ケイレイの手慰み:あったかもしれない決戦

あったかもしれない決戦:古代魔法帝國異聞

 暗黒が裂けるように開かれる。
 明るい光が差し込み入れ違いに吸い出されるように、彼らは、その光の中に飛び出してゆく。
 光がある。
 青空が見える。広がる大地も見える。
 これまで人がたどり着けなかった、龍どもの聖地。
 光は陽光だけではない。別の金色の光が空に渦巻き輝いている。
 青空にあるのは、巨大な水平円陣だった。縦に、横に、斜めに、あるいは緩い孤を描いて、あるいは円を描いて、空中に作られた八つの円を、輪の形に並べ作り上げた、魔導の陣の結合体だった。
 龍族は、それぞれが自ら相の因子となり、同時に相と相との関わりの流れとなって、空中にそれを保っていた。
 彼は、涙を拭って、それを見据えた。
 龍どもの最後の、そして最大の拠点だった。人はそれを叩き潰すために、なりふり構わずここにやってきた。
 龍たちもおなじだったかもしれない。
 だからこそあの龍の巣を、がらあきにしてまで、最後の奇襲攻撃をかけてきたのだろう。
 人類から失われた物は多かった。
 でもまだ負けていない。
『姉様!』
 誰かの声が気の中に響いた。
『答えて、姉様!』
 それが呼び水のようだった。名を呼び合い、確かめ合う声が響いていた。いくらかは無事を喜びあい、それよりずっと多くが、答えの無い相手を呼び続けていた。
 金の光に包まれて、機神が飛びかう。
 それは人の形をかたどった、魔導の産物だ。龍と戦い、それらを打ち滅ぼすための、人を超えた人のための、ひとがただった。
 それらざわめきの中に、新たに、そして凛とした声が割り込む。
『生存各機、そこまでだ。まだ我々は目的地に達してさえいない。我々はやりぬくしかない。臨時再編制を行う』
 その通りだと、彼は思った。
 失われたものは戻らない。彼女の最後の叫びが耳から離れなくても。
『フォルトゥナ、君は単機のようだ。僚機を…』
『待って!』
 フォルトナと呼ばれた彼女は激しく叫んだ。
『姉は必ず来るから!』
「後から来るのは後に任せるしかない」
 思わず、彼は割り込んでいた。
『誰!』
 激しい声の波動の源へ、彼は己の機神を飛翔させていった。
 目指す先には、誰かを探すかのように、八方へ目を走らせる赤い機神の姿があった。その手にはまだ、抜き身の二刀が握られている。
 彼は呼びかけた。
「こちらは、アルゲントゥム・ルナ・サジタリアス。現状単機」
 かの機とて、無傷ではない。
 龍たちの奇襲から生き残るには、

『サジタリアス、フォルトゥナ、ペアを組めるか』
 確かめの呼びかけが響く。彼は答えた。
「サジタリアス、問題ない。フォルトゥナ、君の連れは、後続に任せろ」
『……』
 沈黙の意味はわかっていた。あの乱戦の中で、彼女はきっと、ペアのものを見失ってしまったのだろう。
 だから、まだ生きていると信じ込める。
「生きているかもしれないのは判ってる。でも、損傷していたら前衛任務は担えない。今はやりぬくしかないんだ」
 少しの間があった。
『……フォルトゥナ了解。サジタリアス、あたしの後へ』
「サジタリアス了解。君が前衛、僕がバックアップ。問題は?」
『無い』
「了解、前衛に着こう。再編が終わるまで援護する」
 彼は、サジタリアスを一気に前に押し出した。
「ちょっと!」
 追い抜かれたフォルトゥナの彼女が声を上げる。彼は言い返した。
『今、攻撃を受けたら、龍の巣に突入できないだろ。防護結界を張るんだ』
 そうしないと、再び、奇襲を受けるかもしれない。もう、失うものは無いけれど。
『サジタリアスとフォルトゥナは自由機動援護につく。そのあいだに再編が終わったチームは援護位置に配置してくれ』
 もう帰っても、一人なんだ。
『了解。君たちは前衛自由援護につけ。フォローもできるだけ送る。各員に告げる。本体は立体八相結界を構築する……』
『もう!君は勝手だよ!どんな奴なのさ!』
「顔を見て見たいって?」
 彼は涙を拭って、笑って見せた。
「じゃあ、何もかも終わったら、見においでよ」
『忘れないから。必ずだよ!』
「必ず……」
 彼は言った。その約束が果たせないだろうことは、先に思い知らされていた。
 彼は舞った。
 光の航跡をつかって、円環魔法陣をつくる。
 言いながらも、フォルトゥナの彼女は、同じく舞い、円を描き、空中魔導陣の補陣を描く。
笑い響きながら、彼は巡った。踊るように身を捌いて、腕を伸ばし、そこに陣をつくり、めぐらせ、振るい、あるいは置き去りにして。
 あれほど強く交し合ったのに、落ちて行くときは一瞬だ。ほんのわずかの隙を突かれて、彼女は撃ち抜かれた。
 撃ち抜かれ、彼女の機神から光が飛び散った。そして堕ちていった。
 彼女の名前の雪のように。
「必ず、ね」
 唇を噛んで涙をこらえた。もう泣かない。
『サジタリアス!』
 フォルトゥナの急な呼び声に彼は顔をあげた。魔導の視野の青空が巡って、遠く巡る龍の巣が見える。金色の光で作られた、うねる、そして龍のうねりと動きそのもので作られた、生きた八相の陣。
 それはまるで、空に作られた金色の渦と流れに見える。けれど先とは少し違って見える。
 空中に形作られた、金色の光の魔導陣の外側を唸る光が。
 外陣が自らほどけて、宙へ散らばってゆく。
 宙へ解かれていった、金色の流れはやがてこちらへとうねり、向かってくる。
「……奴ら…なんとしてでも僕らを阻止するつもりだ。術の効果を低くしてでも」
『陣を崩しても術が成るのね』
「それだけ確実な基本論理の上に立っているんだ。こっちは本隊のドラクデアが頼りだ」
「聞こえるか、本隊、増援はあるか。無ければサジタリアスとフォルトゥナで突っ込む」
『もう、無茶ばっかり』
「他に手は無いだろ」
 本隊から応答があった。
『了解した。ガルム、サイファー、それからカエサルとラバクスを前衛に出す』
 彼はサジタリアスを振り返らせた。
 背後には、本隊の機神たちが金色の軌跡を描きながら、球の陣形に組み上げている。その球状陣の真中に、一塊になった最終突入本隊がある。
 それらを取り残して、二筋ずつ、四筋の軌跡が速度を上げながら伸び上がってくる。
 彼は、サジタリウスを振り返らせた。その左手に、開いていた弓を確かめる。
 龍たちの流れが、押し寄せてくる。
「行くぞ!」
 ニクシアの仇をとる。
 その名のように、雪のように散っていった彼女の、仇を。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年03月25日 22:30