なんというか、完全にその場の勢いで書き上げた代物である。とりあえず西方人と東方人の意識の違いとはこういうもの、ということで。
井戸端会議といえば日々の生活を支える女性らの交流の場であるが、当然のことながら「学院」の女生徒達の間にも存在する。元はお姫様育ちであっても、自ら掃除洗濯をさせられるとなれば、おのずとおしゃべりに花が咲くというものである。
「というわけで、先輩、セルウィトスっすよね?」
「何がというわけなのかは判らないけれども、セルウィトス一門の出身だよ」
「じゃ、肝練りやったんですか? 肝練り?」
「うん。道場の皆とね」
「肝練りキターッ!!」
ある日の晴れた空の下でたまった洗濯物を洗っている時に、たまたまクラウディアらとダリア達が一緒になった時のことである。毎度洗濯のためのお湯をもらうために列に並ぶのが面倒になったルスカシアが目ざとくセレニアを見つけ、だがこの一期生代表がそうした楽するために手を貸すことは絶対に無いと思い知らされているダリアが止めるのを振り切って彼女にお湯を分けてもらえないか頼んだのであった。回答は当然「否」なわけであるが、一緒にいたクラウディアのとりなしでカミナリを落とされるのだけは許してもらったルスカシアが、一緒に洗濯をしたいと言い出したのであった。
つまるところ、この人懐こいルスカシアにクラウディアが懐かれたわけであるが、皆で一緒に洗濯をする分には構わなかろうということで、お湯を貰ってきたダリア達もクラウディア達に合流したわけであった。
そして、西方はナティシダウス一門の一機衆出身のルスカシアが、同じく西方のセルウィトス一門宗家姫君のクラウディアと一緒になれば、話題はそれぞれの一門独自の風俗となるのも自然の流れである。
「何それは? 肝練り? 家畜の肝臓で肉団子でも作るの?」
「いや、さすがに違うよ。そうだね、あえていうなら度胸づけのための儀式かな」
「そう。それで具体的には何をするの?」
東方はアル・カルナイ王国との国境の街を仕切っているシリヤスクス・セレニウス家の姫君であるセレニアは、当然のことながら西方の諸一門の風習についてうといところがある。というより、それぞれの一門にはそれぞれに独特の風習があって、それを全て把握している者など物好きな学者くらいしかいはしない。
洗濯の手を止めて、嬉しそうに両手をぶんぶん振っているルスカシアの首根っこを押さえて大人しくさせたダリアが、クラウディアに話の続きをうながした。
「それで、肝練りって、どんな儀式なんですか? 道場の方たちと、ということは、結構危険な儀式なんでしょうけれど」
「まあ、危険といえば危険かな。うん、ただ実包を込めて火縄に火を付けた鉄砲を天井からぶら下げてね、皆でそれを囲んでぐるぐる回しながらお酒を飲むだけ」
「だけじゃないっしょ!? だけじゃッ!! それ危ないじゃないですか!! 事故ったら死にますって!!」
「そうでもないよ。銃口が自分を向くのは一瞬だし」
平然となんでもないように説明するクラウディアに、ダリアが目をむいて食ってかかった。確かに何時発砲するか判らない鉄砲の銃口を前にして酒を飲むなど、正気の沙汰ではない。
「まあ、銃口が向くのは一瞬なんだけれどもね、その瞬間に少しでも臆した様子を見せたら物笑いで恥になるんだ。だから、銃口が向こうが、実際に弾が出ようが、何事も無いように平然とお酒を飲めるようにならないとね」
「すげーっ!! やっぱ、セルウィトスすげーっ!!」
「おめーも何喜んでいやがんだよッ!!」
「えー? だってセルウィトスだよ? 中原の蛮族や西方魔族が恐れをなす戦のために生まれてきた一門衆だよ? 格好いいと思わね? な、な、アルブロシアもそう思うだろ?」
「……一門の価値観は、それぞれだから」
なんでそこで自分に話をふるかなあ、と、アルブロシアの迷惑そうな表情を無視して、ルスカシアが、それはもう嬉しそうに話を続ける。
「やっぱさ、こう、命捨て奸ってこそのセルウィトスなんだってばさー」
「個人的には、ナティシダウス一門の一機衆に言われても困るかな」
「えー? そうですかー?」
「「死人(しびと)の一機衆」といったら、うちにも知られているくらいだよ? 名も実も考えず、ただ御家の為に瞬時に命を投げ捨てるなんて、そっちの方がすごいと思うけれどもなあ。うちのいくさ人どもが命知らずなのも、それが名を上げ、実が成るからだし」
呆れ顔のクラウディアの言葉に、不満そうにぷぅっとほほを膨らませて上目づかいになったルスカシアに、ダリアがわけわからなさそうな表情になる。
「名誉も実入りも無しに死ぬって、なんだよそれ? 気でも違ってんのかよ」
「おう! 騎士たるもの、気狂いたれ、御家の狗たれ、ってのが一機衆の誇りだぜー 見返りなんて期待すんのは本物の忠心じゃねぇっての。すでに機装甲と領地を賜っているんだからさ、その御恩に報いてなんぼだろー」
「いやいやいや、それなんかおかしくね? 領地を任されててんだから、そいつをきちんと経営すんのが仕事じゃね?」
「ちげぇーって。領地ってのは、いくさ人を養うためのもんなんだって。騎士の理想は、純粋無雑のいくさ人に決まってるんだってばよー」
すでに話題についていけなくなっているセレニアが、まるで自分とは違う種族でも見るような目つきでルスカシアを見ている。さすがにそれはいけないだろう、と、見てとったクラウディアがフォローに入った。
「えーとさ、機装甲って、騎士を騎士たらしめる財産だよね?」
「ええ」
「でも、機装甲は、基本的には一品物で、作るのに物凄いお金がかかる。それに、機体があっても維持するだけでとってもお金がかかる。お金だけじゃない、人手も技術もいるよね」
「その通りね。だから工部の親方を抱えられるかどうかが、諸侯と騎士の分け目となってよ」
「うん。で、その機装甲を一門から借りていて、かつそれをいつでも戦場に出られるように維持するための領地と工部を預けられている騎士達が、一機衆なんだ。つまりさ、代々の権利として騎士でいるんじゃないんだ。一門が機装甲を預けるに足るいくさ人だと認めたから騎士なのが彼らなわけ。だから彼らは、「御恩」という言い方をするんだ。つまりさ、すでに戦働きの報酬は前払いされているんだ」
「……判ったような、判らないような」
さすが先輩、よく判ってくれてるー と、大喜びで両腕をぶんぶん振っているルスカシアを、ダリアが化け物でも見るかのような目で見つめる。とりあえず場の雰囲気を変えようとして、アルブロシアが話題をふった。
「そういえば、クラウディア様は、かつて戦場に出られたことがおありだとか」
「うん? まあ一回だけだから大したことはないんだけれどもね」
「……もしかして、手柄あげられていらっしゃったりします?」
「とりあえず三機喰ったけれど、まあ機神に乗ってだから、そんなに偉いわけじゃないよ」
「……初陣で三機、初陣で三機」
かつて教会軍で機装甲乗りとして戦場に出る直前までいったアルブロシアが、名状しがたきなにものかを見るような目でクラウディアを眺めつつぶつぶつと同じ言葉を繰り返している。そんな彼女の両肩を掴んでゆさぶって正気に戻しつつ、愛想笑いを浮かべてダリアが話の続きをうながした。
「それで、よく無事でしたッすね。ほら、初陣だと突出して討たれやすいから気をつけないと、って聞きますし」
「いやぁ。突出もなにも、渡河してきた敵の橋頭堡に殴りこんだだけだしね。さすがに二十を超える敵機に囲まれて死ぬかと思ったよ」
「……そん時、お味方は何機?」
「わたしを含めて四機。でも一機は敵陣に切り込んでいたから、その場には三機だったよ」
「……よく生きて帰ってこれましたね」
「うん。本当に今考えると運が良かったとしかいいようがないよ。さすがに二度はやりたくないなあ」
うんうん、と、一人納得したような風にうなずいているクラウディアを、皆は心底恐ろしい何かを眺めるかのような表情で見つめている。だが、そんな周囲の空気を無視して、ルスカシアがさらに話を振った。
「そーいえば、参陣前に「肝試し」とかやりました?」
「うん? 「肝試し」? ああ、やったよ」
もう完全に二人だけの世界を作っているクラウディアとルスカシアに、それでも話を聞くのが自分の義務なのだろう、という表情でダリアが問いかけた。
「それで、その「肝試し」って、なんです?」
絶対にろくでもない代物に違いない、と、言外ににじませつつ、そう問いかけたダリアに、クラウディアは気がついてか気がつかないでか、あっさりと答えた。
「うん、「肝試し」ってね、上役が信頼する部下を指名して、短筒で自分の頭の上に乗せた水筒を撃ち抜かせるんだ」
「……相変わらず壮絶ッすね」
「まあ、そうなのかな。でも、あくまで上官が部下に、お前達を信頼して命を預けているんだ、と、示すための儀式だからね。そりゃ危険なのは仕方が無いかな」
「で、ちなみに聞いてみるだけ聞いてみますが、先輩はどっちでした?」
「当然指名する側だったけれど?」
何を当たり前のことを聞くのかな? とでも言わんばかりに小首をかしげてクラウディアはダリアを見つめ返した。
「一門宗家の姫にして、次の宗主なんだよ。そりゃ、一門の皆を信頼していると示さないと。兄達もやったし、父もやったし、うちの名のある将は皆やっているよ」
「……それで、弾が外れて自分に当たったらどうなるんです?」
「死ぬだけだよ?」
「弾がそれてどっか飛んでいったら?」
「そりゃ、撃った者が上役に信頼にこたえられなかったんだ。その場でそっ首かき切って果てるのが作法だよ。こんな大恥はないもの」
それでこそセルウィトスの一姫だーっ と、頬を上気させ、瞳をうるませて、ルスカシアは大喜びし、セレニアも、ダリアも、アルブロシアも、ああ、この人は自分達とは別の世界に生きている人間なんだ、と、目をそらしてひきつった笑みを浮かべた。
皆のその微妙な雰囲気に、心底困ったような表情を浮かべたクラウディアは、眼鏡の位置を直して口を開いた。
「でも、私達西方の人間から見れば、東方の人間の方がよっぽど怖いよ。東方魔族と三百年も正面から戦い続けて一歩も引かなかったんだからさ」
「貴女達、命は投げ捨てるもの、みたいな西方人に言われると微妙な気持ちになるわ。我々は、ただ、存在全てを戦争を遂行するために集中させただけですもの」
「……そっちの方がよっぽど危険だと思う」
「何を言っているの。ただ、全ての人間に兵士となれるよう教育の機会を与え、全ての人間を戦功で公正に評価し、全ての人間を戦争に奉仕させるようにしただけのことよ。そんな難しいことではなくってよ」
一番人間性から遠い存在がここにいた。セレニアをのぞく全員が、そういう表情になって、さも当然そうにそう言い切ったシリヤスクスの重臣の娘を生暖かい目で見つめた。
その微妙な空気に心底傷ついた表情になって、セレニアは、そっぽを向いて呟いた。
「まるで人を戦争機械でも見るような目で見ないでちょうだい。傷つくわ」
でも戦争機械そのものだろう、というのが、今この瞬間に皆が一致した感想であった。
最終更新:2012年05月04日 22:21