小説 > 霧月 > メモリー・オブ・フロンティア > 4

Chapter3.

状況(コンディ)オレンジ。繰り返す、状況(コンディ)オレンジ。総員第2種戦闘配備。整備班はテウルギアと人形の整備を急げ。戦闘員は装備を確認後待機せよ。』

基地全体に警鐘が鳴り響く。怠惰に浸っていた兵士たちは思い出す。
これが戦争なのだと。これが戦場の在り方なのだと。
公式戦なんかじゃない。敵がどこにいるかもわからず、フィールドもわからない。ある者は自室の隅に隠れて震え、ある者は動揺のあまり資材にぶつかり転倒する。兵士の姿にあらず、というのが表現的には合っているのか。それともこれが平和ボケというものなのだろうか。

まぁ、そんなこんなで俺達は唐突に危険という事態に陥った。

そんな産業として、スポーツとしての戦争ではない本物の戦争に。

俺たちは、そうなった。参加者となった。戦争の参加者に。

「おい、そっちのパーツ早くこっちに持ってこい!そっちの人形は三番ハッチから出撃させろ!ああん!?斥候が足りない?うるせぇ!滑走路が開いてるだろあそこからUAV飛ばせ!いいから黙って手を動かせ手を!じゃねぇと俺がぶっ殺すからな!!」
整備主任の荒く野太い声が木霊する。

そんな怒声をよそに俺はキングであるテウルギア…《グラディウス》の整備ゾーンにいた。
「アディ?機体の操作伝達速度に若干のラグがあるわ。修正して頂戴。」

「あいよ、ああそうだお姫様。ついでに背部のハッチ開けてくれ。推進剤の補給が出来ねぇ。俺がこっちやるからリコ、お前はバイパス周りのデバッグ頼む。」

「早くしてよ?私が出なければ駒も動かないんだから。」

「じゃあ管制機能回復させるからルークだけでも出してくれ。偵察と斥候がこっちにドローン回せって泣きついてる。道半ばの中継基地と警備基地が既にいくつか通信が途絶してるんだと。」
手を休めずに減らず口をたたく。
手を休めると整備主任に殺される。口をつぐむとお姫様に叱られる。
ああ、面倒だ。こんな整備さっさと済ませて煙草が吸いたい。

思いを飲み込みつつオイルに塗れた手で補給口を塞ぐ。
甲高い音と共にジッポーで咥えた煙草に火を灯す。

「…これが戦争なんだよな、クソッタレ。」
燃え盛る補給基地のライブ映像を見てそう、呟いた。煙草の煙と共にそんな弱音を吐き捨てつつハンガーから降りてコクピットのハッチを叩く。

「お姫様。コイツの身支度は終わったぜ?ドレスコードは大丈夫か?」

そう皮肉ったらしく微笑んで告げる。

「ええ、もちろんよ子ブタ?いい女程準備に時間がかかるのよ。ほら、良いからさっさとシンデレラの埃でも払いなさいな。」

さっきのリコよりも鋭く冷たい声で微笑まれる。おお、怖いったらありゃしねぇ。
ふと、見落としていた事に気づいて俺は問いかける。

「そういや、テウルギアがやられた場合駒が残っていたとしてクイーンに詰めている俺らはどうすりゃいいんだ?」

煙草を蒸かしながら俺は間抜け面でぬかす。

「そりゃあ、簡単よ。私か指揮官が降伏用のコードである通称『白旗』をあげればそこで私たちの負け、ということになって交渉してくれるわ大体。まぁでも…別にそういう協定があるわけじゃないけどね。」

「ふぅん…割と考えられてんだなぁ…まったく、スマートすぎて気味がわりぃや。」
そんな茶番は終わりだとばかりに何の飾り気も無い声が会話を遮った

「システム回りとイジェクションシートの調整終わりましたよ、フロイライン。ついでにラジオの一つでも傍受してあげましょうか?」
「ふふ、やめておくわリコ。そんなありふれた音色より私はあなたが弾くピアノの方が好きだもの。」
「ったく何でお前らそんなに仲がいいんだよ…まぁいい、そんなことよりさっさと出しちまおう。上の連中がさっきから無線で叫んでいやがる、準備の遅いシンデレラをさっさと連れて行きやがれこの魔法使いってな。」

デバッグを終えたであろうリコの首根っこをつかんでハンガーから俺は離れる。
そりゃあ、誰だって巻き込まれたくはない。死因が自分の王様のすかしっ屁なんぞ格好付かねぇ。

「はいはい、分かったわよチェリーボーイ。」
気だるそうな声でお嬢様が返す
「黙ってさっさと行ってこい、このユリが。」
俺は右に着けた通信機の無線を繋いで声を荒げる。

「グラディウス出撃準備!繰り返す、グラディウス出撃準備!進路上の整備兵はさっさと下がりやがれ!お姫様のお通りだ、機嫌を損ねたらテメェのタマを蹴飛ばされんぞ!!」
そう叫んだあと一本の無線が届く。
「聞こえてるわよアディ?帰ったらあなたを去勢してあげるから覚悟なさいよ、このジェントル。」
「はは、言ってくれるぜプリンセス。帰ってきたらいくらでもその鬼ごっこに付き合ってやる。地の果てまでもにげてやっから覚悟しろ。俺はしぶといぞ?」

「ったく…下品な男。イレギュラーさえなければ真っ先に蹴り殺してあげるのに。まぁいいわ、覚えてなさい!帰ったら踏んづけてやるわ!」

「ああ、帰ったらな。じゃあ行ってこいお姫様!」
お姫様は機嫌よさそうに笑顔で俺にふっかける。俺はそれを激励し、コンソールでロックを解除する。同時に機械音声で機体のコンディションが読み上げられる。

ジェネレーター始動。アイドリングスタート。戦術データリンク、アクティベート。
コンソールにいくつものメッセージがポップアップする。
それと同時に各システムが同調し、テウルゴスである彼女が確認する。
『戦闘支援OSレメゲトン、起動します』
神経接続用プラグがスーツ脊髄越しのプラグに接続される。直後、テウルゴス自身へテウルギアからの情報が送り込まれる。
戦闘支援OS、レメゲトン。
それは人類が行き詰った先に生み出した苦肉の策。量子コンピューターの製造には至れず、スーパーコンピュータ―を内蔵することもかなわなかった為に生み出されたおぞましい技術だ。
操縦者であるテウルゴスの脳をそのまま処理装置として扱い、テウルギアという鎧を自身の体の如く操るという狂気の叡智。
無論、常人に耐えられるようなものではない。
テウルゴスはこのために人体改造を施されている。
神経電位接続用端子の埋め込み、網膜投影、及び視線誘導デバイスの赤外線によって色素の落ちた瞳。Gに耐えうるよう改造された肉体。
もはやモルモットとも言えるような、そんな人間。
戦闘用に産み落とされた、ある種の奴隷。そんな彼女はもちろん戦闘する為だけに存在していた。
「っ…接続。感度良好。」
脳に直接情報を送り込まれる。外気の温度、感触に至るまでの五感全てと機体情報そのものが。
『バイタルチェックOK.各パラメータ正常。心音、血圧、ともに安定を確認。レメゲトン、システムをスタンバイモードへ移行します。テウルギア《グラディウス》、出撃準備に入ります。』
「網膜投影スタート…全システムチェックスタート。」
音声入力によって少女の瞳にウィンドウがポップアップしては消えてゆく。
各スラスター及びブースターチェック…オールクリア。
バランサー、ショックアブソーバー数値正常。イジェクションシート正常。IFF確認。
一つ一つ、めぐるましく変わる画面を逃すことなく捉え確認していく。
ジェネレーター出力臨界点。FFBチェッキングプログラム、正常。パイロットとのダイレクトリンクを確認。
ヘルメット裏のコードから機体状況のデータが送られ、私の感覚と同調していく。
これで、いける。
鎧の主である少女…イリアスはその手と歯に力を籠める。
また、ここに帰ってくるために。
少女は今、鎧と共に戦場へ往く。
「ハッチ解放、リニアカタパルト準備完了。出撃タイミングをテウルゴスへ譲渡します。You have?」

「I have.───グラディウス、イリアス・フォン・マーガトロルド。エンゲイジ!」
轟音と疾風と共に、女騎士は使命の為に跳ぶ。後ろに居る民の為に、自らの命の為に。

「…ま、単に皆なんかどうでもよくて私の評価の為だけどね。」
少女はただ真っ直ぐに駆けてゆく。
彼女が、守りたいものの為に。
最終更新:2018年02月09日 16:56