マルクス・ケイロニウス・レオニダスと丘 3

 導かれ、歩くマルクスに、迎える歓声が上がる。
 女衆の中には手を叩くものさえいた。
 軽く手を上げてこたえると、娘衆からはなにやらきゃあきゃあと声があがり、取りまとめらしい年嵩女は何ですか騒々しい!などと叱りつけるのだ。騒いでもせんないことに女たちはさわぐ。それが女ということだ。
 敷物を敷き並べただけの昼餉の席だが、わざわざ上座にマルクスと郎党衆のための敷物もあった。マルクスは上座の中央へと導かれ、特に置かれた座布団へ座る。前には特に切溜箱が置かれていた。こういう場では卓として使われるものだ。
 女衆が配膳をはじめ、マルクスのところには真っ先に煮込みの器と麺麭とが、捧げるように届けられる。だが公爵伴侶たるマルクスが触れる前に、毒見が成されなければならない。皆が敷物の座に並びつき、配膳が終わるのを待って、マルクスは言う。
「皆よりの招きをうれしく思う。見ての通り、手間のかかる仕事であるが、再び顕現した機神のために要とする仕事である。力を尽くして欲しい。それを女衆に見せるよい期にもなろう」
 口から吐かれるのは半ばは嘘であり、半ばは甘言だ。だが座は笑いにさざめく。それもまた芝居の一つだ。その間に、切溜箱の上に捧げられた盆は、マルクスの隣に控えるボナルパが引き取る。毒見のためにだ。
「殿下、食前の祈りのお言葉をいただけましょうか」
 先の初老の男が、賦役衆の席から言う。
「よろしい」
 マルクスもうなずく。両の手を組み、静かに頭を垂れる。祈りの言葉ばかりには、いくばくかのまことを込めて、マルクスは唱えた。
 神の御技の賜物たるこの世に、賜物たる人の子の末らが、賜物たる食物を食せんとするこの奇蹟に、謝する祈りの言葉を。
「神意かくあれし」
 決まりの文言を唱え、マルクスは顔を上げる。領民たちも声をそろえて応じる。
「かくあれし」
 目の前の切溜箱には、毒見の終わった盆が載せられている。麺麭は執拗なまでに薄く切られ、幾枚かが抜き取られ毒見されている。煮込みも同じように執拗に確かめられたのは間違いない。ボナルパは律義者なのだ。
「では皆のもの、昼餉としよう」
 マルクスは切られた麺麭が当たり前であるかのように口に運ぶ。何もかもが芝居のようなものだ。この席もまた顔見世のようなものだ。もう二度とは行わぬだろうが、この一度は長く語られるだろう。その思惑もあった。
 和やかな木漏れ日の下で、だが張り詰めた気を帯びた昼餉のときは過ぎてゆく。公爵伴侶などもとより場違いなのだ。だがその場にいる以上、呼ばぬわけにはゆかぬ相手であり、マルクスであるなら、よほどのことがなければ拒まぬ。
 だからといって上座に話しかけてくるものなどいないしまた、マルクスの側から語りかけることもない。男衆は居心地悪げであるし、女衆は近くのものと互いにひそひそ話し合うのが関の山だ。食べた気もせぬことだろう。それは初老の男が昼餉の終わりを告げるまでつづいた。
 マルクスは昼餉を楽しんだ旨述べて立ち上がると、場は女衆の手によってすばやく片付けられる。指図役が人夫と機卒の乗り手を呼び集め、普請役が仕事の段取りを示す。マルクスのすることなど何も無い。ただ見ていればいいだけだ。やがて機卒が動き始め、機卒たちは斧を振るって木々を切り、根を掘り返して積み上げる。
 機卒一機の力は、馬十頭にも勝り、機卒一機あれば十人がかりの力仕事でもやすやすとやってのける。ここまで上ってくる道を切り開くことにくらべれば、この丘の頂ほどの広さを切り開くことのほうがずっと容易い。次々と木々が切り払われてゆく。
「お屋敷が見えるぞ」
 声が上がり、皆の手が止まる。丘の西側遠く、領地公爵屋敷とそれを囲む庄が見えていた。
皆は集まり、木々の向こうを指差して口々に何か話し合う。
 この丘の頂が物見台として伝えられ、また物見やぐらが立てられていたのは確かだ。その物見やぐらに何が託されたのか、もはや知るものはいない。鑓の機神に乗らねば、マルクスもまた知らぬままであったろう。
 公爵屋敷の敷地には機神格納庫があり、その前には広い石畳の道が敷かれている。鑓の機神のためだけに作られたものだ。
 鑓の機神は魔力によって飛ぶ。力を振り絞れば、気にたゆとう魔力と関わりあって、己の引き起こした音を遅れて聞くほど速く飛ぶ。そのときの鑓の機神は多少のことには揺らがない。だが力を緩め、行き足を緩めると話は少し違ってくる。力を奮えぬぶんだけ、気にたゆとう魔力の揺らぎを受けやすい。
 行き足を緩めてゆるく飛ぶときには、魔力の流れに乗るほうが楽なこともある。そう、この丘から西へ、緩やかな魔力の流れが作られている。
 この丘から西側へ見下ろす先には機神格納庫にある、機神のための魔法陣には、この領地の魔力が集まるように仕掛けられている。そして機神格納庫の前にある石畳の一端は、屋敷の東にあるこの丘を向いている。かつてこの丘にあった物見台に向かってだ。
 飛び来る鑓の機神が、屋敷の東にあるこの丘の上に至れば、そこから流れのままにゆっくりとおりて、機神格納庫の前に降り立つことができる。そうしてゆっくりと舞い降りてくることが、最初のレオニダス公には大事なことだったのだ。彼が乗り手の技に劣っていたからではない。レギナ・アトレータ・ケイロニウスと戦った乗り手にとって、舞い降りることなど息をすることと同じくらいのことだ。
 そう。彼は時の皇帝操るレギナ・アトレータと戦った。敗れたことで彼は王国を失った。
 だが彼は王国を奪った帝國のために戦った。
 この丘からつづく空の、はるか東で起きたいくさだ。はるか東にあった森の王国群は、いまは東方辺境候領と呼ばれている。 
 レオニダス公はそのいくさへ参じ、また屋敷の東のこの丘に見張りやぐらを立てさせることもした。ここに見張台をつくり、やぐらを立てれば、はるか遠い東の空から飛び来るものを捉えることができるだろう。
 マルクスにはわかる。飛び戻り来た鑓の機神は、十分に行き足を落とし、ゆっくりとこの丘の上を飛び越えたことだろう。もちろんそうしなくても舞い降りることはできる。飛びながら戦うことに比べたら、舞い降りることのほうがずっとずっと楽なのだから。
 けれど、この丘の上を、ゆっくりと飛び越えることが、大事だったのだ。朝日の時には日差しを背から浴びて、きっと光に包まれるようにして舞い降りたことだろう。夕日の時には光を前より浴びて、鑓の機神の翡翠色の機体を輝かせたことだろう。
 その姿を、最も美しく見ることができるのは、領地公爵屋敷であり、また降り行く鑓の機神からも、領地公爵屋敷の露台に立つ姿は良く見えたことだろう。
 もちろん、レオニダス公が何を見ていたのかまでは、マルクスにはわからない。

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最終更新:2010年10月23日 21:06