都市にいられるでしょう。そのまま仕事を見つければいい。君の父なら、
そうですね、力仕事なら得意じゃないんでしょうかね!」
少し含みのある言い方だったが、それどころじゃなかった。ジャラジャラと音を立てる小包をもって、病院の中に
走っていく。
「親父...!これ!」
「お前...いったいどうやって!?」
「親父!俺な!アストラヴェールに行くんだ!仕事!」
「な...お前、まさか変なや―」
「へへ...!こんなデカい病院なら母さんも観てもらえるだろ!親父もきっと仕事見つかるよ!」
「カス―」
「んで俺もやっとあのクソ寒い村から出られるし!」
「あっ...」
先ほどまで何かを言いかけていた父親が口をつぐんだ。
「...そうか。」
父親は俺を抱きしめながら、震える声で言った。
「...ありがとう...そして...そして...ごめんな...ごめんな...嫌だっただろう...」
「えっ...なんで...泣いてんだよ...」
何かいけないことをしたかのように、父親はすぐに俺を放し、背を向けた。
「...母さんは...なんとかするさ。仕事もどうにかなる。お前のおかげだ、カスク。」
「...!」
目を輝かせ尻尾を振る。
「うん!俺、戻ってくるよ!」
怪しげな男が、コツコツと足音を立てて入ってくる。
「...では、よろしいですかね?」
「...カスクは、どうなるんだ?」
「彼には魔法の才能が有ります。訓練を経て、しばらく軍についてもらいますかね。きっと、今日渡した金の分も元が取れるでしょう。」
「軍...」
父は思った。命のやり取りには変わりないと。カスクなら...
「...どれくらいかかる」
「まぁ、成人したころにはまた会えるんじゃないでしょうかね?私も鬼ではないですが、頻繁に会えるという約束はできかねます...こっちもビジネスなので。」
「そうか...」
父が俺に向き直り、目線を合わせるようにしゃがむ。
「...遠慮せずに言えよ...行きたいんだな?無理はしなくていいぞ?」
故郷を思い出そうとしても、思い出せるのは憎き白だけだった。
「...行くよ、俺は。」
「...そうか。また帰って来いよ。」
最後にもう一度だけハグをされた。肩をポンポンと、2回。それでおしまいだった。
馬車で長い旅をするのかと思えば、都会にはポータルで移動できる場所があるらしく、そこで関税を支払えばあっさりと、俺はアストラヴェールに居た。
俺を引き取った男は、「夜辰教団」のものであると後々知った。過激でひどく恐れられているらしいが、人々を統一し豊かな未来を目指すと言う志は、俺の中に響くものがあった。
人々は争えば苦しむと言うが、争わずとも苦しむものたちがいるのだ。今更少し苦しみが増えたとしてなんの問題があろうか。
命を奪うことには反対した。今でも反対している。それでは軍に入れないと諭されたが、命のために戦っていると言うのにそれを奪うと言う矛盾に俺は耐えられなかった。命を奪う理不尽に、俺は加担したくなかった。
幸運なことに、俺の魔法は特異らしい。普通の人間は体を燃やさずとも炎を出せると言われた。俺のこれは「制約魔法」...代償を負うことで効果を得る魔法だ。
俺の魔法は、肉体を削ることで魔力のない空間でも、微量ながら魔法を使えることが特徴。火力が出るわけではないのに体が燃えるそれは軍には冷ややかな視線を受けたが、そこで俺は「海洋研究所」に目をつけられた。魔力の少ない地域で活動するらしいので、俺の魔法がたとえ拙くとも、無いものよりかはマシだと言う。
...海洋研究所なんて可愛い名前つけやがって。
あれは地獄だ。海から湧き出る化け物を研究する場所だ。
懐かしい匂いがした。あの日俺を殺しかけたあのクマの匂い。忌々しい瘴気の匂い。
あれも化け物だったのだ、
ガント種...そう呼ばれているらしい。
俺の苦しみは、炎は、怒りは、矛先を見つけた。
人ならざる、憎たらしいバケモノ。自然を奪った人間への報復だと俺は勝手に思っているが、そう易々と故郷を返す気はない。
研究者たちは死海が有用だと考えている。だがバケモノが邪魔で研究できない。
俺は化け物を殺したい。そしてこの世を豊かにしたい。あの村のような貧しい場所がまだいくつもあると考えると虫唾が走る。
利害が一致した。
こうして俺は夜辰教団と海洋研究所の両方に所属することとなった...というわけだ。今では小隊長をやらせてもらっている。ほぼ鉄砲玉のような突撃兵の扱いだが、まぁ、撃っても撃っても帰ってくるもんで今では重宝されてる。教団の工作にもたまに関与しているが、民間人に手を出したことはない。軍人?あいつらは元から命をかけている。未来のために死ねて本望だろう。
だが、俺は俺だ。金儲けだの、侵略だの、下劣な理由で俺を動かそうとするものがいるなら、俺の体に変えてでも全部焼き払ってくれる。
冬には飽きた。俺は春をもたらす者になりたい。
たとえこの地が炎に包まれようと、道を照らすそれはこの薄暗い凡庸よりかはマシだ。
赤き星が我らを導かんことを。
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