バーカウンター『フラテッロ』
そこは、此方とは隔たれたどこか別の場所にある不思議なバー。
時間、空間など関係なくここでは現世を忘れただ一人の人間として安らぐ憩いの場。
いつものは腐れ縁の男二人が切り盛りする風変わりな場所ではあるが──まぁ、そこは人生経験を積んだ二人。折り紙付きだ
頼んだものは大抵の物ならば出てくる。あとよくわからないが物も湧いてくる。
うむ。よくわからん。いや、むしろ理解しようとしてはいけない。ここはそういう場所だ。
さて、今日はこの不思議な空間にどのような来訪者が迷い込むのか。
電灯を極力排した店内だが、雰囲気は悪くない。カウンター側の仄暗い黒を穏やかな夕焼け色の灯りが飾り立てる。
退廃的ではあるが、どこか落ち着いた隠れ家的美しい雰囲気を描いている。
それを助長するように、ジャズピアノが柔らかな音色を響かせる。
作りも日本風ではなく、どこか古き良き時代を思い出す。名前の通り、あの国を意識したのだろう。
そんな店のカウンターには新聞を手に、剃ったせいか固くなった産毛が目立つ口元に煙草を咥えて煙を揺らめかせている甘いマスクのおっさんがバーテンことサヴィーノ・サンツィオ。
そして、その横でグラスを洗いつつもワインなどの酒類を確認している黒いベストに白いシャツ襟元にジャボを巻いた、仕立ての良い服を纏う細身の男が給仕であるジルグリンデ・アル・カトラズ。
何の因果だろうか腐れ縁の見た目より年齢が一周している男二人が経営するこのバー。
おや、今日もまた誰かが迷い込んだようだ。
では、本日もごゆっくりどうぞ────
からんころん、と優しい音が店内に木霊し木製の扉が開く。
「おう、いらっしゃいお客さ──」
「いらっしゃいませ、お客さ──」
二人が同時に口を開く…が、入ってきた人影に思わず開いた口が塞がる事は無かった。
「あら、準備中でして?」
深紅に黒のワンポイントを施した煽情的なドレスに身を包んだおよそ女性の理想像を体現したブロンドの女性がハイヒールで床を小突いては二人に問いかける。
彼女の名はレイチェル=ツェペシュ・フォン・メアリ・クロノワール。
リュミエール・クロノワール先代当主にして、男女共に憧れる美貌と名声を欲しいがままにした『鮮血の女帝』。
ちなみにではあるが、ジル(ジルグリンデの通称)直属の上司である。
煙を楽しみつつ新聞を読んでいたサヴィーノが目にもとまらぬ速さでそれらを片付けては彼女へと笑みを投げかける。
片や、ジルはその頬が引きつって営業スマイルすら作れていなかった。
「失礼しました、マドモアゼル。こちらの席へどうぞ」
いつもの甘いマスクと積んできたであろうナンパの経験からくる自然な流れでサヴィーノが女帝を自らの前へと誘導する。
こいつ、慣れているなと横でジルはその声を押し殺して震えていた。
「まさか、こんな所でお会いするなんて。珍しいこともありましたこと…ねぇ、ロイヤルパラディンことジルグリンデ・アル・カトラズ様?」
くす、と悪戯な笑みを浮べてはジルへと瞬きを零す。
それを見たジルは震えて立ちすくむが嫉妬したか、サヴィーノに踵で弁慶の泣き所を蹴飛ばされる。
刹那痛みに震えるが、そこは歴戦の騎士。動じない。目が若干うるんでいるのは気のせいだろう、許してやってほしい。
革靴の踵で弁慶の泣き所を本気でけられるのだ。ほら、想像に難くないでしょう?
「は、はいお客様…運命というものはまったく、悪戯好きですね」
ナンパの邪魔をされたのが気に召さなかったのだろう。途中でサヴィーノが割り込んでくる。
「さて、ご注文は如何でしょうか麗しの貴婦人。今ならば私自らがあなたの為だけに一つ、カクテルをサービスさせていただきますが?」
「ふふ、口がお上手ですこと。よく舌が回りますのね?でもごめんなさい…私、既婚者でしてよ?」
フィンガーレスグローブに飾られた華奢な手には指輪がはまっていた。
「おっと…これは失敬?ですが、この後プライベートで一杯洒落こむのは如何です?ええ、そういったことは抜きで──」
言いかけた刹那、サヴィーノは背中と額にそれぞれ銃口とナイフが突きつけられていることに気づく。
「「そこまでにしておくのがよろしいかと」」
貴族二人が声をそろえて武器片手に微笑んでいる。
…いくらなんでも抜くまでノータイムとは恐れ入った。
『ほら、迂闊にナンパするからよ?この種馬。』
『うっせぇほっとけ!』
「まぁ…この馬鹿は捨て置き」「馬鹿とはなんだ馬鹿とは」
「本日の御用件は何でしょうか、レイチェル様」
落ち着いたのだろうか、ジルがさらりと彼女お気に入りのワインをグラスに注いでは音もなく差し出す。
「勿論、あなたの様子見でしてよ?ジル。なにやら酒場を営み始めたって噂を耳にしたらいてもたってもいられなくてつい、足を運んでしまったわ」
「あと、作者が単純にネタがなかったからよ。」
はいそこ、メタいとか言わない。
そんなことなどいざ知らず、彼女は差し出されたワインを優雅に喉へと流し込む。それに釘付けになるようにサヴィーノが凝視するが、奴は自分の右腕に殴られた。哀れな奴。
「はぁー…なんだ、アンタこいつの上司だったんですかい。なら口説くのはやめときましょう…命がいくつあっても足りない。」
「ええ、ほんと…この人ったら、こんなに綺麗なのにまだ独身なのよ?」
「ああ、それなら前に俺も女装したこいつをナンパしちまったことが」
微笑みながらレイチェルがワインを飲み干す。しかし、どう見ても手が震えている。
優雅さを保とうとしたのだろうが、流石に堪えきれなかったようだ。
ワインでむせたか、レイチェルはハンカチを口に当ててくしゃみをするふりをしてえづいた。
「…ぷふっ。まさかあなた、ナンパされていたとは驚きだわ?」
「蒸し返さないでください。やめてください、もうしませんからね!?」
「いやぁ、あんなに綺麗だったのになぁ?お姫様」
二人が揃って細身の端正な男を寄ってたかって弄り始める。
それにさみしさを感じたかヴィットーリアがスピーカーから声を響かせた。
「ふぅん、そんなに綺麗だったの?私も気になるわ」
「そうだなぁ。俺ももう一度見てみたいねぇ」
「あら、奇遇かしら。私も新しいドレスを着せてみたかったところよ」
三人が微笑んでジルを見つめる。
「え…あの、はい?やりませんよ?やりませんからね?レイチェル様」
「そう…じゃあ、貴方が部屋に隠しているもの…残念だけれど、メディアに公開させてもらうわね」
ジルが唐突に顔を赤らめる。
「ほう。なんだ、お前も男だったのかやっぱり」
「五月蠅いこのチンピラ風情がぁ!」
珍しく取り乱したジルが怒声を飛ばす。
「じゃあ、これを着るのね」
どこからともなくレイチェルがメイド服を取り出した。
「一体どこから…!?」
「ついさっき出てきたんだよ。ついさっき。あ、ついでにフッティングルームならそっちだ」
虚空を指さしたサヴィーノの先には、先ほどまでなかったフッティングルームが設置されていた
「いつのまに…」
「ほら着替えてきなさい?」
「パラディンのーちょっといいとこみってみったいー」
「「「それメ・イ・ド!メ・イ・ド!」」」
「わかりました!わかりましたから落ち着いてください皆さん!!」
ジルが耳まで赤くしながら裏返った声を置き去りにフッティングルームへと逃げ込んでいく。
「そういえばレイチェル様って、デザイナーはやっていたの?」
「珍しいな、お前がそっちの話をすんのは」
ヴィットーリアが興味津々な声でレイチェルに問いかける。
「ええ、まぁ多少はね。そうねぇ…あなたの容姿さえ見せてもらえれば今ここでデザインするわよ?」
その言葉を聞くやヴィットーリアがアバターを実体化させてレイチェルの手を掴む。
その姿はお世辞にも迂闊に放送できるものではなかった。が、しかし。
視聴者サービスという事で勘弁してほしい。豪奢なランジェリー姿の美しい30代の女性がドレスをまとったヴィーナスに目を輝かせて向かい合っているこの光景を。
この時の光景をサヴィーノ氏は後にこう語っている。
端的に言って最高だった。が、しかし。あまりにも良すぎて目の毒になるレベルだ。あれは──もはや兵器だ。と
「ふむ…じゃあ、これでいいわね」
「あら…素敵!」
ヴィットーリアがレイチェルと同じドレスを纏い、ひらりひらりと回って確かめている。
その横で、サヴィーノはただ茫然と立ち尽くしていた。
「どうかしら?自分の恋人の晴れ姿は」
「控えめに言って最高だ。あとでこのアバター売ってくれ、言い値で買おう」
「お買い上げ、ありがとうございます」
くす、とレイチェルが微笑む中フッティングルームのランナーが滑る音が空気を割いた。
「おや、メインヒロインのご登場かしら?」
──男の話をしよう。
“私の全ては、貴女の為に”
貴女の力が頼りだ、と男は言う。まるでケダモノね、と女は言った。
私の全てはあなたのものです、と男は言う。ええ、そのとおりね、と言った。
助けてほしい、と男は言う。獣ではまだ足りない、と女は笑った。
こんなにも尊敬しているのに。と男は言った。ええその通りねと女は笑った。
男女はヴェールの向こうで悶着する。グリンピースを避ける子供のように。オタクを笑う自称健常者達のように。
美の極致を具現する女は笑う。性別を超えた衣装も着こなしてこそ、真の美足りうるのだと。
「なんで、こうなるの…ですか…っ…!」
スカートの裾を掴んで茹で上がった顔は正に生娘のそれであったと、彼らは語る。
こうして、今日もリュミエール最後の良心は胃薬に手を出すのであった────
The end ってね!
最終更新:2018年03月18日 13:07