悪竜騎士と黄金剣姫-03.5-
written by LINSTANT0000
注意、これは設定が固まる前の創作物です。まともな剣術描写はほとんどないので、期待しないでほしい。シリアスもほとんど無いです。前話との落差が激しいので注意。
また、この作品に登場するテウルゴスは特別な訓練を受けています。絶対にまねしないで下さい。死にます。
*
月下の荒野に二つの影があった。
1つは白の騎士。右手の長剣を肩口に引き付け、左手の盾を正面に構えた変則的な雄牛の構えをとっている。
対するは黒の騎士。右手が長剣の鍔元を握り、剣先は地面につくほど下げられている。
『はあああああ!!!!!』
相手の少女が裂ぱくの気合を込めたであろう叫びを上げた。まだまだ幼い声色ゆえにほほえましく感じたわけだが。アレクトリスが誇る超高級機ミラージュナイトの運動性能をある程度使えているらしく、その出だしは並みの傭兵よりも早く、わずか数歩で間合いをつめてきた。
最後の一歩、踏み込みと同時の刺突。なるほど確かに、並みのテウルゴスではその軌道を認識することすらできずに貫かれるだろう技量と速度だ。これまでに幾度となくマゲイアを、テウルギアを屠ってきただろう、ご自慢の一撃。初手から得意技を打ち込んでくるあたり、それなりに場数は踏んでいるのだろう。だが、
―――貴方には丸見えですものね?
「遅い。」
しかし、黒騎士を操る男は並大抵のテウルゴスではない。砲弾を見てから切り落とせる男にとって、この一撃は十分に見切れるものだった。黒騎士は男の操作に従い、ポンメルに添えていた左手を押し込み長剣を跳ね上げる。音速を超えて突き込まれる白騎士の長剣に、黒騎士は長剣を巻きつくようにあわせたのだ。
『なっ!?』
少女が戸惑いの声を上げた。それもそうだろう。自慢の一撃は、火花すら散らさず完全にいなされたのだから。なんと言うことは無い。剣の持つ動きに逆らわず、ただ少し押してやれば良いだけだ。
恐らくミラージュナイトの計器には一切の負荷警告が表示されていない。確かに先の一撃は機体が刺突の勢いに姿勢を崩すほどの剛撃だった。だが、機体にまったくフィードバックが無いように仕向けたのだから。幾多の戦場の果て、音速を超える弾丸を何度も打ち落とす訓練の果てに会得した曲芸だ。
弾丸切ると剣にもマニピュレーターにもダメージたまるんだよなぁ。
―――被弾するよりはましですけれどもね。
実際、慣れない内は払い損ねたり、正面から切り落としたりして膨大な負荷を各所にかけていた。修理費だけでひいこら言っていたのがよみがえる。
―――嫌な記憶ですわね。数ヶ月黒パンと塩スープ生活だったのを思い出しましたわ。
なぜか酸っぱいにおいのする黒パンと屑野菜のスープで生き延びた。あれは辛かった。作戦中に腹が鳴ってどうしようもなかったな。
―――指向性マイクで腹の虫拾われて見つかったのは貴方が人類で最初ではなくて?
忘れとけ。金を稼ぐための潜入調査ミッションが、結局いつもの殲滅になったからな。どうにか赤が出なかったから良かったが。
そんな会話をしているにもかかわらず、白騎士は動きを止めていた。まぁ、たいていの奴がこの曲芸見ると思考停止に陥るから楽なんだ。だが、
「ぼおっとしてると死ぬぞ。」
口からあきれたような声が出る。こちらは刺突を受け流した動きを生かし、大上段に構えている。相手は本来盾を前に出さなくてはいけないタイミングだ。隙だらけだったが、この状態で倒してもクレームがくるだけだろう。一瞬このまま終わらせてやろうかと思ったが、さすがにやめた。それじゃ訓練にならん。
こちらの声が耳に入ったのか、慌てて盾を振り上げる白騎士。防御が出たので安心して打ち込める。盾を切り潰さないように、だが全身に警報が出る程度に出力調製を施した一撃。着弾の瞬間、無数の圧力警告がモニターを埋め尽くす。
高級機をひれ伏させる一撃は、こちらにも相応のダメージが還る。強化されているはずの全身のシリンダーが悲鳴を上げ、ジョイント部分がわずかに歪むほどの衝撃だ。白騎士のバランサーが屈服し、片ひざを突いて支える態勢になる。
―――流石にこんな一撃は慣れていないようね。
慣れてても困るがなぁ。
常識的に考えて、こんなばかげた負荷のかかる近接攻撃をする奴はいない。継戦能力に問題が出てくるし、負荷に耐えられるだけの強化を施すと機体価格が跳ね上がる。そんな機体、企業だって作ろうとはしないだろう。
だが、それにしたって動きが鈍い。基礎も技術はある。それなりに才覚があると見たのだが。
「もう少しまじめにやれよ。」
必死に押し返してくる盾から剣を引くと同時に剣足を踏み込んだ。圧力が消え、白騎士が立ち上がろうとした瞬間を狙い、水平蹴りを打ち込む。まず反応できずに一本取れる。そう思ったのだが。
―――防ぎましたの!?どうやって!?
蹴りは入った。真芯を捕らえた直撃だ。ただし直前に割り込んだ盾の上からだが。こちらの足の動きは盾に隠れて見えなかっただろう。だがそれを無意識であっても防いで見せた。やはり切りあいの才能がある。
見えないものを感じ取り、何の根拠も無い勘に頼って体を動かせるその才能が。ずいぶんサドな師匠に、ガキのころから叩き込まれたのだろう。そうでもなければ現代人には身につかない感覚だからだ。
『強いなぁ、貴方は!』
「いまさら気付いたか?」
相手の声が上ずっている。流石に衝撃が大きかったのだろうか。再び愚者の構えを取りつつ、空いている手で手招きする。言外に言ってやるのだ、遊んでやるよと。お前の実力はその程度だと。
―――やらしいこと。小娘相手にそこまでしますの?
実戦経験積ますならこんな挑発に乗らないようにしねぇとな。一度も経験したことないと、冷静なやつでもぷちっと逝っちまうことがあるもんだ。それに、
―――それに?
どうも緊張してるみたいでな、伸びやかに動くところと動きが硬いところの差が激しすぎる。実力の半分も出てねぇぞあれ。
―――半分以下であの剣戟なら、確かに才能があるといっても良いですわね。
ああ、下手すりゃ俺より才能自体は上。基礎もドイツ剣術を相当しっかり仕込まれてやがる。かなりの使い手に師事してたんだろうよ。嫌な剣筋だ、クソ師匠を思い出す。
―――貴方の師匠、剣聖フランツ三世でしたか。荒廃した世界においてなお剣1つで数多くの決闘に勝利した現代の英雄。
吹かしだろ、大体本物が俺みたいな場末の餓鬼に剣を教えるものかよ。それにしたってクソ師匠に似てやがる。嫌な気分だ。
―――素直じゃありませんわね。直弟子は貴方だけなはずなのに、正統後継者に取られたみたいに感じて拗ねてるだけでしょうに。
うるせぇよ。そうこう言っているうちに、相手から通信が飛んでくる。
『イリヤ殿。』
「なんだ?」
ずいぶん思いつめた表情してるじゃねぇか。止めたくなったかね?
『いえ、師匠!胸をお借りします!』
響いた言葉に、思わず息が詰まる。
―――真正面から打ち抜かれたか。良かったわね、兄弟子さん。
やかましい。いいだろう、基礎も技術も俺より上だ。
「は!良いぜ、ぶちのめしてやるよ弟子(仮)!」
なら兄弟子としてできることは一つ。人間向けのお座敷剣術を叩き直す!
同時に距離をつめる俺と小娘。今度は右袈裟で剣をあわせる。正面から打ち合わせる気か!加速しようと僅かに握りが甘くなる一瞬に、こちらも剣を合わせる。相手の技量が優れている上に型にしっかりはまっているからできる芸当だ。さもなきゃ毎回違う振り方に合わせるなんざ出来るわけが無い。
ああ、ありえない。それでもこちらの体が震える。俺の知っている方から外れていないのに、知っている俺ですら合わせるので手一杯だ。小細工なしで圧倒するのは不可能だろう。合わせる瞬間、相手はこちらの動きを見切った。そうでもなければ、あのタイミングで手から弾き飛ばされる剣を握りなおすのは間に合わない。
だがそれでも、俺には兄弟子としての意地がある。どこまでも余裕があるように、この教導を終えなくては成らない。
「驚くにはまだ早い、打ち込んでこい!」
『はい!』
また愚者の構えを取る俺に打ちかかってくる。両手で柄を握りこんだ渾身のから竹割り。おぞましいほどに速く、停滞の無い流麗な動きだ。完全に緊張がほぐれている。これが本当の動きか!才能の化け物め!
これもまた知っている動きだ。だからかろうじて余裕のある回避が出来たはずだった。
―――当たりますわよ!?
相棒の警告に、思わず機体を僅かに傾ける。閃く剣先がすさまじく伸びてくる。剣先は装甲の表面に触れることは無かった。おそらく薄皮一枚の空間を空けて、かろうじて避けることが出来た。
今目の前で起きたことが、受け入れがたい。冷や汗が出るくらいばかげた話だ。相手はまだテウルギアで剣を振るうことになれていない。この短時間で剣速を跳ね上げてきたが、まだ足りない。そうでなければ直撃をもらっていた。
エースクラスなら誰でも出来る柔軟な関節の使い方、バランサーを利用した剣の振り方、腰や肩の出力の効率的な運用法。テウルギアは機械ゆえに、人間とは違った剣の振り方があるが、この娘はそれが出来ていない。だからこそ剣先の伸びが遅かった。だからこそあのタイミングから回避が間に合った。そんな内心を覆い隠し、相棒に感謝を告げる。
かするところだったな、助かったぜ相棒。
―――それこそ師匠を相手取るつもりで行きなさい。相手は貴方の師の全てを受け継いでますわよ。
ああ、そうだな。相手は本物だ。下手すると師匠よりも才能があるかもしれない。師匠より才能が無い俺には、二人が直接やりあってるのを見ない限り、自分より上の才能の優劣は判別できん。
「踏み込みが浅い!関節の動きが硬い!腰と肩の捻りが足りねぇ!やる気あんのか!」
だがそれでも、今の彼女に足りないところを指摘するくらいは出来る。やはりテウルギア戦の教導を受けたことが無いのだろう、重要な動かし方がほとんど身についていない。多少出来ているところもあるが、恐らく勘で掴んだ成果だろう。
―――指導するまでもなく、こっちの動きを見て即座に吸収してるみたいですわね。
ああそうだ、ばかげた効率で動きを補正しやがる。
白騎士が機体の出力に任せ、三分の一ほど大地に切り込んだ長剣を抜く。剣を構えるのと同時に、掬い上げを打ち込んだ。大気をぶち破りながら伸びる長剣。いつもより滑らかに剣が走るのが分かる。俺はこの瞬間にも腕が上がったというのか!?
出すつもりが無い一撃だった。剣速が早すぎるはずだった。だが少女は盾を合わせてきた。あろうことか斬撃の勢いに乗り、仕切り直しを図ろうとする。今の剣を見切られた。そうでなければ斬撃を真芯で捕らえ、機体を宙に浮かせるなど出来るはずも無い。
「盾持ちが気軽に後ろに下がるな!」
だが実戦では宙に浮くのは悪手だ。懐に向け大きく踏み込み、着地する瞬間を狙った突きを打ち込む。会心の一刺し、相手からは剣穿がどこに向かうか見定めることは出来なかったはずだ。勘に頼り、体裁きだけで動かしただろう盾がかろうじて突きを受けた。受けきられた。すぐさま剣を引き付け、次の刺突に向けて機体を操作する。
―――まさか、月光の反射を見て理解しましたの?
相棒が震える声で告げる推察に、俺の背筋も震えた。勘だ、勝負勘というやつだ。周囲のあらゆる変化を無意識のうちに取り入れ、処理し、思考をはさむことなく最短で最適な反応を返すための力。クソ師匠が言っていた近接戦における最も重要な才能。俺も幾多の戦場を渡り多少は身についたが、それでも足りないと思っていたもの。後天的に伸ばすには限界があり、お前はその限界が低いとクソ師匠に言われたものだ。
突きは受けられたが、白騎士の着地の衝撃を制御しようとしていたバランサーに新たなベクトルを入力することに成功し混乱させた。後ろに倒れようとするのを防ぐために、白騎士は無茶をして前に重心を移動させる。そう、刺突を再装填した俺に向かって機体が動くわけだ。
ここでストレスをかけ、迷いで思考を縛りつけ、俺の攻撃に反応しにくくしなけりゃならん。
「これが突きってやつだ、良く覚えとけ。」
ただ手を伸ばし、言葉と同時に剣先を盾に着ける。攻撃の意図を載せず、ただ手を伸ばしただけだ。一切の殺気が乗らないがゆえに、勘に頼りがちだろう少女には認識できなかったはずだ。白騎士は思わずたたらを踏み数歩下がる。恐らく何をされたか分からない恐怖を感じただろう。こちらはただすり足の要領で半歩進んだだけだが。こちらもゆっくりと一歩だけ下がる。さも余裕があるように見せるためだ。卑怯ではあるが、これも戦術。
さぁ、仕切りなおしだ。
「もう一度だ、打ち込んでこい。」
『はあああああ!!!!!』
踏み込んで放ったのはこちらの胴を狙った逆水平。さらに剣速を増してきたのか、恐ろしいほどに速い。手首の動きだけで返した剣の横腹を相手の刃に合わせ、着弾の瞬間にあわせて空いた手を逆の腹に打ち付ける。防ぎきったか。相手の剣が力を入れてくるが、剣を傾けて振り切らせる。
相手は無理やり腰に引き付け、けん制の突きを放ってきた。無理な体勢から放ったにもかかわらず、最初に放ってきた突きよりも速く鋭い。また、剣の腹で受ける。頭上斜めに構えられた剣の腹を滑らせ突きを上方にいなした。このまま連撃を受けるとボロがでかねない。同時に左手で剣の腹をかち上げ、その勢いで相手の剣を真上に跳ね上げる。一息つけると思ったが。
『こうくるのは分かってましたよ師匠!』
この動きにあわせ、白騎士は左手でポンメルを握りこんだ。
―――弾かれた剣は、見方を変えれば大上段に振り上げた剣!
相棒の言うとおりだ。ならば振り落とすだけで最大の攻撃力をもつ斬撃に変わるということ。わざと大きく弾かせ最適な攻撃開始地点に持っていく。そうだな、クソ師匠が良く使っていた手だ。忘れていた、いや、油断したとでもいうべきか。俺の剣は攻撃可能な位置に無い。防御も間に合うかどうかの瀬戸際だ。
それは剣で防御しようとすればの話だが。
動き出した剣先に白い軌跡が生まれる。音速をはるかに超えた証。くそ速い。やはり剣では間に合わない。
なら空いた手で打ち払えば良い。
「阿呆が!油断するな!」
―――間に合わせますわ!
機体は相手の剣の斬線の内側へ入り、かち上げに使った裏拳で相手の剣の腹を捉える。甲を打ち込んだ剣が相手の両手を軸に回る。今度は横薙ぎの構えに移行している。これだからドイツ剣術は嫌なんだ!全力で相手の間合いから逃げ出す。妙なことに追撃はなかった。クソ師匠なら間違いなく両断されたタイミングだったが。
―――何とか間に合いましたわね。
ああ、危ないところだった。またこちらの予想よりも速くなっていた。成長速度がおかしい。
「相手が無手でも油断するな!近接型は、貴様の剣速なら素手でもパリングできる!大降りはできるだけ避けろ!」
『はい!』
そう少女に告げながら、俺は構えを変える。大上段に両手で構えた動き。唐竹割しかしない、正面から受けてみろとでも言う構えだ。
―――剣聖が最も得意としていた構えですわね。
ああ、クソ師匠はこの構えからどんな技でも使えたからな。最適なはずの構えから打ち込んでも、間違いなく師匠のほうが速かった。当時も今も、一人だけ時間の流れが違うんじゃないかと疑ってるがね。
「お座敷剣法でよく生きてきたな!剣が狙いを叫んでるぞ!」
それは当たり前だ、流派が同じできっちり型が出ているのだから。何度打ちかかってこられても、全て対応できる。だが対応できるだけだ。十合、二十合と剣を重ね、覚えた型も、編み出しただろう歩法も、防ぐ手合いを限定していく挙動制御を含めた確殺の連撃も見切ることが出来た。こっちはどこまでも泥臭い経験の積み重ねと足りない勘、そして相棒のサポート込みでだが。
―――最後の連撃、何でしたの?
知るか!どうにか勘で対応してやったわ!全身から滝のように冷や汗が出る。
ここからは積極的に攻める。これ以上主導権を握らせているとどうなるか分からん!
「ちゃんと軌道を見切れ!馬鹿がそこで受けるな、自分から仕切りなおせ!不利な状況で戦ってどうする!」
こちらから攻めると少女はどうも盾受けが苦手らしい。微妙に芯を外す軌道を捉え損ねれば、盾でも剣でもバランスを崩せる。そうなれば相手の反撃の機会は一度失われるわけだ。時折そのまま押れるが、たいていどうにか対応してくる。化け物か。
それでもどうにか追い込み、盾を蹴り飛ばす形で仕切りなおすこと数度。
一瞬動きを止めた少女の気配が変わった。何かを感じた、いや何かを会得したのか?ふざけやがって、この短期間でどこまで成長するつもりだ!
『これでどうです!』
さらに加速した左切り上げ、肩口からの突き下ろし、右水平切りのコンビネーションが繰り出される。切り上げは半身になってどうにか交わし、閃くような突き下ろしには無理に剣を合わせて逸らし、続く水平切りは薄皮一枚で回避した。きわどいところだった、反撃など想像も出来ん。無理に反撃しようとすれば数合の後に切り伏せられるのはこちらだろう。
「は!やるじゃねぇの。」
思わず賞賛の言葉が漏れる。うらやましい限りだ、爆発しそうなくらいの才能の輝きが、俺の小手先の技術を、薄汚れた経験を照らし奪い去っていく。黄金のごとき才覚で全てを照らす剣の姫か。こんな才能の塊があれば、剣聖だって全てを伝えたくなるだろうよ。
百を越えたあたりから、数を数えるのをやめた。そんなことを気にしている余裕がなくなったからだ。剣姫の剣はさらに冴えて来る。この期に及んで向上する剣姫の力にあわせ、際限なく己の技量を高めなくてはならない。まさかこの年になって剣術の腕が跳ね上がる経験をすることになるとはな。だが、それも終わりだ。
「この辺が潮時だな。」
どれだけ打ち込まれたのか分からない。だが、俺の体は限界に近かった。なにより機体が限界に近い。すでに機体に警告が灯っていない部分はなく、指間接は機能低下を示す赤の警告に変わっている。
―――既に二百合を超えてるわ、貴方の体も限界よ。相棒としては止めたいわね。
だろうな、だけどまだだ。ここまできて止めるなんざできねぇよ。ここからなんだ。俺はまだ強くなれる。一度諦めた剣の最果てを目指せるかもしれないんだ。
―――やはり剣バカなのは変わらないわね。
悪いな相棒。だが俺はこの宿命を逃すわけにはいかない。避けてはならない宿命。今この瞬間を逃せば俺はきっと壁を破れない。
―――なら存分にやりなさい。三つ首の魔法竜の加護を上げる。あと死ぬときは一緒にいてあげるわ。
相棒のとって付けたような最後の言葉に、苦笑が漏れる。思われてるなぁ、俺。
『ふぅ、わが師よ!』
「何だ我が妹弟子。」
万全の体勢を整えたのか、少女が呼びかけてくる。とっさの事に思わず妹弟子といってしまった。相手からは喚起の感情が伝わってくる。え、なに、どれだけうれしいの?
『我が全力を、お見せします。』
「受けてやろう。」
その言葉を聴いた瞬間、殺気が湧き上がる。全力で来るというのなら、これまでのお遊びでは耐えられない。この俺の全てを賭けなくては勝負にもならないだろう。
並みの兵士であれば戦意を砕くことすら出来る収束した殺気をぶつけても、もはや少女は揺らぐことは無い。それどころか、その身から放たれる剣気が鋭さを増す!
魂が震える。この成長速度、この肝の据わりよう。俺が押されるほどの清冽な剣気!これが真の剣士というものか!
「お前の才能は本物だ、全欧州の統治者、天界を統べる秩序と法則の支配者たらんとする神聖不可侵の黄金剣姫。ゆえに……。」
俺の中に嫉妬の炎が灯る。ああそうだ、どれだけみっともなかろうが、俺はしがない剣士だ。剣の道に生きてきた。剣の道に死ぬのだろう。俺の目指した剣の最果てを掴むだろう黄金剣姫に、嫉妬するのも無理は無い。
構えを変える。彼女には初めて見せる構えだ。長い傭兵生活の中で編み出した、傭兵流剣術。
「見せてみろ、お前の可能性を。」
正統剣術にどこまで通用するものか、見せてもらおうじゃないか。
―――出力制限を解除、戦闘モードまで17秒で加圧できるわ。
相棒のアナウンスに、思わず全身に力が篭る。俺の全てを持って、お前の力を見極めよう。
「お前が行き着く剣の最果て。この俺が、悪竜騎士が見定めてやる。」
さぁ、往くぞ。悪竜による裁定の時間だ!
試練を越え、その輝きを見せるがいい!黄金剣姫!
最終更新:2018年03月11日 12:27