銀の邂逅 月の相克(後編)

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銀の邂逅 月の相克(後編)  ◆KKid85tGwY



瓦礫の山の中に白銀の身体の大半を埋め、頭と左腕だけを天に突き出し、
シャドームーンはその存在を白日の下に示していた。
しかし白銀の輝きは煤に塗れ、弱弱しい印象さえ受ける体勢は、
以前のような威厳は感じ取れない。
シャドームーンを倒すなら今を置いて他には無い。
水銀燈はシャドームーンの下へ降りていく。

「うふふ、無様ねぇ」

悠々とシャドームーンを見下ろす水銀燈。
強者と弱者。
追い詰める者と追い詰められる者が逆転した様は、水銀燈に強烈な快感を与える。
あの傲岸だったシャドームーンの命は最早、水銀燈の手の中にある。
そして今、それを終わらせることが出来るのだ。

「約束通り、ジャンクにしてあげる!」

水銀燈はシャドームーンへ向けて剣を振るう。
剣の切っ先が喉元に当たる
水銀燈は、剣の主を睨みつける。

「……どういうつもりかしら?」
「言った筈だ。君が誰かを殺そうとするなら、僕が止めると」

水銀燈の喉元に突きつけられた剣の正体は、月の支給武器。
二本の刃が平行に延びたその異様な造詣の剣は、新井赤空作の初期型殺人奇剣・連刃刀。
息も絶え絶えに刀を構え、月は水銀燈と対峙する。
水銀燈は心底呆れたと言う様子を隠すこともなく吐き捨てた。

「……こんなのを生かして置いて、一体どうするつもりなのぉ? 私から庇った後、こいつに殺されれば満足?」
「僕の理想はあくまで誰も死なせないことだ。そして僕の方からそれを妥協するつもりは無い。
君もシャドームーンも僕自身も殺し合いの犠牲にはしない」
「貴方、状況が判ってるの? 貴方がどう頑張った所で、私を止められる訳ないじゃない。
それにそもそも、私は貴方から力を貰ってるのよ? あんまり無理したら、力を使い果たして死んじゃうかも」
「君こそ状況が判っているのか? 二対一だと言うことが」

月を小馬鹿にしていた調子から一転、急に全身が総毛立つような寒気を覚え水銀燈はシャドームーンを見る。
シャドームーンは相変わらず無言のまま、瓦礫の中に埋まっている。
もう喋ることも出来ないのだろうか?
シャドームーンの状態を窺い知ることは出来ない。
しかしシャドームーンの恐ろしさは、水銀燈の骨身に染みていた。

「エネルギー源の僕を敵に回してまでシャドームーンと戦う方が、君にとってはリスクが大きいと思うけどね。
仮にこの場で僕とシャドームーンを殺すことが出来たとして、その後が続くとも思えないけどな」

水銀燈にとっては最も痛い指摘である。
今の水銀燈はミーディアムによってエネルギーの供給が保たれているとは言え、
先刻までのシャドームーンとの死と隣り合わせの戦いで、精神的な消耗が大き過ぎた。
この上シャドームーンと月の二人と戦って、両方を始末するなど考えるだけで気が重くなる。

水銀燈も口を閉ざしたため、場を沈黙が支配する。
ややあってようやく口を開いたのは月だった。

「これは僕達全員の生存率を上げるための提案でもある。僕と水銀燈とシャドームーンで組めば、全員の生存率が大きく上がる計算になる」
「そいつが大人しく私たちと組むと思ってるの?」
「シャドームーンは大人しくしているしかない筈だ。大きなダメージを負っているからね。そしてそのダメージを負わせたのは僕たちだ。
一度勝利した相手である今の手負いのシャドームーンなら、僕たちで管理することが出来る」
「…………」
「水銀燈、必要以上に弱気になっても大局的な利益や合理性を見失うだけだ」
「私に下らない説教をしないで頂戴……」

それ以上何も言わなくなった様子を見て、月は水銀燈を思い留めることが出来たと確信する。
多少は強弁も含んだが、それでもシャドームーンを殺させる訳には行かなかった。
月の安全のためにも。
同盟を組んでミーディアムとなっているとは言え、月は水銀燈に生殺与奪の権を一方的に握られている関係であることは変わりない。
しかしここにシャドームーンが介入すれば、一挙に関係性が変わるのだ。
月と水銀燈とシャドームーンの三人で同盟を組んだ場合、
水銀燈が月を殺せば、当然同盟はご破算になる。
そうなればシャドームーンとの関係も悪化し、再び殺し合いになることも充分考えられる。
一度勝った相手とは言え水銀燈にとってシャドームーンは恐ろしい相手。
敵対することには、かなり精神的な抵抗がある筈だ。
そしてシャドームーンにとっても月と水銀燈は一度敗北した相手である。
再び敵対することの精神的抵抗は大きい筈。
同盟を組んでも水銀燈とシャドームーンは牽制し合う状況になる。
そしてどちらも容易に手が出せないその状況が月を安全にするのだ。
月ならば牽制し合う二人を煽ってコントロールすることも可能である。

「…………最終的な判断は君が下すんだシャドームーン。僕たちと組むか、組まないか」

月はシャドームーンへ向けて質問する。
勝利者から敗北者への最後通牒。
即ち生きるか、それとも死か。命の選択を突きつける。
その選択に対しシャドームーンは――――

「……………………フフフ、フフフフフハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

――――嘲るような笑いで答えた。
地に伏した敗者がそこに僅かな気負いもなく、傲岸に。不遜に。
シャドームーンの反応が完全に予想外であったため、月も水銀燈も驚くと言うより呆気に取られていた。

「…………フフフ。茶番もここまで来ればな、中々愉快だったぞ」
「……状況は理解出来ているよね? 建物の倒壊に巻き込まれた君がどんな虚勢を張った所で無意味だ。
君の命は水銀燈の機嫌次第なんだ。無意味に挑発するような真似はしない方が良い」
「茶番のついでに質問してやろう。ブラックサン……南光太郎を知っているか?」

月はここに来てシャドームーンの心理が読めなくなって来た。
シャドームーンの様子に虚勢や挑発の色は一切無い。
突如として月に悪寒が走る。
それはルパンと別れたことを悔いた時と同じように、
自分の思考に何か根本的な欠落を見つけたような感覚があった。

「……答えないか。ならば茶番も、お終いだ」

シャドームーンの左腕に緑色の光が宿る。
と同時に、シャドームーンへの警戒を怠っていなかった水銀燈が黒羽を飛ばす。
瓦礫をその重量など無きも同然に吹き飛ばしながら、シャドームーン緑の電撃を纏った左腕を横に薙ぐ。
それだけで黒羽は全て焼き払われた。
そして緑の電撃は急激に膨張。
周囲の大気も焼かれて同じく急激に膨張。
膨張する大気を叩きつけられる感覚と同時に月の意識も激しく揺れる。
混濁する意識。
酩酊する視界。
月はそれでも必死に状況を把握するよう勤める。

微塵に粉砕されて舞い散る瓦礫と粉塵。
水銀燈はどうやら瓦礫に強く叩き付けられたようだ。
そして月もまた瓦礫に背を預けて座った状態で動けないでいる。
身体の至る所で、骨の折れた痛みがある。

シャドームーンに水銀燈ごと、周囲の瓦礫ごと、吹き飛ばされたのだと理解する。
まだそんな力が残っていたとは、驚愕に値する。
しかし真の驚きはその後に訪れた。
粉塵が晴れてシャドームーンの姿が見える。
白銀に輝く五体。
そこには傷一つ無い。
そして何よりシャドームーンは先ほどまでの有様など嘘のように、
既にその圧倒的な威圧感、威厳を取り戻していた。
シャドームーンの姿を見て月は直感的に思い知った。
しかし理性はその直感を否定する。
まさかそんな筈は無い。
そんなことは物理的にありえないだろう。
シャドームーンは展望台の倒壊の只中に居たのだ。
そのシャドームーンが無傷だなんてありえない。

月は“日本一優秀な”高校生であることは間違いない。
特にその知性。
知識も応用力も、日本や高校生に限定しなくとも比肩し得る人間など、
俄かに思い浮かぶのは“世界一の探偵”Lくらいの物だろう。
しかし、それでも月は殺し合いに参加するまで、
死神もデスノートも、超常的なことは何も知らない、平凡に生活していた高校生であることに違いない。
だからその判断は月の知る常識的な、あるいは科学的な知識を基準とした物となる。
他に判断基準を持ちようが無いのだから。
自分が知る世界を超える知性は持ちようも無い。どんな天才も超えられない限界がそこに有る。
それゆえ月は、シャドームーンに対し二つのある根本的な誤解を犯していた。
そしてその代償を、今払う時が来る。

カシャ

シャドームーンが一歩、近付いて来る。
月の身体が突如震え出す。
絶望が、死が、近付いて来ていた。

カシャ

月の震えが止まらない。
身体が震える理由は自分で判っている。
絶対に逃れられない恐怖。
絶対の死が近付く恐怖だ。

カシャ

それでも月は、必死に対策を考える。
その卓越した頭脳を駆使して。
この場を生存する方法を。
あらゆる可能性を考慮して。

カシャ

そして考慮したあらゆる手段が自分の頭脳によって否定されていく。
月の卓越した知性は、この場を切り抜ける方法がないことを証明していく。

カシャ

シャドームーンが立ち止まる。
月の名を関する絶望が見下ろし、
月の名を関する知者がそれを見上げた。

月は自らの能力に絶大な自信があった。
知性は勿論のこと、中学時代にテニスの全国大会で二度優勝するほどの体力と運動能力。
そして精神力。自分はいかなる事態にも冷静に、的確な判断を下すことが可能だ。
月は自分がそうであると認識していた。
しかしそれもまた月の誤解だったと言えよう。
月は未だかつて絶対の恐怖と対峙した経験が無かった。
自らがどれほど知と力を尽くしても、決して逃れられない死と言う絶対の恐怖と。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

月はまるで堰を切ったように叫びを上げる。
体面も何も無く、耐え切れなくなった物を全て吐き出すがごとく。
そして座った体勢のまま、手に持った連刃刀でシャドームーンの脚を切り付ける。
一度だけではなく、二度も三度も。
いや、それは切り付けるなどと言えるような整然とした行為ではない。
叫びを上げながら、力任せに刀身を叩き付けているのだ。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
刃が零れ、刀身に歪みが生じようとひたすら力任せに叩く。
シャドームーンの脚には擦れ一つ付かないがひたすら力任せに叩く。
そこに常の月らしい理性的な思考は存在しない。
恐怖からの逃避行動があるだけだった。
月は今や完全な恐慌状態にあった。

「…………愚かな。フッ、どうやら私は人間を少し過大に評価していたのかも知れん」

シャドームーンは邪魔臭そうに脚で連刃刀を払う。
連刃刀は刀身が折れながら月の手から吹き飛んで行った。
月にはもう抵抗の手段は残されていない。
声が枯れて、もう叫ぶことすら出来ない。
月の講じるあらゆる手段を、想像を絶する能力で叩き潰すシャドームーン。
月の根本的な誤解の一つが、このシャドームーンの能力である。
人類史より遥かに長い歴史を持つ暗黒結社・ゴルゴム。
シャドームーンはそのゴルゴムの最新技術の粋を尽くして改造された世紀王の一人である。
そして前述の通り、先にブラックサンと言う実戦投入されたモデルケースが存在し、
そのブラックサンより改造期間が長いシャドームーンには、細かい改良点が幾つも存在する。
パンチ力とキック力は基本的にブラックサンと変わらない。
しかしシャドームーンにはエルボートリガーとレッグトリガーを装備している。
超振動発生装置であるそれらは、自体を武器にすることも可能だが、
シャドームーンのパンチ力とキック力を強化する効果も兼ね備えている。
更にブラックサン以上の跳躍を可能にする瞬発力。
全身を覆う装甲はリプラスフォーム以上の硬度を誇る強化皮膚・シルバーガード。
そしてマイティアイ。
シャドームーンの基本的な性能は、ブラックサンをも上回っているのだ。
その無類の高性能を駆使すれば、展望台の倒壊の中でも無傷で居ることは可能だった。
しかしその高性能は月にとって完全に想像の埒外。
理解を超えた怪物が今、真紅の剣を振り上げた。
既に声を枯らした月は叫び声を上げることも出来なかった。

(馬鹿な!! 僕が……こんな何も出来ないまま…………死ぬなんて!
水銀燈とシャドームーンをコントロールして、殺し合いを脱出する筈が……一体どこで判断を間違えた!?)

月のシャドームーンに関するもう一つの誤解。
それはシャドームーンが説得可能だと考えたこと。
シャドームーンはブラックサンと違い、その頭脳まで改造された世紀王。
人間の精神は完全に破壊されて、そこにあるのはゴルゴムの王としての自我のみ。
その価値観もまた完璧にゴルゴムの物となっている。
そしてゴルゴムとは世界の全てを支配して、逆らう一切を蹂躙し尽くす存在。
人間もその種の全体が、ゴルゴムにとっては服従か滅亡かを突きつける存在。
シャドームーンはその内面までも、只の人間である月にとって完全に想像の埒外なのだ。
そもそも殺し合いの脱出のために協力するよう説得されるなど、絶対にありえない。
ゴルゴムは自らに歯向かう者や従う者は勿論、一片でも自らの支配を拒む余地の有る存在は絶対に許さない。
ゴルゴムの王は並ぶ者の存在を決して許さぬ絶対者なのだ。
月には二重の意味で理解を超えた怪物が今、真紅の一閃が奔らせた。

「無力だったな、世紀王の前では」

サタンサーベルが月の胸を、薄紙のごとく容易に貫いた。
傷口から大量に噴出する血液は、月の知識で無くともそれが致命傷であると理解させられるだろう。
薄れゆく意識が、逆に死を自覚させた。

(僕は…………どこで判断を間違えて……………………ルパンさん…………あなたならどうしてましたか?)

薄れゆく意識の中、月は何故かルパンのことを思い出していた。
幾らルパンと言えど、戦闘能力ではシャドームーンには敵わないだろう。
それでも、月には無い柔軟な発想と、危機にもその柔軟さを損なわないあの精神力なら、
あるいは月にも思いもよらなかったシャドームーンへの対処法を考え付いたのでは無いだろうか。
ルパンはそんな期待感さえ抱いてしまうほど、底知れない人物だった。
そして月はやっと気付いた。
ルパンと別れる判断が誤りだと感じた理由を。
それは『戦力が分断される』からだ。
気付いてしまえば子供でも判る単純極まりない理由。
しかし“キラ”などと言うどれほど実態があるか判らない観念に振り回され、
自分の内面の問題に拘泥して、ルパンと別れてしまう。
その結果、自分のリスクを増してしまった。
自分の中にキラの可能性が有るかどうかなど、この場を生き残ってからの話だった筈なのに。
殺し合いは、只生き残るだけでも容易なことではない。
しかし月は殺し合いそのものを甘く見てしまった。
殺し合いを生き残るための最善の方策を採れば、月にも違った可能性が有り得たであろうが。

自分の内面の問題に拘り、大局的な優先順位を見誤る。
聡明な月らしくない、あるいは月らしい失敗ゆえか、
“新世界の神”となる筈だった男は無念の最期を遂げた。

【夜神月@DEATH NOTE 死亡】



真紅の刃に貫かれた月が、力無く伏せていく。
それを見ていた水銀燈は、同時に自分の身から力が失せていくのを感じる。
ミーディアムを失う。即ち、月が死んだ。
力の供給源と参謀役を同時に失った水銀燈は、シャドームーンに対する勝算も失ったのだ。
先刻までの月と同じく決して逃れられない死を間近にして、水銀燈も恐怖に震える。
長くアリスゲームを戦い抜いてきた水銀燈も、これほど絶対的な恐怖は初めて体験する。

「フッ。どうやらこの人間が死ぬことで、貴様も力を落としたようだな」

恐怖の源泉、シャドームーンが水銀燈を見る。
次の瞬間、水銀燈は弾けるようにその場から飛び出した。
精神の許容量を超える恐怖に直面すれば、人は直視することもかなわず逃避する。
それは人間も人形も変わらない。
最早、今の水銀燈にローゼンメイデンとしての自負は無かった。
捕まったら確実な死が待っている。
だから後先も考えずに、力の限り逃げる。
今の水銀燈には只それだけしか無かった。

無我夢中で逃げる水銀燈は、いつの間にか森の深くまで入っていた。
どの方向へどのくらいの距離を飛んだのかすら判らないから、現在位置すら判別出来ない。
シャドームーンを完全に振り切ったと思える距離までいかなければ、今の水銀燈は振り向く余裕すらないのだ。
脇目も振らずに飛び続ける水銀燈。
その視界が突如として激しく揺れる。
どうやら頭上からの衝撃が原因のようだが、水銀燈も上手く事態を把握出来ない。
そして今度は視界全体が――――赤く染まった。
濁った、何か不吉な予感を孕んだ赤に視界が塗り潰されて行く。
続いて鼻を衝いたのは強烈な異臭。
得体の知れない、生臭さで満たされる。
水銀燈を囲む世界が突然、異常な物に変貌した。
動転した水銀燈は目前を手当たり次第に弄る。
何か軟らかい物が顔を覆っていたので、水銀燈はそれを手繰った。
視界の端でようやく確認出来たそれは、細長く伸びた動物の内臓。
そしてようやく視界を塗りつぶす赤が血の色。異臭が血と臓物の臭いだと判った。
なぜそんな物が? 疑問に駆られ、水銀燈は内臓を更に手繰る。
内臓は水銀燈を覆うほど、巨大な肉塊から伸びていた。
今度は肉塊を手繰る。
血に塗れて全容が明らかにならない肉塊の先についていた物は、人間の頭だった。
しかもその頭を水銀燈は見覚えが有る。
端正な顔は苦痛と恐怖で歪み、光を宿さぬ眼も空ろだが、
それは間違いなく夜神月の頭部だった。
流石の水銀燈も恐怖のあまり、ヒッと短い悲鳴を漏らす。
なぜ月の身体が自分に乗り掛かっているのか、全く理解出来ない。
自分は“これ”の存在する場所から逃げていた筈だ。
自分は既に死んで地獄に来ており、そこで月と再開したのではないか?
そんな突拍子も無い思考をするほど、水銀燈は混乱していた。

カシャ カシャ カシャ カシャ

混乱する水銀燈の耳に、更に恐怖を煽る足音が聞こえて来る。
振り向くのにすら恐怖を伴う。
水銀燈に絶対の死を与える存在がそこに居るのだから。

「一時でも逃れられると思ったか?」

血に塗れたサタンサーベルをこちらに向けるシャドームーンを見て、水銀燈はようやく状況が理解出来た。
自分を追いかけて来たシャドームーンが、サタンサーベルに刺さったままだった月の死体を投げ付けて来たのだ。
水銀燈とシャドームーンでは余力がまるで違う。逃げ切れる筈が無い。
本当は最初から判っていたことだ。
それでも異常な恐怖に駆られた水銀燈は逃げずには居られなかった。

「一抹でも交渉の余地が有ると思ったか?」
「イヤ!! イヤッ!! イヤよおおおおおおおっ!!!!」

先ほどの月と同じく恐慌状態になった水銀燈は、黒羽を闇雲に飛ばしてシャドームーンを攻撃する。
そこに戦術的な判断は無い。それどころか戦う意思すらないと言えよう。
只の現実からの逃避を動機とした行動なのだから。
そして水銀燈はその間もひたすらに叫び続けていた。
既に薔薇乙女の体面も失くしていたのだ。

「一片でも勝算が有ると思ったか? この次期創世王を相手にして」

シャドービームが放たれる。
ビームは月の死体に直撃。月の死体も背負っていたデイパックも、爆発四散させた。
その余波で水銀燈も身体毎吹き飛ばされて、地面を転がっていく。
全身の痛みがいつまでも残る。
水銀燈は仰向けに倒れたまま動くことも出来ない。
自分の身体の、精神の、全ての力を使い果たしてしまったように思えた。

カシャ カシャ カシャ カシャ

歩み寄るシャドームーンから、水銀燈は這うようにして逃げる。
その左脚の上に何か重い物が圧し掛かった。
見てみるとシャドームーンの足が踏みつけている。
水銀燈がどう外そうとしても、万力のごときシャドームーンの足の力から逃れることは出来ない。
しかも踏みつける力が更に強くなっていく。
水銀燈が苦悶に喘ぐが、シャドームーンはお構いなしに力を込め続ける。
水銀燈の左脚が加重に耐え切れなくなり軋みを上げ、やがて粉々に吹き飛んだ。

「脚が!! 私の脚がっ!!!」
「フッ、少し本気を出せば脆い物だ。この分では全身をバラバラにするのも容易いな」

自分の身体の一部を破壊されて、更に侮辱される。
常の水銀燈ならばどれほど怒り狂っただろう。
しかし今や水銀燈はもうシャドームーンへの怒りを表すことも出来ない。
只、シャドームーンが純粋に恐ろしかっただけだ。
人間に手向かいも出来ず殺される虫になった気分だった。

「……イヤ…………助けて」

恥も外聞も無い、命乞いの言葉が水銀燈の口をつく。
そんな物をシャドームーンが聞くなどと考えた訳ではない。
誰に対して言ったのかも定かでは無い呻き声。

「助けて欲しいか?」

だからシャドームーンが返答したのは水銀燈にとって、全く予想外のこと。
まるで信じられないと言った表情で、水銀燈は呆然と見上げる。
次の言葉が浮かばない水銀燈に、シャドームーンが話を続けた。

「見逃してやっても良いぞ。……但し、私に従うと誓えばな」

屈従か死か、今度は水銀燈が選択を迫られる。
無論、水銀燈ならば屈従を選ぶ筈が無い。
ローゼンメイデンの矜持は命よりも重いのだ。
水銀燈は自らの想いのまま、シャドームーンの選択に答える。


    ◇


森の中を暗い影が進む。
闇のごとく黒い羽がはためく。
暗黒の人形、水銀燈は森の中を低く飛んでいた。
まるで幽鬼のごとく、生気の無い表情でふらふらと浮遊するように飛ぶ水銀燈。
その異様な状態は、エネルギーの消耗が激しいと言うのも理由の一つだが、
それ以上に精神的な要因が大きかった。

結局は屈従してしまったのだ。シャドームーンに。
本来の水銀燈なら選ぶ筈の無い選択。
しかし今の水銀燈に、シャドームーンに逆らうほどの気概は残されていなかった。
そのお陰で水銀燈は今生きてはいる。
恐らく、従わなければシャドームーンは躊躇無く水銀燈を殺していただろう。
月の時と同じように、虫を踏み潰すような気安さで。
水銀燈は自らの選択で、その命を守ることが出来たと言える。

しかし、そんな理屈で自分を納得させられる筈も無い。
屈伏したのだ。自分を追い詰め、傷つけて敗北させた者に。
シャドームーンを許すことは出来ない。
しかしそれ以上に、水銀燈は自分が許せなかった。
アリスとなる筈である大事な自分の身体を、致命的に傷付けられて、
そのシャドームーンに怒りをぶつけるどころか、恐怖に屈して命乞いをした自分に。

闇人形はより深い闇を心に抱えながら、森の中を進んで行く。
どこへ進もうとしているのか、それは自分でも判らなかった。

【一日目夕方/E-5 山中】
【水銀燈@ローゼンメイデン(アニメ)】
[装備]無し
[所持品]支給品一式×3(食料を一つ譲渡)、メロンパン×4@灼眼のシャナ、板チョコレート×11@DEATH NOTE
     農作業用の鎌@バトルロワイアル、不明支給品0~2(橘のもの、確認済)
[状態]疲労極大、右目にヒビ割れ、右眼周辺に傷、、左脚欠損、強い恐怖
[思考・行動]
1:???????
[備考]
※ゾルダの正体を北岡という人物だと思っています。
※nのフィールドに入ろうとすると「入ろうとする意思そのものが消されてしまう」ようです。

森の中へ飛んでいく水銀燈をシャドームーンは只黙って見送る。
シャドームーンが水銀燈に生き残るチャンスを与えたのは、
ゴルゴムの王だから、とも言えよう。

世界の支配を目的とするゴルゴムは、従わぬ者の存在を決して許さない。
シャドームーンがヴァンC.C.を見逃したのは、あくまで一時的な措置。
歯向かう者には絶対の死を与えるのがゴルゴムであり、シャドームーンなのだ。
しかし恐怖で屈伏する者は違う。
実際にゴルゴムは黒岩博士などの人間も自分達の傘下として利用している。
その偉大さに畏れ、心服する。それこそがゴルゴムを相手にして生き残る唯一の道。

水銀燈を生かしておいたのも、彼女が心からシャドームーンを恐れ従ったからだ。
だからこそシャドームーンは水銀燈に命令を与えて解き放った。
命令は『他の参加者を見付け出して、シャドームーンの危険性を喧伝すること』。
そうすれば殺し合いの参加者たちは、結託してシャドームーンへの対策に乗り出すだろう。
それを一網打尽にすれば、一々各個撃破して行くより手間が省ける。
しかもこの命令ならば、水銀燈も大人しく従う公算が大きい。
何しろ他の参加者結託することは、水銀燈にとってもシャドームーンに打ち勝ち生き残るための唯一と言って良い方策だからだ。
例えそれが万に一つの可能性であっても。
仮に水銀燈が従わなくとも、それはそれで構わない。
従おうが従うまいが、何れにしろ次に会った時は殺すつもりだからだ。
水銀燈を生かしておいたのも、また一時的な措置に過ぎない。
恐怖に駆られた者を走狗として利用する。それもまたゴルゴムの在り方と言えよう。

シャドームーン自身も、やがて徐に出発する。
シャドームーンは王者では有るが、座して走狗の成果を待つ為政者ではない。
自らの力でゴルゴムの世界を築く戦士でも在るのだ。
絶対の王者は、再び孤独な戦場に身を投じる。
しかし彼はまだ知らない。
自らの運命の片割れ、ブラックサンが既にこの世に居ないことを。

【一日目夕方/D-5 山中】
【シャドームーン@仮面ライダーBLACK(実写)】
[装備]:サタンサーベル@仮面ライダーBLACK
[支給品]:支給品一式、不明支給品0~2(確認済み)
[状態]:疲労(小)
[思考・行動]
0:東の市街地へ向かう。
1:殺し合いに優勝する。
2:元の世界に帰り、創世王を殺す。
3:かなみは絶望させてから殺す。
4:殺し損ねた連中は次に会ったら殺す。
【備考】
※本編50話途中からの参戦です。
※殺し合いの主催者の裏に、創世王が居ると考えています。
※シャドービームの威力が落ちています。
※会場の端には空間の歪みがあると考えています。


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144:銀の邂逅 月の相克(中編) 夜神月 GAME OVER
水銀燈 151:doll dependence syndrome
シャドームーン 154:世界を支配する者



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