小説 > 在田 > ジルサヴィの部屋 > 04

バーカウンター『フラテッロ』
そこは、此方とは隔たれたどこか別の場所にある不思議なバー。
時間、空間など関係なくここでは現世を忘れただ一人の人間として安らぐ憩いの場。
普段は腐れ縁の男二人がゆるゆると過ごしながら客を待つ、閑古鳥の鳴きそうな店だが意外と客はやってくる。

この店の売りは頼んだものが大抵出てくること。あとよくわからない物も湧いてくる。
いったいここはいかなる場所なのか。実は店員二人にもよく分かっていない。
はてさて、今日はこの不思議空間にどのような来訪者が来店するのだろうか。

さぁ、まずは不定期に模様替えされるらしい、今日の店内を見てみよう。
まず目に入ってくるのは、恐ろしく深い色味と分厚く滑らかなニスでぬらりと光る重厚なカウンターだ。
細やかな彫刻と要所に銀象嵌を施したデザインは、重厚感と高級感を持ち合わせた一級品であり、敷居の高さをうかがわせる。
同様の作りの丸テーブルも何脚かあり、落ちついた内装と調和した落ち着いた印象を与えてくる。
店内は直接電灯が視界に入らないよう工夫されているにもかかわらず、細心の注意を払って設計された間接照明によって意外なほどに明るさを感じるつくりだ。
色とりどりの酒瓶と無数のグラスたちが、夕焼け色の灯りを跳ね返しカウンターを照らしている。
その手前に置かれたスツールたちは、ひどく細身で優美なデザインが施されており、傷ひとつ無いステンレスの肌が室内灯の光を妖しく反射している。
それらが合わさり、煌びやかでありながらどこか陰のある退廃した雰囲気を漂わせた店内には、主張しすぎない音量で郷愁を感じさせる切ないバラードが流れていた。

そんな店のテーブルの1つを占領し、時折光の反射を試しながらカトラリートランクに収められた銀食器をリネンで磨いている男がいた。
筋肉で張ったバーテン服に身を包んだ、甘いマスクにうっすら無精ひげを生やしたフェロモン系おっさん。
サヴィーノ・サンツィオ。

もう一人、サヴィーノと対照的に細身の男がカウンターに立っていた。麗しき女性のようにも見える、輝く美貌の男。その身を落ち着いた、しかし高級感を感じさせる上品な服で包んだ立ち姿は、どこか清冽な騎士を思わせる。白魚のような美しい指がリネンとともにグラスの縁を滑る度に、輝きを増しているようにも見えた。
その男の名はジルグリンデ・アル・カトラズ。

何の因果だろうか腐れ縁の見た目より年齢が一周している男二人が経営するこのバーに、今日も迷い人が訪れる。

では、今宵はいかなる出会いがあるのか。

本日もごゆっくりお楽しみを────

「今日は二人ともいないんだよな?」

「ええ、女子会だそうですね。」

「楽しんでくれれば良いけどな。」

どうやら二人の会話によると、今日はレメゲトンの女子会らしい。

古めかしいマガホニーの扉が開き、ドアベルがどこか間抜けな音を立てる。今日は古ぼけたカウベルがかかっていた。

「いらっしゃ、おや?」

「こ、ここがうわさのバーですか。」

音に反応したサヴィーノが視線を向けると、扉の隙間から小さな少女が顔をのぞかせていた。

プラチナを溶かして伸ばしたような煌く銀髪。太陽にあたればそのまま解けてしまいそうな、新雪のごとき色素の薄い肌理細やかな肌は興奮で上気し。大粒の緑柱石をはめ込んだような瞳は驚きでこぼれそうなほど開かれている。類まれなる美しさを持つ少女だった。
だが惜しむらくはその外見年齢だろう。恋多き男であるサヴィーノであっても、さすがにリトルスクールに通っていそうな幼女には手を出さない、はずだ。

その後ろから、ぬっと大男が現れる。

「ほれ、入り口で立ち止まるなよ、嬢ちゃん。」

そういいながら大男、イリヤムロメッツは少女を店内に押し込み、戸を閉める。

「またイリヤさんはそういう口きく!私は上司!」

「おう、冗談は見た目だけににしろよ?」

「冗談じゃなくてホントの事です!って見た目が冗談てどういう意味ですか!?」

二人はそれなりに親しい関係らしい。普通の少女ならいかつく巨大なイリヤにあんな態度はとらないだろう。そしてイリヤも親しくない相手にとる態度ではない。サヴィーノはそう感じた。

「今日は私がおごってあげます。感謝してくださいね?」

「おんやぁ?やらかしのケツ持ったのは誰だったか覚えてるかなぁ?」

「ぐぬぬ。お、おごらせていただきますぅ!」

だが二人の交わした会話に、思わず口を挟んでしまう。

「おいおいイリヤの旦那。流石にこんなちっちゃなレディから巻き上げんのはだめだろ。いくら金欠だからって。」

「おいおい、人聞きが悪い。こいつが言い出したんだぞ?作戦中に助けられることがあったらおごりますって。」

たしなめるようにイリヤに問いかけると、大男は肩をすくめて言い放つ。その声にはどこかからかうような響きがあった。

「そしたら案の定ポカしでかしたんで、直前まで待ってから介入したわけだ。挽回のチャンスもやったし、約束を果たすのは当然だろう。オ・ト・ナならな?」

「うううう!!!!!!そうです、私は一人前のレディですもの!一晩の払いを持つくらいします!」

満面の笑みを浮かべて、大人という言葉を強調するイリヤ。彼の視線の先に目をやれば、真っ赤になって頬を膨らませる少女がいた。かわいい。
一通り地団駄を踏み、磨きぬかれた木の床に憤懣をぶつけると、スツールによじ登り少女はサヴィーノに注文をたたきつける。

「それにしたって飲まなきゃやってられません!そこのお兄さん!スヴェローグ・ヴァターを一瓶!チェイサーに超深度採掘硬水を!氷はアークティッククリスタルで!」

「ははは、冗談がお上手だねリトルレディ。残念だが未成年にお酒は出せないんだ。」

だがその注文を、サヴィーノは一笑に付した。流石にリトルスクールの生徒に酒を出すわけにはいかない。たとえこの店が異空間にあったとしても、どこかの憲兵に踏み込まれかねない。
お子様向けのノンアルコールカクテルのレシピを頭に並べていると、少女が反論してきた。今度は若干涙目である。かわいい。

「ぶ、無礼千万です!私は16才ですし!アルセナルでとっくの昔に成人してますし!」

「レディ、そのような無茶を申されましても。サヴィも出す酒を考えるな。」

憤慨する少女を、ジルグリンデがなだめにかかる。一瞬でめんどくさくなって酒を出そうか考え始めたサヴィーノと違い、常識的な彼には見過ごせない状況だった。
いくらなんでも、その見た目で成人済みを名乗ってはいけないと、ジルグリンデは思った。思ってしまった。

「お姉さんまで本気で信じてない目ですか!?イ、イリヤさんからも何とか言ってください!」

「お、お姉さん。」

それゆえに良識派の心は少女の心無い、しかし悪意ない一言によって粉々に打ち砕かれた。一切の悪意なく放たれた言葉の刃は、傷つきやすい女顔中年の心を的確に抉り取っていったのである。
カウンターの後ろに崩れ落ちる女顔を尻目に、イリヤが少女を煽りにかかる。

「ハッハッハ!お子様はミルクでも飲んでな!」

「……お給料カットされたいんですか?」

「最近お嬢のセメント度上がってきてんな。」

あまりのガチトーンに、イリヤもマジ顔でコメントし始める。

「悪いが真面目に成人済みだ。コラの永久美幼女(エターナルロリータ)って聞いたことあるだろ?こいつがそれだよ。」

イリヤの言葉に、サヴィーノは思いあたりがあるようだった。
数年前から世界中で話題になった、まったく年をとらない美幼女。
何年たっても髪が伸びるだけで他がまったく変わらないことから、ヴァーチャルアイドルだの何だのといわれていた少女に思い至ったのである。
確かに、知人から見せられた少女そのものだった。

「ああ、エターナル合法ロリとかいわれてた?あとそろそろ戻れよジル、いつものことだろ。」

「え、エターナルロリィ......。」

「お姉さん。」

「だめそうだな。」

あまりの恥辱にスツールの上で両足と体をプルプル震わせる少女は小動物のようであった。床に足が届いていない。かわいい。
対する騎士はカウンターの後ろでうずくまっていた。だめそうである。

「それにしてもガチだね。スヴェローグ・ヴァターってあれだろ?コラの逝かれた酒。」

「無礼な!ロシア民族の誇りとアルセナルの総力を掲げて開発したアルコール99.8%の、まさに火神に捧げるに足る神酒ですよ!」

「それもうただのエタノールじゃんよ。」

自分たちの誇りの酒を貶された少女が怒りに燃えて反論するが、サヴィーノが正論で叩き落とす。実際高純度エタノール以外の何者でもない。

「んでチェイサーに高級純粋水を使うわけだ。でも氷は聞いたこと無いんだよなぁ。旦那知ってる?」

「なんだお前知らんのか?北極氷塊の深部から採掘した氷を溶かし、何回も煮沸、ろ過した水をじっくり凍らせた最高品質の超高級氷だ。ちなみに大体10kgで普通車が買える。」

「何でただの氷がそんな高いの。」

何気ない質問から帰ってきた来た驚愕の回答に、流石のサヴィーノも引いていた。

「世界でも一部しか存在を知らん無汚染食材の1つだからな。選ばれた金持ちだけが口にできる。ちなみにカキ氷にして食うと雑味が無くて旨いぞ。」

「ずるいですよイリヤさん!なんで呼んでくれなかったんですか!」

「いや、食いつくとこそこじゃないでしょ。てか旦那も食ったことあるんかい!」

見た目に似合わぬイリヤの講義を尻目に、食欲を爆発させカウンターを両手でたたく少女。そんなことしてるからいつまでたってもレディ(笑)と呼ばれるのではないだろうか。

「そもそもそんなにするんですか?」

「え、お嬢ちゃん知らなかったの?」

注文していた少女の驚きの発言に、思わず反応するサヴィーノ。

「お嬢ちゃんじゃありません!その、家だと普段使いする氷だったので。」

「マジモンの金持ちじゃねぇのよ。なぁ旦那どっから攫って来たの。今なら弁護はしてやるから、ここは素直にさ。」

「マジで人聞き悪いなおい!上司だって言ってんだろ!」

さらなる衝撃の回答に、心配そうな表情で自白を勧めるサヴィーノ。
それに対するイリヤも、流石に声を荒げた。幼女誘拐犯と間違われるのは流石に外聞が悪すぎる。
たとえCD領内の大半の酒場から指名で立ち入り禁止を宣告されている身であってもだ。

「ずいぶんと盛り上がっているところ、失礼いたします。」

復活したらしいジルグリンデが、少女の前にコースターとグラスを置いていく。

「こちら、ロマノフ王朝に貢納されたクバチ産純銀製枠付クリスタルショットグラスです。細工の巧妙さをお楽しみください。」

ロシアンシルバー特有のデザインが非常に精緻な彫金で施され、無数の宝石がはめ込まれた恐ろしく風格のある銀の枠。それに2センチほどのクリスタルショットグラスがはめ込まれている。
大戦前の博物館の奥に飾られていたとしても不思議ではない代物だ。

「こちらはチェイサーをお注ぎする、今は無きスワロフスキーカットグラスの最高級モデルでございます。氷とグラスの光の調和をお楽しみください。」

今は無きロシアの名品。スワロフスキーが生み出した最高級カットグラス。現代でもその意匠を模倣した商品が数多く生産されるほどに人気があり、数少ない真作には途方もない値段が付くことが知られている。複雑にカットされたグラスの中に、真球に近い形にカットされたアークティッククリスタルが輝いていた。

「ふふ、お父様が普段お使いになるのと同じグラスでお酒を飲むと、もっと大人になれた気がしますね!」

「えぇ。」

「やっぱあの人持ってんな。やり手だけあるわ。」

少女の何気ない一言に、サヴィーノはさらにドン引き、イリヤは天を仰ぐ。

「ロシア時代の秘宝だと思うんですが、それを普段使いなさる?」

「割と何個もありますし、私や従妹も幾つかプレゼントしてもらってます。お酒の時は使わせてもらえませんが。」

問いかけるジルグリンデもどこか引きつったような笑みを浮かべていた。
少女の特に気負ったところも無い回答に、指が引きつるのをサヴィーノは見逃さなかった

「ちなみに旦那、あれどんなもんなの。」

サヴィーノはイリヤに耳打ちするように近づき、値段を聞く。
あのジルグリンデが微妙な反応をする程度には高いんだろうなぁ、とかなりふわっとした気持ちで聞いただけだった。

「あのカットグラス一個で軍用車、リキュールグラスは多分値がつかんがそうだな、戦車だと思え。」

「は?」

「以前ぶち壊したときの請求書がそんなもんだった。あの時は流石に死を覚悟したぞ。相棒の手で死にそうだった。」

「は????」

そこに放り込まれる途方も無い値段に、思わず素がでる。
あんなちっこいグラスで戦車?
旦那壊したことあるの?
相棒に殺されるって何?

「とりあえずとっとと飲みましょうよ、我慢できませんいただきます!」

「まだ俺酒頼んでないんだが、あーあ、はじめちまった。NAIRIあるだろ?それをボトルで、ワイングラスな。」

「どうぞ。」

男の前に琥珀色の香り高い20年物のアルメニアブランデーが注がれているの尻目に、少女はかぱかぱとスヴァローグとチェイサーを交互に乾していく。尋常ではないペースで飲んでいるが顔色がまったく変わっていない。男は注がれたブランデーの香りを楽しみ、そして少女のように一息で飲み干す。

「あ"あ"あ"あ"、効くぜぇ。後は手酌でやるから、お前らも飲むと良い。あ、サラミとチーズ適当に塊でくれ。」

「美味しいですよぅ、美味しいですよぅ。お姉さん、生ミントとカットレモン、あとピンクソルトとブラックペッパーをミルごと下さい。」

飲み始めたロシアの飲兵衛どもは早速アクセルを吹かし始める。

「どうするよ、誘われちまったけど。」

「私は飲みませんが、あなたはお好きに。イリヤ様が飲ませようとしてますし。どうぞ、塊でお持ちしました。」

手元の引き出しの中になぜか入っていたサラミとチーズを塊でイリヤの前に置く。
男は手持ちの大型ナイフで切り出しては、口に放り込み、ブランデーを乾していく。

「そうだな、サヴィーノ。飲め。」

迷うサヴィーノの前に、イリヤが並々と注いだグラスが置かれる。

「良い酒飲むタイミング逃すわけにはいきませんね。ご相伴に預かるとしますか!この出会いに!」

踏ん切りをつけ、サヴィーノはロシアの古い作法通りに乾杯する。

「良い飲みっぷりだ!俺も負けてられんな!すばらしき酒との出会いに!」

イリヤも負けじと酒を注ぎ、乾杯する。
二人は瞬く間に出来上がり、テンション高めの飲み会に突入していった。

しばらく騒いでいたそんな二人を相手していたジルグリンデは、少女にチェイサーのお代わりを勧める。すでに少女は一瓶開けようとしていた。

「お嬢さん、チェイサーはいかがですか?」

「うふふ、くださいな?」

とろんとした瞳で、どこか甘えたような声を出す少女に、そろそろ打ち止めを宣告しようと悩み始めるジルグリンデ。

「どうぞ。」

「ありがとうございます。ふぅ、お姉様も一口いかが?」

 差し出された水を飲み、一息ついた少女は、酒の入ったグラスを軽く振りながらジルクリンデを誘う。

「いえ、私は職務中ですし。相方が飲んでいますので、私くらいは素面でいませんと。」

「私とは飲みたくありませんか?」

「むむう。」

 一度は断ったものの、大きな目一杯に涙を浮かべる少女を前にジルグリンデは騎士として悩んでしまう。小さいとはいえ立派な淑女。淑女の願いをかなえずして何が騎士だろうか。
 一口付き合ってご納得いただこう。そう考えてしまったのだ。これが敗着の一手であった。

「分かりました、一口だけいただきましょう。ではグラスを、」

「えへへ、グラスなんて要りませんよぅ、お・ね・え・さ・ま?んぐんぐ。」

「いったいナにをって、ぬむぐぅ!?」

 グラスを用意しようと背を向けたジルグリンデが、不穏な気配を感じて振り返ると、靴を脱ぎカウンターに上った少女の顔面が視界一杯に広がっていた。
 そして避けえぬ距離でお互いの唇が重なる。

―――こ、これは事故で、なにぃ!?

 なんとか傷つけずに押し返そうとしたジルグリンデの唇を少女の舌がこじ開け、口の中のスヴァローグが流れ込んでくる。
 口腔と喉、肺と消化器に焼け付くようなアルコールの間隔が走ると同時に、少女の舌が騎士の口の中を暴れまわった。

 ハートが飛び散ってそうな濃厚なキスを目にしたイリヤは、あきれた表情を浮かべながら口を開いた。

「おうおう、盛ってんな。」
「いや、止めなくていいのかよ旦那。」
「ほっとけ、どうせ目が覚めたら忘れてる。あいつには犬に噛まれたと思えってな。」
「なら良いけど。それしても、」
「ああ、それにしても」

「「完全に年の差百合だよなぁ。」」

 聞こえてきた声に、ジルグリンデも事態の打開を最優先する。
 少女の両肩を掴み、無理やり引き剥がしたのだ。

「ぷはぁ!?そこぉ!見てないでお嬢さんを止めなさい!っと!?」

 叫ぶと同時に、自分に向かって糸が切れたように倒れこんできた少女を抱きかかえる。
 呼吸を確かめるために口元に耳を寄せると、規則正しい寝息が聞こえてきた。

「やっぱつぶれたか。」

「分かってたなら止めてください。」

「やなこった。一回潰さねぇと面倒でナ。助かったぜ。」

「厄日です。」

心底疲れた表情をするジルグリンデから少女を受け取ると、イリヤは最後の注文をする。

「最後の注文だ、Chartreuseをショットで一杯。」

「それエリクサーだろ?いまさら健康志向ってか?」

「おいおい、これはマナーだぜ?色男。」

 妙な注文をする男に、サヴィーノが小馬鹿にするように問いかける。
 対する男は皮肉げに口元をゆがめて教え諭した。 

「酒臭い口の中をミントですっきりさせるんだ。ん、ああ、マズ。いいか?キスの前と女を連れ込むときのエチケット、ちゃんと覚えとけよ?」

「くそ、そんな使い方聞いたことねぇぞ。」

「ははは、おれも師匠に教わった口だから偉そうなことは言えねぇがな。」

 悔しがる危険な香り漂う色男と、肩に少女を担いだいかつい男。普通に通報不可避な絵面だった。

「さぁ、迎えに来ましたわよ!」

 そんな空気をぶち壊し、扉をぶち破るように入ってきたのは真紅のドレスで豊満な体を包んだ金髪ゴージャス美人だ。

「ああ、貴女のような女神に出会えた今日の幸運を天にかんsyぬぐふぅ!?」

 サヴィーノは流れるように口説こうとして、いつものように自分の右手であごを打ちぬき昏倒する。レメゲトンがいないことに高をくくったらしい。だが抜け目ない彼女はどうやら特定のワードに対応した自動制御プログラムを仕込んでいたようだ。ジルグリンデが確かめると完全に白目をむいている。良いの入ってたし。

「コイツもって帰ってくれ。」

「嫌ですわ。あなたもここでお開きです。」

 差し出される少女の受け取りを、美女が拒否する。

「そうかよ。あぁ勘定は俺が持つ。心配スンナ。」

 ジルグリンデに視線をやった男が、弁明するように言葉を紡いだ。
 その言葉に、ジルグリンデは首を横に振る。

「最初からあなたが支払いを持つ気でしたね?」

ごっ。

「先輩が初陣を果たした後輩に酒をおごって祝うのは当然だろうに。こいつがごねやがってよ。」

ごっ。

「かわいい後輩をお持ちのようだ。」

ごっ。

「面倒な上司でもあるがな。」

ガンッ!

 二人の男はシニカルな笑みを浮かべながら会話を続ける。ジルグリンデが昏倒したサヴィーノを蹴り起こしながらのため、混沌とした状態だった。

「何かっこつけてますの?あ、このカードで処理して下さる?」

「おい、ジルニトラ!そのカードは、」

「前社長の奥方からお預かりしました。門出を祝うくらいはさせなさいと。」

 なにやら宝石で飾られた妙な形状のカードだった。アルセナル前社長の奥様のカード。恐ろしいことに表示される限度額はアルセナル資産の半分までだ。
 これはもはや限度額などあってないようなものではないかと、ジルクリンデはいぶかしむ。

「では失礼します......はい、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。」

「多分またくることにナルと思うぜ、そん時はよろしくな。」

片手で少女を担ぎ、空いた手で扉を開けて出て行く男。その背中に二人の店員の声がかかる。

「待ってますぜ、旦那!」

「お待ちしております。」

どうにか復帰したサヴィーノとジルグリンデ。扉が閉まった瞬間、二人とも床に崩れ落ちるように座り込んだ。

「いやぁ、ジル。またスゲェ絵面だったな。」

「忘れさせてくれ。」

 サヴィーノのからかいに、ずいぶん沈んだ様子で顔をうずめた体育座りの体制に移行するジルグリンデ。
 尋常でない落ち込みように、流石のサヴィーノもフォローに回る。

「何だよ生娘じゃあるまいし、むしろ若い娘の唇奪えてラッキーくらいにだな。」

「そうじゃない、この店には監視カメラがあるんだぞ。」

「あ。」

 そうだ、この店には当然監視カメラが仕込まれている。防犯と、彼らの上役の娯楽に饗される為に。

 すなわち、酔った幼女に濃厚なキスをされる近衛騎士の映像が、敬愛するからかい上手のアリシア様の手に渡るのだ。

「お嬢様に何を言われるか。」

「諦めろ、骨は拾ってやる。」

 ろくでもないからかい方をされるだろう同僚に、思わずその肩を叩いたサヴィーノだった。

 その肩は哀れにも震えていたという。
最終更新:2018年03月20日 04:18