誤解が育む愛もある ◆637opSQfIo




「うぅ……」

額がズキズキ痛む。
身体がだるく、ひどく重い。
ついでに言うなら、自身に乗っかっている何かがそれなりに重い。

頭がはっきりしない。目覚めたばかりのようだ。冷静に、状況を整理しよう。
私は誰だ?

――アグリアス=オークス。
それは間違いなかった。私は錯乱もしていないし思考が鈍っているわけでもない。

ここはどこだ?

――詳細不明の孤島。
これも間違いない。詳細は一切不明だ。

なぜここにいる?

――ヴォルマルフの策略にまんまと引っかかったらしい。
情けないものだ。正直、悔しい。またしてもあいつらの掌の上に踊らされるとは。

何をしていた?
――男に襲撃されている少女を保護した。
そして、私が荷物の確認をしている間に奇妙な現象が起こり、
少女に変化が――――


「ッ!!」

記憶が奔流となって私の頭を駆け巡った。
自分の腹の上に視線を遣ると、不幸にも思ったとおり…
襲い掛かってきた黒き翼の天使がすやすやと眠っていた。二筋の鼻血をたらして。
私に乗っていたのは彼女だ。そして、身体がひどく重いのも彼女の攻撃のせいだ。
そうだ、私は逃げなければならない。
こんなところで間抜けにも、本当の意味で間抜けにも死ぬわけにはいかない。

「…クッ…」

なんとか立ち上がろうとしたが、できなかった。
予想以上に身体に力が入らない。
仕方がないので、とりあえずは身体をを左側に傾け、乗っかっている天使を地面へと転げ落とした。
彼女が目を覚ます可能性があるがそんなことは言ってられない。
もう一度、挑戦。四つん這いの姿勢からどうにか二足歩行を試みる。
身体が、鎧が重い。俵を担いで立ち上がろうとしているような負荷がかかり
膝が震えているのを感じた。

それにも耐え、なんとか立ち上がることはできた。
思いっきり立ちくらみがしたが、なんとか踏みとどまり周囲を警戒する。

(人の気配は………ない、が。私たちの荷物がなくなっている)

まさか、全てが風に飛ばされたなんてことはないだろう。
ということは誰かが持ち去ったのだろうか?
それなら、荷物を奪い去るだけではなく
気絶している私達に対して何かしらの行動をしそうなものだが。
"殺し合いにのっておらず"かつ"親切心を持ち合わせていない"人物ということだろうか。
単純に、猿か何かが取っていった可能性もあるが。

(とにかく、武器どころか水すらない。幸いにもすぐ近くに川があるが…
 どこかで入れ物を調達しなければならないな。
 地図は頭に叩き込んであるから、ある程度の地理は分かる。
 E-2・G-5の拠点なら容器程度はあるだろう。…だが今の私では着く頃には日が暮れる。
 下手な相手と出くわせば……逃げることすらできまい。さて、どうしたものか…)

東の空がだんだんと暗くなっていく。
自身の顔は、おそらく青白いだろう。完全な貧血だ。
風が通り抜けていく。温かみが感じられない頬から、熱を奪っていく。

冷える。

ラムザはどうしているだろうか。あいつのことだ。
ヴォルマルフ打倒に奮起して、何かしらの行動を起こしているだろう。
最初にヴォルマルフ相手に大立ち回りしたのだから、
ラムザとの接触を目指している参加者も多いだろう。

ムスタディオ。あいつは無事か?
殺し合いに乗るような奴ではない。だが、人が良すぎる。
そっと…ゆっくりと唇を右手でなぞった。
あいつからもらったティンカーリップはつけてはいない。
血色を失った唇は柔らかく、冷たい。

ガフガリオン。北天騎士団に内通しオヴェリア様を裏切った許し難い男。
極悪人というわけではないが注意は必要だ。あと一発ひっぱたきたい。
そして、なぜ奴が生きている。これもヴォルマルフ達の仕業なのか?

ウィーグラフ。もはや語るまでもない。悪魔・ルカヴィそのもの。
ラムザとの一騎打ちに破れ、その後に奴と同化していたベリアスも倒したはずだ。
ガフガリオンと同じく、なぜ奴の名前がここにあるのか。
分からないことが多すぎる。最初に目を通した名簿を含む、
ヴォルマルフからの情報の真偽についても考える必要があるだろう。

アルマ。ラムザの妹。
そして、ヴォルマルフに捕らわれていたはずだ。
兄達と違って修道院で暮らしていた期間が長く、戦闘はからきし。
わざわざ連れ回した人質を、こうもたやすく放出した理由はなんなのだろうか。

涼しい風が、髪を、頬を、肌を撫で付けていく。

冷える。

「………」

私は、自身の頭が回転していないことを再認識した。
鎧が不器用に剥がされ、胸元がはだけている格好なことに今気付いたのだ。
冷えて当然だろう。
さっさと着衣を整えようと思ったその時。

「むにゅぅ……いやいや…こころゆくまでアニメを……かにみそぉ…」

自身の頭が回転していないということをもう一度認識することとなった。
思考の海を泳ぐ前に、森を歩くべきだったことになぜ気付かなかったのか。
吸血天使が目を覚まし身を起こしていた。



「なんだか鼻が痛いです……あれ?アグリアスさん。
 そんなところで立ってどうしたんですか?
 ほら、こっちにきて血を吸わせてくださいよ」

天使のモノではない黒い翼に、赤い瞳。
彼女に憑いた悪魔は、未だに彼女の肉体から出て行ってないようだった。

(逃げるしかない)

即座に決断した。まともに戦うほどの体力は残っていない。
なけなしの体力を振り絞り、死神の如き天使に背を向け走り出したが。

「おにごっこですか?待ってくださいアグリアスさん!」

「ッ!!」

おぼつかない足取りの私の速さではどうにもならない。
悪魔の翼をバッサバッサとはばたかせすぐに正面に回り込まれた。

「息が少し上がってますね。そんなアグリアスさんもおいしそうです…」

逃れれたはずの死刑宣告が再び突きつけられ、
気がつくと両肩は死刑執行人に掴まれていた。
払いのけようとしたが、彼女の両手は私の肩にくっついているように離れようとしない。

向かい合う二人。一人の肩には手が置かれ、夕闇がムードを作り出す。
傍から見れば、ラブシーンの一幕に見えないこともないかもしれない。
だが、そんなことは私には関係なかった。

「アグリアスさん、いただきます…」

死刑執行。彼女は肩を掴んでいた右手1つで、私の両手を握った。
もちろん、頭突きも警戒している。同じ失敗をするつもりはないらしい。
反撃の自由を奪われた。
足掻いてみるが、見た目以上の筋力を保持している彼女の拘束からは逃れられない。

(無念…ッ)

私は覚悟を決め、固く眼を閉じた。

(ここまでか…ラムザ、ムスタディオ…すまない。
 オヴェリア様…申し訳ありません。ディリータ殿、オヴェリア様を頼みます)

瞼の向こうで、何か紫の光が煌いたがそれが一体何になるというのか。
私は、この残された僅かな時間で仲間とオヴェリア様の無事を祈ることしかできなかった。



まるで何かの夢から醒めたかのように、フロンは"青い瞳を"ぱちくりさせていた。
その背には、純白の天使の羽。先程の紫の光は、
ダークレギオンの憑依が時間経過により解けたための反応だったのだ。

それで、問題はこの状況だ。
向かい合う二人。胸をはだけさせたアグリアスは眼を閉じている。

きっちり3秒間、状況を考える。
ここで、この愛マニアが出す結論は一つ。

(これは……ラブシーンですね!!)

しかも、相手が眼をつぶっているのである。

(これは……私がリードしろってことですね!!!)

フロンは左手の人差し指でアグリアスの頬をそっと撫で、そのまま指を顎へ。
指で顎を上下させフロンの顔の高さに合わせた角度にアグリアスの顔を調整する。

「アグリアスさん…」

そのまま、フロンの唇がアグリアスの唇へと―――――

「…ふみゅっ!?」

いかなかった。

「………正気に戻ったようだが……貴殿は何をしている?」

死を覚悟してから、攻撃されるまでにあまりに間が長いので薄目を開いたアグリアス。
悪魔の翼が天使の白い羽に戻っていたので、
彼女が正気に戻っていることを理解するのは容易かった。
もっとも、行動は正気とは思えなかったが。

「何をしている、ってそれはもちろん、愛に身を任せているんです。
 こんなシチュエーションがいつのまにか組まれているのに無碍にするなんて…
 そんな愛を冒涜するよな真似できないじゃないですか!」

アグリアスには彼女の言葉に色々と突っ込みたいところがあったが…
最も気になるのは『いつのまにか』という言葉。

「待て、貴殿は何をやったのか覚えてないのか?」

「…?なんだか、夢を見ていたような…私、何かやりましたか?」

「……本当に覚えてないんだな」

ならば責めるに責めれないな、と苦々しい表情でアグリアスが呟いた。
ため息をつきながら鎧を着直す彼女を見ながら
フロンは自分が何をやったのか思い出そうとするが綺麗に記憶から抜けている。

(仕方がありません、状況から考えてみましょう
 胸がはだけたアグリアスさん。
 ラブシーン真っ最中。
 そういえばなんでか鼻血が出ていた私。
 これらのことから考え付くことは………もしかして!?)

フロンはとある結論に達した。

では、以下の会話をそのままお聞き頂きたい。

「もしかして…私はアグリアスさんを襲ったんですか!?(性的な意味で)」
「ああ…貴殿は何かに憑かれて正気を失っていたようだが…襲われた。(暴力的な意味で)」
「ということは…私は奪ってしまったんですか?(アグリアスさんを)」
「…激しく奪われたな。(血を)」
「は、激しく!?(そんなに情熱的に!?)」
「ああ、思いっきり吸われた。(おかげで貧血だ)」
「す、す、す…吸う!?そんなことまで!!?(ああ、なんで思い出せないんだろう!?)」
「………吸ったせいか?やけに顔が赤いぞ。(私の血を吸った分、血色がよくなっているのか?)」

当然であるが生真面目な騎士アグリアスが、
目の前の愛マニアが何を妄想しているのか分かるはずもなく。
頭上に数個の疑問符を浮かべながら、『きゃ~』だのといって顔を手で覆っているフロンを
訝しげに眺めていた。


しかし、自分はなんでそんなことをしてしまったのだろうか?、とフロンは自問する。
アグリアスの持っていたあの宝石を受け取ったすぐ後からの記憶がない。
ということは、あの宝石が影響したのだということは予想がついた。

「この宝石はきっと、愛☆パワーを増大させる効果があるんですね!」

「…は?」

地面に転がっていた宝石ことダークレギオンのサモナイト石を拾いあげながら
またしても何かをのたまうフロンと、更に疑問符を増やすアグリアス。

「私の溢れ出す愛☆パワーとこの宝石の力の相乗効果で
 私はあんな狼藉を働いてしまったんでしょう。
 でも…これをラハールさんやエトナさん、先程の男の方に使えば…
 愛に目覚め、愛の素晴らしさをもっと知ってもらえるかもしれません!!」

もはや、アグリアスにはツッコミを入れる気力すらなかった。

「…お前の愛☆パワーとやらはえらく迷惑だな…。
 とにかく、いつのまにか食料も道具も奪われてしまった」

「え…あ、ホントだ!?でも、ハンディカラオケは残ってますね。よかった」

ひょいと地面に転がっていたマイク型のハンディカラオケを拾い上げながら
嬉しそうにそんなことをいうフロンだったが、アグリアスは気が気でない。
武器もないまともに走れもしないこの状態で歌われでもしたらたまったものではない。
サモナイト石も、彼女に持たせておくのは危険だ。
また襲われでもしたら今度こそ死ぬ。そもそも、効果を勘違いしている節がある。

「没収だ。そのサモナイト石とやらも」

「ああ、そんなぁ!?」

アグリアスは静かに宣告し、素早くフロンから二つの支給品を取り上げた。

「すぐそこの川で水を飲んでから、食料がありそうな場所に向かおう。
 …済まないが、肩を貸してくれないか?」

「わ、私が激しくしたせいで歩くのも辛いんですか!?」

慌てた様子でフロンはアグリアスに肩を貸した。
鎧も合わせればそれなりに重量もあるが、
それだけの重さを支えても彼女の足取りは確かだった。
天使だから、ということかやはり見た目以上に力はあるようだ。

「大丈夫だ。食事を摂って休めば支障がない程度には回復する」

そんなにすぐに回復するとも思わなかったが、先程の事故のことで
フロンを責める気はアグリアスにはなかった。
なら、泣き言を言っても仕方ない。そう思い、気丈に振る舞った。

「それにしても…済まない。私が貴殿を守るつもりだったのに、
 逆に足手纏いになってしまうとは」

「そんなことはありません。アグリアスさんがいなければ私は死んでいたでしょう。
 大丈夫です、アグリアスさんは私が責任をとって守り通します!」

「責任を……『とって』?」

再び頭上に数個の疑問符を浮かべるアグリアス。
『もって』ではなく『とって』。
何かこの言い回しに重要なことが隠されている気もしたが何も思い当たらない。
きっと、貧血のせいで頭が回ってないのだろうとちょっと諦め気味に考えることは一時停止した。

「さぁ、では行きましょうアグリアスさん!
 皆さんに愛を説いて、この争いをやめさせるのです!」

「……できる限り他の参加者との接触は避けよう。これ以上の面倒ごとは御免だ」

胃が痛い、アグリアスは心底そう思った。



【F-4/森/一日目・夕方】
【フロン@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:後頭部から軽い出血(血は止まっている) 顔面、腹部、胸部に打撲
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]1:アグリアスさんを責任をとって守る
   2:神の愛を説きつつ、人々の争いを止める
   3:協力者を集める。
   4:ラハールさんやエトナさん達にも協力して貰う
   5:主催者を打倒、もしくは神の教えに帰依させる
[備考]:ダークレギオンの効果を、『愛☆パワー増大』と勘違いしています。
    アグリアスと深い仲になったと一方的に勘違いしています。

【アグリアス@ファイナルファンタジータクティクス】
[状態]:重度の貧血
[装備]:サモナイト石(ダークレギオンと誓約済)
[道具]:マイク型ハンディカラオケ(スピーカー付き)
[思考]1:食料の調達
   2:武器類の調達
   3:ラムザたちと合流したい
   4:現状での見知らぬ相手との接触は避ける
   5:襲われやむを得ない場合は、自衛による殺人もありうる
[備考]:マイク型ハンディカラオケには、フロンがアグリアスを襲ってから
    エトナが再生ボタンを押すまでの音が雑音ありで録音されています。
    ダークレギオンの取扱いメモは一連のゴタゴタの間に風で飛ばされた様子で
    使い方・効果ともにちゃんとは把握していません。


069 無様な剣芸 投下順 071 二人の地球勇者
068 秘める悪意と無力なるモノの救いの視線 時系列順 073 黒の公子、金の勇者
051 女の戦い フロン 095 セキガンのアクマ
051 女の戦い アグリアス 095 セキガンのアクマ
最終更新:2009年06月18日 10:48