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デッドマンズQ ~幻想郷~ ―東方魂録書― その(3)

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shinatuki

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        東方魂録書  その(3)


 今住んでいる白玉楼は素晴らしいところだ、とわたしは実感している。住まいは落ち着いた雰囲気の日本家屋で
誰にも騒がれずに本を読むことができる。外を見れば、今ならば大量に植えられた桜を楽しむことができる。
幽々子は妖夢を半人前だとは言うが、庭師としてはなかなかの腕を持っていると思う。しかし、たまにこういう
洋室で紅茶の香りを楽しむのも悪くはない。派手で煌びやかな部屋の調度品は、住むのにはくど過ぎるがたまに
眺める分には心を躍らせるいい美術品だ。こんな部屋には優雅なクラシックが似合いそうだが、生憎ここには
音楽を奏でるものがないらしい。あのとき見つけたシューベルトの『白鳥の歌』でもかけたら良いだろうな。
こういう場所ならばあのメイドも相応しい存在だな。そんなことを考えながら入れられた紅茶を一口含む。
「……そろそろあそこで何が起こったのか教えてくれないかしら。」
そのメイドがわたしに聞いてきた。名前は十六夜咲夜とかいったかな。やれやれ、またこいつと会うとはな。
「だから、さっきも言ったようにオレはあんた達の言う『妹様』と弾幕ごっこで遊んでた、いや正確には『遊ばれていた』
 といった方が正しいか?そのせいでオレは『妹様』に足をぶっ壊されてあの場所で倒れてたんだ。」
そう、わたしはその『妹様』(名はフランドールだっけ?)とかいう吸血鬼の遊び相手にされて危うく消える寸前だった。
しかし、どういう幸運か、『妹様』はわたしに止めを刺す前にいきなりぶっ倒れて、わたしもぶっ倒れたという結果になった。
そこに咲夜とパチュリーが来た。わたしは門番に『気』を入れられて(門番は気を使う程度の能力を持つとか)
どうにか復活したんだそうだ。パチュリー曰く、幽霊というものは精神力で動くから『気』とかその類の精神的な
エネルギーになりえるものを入れれば割と簡単に復活するらしい。一方、『妹様』はかなり重体のようだ。
普通ならばあの程度の怪我は吸血鬼だからそんなに時間がかからずに治るらしい。だが今回の場合、一向に良くならない
のだとか。だから永遠亭の永琳を呼んで彼女を見てもらった。(ついでにわたしの足も治してもらった。)
その結果、彼女の治癒力は"人間並み"にまで落ちたのだと。だから彼女の怪我の治り具合も人間並みにまでなったのだと
言っていた。そこで永琳は治癒力を吸血鬼程度まで戻す薬を置いていった。これで『妹様』の怪我の問題も解決した。
さて、ここで次の問題を考える必要が有る。『なぜフランドールがそこまでの怪我を負ったのか?』わたしには
彼女をあそこまで怪我させるような力は残っていなかった。では一体何が起こったのか。
「いい加減に白状しなさいッ!何故貴方を介抱したのか分かっているの?親切心や同情でやったと思っているの!?
 貴方があの現場にいて、あの状況を説明できるのが貴方しかいないからよッ!」
「少し静かにしなさい。貴方が怒鳴ったって彼は答えないわ。」
フンッ!これだから頭の固い従者は嫌だ。話は聞かないくせに自分の欲しい結果だけは求めたがる。まったくもって
鬱陶しい。
「とりあえず、状況を整理しましょう。貴方は咲夜に襲われて、地下に逃げ込んだそうね。」
「そうだ。時を操る能力には勝てそうになかったからな。地下に逃げれば図書館に行くだろうと考えていたし、ほとぼりが
 冷めた後本をもう一回アンタに借りればいいと思っていたからな。」
「できればもう少し丁寧に本を扱って欲しかったわ。……それで地下に行ったらそこは妹様の部屋だったわけね。」
そこでわたしはフランドールの言葉を思い出した。彼女は幽霊についてパチュリーから聞いていた、と言っていた。
「そういえばフランドールはアンタから幽霊の話を聞いたと言ってたな。」
「なに?貴方が死に掛けたのは私のせいだ、とでも言いたいの?」
「いや、別にそういうわけじゃあないが……。すでに咲夜にやられていたしな。」
とチラリと咲夜のほうを見る。咲夜は「貴方が悪いんでしょ。」と言いたげな表情でわたしを睨み返してきた。
「話を戻すわ。妹様と弾幕ごっこを始めたのね。」
「向こうが一方的に始めたようなもんだがな。オレは弾幕なんてもの撃てないから内容も一方的なもんだ。
 そのくせ、そのうち飽きた、なんて言ってオレの足を破壊しやがって。」
「しょうがないわ。あの娘はそういう性格だから。」
オイオイ、あれを性格で説明すんのかよ。まったく幻想郷って所は常識で捉えちゃいけない場所なのかね。
「……それで今の話でどうフランドールお嬢様の怪我を説明するのかしら。」
と痺れを切らした咲夜が突っ込んできた。それが分かったら苦労しないんだよ。
「落ち着きなさい咲夜。焦っても何も問題は解決しないわ。」
「でもッ!パチュリー様、この幽霊が嘘をついている可能性だってあるんですよ。もしかしたら何か能力を持っていて
 それでお嬢様を怪我させたのかも…。」
「…それはないわね。よく考えなさい。そんな能力があったら怪我をしていたのは妹様でなく貴女だったはずよ。」
「私ならば時を操れますから、それで……」
「それだったら妹様と弾幕ごっこを始める前にその能力を使うはずよ。気絶する直前に使うなんてギリギリもいいところよ。」
「だったらボロボロにならないと使えない、とかはどうです?」
「貴女との戦いでボロボロになっていたんじゃないの?」
とありもしないわたしの能力について議論を始めていた。まったくもって無駄な議論であるが。
「……こんなこと言い合っても仕方ないわ。ねえ、何か思い出さない?」
とパチュリーはどうでもいい議論を終えてわたしに聞いてきた。
「何か、と聞かれてもねえ…。」
「何でもいいわ。弾幕ごっこの最中でも、妹様が怪我するときでも、貴方が気絶するときでも、どんなことでもいいわ。
 何か変わった事なかった?」
そう聞かれてわたしはそのときのことを考える。何か変わった事か…。…そういえば一つ、異常なことがあったな。
「…おかしなことが一つあったな。」
「…!それは何かしら。」
二人は驚いた表情をしてわたしに聞いてきた。何らかの進展が見えそうなことだからか興味深そうにこちらを見ている。
「彼女がオレの足をぶっ壊した後、体を破壊しようとしてきて、オレはもう駄目だと思った。そのとき右手に本があったんだ。」
「本?」
「ああ、知らず知らずのうちにオレはその本を開いて彼女に突きつけていた。ちょうど本の中身を見せるようにな。」
「それで…?」
「そしたら彼女は倒れた。多分そのとき怪我をしたんだろうな。そしてその後オレは気を失った。」
「……!!どうしてそんな重要なこと先に話さないのよ!」
と咲夜は切れてきた。まあ当たり前だ。明らかに核心を突く話だからな。
「…しょうがないだろう。その辺りはダメージ受けすぎて意識が朦朧としていた。だから今まで思い出せなかったわけだ。」
「…!…そんな言い訳が通るわけないでしょッ!」
「ハア…。いいからそのナイフをしまって落ち着きなさい。それでその本っていうのは…」
「さあな。あのときのことはあまり覚えていないが、多分あの本だっただろう。」
「……パチュリー様、あの本とは?」
咲夜があの本について聞いてきた。わたしが見つけた、幽霊よりも透明で存在が希薄なダークブラウンの革製のあの本だ。
記憶は定かでなかったし、部屋は暗かったから確信はなかったが、なんとなくあの本だとは思っていた。パチュリーは
その本について咲夜に説明している。
「……はあ。でも本当にそんな本なんてありましたの?その男の狂言ではなくて?」
と奴は疑いの眼でわたしを見つめ、疑心の思いを隠さずに言い放った。
「あるわよ。幽霊以上に虚ろで稀有なその本は。」
「「「えッ!?」」」
どこからか、聞いたことのある、だが聞きたくはない声が聞こえてきた。
「ハァ、どうして貴女がここにいるのよ…。」
声の方向には空間にスキマを開けて何が楽しいのか良く分からないが楽しそうに笑っている妖怪がいた。
胡散臭い八雲紫である。
「あら、ここは客人にお茶も出さないのね。」
「貴女を呼んだ覚えはありませんわ。」
「へえ、それじゃあ彼は誰かが呼んだのかしら?」
どうしてこいつに会わなきゃいけないんだ。こいつは話したがりの癖に、話の内容は雲をつかむようなよく分からないことを
話す。話していて頭の痛くなる相手だ。奴の言ってる事が本当か嘘かも曖昧でどうも厄介だ。おそらく今まであった中で一番
ややこしい。
「それで、今日はどういった企みで?」
「もう!まるで私がいつでも暗躍してるみたいな言い方じゃない。」
「ホントのことでしょ。」
「失礼ね。今日はただ見守るだけよ。彼のおつかいをね。」
たしかに紫の能力は誰かを観察するにはかなり便利な能力だ。事実、暇なときには幻想郷の騒がしそうなヤツを見てるらしい。
どうせ幽々子に今日の仕事のことを聞いたのだろう。うらやましいな、暇そうで。
「それで、ただ見守るだけの貴女がどうして出てきたの?」
と咲夜は仕方なさそうに紅茶を紫に出しながら、鬱陶しそうに聞いた。
「いやね、このまま見ていても進展しなさそうだったから、ちょいと助け舟でも出そうかと思ってね。」
「はあ、一体どんな気まぐれだ?めんどくさがりで他人にちょっかいしか出さないアンタが。」
「つまらない茶番を見るよりはちょっかい出してでも楽しくした方がいいじゃない。」
と胡散臭い笑顔で答えてきた。こいつに助け舟を借りて大丈夫なんだろうか。ただ事態をややこしくしそうで嫌だ。
「…それで、一体何をしてくれるんだ?」
わたしはとりあえず、話だけは聞くことにした。聞いても碌でもないことを言い出しそうだったが。
「貴方の荷物を依頼主に届けてあげるわ。」
「…なんだって?」
「あら、聞こえなかった?私がその本を届けてあげるって言ってるのよ。」
予想外の出来事だった。てっきりこの茶番とやらを引っ掻き回すようなことをしてくるのかと思いきや、
いともたやすく仕事を終わらせてくれそうなことを言ってきた。だがそのことが逆に怪しい。紫がそんな簡単に
仕事を手伝ってくれるわけがない。何か裏があるはずだ。
「何をする気だ?」
わたしは、どうせ答えないだろうが一応その真意を聞いてみた。
「あら別に。私はたださっさと終わらせたいだけよ。それとも私は信用できないとでも。」
ここにいる全員が『誰がお前を信用できるか』という気持ちでいっぱいであろう。
「私の本に何かするつもり?」
パチュリーにとってそれは最も危惧すべき問題である。散々魔理沙とやらに本をボロボロにされたとなっては
これ以上本を悲惨な状態にされるのは勘弁なんだろう。
「だから私は"本を届ける"だけだって。貴女の本に用があるわけでもないの。なんなら私に『呪い』でも掛けても
 いいわよ。」
「……貴女に呪いをかけてもしょうがないじゃない。」
どうやら紫は本気で"本を届ける"だけのようだ。しかし何でだ?何が狙いでわたしの仕事を手伝う?
…そういえばこの仕事は幽々子から経由されてきた依頼だ。何か企んでいるとしても邪魔をすることはないだろう。
この仕事が失敗すれば幽々子や白玉楼の名に傷がつく。あの紫でも旧友を裏切るような行為はするまい。
このままここにいても進展はなさそうだ。奴に話を聞くよりは素直に行ってもらった方が早く終わるんじゃないか?
「…わかった。それじゃあアンタに持っていってもらおうか。パチュリーもいいか?」
「……本を汚したり破ったりしなければべつにいいわ。もう。」
パチュリーにも許可をもらった(諦められた?)し、紫の気が変わらないうちにさっさと行ってもらおうか。
「ふふふ、了解したわっ!それじゃあ、ご注文のお品、たしかに受けとりましたわ。」
そういうと彼女はスキマの中に本の入った袋とともに消え、そしてそのスキマもまるで存在しなかったかのように
消滅してしまった。
「あー…、アイツから本の事聞き出せなかったわ。…まあ、聞いても答えてくれるわけなさそうだったけど。」
と咲夜はほんのちょっぴり残念そうにため息を吐いた。



(……あれ?そういえば…)
パチュリーはとあることを思い出していた。誰かとの世間話であったか、それともあまり信用できない天狗の新聞
だっかか、それとも人間の里にあった本だったか。どこで知ったかは忘れてしまった。だが何となく気になることを
思い出していた。
(紫って確か四季映姫が苦手だったような…。私の勘違いかしら?)
しかし
(でも、私には関係ないことだし、別にいいか。あの紫が誰かを苦手なんて眉唾ものだもの。)
とさして気にはしなかった。



 ここは、三途の川を渡った先にある死後の世界。そこのとある場所で四季映姫・ヤマザナドゥはある死者について
考えていた。
(あの彼は一体何者なんでしょう…)
そう、先日ここに来た『浄玻璃の鏡』に生前の姿が表れなかったあの死者である。白玉楼に彼の唯一の手がかり、
紅魔館の図書館での調査を依頼した後にも、独自に彼を調べてみた。しかしながら鏡に過去のことが映らなかった事と、
記憶がないこと以外は特に問題はなく、一般的な死者と何の変りはなかった。
(手がかりは鏡に映ったあの図書館だけですか…。白玉楼からの連絡を待つ以外に取る手だベホハァ)
彼女が考えに耽ってる途中、頭に強烈な物理的衝撃が走った。何かが彼女の頭に激突したのである。
「イタタタ、い、一体何事です!?」
と彼女は落ちてきたものを確認すると、何やら本が入った袋のようであった。そして近くにはメモらしき紙がある。
それを見ると

    白玉楼からのご依頼の品、確かにお送り致しました。
    中身の方、ご確認用お願いします。
                         by スキマ運送
    p.s.
     中の本には魔導書の類も含まれているそうなので、
     くれぐれも中身を見る際には気をつけてください。
     ですって。後きちんと返さないと呪うわよ。と
     図書館の司書さんがおしゃっていたので読み終わったら
     早く返した方がよさそうよ。それでは。

と書いてあった。犯人はどう見ても紫である。しかしそれをどうにかするよりは、来たものを確認した方がいい。
そう考えた彼女は袋の中の本を軽く確認した後、ある場所に向かった。

 またここは別の場所。とある部屋。そこは窓がなく、戸が一つだけあるだけだった。その一つだけある戸の前に
小野塚小町がおり、その反対側には例の死者がいた。そこで小町もこの少年のことを考えていた。
(しっかし変な奴だねぇ。記憶がないだけでなく、鏡にも映らないなんて。でもおもしろくない奴だね。
話してもずっと無口だし。死のショックで記憶がなくなる奴は五万といるが、ここまで無表情な奴も、いたもんだね。)
そう、彼はここに来てからまったくもって、表情というものを変化させたことがない。人形か仮面でも被っているのかと
疑われたこともあるが、四季映姫の調査によって彼は少なくとも人間であったようだ。
(にしてもつまらないね。こうも話がいの無い奴と二人っきりていうのは。)
彼女の場合、彼の身が心配だとか、知的好奇心だとかそういうもののために彼について考えていたのではなく、
単に暇が潰せないことが、ただただ不満だったに過ぎない。そこにコンコン、と戸を叩く音がした。
「はーい、どなたですかぁ?」
あまりにも暇過ぎて適当な返事をする小町。
「…私です、小町。」
「あ、あああ、はい!はい、今開けますねっー。」
と急に上司が来たので、慌てて気を入れ直し、彼女はその戸を開けた。
「…ちょっと気を抜きすぎですよ、小町。」
「す、すいません、四季様。」
いつも通り謝りをする。彼女はいつもサボってばっかなので、この光景はもはや地獄の一種の名物とまでなっていた。
「まあいいわ。今白玉楼に頼んでいたものが届いたわ。これで彼の記憶が分かるかもしれないわ。今からそれを調べるから
 知らせにきたの。まあまだどうなるかは調べてみないと分からないだろうけど。」
「あら、届いたんですか。意外と早いですねえ。」
「まあ、ね」
と何やら複雑な表情をする映姫。一瞬疑問にも思ったが、まあいいやと打ち消した。
「それじゃあこれから調べる作業に入るわ。その間も彼の事よろしくね。寝ちゃダメよ。」
「わ、分かってますって。」
そういうと映姫は自分の部屋に戻って行った。部屋から見送った後、小町は彼に話しかけた。
「おーよかったじゃん。もしかしたら記憶が戻るかもしれないし。いや、四季様のことだ。きっと戻るな。
 だから元気だしなよ!」
と彼を軽く励ましてはみたものの、彼のポーカーフェイスが崩れることはなかった。小町はついに不気味に思った。
記憶が戻るかもしれない。こういう状況に陥った人間というのは、素直にそのことに希望を持ってポジティブに喜ぶか、
逆に記憶が戻ることに不安になってネガティブになるか、どちらかになるはずである。しかしながら目の前の死者は
映姫と小町の会話を聞いても、小町の励ましを聞いても、仮面のような表情に変化が起こることはなく、仏像のように
無表情な顔をしたままそこにいるだけであった。映姫は彼は普通の死者と変わりないと言った。しかし小町には
そのことが到底信じられなかった。
(いったい、一体こいつは何者なんだッ!?)
彼女は同情や好奇心でなく、ある種の恐怖心からこの疑問を抱いた。そして考える。
(しかしどうしたもんか。こいつとはさっきから一緒にいるが何考えてんかまったく分からん。…そりゃ向こうが
なーんにも話してくれないからなあ。とりあえず、こっちからコミュニケーションしてみるか。
…さっきからしてるけどなあ。ま、コミュニケーションは根気だ、と誰かも言ってたしな。)
考え込んでいたために頭を下げていたので、彼とコミュニケーションを取るために頭を上げ、彼の方に話しかけた。
「ところでさあ、おまえさ…」
しかし彼の方を見るとそこにいるべき死者の姿は見当たらず、部屋の壁があるだけだった。
「えっ!?うそーん…。」
この部屋には戸は一つしかない。その戸の前に小町がいたので、この部屋から出ようとしたら彼女が気づくはずである。
そしてこの部屋(正確にはこの建物、さらにはこの周辺一帯)は死者が簡単に成仏したり消滅しないように特殊な作りに
なっている。むろん部屋の壁も簡単には通り抜けできない。つまりこの部屋から出るには小町の後ろにある戸を通らないと
いけないのである。
「えー…っと、かくれんぼでもしてんのかい。」
返事などなかった。

 そんなことがあったことは露知らず、映姫は届けられた本を読み調べていた。が、芳しい結果はでなかった。
中に書いてあった内容はその死者の記憶についてではなく、幽霊の記憶の戻し方とか、幽霊の記録についてだとか
が書いてあるのが大半だった。そういうことはある種専門家でもある閻魔であるから、特に得られた情報はほとんど
なかった。
「……ふう、これも駄目、ですか…。」
そう言って本を閉じる。袋の中にあった本はこれで最後であった。
「うーん…、もう一回持ってきてもらいましょうか…。それとも直接私が見てきた方が…」
と次の策を考えながら本を片付けるために袋を手に取った。
「……あれ?」
彼女はその中にまだ本があることに気づいた。おかしい、と思いながらもその本を手に取る。その本は半透明であり、
質量は感じないが、400ページには満たない、ハードカバーの単行本サイズのダークブラウンの革製の表紙の本であった。
「さっき見たときにはこんな本無かったような…。」
そう言いながらも、彼女はある種の勘でこれがこの出来事の鍵になるんじゃないかと感じていた。明らかに雰囲気の違う、
いかにも何らかの秘密の込められていそうな不思議な本を目の前にして、彼女はほんのチョッピリ興奮した。
「とりあえず、この本にかかっている"術"を調べて、それを解除しないと…」
それまでの本と同じように本にかかっている魔法や呪いなどの術式を調べ、調べるときに邪魔にならないように
その術式を解除する作業をした。しかし
「特に何かかかっているわけでもなさそうですね…。」
術式を調べる段階で、その本は何の反応も返さなかった。つまりこの本は誰でも安全に読めるはずである。
「とりあえず、読んでみましょう。」
彼女はその本を手に取り、本を開いた。最初の数ページは何も書いていない白紙のページだった。特に変わった様子は
ない。あるページから本は始まっていた。言語は日本語だった。そこに書かれていた内容は暗闇だった。日本語に存在する
いろんな種類の言葉や比喩を用いてあらゆる文字が暗闇を表現していた。彼女はその内容を読み取る度暗闇に
吸い込まれていく感覚を覚えた。彼女は、自分自身に起こっている事に気づいた途端、その本から目を離し、読むことを
中断した。彼女の精神はその本の内容に、引き込まれていた。その文章によって彼女の心の中に、恐怖だとか不気味だとか
そういう感情が生まれていた。そんなことは本来、彼女にはありえないことであった。彼女は閻魔であるから
ありとあらゆる精神の流れを見てきた。どす黒い心の持ち主の常人なら狂ってしまいそうな思想を見ることも良くある。
あまりにも悲劇的で、物語にしたら二度と読まれなさそうな人生を見ることもあった。だが閻魔という役割が、
たとえどんな運命であろうとも、客観的に評価できる精神を作り上げていた。だからどんな死者の過去を見たとしても
彼女の心が大きく動くことは無かった。
 しかし、今彼女の心は2つの恐怖を持っていた。1つはこの本の内容に対する恐怖。暗闇というものに対する普通の
人間が抱くような恐怖心。もう1つはそんな恐怖心を、よりによって閻魔に抱かせてしまった、この本に対する恐怖。
しかしながら、彼女は、だからこそこの本は、あの異常事態を解決する鍵になるんじゃないかとさらに確信した。
そして彼女は、もう1度本を開く決心をした。今度は適当に少し進んだあたりを開こうとした。



「ハァ…。何て言ったらいいのかねぇ…。」
小町は部屋からあの死者が消えた後、部屋の中を懸命に探した。しかし元々部屋には机や椅子ぐらいしかなく、
隠れられそうな場所などそうそう無かった。仕方ないので、仲間の死神にもお願いして部屋の外や、建物のまわりなど
そこら中を探し回った。だが結局それらしい死者などどこにもいなかった。しょうがないので、映姫に報告し、
どうすべきなのかを伺いにいこうとしているのだが、
「ハア、言われたそばから見失うなんてねえ…。」
さっきからため息ばかりつきながら、重い足取りで映姫の元へ向かっていた。
 映姫の部屋の前まで着いた。彼女は恐る恐る部屋の戸を叩いた。しかし何も返ってこない。いつもなら「どなたですか?」
だとか「開いてますよ。」とかノックに対する返事があるはずだった。小町は本を調べるのに夢中にでもなっている
のだろうと再び戸を叩き、
「四季さまー。えっ…とぉ、ちょっと報告したい事があるのですがぁ…。」
としどろもどろになりながら彼女の返事を待った。だがやっぱり返ってこない。
「あのー、四季様、いらっしゃらないのですかぁ?」
と言いながら戸に手をかける。鍵はかかっていない。小町は戸をそっと開け、中の様子を見る。
「あれっ四季様いるんじゃないですか。どうしたんですか?」
映姫は机に俯せになっていた。
「あれぇ、やだなあ。四季様も居眠りですか?人には説教しといて。」
と起こすために映姫の肩に触れた。その時、小町はその体に異様な熱気があることに気づいた。
「へっ!?」
とっさに手を離す。顔をよく見ると赤くなって、脂汗が浮いていた。額に手をやると熱を持っていた。
「ゲホォッ!ゴホォッ!」
と、とてもひどい咳もした。その表情はとてもとても辛そうだった。息はあがっており、今すぐ布団で眠らせないと
さらに病状が悪化しそうであった。
「ど、どうして…。」
疑問に思いながらも小町は映姫を担ぎ、安静に休める場所まで連れて行った。
 小町は映姫と今日一日過ごしてきたが、彼女が風邪で苦しんでいる様子を見ることは今まで無かった。
咳をしている様子も、鼻を啜っているようなことも、喉を痛めて声がガラガラになっていることも、顔を赤くして
発熱している姿も無かった。今の季節は急に風邪をひくような季節ではない。特にこの辺で風邪が局地的に流行っている
という事実もない。さっき部屋で会話した時にも風邪をひいていた様子は無く、むしろ健康そうだった。どうして彼女が
急に酷い風邪をひいたのか。
 それを知っているのは、彼女が先ほどまで読んでいた、机の上にある幽霊のような本だけである。

















                   『もしもこの世界で、究極の小説があったとしたら……』
                                         An ultimate novel...

                                         To Be Continued →
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