悪竜騎士と黄金剣姫-02-
written by LINSTANT0000
注意、これは設定が固まる前の創作物です。シリアスはほとんどないので、期待しないでほしい。
また、この作品に登場するテウルゴスは特別な訓練を受けています。絶対にまねしないで下さい。死にます。
*
まばらな緑が点在する中央アジアの岩石地帯。岩山に挟まれ、青ざめた月に照らされた小さな研究所の前で、踊っていた二つの巨影が動きを止める。
『ぐあっ!?』
叫びをあげたのは、岩石色に塗られたの機体。
SSCN社製マゲイアMG-06だ。
その機体の右肩から右足付け根にかけ、無理矢理ねじ切られた跡を深く刻まれ、轟音と共に大地に崩れ落ちる。
それを成したのは黒い竜人。悪名高き専属傭兵、イリヤ・ムロメッツが駆る重テウルギア、"トゥガーリン・ズエメヴィチ"だ。
「ま、取りあえずこれで終わりだ。」
そういうと、その手に握る極厚の剣砲をMG-06の左腕に叩き付けて破壊する。そのまま残った左足を切り、頭部を破壊し、機体各部の可動部を破壊する。
最終的にマゲイアは芋虫のようになり、腰に剣砲を突き立てられたこの機体は、あらゆる攻撃行動を封じられた。
―――最後の一機の無効化に成功。周囲の敵戦力はゼロですわ。
イリヤは信頼するレメゲトンのセリフに、緊張を解く。周囲を見渡せば、目の前の機体とは別に、数機のマゲイアが同じ状態で転がっていた。
それらに共通しているのは、全ての機体がコクピットだけは無事ですんでいること。そして完全に武装解除され身動き一つとれないことだった。
「ジェドマロースにシールカの初期型、KE-02にMT-06ねぇ?」
―――アルセナルに、ケラー先端技術とSSCN。全グループそろい踏みで、マゲイアの博覧会でも開けそうですわね。
様々な企業から集められたマゲイア。普通、戦力整えるならば可能な限り一社に統一して購入するのが当然である。パーツの統一が図れなければ戦闘力の意地は困難であるし、まとめ買いできれば多少安く上がるのだから。
「嫌な予感がするなぁ、おい。」
にもかかわらず、この研究所はばらばらの機体を、それなり以上に整備していた。ならばここの持ち主はかなりの資金力があり、常識なんぞ捨てている企業。
―――どうせガリゾーンタフが関わってますのよ。無駄に悩む必要なんてありませんわ。
「ま、この辺りでガキさらってる集団とか連中しか考えられねぇよな。」
単純な計算というべきだろうか。彼ら二人に良くかかわってくる因縁の企業。ガリゾーンタフしか考えられなかった。
―――ん、救出部隊から連絡が入りましたわ。無事救出、脱出の援護を、ですって。
「敵は全滅、とっとと帰ろうぜ、とでも送っとけ。」
―――ハイハイ。応答を確認。撤退を始めましたわ。
研究所の搬入口から、中型の軽装甲トラックが数台逃げ出していく。その荷台に乗り込んだ兵士や子供たちが手を振っているのが、画像補正で再現された。
男の頬が緩んだ。
メインフレームが、撤退する救出部隊からデータを受け取る。周辺の集落から攫われた子供は全員救出することができたらしい。救出部隊が行方不明届とクロスチェックした結果だった。
「取りあえず、無事だったみてぇだな。」
―――あくまでも輸送のための集積拠点でよかったですわ。
そうでもなければ、酸鼻極まる研究成果と廃棄品になっていただろう。それは、これまで何度も二人が見てきた光景だ。
「さぁて。連中は逃げた。後はこいつらこいつらだけだな?」
―――振動を感知。テウルギア三機が来ます。
去り行くトラックから目を放し、トゥガーリンが腰の長剣を抜き放ちながら、背後に向き直る。
アレクトリス側に伸びる山道。つづらに折れ、張り出した岩陰から宣言通りにテウルギアが現れた。
「こいつぁ。」
―――ミラージュナイト!?それも三機ですって!?
現れたのは月に照らされ、青々と煌く白の騎士。超高級機であるリュミエール・クロノワール製テウルギア、ミラージュナイト。一機で通常のテウルギア数十機分の価格を誇る機体。それが三機。
紋章を描いた盾と剣だけを持った中央の一機。それに侍るように、小型のクロスボウ型マシンガン二丁を持つ機体と、大型のクロスボウ型携行砲を持つ一機が追随していた。
三機は広場に出ると、中央の一機が進み出てくる。他の二基はそれぞれ武器を構え、中央の一機を援護する構えだった。
唐突に、全チャンネルで通信が入る。
―――っ!通信ですわ。発信元は正面の一機。
「クソ度胸持ちか、それともただの阿呆か。相手をしてやる。つなげ。」
『―――その黒き竜騎士。そして三つ首魔竜の紋章。貴公、かの悪竜騎士、イリヤムロメッツ殿とお見受けするが、いかに!』
表示された相手は、まだ幼さすら残る声色の少女だった。彼女が言った内容を聞いた男は頭に手を当て、通信を一時切断する。
「おい、あれの相手すんのか?」
その声色に隠し切れない興奮を見て取った男は、大きく溜息を吐く。たまにいるちょっと拗らせた子供と同じ感じだった。
―――おめでとう、どう見てもあこがれてるわね?ちゃんと相手してあげなさいな?
―――それとあの子、売り出し中の傭兵だわ。あだ名は傭兵公女。アレクトリスの貴族で、血筋だけなら欧州を統べるに能う本流も本流。やだ、それに見た目も可愛い。
「余計殺すわけにはいかなくなったじゃねぇかめんどくせぇ。」
そうぼやく男の前に、赤色の表示枠が現れる。
―――あら、秘匿通信。送信者はうしろのマシンガン持ちね。
「今度は何だよ。」
表示枠の通信許可ボタンを押すと、画面が拡大される。
『イリヤ・ムロメッツ様、お嬢様が申し訳ございません。』
表示されたのは白銀のメイドだった。
荒廃した現代、これほど無駄に金のかかった本職のメイドを、それも戦場にテウルギアに乗せて連れ出すお嬢様とやらの常識に、男は戦慄する。
『私、お嬢様にお仕えするメイドでございます。周囲の現状を見るに、私たちの依頼人は壊滅したようでございますね。』
「そうだな。ここの戦力は完全に叩き潰した。お前らはどういう立場だ?」
『私共は、この場所の防衛を依頼され、たった今到着したところでございます。依頼人がいない以上、イリヤ様と戦う理由は消滅しております。』
「―――こちらが見逃す理由もないことはお判りでしょう?」
『はい、ジルニトラ様。ですので、お嬢様をお守りするために、イリヤ様に新しい依頼を出させていただきます。』
送り付けられたミッション内容は、お嬢様へのテウルギア戦の手ほどき。命の危険がない程度に痛めつける。たったそれだけの仕事だが、依頼料は即金でテウルギア一機分になるほどだった。
―――お受けなさい!今回の支援依頼では、弾薬費どころか整備費にもなりませんのよ!
「わかった!わかったよ!?だから脳に直接大音量を認識させんな!」
男だって、この依頼が破格なものなことぐらいはわかる。自分よりもはるかに実力が劣る人間に、戦闘技能を短時間教えるだけで、1月分の依頼料が手に入るのだから。
『ご依頼を受けていただけるようで、何よりでござます。お嬢様は騎士へのあこがれの強いお方です。お手数ですが、時代掛かった演技をしていただけますと幸いでございます。』
そうしていただければ、後金を出します。そうメイドが付け足すと、ジルニトラが騒ぎ出す。
―――全力で演じなさい!
さらに面倒な情報を知った男は、もう一度重い溜息を吐くと通信を回復させる。画面には微妙に涙を浮かべた少女が写った。
通信が回復したのを確認したとたん満面の笑みを浮かべ、それを無理して真面目な顔にしようと苦戦しているのを見て、男のこめかみに痛みが走る。
到底傭兵のような血なまぐさい世界が似合いそうもない少女だった。
男はトゥガーリンに長剣を地面に突き立てさせた。その柄に両手を乗せ、威を整え、極力真面目な名乗りを上げる。
「然り!我が名はイリヤ・ムロメッツ!凍土を征く、黒龍を駆る悪竜騎士なり!」
名乗りを上げると、突き立てた長剣で剣礼を捧げ、その剣先を中央の機体に突きつける。
「我が名を問うた、白き騎士を駆る若き姫騎士よ!盾を飾るその紋章、さぞや貴顕なる者と見るが、いざ名乗られぃ!」
『―――っ!我が名はマリア!マリア・クリスティーナ・ルイーゼ・アマーリエ・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン!誇り高きハプスブルク・ロートリンゲンの嫡女にして傭兵公女と呼ばれし者なり!』
声にならない悲鳴を上げ、期待に胸を膨らませた少女が名乗りを上げる。よくもまぁ、あれだけ長い名乗りを噛みもしないで言い切れるものだ。
男はどうでもいいことに感心しながら、相手の出方をうかがう。
『我が名と名誉をかけ、イリヤ殿に決闘を申し込む!』
正面の機体がその腰の剣を抜き放ち、男と同じ動きを返す。互いが剣を向けあうこの形は、古来から決闘を行うスタイルとして確立されたものだった。
剣を使った決闘など、遥か古代の文学作品でもない限りお目にかから無い現代では、余程の文化的素養が要求される仕草でもある。
その動作の意味が理解できるイリヤもまた、彼女と同じ穴の狢だった。
『面倒ではございますが、お嬢様の我儘にお付き合いくださいませ。』
「彼我の実力差が読めねぇ奴の相手は嫌なんだがなぁ。」
秘匿状態が維持されたメイドからの念押しに、男がぼやく。
―――金のためですのよ!普段の付けが回ってきただけですわ!
超ドヤ顔で鼻息荒く男をあおる画面の女。非常に金に厳しい態度だった。
「守銭奴力高まってきてんなぁ。」
―――誰のせいだと思ってますのよ、この浪費系無自覚おバカ―!?
男の放つ余計な一言に沸騰する女。その言動は、男の浪費壁と金銭感覚の無さを考えれば当然だった。
「流石にわかってらぁ。」
―――なら使い込みはおやめなさい!
「無理。」
―――キィーッ!!!!!!むかつく笑顔ですわ!
流れるように女をあおり返す男。割と本気で切れる女。
この一連のやり取りもある種いつものやり取り。戦闘前に緊張をほぐし、十全以上の力を発揮するための儀式だ。
普段なら、この通信を聞いた相手を油断させる効果もあるが、今は傭兵公女にだけ聞こえないようにチャンネルを絞っている。
「んんっ。」
喉の調子を確認するように咳払いした男。割と放置され、またちょっと涙目になっていた少女は、咳ばらいを聞いて再び真面目な顔になる。
「決闘を受けよう!ただし、条件がある!」
『条件とはなんだ!』
トゥガーリンは腰の剣やダガー、槍砲をパージし、両手の盾と剣を掲げる。
「獲物は盾と長剣のみ!長剣を失った場合、または反撃不能な状態になったとき、勝敗を決することとする!」
さらに、左手につけた盾をもパージする。
「そして、こちらが機体のどこかに傷を受けた場合、そちらの勝ちとする!そして、こちらは長剣しか使わん!」
『それでは!』
生死をかけた戦いを望んでいたであろう少女の抗議に、被せるように男は声を上げる。
「こちらは決闘を申し込まれた側だ!受け入れるかどうかはこちらが決める!それに。」
『それに?』
男の為に、少女は疑問を投げかける。その疑問を聞き、男は獰猛な笑みを浮かべる。
「まともな条件で殺しあいして、お前に勝ち目があるわけねぇだろ。格の差を弁えろよ小娘!」
『っ!?......わかった!その条件を受け入れよう!』
男の浮かべた笑みを見て、少女は明らかに怯む。そののどから怯えを含んだ声が漏れた。
それでも少女は、その身の震えを抑え込むように、大きな声を張り上げる。
『ご配慮、ありがとうございます。』
勇気を振り絞った主の姿に、メイドが頭を下げる。その姿を横目に、わずかな手の動きで頭を上げるように示す男。メイドはその無表情を崩し、花がほころぶように一瞬だけ笑みを浮かべ、再び表情を凍り付かせる。
トゥガーリンは長剣を一度放り投げると、右手に掴みなおし、左足を下げ、右足を前に、腕を左に下ろし、切っ先を正面下に下げた愚者の構えをとる。その切っ先は地面に着くほど下げられ、ポンメルに左手が添えられている。ノーガードに見え、その実、敵刃を返す刃で叩き落とし、一撃を以て屠る構えだ。
「ならかかってきな。特別指導してやるよ。お代はズタボロにするてめえのプライドってなぁ!」
まるで顎をしゃくり挑発するように、トゥガーリンの頭部が動く。
『貴様ぁっ!舐めるなぁ!』
どこまでも舐め腐った男の態度に、純粋な少女が激高する。
少女の怒気を吐き出すように各所から余剰熱量を放出しながら、ミラージュナイトは盾を構え、右手片手で雄牛の構えを取りながら駆け出した。
最終更新:2017年10月24日 01:34