アリア姫戦争の開戦と、初戦でのアルファルデス達神聖騎士らの活躍について。そして彼女らがどのように扱われているかについても。なんというか戦争しているのか乱痴気騒ぎをしているのか判らない感じであるが、まあ近代的な戦争に専念する軍隊が生まれる前のお話ということで。
万を越す兵士と千に近い数の機装甲機卒が移動するとなると、道は荒れ、煙立つ砂埃は大変なことになる。はるか視界の果てまで続く軍勢の隊列は、味方を鼓舞し、敵を恐れさせるに足るものがあった。晴れわたる青空の下、軍楽隊の演奏に乗って兵士らの大地を踏みつける音が丘陵の森々へと吸い込まれてゆく。
その軍勢の進む方向とは逆走するかたちで伝令の羽飾りをつけた騎兵が駆けてくる。
「伝令! 伝令!」
「ご報告いたします! ポリュドロス将軍の先遣隊は無事国境を突破、メッセニア市に向けて進軍中とのこと!」
彼らアル・ディオラシス王国軍は、アル・カディア王国との国境地帯である南北に広がるアンフェイア丘陵地帯を東西に横断する隧道を行軍していた。
先遣隊が無事国境を突破し進撃できているということは、アル・カディア王国が今回の戦争に全く備えていなかったということを意味している。大軍を防ぐのには、起伏ある地形を利用してその数の利を活かさせず、徐々に遅滞してゆくのが最も効率的なのであるから。だが、今のところアル・ディオラシス王国軍は、抵抗らしい抵抗にあってはいない。
「今のところ順調に進んでおりますな」
「敵はまったく備えをしていないと見える。「帝國」と結んだ事で安心しきっているに違いあるまい」
「明日にもポリュドロス将軍はメッセニア市に到達しそうですな。早速工兵を前進させて攻城戦の準備をさせませんと」
前後を近衛部隊の機装甲と騎兵に守られつつ、アル・ディオラシス王とその幕僚らが馬でゆっくりと進んでゆく。
幕僚の将軍達の言葉に耳を傾けつつ、国王は黙って白馬を進めていた。戦争の細部まで一々国王が口を差し挟んでも、事が上手くいくことはない。それが彼の基本的な姿勢であった。
「陛下、現在軍は計画通りに前進中でございます。明後日にはメッセニアの交通の要所であるメッセニア市に全軍到着いたします」
「よし。計画通りに進めよ」
「はっ!」
アル・ディオラシス王国軍の筆頭であるアル・テュルタイオス元帥の報告に、国王は鷹揚にうなずき、このまま軍を進めることを命じた。
二日の後、メッセニア市に到達したアル・ディオラシス軍は、市の城壁を見下ろせる高台の上に陣を敷き、宿営地を建設し始めた。
南方諸王朝の軍勢の主力は、多数の機卒で構成される機甲方陣である。基本は長鑓を持った一〇機を横一列に並べ、その横隊を一〇列重ねた陣形が基本単位となる。これの左右前方に、盾と投槍数本そして長剣を装備した重機装甲が配置され、機卒方陣の前進を援護する。その方陣と方陣の間に、前進の邪魔にならないように砲兵が配置され、支援射撃を行う。また攻勢重点には、近衛隊より重魔道機装甲か魔道機装甲は配属されて支援にあたることもある。
こうした機卒機装甲を中核にすえた編成のため、歩兵や騎兵その他の兵科は、あくまで実際の戦闘以外の状況で任務にあたることが大半である。事実、宿営地を建設しているのは、専門の機卒を装備した工兵の支援を受けた歩兵であり、機卒機装甲は、その間メッセニア市から出撃してくる軍勢に備えて高台のふもとに隊列を組んで待機していた。
アルファルデスは、馬にまたがったまま幕僚を従え宿営地建設の作業を見ているアル・ディオラシス王のそばに、重魔道機装甲「ゾイア・ベリッタ・アル・ディオラシス」に搭乗して控えていた。
彼女の指揮下には、六機の重魔道機装甲「ゾイア・ベリッタ」を与えられた古人の神聖騎士がおり、国王から直接の命を受けて戦線に投入されることになっている。王によっては貴重な古人を戦闘に投じることをためらう者が少なくないが、アル・ディオラシス王は、逆に積極的に神聖騎士を戦線の重点に投入して戦況を有利に運ぼうとする指揮官であった。
「隊長、いいですか?」
「なんだ」
「市内に動きが感じられます」
六機のうち順番に一機を魔道の術を用いて索敵に当たらせていたアルファルデスに、この時点で見張りを行っていた神聖騎士の古人が報告してきた。彼はその見た目は十代の少年ながら風の精霊の加護を受けている歴戦の魔法戦士であり、戦闘そのものはそれほど強くはないが遠見をさせると抜群に上手であることから、彼女は自らも魔力を視ることに注力した。
確かに少年の報告通り、メッセニア市の中心から城門にかけて魔力の揺らぎがほのかに感じられる。
「報告に行ってくる。別命あるまで現態勢のまま警戒を続けろ。気を抜くな、多分ひと当たりする事になる」
「はい! 隊長」
配下の騎士達の元気の良い返事を受けて、アルファルデスは機装甲から降りると、小走りに国王らの元へと急いだ。
「ほう、出撃してくる兆候を見つけたか、騎士アルファルデス。陛下、いかが対応なされますか?」
「そちならばどうする? ティルタイオス」
「はっ! メッセニア市にいる敵兵は、せいぜいが三、四千程度と思われます。その数では城壁に兵を配置するので手一杯でしょう。出撃してくるのはごく少数と思われます。ここは軽機装甲と胸甲騎兵で一隊を編成し、敵を撃退したところで後退する敵とともに一気に市内に突入させるてはいかがかと」
「ふむ。アルファルデス」
「はい、陛下」
国王と幕僚らが騎乗したまま眼下のメッセニア市を見ている中、一人ひざまずいて頭をたれているアルファルデスに王は声をかけた。そんな彼女を、がっちりとした四角い顎で固太りのアル・ティルタイオス元帥は、何か言わぬもがななことでも口にするのではないか、とでも言いたげな表情で見下ろしている。
「そちの見たところ、どの程度の兵が出撃してきそうか?」
「おそらくは、半個方陣の機卒か、二〇機強の機装甲かと思われます」
「そうか。ティルタイオス、敵は何故に出撃してくるのか?」
「はっ! まずはひと当たりしてみて、我が軍の士気錬度を確かめてみようとしているのではないかと」
まだ陽は高いとはいえ、ふもとに展開している機甲方陣を移動させ対応するとなれば、それ相応の時間がかかる。それに対して、軽機装甲と騎兵隊を展開させるだけならば、それほどの時間は必要とはされない。
自信満々の様子のアル・ティルタイオス元帥のことを、特に表情の無い目で見つめた国王は、周囲の幕僚らを見回してから声を発した。
「ティルタイオス、敵は二〇機程度の機装甲として一隊を編成し城門に差し向けよ。ただし、城内への進入は禁止する。アルファルデス。そちの隊で騎兵隊を支援せよ。先陣はそちに任せる。好きに暴れてくるがよい」
「はっ! 陛下」
「はい、陛下」
国王の言葉に頭をたれたアルファルデスと、敬礼をもって返したアル・ティルタイオス元帥は、それぞれ自分の任を果たすべくその場を離れた。その二人を見送った国王は、周囲の幕僚らに聞かせるともなく呟いた。
「初戦は勝ちを得るだけでよしとす。二兎を得んと焦ることはなかろう」
半刻と経たぬうちに、アル・ティルタイオス元帥は軽機装甲三〇機、胸甲槍騎兵五百騎弱からなる一隊を編成し、メッセニア市の城門前に展開させた。
その騎兵隊の指揮を任されたアル・テオポントス将軍は、事前の打ち合わせでアルファルデスら神聖騎士らの事を物でも見るかのような目で見つつ、戦闘の打ち合わせを行った。どうやら将軍は、国王直々の命令で先陣をアルファルデスらに任せることになったのが気に入らない様子である。
そんな将軍のことを哀れに思いつつも、だがアルファルデスは、獲物を譲るつもりは全くなかった。
「アナクシダテス、敵の様子は判るか?」
「……城門のすぐ向こうに敵が集結しています。もうすぐ出撃してくると思います」
最初に敵の出撃の兆候を発見した神聖騎士が、風の精霊の力を借りて声を届けてくる。
その言葉に、そうか、と一言だけ返したアルファルデスは、手にした長剣を城門へと向けて声を張り上げた。
「皆聞け! 出てくる敵は三〇を超える事はない。私を中心に鏃の陣形をとれ。カナニナス、今日はお前はアナクシダテスの護衛だ。皆目前の敵にばかりかまけず、必ずアナクシダテスの声に注意を向けておけ。一機駆けは許さない。絶対に戦列を崩すな。いつも通りに戦えば必ず勝つ。質問は?」
「「ありません!」」
溌剌とした声が返ってくるのを聞いてアルファルデスは、獰猛な猫科の獣のごとき笑みを浮かべた。
「我らは何者か!?」
「「精霊の加護を受けし神聖騎士!!」」
「我らは獲物は!?」
「「並人の駆る機装甲!!」
「勝利の女神の恩寵は!?」
「「我らのもの!!」」
応、と吼えた六人の部下の声に満足したかのように、アルファルデスは叫んだ。
「抜剣!!」
しゃん、と一斉に鳴った刀身が、陽の光をぎらりと照り返した。
城門が開き、中から続々と重機装甲が現れたのは、アルファルデス達神聖騎士が剣を抜いてすぐのことであった。
早足で城門の前に戦列を組み、円盾を掲げて手甲付きの鑓を掲げたアル・カディア軍の重機装甲は二〇機。彼らは二列横隊を組むと、掛け声とともに早足でアルファルデスらに向かって突撃してくる。
『巌の精霊よ! 大地の母よ! 我が呼びかけに応え我らが盾に御身を宿らせ、全ての刃を弾く硬き壁と為さしめたまえ!!』
神聖騎士の一人が精霊に呼びかけ、重魔道機装甲「ゾイア・ベリッタ」から魔力からほとばしり、戦列を組む五機の盾が魔力で輝き始める。
『炎の精霊よ! 情熱の守護者よ! 我が呼びかけに応え我らが剣に御身を宿らせ、全ての敵を焼き尽くす刃とならしめたまえ!!』
さらにもう一人の神聖騎士の呼びかけに、それぞれの剣が魔力をまといて灼熱の色に輝き始めた。
「進め、戦神の巫女らよ! 並人の身に古人の力を見せつけろ!!」
高々と剣を掲げたアルファルデスの声に、応、と応えた神聖騎士達は、一斉に大地を蹴って敵の戦列へと踊りかかった。
とはいえ、いかな魔術を修めた古人の騎士とはいえ、五機で二〇機の敵を正面から相手をするのは無理がある。
『炎の精霊よ! 再生を司る不死鳥よ! 御身の翼をもて、我が敵を打ち焼き払いたまえ!!』
天に向けて掲げたアルファルデスの長剣から、魔力が炎となって舞い上がり、飛鳥のごとくに姿を変えて直上よりアル・カディア軍の機装甲に襲いかかる。落着した炎は大地に広がり、数機の重機装甲を足元から焼いた。
「今だ!!」
崩れた戦列が立て直されるよりも早くアルファルデスの駆る機装甲が踊りこみ、一機の腕を盾の縁で破砕する。その盾の軌道に沿うように長剣がその機体の首をはね、刀身の炎が機体を焼いた。そのまま敵の戦列の後方へと駆け抜けると、右足を軸に半回転し、一瞬で周囲の状況を確認する。
味方の四機はアルファルデスに続いて敵戦列に斬り込み、一撃を加えてから足を止めず駆け抜けてくる。そして隊長を中心に再度陣形を組みなおし、盾を掲げ、長剣を構える。
「隊長!! 後方より敵機装甲一〇機!!」
「構うな! 再度敵戦列を突破する。突撃!!」
「「応!!」」
アナクシダテスの警告が風の精霊によって伝えられると、アルファルデスは、間髪入れずに新たな指示を下した。数に劣る彼女らが優位を保ったまま戦うためには、とにかく動き回らねばならない。
即座に大地を蹴って敵戦列に後方から襲い掛かったアルファルデス達は、それぞれが一機づつの重機装甲を撃破しつつ、また元の位置へと戻り戦列を組んだ。
「近衛にばかり手柄を立てさせるな! 我らの力を示せ、全軍突撃!!」
散り散りに乱れたアル・カディア軍の重機装甲に向かって、アル・テオポントス将軍の声とともに、それまでアルファルデスらの戦いぶりを見ていたアル・ディオラシス軍の軽機装甲が襲いかかる。
アルファルデスは、部下とともに魔法射撃を行って味方の突撃を支援すると、自らもともに再度敵に向かって突進した。
「皆よく戦った。今日は楽しめ」
その日の夜、完成した宿営地に入ったアル・ディオラシス軍は、初戦の勝利に沸き、あちこちで特配の酒が酌み交わされていた。
それは国王の天幕でも変わらず、国王とその幕僚らに加えて、アル・テオポントス将軍とその部下もともに酒と料理を楽しんだ。
「そちらもよくやった、アナクシダテス。褒美に今宵は存分に可愛がってやろう」
「ありがとうざいます、陛下」
顔つきや声は少年ながら、見た目の年頃には似合わぬ豊かな双丘を揉みしだかれつつ幼い男性自身をいじられ、アナクシダテスは熱い吐息とともにそう王に答えた。その言葉に満足したのか、彼はすでにしとどになっている少年を貫き、自分の膝の上に乗せた。
国王に続いて、アル・テオポントス将軍がアルファルデスを組み伏せ、その豊かな胸に顔をうずめるのにあわせ、今日の戦いでアル・カディア軍の機装甲を討ち取った騎士らが、それぞれ共に戦った神聖騎士である古人らを抱き寄せた。
天幕の中は、古人らの嬌声と、その姿を見て笑いながら酒と料理を楽しむ男らの声で満ちる。
「今日の貴様は見事な活躍だったぞ、アルファルデス」
「ありがとうございます、閣下」
「その腕に負けず劣らず美事な身体よ。滾ってくるわい」
荒々しくアルファルデスの肢体をまさぐるアル・テオポントス将軍の言葉に、彼女は微笑みを浮かべるだけで返事とした。
よつんばいにさせられ、後ろから貫かれたアルファルデスは、熱のこもった嬌声をあげつつも、表情を浮かべない瞳で周囲の乱痴気騒ぎを観続けていた。
最終更新:2012年06月26日 23:31