人は様々な坂に翻弄される。彼もまたその一人だった。だが彼は、あまりにも過酷な坂道を歩かされることに気づかず、時が過ぎていた。
アレクトリスの某所、山岳地帯。そこで一人酒を飲む男がいた。みすぼらしい服を着ており隣には巨大な人型兵器が静かに佇んでいる。
薄い酸素の中人は喉の奥に発酵させた液体を流し込む。珍しく手に入れた生粋の発酵酒だ。いつも飲むエタノールと香料の酒ではない。
「祝い酒にしては……あんまりだなぁ」
酒で枯れた声で男は呟いた。どこか泣いているようなその声は山の強風によってすぐにかき消されるのだった。
さかのぼること数週間前、男はいつものように仕事を終え、帰路に着いたところだった。彼の名はソウ・ジマ。数百年前国家がなくなり企業が人を支配する中どこにも属さず気ままに傭兵をしている男である。戦闘風景も大きく変わり人型兵器≪テウルギア≫を駆るものが基本的には最強とされる時代である。ソウはそれに乗っていた。
『お疲れ様です。 今日もそれなりの活躍でしたね』
「言ってくれるじゃねぇかセガ。 まあこのくらいがお気楽でいいんだよ」
やや女性寄りの機械音声にソウは答える。声の主はレメゲトンと呼ばれる疑似人格によるものだった。すべてに名前と性格を有し、ともにテウルギアを駆ることによってテウルギアが真なる力を発揮するのだった。
今日の仕事を終えセガはソウの持っているタブレット端末に移る。この後はいつものように酒場で合成酒をひっかけるのだろう。セガは体に悪いので、安酒だけはやめてほしいと思いながらも言ったところで聞かないのであきらめながら「ほどほどにしてくださいね」とだけ呟く。
稼いだ金は酒に消える。身寄りもなく落ちぶれた男の末路を絵にかいたような人間だった。友と呼べるものもおらず、常に自分が食いつなげるだけの金を稼ぐ。そういった毎日だ。
突如整備室内にソウのタブレットからけたたましい音が鳴る。まるでサーカスのような、道化師にからかわれているような、そんな滑稽な曲だ。
その場にいた人間もこのような音は聞いたことがなく何事かとソウのもとに集まる。
≪ランクアップ! ランクアップ! カルデアンオラクルズよりあなたのランクが1位になったことをお知らせします。 ヤッタネ! ヤッタネ≫
そして沈黙。
一瞬の静寂ののち一同が一斉に自分の端末を確認する。ソウもしばらく固まっていたがあわてて確認する。
オラクルボード。カルデアンオラクルズが運営するテウルギアの搭乗員を独自にランク付けしているサイトのアレクトリスの項目を見てみると確かに自分の名前が1位に掲載されていた。
沈黙から歓喜にわく声に変わる瞬間はそう長くはなかった。今までこちらの事を見向きもしなかった人間が一斉にソウの肩を叩き傭兵の誇りだとかそういう類いの言葉をかける。ソウ自身は何が起こったのか分からずポカンとして辺りの人に揺すられていた。
『おめでとうございます。 ソウ』
「あ、 ありがとな……まだ信じられねぇな」
喜んでよいのか悪いのか複雑な顔をしながらタブレットを眺めるソウに気づかれないようにセガはマザーコンピューターに情報を送った。そのときに浮かべていたセガの表情はソウには分からなかった。
最終更新:2017年08月24日 00:30