月が終わったばかりの、凍てつくような大気が吹き荒れるある寒い夜に、佐々木が突然産気づいた。
佐々木は体が弱く、出産に耐えられないため帝王切開を選んだが、それでも命さえ危険であった。
俺は妻と、まだ拝顔することのない我が子の無事を祈り続けた。
その時、遂に分娩室のドアが開かれた。
「極めて難しい手術でしたが、お子さんも、奥様も、良好な状態です。おめでとうございます」
俺は歓喜の涙を流し、分娩室に駆け込んだ。
――――目の前の光景が理解できなかった。
手術台の上に寝ていた佐々木は血まみれで絶命し、無造作に床へ転がされた我が子だった。
背後で医者が叫んだ。
「エイプリルフール!!」
怒り任せに医者を殴ったが、こんなことをしても佐々木が生き返ることなど無いことは、社会人として
現実を見続けてきた今の俺には、りんごが重力に引き寄せられていく事と同じくらいに理解していた。
あの時の俺なら――そう、非現実的な日常に埋没していた俺だったならば、この現実を受け入れられず
に靴底どころか土踏まずまで擦り減す勢いで奔走していたに違いない。
ハルヒの力に頼ったか、長門の能力に望んだか、あるいは朝比奈さんに頼んでパラドックスを起こした
か。
今となってはもう、平面に描かれた絵でしかない。
ハルヒは力を失い、長門と朝比奈さんは役目の満了と共に自分の居るべき所へ帰っていった。
端的に言えば、今の俺には何もできないということだ。
俺は自分の無力さを呪いながら、せめて最後まで佐々木を見続けていようと誓った。
―――――振り返った先には、身を起こした佐々木と俺の子供がこちらを見ながら、
「「エイプリルフール!!」」
「―――――という――――――夢を――――見た―――――」
「アンテナも無いくせに電波を受信するな」
最終更新:2013年04月29日 15:13