小説 > ソル・ルナ > 名も無き騎士と導きの篝火 > 2


生きる為に必要なものとは何か?ある者は金、またある者は力と答えるように、そこには様々な答えがある。
それ自体は何らおかしくない、一つの真理であると言えよう。
しかし、それは同時に前提となるものと相互互換であることは、意外と忘れられていることが多い。

というのも、この質問に対して「衣食住」の何れかを挙げる者は非常に少ない。それは、これら3つは「ある事が前提」とされているからだろう。勿論、金と答えた者に関してはこの限りではないのかもしれないが、逆に言えばそれらを揃える為に金がいると答えているとも取れる。

何れにせよ、生きる為には衣食住は欠かせない。特に食事は、それなくして生きる事は不可能と言ってもいい。
それも、ただ食事を取れば良いというものではない。栄養バランスを考え、必要なものを必要なだけ取らねば、いくら食事があった所で、健康に生きる事など叶わない。

―ヘルスメイトは、そんな悩みに答える栄養機能食品であった。一つで一日に必要な栄養素の半分を賄いながら、味も悪くない(ただし、口内の水分をやたら奪う)という、正に画期的な代物。
これ程の物が売れ筋商品になるのに時間は掛からず、販売から僅か半年で注文が殺到。
以後、現在に至るまで30年にわたりクリアメイトの主力として売り上げを支えるベストセラー商品となり、今では勢力を問わず愛されるようになったのである。

しかし、世界には光だけがある訳ではない。

ヘルスメイトの売り上げは、正に想像を絶するものであった。というのも、一般人から兵士までと、客層が広くなり過ぎたのである。
その売上でラインを増設してなお供給が追い付かず、酷い時には買い占めや転売騒ぎにまでなった。
これだけでも頭の痛い事態なのだが、問題はそれだけではなく、遂には輸送部隊が闇取引狙いのならず者に襲われる事態が発生。
最初こそ歩兵部隊を組む事で対処していたものの、襲撃はどんどんエスカレートし、その被害はとても無視出来るものではなかった。

事態を重く見たクリアメイトは、アレクトリスとテオーリアによって齎された「現行最強」と謳われる機動兵器、テウルギアによる護衛部隊を結成。「守護者」と称された彼らの活躍により、再び安定した供給が可能となったのである。


第2話 健康の守護者(ヘルスガーディアン)



■企業歴232年 2月5日 2時5分

草木も眠る丑三つ時、という言葉がある。
主に深夜2時から2時半、人は勿論、草木までもが眠ったように静まり返った夜を指す言葉だ。それは商品を運ぶ輸送部隊も例外ではなく、長距離を移動しなければならない以上、夜営を行って眠ることも度々あった。

当然ながらそのような場所には人工物がない場合が多く、大抵は実質野宿といっても差し支えない状態である。
故に、このような時間帯は周囲が暗闇になりがちで、人気もないので生活音も殆ど聞こえない。
基本的には環境音や寝息しか聞こえない事も相まって、やれ幽霊だやれ怪物だなどと、他愛なくも恐ろしげなものに少しばかり怖くなったりするものだが、基本的には穏やかかつ緩やかな時間帯である。

しかし、今夜は違っていた。
空気は張り詰め、キャンプには駆動音や銃声が響き渡り、辺りには発火炎が煌めいていた。

「こちら1番機、マゲイアを3機制圧した。2番機、そちらは残り幾つだ」
「マゲイアを2機制圧、残り4機!識別信号に該当なし、外装の損傷具合を見る限り、恐らくは賊です!」
「了解、こちらは残りの1機を制圧した、直ちに援護に…いや待て、増援だ!数は…マゲイアが2機か。4番機、6番機、こちらは構わん。2、3、5番機の援護についてやってくれ。」
「了解!」

部下に指示を出した後、前方から迫り来るマゲイアへの迎撃体勢を取る。
制圧したとは言っても、相手を撃破した訳では無い。脚や腕の関節部にワイヤーを巻き付け、勢いよく引いて転倒させることで無力化させただけに過ぎない。単純だが、しかしそれ故に効果的で、大抵は地面に強く叩き付けられてアクチュエータが壊れるかパイロットが気絶する。賊の相手程度なら、それで十分だ。

彼ら「守護者」の目的は輸送部隊を守ることであって、敵機を撃破する事ではない。
勿論、攻撃される前に落としてしまえば楽に終わるのだろうが、クリアメイトの事業を考えるととてもではないが得策とは言えない。

そもそも、同社はEAA勢力の中でも屈指の穏健派であり、様々な事情から戦争への突入を望んでいない。
彼ら護衛部隊が乗るテウルギアも、先述の経緯から分かる通り輸送部隊の護衛が目的であり、敵地への侵攻を考えてのものではない。
無駄のない機体設計は運動性と防御力のみに注力したからこそ。
となれば、積極的な攻撃を考える必要は無い。何より攻撃能力を持たせれば侵攻部隊に採用される。そうなれば社のイメージダウンは避けられない。それはクリアメイトにとって避けたい事態である。

故に、同社が唯一製造するテウルギア「ヘルスガーディアン」は攻撃能力を殆ど持たない。両手の大盾をきっちりと並べ、文字通り壁となって敵を食い止めるための機体なのである。

男はその扱いに習熟していた。テウルギアによる護衛部隊発足当時から「守護者」として従事していた彼は、最早機体を手足の如く操れる程になっていた。
機体の前にドッシリと盾を構え、さながら扉の様に並べ合わせる。
機体を覆い隠す程大きな盾が二枚も並んだ様は圧巻で、そのサイズもあって敵機に対する威圧感は大きい。

「トレーラー乗員に告ぐ、伏せろ!」

近付く敵機が思わず怯んだその隙に、盾の陰からフラッシュグレネードを投げ込み、シールドのセンサーを閉じる。
普通なら目を背けるだろうが、盾の威圧感に圧されていた所で不意に投げられたため、宙に舞うそれをマゲイアはマトモに捉えてしまった。

盾の向こうに閃光が煌めく。
光が収まった後、盾の向こうにはまるで動かないマゲイアが2機いるだけだった。
機能が停止している訳では無いし、そもそも非殺傷兵装なのを鑑みるに、どうやらパイロットの目も潰したらしい。恐らくはコクピットでのたうち回っているのだろう。
すかさずワイヤーを射出して脚部を巻き取り、他の機体と同じ様に転倒させて無力化させると同時に、反対側の味方から通信が入る。

「敵部隊の制圧が完了しました!」
「こちらも増援を黙らせた。各機、敵パイロットを捕縛してEAAに連絡しておけ」
「了解!」

殺すのは容易い。しかし、手を汚すわけにはいかない。
自らの盟主へと連絡し、犯罪者として捕えさせる。部隊を襲った以上、ただで見逃す訳にはいかないのだ。

「…しかし、中古品とは言え我ら相手にここまで粘るとはな。マトモな場所にさえ居れば、また違った未来も有り得たろうに」

呟きつつも、それがたらればの話であり、現実は犯罪者として裁かれるだけであるという事は認識している。
ただ、その技量を惜しむだけであった。




■同日 10時40分

「ふわ…〜…ぁ…」

コクピットに何とも情けない声が響く。
まぁ仕方ないことだろう。部隊の皆がそんな調子であった。昨夜の戦闘後の処理や物資の安否確認などを行わざるを得ず、朝まで仮眠を取ろうとした頃には既に3時半を回っていたのだから。

「隊長でもそんな欠伸するんですね…ぁふ…」
「俺だって…んぐ、人間だからな…」

一応彼も分類としては兵士として扱われる者である。
が、如何せんクリアメイトのスタンス的に彼らが戦闘に駆り出されることは滅多にない。野営をするにしても、警戒すべきは賊の奇襲くらいであるが故に、見張りは交代制が基本であるため、十分な睡眠が取れない事自体少ないのである。
兵士としては驚く程に健康的だが、反面、今回のように事が長引けば良くも悪くも普通の反応を起こしてしまう。

「今回は時間も時間だったし、な…」
「わざわざ1時半以降まで待った辺り、大分慣れてましたね…」

賊の奇襲自体はまだ珍しい事ではない。
男は既に覚えられないほど撃退してきた。
ただ、それらは大抵夜闇に乗じて叩くのが関の山であり、襲ってくる時間帯はそこまで遅くない。
が、今回の相手は大分狡猾だった。
最も警戒される時間を避け、そこから更に間を開けたタイミングで襲い掛かってきた。
2時前後は襲う側としてもパフォーマンスが落ちやすくリスキーな選択肢なのだが、同時にこちらも糸が切れやすい時間帯でもある。幸い今回はたまたま交代時間と被っていたが、少人数で交代間隔が長かったらどうなっていたか分からない。

「とはいえ、ここが最後の踏ん張りどころだ。もうちょっとでテクノヒューマン領に辿り着く。そうすれば後は受け取り部隊と合流出来る。皆もゆったりと休めるだろうさ」
「そうもそうですね。今回は査定も良くなりそうです」
「ああ、それは俺からも報告しておこう。よく頑張ってくれたよ」

部下に労いの言葉を掛けつつ、自身も支給されたアクアポーションを簡易冷蔵庫から取り出す。
穏やかで優しい時間が、彼らを包んでいった。

タチの悪い、大規模なならず者共(アノロフ・ピウスツキ)を隠しながら。
最終更新:2017年09月16日 11:05