悪竜騎士と黄金剣姫-03-
written by LINSTANT0000
注意、これは設定が固まる前の創作物です。まともな剣術描写はほとんどないので、期待しないでほしい。
また、この作品に登場するテウルゴスは特別な訓練を受けています。絶対にまねしないで下さい。死にます。
*
月下の荒野に二つの影があった。
1つは白銀の騎士。右手の長剣を肩口に引き付け、左手の盾を正面に構えた変則的な雄牛の構えをとっている。
対するは悪竜の騎士。右手が長剣の鍔元を握り、剣先は地面につくほど下げられている変則的な愚者の構えだ。
「はあああああ!!!!!」
私ののどから、裂ぱくの気合を込めて叫びがあがる。高性能機であるミラージュナイトの運動性能を十全に発揮した出だしは早く、わずか数歩、瞬く間に間合いをつめて行く。
最後の一歩、踏み込みと同時の刺突。並みのテウルゴスではその軌道を認識することすらできずに貫かれる技量と速度だ。これまでに幾度となくマゲイアを、テウルギアを屠ってきた自慢の一撃。最高のテンションでもって必殺を叩き込む。
しかし、対する黒騎士を操る男は並大抵のテウルゴスではなかった。黒騎士はポンメルに添えていた左手を押し込み、長剣を跳ね上げた。音速を超えて突き込まれる白騎士の長剣に、黒騎士は長剣を巻きつくようにあわせたのだ。
「なっ!?」
火花すら散ることなく、恐ろしいほど滑らかに白騎士の剣は受け流され黒騎士の脇をすり抜けるようにいなされた。
ミラージュナイトの計器には一切の負荷警告が表示されていない。あの一撃は機体が刺突の勢いに姿勢を崩すほどの剛撃だった。にもかかわらず逸らされた側に感覚が返ってきていない。直接操作できないテウルギアで、生身における奥義を実現するなどどれだけの技量が必要なのか。
いまさらながら戦いを挑んだ相手の強大さに、少女は気おされる。
『ぼおっとしてると死ぬぞ。』
黒騎士の操り手のどこかあきれたような声が耳に入った。視界に移るのは、此方の剣を剣を受け流したまま、振り上げられた黒金の長剣。
刃に写った月光の光に背筋が凍りつく。慌てて盾を振り上げると、盾ごと此方を叩き潰そうとする剛剣が振り落とされた。着弾の瞬間、無数の圧力警告がモニターを埋め尽くす。全身のシリンダーが悲鳴を上げ、ジョイント部分がわずかに歪むほどの衝撃だ。バランサーが屈服し、片ひざを突いて支える態勢になってしまった。
『もう少しまじめにやれよ。』
盾を押し切ろうとしていた剣が惹かれる。圧力が消え、立ち上がろうとした瞬間、地面を踏みしめる重低音が響いた。無意識に盾を脇腹に当てるように構えると、先の剣とは比べ物にならないほどの衝撃が機体を揺さぶる。
―――補正が効かぬ!?だが戻してやるわい!
あまりの衝撃に、機体が吹き飛ばされたらしい。オートバランサーが飛んだ次の瞬間、わずかに宙に浮いた。だいぶ飛ばされたが、キルヒェンフュルストが復旧させてくれたバランサーのおかげで着地することができた。どうにか視線を黒騎士に向けると、ミドルキックの姿勢から足を下ろしている。
たったの二合。それも一度はただの蹴撃だ。ただそれだけで、ミラージュナイトは全身から警告を発している。まだ表示されている警告のほとんどは注意を促す黄色だ。しかし、このまま戦えばあっという間に赤に変わり、戦闘不能に追い込まれるだろう。
「強いなぁ、貴方は!」
『いまさら気付いたか?』
まただ、黒騎士は剣先を地面に付ける愚者の構えをとる。そして、空いている手で此方を指差し、手招きしてくる。
そうか、かかって来いと。あそんでやるよと言うのだな。そうだとも、実力の差は歴然。相手からすれば片手間でひねれる程度なのだろう。そもそも相手は世界でも名の知られた傭兵。その場の勢いで戦いを挑んで良い存在ではなかった。
―――姫よ、胸を借りなさい。かの御仁には殺意が無い、ただで教えを受けられる。
だが、私の師が言うように、先ほどから振るう剣に本当の意味での殺意が乗っていない。なぜだか分からないが此方の命をとるつもりはないのだろう。ならばこれは実戦形式の訓練だ。それも、世界最高峰の使い手が相手の。命を掛けるつもりであたれ。何かが得られるかもしれない。
そうだ、私は世界を統べた血脈の末裔。再び欧州を統べ、世界を従える者。稀代の英雄から教えを受ける機会、逃すわけにはいかない。奪いつくせ、かの英雄の全てを。
そう思うと、全てが1つになったように感じた。外れていた調子が整い、感じていたキルヒェンフュルストとの違和感が消える。ああ、私は柄にもなく緊張していたのだな。戦いを前に、相手の偉大さに飲まれて。
深く息を吸い、気息を整える。
「イリヤ殿。」
『なんだ?』
今の願いを告げよう。己の全霊をかけ、全てを振り絞り。
「いえ、師匠!胸をお借りします!」
「は!良いぜ、ぶちのめしてやるよ弟子(仮)!」
こうして私は、ひとつの時代の頂を仰ぎ見る機会を得た。
同時に駆け出し距離をつめる私と師匠。今度は右袈裟で剣をあわせる。師匠は逸らすことなく剣で打ち合わせてくれた。互いの剣が同じ動きで弾かれる。
ああ、ありえない。あまりの絶技に身が震える。どうやれば長さも重さも異なる長剣を振るい、体格も出力も異なる互いが同時に、同じ速度と角度で剣をはじき合わせられるのか。剣速をあげるため、一瞬だけ握りこみを緩めるその瞬間、彼はこちらの剣に合わせてきた。
こちらの、手から弾き飛ばされそうになる剣をあわてて握りこんだ動きまで合わせて見せたのだ。どんな観察眼、どれだけの技量があればそんな曲芸をなしえるのか。
『驚くにはまだ早い、打ち込んでこい!』
「はい!」
また愚者の構えを取る師匠に打ちかかる。両手で柄を握りこんだ渾身のから竹割り。以前マゲイアを両断した一刀。それをはるかに超える私の人生最高の一撃が成った。にもかかわらず、私の剣は黒騎士に触れられず大地を叩き切る。
剣先が装甲の表面に触れうことも無かった。おそらく薄皮一枚の空間を空けて、完全に見切られた。
『踏み込みが浅い!関節の動きが硬い!腰と肩の捻りが足りねぇ!やる気あんのか!』
機体の出力に任せ、三分の一ほど大地に切り込んだ長剣を抜く。こちらが剣を構えるのと同時に、師匠の剣が飛んでくる。掬い上げる様な軌道で振るわれる長剣。何とか盾をあわせ、押し出すような勢いを利用して飛び退る。
『盾持ちが気軽に後ろに下がるな!』
それをとがめるように大きく踏み込まれ、着地する瞬間を狙った突きが来る。切っ先の動きが見えない。だが月光のきらめきがわずかに変わった。勘に頼り、体裁きだけで動かした盾はかろうじて突きを受けた。
着地の衝撃を制御しようとしていたバランサーが、新たなベクトルを受けて混乱する。後ろに倒れようとするのを防ぐために、機体は無茶をして前に重心を移動させた。そう、すさまじい速度で剣を引き、刺突を再装填した師匠に向かって機体が動く。心臓が大きく跳ねた。
『これが突きってやつだ、良く覚えとけ。』
近い。いつの間にか師匠は目の前にいた。その剣先はすでに盾に押し付けらており、たての裏には私がいる。そのまま突き込まれていれば私は死んでいた。思わずたたらを踏み数歩下がる。師匠も剣を引き、一歩だけ下がった。
『もう一度だ、打ち込んでこい。』
「はあああああ!!!!!」
踏み込んで放ったのは相手の胴を狙った逆水平。師匠は回すように振った剣の横腹をこちらの刃に合わせ、空いた手を逆の腹に添えている。完全に防がれた。相手の剣に力をかけるが、剣を擦らせて振り切らされる。
無理やり腰に引き付け、けん制の突き。また、剣の腹で受けられる。頭上斜めに構えられた剣の腹を滑る様に突きが上方にいなされた。師匠はもう一歩踏み込んでくる。同時に左手で剣の腹をかち上げ、その勢いでこちらの剣が真上に跳ね上げられる、だが!
「こうくるのは分かってましたよ師匠!」
その動きにあわせ、左手でポンメルを握りこむ。弾かれた剣は、見方を変えれば大上段に振り上げた剣。ならば振り落とすだけで最大の攻撃力をもつ斬撃に変わる!師匠の剣はまだ攻撃可能な位置に無い。間に合うはずだ!
動き出した剣先に白い軌跡が生まれる。音速をはるかに超えた証。師匠が動く。握りこまれた無手がブレて、
『阿呆が!油断するな!』
師の機体はこちらの剣の斬線の内側へ入り込み、師の剣を押し上げ、挙動を変えた裏拳が私の剣の腹を捉える。受けた剣がこちらの両手を軸に回る。素手でパリングされた。気付いたときには補正が効く段階ではない。再びの衝撃に身構えるが、今度は来なかった。
前を向けば、師匠は私の剣を打ち払った時点でこちらの間合いから飛び退っていた。私も焦らず、剣を構えなおす。
『相手が無手でも油断するな!近接型は、貴様の剣速なら素手でもパリングできる!大降りはできるだけ避けろ!』
「はい!」
そういいながら、師匠は構えを変える。大上段に両手で構えた動き。唐竹割しかしない、正面から受けてみろとでも言う構えだ。
―――だが、これまでの動きを思い出すのじゃ。あれはブラフかも知れんぞ。
分かっているよキルヒェンフュルスト。私に剣を仕込んでくれた祖父は、あの構えから変幻自在の斬撃を繰り出してきた。散々打ちのめされた経験がよみがえる。
『お座敷剣法でよく生きてきたな!剣が狙いを叫んでるぞ!』
それは師も同じだった。何度打ちかかっても、全てが対応される。十合、二十合と剣を重ね、覚えた型も、編み出した歩法も、防ぐ手合いを限定していく挙動制御を含めた確殺の連撃すら容易く見切られた。師はあの祖父と同格あるいはそれ以上の剣の使い手なのだ。
『ちゃんと軌道を見切れ!馬鹿がそこで受けるな、自分から仕切りなおせ!不利な状況で戦ってどうする!』
返す刃は私が苦手とする盾受けを鍛えようとするもの。微妙に芯を外す軌道を捉え損ねれば盾でも剣でもこちらがバランスを崩される。そうなれば私の反撃の機会は一度失われた。時折そのまま押し切られ次の一手で積む状況に至ると、盾ごと吹き飛ばす蹴りで仕切りなおされる。
やはり我が師は強い。どうしようもないほどに強い。そして優れた指導者でもあるのだろう。このわずかな戦いの中で自分の動きが明確によくなったと感じるほどに変わった。関節の使いかた。バランサーの動きを利用した剣の振り方。機械ゆえの稼動範囲と出力域の違い。そういった細やかな誤りを窘められ、見取りする機会は私を変えている。
「これでどうです!」
どうにか体勢を整えて、左切り上げ、肩口からの突き下ろし、右水平切りのコンビネーションを繰り出す。切り上げは交わされ、突き下ろしは反らされ、水平切りも薄皮一枚で避けられる。だが、万全のはずだ、この瞬間における最高の一撃だ、なにより師からの反撃が帰ってこない。
『は!やるじゃねぇの。』
師の賞賛が聞こえる。初めての賞賛にうれしくなる。私にもできた。ゆえに私は己の全てを投げ打つことにした。ここで成すべき事は秘することでも、折れることでもないのだから。
百を越えたあたりから、数を数えるのをやめた。そんなことを気にしている余裕がなくなったからだ。師の剣はさらに冴えて来る。高まる私の力にあわせ、際限なくその技量が開放されていく。後一歩で届くはずの目の前の目標がどこまでも動き続けた。後一歩、後一歩で届くはずなのに。
どうしても届かない。
『この辺が潮時だな。』
どれだけ打ち込んだのか分からない。しかし、師の言うとおりこの稽古の終わりは近いだろう。私の視界には薄らと靄がかかり、心臓が悲鳴を上げている。限界を超えて脳を酷使したからか、絶え間ない頭痛が私を襲っていた。なにより機体が限界に近かった。すでに機体に警告が灯っていない部分はなく、指間接や盾のジョイントはいつ壊れてもおかしくない黒の警告に変わっている。
―――既に二百合を超えておるわ、姫の体も限界よ。師の一人としては止めざるを得ぬ。
けど、まだいける。私もこの子も、まだ全力を出すだけの余力がある。たとえ数号しか待たないそれであっても。私はあの高みに届くはず。いいえ、たどり着かなくてはいけないの。
―――やはり我侭姫なのは変わらぬか。
ごめんね、じい。でも私はこの運命を逃すわけにはいかない。避けてはならない運命。今この瞬間を逃せば私は殻を破れない。
―――そう呼んでくれたのはいつぶりかの。よいよい、帝国の支配者たらんとする姫がそう定めたならば、聖界諸侯にして選帝侯はそれを支えるのみよ。世界を統べる大鷲が生まれる瞬間を見せるがよい。
「ふぅ、わが師よ!」
『何だ我が弟子。』
私の呼びかけに、師は弟子と返してくれた。ああ、拙い我が剣を認めてもらえた。歓喜が私の心を満たす。
「我が全力を、お見せします。」
『受けてやろう。』
私の言葉を請けた瞬間、師の気配が切り替わる。どこかふざけた、甘さのある気配ではなかった。師が放つ殺気が膨れ上がる。先ほどまでのそれとは比べ物にならない、周囲の全てを殺しつくし地に這わせんとする重圧。
魂が震える。これが世界最高の剣士というものか!
『お前の才能は本物だ、全欧州の統治者、天界を統べる秩序と法則の支配者たらんとする神聖不可侵の黄金剣姫。ゆえに……。』
私の名を呼んだ師が構えを変える。初めて見せた構えだった。
『見せてみろ、お前の可能性を。』
師の機体が生み出すエネルギーが増して行く。全身から放出される余剰エネルギーが確開口部を加熱し、橙色の輝きを放っていた。
『お前が行き着く剣の最果て。この俺が、悪竜騎士が見定めてやる。』
―――ふふふ、まさか出力制限をかけておったとはな。
師の力。必ず超えてみせる。
私は、この子は剣を握り締めた。
最終更新:2018年03月10日 21:23