長い間さまよって ◆j893VYBPfU
薄暗くなった森の中で、自らが起こした篝火に照らされながら。
ただ独り、静かに佇む男がいた。
いや、男という言葉は正確な表現ではないのかもしれない。
彼は過去の事故によりその身体の大半を失い、
今ではその七割が機械に置き換わっているのだから。
正確には「男だったもの」と評すべき所なのだろう。
サイボーグ(Cybernetic Organism)
生命体と、機械技術の融合物。
人間にして、人間ならざるもの。
人間の心身を捨てた、自然ならざるもの。
科学の申し子にして、忌み子。
――だが。
たとえ生物学的には男でなくなろうとも。
その魂はまさに「漢」と評すべきもの。
それが、現在の
カーチスを表す言葉である。
その漢が今、苦悩に満ちた顔で。
ただ独り、静かに佇んでいた…。
◇ ◇ ◇
――大剣を振り下ろす。
凄まじい衝撃音と共に、首輪がその柔土にめり込み。
首輪は瑕疵一つないままに、剣のみが天に跳ね上がる。
――大剣を押し当て、一息に引き切る。
耳触りな擦過音と共に、首輪が盛大な火花を撒き散らし。
首輪は瑕疵一つないままに、周囲の地面のみが切り裂かれる。
…クソッ。なんて出鱈目な硬度なんだ、この物体は?
カーチスは、少し南下した鬱蒼と茂る森の中で。
手に入れた首輪を分解してその構造を解析すべく。
手にあるその大剣で、切断を試みていたのだが。
あまりにも常軌を逸するまでの硬度に、手を焼かされていた。
首輪には、かすり傷一つない。
永久不変を訴えるかのように。
この殺し合いが絶対である事を誇示するかのように。
その分解を試みる、カーチスを心底嘲笑っていた。
明らかに物理現象を超越した、出鱈目も極まる耐久性。
――「硬化」と「暗黒闘気」、あるいは「シールド」の魔法によるものか?
その異常性は、
ラハール達の肉体を連想させるものがあった。
それはつまり、カーチスがの持つ科学知識では対処し切れない、
魔法的な仕掛けが首輪に存在する事を意味している。
少し考えてもみれば、これも当然の事。
首輪を外せる可能性のある技術のある人物を参加者に据える以上。
事前対処として、解除の可能性のある人物が知り得ようがない
仕掛けを仕込んでおくのが妥当である。
己が主催者という立場だったとしても、確実にそうするだろう。
ましてや、己のような最先端を行く科学者を蘇らせるのであれば。
――昼間の情報交換を思い出す。
アティの話しによれば、自分のような存在は彼女の世界には存在せず。
(あえて言うならロレイラルの融機人とやらに近いという事らしいが)
生身の人間をここまで改造するような技術は存在しないと話していた。
だが、反面において召喚魔法という未知なる技術が、
アティの世界には既知の常識として存在する。
それは、少なくとも地球(魔界と区別して人間界、と言うべきか?)、
カーチスの世界には存在しないものだった。
――そう、魔法だ。
己と対峙したラハール達が当然のように行使した、科学では決して有り得ぬ力。
自分達が魔界に侵攻した際に初めて見た、あの奇跡のような力と同類なら?
鍛え上げられた肉体を更に硬化したり、瞬時に傷を癒したりするあの力なら?
――少なくとも、オレはその点においてド素人もいい所になる。
数多ある世界から無作為に(あるいは作為的に)五十余名もの人間を召喚し。
あるいはそれを蘇らせ、それを殺し合いの参加者とさせる力のある存在である。
その程度の魔法など、造作もない事に違いない…。
――そして、おそらくは。
こちらの知らない魔法に長けた参加者も、恐らくはいるだろう。
アティも召喚石さえあれば、それなりに使えるとは聞いている。
そういった者達への対策も、当然に行われているに違いない。
彼らに対しては、逆を言えば最先端の科学技術で対処すれば良い。
そうすれば、たとえ人の手による稚拙な産物であっても。
解除される可能性は、限りなくゼロに近付ける事が出来る。
これなら、多少大雑把な技術であっても、なんら問題はない。
――現段階で、おそらく考えられる事といえば。
複数の世界の産物による仕掛けを用いた、魔法と科学のハイブリット。
外装を魔法的な防護で固め、内装を最先端の科学技術で補い製作する。
そうしておけば、一人ではどうあがいても解除は不能という事になる。
知りもしない世界の知識を用いられては、誰の手にも余るのだから。
そうなると、当然のように異世界の人間と深く関わらざるを得ない。
そして、それは必ずしも友好的な人種とは限らないのだ。
こうなる事を折り込み済みでの、この仕掛けなのだろう。
――駄目だ。この主催者とやらは実に手が込んでやがる。
余程オレ達にこのクソッタレな殺し合いをさせたいらしい。
「あれだけアティに大口叩いておいて、このザマか…。」
カーチスは己の無力さを恥じ、大きく舌打ちをした。
ならば、こちらの計算は大きく狂ってしまうことになる。
無線機に仕込んだ仕掛けも、おそらくは無駄になるだろう。
やはり、手掛かりを得るには異世界の未知なる技術
(おそらくは魔法)に通じる者の協力を仰ぐしかない。
己一人では、何一つ出来やしないのだから。
――だが、誰を頼ればいい?
…アティか?
確かに彼女なら、主催者のディエルゴとやらの事もよく知っている。
魔法にも通じているだろうし、そこから仕掛けの類推する事が出来る。
なんなら、今から無線でその事を聞くのも良いのかもしれない。
…それとも、あの
ミカヤとかいう少女か?
あの少女も、確かに強力な魔法を使いこなしていた。
あれだけの力を行使出来るなら、ともすればこの首輪に
働いている異常な力にも心当たりがあるのかもしれない。
なにより、彼女らは事前に斃した相手の事をあらかじめ知っていた節があった。
あの女がどうみても口を聞ける、まともな状態ではなかったにも関わらず。
ゴードンはあの参加者の名前と生存を、確信していたかのような口ぶりだった。
ならば、彼女の当てが外れた場合であっても。
他の参加者の情報を持っているかもしれない。
――だが、どちらかを頼るという事は。
アティには、己が一人の参加者の殺しに加担した事実を。
ミカヤには、己が
オリビアを手に掛けたという事実を。
それぞれに突きつける事を意味する。
カーチスが最も伏せて置きたい、辛い現実を。
外れていない首輪が手元にある事が、何を意味するか?
決して彼女らに分からぬはずがないだろうから。
それは避けたいところだが、それ以外に打つ手はない。
一人で悶々とする事に、全くの意味はない。
だが、だからといって彼女ら以外を頼るには、
あまりにも掛かる時間と危険が大きすぎる。
――なら、どうすりゃいいってんだ?
…こうして、カーチスがいたずらに思考に時間を費やしている間に。
【C-2/森/一日目・夜(19時)臨時放送直前】
【カーチス@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:背中及び数箇所に切傷(軽症)、左足に異常(要修理)、若干の性能劣化
[装備]:オウガブレード@タクティクスオウガ
[道具]:支給品一式
鍵@不明、オリビアの首輪
[思考]1:手に入れた首輪を解析する為に、異世界の(魔法に詳しい)参加者を探す。
2:アティかミカヤにいち早く接触し、他の参加者についての情報を得る。
[備考]:首輪が魔法的な防護により異常なまでの硬度を帯びており、
物理的手段だけでは分解不能である事を理解しました。
分解と解除には魔法と科学に通じたものが必要であると推測を立てています。
最終更新:2011年05月02日 10:00