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甘味処繁盛記 少年誘拐編

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甘味処繁盛記 少年誘拐編


諸君は覚えているだろうか?
異形世界を語る上で欠かせぬタイトル、白狐と青年において一つの重要な役目をこなした少年の事を。

主人公、坂上匠とそのそばにいるクズハの物語、その開幕における最後のピース。
少年なくして白狐と青年は始まる事はなく、また少年がいたからこそ白狐と青年は始まった。

いや、そこまでは過言だろう。
きっと少年がいなくても物語りは始まっていた。

しかし少年という存在が白狐と青年の始まりを完全なものにしたのだ。
人体に対する塩分のように。
五十音における「あ行」のように。
家屋における大黒柱のように。
ジュウレンジャーにおけるドラゴンレンジャーのように。

物語を完全なものに昇華せしめる存在。
それは過言というわけでは、きっとない。
少年がいてこそ、白狐と青年 第1話の完全である。

だが少年の果たした功績自体は、なんの事はない。さりげない。些細だ。
しかし。
しかしである。
少年の存在が主人公、坂上匠の大立ち回りに貢献したのは紛いようのない事実である。

彼がいなければ坂上匠は、当時手元になかった得物の不在に焦燥を感じて先走ったかもしれない。
あるいは、たたらを踏んだかもしれない。
つまり。つまるところ。
少年が存在していたからこそ坂上匠は過不足なく、
物語り進行につつがなく異形の群れに突撃できたのだ。

脇役では、ある。
確かに脇役、端役、ちょい役。主人公が坂上匠の物語において、少年は脇役にあまんじねばなるまい。
それでいながら。物語開幕において、少年は主人公を活かしきるという偉業を残す。

並みの才覚、度量、気質ではできる事でない。
しかも少年は十歳程。
自分が目立とう、自分が出張ろう、もっと自分を、さらに自分が。
自己を主張し、自己を認めてもらう事に渇望するような時分である。
はずなのに。
少年はただの一言の発声以降、出番という名の刃を鞘に納める。
見事としか言いようがない。いや、もはや美しい。美事である。
潔い退き様。退き際を心得た武人さながらである。

これ以上に台詞を重ねればくどくなり、これ以下の台詞では淡白さが際立つ。
まさに脇役の台詞オブ脇役の台詞。

そして行動がまた主人公を立たせる事に終始し、実に奥深く機微に優れていた。

主人公が進行するであろう経路を計算しつくした立ち位置。
主人公の性質、性格を読者に印象付けるため「ひったくらせる」事に特化した構え。
そして、主人公の生還率を少しでも上げるため、つまり攻撃力を上げるため、
木製のトンボではなく鉄製のトンボを選択して整地を行う現状理解の慧眼。
どれをとっても脇役として隙のなく高度なスキルによる結果である。
読者総員、この華麗と形容してもまだ足りない一連の流れにディスプレイを前にスタンディングオベーションをせざるを得なかったのは想像に難くない。
鉄製のトンボが異形より放たれた光に飲み込まれて消失するくだりは、
万感の涙を誘う哀愁と、それでも前に進めと力強く主張して我々に勇気をくれる。

そんな賛辞を一身に受けるべき自己犠牲の精神に満ち溢れ、脇役に徹する強い精神を持つ少年の名を。

良平と言う。


その日、良平は道場の帰り道で一人の男に追いついた。
知っている男ではない。
ただ、前を歩く男よりも良平の歩調が速かっただけの話だ。

「天を切り裂く~」

男はのりのりで歌っていた。
着流しの、体躯の良い男である。

「奇跡の力、よみがえる~」

知らない歌だ。
声色を的確に変えて歌っているのだから器用なものだった。
たぶん8人分ぐらい声調変えて歌っている。

少し気まずいが、良平が追い越そうとした、瞬間。

「I can fly!」

男がおもっくそ良平の方を振り向いて咆哮。
さしもの良平もびくりとなる。

「そこはHEY! と合いの手だろう」
「……」

そして駄目だしされた。
目を白黒させる良平に、男はにやりと笑いかけてくる。
あんまりいい人そうに見えない。

「少年、道場帰りか?」
「え? う、うん」
「腹減ってないか?」
「えーっと……うん、減ってる」
「よし、ついてこい」

良平の体が浮いた。ていうか担がれた。
どう見ても拉致だった。

「うわ!? な、なにすんだ!」
「少年、新しくできた甘味処の話は聞いているか?」
「かんみどころ?」
「おやつを出す店だ」
「あ、団子を出すって……」
「うむ。そこへつれてってやろう。なに、子供から金はとらん。子供は遊んで食って寝るのが仕事だ」
「あんた、店の人か?」

男がやたらと自慢げに頷いた。

「おうよ、<甘味処 『鬼が島』>店長、桃太郎とは俺の事だ。少年も名乗っとけ」
「りょ、良平……あの、それよりおろしてくれよ!」
「お前以外にすでに二人、声をかけてみたがどうやら俺がイケメンすぎて逃げてしまってなぁ。お前は逃がさん」
「助けてくれー!」
「大声出すじゃねぇ。誰か来ちまうだろう」

まるっきり悪役の台詞だった。
仮にも桃太郎名乗ってるのに。

「まぁ騒ぐな、良平少年。甘い物は好きか?」
「す、好きだけど……でも団子だろう? いいよ、団子じゃ。足りないし」
「ふふん、食いしん坊め。よかろう。良平少年、店についたらのっぽに吉備団子セットCを頼め」
「吉備団子セットC?」
「そうだ。吉備団子に、さらにもう一品がついてくるぞ」
「なにがついてくるんだよ?」
「それはついてのお楽しみだ。ところで良平少年、甘味処について噂になっとらんか?」

どこか、男はわくわくしながら良平に聞いた。
じたばたと逃げようと頑張るのも疲れてきた良平は、少しうなって思い出す。

「えーっと、一応」
「どんな噂になっとる?」

桃太郎、うきうき。

「すごく妖しい店ができたって」
「うっおーーーっ!! くっあーーーっ!! ざけんなーーーっ!」
「すごくおしゃれな店ができたって」
「お前にオプーナを買う権利をやろう」

良平は人を思いやる心を持っていた。

妖しい店ができた。
良からぬ輩が和泉に来た。
三人のうち、二人が番兵に取られた。
等々、様子見な噂ばかりだ。
吉備団子自体に触れたり、どんな店だとか言う話は、少なくとも良平は聞いていない。

「おら、ここだ」

気づけば。
良平は<甘味処 『鬼が島』>まで拉致をしつくされる。
鬼が島。
おどろおどろしい店名に反し、その造りは実に、

「普通だ……」

利用しやすそうだった。
桃太郎から放されて立ち尽くす良平は、上から下まで、右に左に店を見渡す。
店外に配置された長椅子には赤座布団がしかれ。
窓から店内を伺えば、和の雰囲気を細やかに表現した造形。

「どんなの想像してたんだよ」
「こう、鬼が住んでるみたいな……」
「おいおい、何言ってんだ」

闊達に桃太郎が笑った。

「なんで店に入ってもないのに鬼がいないって分かるんだよ」
「いるの!?」
「いるいる。おっと、逃がさん」

駆け出そうとした良平を、再び抱えて桃太郎入店である。
放せー、とか、いやだー、とか聞こえたのは妖精の悪戯だろう。
かくして、店の掃除をしていた真達羅が二人を迎える事になる。

「おや、店長、拉致ですか?」
「うむ、監禁するぞ」
「助けてくれー!」
「あのですね、店長、子供が怖がってるんですからそういう事止めません?」
「腹を空かせている子供を放っておくわけにはいくまい」
「放っておいてくれよ! 放せよ!」
「でも、お前、放したら逃げるだろう?」
「逃げない逃げない」
「そうか?」

桃太郎が良平を放した。

りょうへいは にげだした!

「知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない」

しかしまわりこまれた。

「店長、悪ふざけはほどほどにしてください。門谷隊長に怒られますよ」
「それは怖いな。すまん、良平少年。忘れろ」
「トラウマになるわ!」
「ごめんね、良平くん。店長、こんなのだけど悪気は……たぶん、あるだろうけど、お腹空いているのを放っておけないっていうのは本当なんだ」

良平の目線まで腰を下ろし、真達羅が微苦笑を投げかける。
保父さんじみたその穏やかな空気に、良平の心地も多少落ち着いた。

「お腹、どのくらい空いているかな?」
「……け、結構」
「う~ん、吉備団子だけじゃ物足りないかな」
「おい、良平少年、教えてやっただろう?」

そして耳打ちするように桃太郎が言うのだ。
良平が、思い返す。
吉備団子セットC。

「……えーっと、じゃあ吉備団子セットCで」
「おや、良平くん通ですね。もうお品書き・裏を知っているんですか」
「う、裏?」
「ええ、裏です。ちょっと待っててくださいね、すぐに準備しますから」

そう言って良平を適当に座らせて、お茶を一杯良平に運んでから真達羅が調理場へと消えていく。
気づけば、桃太郎と二人きり。
自分も勝手に座ってお茶すすっている店長と良平たちしか店内にいない。

「人、いないんだな」
「高級な店と勘違いして暖簾をくぐりにくい客が大多数である事が予想される。大衆店として善良な値段で品を提供しているという事を一刻も早くお前は吹聴してくれ」
「俺、金は……」
「さっき言ったろ、子供から金取るかよ。お前らは食って遊んで笑ってろ」
「でも、店」
「最初はこんなもんだ。商売ってのはなまず損が出る。利が出るまで時間がかかるんだよ。なぜか分かるか?」
「……さぁ」
「信用を重ねにゃならんからだ」
「信用……」
「そうだ、信用だ」
「……拉致する人間が言う事じゃねぇ」
「そもそも人が来んとどうしようもねぇからな。おい、良平少年、宣伝頼むぜ」
「お待たせしました」

さて、桃太郎と良平の会話の途中。
真達羅が机に吉備団子セットCを配膳する。
吉備団子が、三つ小皿に乗り。
そして、カレーライス。

「……カレーセッ 「吉備団子セットCだ」
「これ、でもカレーライ 「吉備団子セットCだ」
「いや、あのカレ 「吉備団子セットCだ」
「カレーセッ 「吉備団子セットCだ」
「カ 「吉備団子セットCだ」

どう見てもカレーライスが主役だった。
どうしても吉備団子を強く前に出そうとする桃太郎に良平の抗議は届かない。
ただ文句というわけではない。
空腹の良平へと立ち昇るのはとても良い匂いなのだからたまらない。

「あのね、良平くん、これ裏メニューなんだけど、裏メニューっていうのは私たちのまかないなんだ」
「まかない?」
「そう。店に出す料理じゃなくて、私たちのお昼ご飯の事だね」
「へぇ」
「さ、めしあがれ」
「……いただきます」

カレーライスへスプーンを投じれば、ルーとライスのハザマにチーズが覗いた。
ルー。チーズ。ライズ。渾然一体のそれを口へ運べば、

「辛ッ! 酸っぱ! まろやか! うまッ!」

すっきりとした辛味と酸味が立つ。子供の味覚にはやや刺激的なそれなのだが、しかしチーズが上手く丸めてくれて、結局、美味いの一言に集約されてしまう。
口内から鼻腔へと抜ける匂いもまた格別に香ばしく感じらる。
そして米の甘味がゆるゆると舌に伝わってくるのだ。

そして、ものの数分とせず、良平はカレーライスを食べきってしまった。

「うまかった。めちゃくちゃうまかった」
「おいおい、まだ主役を食ってないぜ」
「分かってる。吉備団子……俺、初めて食べるよ」
「味わえ」

ふっくら小ぶりな白い団子を、まず一つ良平が口に放り込んだ。
くにくにくに。もちもちもち。むにむにむに。
適度な弾力と、粘度が舌と歯に心地よく。
素朴な甘味が噛むほど滲み出してくるようだ。

「あ、うまい」

そして、吉備団子セットCを食べきってご馳走様と相成る。

「ごちそうさま」
「はいはい、お粗末さまでした」
「……でもこれ甘味処で 「吉備団子セットCだ」

でもこれ甘味処で出す物じゃない……
良平の正論は理不尽な桃太郎の言葉の壁に阻まれる。

「Cって事はAとかBとかもあるの?」
「CはカレーのCだが、Aは餡蜜のAだ」
「甘味処ならそれを出せば?」
「Bはぶぶ漬けのBだ。帰って欲しい客に出す」
「京の都以外で通じるかな」
「良平くんも物知りだね」

もう一杯、お茶を出されてほっこりしている良平は、ここで店の雰囲気に馴染んでいる事に気づく。
味につられたか、真達羅の人柄に落ち着けたからか、また来ようかなという気持ちが芽生えたような。

「満足か、良平少年」
「……連れられ方が不満だけどカレーも吉備団子も美味かった」
「左様か」

心なし桃太郎にも充足の気配がうかがえる。
美味いと言われて不機嫌になることも、まぁ、あるまい。

「美味い吉備団子の店として、大いに言い振舞うがいい!」
「分かった」

とても良い笑顔で良平が頷いた。


次の日、甘味処なのにカレーを出す事を面白がって、吉備団子セットCを求めてやってくる客が後を絶たなかった。
真達羅が余っていたカレーを少しの客に出して、残りの客にカレーはもうないという旨を伝えるためにぺこぺこする姿が!

「良平くん、カレーの方を宣伝しちゃったみたいですね」
「今度会ったら酷い事してやるか」
「止めてください。そして、吉備団子出すの手伝ってください」
「真達羅、お茶お代わり」
「怒りますよ」
「よーーーっしゃーーー!! 客なんざ100人でも200人でも捌いてくれるわ!」

その日の夕刻。
道場の帰り道で吉備団子口の中に詰め込まれて倒れる良平の姿が!
アスファルトに舗装されていない地面には、

ももた

とまで指でなぞられた謎のメッセージが残されるのみだった。

無論、店長は門谷隊長にめちゃめちゃ怒られた。





<甘味処 『鬼が島』>
店長:桃太郎
従業員:真達羅

不在:摩虎羅、招杜羅

<お品書き>
 ・吉備団子
 ・きなこ吉備団子

<お品書き・裏>
 ・吉備団子セットA New!
 ・吉備団子セットB New!
 ・吉備団子セットC New!

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