アルファルデスのスケッチ その3

 アルファルデス視点でのアリア姫戦争について駆け足で描写した。とりあえずそういう理由で今回はえろえろは無し。そして長すぎるとwikiに叱られたので前後編に分割。


「食料の徴発に支障が出ている、だと?」

 アル・テュルタイオス元帥は、軍議の席上でアル・テオポントス将軍からの報告を受けて、ふむんと鼻から息を吐きみっしりと筋肉のついた両腕を組んだ。
 メッセニア市城門での戦いからすでに十日ほどが過ぎ、市の周囲には攻城陣地が構築されて攻略戦が行われている。当然のことながら万を超す大軍が一箇所に集中しているのである。市の周辺の村々から徴発してきた食料だけではそれだけの軍勢を食べさせてゆけるはずもない。そのため、アル・ディオラシス軍は徴発隊を編成してメッセニア地方の村々に送り出し、入手できる限りの食料を徴発しようとしていた。
 その活動が上手くいっていないとの報告を受ければ、当然軍議の席もざわめくというものである。

「はっ! 各地で徴発隊が強力な青い機装甲に襲われ次々と全滅させられているとの事。また各地の村々から村人と食料が消えているとの報告も上がってきております」
「青い機装甲か。アル・カディアにその様な騎士がいるという話を聞いた事のある者はおるか?」

 アル・テュルタイオス元帥が軍議に参加している将帥幕僚らを見渡すが、皆互いに顔を見合わせるばかりで、誰もそれに答えようとはしなかった。
 アルファルデスは、国王の後ろに控えたまま今の報告について考えていた。
 アル・カディア王国軍が軍勢の識別のために使う色は翠と亜麻の二色であり、当然機装甲もその色に塗られている。ちなみにアル・ディオラシス王国軍の識別色は群青と赤である。その中で青い色を機体に塗っているということは、傭兵か、どこかの国からの援軍か、どちらかということになる。そして「帝國」の皇女を王太子妃として受け入れたことで、ハ・サール王国との関係が悪化しているかの国が、戦争が始まってこれだけ素早くそれほどの腕を持つ傭兵と契約を結べるとは到底考えられない。となると消去法で、どこかの国、多分「帝國」からの援軍ということになるのではないか。

「聞いた者はおらぬか。さすれば、傭兵か、援軍か、それとも例の「帝國」の皇女についてきたという騎士か」

 アル・テュルタイオス将軍の言葉に、軍議の席は騒然となった。
 「帝國」よりわざわざ千五百哩彼方の遠国に嫁いできた皇女が引き連れてきた兵は、千にも満たぬ小勢と聞く。しかしながらその将は「帝國」でも名の知れた名将であったそうである。こと軍事に関しては他国の追随を許さぬとされる「帝國」で名将と称されるほどの者である。配下の騎士も相応に腕の立つ者である可能性が高い。

「ちなみに、これまで徴発隊が受けた損害はいかほどか?」
「はっ、機装甲二一機に機卒四七台、兵八百名とのこと」
「なんと! 徴発隊の機装甲機卒の四割もではないか!?」

 そのあまりの損害の大きさに、軍議に参加している将帥幕僚の誰もが口を開き議論をし合っている。
 その騒然とした状況を、だんっ、と机を叩く音が響き沈める。

「鎮まれ!! その青い機装甲について、もっと詳しい報告を述べよ」

 国王が、相変わらずの無表情さを保ったまま王錫で机を叩き、皆の視線を自分の方へと向けさせた。

「はっ! 生き残った兵の報告によりますと、その青い機装甲は、鞭のようにしない伸びる剣を使い、もっぱら雷撃をして味方機装甲を焼き、討ち取っているとのことでございます。身のこなしは目で追えぬほどにも素早く、一撃は斧槍のそれをすら凌ぐとか。多数で囲んでも、気がつけば味方はことごとく討ち倒されているとのことでございます」
「なんと! 魔道騎士の乗る重魔道機装甲か。これはますます「帝國」の騎士としか考えられませぬな」

 幕僚の一人がそう推論を口にしてアル・テュルタイオス元帥に視線を向けた。元帥は、むう、と一言うなると、居ずまいを正して国王の方へと身体を向けた。

「陛下。敵が魔道騎士となりますと、近衛隊に出撃を願わなくばなりませぬ。すでに徴発の終わった村、村人の去った村は少なくありませぬ。その青い機装甲を待ち構え、討ち取ることは決して難しくはないのではありませぬか?」
「……………」

 アル・テュルタイオス元帥の言葉に、国王はしばし沈思黙考すると、妙に起伏の無い声で答えた。

「ならぬ。我らの目的はメッセニア地方をアル・カディアより取り戻す事。そのためのメッセニア市の攻略である」

 王のその言葉に、皆は一斉に頭を垂れた。
 さらに国王は、淡々と自らの考えを言葉にして続ける。

「敵が重魔道機装甲であるとするならば、当然出撃拠点があるはず。そこを叩けばよい」
「「「はっ!」」」
「テュルタイオス、そういえばシュキオン市へと向けた兵が全滅してからその後、どうなっておる」
「はっ! 敵は、シュキオン市の手前に位置します丘に陣を張り、周辺より兵を集め、我らが街に攻め寄せぬよう守りを固めております」

 アル・テュルタイオス元帥の言葉に、国王は再度沈思黙考した。
 アルファルデスは、ふとその言葉に違和感を感じた。だが、彼女は騎士であって将ではない。故にその違和感が何かを言葉にすることができなかった。その違和感を言葉にしたのは、国王その人であった。

「そうか。敵の意図は、我らをシュキオン市に誘き寄せる事であったか」
「陛下、つまり敵の意図は、我らの兵站を圧迫し、メッセナ市の包囲を解かせることにある、と?」
「おおよそ、その様なところであろう。テュルタイオス。抑えの兵をここに残し、主力はシュキオン市へ向けて出撃する。まずは先遣隊を派遣し、その敵が陣を張る丘を攻略させよ」
「はっ! しかし、そうなりますとまんまと敵の意図に乗せられる事になってしまいますが、よろしいのでしょうか?」
「構わぬ。シュキオン市そのものを攻めるつもりはない」
「はっ!!」


 軍議が終わり天幕から退出したアルファルデスは、ふっ、と困った様な微笑みを浮かべると、メッセニア市を囲む味方の軍勢の陣を見回した。
 メッセニア市は、多数の工兵、歩兵、機卒を動員して構築した攻城陣地によって包囲され、攻城櫓が何本も立って市壁との間で射撃戦を行っている。さらには幾重にも障害物を並べた宿営地には、まだ手付かずのアル・ディオラシス軍の主力が駐屯し、出撃に備えている。
 時刻はそろそろ第五刻に達する頃であろうか、太陽はまだ中天に昇りきってはいない。
 宿営地は、兵士のみならず、食料や酒を売り、戦利品を買い取りに来た商人らや、兵士相手の娼婦らで賑わい、さらには出撃を控えて暇をしている兵士達が博打を打ち、酒を飲み、うかれ騒いでいる姿も目に入ってくる。国王から支払われる給金は決して高くはなく、支給される食料も最低限のものでしかなかったが、周囲の村々を掠奪して得た戦利品や農民を奴隷として売る事で、兵士の一部はそれなりの金を持っていたりした。
 その無聊をかこっている兵士達にシュキオン市への出撃の命令が下ると、宿営地内は一気にあわただしくなった。装具をととのえ、天幕を畳み、私物はまとめ、背負ってゆけぬ物は輜重の荷車に載せる。
 その喧騒の中を、アルファルデスも出撃のための指揮をとるため、自らの天幕に急ぎ向かった。
 出撃の準備は、彼女の副官が指揮をとって進めていた。

「姉様、出陣の準備は整いました。いかがなされます?」
「別命あるまで待機だ、イフィノエ。行軍序列だが、前衛はお前が、後衛はアルクメネが担当しろ」

 豊かな黒髪を顎と眉の辺りで切り揃えた、吊り目のきつい美貌の古人がアルファルデスの元に駆け寄り膝をついた。彼女は肌の浅黒いアル・ディオラシス人の中では珍しく色白で、そして成熟した女らしい身体つきをしている。その黒い瞳には、アルファルデスを崇拝するかのような光が輝いていた。
 そんなイフィノエを前にしても、アルファルデスは相変わらずの無表情を崩さずにいた。短く指示を下すと、すたすたとその場を歩み去り、隊の段列を構成している機卒らの下へ向かう。
 イフィノエは、そんなアルファルデスの後姿を熱っぽい視線を追うと、すぐに他の古人達の元へと走り去った。


 アル・ディオラシス軍主力の出陣の準備が整ったのは、中天に太陽が昇りきった頃であった。まず前衛としてアル・テオポントス将軍の指揮する一個機甲方陣と、騎兵と歩兵合わせて三千を主力とした五千の兵が、シュキオン市に向かって出撃する。吹奏楽器と太鼓で奏でられる勇壮な行進曲にあわせて地響きを立てて出陣してゆく軍団を、国王は白馬にまたがって見送った。
 続いて国王自身が直率する主力が、アル・テオポントス将軍の進んでゆく道とは別の街道を進撃してゆく。前衛はシュキオン市への最短距離を進むべく行軍しているのに対し、主力は大軍の移動に適した整備された街道を進む事になっていた。なにしろ万を超える軍勢である。まともに舗装されていない道路では、あっというまに路面がぐずぐずになってしまって、機卒や荷車がぬかるみにはまって身動きがとれなくなってしまうことになる。
 アルファルデスの率いる一隊は、近衛軍団の三つの機装甲隊の一つである。
 アル・ディオラシス王国の近衛軍団は、近衛歩兵連隊、近衛騎兵連隊、近衛機甲兵連隊、近衛砲兵隊、その他の支援部隊で編成され、各連隊は二個の大隊で編成されていた。南方諸王朝の近衛部隊の常として、他の部隊に比較して火器と機装甲の装備比率が高く、錬度の高い専業の兵士で構成されている。王国各地から集められた郷士が乗る雑多な機卒や、貴族の子弟が駆る種々の機装甲や、徴集された歩兵や騎兵らとは、装備の統一性や士気の高さが全く違っていた。
 それらの軍勢の中でもアルファルデスの率いる古人部隊は、全員が幼少の頃から神殿にて育てられ学芸武技を徹底的に仕込まれた、精兵中の精兵たる神聖騎士である。全員がひとかどの魔道騎士であり、幾度となく戦場で活躍してきた古参兵でもあった。
 そのアルファルデスの隊が国王の直衛として行軍を始めてから三日目、前衛としてシュキオン市に向かっていたアル・テオポントス将軍の軍団からの伝令が到着した。

「報告申し上げます! アル・テオポントス軍団はイトメ丘攻めに失敗し全滅、アル・テオポントス将軍は戦死なされたとのことです!」

 その報告を受けて、アル・ディオラシス軍首脳部に戦慄が走った。
 なにしろ機装甲三〇機、機卒七〇機の機甲方陣一個を主力とし、各種火砲一〇門も有する有力な軍団が、一戦で全滅するなど常識的に考えてありうべからざる事態である。生き残った兵士らは、散り散りになって潰走しつつメッセニア市に向けて後退中との事であった。

「何が起きたのか、詳しく報告せよ」

 急ぎ開かれた軍議の席で、国王は身体一つで逃げてきた指揮官の一人を問いただしていた。

「はい。敵は、イトメ丘とヘイラ丘の両方に陣を張り、丘のふもとに障害物を設置しておりました。ただし、二つの丘の中央を通る街道には障害物はなく、力ずくで突破可能なように仕掛けられておりました」
「続けよ」
「はい。将軍は、まず工兵隊を二つの丘へと進め、砲兵で支援させつつ障害物を排除しようとなさいました。しかし、丘の斜面には多数の銃座と砲台が隠されており、近づいた工兵隊は集中射撃を受けて損害を出し、後退させざるをえなくなりました」

 あちこち傷だらけのその指揮官は、呆然とした表情のまま言われるままに言葉を続けている。
 アルファルデスは、その言葉に耳を傾けつつ、とりあえず無表情を維持するのに努力していた。

「将軍は、次に重機装甲の戦列を前進させて障害物を乗り越えさせ、その後方で機卒に障害物を排除させようと試みられました。しかし、敵砲台は何箇所にも分散してあり、障害物を乗り越えようとしたところを盾の向かない方向から射すくめられ、戦列が崩れ、そこに例の青い機装甲と黄色い機装甲が斬り込み、味方は散々に討ち倒され、機卒も少なくない数が敵の砲兵によって撃破されました」
「砲兵は何をしていた?」
「砲兵は、射撃準備を整えたところを、魔道による火箋によって焔硝ごと焼かれ、全滅いたしました」
「……続けよ」
「将軍は、陣地を直接攻略する事を諦め、自ら機装甲に搭乗され、残った部隊の先頭に立って街道を突破しようと試みられ、例の青い機装甲によって討たれました。その後副官が兵をまとめて後退しようとされましたが、折悪しくアル・カディア軍主力が到着し、これの追撃を受けてほとんどが討ち取られました」
「そうか。ご苦労。下がってよい」

 近衛兵に抱きかかえられるようにして指揮官が軍議の席から下がると、出席していた将軍幕僚らは一斉に口を開いてあれこれと敗因について議論をし始めた。
 そんな動転した臣下らの姿を冷ややかな目で見渡した国王は、一度アルファルデスの方に視線を向けると、王錫を打ち付けて叫んだ。

「鎮まれ! 何をうろたえておる!」

 その声に、まるで雷にでも打たれたかのように身をすくめた将軍幕僚らは、それぞれ頭に上った血を下げて冷静さを取り戻すと、一斉に国王に向かって平伏した。

「無様な姿をさらし、まことに恐句に耐えませぬ。アル・カディア軍主力が到着したとなれば、急ぎメッセニア市に戻り、現地の部隊と合流して決戦の準備を整えねばなりませぬ」

 一堂を代表してアル・テュルタイオス元帥が国王に向かって言葉を発した。確かにアル・テオポントス将軍の軍団が全滅した今となっては、数においてアル・ディオラシス軍は相当に不利となってしまっている。このままシュキオン市に向かっても、途中で迎撃され手酷い敗北を喫するのが目に見えていた。
 だが国王は、常と変わらぬ無表情のままその場の皆を見渡し、そして低い声で言葉を発した。

「敵がいまだに我が軍に接触してきてはいないという事は、我が軍を発見してはいないという事でもある。さらに、メッセニア市を包囲している軍団より敵の増援に襲われたとの報告がないという事は、敵は軍を進発させずにいるという事でもある。なればこそ、こちらより敵を奇襲し、一戦して敵の士気をくじく」

 王の言葉に将軍幕僚らは、はっとしたような表情を浮かべ、そして皆一斉に再度平伏した。

「我が軍は数に劣るが、しかしそれだけ移動は素早い。すでに勝ったつもりでいる敵の心の隙を突く。そのつもりで全軍の士気を引き締め、戦意を高めさせよ」
「「「ははっ!!」」」

 王の言葉に勇気づけられたのか、皆の顔に闘志が戻ってくる。
 それぞれ、敗戦に混乱する部隊を取りまとめ、士気を鼓舞するべく各々の部隊へと駆け出してゆく。
 その姿を見送ったアルファルデスは、自分も部隊へと向かった。


「この戦いは速度が勝利の鍵となる」

 部隊の皆を前に、アルファルデスは、開口一番そう言い放った。

「敵が混乱している間に、どれだけ敵陣深くにまで食い込めるか、それが勝敗を分ける。我々はそのための槍の穂先となる」
「質問をよろしいですか? 隊長」
「なんだ、アナクシダテス」
「目標は、敵本陣でよろしいのですね? ですが、敵本陣には例の「帝國」の魔道騎士とアル・カディアの神聖騎士がいるはずです。これとどう戦いますか? 敵本陣に到着する頃には、我々は消耗しきっているでしょう。それでは敵本陣を前にして攻撃を防がれてしまいます」

 軍衣を着ていると、年頃の少年にしか見えなくなるアナクシダテスが、厳しい表情で質問した。他の皆も同じ意見らしく、厳しい表情のままである。それを見てアルファルデスは、ふっと微笑んで肩をすくめた。

「我々は、今回は近衛隊の重機装甲のための道筋を作るだけだ。残念ではあるが獲物は奴らに譲る」
「神聖騎士を相手に、いくら近衛とはいえ並人で相手になるとは思えません」
「そうです。魔道騎士を相手にできるのは、同じく魔道騎士のみ。まして敵は「帝國」でも名のある魔道騎士でしょう。我らでなくては討ち取れるとは到底思えません」

 口々に言い立てる部下の古人達に、アルファルデスは表情を消してじっとそれぞれの瞳を見つめ返した。
 その視線の重さに、皆何も言えなくなり、黙ってうつむいてしまう。

「姉様。先鋒の指揮は私にお任せ下さい。姉様はあと一人を連れて敵本陣にお斬り込み下さいませ」

 それでも、副官のイフィノエが異議を唱える。
 神聖騎士に対抗しうるは神聖騎士のみ。それが彼女ら神聖騎士の誇りであり自負であった。そしてそれだけの実力を有している事を、彼女らはこれまで実績で示してきていたのだ。
 それに対してアルファルデスは、抑揚に乏しい声でぴしゃりとはねつけた。

「命令は下した。それとイフィノエ、戦いに勝つ事と戦争に勝つ事は別だ。強敵を打ち倒せば戦いに勝てるわけじゃない。それを覚えておけ。判ったなら出撃の準備にかかれ」


 主要街道を外れて側道へと行軍経路を変更したアル・ディオラシス軍は、多数の斥候役の騎兵を放ち、アル・カディア軍主力の位置を先につかもうとした。
 まずはアル・カディア軍がシュキオン市へと向かう途中でこれを捕捉しなくてはならない。包囲軍は約一万程度の歩兵と砲兵を主力とした部隊を残してきているが、それでは機甲方陣を有する敵に襲われてはひとたまりもない。今は一刻も早くアル・カディア軍主力の位置をつかむことが必要であった。
 そうして放った斥候が、アル・カディア軍を捕捉したのは、アル・テオポントス将軍が戦死してから四日目の事であった。
 アル・カディア軍は、イトメ丘からわずか二日のところで停止しており、その場から動く様子がないという。その場所は、メッセニア地方の交通の要所であり、メッセニア市とシュキオン市の中間にあって、南北の街道と交差する要所であった。どうやら敵は、アル・ディオラシス軍の位置をつかめず、その場に停止して捜索に当たっているらしい。

「どうやらこの戦い、我らの勝ちよ」

 その報告を受けた国王は、軍議の席に集まった将軍幕僚らを前にして、はっきりとそう言いきった。
 実にアルファルデスも同意見であった。本来アル・カディア軍がなすべきは、メッセニア市の攻囲を解き、メッセニア地方の支配を奪回する事にあるはずである。確かにアル・ディオラシス軍主力の位置がつかめないのは不安材料ではあろうが、メッセニア市さえ抑えてしまえば、彼らは本国との連絡線を断たれて行き場を失ってしまうのである。そうなれば、兵の脱走や、機卒機装甲の脱落に耐えながら本国へと逃げ帰るしか他に方法はなくなるのだ。
 だがアル・カディア軍は、所在の知れないアル・ディオラシス軍の影に怯えて守りを固めている。
 そして、それこそアル・ディオラシス王が求めていた状況に他ならなかった。

「我が軍は、このまま敵に向かって急進し、一気に決戦を挑む。腰の引けたところに奇襲を喰らわせば、そのまま一気に形勢を有利にしたまま戦いを進められるであろう」

 いつになく言葉の多い王に、皆一斉に平伏して賛意を示した。
 その中でアルファルデスは、皆と同じ様に平伏しつつも、「帝國」の魔道騎士はどうしているのだろうかとそればかりを考えていた。


 アル・ディオラシス軍とアル・カディア軍が会敵したのは、それから二日目の朝であった。
 アル・ディオラシス軍は丸一日かけて移動し、途中アル・カディア軍の斥候を蹴散らしつつ前進し、その本隊のすぐ近くに展開したのである。アル・ディオラシス軍の接近に慌てたアル・カディア軍は、あわてて宿営地から軍を出し、迎撃する態勢を整えた。だがその時には、先遣隊として放たれたアル・ディオラシス軍騎兵隊が、その地域で最も高い高地を占領していたのである。
 行軍隊形から、各部隊は次々と戦闘隊形に移り、平原へと展開してゆく。すでにアル・カディア軍は布陣を終えていたが、しかし確保している地形は決して守り易いものではなかった。ところどころに村の共有林があり、刈り入れの終わった畑の土は固く、機装甲機卒の移動の邪魔にはならない。
 丘の上に本陣を構えたアル・ディオラシス軍は、北に布陣するアル・カディア軍に向かって、丘の西側に三個の機甲方陣を展開させ、丘の東側に一個の機甲方陣を展開させた。そして騎兵隊を丘の裏側に配置し、敵の視界に入らないようにする。西側の三個機甲方陣は、互いの間隔を広めにとり、東側の一個方陣は、比較的丘に近いところに配置した。
 そしてアルファルデスの所属する近衛軍団は、本陣の丘の北側斜面に展開し、いつでも予備隊として投入できるように配置されている。
 それに対してアル・カディア軍は、五個の機甲方陣を横一列に並べ、そのうち三個を西側に集中させていた。残りの二個機甲方陣は、それぞれアル・ディオラシス軍の東側の二個機甲方陣に対峙させるように配置している。また、東側の二個機甲方陣の後方に対機装甲用の障害物を設置していた。
 ちなみにアル・カディア軍の本陣は、東側の三個機甲方陣の後方に展開している。
 こうして両軍が展開を終えて互いに開戦の使者を交わしたのが第五刻半であった。開戦の前に互いに使者を交わして己の正当性を主張し、神々の加護が自分にある事を述べるのは、南方諸王朝の戦争における伝統的儀礼である。その口上を述べ合った後に、はじめて戦いが始まるのだ。
 最初に行動を起こしたのは、アル・ディオラシス軍であった。四個の機甲方陣が前進を開始し、それぞれ前面に展開するアル・カディア軍の機甲方陣に攻撃をしかける。円盾を構えた重機装甲の戦列が互いに激突し、盾と盾をぶつけ合いつつ、その隙間に槍の穂先を突き入れる。分厚い鋼のぶつかり合う音が平原一杯にこだまし、遠雷のごとくに轟き渡る。
 最初に押し切られ始めたのは、アル・ディオラシス軍の方であった。
 アル・ディオラシス軍は、シュキオン市攻略のために軍を発してから一〇日近く行軍を続けており、各機装甲のあちこちにがたがきていたのである。戦いの前日にできる限りの整備をしたとはいえ、宿営地に篭って敵を待ち続けたアル・カディア軍と比較するならば、機体の状態は決して良いとは言えなかった。ぽつぽつと出来始めた戦列の穴を埋める事もかなわず、アル・ディオラシス軍の重機装甲は、じりじりと後退しつつ機卒戦列へ向けて押し込まれてゆく。
 劣勢に陥ったアル・ディオラシス軍の重機装甲は、形成不利を認めると次々と機卒戦列の間をぬって後退し、機体に不調をきたした者は修理に、武器を失った者は換えの武器を受け取りに段列へと向かう。
 そのまま一気に押し崩そうと盾を掲げた重機装甲へ向けて、機卒の戦列が槍衾を組み、何段に重ねられた穂先を突き出した。その槍の穂先を盾で逸らしつつ一気に戦列の懐へと潜りこもうとする重機装甲に向けて、後列の機卒が槍を下から跳ね上げるようにして押し戻そうとする。
 槍衾に邪魔されて戦列を乱され、それ以上前進できなくなった重機装甲は、一度後退すると機卒戦列の相手を味方の機卒戦列に任せた。
 互いの長鑓の穂先が機卒の薄い装甲を貫き、機体を破損させ動かなくさせるか、搭乗している騎士従士を負傷させ擱坐させるかしようとする。互いに機卒戦列に開いた穴を、後列の機卒が前進して埋め、槍衾の密度を下げないようにする。
 互いに一歩も引かず方陣同士で戦っている中、西側で唯一敵と戦っていなかったアル・カディア軍の機甲方陣が前進を始めた。そのままアル・ディオラシス軍の西側の二つの機甲方陣の間に入り込み、側面から敵を攻撃しようとしたのである。
 だがその動きは、その二つの機甲方陣の間に配置されていたアル・ディオラシス軍の砲兵隊によって阻まれる事となった。アル・ディオラシス軍は、足りない機甲方陣の数を補うため、あえて機甲方陣同士の間隔を広めにとり、そこに手持ちの野砲を二〇門強も擬装させて配置していたのである。至近距離から発射される野砲の球弾は、易々とアル・カディア軍の重機装甲の盾を貫通し、機体の装甲をへこませ、関節を破壊する。次々と擱坐する機体を避け、機甲方陣は前進しようとするが、ばらばらに突入しようとする重機装甲を、後退したアル・ディオラシス軍の重機装甲が両脇が攻め立て、討ち取っていった。
 前進したアル・カディア軍の機甲方陣が後退し始めると同時に、丘の斜面に展開していたアル・ディオラシス軍の近衛軍団が前進を開始した。
 近衛砲兵隊の一〇門もの野砲が、アル・カディア軍の最も東側の機甲方陣のさらに東側側面に展開し、砲撃を開始する。その横をまず軽機装甲を先頭にした騎兵連隊が駆けぬけ、次いで重機装甲を盾にした歩兵連隊が行進してゆく。
 その行進を妨害しようと、後退した重機装甲が盾をかかげて機甲方陣の側面に展開しようとするが、続けざまに発射される球弾によって戦列を組むのを妨害された上、機甲方陣を一気に崩される羽目となった。
 一度崩れた戦列を組み直すのは、極めて困難である。
 アル・カディア軍の最も東側の機甲方陣は、そのまま一気に崩壊し、後方へと向けて潰走し始めた。
 それに対してアル・ディオラシス軍の機甲方陣は、そのまま追撃戦には入らず、隣で消耗戦を戦っている味方を援護するべく敵の機甲方陣の東側側面に戦列を展開しようとした。だが、そこに後方の対機装甲障害物の群れから砲声が響き、多数の砲弾が機卒の戦列に向けて降りそそいだ。アル・カディア軍は、アル・ディオラシス軍の近衛軍団の突撃を予期し、東側にその砲兵隊の主力を展開させていたのである。
 戦線の西側でとは逆に、東側では、アル・ディオラシス軍の機甲方陣が砲撃で崩壊し、潰走に移り始めていた。
 そのままアル・ディオラシス軍の戦線が崩壊するかと思われたところで、アル・カディア軍の砲兵陣地に多数の火柱が立ち、集積された装薬とともに火砲が爆散してゆく。
 近衛騎兵連隊のさらに先頭を進んでいたアルファルデスの重魔道機装甲部隊が、その「火」の精霊の魔術によって、アル・カディア軍の砲兵陣地を攻撃したのだ。大出力の魔法攻撃の威力は、見事なまでに三〇門近い火砲を吹き飛ばして余りあり、簡易なものとはいえ対機装甲障害すら一部破壊してのけたのであった。砲撃による妨害から自由となったアル・ディオラシス軍は、即座に戦列を立て直すと、そのままアル・カディア軍の東側機甲方陣に突撃を行った。そして、これまで正面から互いに削りあいをしていたアル・カディア軍の機甲方陣は、この攻撃に耐える事ができず、そのまま潰走に移った。
 崩壊は、始まるとあっけないほどの速さで伝播していった。
 東側二つの機甲方陣も崩壊すると、残る二つの機甲方陣もそのまま後退を始めた。アル・カディア軍の本陣は、結局その予備として拘置してあった近衛部隊を投入する事なく、北の宿営地に向けて逃走を始めたのである。こうなってはもはや誰にも逃げ出すことを押し止めることはできない。
 最後に投入されたアル・ディオラシス軍の騎兵集団の追撃も含めて、アル・カディア軍はその投入した戦力のほぼ三分の一を喪失し、段列の糧秣器材その他を置き去りにして、シュキオン市方面へと逃走していったのであった。

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最終更新:2012年07月01日 20:43