小説 > LINSTANT0000 > 小隊長とらん豚レメゲトン、ダンスゲームする

無音の夜、低く立ち込めた黒い雲の下、ウラル山脈のほど近くの、北極海からExt-Fedへとつながる第一シベリア縦断道路と平行に、三機のテウルギアが地面を滑るように飛んでいる。
枯草色に塗装された細身の機体。腰に、二枚のブレードスラスターを持つ巨大な飛行パッケージをつけているのは、コラ・ヴォイエンニー・アルセナル社のジェド・マロース。
三機とも90mm長銃身ライフルと盾を持っただけの軽武装。両肩に索敵用の多機能センサーが接続されている偵察装備だ。

「おい、あの光。」

三機のうち一機が、手振りで道路を指し示す。
遥か遠方、低く立ち込めた雲を照らすように、いくつかの光が瞬いていた。

「燃料と火薬系のスペクトルか、戦闘中ですかね。」

「あの辺は何もないはずだろ!」

それまで無音だった光学直接通信が、にわかに騒がしくなる。彼らの持っている情報では、その光の位置に何もいるはずがないのだから。

―――ベースより緊急通達コマンド、緊急出力発信です。

強いノイズと共に、長距離通信が入る。

表示された通信枠は赤色、その内側に表示されたデフォルメされたピンクの豚が言う通り、誰に聞かれてもかまわない代わりに聞いたら即応する必要のある通信だった。

嫌な予感がする。隊長の脳裏に、何かがよぎった。

数秒の調律の後、見飽きた男の顔が映る。男たちが駐屯する第一シベリア縦断道路防衛連隊の、管制コマンドの一人だ。

「ベース1より各機。現在シータ小隊には、未確認勢力撃破を担当する機動部隊MFT-ε-11"白夜の導き"への、先行援護の任務が提案されています。」

その広くなった額に脂汗を浮かべながら、中年男が務めて冷静に任務を伝えてくる。ふてぶてしくテウルゴスたちと何度も殴り合いを起こす程度のクソ度胸持ちが、随分と焦っていた。

状況はかなり悪いらしい。だが流石に、その内容には即応しかねた。

「こっちは偵察装備だぞ!」

あれだけ遠くからでもわかるくらい、爆発物を運用する敵部隊との交戦に、標準ライフル一本で突っ込むのはごめんこうむりたい。敵にマゲイアがいなくたってかなり不安になる火力だ。

「現在、重武装のシグマ小隊が急行中です。彼らの到着まで押されつつある機動部隊の援護を。」

―――ベースよりデータ受信。シータ小隊会敵後、15分でシグマ小隊が到着します。

相当押し込まれてる機動部隊に、掩護なしで20分以上耐えろというのは、無理難題に値するものだ。そもそも命令である以上行かざるを得ないのだが。

「クソ!了解!」

「ではシータ1と2は戦域援護に、シータ3は情報収集と援護を。」

―――ベースより最新マップデータ受領。捕捉前に最接近できるルートを表示します。

3D表示された周辺地図に、青い線で移動ルートが表示される。推奨高度を見るとNOEで16kmの迂回ルートを取り、ひときわ高くなっている丘の陰から奇襲する作戦らしい。

「「「了解!」」」

三機同時に轟音を上げ、背面の推進装置が膨大な推進剤を吐き出し、一気に加速する。

「隊長、いくら通常兵器相手だからって、90mmだけだと緊張しますね。」

シータ3、最近シータ小隊に補充要員として配属された新兵が、小隊長に相談する。表示枠に映し出された彼の顔は、意図して普段の表情を作ろうとして硬くなっていた。

「シータ3、こっちはテウルギアだぞ?それも最新の空戦型だ。大企業の特殊作戦群でも出張っていない限り捕えるのも無理だろうさ。」

そんな新兵の不安を、古参のシータ2が拭い去ろうとする。小隊長よりも長くテウルギアに乗っている、アルセナルでも古参のテウルゴスだった。

「シータ2、あまり楽観視するなよ。戦車持ちの精鋭機動部隊相手に優勢とってんだ。かなりの戦力かもしれん。」

アルセナル製とはいえ、重戦車を含め装甲車両だらけの"白夜の導き"を押し込めるのだから、なかなかの戦力だろう。

―――まもなく丘に到着します。

そんな会話をしているうちに、いよいよ目標となる丘が近づいてきていた。

「そろそろだ、あの丘を越えたら散開する!」

「「了解!」」

二人に指示を出した瞬間、隊長の背筋に氷が差し込まれる。

「急上昇!」

指示を出した瞬間、小隊長機はほぼ直角の軌道で上昇する。急激なGによって血が一気に下半身に流し込まれ、脳の血液が不足しようとする。他の二機も、指示を聞いた瞬間、即座に反応し上昇に追随した。

―――注意!敵部隊の発砲を検知しました。120mm-105mm弾数41

上昇に転じた直後、レメゲトンから驚愕の警告が飛び込んでくる。急上昇しながら、置いてきた丘に頭部を向けた。

無数の火線が戦場のあちこちから集中し、丘全体が爆発する。

「丘が吹き飛んでる、連中どんな装備を持ってやがる!?」

「120mmのつるべ打ちとか、正規軍並ですよ!」

二人の部下は、驚くべき光景に困惑していた。

「どう考えてもその辺の賊じゃねぇぞ!気合入れろ!」

小隊長は即座に意識を切り替える。正面戦闘の最中に増援を見つけ、それを一撃で潰すために集中射撃ができる練度の部隊。シャレにならないが、シータ小隊はシグマ小隊到着までのいわば囮だ。

ひたすら避けて、邪魔をして。機動部隊の被害をほんの少しでも減らすためにここにいる。ならば呆けている暇などなかった。それに何より、

―――レーダーロックを感知、脅威度を表示します。

敵部隊は待ち時間など与えてはくれない。三か所から歩兵用対空ミサイルを厭らしい角度で打ち込んでくる。

―――対空ミサイル3発射、レーダー式誘導と判定。チャフ放出。

レメゲトンが観測されたレーダー波から誘導方式を判定、最適な妨害手段を選択し自動展開する。腰に取り付けられた射出装置から、大量のチャフを満載した90mmグレネードが連続発射された。
散布されたチャフに反応し、左右から放たれたミサイルは明後日の方向に飛んでいく、しかし、正面からの一発は幻惑されることなく、まっすぐに飛来してきていた。

―――一発抜けてきます、迎撃射撃推奨。

急加速し、天頂方向に向かう。

「隊長!」

「シータ3!任務を果たせ!シータ2は先行しろ!」

「隊長はどうするんです!?」

ある程度進み、反転。盾を肩に固定し、大地に向かい90mmライフルを構える。

シーカーから放つ電波はまっすぐにこちらをとらえていた。それを跳ね返すように、レメゲトンが照準を修正する。

―――射撃補正、迎撃を開始。

90mmライフルがその性能の限界の速度で火を噴く。両腕に加え、脇や腰のハードポイントと接合させて保持力を上げることで、射撃精度を限界まで高めた。

その結果なのか、隊長の腕がいいのか、レメゲトンの修正がうまかったのかはわからない。しかし、接近していたミサイルは確かに迎撃され、遥か下の空中で爆発した。

「こな、クソ!落としたぞ!ああ、俺は連中の上で目を引き付けておいてやる。野郎ども仕事をこなせ!」

「「了解!!!」」

小隊長の指示のもと、二機はそれぞれ別々の軌道で任務を遂行するようだ。

―――対空射撃の予測射撃線を表示します。フレア、ダミー緊急射出。

隊長機に警告音が鳴り響く。今度は光学ホーミングと熱源探知で照準されていた。

レメゲトンが、両肩の多機能センサー群から得た情報を使用し、各脅威からの予測射撃線を画面に表示する。

「真っ赤じゃねぇか!?」

シータ1の言う通り、画面は赤い柱だらけで真っ赤だった。

しかし、その赤い柱を縫うように、青い線が引かれている。

―――最適な挙動を示します。貴方の好きなダンスゲームですよ、喜んで?

「この豚ちゃんがあああああ!!!!!!」

人類の限界に挑戦させるような複雑な挙動を要求され、しかし生き残るために渓谷に張られたピアノ線の上で、命綱なしのダンスする羽目になる小隊長。

彼は自信の持てるすべての操縦技術を動員し、腕や足を振るい、機動を変え、何とか大量の機銃弾や機関砲弾の雨を抜けていく。

そのさなか、右回転して砲弾の隙間を抜けながら狙える位置に偶然いた戦車に、ライフル弾を一発置いていく。

―――らんらんは豚だから難しいことはわからないよ。ナイス回避です。ライフル弾主砲塔に命中、幹線道路上の重戦車沈黙。

「無茶言いやがる!この役立たず!」

―――あやまって?さ、セカンドステージですよ。100mm高射砲7来ます。

表示枠の中のレメゲトンと掛け合いしながら、命中したらそのままローストの戦場舞踏を踊り続ける。七発の大きな火球が、小隊長を爆破せんと迫ってくる。100mm弾、対空砲弾であっても直撃すればテウルギアでも危険な口径だった。

必死に回避するが、至近弾が爆発し、最後の一発が肩の装甲を削りながら抜けていく。視界の端で大量の火花が飛び散ったのを見た小隊長は絶叫した。

「今掠った!掠ったぞ!生きて帰ったら絶対アバターとんかつにしてやる!」

―――やんやん?シータ2が対空車両4両を撃破。敵対空火力17%減衰。シータ3機動部隊に撃ちおろしていた狙撃兵部隊を廃ビルごと排除。

地上の対空兵器全ての注目と暴力を小隊長が集めている間に、部下たちは自分の仕事を推敲していたらしい。

シータ2は敵の背後に回るように迂回し、集団の後方にいた対空車両を撃破、そのまま砲兵に食らいついている。

遥か高空に飛び上がり、戦場を俯瞰していたシータ3は機動部隊の要請を受け、妨害を続けていた狙撃兵部隊をまとめて叩き潰していた。

あらゆる砲弾から抜け出る寸前、掩体内から機動部隊に向けて砲撃している戦車を見つけ、先ほどのようにライフル弾を置いていく。

―――おほーっ!掩体内部の中戦車を撃破。危険域を突破しました、お見事です。

「っしゃあぁ!らんらん出荷よおおおおおお!!!!!!!」

―――そんなー!?味方機動部隊が反撃に出ました。

レメゲトンからの舞踏終了の方に、歓喜の雄たけびを上げる小隊長と、突然の出荷宣言に悲鳴を上げるレメゲトン。

「隊長元気ですね!?あと、どうやったらあの変態回避機動中に戦車2両も狙撃できんですか!?」

「シータ3、気にしたら負けだ。―――隊長だぞ。」

「シータ2、そうでしたね。」

―――素晴らしい評価ですね?敵部隊に動揺が見られます。

二人の部下とレメゲトンからのあんまりな評価に、小隊長のこめかみに青筋が走る。

「テメェらもまとめて出荷してやろうか、あ”?」

「「「そんなー!?」」」

愉快なやり取りに、ベースから通信が入る。

「じゃれあいご苦労。ベースより各機へ。シグマ小隊がまもなく到着する。じゅあわくるくるされたくなければ、到着後は上空からの支援に徹せよ。」

―――ベースからシグマ小隊の位置情報を受領、移動ルート、および到着時刻までのカウントダウンを表示します。

「あとちょっとで仕事は終わる!気合入れろ!」

「「了解!」」

三機はそれまで以上の勢いで、戦闘行動を再開する。
最終更新:2017年09月25日 03:15