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第一話 仮面の奥に見やる郷愁



■企業歴235年 7月16日 13時41分


「今回も助かりました!貴方方のお陰でこの通り、荷物には傷一つありませんよ!アイリスディーナ様にも伝えておきます」

通信機越しに聞こえる運転手の歓声。目の前を走るL.S.Sのトレーラーは無事境界線を超え、予め共用回線で要請したCD勢力の護衛部隊と合流する所だった。
機体の形状から察するに、恐らくはSVI製パーツを主とするマゲイア、もしくはテウルギアを派遣してくれたのだろう。攻撃する意思はないのか、ロックオンされている様子もない。

「…礼には及ばない。我々はただ任務をこなしただけだ。讃えられるべきは、私ではなく、私を支えてくれた部下達であろう」

男の礼と賞賛に対し、彼はむず痒さを感じてそう返す。

「またまた、ご謙遜を。"貴方様の部隊に守られて助からなかった部隊はない"とまで謳われる通り、現に私どもも窮地を救われてます」
「むう…」

しかし、案の定というべきか、彼の言葉は謙遜として伝わってしまう。心からの言葉であるのだが、如何せん名が広まり過ぎた。彼は半ば諦めたように言葉を詰まらせる。実際、今回も輸送部隊の窮地を幾度か救っていたので、言い返す材料もない。

「…お褒めにあずかり、感謝する。貴公に幸運を。そして、こちらの要請に応じてくれた貴官らにも感謝を。どうかよろしく頼む」

観念したように礼を返しつつ、部隊全員で右手の盾を置き、トレーラーと相手の護衛部隊に敬礼する。

「その願い、確かに請け負った。こちらからも、彼らを護ってくれた事、深く感謝する」

隊長格と思わしき機体から返答があった。
相手の部隊全員も、力強く頷いて返す。
大量の武装コンテナを装備したその機体は手脚が短く、どことなく愛嬌があるのだが、その姿にそれはなく、代わりに頼もしさがあった。

「では、我々はこれより帰投する」

トレーラーを引き渡し、彼らを見送った後に来た道を折り返す。
通信回線を一時的に切り、コクピットの中で一人溜息をつく。

「名も無き騎士様、どうか誇って下さいまし。彼らから見て、貴方の姿は希望でもあるのです」

機体のコンソールから声が響く。そこに映るのは目元を銀の仮面で覆った、美しくも奇特な姿をした女性。

「そうは言っても、私としてはあまり讃えられても困るのだが。私はただの人でしかないというのに」

男がそう返す。通信回線を切っても一人になる訳ではない。

―レメゲトン。彼の部隊が駆る人型機動兵器、テウルギアに搭載された人工知能で、それら全てが明確な「自我」を持つ。コンソールに映った女性も、その一人だった。
個体名はアルカナ。ラテン語で「神秘」「秘密」を意味するそれは、彼女が元々持っていた名前ではない。テウルゴスである彼が「英雄」として「個」を捨てた時、彼女もまたそれに殉じたのだ。

「お気持ちは分かりますし、貴方が相手の念を無碍にするような方でもないのは私とて理解しております。貴方は溺れる訳ではなく、かと言って逃げることもせず、それどころか"個"を捨てて"偶像"となることを選んだ。それだけでも誇るべき事ではないでしょうか、名も無き騎士様」
「うぐ…」

男は言葉に詰まる。冷静に考えれば当たり前の事で、普通の人間なら英雄と持て囃されるのを快く思わないことは少ない。多少謙遜はしたとしても、彼の様に溜息をついたり、あまつさえ「個」を捨てて「偶像」になる事を選びはしないだろう。
名も無き騎士(ノー・ワン・ノウズ・ナイト)」の通称は、そんな彼をよく表したものでもある。


男は栄誉に浴する事を嫌った。
それどころか、自身が讃えられるほどの者ではないとさえ思っていた。
しかし、だからといってそれを拒絶する事は出来なかった。自らに救われたとして感謝を送る人々の想いを、無碍にすることなど出来なかった。

男は苦悩した。
英雄として持ち上げられるか、人々の想いを無碍にするか。
悩んだ末に、彼は英雄となることを受け入れた。
自分という「個」を、貌のない、純白の仮面に隠して。
「ナイツ・オブ・ペルソナ」。クリアメイト唯一のランカーテウルゴスにして、同社最高の「守護者」。
それが、彼の名である。


■同日、16時03分

2時間程移動していただろうか、気が付けば部隊は緩衝地帯を抜け出し、EAAの勢力圏へと入っていた。

「勢力圏に入ったか。皆、疲れただろう。各機通常モードに移行させろ。その後はレメゲトンの自動操縦に任せても構わない。私も少し休む。以上」
「了解です、隊長」

ここまで来れば襲われる事はまずないだろうし、敵の侵入があれば彼らにも警告が入る。そう判断した彼は通信回線を開いて部下に休息の指示を出し、自身も自動操縦モードにした後、シートをリクライニングさせる。

「では…後は頼むぞ、アルカナ」
「おやすみなさい、名も無き騎士様。どうか貴方に寄る辺がありますように」

そんな優しい声を聞きつつ、英雄は眠りに落ちていった。
最終更新:2017年08月28日 16:57