小説 > 霧月 > メモリー・オブ・フロンティア > 3

Chapter2.
その一ヶ月前。

それは唐突に訪れた。

男は研究室で一通のメールを受け取った。
内容はこうだ。あなたの技術が私たちには必要です。貸さなきゃお前を殺す。

怖すぎるだろオイ。研究者になんつうもんを突き付けてんだ。
思わず私は細い手を震わせた。

ああ、紹介が遅れた。
私の名前はアディ。アルフレード・ボードウィン。
──自律型自己進化人工知能の開発者だ。

といっても、まだ未完成なのだが。

だが補助用のCPUやプログラムの調整と構築、AIの整備兵としては軍のお眼鏡に適ったらしい。
かくして俺は、試作品と目一杯の玩具をかき集めて自分の研究室から軍の檻へと飛び込んだわけだ。

そして。

私は今、アジアの辺境である真冬のヒマラヤ山脈の整備基地で滑走路の雪かきをしていた。
「なんで俺達が雪かきしてんだ。俺研究者だぞ、研究者。」
正規の軍人とは言い難い骨と皮ばかりの体つきの研究者は声と体を震わせ嘆く。

「黙っててくださいアディ、作戦行動中です。それともなんです、テメェは自分の悲鳴で起こした雪崩の冷たいお布団でお昼寝したいってんですか?」

冷たい。とにかく冷たい。この‐15℃の寒風よりも冷たいぞ声が。

「それに、軍人にも色々とあるんですよ。あなたは『駒』の整備担当で、私はそれのどこが壊れているか、あるいは相手側の弱点を解析するレーダー分析官です。」
この冷たい声を放つ華奢な体に程よく整った顔立ちの女が俺の助手、リコージャ・エインケック。
俺が作った人形であり人工知能のプロトタイプを載せた…所謂、アンドロイドだ。

「だからって電子部門担当に力仕事させるもんじゃねぇよ…」

俺は両肩を落として脱力する。というかもう体がくたくただ。
支給品の詰まったケースを俺は雪の上に座り込んで開く。
中には配給品の合成食品のレーションとゼリー飲料がいくらか。
おもむろに俺はその袋のうち一つを破って口に放る。すると口の中には味の無い乾燥したものが広がる。クッソ、喉が渇いて仕方ない。
それを流し込むように小分けされたゼリー飲料のパウチを握って飲み干して男はいう。

「ほんと、可愛げの欠片もありゃしねぇ。このまったく味のしないレーションと同じ、まるでお前の無い胸みたいなもんだ。」

「次、それを言ったら額で大好きな煙草を吸うコツを教えて差し上げますが?」

下手な軍人よりもこなれた手つきで腰のホルスターからハンドガンを取り出してこちらに向けられてしまった。
流石に銃口を向けられては勝てない。持っていたスコップを投げ捨てて無抵抗の証として両手を上げる。

「…オーケイ、わかった。わかったからそいつを下ろせリコ。そいつを向けるのは獣ぐらいにしてくれ。」

鋼鉄の人形が銃を下ろすのを見て自らの胸をなでおろす。
わかってくれればよろしい、と一つ置いてリコが続ける。
「まぁ、仕方ないですよ。戦争は駒に任せっぱなしで私達はその駒を効率よく運用するための走狗なんですから。少しでも仕事してないと国民が税金を無駄遣いしていると思って給料として出したがりませんし。ほら、よくタイムラインでよく流れているじゃないですか。政治家達が節税節税叫んでいるのを。」
「それだ」
俺はうんざりしたような声で
「こんな現場にいるなら無駄だってわかりきっている滑走路の掃除をやらされてっから余計に気に食わないんだ。」
「確か、テウルギアと戦闘機の模擬戦結果は一対五百でしたか。しかも内容は戦闘機側の弾切れによるコールドゲームだそうで。」

俺はスコップを地面に突き刺して全身の体重を預けた。

「テウルギアの大出力ジェネレーターを応用した対空レーザーに無人機甲団の対空車両もあるしな、実戦だと。光速でぶち抜かれるのにマッハ2や3で動くやつなんか空飛ぶ棺桶だろ。ロックされたら即撃墜、塵や埃なんかでレーザーは屈折したりするが奴らの土俵は高空だ、綺麗すぎてそんな奇跡ありゃしねぇよ。チャフを撒いても対空車両部隊の機銃でKOだ。つーかあまり高高度を飛びすぎたらアレに撃墜されるしな?」

「アレ、とは?」
きょとん、と彼女の様相に相応しい可愛らし気なモーションでこちらを見つめる。
こうしてれば可愛いんだがなぁ、という気持ちを抑えて答えを告げる。

「アースベルトだよ。衛星軌道上に打ち上げられた複数の衛星からなる迎撃システム。各国家が宇宙というフロンティアの利権争いの果てに打ち上げた衛星同士が殺しあった結果軌道上にはデブリベルトが形成されて月に近寄れなくなった…で、これ以上デブリと衛星を打ち上げられないように『マザー』が配置した13の衛星群からなる監視システムだ。無許可である高度以上を飛んだ物体は無差別に迎撃されるってな寸法。高高度を飛んだ瞬間どかんだ。」

だから、と強く前置きして

「だからこそこんな泥臭い戦い方してるんだよ。ずっと昔のWW2では航空機有利だったらしいが今は違う。猛威を振るいすぎた獣は駆除されちまうって簡単な摂理だ。高くなりすぎた科学技術による鼬ごっこの末にたどり着いた結論は一つ。空よりも地上からの圧倒的数による蹂躙、だ。しかもついでに行きついた理論はこうだ。」

地面に突き刺したスコップを持ち上げ地面の雪を叩き割る。

「弾切れの心配もない。派手に被害を増やす必要もない。つまりは…白兵戦だ。」
「だからうちの駒も白兵戦用のパワーカスタムばっかり施してあるだろ?あれは戦闘後の片付けとかがやりやすくするのとコスト削減ってのが理由だ。だって、簡単に人を殺せる技術が発展しすぎるのも問題だろ?」

なるほど、とリコが手を打つ

「だーかーらー俺達が戦争する必要なんかねぇんだよ。つーか出るだけ無駄だ。テウルギア主役の戦争。テウルギア同士の戦闘に決着がつけば無人化機甲師団による制圧作戦だ。今時戦争で命を落とすなんざテウルゴスでも流行らねぇ。だって、バグの管理とかして眺めてるだけで奴らがお土産持って帰ってくるんだぜ?生身の俺らが頑張る必要はねぇよ。」

とても呆れた声で俺は自分の助手にこういわれた

「とても、軍人のセリフではありませんね。このクズ。」

「そうね、サボっててもいいのかしら?これじゃあ私の機体が出れないじゃないの。」
唐突に張りのある声が後ろから響く。
驚いた俺は当然後ろを振り向くがそこには

そこには、踵があった。しかもハイヒールの。
唐突に差し出されたヒールに驚いて振り向いた俺の運動エネルギーが合わさって頬に激しく突き刺さる

「いってえええええ!?いってェなこの馬鹿!!誰がテメェの機体のコンソール回り整備してると思ってんだお姫様!?」

頬を抑えながら俺は目の前のとても華奢で障れば壊れそうなほど美しい、ガラス細工のような少女に謝罪を求める。

そう、彼女こそがキングの駒であり、この基地の切り札であるテウルギアのパイロット。つまり、テウルゴスの少女…イリアス・フォン・マーガトロルド。
冷血にして鉄血にしてサディストのお嬢様だ。

お姫様はその冷たい視線をこちらに向けると軽く微笑んで脚をどけた

「まったく、今日も平和ね。小鳥がこれほど囀っているのなら私の出番なんかいらないんじゃないかしら?」

パイロットスーツを着ている彼女のボディラインが日の明かりで露になる。
テウルギアの高速戦闘やGに耐える為に彼女たちテウルゴスは体の強化が行われている。
脚の部分は頭に血が行き過ぎないように設計されたブーツに体温調節の為に際どい所まで入ったスリット。
全体的なデザインと言えばこの一言に尽きる。

スク水。それも昔極東の島国で水泳の授業で使われていたという旧スク水。
それを凝視していると案の定女性二人の冷たい視線に晒された。

「ま、待て。俺の趣味じゃねぇ。だから待ってくれリコ、お姫様。そそそそういえばお姫様はなんでこんなとこに?」
よし、話を逸らせた。後で殴られるのは覚悟の上として今をどうにかしよう。

「もちろん気晴らしに。あと調整のお願いよ?」
「にっこりと笑みを浮かべないで頂けますでしょうかお姫様。怖いのですが。」
この女とコミュニケーションが取れるとは思わない。

すると、お姫様はあまり動かない表情で興味津々で脈絡なく俺に問うた

「ところで、あなたはなぜこの基地を選んだの?あなたなら、この基地にあるテウルギアがどんなものかは知っているでしょう?」

「ああ、もちろんだ。総合マルチロール型テウルギア。…つまり全天候、地形対応型テウルギアだ。」

けだるげな声でレーザーを効率よく運用する為に色素の薄くなった、まるで宝石のような透き通った瞳を見据える。

「初心者としちゃあ尖ったものよりもアンタみたいなスタンダードな機体のが教材としては最適なんだ。色々と応用範囲も広くなるしな?」
「それに、俺はアンドロイド製作者だ。より人間に近く、より人間のような思考と動きをする人間と同じものを作り上げることが夢。ならお姫様みたいな機体から始めた方が何かと徳が多いんだよ。そんだけだ。」

そう、それだけだ。俺はテウルギアのOS等のシステム回り、そしてそれを提供する仮想人類の事が知りたくてここに来た。
全ては死んだ恋人と同じものを作る為。そして、俺みたいな一人きりでしかいられなかったものに人といる温かさを教える為。
そう思いふけっているうちに俺は脇腹を蹴られた。

「けれどね、スタンダードってことはつまり時代遅れって事でもあるのよ?短所がないことは確かに、長所たり得るのかもしれないけれどね。戦場においてそれは無難なだけであって…それに特化したものに会えば私は勝てないわよ。」
少女は少し寂し気な顔をして目線を逸らす
それを見つめて俺はまた言葉を紡ぐ

「で、調整の話ってのはなんだお姫様。俺を呼ぶってことは相当だろ?ならさっさと行こうぜ。リコ、上官にはこう伝えておいてくれ。『ちょっとお姫様とお茶してくるんで雪かきはアンタたちでやってください』ってな。」

そうぼやいた瞬間、胸に着けていた無線から一本の通信が入った。

『ボードウィン技術少尉?別にお茶するのは構わないがたった今解析班から連絡が入った。正体不明の候熱源反応が接近中、とのことだ。急いで整備に取り掛かってくれたまえ。』

「「「…は?」」」

三人が声を合わせる。

大事なことだから、復習だ。
今時の戦争は無人機と無人機の戦いだ。テウルギアとテウルギアが戦い、その後無人化機甲部隊による制圧戦が基本で、スポーツだ。
テウルギアやこの機甲部隊を駒と見立ててグランドマスターと呼ばれる指揮官の命令のもと、テウルゴスがチェックを仕掛けて無人部隊がチェックメイトをかける。
互いの同意の上でしか成り立たない、とても紳士的でスマートな戦争だ。

だが、これは違う。
まだこの盤上ではゲームスタートの宣言はおろか、プレイヤーのマッチングすらされていない。
テロリストか何かだろう。テウルギアは国家クラスでないと持てないレベルの代物だ。
なら、テウルギアの整備を済ませて迎撃するのが安牌だ。

俺はそう言い聞かせて急いで整備場に向かった。

我らがキングを動かすために。

その慢心が、自らを滅ぼすとも知らないで。
最終更新:2018年02月09日 16:56