小説 > 在田 > 絶対不可侵大陸アメリカ > 01

1話――開拓者精神は突然に


「アメリカ大陸、ですか……」

「そうだシミオン。君には来週より、本部が派遣する調査船に乗って、そこへ行ってもらいたい」

 ブラインドの締まりきった会議室。中にいるのは私と、私の一つ上の役職であるマネージャーしかいない。
 機会的だがどこか嬉しそうに、マネージャーは言葉を続ける。

「当時は世界大戦の影響で足を踏み入れることができない場所となってしまったが、今なら可能だろうということだ」

「なるほど……」

 私が勤めている企業、E&H。
 ブリテン島と呼ばれた場所から、西へ大西洋を跨げば、そこにきっとアメリカ大陸がある。

 私が生まれるよりもずっと前に、国家と呼ばれた世界を分断する枠組みがあった。
 しかしそれは一つの大きな戦争を区切りとして消滅し、企業という枠組みが今は世界を分断している。

 ……アメリカ大陸という、かつての文化と文明の象徴を置き去りにして。
 世界を台頭する場所だった一つの巨大国家は、それ故に数多の国家より蹂躙されて、今の歴史上では確かに、人類のいない不毛の地として記録されている。

 ……旧暦から企業歴となって200年余りが経つ。
 再開発をする期間としては十分なのだろう。

 私は手元に配られた書類を改めて見返す。
 出向届、計画書、目的、予算案、調査船の詳細。
 これほどの書類を一気に渡してくるとは珍しいと感心しながら……一通り目を通して、疑問を告げた。

「なぜ、私なんです? 適任は他にもっといるはずでは?」

 企業という枠組みになると同時に、一つの大きな要素が旧暦の時代から現代へ追加された。
 テウルギア……新しくできた兵器だ。

 人型を模した巨大兵器は、かつての戦争を一気に塗り替えるほどの戦力を以て戦争の波乱を広げ……その余波は今でも、確かに世界各地で頻発している。
 もちろんE&Hも企業だ。それも領地を持ち、他企業から奪われないための技術力の結晶としてテウルギアを保有している。

 そして私は、その技研で、テウルギア、それも内部にあるレメゲトンと呼ばれるOSに関して研究するチームのサブマネージャーを勤めている。
 つまり兵器を研究したり作ったりしたりしているポジションの人間だ。本心ではないが。

 そんな人間が、今となっては前人未到となった場所へ赴いて、何ができるのか?

 マネージャーが咳払いをする。

「それはだな……」

『それについて 我々が 説明する』

 ……その声は異質そのものだった。
 男性でもあり女性でもある。一つ一つの単語を別々の人間が喋って、無理矢理に一つの文章として成立させているような、イントネーションの成立しない聞き覚えのない声。

 それも、私の胸元……ポケットの中から聞こえてきたとなれば、異質さが更に際立つ。
 電話を飛ばされて通話を許可した覚えもないのに。

 とりあえず携帯端末を取り出して、デスクに置く。
 着けたはずのない画面がついている。そのスピーカーから、声は確かに聞こえたのだ。

『我々は レメゲトンである』

「どうやって君は私の携帯端末に入ってきた?」

 レメゲトンには、テウルギアを操縦するためのOSという側面と、もう一つの側面を持っている。
 それぞれが人格を保有した人工知能であることだ。

『我々は それが 可能だ』

「私の携帯に勝手に電話をかける能力か? それとも君は、直接私の携帯に入っているのか?」

『我々は この力を ドミネーション と呼んでいる』

 制圧・支配……あまり身近に感じたくない言葉だ。

 私はテウルギアという兵器に携わっているものの、戦いに出るなんて荒事は避けてきた。それに関わるのも御免だ。

 私は心理学者として入社した。
 レメゲトンが人格を持っているのなら、その心理状態のメンテナンスをも必要としているだろうからだ。

 だからこそE&Hのテウルギアの中でも精鋭と呼ばれる『円卓の騎士』たちのレメゲトンそれぞれとも会話をして彼らの価値観を導き出すことをしてきた。
 彼らはそれぞれの心理を持ち、価値観を持ち、それに基づいた、とても人間的な行動をしている。

 聞いた話では、言語を発しないレメゲトンがいるとも聞いた。電子空間での姿形をとらないレメゲトンがいることも知っている。

 ……このレメゲトンがなぜ、様々な声を切り貼りするような喋り方をするのか? そしてディスプレイに彼自身の姿が全く表示されないのか?
 そもそも、なぜこのレメゲトンは我々などという複数系の一人称を使っているのか?

 ……疑問は絶えないが、そもそもレメゲトン自体が我々からすれば未知に等しいのだ。

「そのドミネーションの力を持つ君が、なぜ私の出張に関係するのだ?」

『我々の テウルギアが アメリカに ある』

 思わず、眉間にしわが寄ってしまう。
 その顔のまま、マネージャーとも目が合う。
 マネージャーにとっても、このレメゲトンが話し始めることなど考えていなかったのだろう。さながら鏡を見ているような表情だ。

 ……だがその返答で、合点がいく。

 テウルギアがアメリカにある。それはかつて一度も聞いたことのない情報だ。
 あの未踏査大陸となってしまった場所に、果たしてテウルギアが残っているのか。わかりえない。

「マネージャー。つまり私は、こいつの同伴者ということですね?」

「そうだ。やってくれるかね?」

 マネージャーが口を開いた。

 ……改めて、計画書の中身を思い返す。

 アメリカ大陸は広大だ。200年以上の時を経て、辿り着いたところで汚染が残っていれば、他意企業ならば開発など困難だろう。
 だがE&Hだけは違う。このブリテン島を再興させた環境開発が、E&Hの最大の誇りともするべき技術力だ。

 広大な大陸を手に入れれば、もし資源があれば工業が担えるだろう。
 E&Hが所属するクリストファー・ダイナミクスグループに、他の企業勢力とは比べ物にならないほどの圧倒的な物量を提供できる。

 でなければ農地にだってできるだろう。
 真水さえ精錬できれば大量の農作物を食用に使って、グループ全体に枯渇している食料を一気に供給してE&Hの株を上げることも可能になり、そうでなくとも大量のバイオエタノールを抽出して、莫大なエネルギー事業を成立させることもできる。

 フロンティア・スピリット……まさに夢のような計画だ。

 このレメゲトンは所詮、理由の一つに過ぎないのだろう。
 ドミネーションという力。あるいはレメゲトンがそんな力を発揮できるのか、疑問に思うところだが、しかしその研究は、こいつがいる限りいつでも可能ではある。

 別に私は、自分の出世に意欲的というわけではない。
 だがこれほど可能性の開けた話を聞いて、何も感じない人間がいるとは思えない。

 それが例え、些細なことの一つであったとしても。
 我ながら平坦だと思っている自分の声が、自分で聞いてもわかるほどに力がこもっていた。

「参加しましょう。このレメゲトンのテウルギアを見つけて、持って帰ります」
最終更新:2018年02月22日 01:20