68-591「One of Fifteen Hundred Sequence」

「また明後日、部室で会いましょ」

 ハルヒの後ろ姿がスローモーションで遠ざかるとき、アレが来た。
デジャブだ。それも今までにないくらいの強烈なヤツだった。

 どうすればいい? 思いだせ。ハルヒの言葉に何かヒントがあったはずだ。
ここで何かしないと、ハルヒをこのまま帰らせてしまうと、またあの2週間を繰り返す羽目になってしまう。
だが何を話せばいい? どうやって呼び止めればいい? 分からない、思い……つかない……。

 結局、俺は何も言うことができなかった。
今回の忌々しいループもついぞ脱出できずに解散することになったのだ。
古泉は「記憶がリセットされるのは幸いしていますよ」なんてことを言っていた。
朝比奈さんは未来から連絡がこないと言った日からずっと沈んだ調子で心が痛む。
長門はいつもどおりのように見える。心なし疲れているように見えるのは、俺が疲れているからなのかもしれない。

 ともかく今回の俺も失敗したわけだ。次回の俺よ、このへんちくりんな終わらない夏休みをなんとかするのは頼んだぞと
思いつつ、明日はごろ寝を決め込もうと考えながら自転車置き場に向かうのだった。


「やぁ、キョン」
「うぁ」

 突然声をかけられたので、変な声を出してしまった。
とはいっても、別に聞いたこともない声ではなかった。
それにこんな調子で俺に声を掛けてくれるヤツは絞られてくる。
だから声の主の方を向けば返事はすぐにできた。

「なんだ、佐々木か」

 赤チェックのスカートにニットベストといういでたちだったが、それはまきれもない中学時代のアイツだった。

「なんだとは、とんだ挨拶だ。ずいぶん久しぶりなのに」

 言葉の上では非難めいていても口元を見ればただの皮肉交じりの談笑だということはすぐに分かった。

「半年ぶりじゃないか」

 再会の挨拶はそこそこに佐々木は言葉を続けた。

「キョン」

 こうもナチュラルに話しかけられると嫌でも思い出してくる。そう、佐々木はこういうヤツだった。

「どうも600年いや610年くらい君の顔を見ていないような気がするよ」

 ずいぶん中途半端な数字を出してくれるじゃないか。いや待てよ。今こいつは俺にとって何気に洒落になっていない発言をしている。
涼宮ハルヒという女に出会い、いろんなことに巻き込まれてきた。いや今も現在進行形で夏休みが終わらない。幸いなのは俺は
この繰り返しを全部覚えているわけではないということだ。いや問題なのはこの変態的な集団とはなんの関わりもないはずの
中学時代のちょっと変わった友人がなぜニアピンな発言をするのかということだ。
断っておくが、平時の俺ならこんなことを言われた程度で動揺もしない。中学時代の俺だったらまたいつもの佐々木節が始まったと
思っているだろう。ところが今はそうじゃない。

 そんな俺の様子を知ってか皮肉めいた笑みを浮かべた佐々木は真面目な表情になった。

「顔色がすぐれないようだ。夏バテではないようだが」

 心配させるわけにはいかない。俺は大丈夫だと答えて、時間があれば喫茶店で話をすることを提案した。
奇跡的に財布には余裕があったんでね。佐々木も快諾してくれた。
先ほど感じた疑念は霧散していた。


「コーヒー2つ。ホットで」

 8月最終日だ。まだまだ暑い日が続く。

「キョン、呆けた顔なんてしてどうしたのかい。夏バテではないようだが」

 終わらない夏休みを前にうんざりしたなんて言っても信じてはくれないだろう。だから、俺はどうしてこんなクソ暑い日に
ホットなんて頼むんだと毒づいてみると、

「そうはいうけどね。たまには暑い日に温かい飲み物を飲みたくなる時だってあるのさ」

 確かにクーラーが効いた部屋でならその意見は同意するね。寒い時にアイスを食いたくなることもある。まったくもって
地球には優しくなることこの上ないが。

「それにだ」
「キミはもう少しリラックスした方がいい。さっきよりは顔色が良くなったとはいっても僕の目はごまかされない。
 これでも1年ばかり同じ人を見てきたんだ。キミが疲労困憊なのはお見通しなのさ」

 差し出がましいことをしてしまったのならすまないと佐々木は言ったが、俺は大して気にしてなかった。
それによくよく考えてみたら、さっきSOS団で解散したときに冷たいドリンクを飲んだばかりなんだ。口の中を落ち着かせる
ためにはこの選択は悪くなかったということにしておこう。しかし、俺はわかりやすいやつなのだろうか。鏡を持ってない
からわからないんだがね。

「ふっ、くくっ。やはりキミはそういう奴だ」

 呆れているかのようなシニカルな表情で佐々木は言った。

「それでキミはどうしたんだい。いや、日に焼けていることをみるに十分夏休みを堪能したと見て取れるんだが」

 相変わらず聡明な奴だ。

「僕は平常時と変わらず塾だよ。まったく学校の勉強についていくのが大変だ。
 なにしろ夏休みにも学校はあるし模擬試験もあるんだ。夏は受験の天王山というけど、これを3年続けるとなると慣れる
 までが骨だよ」

 それはなんだか申し訳ない気分にもなってくる。

「僕はこの通りな有様だから、息抜きに読書したり音楽をかけながらリラックスするのが関の山だよ。
 ああでもプールに行きたかった。花火大会も悪くないね。ちょっとした旅行にも憧れるものだし、受験が終わって無事
 志望大学に行けたら思いきっていろいろやってみるつもりではあるけど、やはり中坊までにある程度羽根を伸ばして
 おくべきだったかなと今となっては少しは思えてくるよ」

 俺はこの夏、ひと通りのことはこなしたつもりだぜ。誰かさんのおかげでな。別にまんざら楽しくなかったというわけでもない。
ただ、どうも同じ事を何度も何度も繰り返したらしいことを思うと野菜と焼豚がてんこ盛りになったラーメンを朝も昼も夜も
食べたような気分にもなる。

「おやおや、キミは夏休みを堪能するあまり大事なことを忘れてしまっているような気さえするね」

 そして佐々木はこんなへんちくりんな状況に置かれている俺には全く発想しなかったことを言い出した。

「宿題は終わったのかな?」


 俺は宿題のことなどすっかり忘れていた。
正直言って今の状況がなかったとしても忘れていなかった保証はなかったにしても、谷口は無理だとして国木田あたりに見せて
もらう腹づもりでいただろう。もう一度言う。こんなこと全く頭の中からすっぽ抜けていたのだ。そしてそいつはそんな俺の様子を
みればお見通しのようだ。

「やはりそうか。世間的にはあまり褒められたことではないのだが、キミにもいろいろあるのだろう。
 キョンが理由もなく課題をすっぽかす奴ではないということを僕は知っている」

 佐々木は叱るでもない、どちらかというと諭すかのように話を続ける。

「楽しいとわかることばかりをするのが夏休みの醍醐味ではない。苦しいことも含めて如何に心健やかに過ごしていくことを
 考えるのが夏休み、いや日々の醍醐味だと僕は思うね。
 どうだい、キミさえよければ宿題を手伝うこともやぶさかじゃないんだ」

 それには及ばないさ。昔みたいにお前の手を煩わせるわけにもいかない。何より今抱えているのは俺がやらないといけない厄介な宿題なんだ。

「……そうか。まあでも元気が出たようで幸いだ」

 佐々木はいつもよりも少しだけ柔らかな笑みを俺にくれた。
そんな顔を見た俺は何を考えていたのだろうか。つい最近似たような感覚に囚われた気もするのだが気のせいだろう。
記憶と既視感があいまいな状況では正確な判断もできまい。それに重ねて言うが俺は今鏡を持っていないからどんな表情を
しているかなんてわからない。物思いに耽っていたのに気づき、話し相手に顔を向けると佐々木の表情は元のシニカルな
微笑みになっていた。コイツの見慣れていた顔にやっと戻ってくれたというべきなのかね。

「そろそろ時間だ。流石にこれ以上は図書館で自習してましたという言い訳も通用しない。一応僕にも門限はあるのだからね」

 今日佐々木に会ってコイツにしてはいろいろな表情を見せたような気がする。どうやら思ったより心配させてしまったらしい。
とはいえ、ノスタルジックな感覚を取り戻すくらいには俺も調子を戻してはきたのかもしれない。

「それじゃあまた会おう。親友」

 そうして俺達は別れた。今度会うのはいつになるやら。1年後かもしれないし半年後かもしれない。
ひょっとしたらそんなに遠くない頃に今回のようになんとなく偶然また再会するのかもしれないなと思いつつ、帰路に着いたのだった。
さて、おどろくべきことに佐々木を話している間はデジャヴを全く感じなかった。
今となってはそれはどういうことなのかなんてどうでも良くなっていた。
まあいい。次の周回の俺よ。今度はうまくやってくれよ。できたら今回のイレギュラーも思い出してくれると幸いだ。







──8/31 23:59

「彼が正体不明の女子と過ごしたシーケンスを確認。エラー」

(終わり)
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最終更新:2013年02月03日 15:46
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