小説 > LINSTANT0000 > 悪竜騎士と黄金剣姫 > 1

悪竜騎士と黄金剣姫-01-

written by LINSTANT0000
注意、これは設定が固まる前の創作物です。シリアスはほとんどないので、期待しないでほしい。
また、この作品に登場するテウルゴスは特別な訓練を受けています。絶対にまねしないで下さい。死にます。


旧ロシア領、現ヤロヴィトの本社がある北方アジアの拠点都市であるエカテリンブルク。
旧ロシア領でも珍しく、戦禍を免れたこの都市はかつての佇まいを今に残す、貴重な観光歴史都市としても知られる町だ。

石造りの古い古い街並みの中、まだ肌寒い春の日差しが差し込む、広場に面したカフェのテラスで、注目を集めている女がいた。

暖かな日差しを跳ね返す黄金の巻き髪をたらし、露出の激しい夜会用の深紅のドレスを纏う迫力系美人。美しい装丁の本を片手に、紅茶を嗜むその姿は、一枚の絵画のようだった。
ただ、胸元はあまりにも無防備に開かれており、煽情的な肉体と相まって周囲の男性の視線を釘づけにしていた。あちこちから突き刺さる煩わしい視線にため息を吐き、女は周囲に視線を飛ばす。

そのあまりにも鋭い視線を受けた男たちは、誰もが思わず視線をそらしてしまう。その瞳の奥に、隠しようのない悪意を感じ取ったからだ。周囲の男たちのふがいなさに、女はもう一度大きくため息をつき、紅茶に口をつけた。

そのタイミングで彼女の目の前に一人の男が座る。

「おう、仕事だ仕事。」

「は?」

あまりにも脈絡のない男の言葉に、女の声に険が宿る。その眉間に薄くしわが入り、ただでさえ鋭い目がつり上がった。

「仕事だって言ってんだろうが。」

「何言ってますの?私たちは休暇でエカテリンブルクに来てますのよ?」

もう一度伝えてくる男に、明確な怒りを込めた声で返す女。久しぶりにとれたせっかくの休暇中に、いきなり仕事を入れてきたら、誰だってそんな対応になるだろう。

「今さっき依頼されたんだよ。」

荒ぶる猛獣をなだめるように、両手を上げて女を抑えようとする女。その動きを見て、額に手を当て、これまでで最も重い溜息を吐き出す女。その行為を以て気分を入れ替えたのか、少しでも建設的になるよう先を促す。

「どんな依頼ですの?とりあえず聞くだけ聞いて差し上げますわ。」

「ターゲットはアレクトリス領内の小さな研究施設。そこに拉致された子供の回収。」

その促しに機嫌をよくしたのか、男が真面目な表情で依頼内容を告げ始める。その内容は中々面倒な話だった。どこの企業かわからない秘密の研究施設。それもアレクトリス領への越境作戦だ。
常識で考えれば、借金で首が回らない状態でもない限り、誰も受けないだろう代物だった。

「いきなり危険ですわね。ま、それだけならかまいませんが......」

しかし、この男女は、その程度の困難や面倒であれば鼻で笑ってこなしてきた。主に男が問題や困難を引き付け、呼びよせ、作り出すのだが。
女は爪をやすりで研ぎながら先を促す。言外に面倒ごとは今のうちにしゃべっておけよ、というプレッシャーを送りながらだ。

「......依頼料は花束一つだ。」

「ぶち殺しますわよ?」

ばつが悪そうに男が告げた言葉に、女は殺意を振りまいた。周囲の客たちは一斉にレジに駆け込み、あるいはテーブルに財布の中身を叩き付けて逃げ出していく。ウェイトレスたちは半泣きだった。

「待て待て待て!相手は小さい子供だぞ!」

流石の男も顔色が悪い。両手を前に突き出し、なんとしても女を止めようと立ち上がりかける。

「貴方をぶち殺すのですわ!お死になさい!」

「んぬふっ!?」

座った状態で放たれた抜き打ちの一撃。羽飾りがつけられたタングステンカーバイト鋼製の鉄扇が男の額を正面から打ちぬいた。
硬質な音共に立ち上がりかけていた男は椅子と共に後ろに倒れ込んでいく。
椅子に座った状態で、手にした鉄扇の勢いだけで大の男を吹き飛ばす女の技量と怪力に、逃げ切れなかった客たちは震えあがった。

「ふぅ、ところでそこの貴女?」

先ほどよりは険の取れた表情で、かいてもいない汗を拭くしぐさをする女。彼女は男と同時にテーブルに着き、今の出来事にあいまいな表情で固まっている少女に顔を向ける。

「は、はひぃ!?」

少女は思わず甲高い悲鳴を上げてしまう。少女は女が浮かべる引きつった笑顔に恐怖した。自分の生殺与奪権を握りしめた女が、この無礼な小娘をどう料理してくれようかしら?とでも聞こえてきそうな笑みを浮かべていれば、誰だってそうなるだろう。

「お、怯えないでくださるかしら?」

たとえ女に脅しをかけるつもりはなく、彼女が作れる最大の笑みを浮かべたのだとしても。気合を入れたために鋭くなった視線と、緊張で硬質に響く声がすべての印象を覆していたが。女はちょっと傷ついていた。

「ご、ごべん”な”ざい”!ごべん”な”ざい”!」

その心理的な不快感を感じ取ってしまったのか、少女は顔中から様々な液体を出しつつ、椅子から飛び降りて地面にうずくまる。機嫌を損ねてごめんなさい、余計なことしてごめんなさい、思いつく限りの謝罪をしながら、命乞いをする。
少女の古びた服装も相まって、貴族に粗相した平民の少女にしか見えなかった。

「どうしていつもこうなりますのよ!?」

幼い子供を相手にすると、非常によく見られる光景に女が嘆く。

「つあぁ、キッツ。そりゃジル、お前の顔が怖いからって、ウオァッ!?」

「今度こそあの世に送って差し上げますわ!」

鉄扇の刺突から復帰した男が、顔をしかめ、赤くなった額をさすりながら椅子に座りなおす。
同時に放った余計な発言に、女はテーブルの上にあったテーブルナイフで男の瞳を狙った。
閃く銀光。
男はとっさにテーブルの上のフォークで、突き込まれるナイフを絡め取る。
ぎりぎりと、鳴ってはいけない音を立てながら男女は拮抗する。

「幾らなんでもナイフで目を狙うのはやめろ!そこはまだ生身なんだぞ!」

「キィーッ!避けるんじゃありませんわ!大人しくお受けなさい!」

「流石に生身のところ狙われたら防ぐわ!」

へし折れるナイフ、飛び交うフォーク、盾として使われるスプーン、牽制のバターナイフ。
あらゆるお茶用の金属製食器が飛び交い、周囲の石畳に突き立っていく。スプーンが石材に刺さるというのはどういうことなのだろうか。

「これで!とどめですわ!」

「テーブルはやめ、ぐふんっ!?」

最終的に総金属製の丸テーブルを引っこ抜き、男に叩き付けた女が勝利する。
石畳に崩れ落ち、伸びた男を一瞥すると、女は再び少女に問いかける。

「フンッ!さぁ、説明なさいそこの娘。この男に話した内容を、全て、簡潔に。」

女の命令に、少女はびくびくしつつも語り始めた。

「ひ、ひゃい!一週間くらい前に、私たちの住む区画から何人かの子供がいなくなったんです。」


私たちの住む区画は、昔SSCNだったところから逃げてきた人も多く住む、貧しい場所です。
でも、この町では珍しく、皆仲が良かったんです。いがみあい?もないですし、お祖母ちゃんもいい場所だって言ってました。
けど、一月前から、子供たちがいなくなり始めました。そのころから住み始めた、危ないおじちゃん達がやったんだって皆言ってました。けど、おじちゃん達軍人さんみたいだったし、強そうな武器も持ってたから、誰も文句を言わなかったんです。
今では、全部で27人がいなくなって。その中に私の妹がいて。みんなを助けてほしいんです。お願いします。


最後は泣きじゃくりながらもしゃべり切った少女を、女は胸に抱いた。少女の嗚咽が大きくなる。

「任せなさい、あの人と一緒に、必ず助け出してあげますわ。」

「お願いします。これだけしか言えないけど、お願いします。」

胸の中で泣く少女を、あやしながら男に問いかける。

「いいわ、どうせ連中は叩き潰したあとなんでしょう?イリヤ。」

「よくわかってんじゃねぇかジル。じゃなきゃ研究所の位置なんざわかる訳ねぇだろ。」

男は胸元の電子機器を投げ渡す。
女は片手で受け取ると、どうやってか指すら使わず、高速で中の情報を読み取っていく。

「この町の警備部隊には?」

「話をねじ込んだ。軽装備だが、アルセナル上がりの精鋭小隊を足付きで出してくれるとよ。」

「包囲してでも逃したくないわね。低練度でいいから最低一個中隊出させるわ。」

「その辺の交渉は任せる。俺には向いてねぇ。」

男は交渉下手なことを認め、困り顔で両手を上げて降参した。そんな男を見て、都市警備部隊からさらに大量の兵を抜き出さんと猛烈な勢いで文面を書き上げながら、女は微笑む。

「知ってるわ、そのための私だもの。任せて頂戴、私のイリヤ。」

「知ってるよ、だから任せてんだろ。俺のジル。」

二人は視線をかわし、互いの言葉を胸に、不敵にほほ笑む。どこか甘やかなこのやり取りは、新しい仕事を受けるときのお決まりだった。いつの間にか始まった、常に互いの信頼を忘れないための儀式。

「じゃ、準備が整うまでに、飯だの水だの服だの買っておくわ。」

そこで終わっていればかっこよかったのかもしれない。しかし、その後の男の言葉に、女は再び眉をひそめた。

「はぁ、イリヤ、貴方私の許可なしにどうやって買い物する気なのかしら?」

その言葉に、男は慌てだす。

「こ、こんな時くらい決裁権返しててくれよ!」

「貴方に渡すわけないでしょ?お嬢ちゃん、お名前は?」

「そ、ソフィアです。」

そんな男を無視しながら、まだ胸の中で泣いていた少女を放し、問いかける。顔を上げた少女は真っ赤な顔で、溺れていたように大きく息を吸い、呼吸を整えてから、己の名を答えた。

「ソフィア、ソフィア。写真からしてこの子ね。さぁ、お買い物の支払いは任せるわ?」

「な、なんですかこの金額!?」

「イリヤのお守りと監視のお給料よ。余ったら受け取りなさいな。」

少女の名を聞いて、女は端末を操作していく。少女の持つ汎用端末が震え、その画面をのぞき込んだ少女は大声をあげた。そこには、少女が一生分は優に生きれるほどの金額が表示されていたのだ。

「む、無理ですよこんなの受け取れません!?」

「何か文句があって?」

どうにか受け取りを拒否しようとする少女に、女の目が鋭くなる。

「何もございません!」

その威圧に耐えきれなかったのか、少女は一転してすべてを受け入れた。

「ではよろしい、お行きなさい。」

「「イエス、マム!」」

一度頷き、買い物に行くように促した女に、男と少女は反射的に敬礼した。

「ふざけなくてよろしい!!!!」

それを見た女の顔が赤く染まる。怒りの波動なのか、豪奢な巻き髪がゆらゆらと重力に逆らい始める。

「やべぇ逃げるぞ!」

「えっ?ちょ、うわああああああ!!!!!!」

身の危険を感じた男は、傍らの少女を肩に担ぎ一気に走り出した。人類が出してよい速度以上で走る男の肩の上で、少女は悲鳴を上げながら荷物のように運ばれる。はたから見れば、人さらいにしか見えないだろう。だが、少女の悲鳴が楽しげなものに変わるにつれて、周囲の警戒は薄れていく。
皆、ほほえましいものを見るような眼で見ていた。
平和の象徴とでもいうべき光景。しかし、今の少女は知らない。この後、買い物を終えるまでに6軒の店と1つの倉庫、29台の車とマフィアが一つ、この町から消え去る騒動に巻き込まれることを。


こうして、イリヤ・ムロメッツとジルニトラが、アレクトリス領へと侵攻することになった。いつも通り、男の思う正義を成すために。
最終更新:2017年09月28日 22:35