欺き、欺かれて ◆imaTwclStk
『さて、この女の扱いは如何しようかな?』
目の前の全裸の女、
パッフェルの首筋を少しなぞる様にゆっくりと剣を這わせながら、
僕達は少し思考する。
この女は今の所、そう“今の所”は僕たちに従順だ。
質問には答える、無駄な動きはしない、実に理想的で模倣的な捕虜の姿を体現してくれている。
僕達としては多少の抵抗や卑屈な命乞いをしてくれた方が面白かったのだが、
この女、どうもただの素人という訳でもなさそうだ。
そう何らかの訓練を受けてきたか、もしくは相当の修羅場を潜り抜けてきているのであろう。
今の状況も初めて身を置いているという訳では無さそうだ。
似たような経験はすでに何度か経験済み…か。
つまらないな、実につまらない。
この手の人間は幾ら肉体を汚されようが、傷つけられようがそれで堕ちるという事が期待できない。
情報を得る相手としては“当たり”だったが、僕たちの望む娯楽の相手としては“外れ”か…
最終的に殺すのだとしても、僕達としても過程というのは大事だ。
ただ、殺す。
無慈悲に、利己的に、憎む訳でもなくまして愛など持つ訳も無く、目の前に群るものに悪意の鉄槌を振り落とす。
これも実に楽しいのだけれど、これをするのであるのであれば、
そう、もっと大勢の生贄共でなくては楽しみようがない。
大勢の無力で矮小な生贄の奏でる阿鼻叫喚こそが殺戮の矜持。
力ある者は、より巨大な存在に魂さえ屈し、虫けらの如く地べたを這いずり回らせ、
己をこのような地獄に叩き落した神への恨み言を吐かせながら苦悶の末に殺す方が何倍も楽しい。
だからこそ、実につまらない。
この女は多少の悲壮感や自分の恋人への未練等は残すかもしれないが、それでは足らない。
久しぶりに現世へと転生したというのに実に味気無い。
どうせ今だって内心では脱出の機会でも窺っているのであろうし、殺す理由としては充分だが…
…?
…恋人?
あぁ、実に言いことを思いついた!
この鉄の処女(アイアンメイデン)に僕達が血肉を与えてあげようじゃないか。
神に代わり、悪魔(ルカヴィ)から汝に血と慟哭の祝福を!
…あぁ…あぁ…これこそが現世の楽しみ。
愉悦を堪え切れない僕達の顔はどんなに歪みきっているのであろうか?
新たな楽しみを見つけた今となっては情報を聞き出すためとはいえ、
今、この瞬間さえももどかしい。
だけど急いてはいけない。
焦って壊してしまってはこの玩具は二度と元には戻らない。
…ハハハ…クスクスクス…ゲラゲラゲラ…
僕達らしい実に纏まりの無い笑い声を心の奥に潜ませる。
僕達はとても腹ペコだ。
じっくりと下拵えをして、味を調えてメインディッシュを愉しませて貰わなくては。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まずは一つ息をつく。
何事も出だしが肝心! 急いてはことを仕損じる!
まぁ、でもそういっちゃえば、この状況の時点で駄目駄目なんですけどねぇ…
「分かりました、私の知ってる事ならお教えしますから、
取り合えずこの剣を下げてくれません?
この格好にこれは冷たすぎるんですよねぇ~。
…って、言っても駄目でしょうけど」
「正解です、ですが謙虚な姿勢は賞賛に値しますよ?」
私の首筋にひたひた剣を当てながら、後ろの少年に警戒を解く気配は無し。
というより、言葉と違って全然賞賛する気ないですよね?
むしろ期待外れでつまんないって感じなんですけど?
「まぁ、良いですよ。 その程度の度量の狭さということで許して上げます♪
で、私から何が聞きたいんですか?」
ペースを向こうに完全に持っていかれないように軽口を叩きつつ、向こうの出方を窺う。
一瞬、考えた後に少年は口を開いた。
「そうですね…あなた方の世界の事について、少し教えてもらえませんか?」
いきなりそう来ましたか。
これで少なくとも私の事を知っていたのにも合点が言ったってもんですよ。
今の所、私が出会った異世界の人間は
オグマさんただ一人。
そのオグマさんは異世界の知識なんて(失礼な言い方ですけど)全くもって持っていなかった。
もしかしたらオグマさんが特殊な例だったのかもしれないけれど、
私たち意外には召喚術が普及していない世界が多いという可能性が高い。
なのに、相手に異世界の事を聞いてきた上に、こちらの事をある程度知っているというのなら可能性は一つ。
この少年が“主催者側と繋がっている”という事。
……うわぁ、ババ引いちゃいましたぁ。
それにしてもこの少年、優位な立場だからって慢心しすぎじゃありませんか?
たった一つの言葉からだって、このくらいの推測は出来ちゃうってもんですよ?
……まぁ、元から生かす気が無いからなんでしょうねぇ。
さて、困りました。
知ってる事、全部話しちゃったら
マグナさん達にどんな影響が出てしまうかも分からないし…
聞いてきた以上、詳しくは知らないんだろうから虚実織り交ぜて適当にはぐらかそうにも通じるとも思えませんし。
ありゃ、完全に袋小路ですね。
まぁ、まずはけん制程度に初歩的な事でも。
「そうですねぇ~、私達の世界はリィンバウムと言いましてぇ…」
「いや、そこら辺は結構です。
もっと具体的にあなた方の世界で『何があった』のか、お教え願えませんか?」
聞いて来た癖に冷ややかに全否定。
本っ当に礼儀ってもんが無いですねぇ。
まぁ、でも狙いはやっぱり『ディエルゴ』って事でいいみたいですね。
それにしても変ですねぇ?
何で主催者側の人間がディエルゴの事をわざわざ私に尋ねるのか?
「と、言われましても~、強いて言うなら悪い奴が居たんで私達で〆ちゃいました~ってくらいですかねぇ?」
うん、我ながら実にざっくばらんでいて、事実に違えていない説明。
「ほぅ、貴女方の手でその『悪い奴』を討伐できたというのですか?」
ほんの少しだけ少年の言葉に興味が混じっている。
これは完全に手段の方に興味があるみたいですね、私達の実力で倒せたなんてほんの一ミリも思っていない感じ。
と言っても、こればっかりは実力だからしょうがないんですけど。
「まぁ、あんな奴は私達が力を合わせたらちょちょいのチョイでしたよ♪」
首筋に当たる剣先に僅かに震えが伝わる。
この感じ、もしかして笑っている?
「そうか、そうでしょうね。 蟻だと思っていた者に食い破られたか。
確かに個々の力は脆弱なものなのに貴女方はいつだって群れを成すことで時として想像を超えた力を発揮する。
…フフフ、煮え湯どころじゃない、随分と面白い目にあったようじゃないか」
言葉の端からは多分ディエルゴに対しての侮蔑と愉快さが混じっている。
でも、背後から感じる視線には禍々しいほどの憎悪が込められている。
まるで何か不快な事を思い出させられたかのように。
「でも、それだけじゃないんでしょう?
例えば、何か貴女方を支えるような力を持った者がいたとか?」
憎悪が消え、前までと変わらない涼やかな様で威圧的な態度で少年は尋ねてくる。
これは
アメルさんや
ネスティさん、それにマグナさんの事を聞いてる?
……正直、死者に鞭を打つようで心が痛みますが許してください。
「…少なくとも、あなたが尋ねている人物なら既にこの島には居ませんよ…」
私の言葉を理解した瞬間、背後の少年の気配が一変した。
憎々しげに舌打ちをすると何事かをぶつぶつと呟いている。
「…クソッ!……どういう事だ?…よもや先手を打たれたと言うのか?
…馬鹿な、奴は何も言っていなかったぞ…いや…奴も知らなかった?」
やはりこちらの細かい事情までは知らなかった様子ですが、
あの様子だと天使アルミネの事も、そもそもアメルさんの事すら知らなかった?
どうも、主催者側も一筋縄ではいかないような連中の集まりみたいですねぇ。
アメルさんを話しのだしにしたようで本当に申し訳なかったですけど、
これは大分、重要なことがわかりましたよ。
生きて帰れればの事ですけどね。
背後で少々取り乱していた少年の気配がまた元に戻る。
……この感じだと。
「まぁ、この位でいいでしょう。 どうせこれ以上は面白い話は聞けそうにありませんし」
ついに来ちゃいましたか。
結局、逃げる算段も碌に見つからなかったという事ですか。
「あっちゃ~、それは私がもう用済みって事ですかねぇ?」
こうなったら一か八か覚悟を決めていくしかないですね。
「用済み? まさか、貴女の命は保障しますよ」
せ~の!と、頭の中で踏ん張っていたのにいきなり出鼻をくじかれちゃいました。
どういう事でしょうね、さっきまでは殺す気満々って感じでしたのに?
どっちにせよ、凄く嫌な予感はするんですけど。
「まずは目を瞑ってゆっくりとこちらを向いて貰いましょうか?
おっと、不用意な真似をしたらすぐに切り捨てますよ」
それって全然保証してないですよね?という些細な疑問はこの際、封印しておく。
どんな算段があるのかは知りませんけど、
背後を取られたままなのよりは正面きって向き合える方がまだマシですし。
言葉通り目を瞑ったまま、ゆっくりと振り返ろうとして強引に抱き寄せられた。
驚く間もなく、自分の唇に暖かい感覚が重なるのを感じる。
「…ツッ!?」
目を見開き、強引に奪われた唇を引き離す。
体は完全に抱き寄せられており、相手の見た目からは想像も付かないような力で締め上げられ、
これが精一杯の抵抗である。
「やっぱり、私の体が目当てだったんですか、ムッツリスケベさん?」
ここにきて初めて見た少年の素顔は割りとハンサムだけれど、
全身から滲み出している感覚は私に不快感を味合わせる。
「体? 残念。 僕達が興味があるのはあなたの心ですよ。
外的刺激があった方が隙が出来ると言うものですからね、
ほら、 こ の よ う に 」
瞬間、少年の目が妖しく輝いたのと同時に私は自分が失態を犯してしまったのだと自覚した。
その瞳に吸い込まれるようなこの感覚、これは―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
手探りで辺りを探りながら、私は廊下を彷徨う。
別に視界が暗い訳じゃないけれど、
自分がまだ夢の中にいるとも限らないから現実感が欲しいだけ。
目が眩む。
血と共に体温まで失われた所為か、寒気と気分の悪さに襲われるから。
傍から見れば夢遊病者かのような揺れ動く自らの歩みの遅さにじれったさを覚える。
置いていかれる。
忘れ去られてしまう。
…また、
また、孤独(独り)になってしまう。
昔からそうだった。
私は単に独りになるのが怖かっただけだった。
育ての親の為に復讐する事なんか如何でもよかった。
だって、そうして周りに合わせないと、
置いていかれてしまうからしょうがなかった。
自分の主体性の無さも、他人への依存も理解している。
見ないようにしてるだけ。
だって、
だって、それを認めたら自分が空っぽだって認めてしまうもの。
隠されていた自分の血筋では空っぽだった自分を埋める事は出来なかった。
何が王妃だ。
所詮、私は田舎娘か修道女の域を出ない教育しか受けてきていない。
王妃足りえる気品とか振る舞いなんか出来る訳がないじゃない。
都合の良い人形として丁寧に扱われるだけ。
それは今と何も変わっていないじゃない。
肩書きとかそういったもので私は埋められない。
だから唯一無二のものが、愛情が私は欲しい。
でも、私には…
―――血の繋がった家族はいなかった。
最初から、孤独(独り)だった。
周りの者が当然として持っていた絆すら端から持っていなかったのだ。
それでも、養父は私を娘として扱ってくれた。
義弟は私を慕ってくれた。
その不確かな愛情だけが私を埋めてくれた。
でも、それさえも過去のもの。
養父は奪われた。
義弟は去って行った。
みんな、私を置いていった。
―――マタ、ワタシハカラッポニナッテシマッタ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
独りは嫌!
誰かに愛して欲しい、私だけを見つめて欲しい。
空っぽな私を埋めてくれる、それだけが私の欲しいもの。
だから、
だからだからだからだからだからだからだからだから!!
『それでも僕は姉さんを愛している!』
嬉しかった。
泣き出したかった。
やっぱり、本当に私の事を理解してくれているのは彼だけだと思った。
それが例え、義弟なのだとしても。
なのに。
“私が今見ているこの光景は一体何なのか?”
抱きしめられ、虚ろな表情の裸の女と、
それを抱き支える笑みを湛えた男。
女の方は知らない、如何でもいい。
でも男の方は知ってる、嫌と言うほど。
自分の義弟を、愛を囁いてくれた人を、私を埋めてくれる人を見間違える訳は無い。
物音が聞こえた部屋を覗き込んで見せられた光景。
見たくなかった、知りたくなかった。
反射的に身を隠した自分にも嫌気が差した。
それは自分を卑屈に感じさせたし、
何よりも裏切られたのだと実感させたから。
裏切った?
誰が?
デニムが私を裏切る訳が無い。
きっと、
あれはそうだ、きっとデニムが“誘惑されているに”違いない。
噛み締めた唇から血が滲む。
そうやって、また私から奪っていこうっていうんだ。
みんなみんな、どうして私だけから奪ってしまうのよ!
再び部屋の中を仰ぎ見る。
声ははっきりとは聞き取れないが、
デニムが女に対して何かを囁いている。
あれはきっと私への弁明に違いない。
誘惑に負けて、一時の感情に流されている事に対しての。
大丈夫、後でちゃんと話してくれさえすれば私はあなたを許すわ。
だって、そうよね?
デニムはここに来るまでずっと我慢してたみたいだから。
多分、まだ
姉と弟だった事に抵抗があるのよね?
真面目な子だから。
一度、視線を離し、呼吸を落ち着ける。
デニムには聞きたい事が沢山ある。
ちゃんと真剣に向き合って話し合わないといけない。
許すつもりだけど、あんなにあっさり誘惑に乗った事へのお説教もしなくちゃ。
「…でもね」
私は懐から短剣を取り出して握り締める。
「でもね、デニム。 その女は駄目」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕達の腕の中でゆっくりと女の双眸が光を失う。
「アスモデよ、我がひとみ、我が息吹、汝の心を捕らえ操らん…、チャーム!」
やはり、この手の呪文の方が今の僕達には扱いやすい。
属性として「暗黒」の分野のものが、
闇そのものである僕達には息吹をするかの如く好く馴染む。
魅惑の闇に囚われた女の体を解放する。
女は何の抵抗も見せず、ただその場に立ち尽くしている。
女の耳元に手をやり、ゆっくりと顔を近づける。
そして、彼女に囁きかける。
「 ――――――、 ―――――。 ―――――、 ――――――― 」
破滅の言葉を。
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少々、時間がかかってしまったな。
この手の暗示にはどうしても時間を掛けなくてはいけない。
いや、暗示などと言う生温いものではない、これは呪詛だ。
決して抗う事などは出来やしない。
女はぼんやりとした様子のまま,操り人形のようにかくんと頷く。
「良い人だ、貴女は。 きっと素晴らしい見世物を見せてくれるんだろうね」
まずは仕込みは出来た。
次は手元に置いておく為にも、チャームを強化しておくかな?
ガタリと背後で物音がした。
「誰だ!」
いかんな、つい夢中になってしまっていたようだ。
背後への警戒が疎かになってしまっていた。
背後のドアが軋み、ゆっくりと開け放たれる。
そこに立っていたのは、
「何だ、もう起きたのかい? 駄目じゃないかもう少し休んでくれないと」
僕達の言葉に―――は俯いた姿勢のまま答えてはくれない。
―――は扉の前から動かないので、仕方なく―――の傍に僕達は近寄る。
「さぁ、戻ろう? 身体に障るよ…」
…?
あれ?
僕(達)はこの人を何て呼んでいたっけ?
この人は僕(達)にとって、
とても大事な人だ。 『如何でもいい人間だ』
光であり、未来であり、希望そのものの筈。 『愚劣で、過去であり、捨て去るべきものだ』
どっちだったっけ?
分からない。
分からない?
何故だろう、胸の奥で誰かが喚き散らしている。
そんな気がする。
頭が回らないうちに―――は僕を押しのけて部屋の中に入って来た。
そして、今だ朦朧としたままの女の前で立ち止まる。
「…前…お前…が…なんかが…お前なんかが!」
ぶつぶつと呟いている―――の姿をぼんやりと眺める。
あれは?……まずい!
「お前なんかが、私のデニムを奪うな!」
―――が両手で握り締めた短剣を女に振り落とそうとしている。
「よせぇぇぇぇッ!!」
後ろから捕まえ、―――の自由を奪う。
短剣は女の身体に突き刺さるか否かの寸での所で何とか止める事が出来たが、
尚も暴れようとする―――により、女は突き飛ばされて倒れ伏している。
なんていう事をするんだ、僕の仕込みを台無しにする気か!!
「放して、放しなさい!! あの女はだけは許さない!」
喚き散らし、短剣を振り回す―――をより強く捕まえる。
「よせッ! 落ち着くんだ、落ち着け“姉さん”!!」
――――あ。
そうだ、この人は姉さんだ。
『僕』にとって『大切な』人であり、生かしておかないといけない人だ。
それ以上の理由なんて『ありはしない』。
何だ、単純な事じゃないか。
姉さんを一旦離し、再度今度は優しく抱きしめる。
その感触に姉の動きが止まり、僕に振り返る。
「デニム?」
そうだ、最初からこうすれば良かったんじゃないか。
そうすれば“邪魔はされないし”、大事な姉さんを“手元に置いておく事が出来る”。
「…あなた、誰?」
その答えなんか決まっているじゃないか。
「僕は僕さ、姉さん。
さぁ、お休み、姉さん。
姉さんは僕が生かしてあげるから、“何も考える必要なんて無い”」
僕の言葉を聞いて姉さんの顔が歪み始める。
「…い、嫌、放して…助けて、デニム!」
姉さんが『何か』に対して怯えて『僕』から逃げようとする。
何でそんなに嫌うかなぁ?
僕達は姉弟じゃないか。
「アスモデよ、我がひとみ、我が息吹、汝の心を捕らえ操らん…、チャーム!」
まぁ、でもこれで迷う必要も無いじゃないか。
ねぇ、姉さん?
あの女と同じように目から光を失い、
糸の切れた人形のようにぺたりと座り込んだ姉さんを放し、辺りを見回す。
「逃げられた、か…まぁ、いいさ」
突き飛ばされた際にでもチャームが解けたのか、窓が開いており、女の姿が見当たらない。
今の一連の流れの中で逃げ出した手際の良さには感心する。
「それでも、深く食い込んだものは解けやしないけどね」
薄く笑いながら僕は姉さんの傍により、
片手でその顔を上げさせる。
「姉さんは僕だけのものさ」
そっと口付けした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
うぅ~、頭がズキズキしますぅ~。
私とした事があんなにあっさりあの手の呪文にかかっちゃいますとはねぇ、
油断しまくりでしたね。
取り合えず、痴話喧嘩のおかげで何とか逃げられましたけど…
う~ん、やっぱり駄目ですね、顔が思い出せない。
逃げるときは確認してる暇もありませんでしたし、
これはもうそういう風にされてしまったと開き直るしかありませんね。
うん、でも記憶はしっかりある。
ここにいる参加者の誰かが主催者と通じている。
これだけでも今は立派な収穫ですよ、はい。
それにしても…この格好は何とかしないといけませんね、流石に。
シーツ一枚で歩き回る何て痴女としか思われませんし。
かといって、戻る訳にも行きませんし…
う~ん…仕方ないですね。
諦めましょう、きっぱりと!
服は二の次、まずはネスティさんの探索に戻りましょう。
結構時間経ってたみたいですし、ある程度森の方も沈静化してるでしょうし。
時間が経ってる?
もしや!
………………。
うん、大丈夫。
乙女の秘密は守られッてるぽいですね(多分)。
それにしても、何か大事な事を忘れてる気がするんですよねぇ?
気のせいですかね?
ヘックチョン!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―喪失された時間の話―
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女の耳元に手をやり、ゆっくりと顔を近づける。
そして、彼女に囁きかける。
「君の恋人の所に行くんだ、そして愛を告げろ。 相手が答えたなら、殺せ」
女の乳房を片手で鷲掴みし、さらに囁く。
「方法は任せる、この身体を使って精一杯誘惑してやる事だな」
手を放し、女に顔を近寄らせる。
「殺し終えたとき、お前は僕達に掛けられた全てを思い出す」
クッ、クククク…駄目だ、笑いが堪え切れない。
この女は全てが終わったとき、どんな感情を見せてくれるのだろう。
絶望?
憤怒?
それとも、もっと他の何か?
だが、それら全ては僕達に向けられるのだ。
あぁ、その時こそ、その感情というメインディッシュを味わいつつ殺してやろうじゃないか。
ザルバッグの奴は如何だったんだろうな?
望んで弟に殺される気分は、望まずに兄を殺す気分は。
あぁ、見たかったものだ、それだけで大分満たされたというのに。
さぁ、まずはこれを仕上げてしまおうか。
少々、時間がかかってしまったな。
この手の暗示にはどうしても時間を掛けなくてはいけない。
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―見る事の出来ぬ風景の話―
少々、驚いている。
僕達の中でも最後まであの愚かな女を利用する事を否定していた
『僕』があのような手段に出た事を。
僕達は既にアドラメルクとしての自分を自覚しているのに、
『僕』だけは最後まで抵抗していた。
僕達の中で独り、喚き散らし、暴れ、泣き叫んでいたのに。
今、主導権は『僕』が握っている。
だが、心配する事はない。
最後の願いすら忘れ、望みを歪め、元の世界の明日を奪った『僕』は
もう完全にこちらの側だ。
元々、『僕』は疲れていた。
英雄である事に、影である事に。
人の望む英雄なんて、所詮は絵空事だ。
それを体現するためには“汚れて”いなければならない。
その事に『僕』は疲れきっていた。
しかも、英雄であっても王であってはいけなかったのだから。
日増しに薄汚れていく『僕』に対してあの女は光り輝いていった。
浅ましく、愚かで、滑稽な、醜いあの女がだ。
あぁ、そういう事か。
『僕』は気づいたんだな。
そんなあの女と『僕』を対等に出来る方法に。
地位も名誉もでもなく、女と男でもなく、ただの姉弟である事。
恋人ではなく、他人ではなく、繋がりしかない。
そんな関係を望んだのだ。
望んだものはそれなのに『僕』がした事は、
あの女を「姉」という枠に押し込め、その上、鎖で繋いだ。
一方的な押し付けだ。
実に、実に似たもの同士だったと言う事か。
あの女は『僕』に「男」である事を望み、
『僕』はあの女に「姉」である事を望んだ。
やはり『僕』は僕達にとって相応しい存在だった。
僕達はこれ以上、『僕』に対してあの女について口を出すのは止めよう。
最初からする必要すらなかったんだ。
『僕』は充分、歪んでいた。
【C-6/城(小部屋)/夜中】
【デニム=モウン@タクティクスオウガ】
[状態]:プロテス(セイブザクィーンの効果)、身に打撲(軽症)、アドラメレク融合率70%、
[装備]:セイブザクィーン@FFT 炎竜の剣@タクティクスオウガ、ゾディアックストーン・カプリコーン@FFT
[道具]:支給品一式×3、壊れた槍、鋼の槍、
シノンの首輪、スカルマスク@タクティクスオウガ
:血塗れのカレーキャンディ×1、支給品一式×2(食料を1食分、ペットボトル2本消費)
ベルフラウの首輪、エレキギター弦x6、スタングレネードx5
[思考]:1:「弟」として、「姉(
カチュア)」を守る。
2:アドラメレクとして、いずれは聖天使の器(カチュア)を覚醒へと導く。
3:パッフェルの反応を楽しむ
4:シノンの首輪を、地下の武器庫で交換しておきたい。
5:久しぶりの現界を楽しむ。
[備考]:アドラメレクとの融合により、人格に影響を及ぼしつつ有ります。
融合率が格段に増した事により、以前の“肉体(ダイスダーグ)”が
所持していたリアクション・アビリティ(潜伏)をも行使し始めています。
現在のクラスはソードマスター。転生により超自然との親和性が高まったため、
魔道書なしでもTO世界の神聖系を除く全ての補助魔法が行使可能です。
融合が完全なもの(100%)になれば、以前の聖石カプリコーンの持ち主であった
ダイスダーグとアドラメレクの所持する全てのスキルが使用可能になります。
【カチュア@タクティクスオウガ】
[状態]:失血による貧血、チャーム
[装備]:魔月の短剣@サモンナイト3
[道具]:支給品一式、ガラスのカボチャ@タクティクスオウガ
[思考]:*チャームによる自己喪失につき思考不可
【C-5/城付近/夜中】
【パッフェル@サモンナイト2】
[状態]:健康。身体的疲労(中度) 、精神的疲労(中度)、シーツ一枚、
後悔と羞恥、首筋にかすり傷
[装備]:なし
[思考]1:ネスティの探索及び手がかりの調査を行う。
2:これまでの考察をメモに纏めたい。
3:アティ・マグナを探す(その他の仲間含め、接触は慎重に行う)
4:見知らぬ人間と遭遇時、基本的には馴れ合うことは無い
5:???
[備考]:デニムにより、「愛した者を殺す」呪詛をかけられています。
本人が自力で気づく事は不可能です。
最終更新:2011年12月16日 20:51