小説 > せれあん > 断章 > 01裏

 40人ほどが入れる、比較的こぶりな「セミナールーム」は、ほぼ満員だった。
 前列には比較的、高齢……おそらく50代から60代の男性が多い。
 後列に座る人間は、老若男女さまざまだ。

 部屋は暗く、前方のスクリーンには映像が映し出されている。
 それはつい先日行われた、「ある作戦」を撮影したものだった。

 切り立った岩だけに囲まれた峡谷。青空の下でありながら、切り立った崖が日光を遮り、その底は昼間にしてはかなり暗かった。
 そこに、ふたつの影がある。
 1つは端正な人型で、薄緑色に塗られている。
 もう1つは、頭部がなく、その分胴体の長い、いわば頭と身体が一体化したような形状で、灰色をベースに濃淡をつけた迷彩塗装が施されている。
 一見すると、人間と、それに近い何かが対峙しているように見えるが、よく見ればそれが、人間の数倍以上の大きさの身体であることがわかるだろう。

 ――そして、次の瞬間には。複数の銃声が、岩と砂に響く。
 一瞬遅れて、文字におこすなら『ゴンゴンゴン』とでも言うような――ドラム缶を金属棒で、何度か殴ったような音。
 渓谷に反射する金属音が消えると同時に、胴体に複数の弾痕を穿たれた、歪な人型の「それ」が、糸が切れた操り人形のように、音を立てて崩れ落ちた。

 全身が黄緑色に塗装された、端正な人型の機体が手にするアサルトライフル状の武器は、銃口からまだ薄く煙が出ている。
 そのコクピット内では、操縦者――テウルゴスが、今しがた撃ち倒した敵を見下ろしていた。
「敵機沈黙。動力反応、消失しました」
 コクピットに据え付けられた機器から発せられた、やや単調な男性の声が告げる。
 人間の声にしては無機質だが、かといって一般的なAIの発する、合成音声よりは遙かに、違和感を感じさせない抑揚と滑舌だ。
 それに答えた……というよりは、独り言のような口調で、若い女の声する。
「単機で見張り。人手不足?」
 そう、コクピットに座っているテウルゴスは、おそらく20代中頃ぐらいの、若い女性だった。
 長い焦げ茶色の髪をポニーテールに結っている。
 美人か、そうでないかと言われたら、おそらく大半の男性が美人と答えるだろう。だが同時に、身に纏ったどこか刺々しい空気や、愛想の無い表情に、近寄りがたいものを感じたかもしれない。
 『彼女』は、テウルギアに搭乗するようになって数ヶ月の、まだ無名なテウルゴスだった。
「この先に複数の反応があります。熱源規模からしてマゲイアと思われます。数をサーチ中……5機です」
「戦力分散?哨戒にしたってヘタクソね」
「各機の動作音にも統一性がありません。練度が低いものと思われます」
「ま、いいわ。個別に蹴散らしましょ、その方が楽だし」
「はい、マスター」
 機体脚部と背部から、白い光が溢れる。周囲の空気が、陽炎のように細かく歪む。

「突如あらわれた、謎の敵性テウルギア!マゲイア部隊はこのまま、なすすべもなくやられてしまうのでしょうか!」
 やや大げさな、ナレーションがはいる。
 部屋の後列、かなり端に座る男性が、一瞬イラッとした顔をしたが、誰も気にすることはない。
 映像は続く。

 突如現れた黄緑色の影を視認したマゲイアが、反射的に引き金を引く。
 だが、銃を構えている方向は水平。黄緑色の影は『斜め上から降ってきた』。つまり、当たるわけがない。
 飛び乗るような動きで両肩に立たれ、直上から振り下ろされたナイフは、全く対応できずにいるマゲイアの中心軸を貫いた。
 巨体が、手に握っているサブマシンガンの引き金を引いたまま、停止する。
 フルオートに設定されていたらしいそれは、36発の弾痕を岩肌に穿ち、その持ち主より少し遅れて沈黙した。
「3つ目」
 テウルギアのパイロットの声は、淡々としている。いや、最後に放たれた銃声に、少し苛ついている様子はある。
 敵に悟られたとか、危険を感じたといった話ではなく。単に「五月蠅かった」ことへの、迷惑や鬱陶しさのようなもの。
「残り3機、この先の少し広い場所に集結しつつあります」
「面倒ね、体勢を立て直す前に仕留めるわよ」
「はい、マスター」
 サブマシンガンが穿ってできた大量の石片を、今度は機体のバーニアが噴出した熱風が巻き上げる。
 あとにはただ、胴体を損傷したマゲイアが、数秒前までは動いていたことを全く感じさせない姿で、石碑のように沈黙していた。

「まさに悪魔のような女性です。このままでは前線が突破され、我らがEAAグループの領土に、不当な支配を目論む企業が侵攻してきてしまうのではないでしょうか!?……いいえ、そんなことはありません。大丈夫です」

「こっちは……ちょっとはマシね」
 1機目は、先ほどのと大差ない反応速度で、唐突に現れたテウルギアの動きに対応できないまま、蜂の巣になった。
 だが、流石にこれだけ仲間が撃破され、戦闘音も聞いていたからだろう。集結していた3機のうち、残り2機は『それなりに』反応は良かった。
 仲間が撃破されたことに動揺するそぶりもなく、左右に散開。斜めで交差するように、手持ち火器の火線を浴びせてくる。
 一般的なマゲイアが携行するアサルトライフルやサブマシンガンの類は、よほど運が悪くなければ、1発2発の被弾でテウルギアが致命傷を受けることはない。だとしても、被弾しないに越したことは無い。そもそも、運が悪くて致命傷を受けてしまえば、喪われるのは自分の命だ。
「甘いわね」
 相手の火線が織りなす交差角よりも、更に急な角度をつけて、右手のアサルトライフルを乱射しながら、片方のマゲイアに肉薄する。片手撃ちなので精度はそこまで期待できないが、けん制射撃としては十分だ。
 セオリー通りに貼られた弾幕に、逃げる方向を失っていたマゲイアを、スラスター全開で近づいた勢いで、そのまま蹴飛ばす。握っていたマシンガンが空中に舞った。
 瞬時にマゲイアが、機体の体勢を立て直す。右手のアサルトライフルをもう1機のマゲイアに向けて、ふたたび乱射。目の前で転倒しているマゲイアが起き上がる前に、ナイフでトドメを――。
 その瞬間、コクピットを強烈な衝撃が襲った。跳ねたポニーテールがコクピットのモニターに当たる。
「っ……何!?」
「背面に着弾、損傷軽微」
「そうじゃなくて!」
 彼女の顔に、先ほどまでの余裕はない。
「新たなマゲイア反応、数4。峡谷の上からの狙撃です」
「待ち伏せされていた……!?やってくれるわね」
 カメラを旋回させ、渓谷の上側をキッと睨むが、空の明るさが邪魔をして、肉眼では狙撃をしてきたマゲイアの姿を捕らえることはできない。
 そして、それが致命的な隙になった。
 ゴォン、と音がする。
 左腕のナイフは、目の前で転んでいるマゲイアに刺さったままだ。その状態で、もう1機の急接近してきたマゲイアに、組み付かれている。
「こいつ……」
 それでも、対処のしようはある。待ち伏せに使われたのがテウルギアでなく、マゲイアだったのは、相手のツメの甘さだ。――その筈だった。
 とっさに組み付いてきたマゲイアを、テウルギアの出力にモノを言わせて、狙撃を受けた側に向き直る。
 何も知らないものが見れば、華麗なダンスにも見えなくはない動き。だがそれは、マゲイアを盾にすることで敵からの狙撃を防ぐという、極めて現実的な、殺し合いの機動だ。
「やってくれるじゃない……っ!?」
 彼女が驚愕したのは、敵の次の動きに、ではない。そもそも自分に組み付いてきたマゲイアは、振り回される動作に対して、なすがままにされている。
 問題は、足元で転がっているマゲイアだった。
 咄嗟のことだったので狙ったわけではなかったが、彼女が突き立てたナイフは、マゲイアのコクピットハッチに突き立てられていた。レメゲトンのアシストもあり、より致命的な攻撃を行うよう、微調節が行われた成果だ。
 だからこそ。映し出されたその姿に、彼女は驚愕した。
 狙撃の反動で、ナイフと一緒に抉られたコクピットに、当然あるべき死体がない。潰れたとか、損傷したのではない。コクピットが最初から無人だったとしか思えないのだ。
「なに、これ……」
 理解不能な状況に、彼女の顔が歪む。いくら未熟とはいえ、先ほどまでの敵機の動きはすべて、人間が操縦するマゲイアのそれだった。なのに無人、ということは――。
「警告、発砲反……」

 最初に峡谷に響いたのと、極めて似た音が数発。
 飛来した大型砲からの銃弾は、盾にされた無人のマゲイアごと、黄緑色のテウルギアを貫いた。
 崩れ落ちた機体と同様、コクピットの中に居る彼女も、辛うじて原型は保っているものの、もはやテウルゴスと呼ばれる、特殊な存在ではなくなっている。
 長いポニーテールを伝って、割れたディスプレイに流れ続ける血が、この戦闘で流された、最初で最後の生命だった。

+ 映像の裏
「カーット、OK、いい感じよー」
「大丈夫ですか、マスター」
「だいじょぶ……でもない……血糊おもいっきし飲んだ……気持ち悪い」
「今、救出班が来ます」
 着弾を表現するため、内側に仕込まれた火薬が炸裂したのだ。機体のコアモジュールやテウルゴスに致命傷を与えないよう配慮されていたとはいえ、外装はかなり破損し、コクピットハッチ等は動作しなくなっていた。
「っていうか、酷い初見殺しよね、これ。お芝居とか抜きで、素でこんなの出会ったら死んでるわよ、あたし」
 どう見ても致命量な血糊がボトボト落ちてる状態で言うその発現に、説得力はあるや否や。
「全くです。彼がドラマの外では敵でなかったことを喜ぶべきでしょう」
「本当に……」
 ギシギシと音をたてて、コクピットがこじ開けられた。

「嗚呼、嗚呼。素晴らしい連携戦術により、邪悪なるテウルギアは撃破されました。彼女ももっと真っ当な生き方をしていれば、このような結末は向かえずに済んだであろうに。悲しいことです」
 ちっとも悲しくなさそうなナレーションが、大仰に続く。

 その戦場から、30kmほど離れた、峡谷の影に。
 立て膝を付いていた、純白のテウルギアが、立ち上がる。両腕に盾のような装備を持ち、トサカのようなアンテナが特徴的な頭部は、テウルギアの中でも割と独特なシルエットを映し出していた。
「作戦完了、帰投する」
「はーい、初心者マゲイア乗りごっこ、終了~」
 テウルギアのコクピットを、擬似的に遠距離攻撃用マゲイアに接続しての遠隔操作していたテウルゴスが、接続を解除する。
 そしてその裏で、レメゲトンが『捨て駒』の機体制御を切り、EAAの回収ヘリを呼ぶための通信を行っていた。


「そう、これぞまさに、我がEAAグループの盾たる、テウルギア・クゥドゥムーによる、遠距離管制戦闘だったのです。撃破されたマゲイアは全て無人!友軍の人命にも最大限に配慮しつつ、悪しき敵を討ち滅ぼす。それがEAAグループの戦闘部隊全てに課せられた、未来への使命です!」

「なぁ」
 最初から不愉快そうな表情だったが、今となっては苦虫を何十匹も纏めて噛みつぶしきったような顔で、端正な顔立ちの痩せた男が、隣に座る恰幅の良い中年の男に小声で問う。
 横目で見る映像は、EAAグループの新型兵器公開スケジュールや、新就任した重役の紹介に話題が移っていた。
「言いたいことはわかる」
 言うまでもなく、最初に問いかけた男はエサイアス・アートス・リタラ、映像にも出てきているクゥドゥムーのテウルゴスだ。そして答えるのは、ユリウス・リーズマン。EAAの兵器開発部門に所属し、主にクゥドゥムー向けの新装備や、それによるフィードバックを他部署に行う研究開発部門の男だ。
「……先日の作戦、もしかして」
「言ってくれるな、俺も知ったのはつい昨日だ。戦意高揚のための映像撮影に、臨場感を出すため、本物の作戦と同じ形式でやった、と」
「EAA首脳は何考えてやがる……こんなことのためにテウルギア1機潰して、テウルゴス殺したのか」
「ああ、それなら大丈夫だ」
「何?」
「今頃彼女は……いや、後で会ってくるといい」
「意味がわからん」
「今頃面白いことになっているだろうさ、彼女がね」
「はぁ?」
 その時、部屋に唐突に、拍手が広がった。どうやら映像の上映が終わったらしい。
 義務感による拍手が6割ぐらい。本機で熱心な拍手が4割ぐらい。
 不信感を隠しもせず、拍手もしていないエサイアスからは、そんな風に見えた。だが、EAAのロゴだけが残る、映像スクリーンの横に立つ男……おそらくこの『戦意高揚プロパガンダ動画』の作者は、満足顔だ。
「なんとも……気に入らんな」
「俺もだ。だが偉い人にはこういうのが、受けるんだろうさ」
「一般人にはどうなんだろうかね」
「さぁな。白目で見てる奴も一定数居るだろうが……そう感じる程度に教養があれば、わざわざそれを口にすることの愚かさは知っているだろうよ」
 2人の小声での、批判以上で不穏未満な会話は、拍手の渦にかき消され、聞き咎められることはなかった。

■■■

「ぎゃあああああああ幽霊えええええええ!”)%#(”$~)%#”~!!!」
 エサイアスの私室に、素っ頓狂な声が響き渡る。そこには、エサイアスの駆るテウルギア『クゥドゥムー』のAI、つまりレメゲトンである『グスリム』の、外部持ち出しよう端末があった。
 つまり、大声をあげているのは、そのグスリムである。
 それもその筈……カメラにより周囲の状況がわかるように作られた、その端末の前に居るのは。
 先ほどの(グスリムは見ていないけど)映像も出ていた、ポニーテールの女性――自分が事前情報として調べた限りでは、クリストファー・ダイナミクスグループに所属していた筈の、自分たちが撃破殺害した、新人テウルゴス――の姿だった。
 しかし、その表情は、怨嗟と渇望に満ちた、おおよそ若い女性に似つかわしくない恐ろしいものだ。肌の色は青白く、眼球は白く濁っている。映像の中にあった、活発的な要素はどこにもなくなっている。
 服装も、白く長いワンピースで、裾を床まで引きずっている。それどころか、ところどころから血が滲んでいたり、服が破れた下からは青紫の痣が見えている。
 そう、おおよそ、死人やゾンビの類のような――。
「こないでこないでえええええええええええ」
 おそらく冷静なグスリムであれば、熱源反応を調べたり、部屋のセキュリティを確認したり、もうちょっと常識的な対応が取れただろう。だが、ミッション中でもない状態で、想像のキャパシティを超える事態に出会ってしまった上、通常の「戦闘の恐怖」とは別のベクトルだったため、もはや完全に恐慌状態に陥っている。
 ――それを「AIのくせに何やってるんだ」と見るか、「人間を模してよくできたAIだ」と見るかは、人による。
「ナンマンダブアーメン悪霊よ去れエロイムエッサイムイアイアハスター!?」
 画面に表示されるグスリムの映像も、顔面蒼白になっているあたり、正しく機能していると言うべきなのか。

「……ぷっ」
 あまりに狼狽したグスリムの反応に我慢できなくなったのか、目の前に居る「幽霊」が吹き出したのと。
「おい、何事だ」
 騒ぎを聞きつけて、エサイアスが飛び込んできたのが同時だった。

■■■

「ま、色々とあってね。素でちょっと怖かったから、仕返ししてやろうかなー、なんて思っただけよ。エサイアスさんが居なかったのは想像外だったけど、そこのレメゲトンの反応だけでお釣りが来るわ」
 エサイアスは割といつもの癖で、自室のベッドに腰掛けている。
 それに向かい合うように、『幽霊』の女が、シンプルな椅子に座っていた。どこからか取り出したペーパータオルのようなもので、顔を拭いている。その下には、ごく普通の生気に満ちた肌色があった。
「要件はある程度わかったが……アンタも大概、かわった人だな。うちのグスリムほどじゃないが。で、何者だ?」
「あたしは……んー、名乗っていいのか確認取ってないのよね。だから名前はちょっと勘弁して。EAA本部直轄の、教導隊所属のテウルゴスよ、基本的には。変わり者じゃなきゃやってられないわ」
「成る程な。だから他社製パーツだけの機体を、ああも自然に乗りこなしていたか」
「そゆこと」
「敵の戦略的な意図があまり見えない上に、素直に成功しすぎた、変な作戦だったと、気にはなっていた」
「上層部もそこまでは用意できなかったみたい。だったら最初から芝居だって言えばいいのに」
「……俺はそれで、普段通りやりきれる自信はないな」
「そっか、それじゃ仕方ない。さーて、報告書出しに行かなきゃ。邪魔したわね」
「構わん。気になっていたことが1つ2つ解消しただけで、有意義だった」
「ホント、噂通りの人ね。それじゃ」
 服装こそ先ほどと変わらないものの、メイクを落としコンタクトを外した彼女の姿は、映像と同じ……むしろ、映像にあった刺々しさすらない、快活な笑顔だった。
 白い裾を引きずって、振り返らずに手をひらひらさせて部屋を出て行く。

「……グスリム。大丈夫か?」
 端末のスクリーンには「ドッキリ反対!遺憾の意を表してふて寝します!」という文字だけが、ゴシック体で表示されていた。
 もちろん、返事など、ない。
最終更新:2017年08月27日 16:02