闇に潜み見つめるモノ◆j893VYBPfU
「その“救いの手”を受け入れるか、あくまでも拒絶するかについては、
貴方達の自由意思に委ねましょう。これは強制ではありませんからね。
このゲームでは、なにより自由意思による選択こそが尊重されるのです。
貴方達のご健闘に期待しておりますよ…。」
僕は、
アティとともにその不吉極まりない内容の“
臨時放送”に聞き入っていた。
僕達が倒した筈の敵による、本来の予定にはない…。
あらゆる意味において“有り得ない”その放送。
――だが、その悪意に満ちた意図のみは十分過ぎる程に理解できる。
そして、
キュラーの復活と彼の手による放送が、一体何を意味するのかも。
僕は同じ参加者である
マグナと、その仲間達との事を。
虚言と姦計を司る魔王レイム=メルギトスとの間で演じた壮絶な死闘を。
アティに打ち明けた。
――僕の生まれに関する事柄のみを、上手く取り除いて。
彼女はその内容の全てを熱心に聞き入っていたが、
僕では気付かぬ部分を補完するために――。
彼女自身のいきさつと、彼女とディエルゴとの関係、
そして、それらを繋ぎ合わせる二つの魔剣の事を――
僕の話しの後に、包み隠さず全てを打ち明けた。
「――私が知るディエルゴなら、先程の悪魔達と手を組むとは思えません。
ディエルゴは――かけがえのないものを奪われて果てた方々の無念が、
ハイネルさんを核として一つとなった、復讐者達の軍団(レギオン)なのですから。
それが人を苦しめる事だけが喜びであり、
それにより生じる負の感情を糧とする悪魔と手を組むという事は…。
利用し合うという事自体、考えられないかと思います」
そして、同時に彼女から聞かされたディエルゴについての情報からも、
キュラー達との同盟関係は有り得ないと断言出来る。
むしろ、ハイネルならキュラーのような悪魔達こそ真っ先に殲滅するだろう。
ハイネルのディエルゴとは、彼がかつて世界に抱いた愛情の裏返し的存在。
被害者の憎悪や悲憤を晴らす為に存在する、言わば“復讐者”であるならば?
純粋に悪しき収奪者であり捕食者など、決して認めたりはしないだろうから。
「――だとすれば、むしろ倒れたキュラー達がディエルゴを糧として蘇った…。
そういう可能性は、どうだろうか?」
――そう。サプレスの悪魔は人間の絶望を始めとする、負の感情を糧とする。
ならば、実はまだ生きていたキュラー達がディエルゴを残さず糧とし、
その絶望を取り込んだなら、ディエルゴの存在を知ったとしてもおかしくはない。
そして、ディエルゴの想念は悪魔達にとってこの上ない滋養となりえるだろう。
ただでさえ、奴らには血識という異能もあるのだ。
だが――。
「それは、出来る可能性がないとは言えませんが、極めて困難かと思われます。
世界の意思そのものを、それと万物を繋ぎ合わせる共界線(クリプス)を、
一介の悪魔に取り込めるほどの器があるとは思えません…。
むしろ、その強すぎる力を制御しきれず、破裂してしまうのではないでしょうか?
ディエルゴを取り込むには、それこそ“魔王”とすら呼ばれる存在でもない限りは…」
アティが困難を喩える為に口にした、何気ない単語――。
だが、その偶然の一致に僕達は気付かされ。
「――そう、か…」
「――そう、ですね…」
「「虚言と奸計を司る魔王、メルギトスならあるいは…」」
――黒幕の存在を察し、そこに意見の一致を見た。
そう。あの悪魔王がディエルゴすら取り込み、復活を果たしていたのであれば?
得られた力を活かして、配下のキュラー達を蘇らせることなど造作もないだろう。
もしかすれば、あの会場にいた
ヴォルマルフ達もまた蘇った存在なのかもしれない。
そして、それはすなわち――。
「アティ、どうやらこの主催者は思ったよりも随分と厄介らしい…」
「ええ、そうですね。そして、それが真実なら――」
僕やアティにとって深い因縁関係によって結ばれた…。
正しく不倶戴天の仇敵である事を意味する。
奴等を倒さない限り、僕達はおろかこの世界の危機は去りはしないだろう。
ましてや、様々な異世界から別の参加者を呼び出す事が出来るというのであれば?
その逆もまた可能であると、考えるべきだろう。
そして、何よりあの悪魔王がこの世界一つの支配だけで満足するとは、到底思えない。
――即ち、これは全世界にとっても危機であるという事か。
「――私の手で、絶対に阻止しなければなりません。
メルギトスがハイネルさんの遺志を弄び、そして皆を狂わせるのであれば。
それが私がハイネルさんに出来る、せめてもの恩返しですから」
そう言って彼女は遠くを睨み、固く拳を握り締めた。
これまでは、今にも壊れそうな程の脆さを見せていたにも関わらず。
別人かと思える程に変じた彼女の貌に、僕は少なからぬ驚きを覚えた。
――あるいは、これこそが彼女本来の姿なのかもしれない。
だが、僕はその貌にどこかしらマグナのような危うさを感じ。
「私じゃない。私“達”、だろ?」
――気が付けば、僕は自分でも驚くべき事を口にしていた。
マグナとその仲間達以外の他人の事など、どうでも思っていたはずの自分が、だ。
「ああ、勘違いするなよ?君を助けようという親切心など毛頭ない。
元より、メルギトスは僕にとっても因縁のある、許せない敵なんだ。
奴を放ってはおけないし、君一人では勝利も覚束無い。
利害が一致するなら、手を取り合った方が効率が良い。
だから君を利用する。だから、君も僕を利用すれば良い」
僕自身と、マグナ達の為に。
これ以上、僕の仲間を失わない為に。
だからこそ、彼女に協定を申し込む。
同盟ではない。互いに負担をかけない、相互利用という形で以て。
いや、もしかするとこの時すでにアティを仲間だと認識していたのかもしれない。
――だが。
「いえ、折角の申し出は嬉しいのですが、それはお断りいたします」
彼女は僕の提案を、笑顔で断った。
…何故だ?君にとって何一つ損があるという訳でもないだろうに。
「私達が協力し合うのでしたら、お互いに“仲間”であって欲しいのです。
分かり合わず、ただ利用し合うだけの関係なんて、私には我慢出来ません。
こんな形とはいえ、せっかく私達はこうして知り合えたんです。
だったらお互いの事を、もっともっと知り合いたいですから。
それが私がお断りする、たった一つの理由です」
真剣な笑顔で彼女が告げる、あまりにも些細な一つの理由。
初めは僕をからかっているものとばかり思ったのだが。
それは決して冗談や思いつきで述べたものではない事は、
そのしっかりとした口調からも理解出来――。
「…言いたい事は分かった。そんなことで良ければ、君の条件を飲もう。
だが、一つ聞きたい。それは君にとって、何よりも重要な事なのか?」
僕は驚き呆れつつもその条件を飲み、彼女は同盟関係を快諾した。
だが、それは拒否に値する程の本当に重要な事柄なのだろうか?
あるいは、それは方便に過ぎず、別の理由でもあるのだろうか?
となおも訝しがる僕に、彼女は破顔して答える。
「はい。私にとっては、それこそが何よりも一番大事なことですから」
「分かったよ。しかし、君は本当に変わり者だな…。
以前から周りにそう言われたことはないのかい?」
「ええ。よく言われますよ?」
「まったく、君という人は…」
彼女の実にあっさりとしたその答えに、僕はただ苦笑するしかなかった。
ともあれ、黒幕の正体と謎は図らずしも見えてきた。
――だが、それよりもまず先に片付けるべき問題がある。
「ただ、まずは…」
「ゼルギウスさんの、事ですね?」
「…蹄鉄の音どころか、全ての音がまるで聞こえない。
あの少年の獣めいた気配も、全く感じられない。…気付いていたか?
つまり生き残ったのは奴で、今頃は君を探しに村を徘徊でもしているのだろう。
さながら、生者を追う死神のようにな。…君は、どうするつもりだ?」
彼女も僕の顔から意図を察したのか、その顔を引き締めて答える。
漆黒の騎士をどうにかしない事には、この場を生き残る事すら危うい。
そして、障害全てが片付いた今、奴の狙いはアティにこそあるというのだ。
そして彼女の返答は――。
「こちらからも探して、もうこんな殺し合いに乗る事は辞めていただくよう、
そして出来れば私達に力を貸してくださるよう、説得いたします」
――彼女の答えは、予想通りのものではあった。
経緯はさておき、結果としてアティは漆黒の騎士に一度助けられている。
見るからに情に厚そうな彼女が、奴の暴走を放置しておくとは思えない。
だが、奴が彼女に従うとは思えず、むしろ冷笑と白刃で返答する可能性が濃厚だ。
故に問う。当然のように起こり得る事態を、どう解決するつもりなのかを。
「もし、君の願いが聞き入られなかったら?」
「私が、ゼルギウスさんを止めます。必ず…」
――その返答には、これまでの彼女にはない力強い響きがあった。
決して譲らない。それ以外の事態など、決して起こさせはしない。
断じて阻止する。そのような、揺るぎない決意。
「果たして君に、それが出来るのか?」
「…それは、わかりません。でも、私がやらなければいけない事なのです。
彼をこのままにしておきたくありませんし、今度は私が助ける番ですから。
それに、やはりゼルギウスさんが幸福であるとは思えません。
だからこそ、話し合って止めたいのです。
彼にはまだ話し足りないことだって、一杯ありますから。だから…」
――やはり、よく分からない事を言う。
アティを突き動かすものは、徹頭徹尾個人的な感傷に過ぎない。
良くも悪くも優しすぎる、彼女らしいその信念の発露。
おそらく、彼女は「奴を確実に阻止出来る勝算」といった、
合理的なものは一切持ち合わせていないのだろう。
そうなれば、このまま彼女に付き従うのは危険でしかないのだが。
現実逃避した人間の夢想とは到底思えぬ、彼女の尋常ならざる気迫に
何かしらの可能性のようなものを感じ――。
「…何を馬鹿なことを、とはもう僕も言わない。
だがな、一つだけ言っておく。結果がどうなろうと、君は絶対に生き残るんだ。
君はメルギトスを倒すために、重要な役目を担っているのだからな?」
「…
ネスティさんも、ですよ?」
――僕は今一度、彼女の我儘に付き合ってみる事にしてみた。
◇ ◇ ◇
「これは、酷いな…」
「ええ…」
借りていた民家を出て、漆黒の騎士を探しに村中を徘徊しているうちに。
僕達は奴等の戦闘が行われた跡を発見し、その異常性に驚愕した。
村の一角には、かつて人間と軍馬だったものが散らばっていた。
犠牲者達の撒き散らかされた鮮血が、通りを赤く彩り。
飛び散った肉片と臓物が、むせ返るような臭いを放ち。
そして力任せに薙ぎ倒され、倒壊した一軒の家屋。
それらは、ここで行われた戦闘の激しさを、何よりも雄弁に物語り。
――焼き焦がす炎こそないものの、その光景はレムル村の虐殺を思わせる凄惨さがあった。
「これは全部、あの漆黒の騎士がやったことなのか?」
「…それは、わかりません。調べてみないことには…」
吐き気を催さずにはいられぬこの光景に、彼女は酷く顔を青褪めてはいたが。
やがて、決心したようにその顔を引き締め。
「…ごめんなさい。失礼します」
彼女はその死体の前で頭を下げ、その衣装に鮮血が付くのも厭わず、
直接その手に触れ、真剣な顔で残骸の状況を詳細に調べ始めた。
――やがて、一通り確認が終わり。血に塗れた彼女は僕に向き直る。
「…何か、分かったのか?」
「この方の生命を奪ったのは、やはりゼルギウスさんです…。
でも、気になる点が幾つかあります」
そういって、彼女は腕の切断面が鋭利な刃物で切られたいるにも関わらず、
人馬の首や胴体が斧らしきもので引き潰されたものとなっている事を示す。
――奴の得物は斧だったはず?まだ何か、隠しているものがあるという事か。
だが、それ以上に振りまかれた血潮の量が、二人分では足りないことや、
成人男性にしては、明らかに小さい足跡等が幾つかある事を指摘し。
「ゼルギウスさんは、さらにここで戦闘を繰り返しているようです」
「やはりか…。で、その相手の事は分かるのか?」
騎兵と歩兵の戦闘で、民家がその巻き添えを受けて倒壊するとは思えない。
この場で戦闘が繰り返された可能性を、僕も考えてはいたが。
その懸念は的中し、彼女は倒壊した民家から発見した黒い尻尾を見せ、
その相手が人外のものであることを僕に伝えた。
「この方の足首に残った手形を、ご覧になってください。
人では有り得ない物凄い力を持った…、おそらくは女の子のようです」
比較的原型を留めていた下半身と首と両腕、そして肉塊と化した胴体から。
状況的には、その少女?が彼の死体を武器にして漆黒の騎士に殴りかかり、
それを奴が叩き落とすなりして、死体が散華したという事らしい。
――これが直撃していれば、奴もただでは済まなかっただろうが。
だが、僕はこの少女らしき人外の怪物じみたその腕力よりも。
それを軽くいなした“漆黒の騎士”の技量にこそ、戦慄を覚えた。
――あの赤い悪魔を惨殺したという実績もある。
不利な状況や物量差をものともせず、それを容易く覆す程の戦巧者。
それは、他人の弱点や隙を見出す事に酷く卓越しているに違いない。
元より地力に劣る存在を殺すなど、赤子の手を捻るより容易い事だろう。
――果たして、アティは漆黒の騎士を止められるものなのだろうか?
その時僕は、彼女を無事助けられるものだろうか?
僕は背筋に冷たいものが流れ落ちるのを、感じずにはいられなかった。
「…で、その人間離れした力の少女はどうなっている?」
「傷付いて、どこかに逃げられたのでしょうか…」
そう言って、アティには聞いてみたものの。
僕はその少女らしきものがどうなったか、大方の想像は付いていた。
奴や少女の死体らしきものが、どこにも見当たらない。
そして、三人分以上の血がここで流されている。
倒された男のデイバッグも回収されていることから、
すなわち――。
「あるいは、別の場所で漆黒の騎士に殺された、か…
いずれにせよ、全ての戦闘行為は終了したと見るべきだろう」
僕の推論に、アティはびくりとその小柄な身体を震わせる。
まるで、彼女自身が少女にそうしたかのように、
アティは罪の意識に苛まされ、その顔を更に暗くした。
だが――。
「…ただ、ここで手当を受けた可能性もあるのです」
アティはそう言って、一つの血に塗れた地面を指差す。
そこは血とは別に、明らかに水で湿ったような跡があった。
まるで、その場で傷の消毒でも試みたかのように。
「その女の子に仲間がいて、彼らに助けられたのでしょうか?あるいは…」
「いずれにせよ、このままでは憶測の域を出ない。
一度、当事者達の口から確認する必要があるな」
漆黒の騎士が、わざわざ敵に治療を施すといったことはないだろう。
無論、漆黒の騎士が負傷して自らの手当をここで行ったという可能性もあるのだが。
少女がどうなったかについては、聞いておく価値がある。
死体を振り回して鈍器にするような、あらゆる意味において非常識な輩なのだ。
道徳倫理が一切通用しない人外である以上、この殺し合いに乗っている可能性は高い。
本音を言えば、厄介者は共に倒れてくれた方が有難いのだが…。
それだけは口を紡ぐ事にした。
「とはいえ、どこに潜んでいるかだ。それが分からない事にはな。
今頃は君でも探しにここを去ったか、あるいはどこかで休んでいるか…。
唯でさえこの状況を築き上げ、なおかつ生き延びたような化け物が相手だ。
たとえ傷を負っていようと、決して楽観など出来る相手ではない。
…どうする、アティ?」
僕の発言にアティは俯き、ますますその顔を暗くしていたが――。
――…
――――…?
―――、――――――。
…唐突に、彼女は驚愕にその顔を跳ね上げた。
「どうしたんだ?」
「えっ…ごめんなさい。ネスティさん…」
―――――――
――――――――。
――、――――――
――――!!
彼女はまるで何か得体の知れないものに気付いたかのように、
何者かの気配を伺い、不安げに周囲に視線を動かしていたが。
僕には一体何が起こっているのか、まるで理解する事が出来ず。
――――…
――…
――――…
――、――――…。
「…声が、聞こえるのです」
「なんだって?」
――――――――――
――――――
――、――――!!
一体、誰の声を聞いているのだろうか?
幻聴ではないのか、となお問い質す僕に。
彼女は大きくかぶりを振り、その声の主を僕に教えた。
「碧の賢帝(シャルトス)の声が、はっきりと…。
適格者を待ち望み、手に取る者を探しているようなのです。
私の事は忘れてしまったのか、覚えてはいないようですが…。
でも、あの剣はその意思と共に失われたはずなのに」
そうは語るが、やはり僕の耳には何も届かない。
気配のようなものは、言われてみれば感じる気もするのだが。
適格者の器になければ、魔剣の声など一切聞こえないという事か。
――あるいは、己の意思を伝えるに値しないと見下されているか。
いずれにせよ、事態が剣呑極まりないのは確かだ。
「君が言っていた、二つの魔剣の事か。だが、何故だ?」
「それは、わかりません…。ですが、一つだけ言えることがあります。
あの剣はディエルゴの力と意思の一部であり、使う毎にそれに近付いていくのです。
ですから、あれを誰かがその声に釣られて、魔剣を濫用してしまえば…」
そう言うと、アティは焦りの色をより深いものとする。
彼女だからこそ、わかるものがあるのだろう。
その魔剣とやらが、どれだけ手に負えず、抗い難い代物であるかという事を。
――もし、半端な適格者が剣を手にして、それを暴走させてしまえば?
「いずれ使い手を取り込み、『ディエルゴが完全な形で復活する』という訳か。
いや、『メルギトスがさらなる力を得る』とでも言い直すべきなのか?
ましてや、この村には漆黒の騎士が潜んでいる。そうなれば…」
万一、適格者と漆黒の騎士がぶつかれば、暴走の危険性は極めて高いものとなるだろう。
これほどの地獄を生み出せる猛者というのであれば、生半可な力では太刀打ちできまい。
いや、魔剣の力を以てしても、確実に勝てるという保証はない。
奴の力量は現場に残された死体の状況から考えても、明らかだ。
ならば、魔剣の使い手は後先を顧みぬ程の力を、それに求める事になりかねず…。
「そんなっ…。今すぐ、探さなければ!
そんなことになってしまえば、みんなっ、みんな……っ!」
「落ち着けアティ!状況をようく考えるんだ!
適格者は世界中を探しても殆ど存在しないといったのは君自身だろう?
だったらおそらく、魔剣に呼ばれているのは君だけだ、違うか?」
魔剣の恐ろしさを、ある意味最も容易く想像出来るせいなのか?
悪夢の未来を想像し、恐慌状態に陥った彼女を。
強く両肩を揺さぶり、強引に落ち着かせる。
――やれやれ。どうやら僕が彼女の代わりに、状況を分析する必要がありそうだ。
「それに第一、その漆黒の騎士がそれを拾い持ち歩いている可能性だってあるんだ。
奴が君の言う適格者の器にあるとは到底思えないし、
ならばなおの事他に適格者がいた所で、再契約など難しいだろう?
奴から魔剣を奪い取るなど、至難のわざだろうからな」
「…………………………っ」
僕は可能な限り案ずるに足る根拠を並べて、彼女を落ち着かせようと試みる。
ほとんどは当て推量で根拠など何もないが、それでも沈黙を続けるよりはマシだ。
だが、肝心の彼女がこの状態であれば、奴との接触は危険に過ぎるかもしれない。
――まさに今、懸念した通りの事態が発生しかねないだろうから。
僕はそう判断し――。
「…いいかアティ、落ち着いて聞いてくれ。
この村から逃れよう。ここは危険すぎる」
村の捜索の間、ずっと考えていた安全策を口にした。
「えっ?そんなっ…」
信じられない、といった顔を向ける彼女に。
僕は苛立ちのあまり、思わず声を荒げた。
「君はバカか?!状況をよおく考えるんだ!
漆黒の騎士は生き残り、まず間違いなく次の狙いは君だろう。
そして君の言う魔剣もすぐ傍にある。それもまた君が狙いだ。
奴とぶつかれば、再び君が手に取ってしまう可能性は決して少なくない。
そして奴に追い込まれて迂闊にそれを使えば君という存在は消され、
ディエルゴは、いやメルギトスは完全な力を得るだろう。
そうなれば、このゲームに巻き込まれた全ての人間の…。
いや、巻き込まれた全ての世界の命運は尽きてしまう!」
これまでの状況から考えれば、それは充分に起こり得る事態である。
いや、むしろこういった状況を人為的に作り上げる為にこそ、
ディエルゴはこの悪趣味な殺し合いを開催したのかもしれない。
魔剣の暴走を促し、それにより適格者を乗っ取り、完全なる力を取り戻す――。
それこそが、メルギトス=ディエルゴの最も望みそうな筋書きなのだから。
「そもそも、彼に戦闘を挑まれた場合、魔剣の力無しで勝てるとでも思うか?
不思議な力に一切頼らず、ただ磨いた技量のみで己を圧倒する敵をねじ伏せるような、
厄介極まりない相手が。それに、奴の言い分を信じるというのであれば、なお危うい。
軍の頂点にいた英雄というのであれば、人を欺き殺す事にかけて奴はプロ中のプロだ。
軍を抜けた君にとって、まさに天敵の類だろう。君の言う話し合いが通用しなければ…。
その結果、失われるのは君の存在だけでは済まないんだ!」
今置かれた状況は、ほぼ最悪に近い。
故にこそ、僕は言い聞かせる。彼女自身の肩にかかる、責任の重さというものを。
彼女が個人的な感傷に溺れた結果が、最終的に恐るべき惨禍を引き起こす可能性を。
そして、それは決して少なくはない可能性を秘めているのだ。
だが、彼女は自分の気持ちを抑えない。抑えようともしない。
それは、更に硬化させた表情からも容易く伺えるものであり。
「いいか、アティ。もう一度よく考えてくれ。
それに漆黒の騎士を説得したいなら、まずは仲間を集めてからでも良くはないか?
カーチスという男だって、もしかしたらすぐ駆けつけてくれるかもしれない。
奴とて大勢で一度に来られれば、こちらを奇襲するような軽率は控えるだろう。
勝算のない戦いを、プロならなおさら避けるはずだからな。君の危険も減る。
説得は、改めてその時にでもゆっくりと行えばよい」
故にこそ、僕はさらに言い聞かせる。
妥協案、ないし彼女が納得できるであろう落し所を模索する。
彼女は見た目に反して恐ろしく頑固だ。決して己というものを曲げない。
己を曲げず、数々の修羅場をくぐり抜けて来た自負もそうさせているのだろう。
だが、その決して折れぬ意思が裏目に出る局面というものもある。
第一、彼女とその実力を全面的に信頼しても良いものかどうか…。
故に眼前の危険は出来るだけ避けて、安全策を取るべきなのだが。
とはいえ、僕が強引に彼女を無から連れ出そうとした所で、
彼女は僕の手を振りほどき、独断で行動しかねないだろう。
そうなれば、過程は違えど結果は同じとなる。
…だからこそ、彼女の同意を得ねばならない。
「…一体、何を迷う必要がある?
もし今すぐにでも奴を阻止しに動く必要があるというのなら、教えてほしい。
それだけの理由が僕に説明出来るというのなら、僕も考えを改めよう。
だが、一つ言っておく。もはや君一人の感傷で決めて良い問題ではないんだ。
それをよく考えた上で、納得の出来る返事というものを聞かせて欲しい」
故にこそ、僕は重ねて言い聞かせる。
これがこの場において、最も合理的な判断であるという自信もある。
だが、残念な事に僕の言葉に彼女に納得する気配は、一向に見られない。
置かれている状況に自覚はあり、それに悩んではいるようではあるが…。
――メルギトスがこの場を見ていれば、思い切り哄笑している事だろう。
僕は胸に込み上げる焦りを、必死で抑えながら。
この場を上手くまとめ、彼女の独走を抑える次の言葉を必死に探し続けた。
…すぐ傍に潜んでいるであろう一振りと一人の死神に、戦慄を覚えながら。
そして、彼女の回答は――。
【C-3/村/1日目・夜中】
【アティ@サモンナイト3】
[状態]:左腿に切り傷(応急措置済)、精神的疲労(中度)、衣装が血塗れ
[装備]:呪縛刀@FFT
[道具]:支給品一式
改造された無線機(故障中)@サモンナイト2(?)
[思考]1:メルギトス=ディエルゴを、どうにかしなくては。
2:ゼルギウスさん(漆黒の騎士)の暴走を、必ず阻止する。
3:対話と交渉で、ヴォルマルフから
ベルフラウの蘇生法を得られる?
[備考]:改造された無線機は、
ヴァイスとの戦闘時による衝撃で故障しています。
正常に動作させるには、適切な部品を集めて修理を施す必要があります。
キュラー達やヴォルマルフ達がディエルゴの力で蘇生した可能性から、
対話と交渉によるベルフラウの蘇生に不安を抱いています。
ハーディンと軍馬の死体の状況を入念に調べていたので、服が血に塗れてます。
【ネスティ@サモンナイト2】
[状態]:全身に火傷(応急措置済)、身体的疲労(軽度)、精神的疲労(軽度)
[装備]:ダークロア@TO 、村人の服@現実、顔を除いた全身に包帯
[道具]:支給品一式(食料1/2食分消費) 、蒼の派閥の学生服(ネスティ用)、
エトナのボンテージ(サイズは大人用)、予備の包帯
[思考]1:メルギトス=ディエルゴを倒して、元の世界に帰還する。
2:自分と仲間(アティを含む)の身の安全を優先
3:自分がマグナに信頼される人間である為に、アティに協力。
4:アティの無謀ぶりと漆黒の騎士に強い危機感。
5:アティに己が融機人である事を話すか、考え中。
6:自分の心を救ったアティへの感謝と好意(及び劣情?)
[共通備考]:村の戦闘跡から、漆黒の騎士の戦闘力をある程度把握しました。
主催がディエルゴに深く関わりのある存在である事を確信しました。
アティとネスティは共に、悪魔王メルギトスがハイネルのディエルゴを
吸収して復活を遂げた存在ではないかとの推測を立てています。
そして、魔剣の暴走を促し、適格者を乗っ取り力を取り戻す事が
このゲーム開催の目的ではないかとも考えています。
最終更新:2013年04月10日 18:39