小説 > 在田 > ジルサヴィの部屋 > 01

「あー。暇だ……誰か来ねぇかな。客」

「客という呼び方は失礼だ。お客様と呼べ。
 暇なのもしょうがないだろう。このバーは亜空間にあるんだ」

「どこだよそこ」

 雰囲気が良い感じなバーに、二人の男がいる。

 げんなりした顔でベストにクロスタイを決めた、甘いマスクの男はサヴィーノ・サンツィオ。栗色の髪をビシッと整えているが、シャツからモリっと浮く筋肉のせいで、スーツ姿があんまり似合わない。
 いろいろあって、今はバーテンをやっている。

 もう一人は、ジルグリンデ・アル・カトラズ。精錬な真っ白なシャツが、大人びた落ち着きを主張する。
 端正で、とても顔立ちのいい男だが、その端正さのせいか、女性に間違われることもしばしばある。
 いろいろあって、今は給仕をやっている。

 外見にして二十代ぐらいだろう、二人の男……しかしその実年齢は四十を超えている。バーを構えられるだけの人生経験を、すでに積み上げてきたのだ。
 そんなバーの名前は「フラテッロ」……いろいろある中で、なんだかんだ腐れ縁のような関係となってしまった二人だからこそ、その名前だ。

 サヴィーノは気まぐれにグラスを拭き、ジルグリンデも力なく窓ガラスを拭く。

 店内には二人以外に人は見当たらなかった。
 スピーカーから流れる穏やかなジャズが、そんな時間をのびやかに彩る。


 とても雰囲気の良いバー……どんな感じなんだろうね。
 やっぱり照明はオレンジ色でほんのり明るい感じかな。んで木製のずっしりしたカウンターがあって、後ろはよくわからない酒の瓶がびっしり並んでいて……おっと、失敬。
 閑話休題


 そんな折、ギィ、とこれまた木製のドアが開かれた。

「いらっしゃいませ」

「へいらっしゃーい」

 テンションが明らかに違う二人の挨拶。

 現れたのは、一人の老人だった。
 しわくちゃの顔で、頭には帽子とサングラス。

 キョロキョロと周囲を確認するように、ゆっくりと歩く姿にジルグリンデは慌てて駆け寄った。
 その歩き方で、彼は目が見えていないとわかったのだ。

「お客様、お席まで誘導します」

「いや、見えちゃいねぇが、ちゃんと聞こえるから大丈夫だ。ありがとうな嬢ちゃん」

 ――確かに女性に間違われる見た目であることは自認しなければならないが、声で間違われたことはない。
 ――目が見えないならやっぱり必要ではないのか。

 などなど様々なツッコミをぐっと堪えるジルグリンデ。なんとも小説ではやりにくいネタである。

「……では、お召し物を」

 コートと帽子をもらって、老人を眺める。
 どんな原理かはわからないが、老人は真っ直ぐカウンターへと向かっていく。

「ワインだ。とりあえず一杯くれ」

「あい畏まりました」

 サヴィーノの受け答えにほっと安心して、ジルグリンデは受け取った服を仕舞いに行く。

 ……だが、カウンターでは一つの戦争が起ころうとしていた。

(おいヴィットーリア)

(なにさ?)

 サヴィーノには、もう一人の相棒がいる。
 実は機械でできたサヴィーノの右腕に宿る、女性のレメゲトンはヴィットーリアという。

(なんでよりによってこいつなんだよ……!)

(知らないわよ私だって!)

 ……カウンターに座った老人は、サヴィーノと因縁のある男だった。
 フォルクハルト・ユンガー。

 いろいろ因縁があり、過去にも二人が交錯する物語があるが、それはこの場で語ることではない……。

 その間にもグラスを出して、ワインを注ぐサヴィーノ。
 ……ゆっくりと、ふつふつ沸き上がる感情をこらえながらグラスを差し出すサヴィーノ。

「お待たせしました」

「ああ。待たせやがってクソガキめ」

「んだとジジイ!?」

 瞬間湯沸かし器よりも高速で沸騰したサヴィーノ
 その場で殴りかからなかったのはせめてもの理性か。
 慌てて駆けつけたジルグリンデがサヴィーノの肩を引っ掴んで、代わりに前へ出る。

「お客様、大変失礼を……」

「あー大丈夫大丈夫。お嬢ちゃんは黙ってて」

「お嬢ちゃんではありません。私は男です!」

 ジルグリンデのツッコミなどどこ吹く風でワインを一気に煽るフォルクハルト。

「ともかくだ!」

 とりあえず冷静になったサヴィーノが、フォルクハルトへ語りかける。

「ジジイ。お前なんでここに来たんだ!?」

「なんでって……」

 平然とワインを飲み干したフォルクハルト。
「そりゃ作者にネタがねぇからだよ。いいから二杯目よこしな」

「あーもうわかったよ。はいよ」
 グラスの清掃もしないでそのままとぽとぽ注ぐバーテンのクズ。

 そのまま自分のグラスも出して同じようにトポトポ注いで飲み始める始末だ。

 二人をキョロキョロ交互に見たジルグリンデ。
「……それで、二人はどういう関係なんだ?」

サヴィーノ「言えねぇな」

フォルクハルト「そりゃもう長い話になる」

サヴィーノ「そうだな。尺がなくなっちまう」

二人「「なあ?」」

ジルグリンデ「そこまで仲良さそうに言われても……」

グラス「チーン」

ジルグリンデ「さりげなく二人で乾杯しなくていい」

 おもむろに店内のスピーカーから加わる声。

ヴィットーリア「というか前から気になってたんだけど、お爺さん。あんたのレメゲトンは喋れるの?」

フォルクハルト「お、今度こそお嬢さんか」

ジルグリンデ「わかってやっていた!?」

フォルクハルト「まあ、儂の相棒は犬みたいなもんだからな。吠えるだけだ。でも儂には言いたいことがわかる」

サヴィーノ「……すげぇコミュ力だ」

 またスピーカーから加わる、鳴き声。

フローズヴィトニル「アオ――――ン」

サヴィーノ「うげぇ……」

ヴィットーリア「そういやあんた犬苦手だものね」

ジルグリンデ「……確かに、町中を歩いていても犬から離れていたな。そういうことだったのか」

サヴィーノ「情けない限りさ。でもどうせ見えないんだ」

フォルクハルト「儂には見えるぞ。ちなみに今のは『もげろクソガキ』だ」

サヴィーノ「もげるったってもう右腕はねぇぞ。というか、目、見えないはずだろ?」

フォルクハルト「愛の力だ」

サヴィーノ「ぜってぇ妄想だろ!」

フォルクハルト「よぉーしよしよしよしよしよし」

サヴィーノ「ムツゴ○ウさん!?」

フォルクハルト「どうだ。これが愛の力だ」

サヴィーノ「確かにム○ゴロウさん並の愛ならあり得るかもしれねぇ」

ジルグリンデ「そもそもムツ○ロウとは誰なんだ……」

ヴィットーリア「でもすっごいモフモフよ! すごい! ずっと触っていたい!」

サヴィーノ「お、レメゲトン同士なら触れんのか」

フォルクハルト「儂も何度かあるぞ」

サヴィーノ「妄想で?」

フォルクハルト「愛で」

ヴィットーリア「ああ! 良い! すごくモッフモフなの! 超温かい! もう最高!!」

サヴィーノ「こんなヴィットーリア始めて見たな」

ジルグリンデ「……だが女性はよくある話じゃないか? 動物の前だとよく笑顔を振りまくのは」

サヴィーノ「ああ、確かになぁ。無邪気で可愛いなって思うときもたまに、たまにあるけどさ」

ジルグリンデ「……どうした? レメゲトンなら相棒であろう」

サヴィーノ「こうもギャップが激しいと、なんだか興ざめするな」

ヴィットーリア「よぉーしよしよしよしよしよし」

ジルグリンデ「二人目!? そんなに有名なのか?」

ヴィットーリア「おほー! ほっぺ舐めてきちゃって、やだもー! あはははは! ねぇ、これうちで飼っていいでしょ?」

フォルクハルト「そいつ儂のなんだが……」

サヴィーノ「つまりこいつと四六時中ツラを合わせなきゃいけないのか? 無理だ、俺には無理」

フォルクハルト「儂も願い下げだ!」

ジルグリンデ「二人ともやめろ! 取っ組み合うんじゃない! 離れて! ……そう、座って。ちょうど手元に飲み物があるのだから、飲んで落ち着いて」

グラス「チーン」

ジルグリンデ「乾杯しろとは言ってない!」

ヴィットーリア「ねぇ飼っていいでしょ? もーこいつほんと可愛くてさーあー駄目そこ舐めちゃあっはははははは!」

サヴィーノ「いやお前、そんな子供みたいなこと言われてもな」

フォルクハルト「というかそれ儂の」

サヴィーノ「まあ、なんだ。そこまで言うなら、ちょっといいかなとか思うんだが……」

ジルグリンデ「……残念だが、当店はペット厳禁だ」
最終更新:2018年03月18日 06:37