苦労をするのはいつだって良識ある常識人

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苦労をするのはいつだって良識ある常識人  ◆0RbUzIT0To



今日これで何度目になろうかという溜息を吐き、乙女は足を抱えて顔を埋めながら月を見上げていた。
彼女の外見的特長は……一言で言えば中性的であった。
蒼色を基調とした服に、短めに揃えられた髪型……被っているシルクハットは何とも言い知れぬ魅力を醸し出しており、
特に目を引くのはそのオッドアイの瞳である。
彼女――蒼星石は再び溜息を吐いて半ば諦めたように両方共に色の違うその瞳を閉じた。

どうしてこんな事になったんだろう、と考える。
昨日はいつものように翠星石と共に真紅の元を訪ね、いつものように騒ぐ翠星石達を適度に収めつつ、
いつものように時間になればマスターの元へと帰り、いつものようにご飯を食べていつものように寝ていたはずだ。
それが何故か起きた時には知らない人達の前に連れてこられていて、殺し合いを命じられた。
まるで意味がわからない。
頭を抱えながら、これからどうしたものかと更に考える。
これがアリス・ゲームというのなら――まだ、話はわかる。
自分達の姉妹とローザ・ミスティカを賭けて争い、それを集めて完璧な少女――つまりアリスとなり、自分達を作り出した父と再会をする。
いつの日か来るべきその日が来てしまったというのなら、自分は迷いながらもそれに乗るだろう。
父の願いは自分達姉妹の願いでもあるのだから、父が望むアリス・ゲームをする事を否定はしない。
例え双子の姉……翠星石と道を違う事になろうと、だ。

しかし、これはアリス・ゲームではない。
殺し合い相手は殆どが人間――少なくとも、あの大広間にいた多くの者は人間だろう――であるし、自分達の姉妹だけが相手ではないのだ。
無関係な人を巻き込む争いは、薔薇乙女の誇りを傷つける事となる。
あの主催者が言っていた何でも望みを叶えるという言葉に少しだけ突き動かされもしたが……。
彼がその約束を守るとも限らないし、そもそもそんな事でアリスになったところで父が喜ぶとも思えない。
出来る事ならばこの状況から逃げ出して、皆と一緒にいつもの日常へと戻りたいと思っていた。

先ほど名簿を確認してみた所、翠星石や真紅の名前を発見した。
ここにいるのが自分だけではないと安堵する反面、不安を覚える。
不安とは即ち――翠星石と真紅が、何か仕出かさないかという点についてだ。
翠星石にしろ真紅にしろ性根は決して悪くは無い……長い付き合いなのだから、蒼星石はそれを知っている。
だが、この場にいる他の人たちが果たしてそれをわかってくれるだろうか。
翠星石はあの通り素直になれない性格であるからして、何かと自分の本心とは違う言動を取って他人を怒らせる事が多々ある。
よく知っている蒼星石なら苦笑で済むような事だとしても、こんな状況ではそれが命取りにならないとも限らない。
真紅にしても傲慢で高飛車な態度を取って他者を怒らせてしまう可能性は多分にある。
二人ともがこの状況を鑑みて、その態度を少しでも改めるような性格であるならば蒼星石もこれほどまでに心配はしないのだが……。

「そんな事、ありえないもんね……」

薔薇乙女一の常識人と呼ばれる彼女はアッサリとその可能性を否定して、深く深く溜息を吐いた。

不安の種はまだある……というよりも、こちらの方が本題といえよう。
その不安とは即ち――薔薇乙女の第一ドール、水銀燈の名前が名簿に載っている事である。
以前真紅の腕を千切られた際の戦いにおいて彼女は自分達が倒したはずだが、しかし、彼女の名前はここに載っている。
無論あの時ローザ・ミスティカも何も奪ってはいないのだから、彼女が復活をする可能性は高かった。
しかし、だとしてもこれは一体どういう事だろうか。
彼女が復活をしていたのだとしたら、彼女は必ず自分達にちょっかいを出してくるはずである。
にも関わらず、水銀燈を破ったあの日から昨日までの日常において彼女が自分達の前に姿を現す事はなかった。
この争いに参加させられる直前に復活をしたのだろうか?
だとするならば少しばかり彼女に同情する気持ちも芽生えるが――しかし、油断は出来ない。
彼女の性格からして自分達と手を組む事などはありえないだろう。
むしろこの期を幸いとして、自分達を襲ってくる可能性の方が明らかに高い。
警戒をしておかなければと頭の片隅に記憶しながら……蒼星石は再びその目を見開いた。

自分のやるべき事は……真紅と翠星石を見つけて、一緒に帰る事だ。
早目に合流をしなければ二人とも誰の怒りを買って壊されてしまうやもしれない。
そうなる前に三人が集まり、nのフィールドを通ってこんな場所からは早々に脱出をする。
その時にもしも他に自分達の世界に帰りたいという人がいたとするならば――まあ、連れて行っても問題はないだろう。
あくまでも優先するのは自分達の身ではあるが、さりとて帰りたいという人物を放っておくほど蒼星石も無慈悲ではない。
アリス・ゲームをする為にも、出来る事ならば水銀燈も誰かに壊される前に脱出して欲しいのだがこれは彼女の判断力に任せるしかないだろう。
自分達がさっさと脱出してしまえば、後に残った水銀燈も自分達がここにいない事に気づき諦めて元の世界に戻ってくれるはずだ。

地図を見てみるとこの島がかなり大きなものである事がわかる。
その中から真紅と翠星石を探し出すのは難しい事なのだろうが、それでもやらなければならない。
全員が生きて脱出し、日常に戻る為には自分の力が必要不可欠。
自分であまり動きたがらない真紅や頭があまりいいとは言えない翠星石を迎えに行けるのは自分だけなのだから。

そうと決まれば早く移動するに限る。
こうして座り込んでいる間にも真紅や翠星石が危険な目に合っているかもしれないのだから。
しかし、蒼星石は体育座りをしたまま決して動かなかった。
動きたくない訳ではない――単に動けないのだ。

「何でこんな所に……」

ぼやく様に呟きながら蒼星石は再びその膝に顔を埋める。

それもそのはず――彼女は今、見世物となる動物が入れられる檻の中にいた。

それは不運としか言いようの無い事態であった。
あの惨劇があった場所から離れて、気づいた時にはこの檻の中にいた。
檻の鉄棒は頑丈で蒼星石が幾ら揺すってもびくともしない。
飼育員が出入りに使うのであろう奥にあった厚い扉にはしっかりと鍵がかかっており開ける事は不可能。
ならば強硬手段で、と自分の唯一の武器である庭師の鋏を呼び出そうとしたのだが……。

「レンピカ……」

何故か自分の呼びかけに、いつも共にいるはずの人工精霊は答えてくれず鋏は取り出せなかった。
レンピカもおらず庭師の鋏も呼び出せない、丸腰同然の状態である。
蒼星石は真紅や水銀燈のように薔薇や羽を使った攻撃などは出来ない。
これがもし真紅や水銀燈ならば――或いはそれらを使って鉄棒をぶち破る事も出来たのかもしれないが、それも蒼星石には無理なのである。
急がなければならないのに動けないという焦燥を感じつつ、蒼星石は再び溜息を吐く。
もしかしたらこのままずっとこの檻に閉じ込められたままなのだろうか。
当然なのだろうがこの檻の中には鏡なんて無いし、nのフィールドを使っての自力での脱出は不可能だ。

「……ううん、諦めちゃ駄目だ。 何か……何かきっと方法があるはずだよ……」

つい弱気になってしまった自分の心を奮い立たせるように呟くと、蒼星石はデイパックの中身を確認し始める。
そういえば地図や名簿は確認したものの、あの主催者が言っていた支給品というものをまだ確認していなかった。
参加者の武器をバラバラにして渡したというのだから運良く庭師の鋏が入っているかもしれないし、
仮に無かったとしても、ここから脱出出来るような役立つアイテムもあるかもしれない。
期待に胸を躍らせながら中身を確認していくが……残念な事に、その中には庭師の鋏やその代わりになりそうなものなど全く入っていなかった。
あまりの自分の不幸さに若干涙目になりつつ、蒼星石はそれらを静かにデイパックの中に戻していく。
ただ、脱出の役には立ちそうに無いものの、先ほどから感じていた夜の寒さを多少緩和出来そうなものがあったので、それだけは残しておいた。
支給品の確認も終わり、本当にどうしようかと悩み始めた時。
微かではあるものの、誰かの足音が檻の外から聞こえてきた。

空耳かと思ったものの、その足音はゆっくりと……しかし確実にこちらに近づいてきている。
思わず蒼星石は鉄棒へ駆け寄り、凄い勢いで張り付いてその音のする方向に目を向けた。
張り付いた時に勢いをつけたせいで若干顔面に痛みを感じていたが、それを押し殺して蒼星石は見る。
角度の問題で見えにくいものの、確かにそこには人がいた。
背格好は大体ジュンと同じくらいだろうか……辺りが薄暗く、距離も離れている為に顔はわからなかったが、それは間違いなく人である。
思わず頬が緩み、ほっと一息つく。
あの人に扉の鍵を開けてもらおう、探してもらえれば鍵はすぐに見つかるはずだ。
そう考えながら、蒼星石はその人物に声をかける。

「おーい! すみませーん!!」

声を張り上げ、手を鉄棒の間から伸ばして懸命に振る。
するとその人物は一瞬驚いたように身を震わせ立ち止まったが、数秒かするとこちらに再びゆっくりと近づいてきた。
やっと助かる、これで皆を探しに行けると内心喜びながら蒼星石はその様子を見守っていた。
近づくにつれてその人影は徐々にわかりやすいものとなり、その顔のつくりもようやくわかるようになる。
そしてその顔を確認すると同時に、蒼星石は一瞬ビクりとした。

その少年は――やはり、ジュンと同じくらいの背格好をしている。
服装はポピュラーな学生服であり、肩からデイパックをかけて左手でそれを支えながら右手は後ろの方へとまるで何かを隠すかのように向けていた。
そこまでなら別に蒼星石も驚きはしない、ならば何が蒼星石を驚かせたかというと――それは単純に、彼の顔が原因であった。
その少年はどことなく蛙を思い起こさせるような、そんな醜い顔をしていた。
ニキビが浮かび、唇は分厚く、目はぎょろっとしており……それは不細工というよりも、人に嫌悪感を与えるような顔。
そんな顔を見て一瞬蒼星石は驚きはしたものの、すぐに失礼だと思い直して心の中で謝罪しつつその少年に言う。

「あの、いきなりで凄く申し訳ないのですが、助けてくれませんか?
 見ての通り、こんな所に閉じ込められて困っているんです。
 ここの扉の鍵があれば出られると思うんですけど……あ、申し遅れました。 ボクは蒼星石って言います」

と、自分の状況を身振り手振りを交えながら話していく。
その説明の言葉が若干早口で大声になってしまったのは、どこか底知れぬ不安を感じていたからだろうか。
とにかく、あまり少年の方を見ないまま蒼星石は助けて欲しい旨を説明し続け、その話がようやく終わりかけた時。
少年が柵――動物を見ている子供が興奮して近寄り過ぎないようにする為のもの――を乗り越え、自分との距離を詰めているのを横目で見た。

ぎょっとして更に注意深く見れば、少年はその顔――とても醜悪で、出来ればあまり見たくはないと蒼星石は思った――に笑みを浮かべていた。
このままではマズいと感じ取り、咄嗟に蒼星石は鉄棒から離れようと後ろに下がる。
しかし蒼星石が奥まで行くよりも早く、少年は鉄棒へと駆け寄った。

「イヒッ、どこへ行こうと言うのかな、"ソーセーセキ"くん。 出られないと言ったのはつい先ほどの事だろうに」

更にその顔に笑みを浮かべながら――たちの悪いことに、その顔は笑みが浮かぶと更に醜悪になるように出来ているらしい――少年は言葉をかける。
そして檻の隅で震えながら少年を見る蒼星石に対して拳銃――少年の支給品で、ワルサーP-38という代物――を鉄棒越しに向ける。
如何に蒼星石といえど、銃弾を食らってはただでは済まない。
必死にそれを下ろすように、と涙ながらに訴えるものの少年にとってその訴えの声はただの雑音でしか無く煩そうにしながら顔を顰める。

「お、お願いだか――」

蒼星石が全てを言い終わる前に、ワルサーの銃口が音を立てて火を噴いた。
一発、二発、三発、と続けざまに弾丸が発射される。
その手つきはどこか手馴れている様子であった。
というのもこの少年、エアガンを集めるのが趣味という何とも"高貴"なご趣味を持っているもので。
このワルサーという銃についても、実物を扱った事はないもののそれなりの知識は得ていたのだ。
加えて言うならば、これとはタイプが違うといえど、実銃を扱った事があるという点もその命中精度に一役買っていたのかもしれない。
計三発の弾丸が蒼星石の心臓部付近へと着弾し、そうして蒼星石は後ろ向きにどうっ、と倒れた。
その様子を見て更にニヤけながら、少年は檻の後ろに回りこもうと歩みを進める。
蒼星石の持っていたデイパックを回収する為だ。

「感謝して欲しいものだなぁ"ソーセーセキ"くん。
 君の望んでいた通り、鍵を開けてあげるのだから。 イヒッ イヒヒッ」

不快な笑い声を漏らしながら更に歩みを進めようとした――その時。

「待ってください、そこの君!」

少年の背後から何者かの声が聞こえ、咄嗟に振り向く。
距離にして50mほど離れた場所に、その声の主は立っていた。
肩で息をしている様子からして、走ってこの場に駆けつけたのであろう。
恐らくは銃声を聞いたから――舌打ちをして、少年は右手に持っていたワルサーをそちらに向けて発砲する。
声の主は驚いたように建物の影に滑り込み、銃弾から逃れた。
更にもう一発牽制射撃をしてから、少年は考える。
相手に武器は無いようだがあのように建物の影に隠れられては銃弾を当てる事は出来ない。
近づくにもリスクが大きすぎる。
多大なリスクを犯してまで声の主を殺す事はない、彼に武器は無いのならばここで殺さずとも何れ死ぬだろう。
無茶をしてここで死んでは元も子もないのだ。


――折角生き返ったというのに、死んでたまるものか。

そう、少年は一度死んでいた。
高性能な防具に高貴なる武器を携えて、今の状況と似たようなゲームをして死んだのだ。
あの時は油断をしていた為にゲームを途中退場してしまったが――しかし、今自分はこうしてここにいる。
はじめはあの出来事が夢かと思ったが、まさかあんなリアルな夢を見るはずもない。
ならば何故生きているのかとここに来てからずっと考えていたのだが――すぐにそれもやめた。
どちらにせよ自分は今生きている、とするならば、今はそんな事を考えるより先にやるべき事があるのだから。
やるべき事とは無論、このバトルロワイアルに優勝する事である。

両手をぎゅっと握り締め――折れていたはずの指も、何故か治っていた――少年は考える。
名簿を見た限りでは、自分と同じクラスの連中も何人か呼ばれているようである。
その中で一番注意しなければならない人物は誰かというのは、既に少年にはわかっていた。
桐山和雄――自分を殺した張本人である。
普段からの嫉妬に加え、殺されたという憎しみも多分にはあったが……しかし、それを押し殺して少年は考える。
彼にまともに立ち向かうのは無謀に過ぎる、例えこちらにどれだけ優れた武器があったとしても勝てそうにない。 ……悔しいが。
ならば、出来るだけ彼から逃げるようにすればいい……幸か不幸か、このゲームの参加者は以前の時に比べて断然に多い。
その中の一人になるのは恐らくはかなり低い確率なのだろうが――それは桐山にとっても同じ事。
これだけの人数と戦えば桐山とて無傷でいられるはずはない。
自分はなるべく桐山に会わぬように行動し、しかし参加者をなるべく減らしつつ戦力を養い――最後まで残る。

「イヒヒッ」

その為にもここで死ぬ訳にはいかない。
蒼星石の支給品は少し惜しかったが、少年――織田敏憲――は最後にもう一発牽制射撃をすると駆け出した。
何も心配する事はない、支給品に恵まれ、早速参加者を一人殺害し、そして自分には一度実戦経験があるのだ、これで優勝出来ぬはずがない。
事実、以前のゲームでは油断をしたが為に死んでしまっただけで本当ならば優勝出来るほどの頭脳と腕を持っていたのだから、今回こそきっと上手くいくはずだ。
……自分が生き返ったというのも、神というものが自分をここで死ぬには惜しい人材であると判断しての事かもしれない……何故なら。

――高貴な神は、高貴な俺の生存を望むのだから♪

【一日目深夜/B-8 道路付近】
【織田敏憲@バトルロワイアル(漫画)】
[装備]ワルサーP-38(3/9)@ルパン三世
[所持品]支給品一式、ワルサーP-38の弾薬(20/20)@ルパン三世、ランダム支給品(確認済み)0~2
[状態]健康
[思考・行動]
1:無理の無い範囲で殺せそうな参加者を殺していく
2:出来れば桐山とは会いたくない
※死亡後からの参戦です



織田敏憲がその場を去ってすぐ、声の主――橘あすかは静かに物陰から姿を見せた。
辺りを見回して織田がいない事を確認すると、安堵したように溜息を吐いて歩き出した。
橘あすかは、蒼星石と同じようにこの動物園に連れてこられていた。
気づいた時に居た場所は園長室。
そこに留まってこれから如何様にするかを考えていた際に銃声を聞きつけ、
拳銃を発砲する程興奮している者の前に出るべきか否か、あすかは一分ほどそこで迷ったのだが結局は駆けつける事にしたのだ。

「それにしても、参りましたね……」

頭を掻きながら、そうボヤく。
正直言って織田の鉄砲玉は、あすかに取って脅威でも何でも無かった。
確かにそれが自身の身に当たれば無事では済まされないだろうが、そうなる前にその鉄砲玉を消滅させる力をあすかは持っている。
アルターと呼ばれるその力は、物体を瞬間的に再構成させるもの。
飛んでくる弾どころか、織田の持っていた拳銃を再構成してしまえばそれだけであの場は乗り切れたのだ。
しかし何故それをあすかがしなかったかと言えば、それはあすかの性格故だろう。
アルター能力者に敵意を持つものは多いし、恐怖する者も多々いる。
無闇に使ってはあの少年の恐怖心を煽る結果となってしまうだろうと、思慮深いあすかは考えたのだ。
無論、少年が誰かを既にその拳銃で撃っている可能性というのも考えられたのだが――辺りに倒れている人影も無いというのを確認すると、あすかはすぐにその考えをやめた。

彼が銃を撃ちつくしたところで話しかけ、和解する……あすかはそう計画を立てていた。
だが、そうなる前に少年は逃げ出してしまい、その計画もおじゃんとなってしまったのだ。
こんな事なら最初からあの拳銃を再構成させていればよかったかな、と今更ながらに思ってしまう。

「ですが、どうしてあの少年は銃を……まさか試し撃ちをしていたという訳でもないでしょうし」

あの時園長室で聞こえた銃声は三発、試し撃ちにしては多すぎる。
……確かに辺りに人影は無いが、薄暗い上に少年に声をかけてすぐ建物の後ろに隠れてしまった為、ちゃんと調べた訳ではない。

「思い違いだといいんですが……」


独り言をついつい呟いてしまうのは不安の為か……とにかく、あすかは周囲を見回す。
よく整備された生垣やゴミ箱の物陰など、見つかりにくいような場所をくまなく探す。
しかし、それでも誰も出てこない所を見るとやはり自分の思い違いらしい。

安堵しつつ、あすかはこれからの事を考えた。
彼としては、やはりこのゲームには乗り気ではない。
少なくともあすかの中での"ルール"では、人に強制されて殺し合いをするという選択肢は無かった。
園長室ですぐさまこの忌々しい首輪を再構成させ、この場にいる皆と共に脱出をしようと目論んだが、しかしそれは上手くいかない。
何故かは知らないがこの首輪にはアルターの力が通用しないらしいのだ。
そんな物質があるのかとあすかは最初驚いていたが、すぐに気を取り直すと計画を練り直した。
自分のすべき事は勿論、このゲームに乗ってはいないもの達と合流し、このゲームから脱出する事である。
そしてその為には力を持つ、自分のよく知る者達の協力が必須だとあすかは考えていた。
ポケットに折りたたんで入れていた名簿を取り出し、それを眺めながら思う。
カズマ、劉鳳、クーガー、かなみ――名簿に載っている四つの名前はいずれも自分のよく知る者達。
かなみは戦う力は持っていないが、他の三人は自分を凌ぐほどの強力なアルターを持っている。
合流出来ればこれほど心強い事は無いのだが……とそこまで考え、溜息を吐いた。

彼らも恐らくはこのゲームに対して強い反感を抱いているだろう、それはきっと確かなはずだった。
だが――だからといって、そんな彼らが、手を取り合って協力する場面を、あすかは想像出来なかった。
カズマは常に喧嘩っぱやく、こんな状況でもムカつく奴がいたらすぐに殴りかかるだろう、誰かと協力するという事が出来そうには思えない。
クーガーは自分の道を最速で行く男だ、協力してくれたところで自分達に足並みを揃えてくれるものだろうか甚だ疑問である。
劉鳳はまだマシな方かもしれないが、一度こうと決めたら絶対に貫く我というものを持っている。
三人とも、心も体も強いが為に決して相容れないのはあすかにもよくわかっていた。
特にカズマと劉鳳は水と油だ。

しかしそれでも――三人には協力をしてもらわないといけない。

カズマにしろ劉鳳にしろ、かなみの言う事に弱いという共通点がある。
かなみが二人に協力をするよう言ってくれたならば、二人は渋々ながらも共に戦ってくれるかもしれない。
手を組む中で衝突は間違いなく起こるだろうが、そこはあすかがどうにか収めるしかないだろう。
とにかく、かなみと合流を急ぎ、その後三人と合流するのが自分のやらなければならない事だ。


あの三人をまとめるというのは多大な苦労だろうな、と溜息を吐きつつ。
あすかは何気なくその視線を少年の立っていた檻の方へと向け――見た。
――その檻の中で倒れこんだ、蒼星石の姿を。

それを確認した瞬間、あすかの全身は硬直したがすぐに気を取り直すと柵を乗り越えて鉄棒に近づく。
鉄棒へと手をかけるが、力を入れて押せど引けどビクともしない事を確認するとあすかは手を離して強く念じた。
すると鉄棒は音を立てて消滅すると同時に何とも形容し難い色の光が辺りを包む。
鍵を探して中に入っているほどの時間は無いと判断し、咄嗟に再構成をして鉄棒を消滅させたのだった。
アルター光を纏いながら蒼星石の元へと駆け寄ると、その体を起こして声をかける。

「もしもし、大丈夫ですか!?」

しかし蒼星石はあすかの声に全く反応をしない。
不意に胸元を見てみれば三つもの銃弾の痕が服に残っているのに気づき、愕然とした。
やはりあの少年は人に向けて銃を撃っていたのだ。
彼が撃っていた銃は三発、蒼星石の胸にある傷も三発――疑問を挟む余地などない。
辺りに人影がいない事から、彼はゲームに乗っているものではなく単に自分を見て恐怖を抱いて反射的に撃ってきたのだと思っていたが、その考えが違っていた事に愕然とする。
考えてみれば、少年がこの檻の前に立っていた事をおかしいと思うべきであった。
一々柵を乗り越えて檻へと近づく必要など普通は無い……あるとするなら、そこには何かの目的があるべきだったのだ。
自身の考えの甘さを認識しつつ、あすかは地面へとへたり込んで静かに涙を流し始める。

「僕は……僕はまた迷ってしまった……もしもあの時迷わなければ、君を助けられたのかもしれないのに……」

あすかは園長室で迷ってしまった……銃声のした方へ向かうか否かを。
もしもあの時迷って無駄な時間を消費していなければ、或いは蒼星石を助けられたのかもしれない。
幾ら悔やんでも悔やみきれない――もう二度と迷わないと思っていたというのに、またも自分は迷ってしまった。
そうして救えたかもしれない人一人の命を無残にも散らせてしまった……。
溢れる涙を拭おうともせず、あすかは嗚咽交じりに倒れこむ蒼星石にただ謝罪の言葉を並べ続けた。
こんな事をしても何の解決にはならないと知っていながらも、それでもそれを止める事は出来ない。
いつまでも終わらないあすかの謝罪は――意外な形で終わる事となる。

「あの……あまり気にしないで、ボクは大丈夫だから」
「へ……?」

突然声をかけられてあすかは面を上げる。
一体何者か……その声はすぐ近くから聞こえてきたようだが、そんなに近くにまで誰かの接近を許したのか。
あすかの疑問は、その声の主の姿を見てすぐに四散する。

――あすかが顔を上げた前には、謝り続け涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたあすかに向けて戸惑ったような顔を向けている、蒼星石の姿があった。


「☆×○□$#!?」

声にならぬ声を上げてあすかは瞬間的に飛び上がると、蒼星石の元へとすぐさま近寄る。
一方の蒼星石は泣き腫らしたあすかの顔が近づいてくる事に若干戸惑いつつも、しかし逃げなかった。

「あ、あ、あの、失礼ですがあなたは、ししし、死んでいたのじゃ?」
「う、うん、ボクも最初はそう思ったんだけど――そ、それよりも落ち着いて。 ボクは大丈夫だから、ホラ」

口をぱくぱくとさせ、完全に狼狽している様子のあすかに声をかけながら蒼星石は両手を広げて自身の無事をアピールする。
しかしそれでもまだあすかは納得がいっていない様子だ。
それも当然といえば当然、蒼星石は胸に銃弾を三発も受けていたのだから。
そんな状態で生きているはずなど無く、仮に奇跡的に生きていたとしてもこんなに平然としていられるはずがない。
思わずあすかは蒼星石の胸元へと手をやり、銃弾の痕を確認する。
蒼星石はあっ、と驚きの声を上げたが、あまりにもあすかが真剣な様子をしている事に気づき、頬を少々赤らめただけで特に何も言わなかった。
これが真紅や翠星石ならば怒鳴っているところだろう。

「やっぱり銃痕はついている……ん?」

その時、あすかはふとその体にごわごわとした奇妙な感触があるのに気づいた。
いや、正確にはその体ではなく――そのブラウスの下に着込んであるものの感触。
それに気づくや否や、あすかはすぐさま蒼星石の服を強引に脱がした。
流石にこの行為には蒼星石も静止の声をかけようとしたが、それよりも先に脱がされてしまいまた結局何も言えず、更にその頬を赤らめるのみだ。
そんな蒼星石の様子には全く気づかずに、あすかは上着を脱がした蒼星石の姿を見てまたも驚く。
そこには蒼星石の小柄な格好にはあまりにも不釣合いな衣服が存在していた。

「……防弾チョッキ?」
「っていうもの、らしいね……」

呆気に取られている様子のあすかを尻目に、蒼星石はいそいそと再び衣服を身に纏いはじめる。
支給品を確認していた際、蒼星石がそれをデイパックに戻さずに手元に残しておいたのは、決して自身の安全を守る為ではなかった。
蒼星石は単純に、この夜の寒さをどうにか凌ぐ為にとそれを着込んでいただけなのである。
防弾チョッキを身につけるにあたり、当初はそのごわごわ感が不快にも感じられたが、しかしそれでも唯一寒さを凌げる衣服であるという事に代わりは無かったので、蒼星石は我慢をしながらそれを纏った。
ただ、そのデザインが自分の服に合わない事は少しだけ気に入らなかったので、ブラウスの下にそれを着込む事にしたのだが……。

「あの男の子はそれに気づかずに、全部ボクの胸に撃ってきたんだね……お陰で助かったんだけど」

苦笑しながら蒼星石は語る。
もしもあの少年が蒼星石の頭などを狙っていたなら、無傷でいられたとは思えない。
だが、彼は常に蒼星石の心臓付近を狙って撃ってきていたので、蒼星石はその銃弾の全てを防弾チョッキで受け止める事が出来たのである。

不幸中の幸いとでも言うべきか、こうして蒼星石は難なく己の身に迫った危険を乗り越えた。
……余談ではあるがこの防弾チョッキは、蒼星石を襲った少年がかつて身につけていたものと同じタイプのものである。
少年がもう少し物事を考える力があれば、自分の身につけていたものが蒼星石に支給されている可能性も考えられたのであろうが……。
しかし、彼の"高貴"な頭に、そこまでの事を要求するというのは野暮な話であろう。

その顔にぎこちなく笑顔を浮かべて、蒼星石はあすかに無事であると伝える。
あすかはそれを聞きしばらくはほっとしたように息を吐いていたが、しかしすぐにその表情を曇らせた。
蒼星石が無事だったのは……はっきり言って、幸運だったからだ。
もしも蒼星石に防弾チョッキが支給されていなかったり、蒼星石が防寒の為にチョッキを着込んでいなければ、織田が胸を狙わなければこんな結果にはならなかっただろう。
正に紙一重――蒼星石が無事だったのは、奇跡としかいいようが無い。

「本当に申し訳ありません……」
「気にしないでったら、ボクは気にしてないんだし」
「いえ、ですが……」

頭を下げ続けるあすかに、蒼星石は困りながらも謝罪はいいと告げる。
蒼星石自身は無事だったのだし、あすかが迷いながらも助けに来てくれたというのは素直に嬉しい事だと思っていた。
その行為は決して結果には繋がらなかったものの、感謝こそすれ怒る気などというのは毛頭ない。
それにこうして謙遜合戦を繰り返している間にも、真紅や翠星石は危険な目にあっているのかもしれないのだ。
こんな事は早々に止めて、すぐに彼女達を探しに行かなければならない――と考え。
そこで蒼星石はふと疑問を持った。
あすかは檻の中にいる、何故? ――それは無論、鉄棒を消滅させたからである。
では……一体どうやってそれを消滅させたというのだろうか。
見てみれば、鉄棒は壊された訳でもなく切り取られた訳でもないようなのだ。
それはまるで最初から存在しなかったかのように、忽然と姿を消している。

「ねぇ、ちょっと質問していいかな?」
「? はい、何でしょうか?」
「あの鉄棒はどうしたの? あれがあったから出られなかったんだけど、今は無くなってるみたいだし……」

それを聞いた瞬間あすかは一瞬ギクリとした様子を見せたが、それも束の間。
先ほどの情けない顔とは一転、真剣な眼差しをして話しはじめる。

あすかが言うには、あの鉄棒を消滅させたのはアルター能力という力を行使した為らしい。
蒼星石がそのアルターというものに知らないと告げると、あすかは一瞬訝しむように蒼星石を見たが。
すぐにそれをやめると、アルター能力についての説明をする。
しかし、それらの話の中にも蒼星石の知らない単語があちらこちらに飛び交い、慌てて蒼星石は彼の説明を止めた。
アルター能力はいざ知らず、ロストグラウンドの事なども知らないというのは一体どういう事かと蒼星石に疑問を持つあすかを制し、蒼星石は逆にあすかに説明する。

あすかと蒼星石の認識が違う理由――それは容易に想像が出来た。
それは即ち、彼と彼女との世界が全く違うものだという可能性。
それを聞いた瞬間、あすかはすぐさま異を唱えたものの、蒼星石は動じない。
彼女は知っていた――nのフィールドには無限にも等しい数の世界が広がっている事を。
その事について蒼星石は懇々と説明をし、あすかは蒼星石のその発言の真剣さに若干ながらも考えを改めはじめる。
確かにそう考えるしか、この状況を説明する方法はない。
どれだけ小さな子供といえど、アルターやロストグラウンドといった単語を知らない子はいないだろう。
まだ若干の疑いを持ってはいたが、あすかは一応はその説明に納得をした――が、しかしすぐにまた別の疑問を持つ。

「しかし、あなたは驚かないのですか?」
「え、何が?」
「いえ、ですから、アルター能力に対して……ですよ」

あすかが蒼星石に持つ疑問は、ロストグラウンドに住む者ならば誰でも持つものだろう。
一般人がアルター能力者に持つ感情というのは、基本的に嫌悪されるか、恐怖されるかのどちらかである。
自分には無い特殊能力――その矛先がいつ自分達に向かうかも知れない。
一般人が恐怖をするのも、無理のない話である。
しかしながら、蒼星石はアルター能力の話を聞いても全くそういった素振りを見せていなかった。
アルター能力について知らず、更にこんな殺し合いを強制させられるという状況なら驚かずにはいられないだろうに。
そう考えるあすかに、蒼星石は両手を振って苦笑しながらそれを否定した。

鞄に乗って空を飛んだり、鏡の中に入り込んだり、人工精霊を使途して戦ったりといった事は一般的に考えて超常能力だろう。
もっと単純に言えば――蒼星石達は、動く人形だ。
その存在自体が既に超常現象。
超常能力を持つというのなら、蒼星石達薔薇乙女も同じ事なのだ。
その話を聞いて更に驚くあすかに対し、蒼星石は自身の袖を捲ってその球体関節を見せ付ける。

それは確かに人間には無いものであり――それがあるという事は即ち、蒼星石が人間ではないという事を示している。
一瞬、蒼星石自体もアルターで作り出された存在なのかもしれないとあすかは思うが、すぐさまそれを否定する。
自分の元同僚に、理想の女性を作り出して使途するというアルター能力を持つ者は確かに居た。
その作り出された女性は外見上は人間のそれと全く同じであり、見分けはまるでつかなかった。
しかし、蒼星石は違う。
服で隠れているとはいえ、この球体関節を見れば明らかに人間とは違う存在であるという事がわかる。
それに蒼星石はアルターの存在を知らないからして、そもそも彼女自身がアルターかもしれないという可能性は皆無なのだ。

お互いの世界観や能力についての説明が終わったところで、次に二人は今後どうするかの話をはじめた。
二人は共に探し人がいるが、その人物がどこにいるかはまだ定かではない。
故に行くあても決まっていなかった。
地図を見てみれば、ここがC-8にある動物園であるという事がわかる。
西に向かえば森に入り山へと向かう事になり、南に向かえば多数施設のある市街地に出る事になる。
人が集まる可能性が高いと思えるのは市街地であったが、かといってそう易々とそこに向かう訳にはいかない。
人が集まればそれだけ危険な人物も集まるであろうという事は容易に想像出来る。
しかし、かといって手を拱いている訳にもいかない――こうして悩んでいる間にも時間は刻々と過ぎているのだ。

「……やはり、ここは危険を承知でも南へ向かうしかないでしょう」
「うん」
「このまま南下すれば森を通る事になりますし、この闇夜と相まって森の中では周囲から見つかりにくくなるのはほぼ確実です。
 そうして森を抜ければ市街地はもう目の前ですから、市街地へ向かう事自体は容易でしょう」
「市街地についたら?」
「そうですね……多数施設がある為、逆にどこへ向かうべきか迷うところですが……。
 まずは一旦、図書館へと寄りましょう……北の方にあるので近いですし、そこに僕の知り合いがいるかもしれません」
「ああ、さっき言ってた人たちだね? えーっと……」
「クーガー、ストレイト=クーガーです。
 彼は書物が好きな上にマイペースな人間ですから、こんな状況でも図書館でじっくり本を読んでいる可能性は多分にあります。
 彼と早目に合流が出来れば人探しは格段に楽になるでしょう」

あすかと蒼星石が探さなければならない人物は合計七人。
二人で探しきるには時間も手間もかかりすぎるが――しかし、もしもクーガーが手を貸してくれればその時間は大幅に短縮出来るだろう。
彼のアルター能力――ラディカル・グッド・スピード――は、今のように時間の猶予の無い状況で人探しをするには非常に役立つ代物だ。
……乗り心地は、決していいものではないが。

「でも、本当にボクと一緒に来てくれていいの? 庭師の鋏が無いと、ボク足手まといにしかならないのに……」
「それはこちらの台詞ですよ。
 あなたがこの島から脱出が出来る手段を持っているのならば、是非とも共に行動させてもらいたいです」

蒼星石は、先ほどの話し合いにおいて自身の持つ脱出プランをあすかに説明していた。
nのフィールドを通って自分達の世界へと帰っていく――という彼女の計画。
あすかはそのあまりにも簡単といえば簡単な手段で本当に脱出が出来るのかと当初は悩んだのだが、
しかしかといって自分には明確な手段も思いつかなかった為、その計画に乗らせてもらう事にしたのだ。
二人の仲間――そして、或いは道中で会うかもしれないこのゲームに否定的な人物を集めてnのフィールドを通り脱出する。
二人の意見はそこで合致し、協力をする事と相成った。

「そうだ、これを渡しておきます」
「? 何、これ?」

さて、そろそろ出発をしようとしたその時、ふとあすかが何かを思いついたように己のデイパックから何かを取り出し蒼星石に手渡した。
それは、黒く四角いカードのデッキ。
中身を見てみると、少しグロテスクな蟹のモンスターの絵や、そのモンスターの鋏と思われる絵などが描かれてある。
一体何のつもりだろうと首を傾げていると、すぐにあすかが付属していた説明書を片手に蒼星石に言う。

「僕の支給品なのですが、それはライダーデッキというものらしいです。
 鏡か、或いは水面か……とにかく、自身を映し出すものの前で翳すと腰にベルトが装着され、そこにそのデッキをセットすると違う姿に変身が出来るようです」
「変身?」
「と、ここには書かれてますがね……あなたはこのデッキの事については?」
「いや、知らないなぁ、はじめて見たよ……あすかくんも知らないんだよね?」

頷きながらあすかは説明書を蒼星石に渡すと、蒼星石は説明書に目を通していく。
話によればこのデッキを使う事により身体能力は大幅に向上し、また武器もデッキに入っているカードを使って召還する事が出来るという。
そしてこのデッキに付属している武器というのが鋏というのは、蒼星石にとって嬉しい事実だった。
形は違えど、鋏であれば自分の使い慣れた武器だ。
剣や拳銃などよりも、ずっと使いこなせる自信がある。

試しにデイパックから水の入ったペットボトルを出し、その前にデッキを掲げてみた。
すると確かにここに書かれているように突如ベルトが発生し、蒼星石の腰に装着される。
驚いてデッキを隠すとベルトは消え失せたが、それだけで確認は十分だった。
この説明書に書かれている事は、恐らくは真実だろう。

「ありがとうあすかくん、でも、貰ってもいいの? 君の支給品だったのに……」
「僕にはアルター能力がありますからね。 それよりはあなたが持っていた方がいい」
「うん、そうだね、これでボクも役に立てると思う」

この場には水銀燈をはじめとして、多くの実力者がいる事が想像される。
自分の身を守る為にも、また真紅や翠星石を守る為にも戦う力は必要不可欠であった。

「それじゃあそろそろ行こうか――ッ!」
「!? ど、どうしたんです!?」
「あ、あはは、大丈夫。 ちょっと胸が痛んだだけだから」

立ち上がろうとした瞬間に蒼星石の胸に微かな痛みが走った。
防弾チョッキをしていたとはいえ、その衝撃を完全に受け止めきる事は出来なかったのだろう。
恐らくは軽い痣が出来ているだけで、大した怪我ではないのだろうが、ついその痛みに声を上げてしまった。
大した事無いとあすかには告げるが、しかしあすかは首を振る。

「いえ、万が一という可能性もあります――見せてください」
「見せて下さいって言われても……って、ちょっ、待っ――!」

咄嗟に胸元を隠すような仕草をした蒼星石には目もくれず、再びあすかは蒼星石の服に手をかける。
あすかは良かれと思って言ってくれているのだろうが、蒼星石にしたらたまったものではない。
先ほどは上着を脱がされただけで防弾チョッキも下着もあったのだから、まだいい。
しかし、今回は違う。 傷を見ると言っているのだ。
傷を見るということは即ち――素肌を露にするという事。
しかもそれが胸の部分だというのだから、蒼星石が抵抗するのも当然といえば当然の事だった。
かつていつの日か、ジュンに下着姿を見られた事はあったがそれとは話が別だ。
下着姿を見られるのと裸体を見られるのとでは、まるで意味が違う。

「やっ、ちょっ、あすかくんやめて……心配してくれてるのは嬉しいけど、ボ、ボクは大丈夫だから……」
「何を悠長な事を言っているんです! 放っておいては悪化するかもしれません」

必死で抵抗するものの、あすかは蒼星石の静止の声を聞いてくれない。
そこには恐らく自分のせいで蒼星石が銃に撃たれてしまったという負い目もあったのだろうが……。
しかし、正直これはありがた迷惑であると蒼星石は思う。

「やめてよ、あの、恥ずかしいし……」
「何を恥ずかしがる事があるというのです!」

恐らくは真剣だったのであろう……あすかは、その後をこう大声で続けた。

「女の子ならいざ知らず、あなたは男の子でしょう!!」

……この発言の数秒後、あすかは目の前の女の子に平手を打たれた


数十分後……あすかと蒼星石は静かに動物園を出た。
この数十分間、二人の間に会話は無い。
蒼星石はどこか申し訳ないような顔をしながらあすかの顔色を伺うと、あすかはすっかりしょげた様子で項垂れていた。

「あの……ボクは本当に気にしてないから、元気出してよ」

あまりの空気の重さに蒼星石は声をかけるが、あすかはただ謝罪の言葉を述べるだけで一向に回復しない。
その様子に重い溜息を吐きながら、蒼星石は気を取り直して歩き出す。
あの後、どうにか自分が女である旨を伝えると、あすかはおおいに狼狽して蒼星石に謝罪をした。
正直な話、自分は男の子と間違われるのは慣れているし、ああやってあすかに大声断言された事に対しては少しムッとしただけでそれほど怒ってはいない。
露になった胸を見せる前に脱がされるのを止める事は出来たのだし、蒼星石自身は既に全く気にしていなかったのだ。
だが、あすかはどうもそういう訳にもいかないらしく、先ほどからこうして落ち込んでいた。
何でもあすかには恋人がいるらしく、先ほど蒼星石にした事はその恋人への裏切り行為だとか、もう少しで犯罪になるところだったとか、
ぶつぶつと自責の念を呟きながら歩いていた。

或いはこれがあすかのよく知る三人であれば、こうはならなかったかもしれない。
カズマならばそもそも何が犯罪なのか、何で平手打ちをされたのかさえ理解しないだろうし、
劉鳳なら事務的に謝罪の意を唱えた後、すぐに気持ちを切り替える事が出来ただろう。
クーガーにしても、いつまでも引きずるようなタイプには見えない。
それらがいいのか悪いのかは別として、少なくともこのような状況にさせなかったであろう。
しかしながら彼――橘あすかは、非常に真面目で、堅物な、良識ある常識人であった。

そしてもし、あすかに服を脱がされかけたのが蒼星石でなく彼女の姉妹達であったならば――これまた、こうはならなかったかもしれない。
真紅ならば平手を一つして後は涼しい顔をし、あすかに命令の一つや二つをして償いでもさせ少しは彼の負担を和らげる事が出来ただろう。
翠星石ならば脱がされる前にあすかを罵り、あすかを怒らせてしまうかもしれない。
水銀燈ならば同じく脱がされる前に解決するだろう……恐らくは、暴力的な行為で。
それらがいいのか悪いのかは別として、少なくともこのような状況にさせなかったであろう。
しかしながら彼女――蒼星石は、非常に真面目で、お人好しで、良識ある常識人であった。

あすかにしてみればよかれと思った事が仇となった訳であり、また蒼星石にしてみれば彼を許そうと思う事が逆に彼を苦しめていた。
どちらかの性格が、もう少しだけ悪ければ――もとい、我を出すようなタイプであれば話は違ったのかもしれない。
自分達の性格を若干呪いながら、それでも二人は重い空気の中足並みを揃えて歩く。
"いい"性格をした、自由奔放な自分達の仲間を探し出す為に。

悲しいかな、いつだって苦労をするのは、彼らのような常識人なのであった。

【一日目深夜/C-8 動物園付近】
【蒼星石@ローゼンメイデン(アニメ)】
[装備]防弾チョッキ@バトルロワイアル
[所持品]支給品一式、シザースのデッキ@仮面ライダー龍騎、ランダム支給品(確認済み)0~2
[状態]健康
[思考・行動]
1:南の市街地にある図書館へと向かう
2:自分と蒼星石の仲間(カズマ、劉鳳、クーガー、かなみ、真紅、翠星石)を集めて脱出する
3:襲ってくる相手は容赦しない
※無印本編終了後~トロイメント開始前からの参戦です
※nのフィールドにいけない事に気づいていません

【橘あすか@スクライド(アニメ)】
[装備]無し
[所持品]支給品一式、ランダム支給品(確認済み)0~2
[状態]健康
[思考・行動]
1:南の市街地にある図書館へと向かう
2:自分と蒼星石の仲間(カズマ、劉鳳、クーガー、かなみ、真紅、翠星石)を集めて脱出する(出来ればかなみ優先)
3:襲ってくる相手でも、出来れば戦わずに和解したい


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