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*2話:脱兎 「ロットバルト!お前、何を見てたんや!」  慌てて座り込んだオディリアは、自分のレメゲトンを詰問した。両腕の盾を構えたために視界が限られて現在の様子がわからないが、時折聞こえる爆発音から装甲表面のERAが爆発していっているのは把握できる。ERAの下には鏡面装甲があるため、レーザーはそれで完封できる筈だ──理論上は。  そして、戦場において理論が役に立たないということを、オディリアは身をもって知っている。しかしながら、今日ばかりは理論がオディリアの身を救ったようだ。ERAの剥がれた個所に命中したレーザーが働いた鏡面装甲に弾かれ、敵のレーザー照射が一時停止した。エネルギーの無駄だと感じたからだろうか。ひとまず一息つき、いつの間にか視界の左下にいたロットバルトを睨む。 「何を、と言われましてもねぇ。敵機は貴女が立ってから見えたものでして」  ロットバルトは呆れたように言った。こんなこともわからないのか、とでも言いたげな声音。蔑むように細められた目。いつもの通りのロットバルトだ。こんな時まで苛立たせなくても良い物を、と思いつつ、しかしそう伝えることが何の解決にもならないことをオディリアは知っている。  故に、オディリアは溜息を呑み込んで尋ねた。 「逃げる。私は逃げるで。最適ルートを案内してくれへんか」  その言葉を鼻で笑い、そんなことも自分で考えられないのですか?などと言って煽ってくるロットバルトだったが、やはりいつものように仕事はきちんとこなしてくれる。オディリアのヘッドギア、視界の右下に周辺のマップが表示され、ルートの案内が子供の落書きのような筆跡で書かれている。ルートの外には兎の落書きまでしてあって、わざわざこんな書き方をしてくる辺り徹底しているな、とオディリアは笑って確認する。  ルートの辿る道は、街へと続いていた。不自然に蛇行する箇所もあるが、ほとんど一本道だ。本当にこのルートで合っているのかとオディリアは疑ったが、しかし下がるのでなければ進むしかない。数秒悩んだ末、一つだけ質問をした。 「お前、勝算は」 「あるに決まっているでしょう?なければ何も言いませんよ」  そしてやはり、今まで気かつかなかったので?と付け加えることを忘れなかった。どんな状況でもこいつだけは変わらないなと微笑み、そして直径5km近いクレーターを埋めるようにそびえる都市へと向かって、ヴィルトゥスを全力で駆けさせた。それぞれが古代の重戦車以上の重量を誇る盾が2つもついた、それこそ尋常ではない重量の機体を、砂が覆う割れた地面はその身を撒き散らし、脛の半ばまで受け入れながらもなんとか受け止めている。  一歩一歩が沈み込むせいで跳ねるようになってこそいたが、それでもヴィルトゥスは時速にして100km以上で走っていた。背中に押し付けられるシート、その合間で揺らめくジェル。やはり気持ち悪い、早く帰ってシャワーを浴びたいものだ。オディリアはそんな風に、益体もないことを考えながら加速を続ける。  敵もヴィルトゥスの動きをようやく捉えたのか、レーザーが再び照射された。今度は上半身ではなく下半身、脚部の関節を狙った射撃だ。脚さえ止めればどうとでもなるという狙いだろう。  命中とほぼ同時にERAを爆発させる熱量だ、もし関節に当たれば不具合を起こすことは間違いない。しかしながら、敵のレーザーはERAを爆発させるに留まる程度の熱量でしかないのだ。  つまり何が起こったか。何も起こらなかった。確かに関節めがけて照射されたはずのレーザーは、しかし表面に焦げ跡ができる程度にしか熱量を与えていない。  それを知覚したオディリアは、ロットバルトのルートの意味を理解した。ロットバルトは腹立たしいことを除けば完璧なんやけどな、と考えて、口には出せないなと苦笑しながら、オディリアは彼の提示に従って駆け抜ける。その足下めがけて再び、三度と照射されるも、それら全てはかき消されるように消えていく。  砂塵だ。  レーザーというものは、乱暴に言ってしまえば真っ直ぐに進む光の束だ。兵器に使用されるそれも変わりなく、ただの光に過ぎない。即ち、物理的に遮ってしまえば当然熱は伝わらない。ヴィルトゥスはその重量と蹴りだして走るその走行方法によって否応なく砂塵を撒き散らし、それらが天然の対レーザー障壁となって、ヴィルトゥスを守っているのだった。付け加えるならばその距離による減衰もあるだろうが、オディリアとしては防げれば何でもよかった。  未だにレーザーが飛んできているが、暗闇のなかだ、砂塵を観測できていないのだろう。無駄撃ちご苦労様、とオディリアは心の中で舌を出した。  そして坂道を下るのが終わろうというとき、レーザーは既に止んでいた。俯角が取れなくなったのだろうか。あるいは無駄だと悟ったのか。どうせならエネルギーが尽きていればいいんだが、とオディリアは思う。  そう気が緩んだその時、体を僅かにひねったその時。背後に背負った砲、その右側の砲身に、レーザーが直撃した。 「ああ、全く!」  ツイてない!そう叫んで、全力で走った。道路を踏み砕きながら街へと入り、目についた8階建てのビルに背を当てる。その場所にたどり着くまでに照射がなかったのは幸運だった、とオディリアは思い、首を振った。さっきも希望的観測をしてやられたところじゃないか。  左右を確認し、そのどちらにもそれなりに背の高いビルでが経っていることに安堵する。射線は通っていないだろう。  破損した側の砲の被弾箇所によっては、もしかしたら取り外して使えないだろうか、せめて弾倉が無事であってくれ。そう願い、裏切られながら確認していると、ロットバルトが誇らしげに口を開いた。 「砲は残念でしたが、機体が無事で何よりでしたねぇ。砲がダメージを吸収してなければ動いていなかったかもしれません」 「そこに関しちゃ運が良かったな。不幸中の幸いっちゅうやつや。ちゅーかお前、私になんか言うことないんかいな」 「無事に街へ侵入できたのは私のルートのお陰でしょう、感謝してほしいくらいです。貴女は危なっかしいですからねぇ、こうして指示して差し上げないと」 「……助かったわ、ありがとうよ」  押し付けがましいロットバルトの言い分に、そこそこ上機嫌だったオディリアは顔を急激に曇らせ、嫌悪感の混じった顔で礼を言った。オディリアにとって、その言葉は自らの無知を嘲られるよりも不快だったからだ。  気持ちを知ってか知らずか、ロットバルトはふと思い出したように、非常に重大なことをさもそうでないかのように伝える。このレメゲトンは自分とは違い、むしろ自分の無知を嘲られることこそを嫌っている。そのことにオディリアは最近気が付いていたため、こうした何気ない言い方が一番恐ろしいのだと理解はしていた。 「そうそう、この周辺は強力な電子戦攻撃に晒されていますよ。率直に言ってこの機体では勝ちようがないほど強力なねぇ」  オディリアはそうか、と頷き、首を傾げ、目を見開いた。驚きのあまり調整が狂ったのか、座ったままに道路を踏み抜いて何やら管を破裂させてしまっている。30年も前に放棄された街だ、もはやそれが水道管なのかガス管なのかすら判別がつかないほどに錆びついている。  脚を引き抜こうと試み、もう片方の脚も道路に突き刺した。サブアームに保持していた破損した砲は、ヴィルトゥスの腕部装甲に押しつぶされて歪みかけている。オディリアの混乱具合が非常によくわかるヴィルトゥスの動きにロットバルトは呆れたような顔をし、続いたオディリアの絶叫に顔をしかめ、耳をふさいだ。 「はぁ?!ちょっと待てやお前。つまり、何や?救援要請も出せへんのか?!」  開き直るように「ええ、無理ですねぇ」と言われ、オディリアは深くため息をついた。 「前線で一人、味方部隊との連絡も取れず、正体不明の機体に襲撃される。流石にここまで揃ったのは初めてやで、ホンマ」 「4年前の霧に巻かれた山をお忘れですかぁ?あの時も一人で、救援要請も出せず、不明な敵に襲撃されていたじゃあないですか。あの時は無線の整備不良でしたがねぇ」  ロットバルトは珍しく追い打ちをかけず、しかし顔を見ずともわかるほどに笑ったような明るい声で、心にもなさそうな慰めの言葉を発する。 「まあまあ。どうせあと1時間もすればどのみち味方が到着するじゃないですか。それまでの辛抱、でしょう?そいつらを囮に逃げれば良いんですよ。彼らよりも私たちのほうが、価値があるのですからねぇ」  全てを後続任せにするような責任逃れが許される企業体質ではない。しかし、権威によるごり押しが効くことを承知でのロットバルトの言葉だった。ロットバルトは、オディリアの両親を知っている。彼らがSSCNの中枢にまで働きかけられるほどの力があることも。  だからこそ、その言葉はオディリアの逆鱗をかすめた。 「おい、なぁ、ロットバルト」  その声は、震えていた。変わらずにやついた様子で、ロットバルトは返事をした。 「何です?」 「……あのレーザー野郎、街に来ると思うか」 「もし排除対象がわたしたちなら、まず間違いなく」 「街中でやりあった場合の勝機は」 「なくはないでしょう」 「やるぞ」  決意を込めた表情で、オディリアはそう通達した。会話でも相談でもなく、彼女は自分の決めたことを実行するということを、ただ伝えた。ロットバルトも笑みを深めて牙を剥き、同意する。 「やりましょうか」  オディリアの目はギアの光を反射し爛々と輝いて、まるで星のよう。全てを焼き尽くす熱を帯びたその眼を面白そうに眺めて、ロットバルトは続けた。 「誰に喧嘩を売ったのか、わからせてやりませんとねぇ」  オディリアはロットバルトに同調するように「そうだな」と零し、ヴィルトゥスの装甲をチェックしながらぼそりと呟いた。 「あたしが誰か、わからせてやる」  彼女は凶暴に、獰猛に笑っていた。

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