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Prologue-1



私の視界には、彼方まで広がる雲海と青空が映り込んでいた。
私の現在地は高度27000フィート、バルト海上空。
ロマニア連合工業領のベルリンから、コラ・ヴォイエンニー・アルセナル領の
ムルマンスクまでの旅路の道程であった。

この旅路のそのものは特筆すべき点のないものである。
ロマニアとアルセナルを接続しているこの空路はありふれたものであるのだから。

──だが、問題であったのは私の搭乗している航空機そのものにあった。
私が搭乗している航空機は"エアフォースワン"。
所謂、ロマニア連合工業の代表専用機である。

私は一般的なロマニアの軍人であり、ロマニアの代表でもなければ企業の幹部でもなかった。
本来ならば、エアフォースワンとは何の所縁もない人物である。

それにも関わらず、なぜ私がこの機体に搭乗しているのか?
その元凶──もとい要因は遡ること1週間前に生じたのだ。



A week before…



「──アルセナルの社長息女への教練、ですか?」

あまりにも現実離れした状況に、私は放心してしまいそうだった。
私が耳にしたのは突拍子もない、私への教練依頼。
それも──友好企業の社長息女への。

「そうよ。リュドミラ・フィルソヴァ特務中尉。貴女の任務はアルセナル社長息女
──"リュドミラ・アナートリヴエナ・シャーニナ"氏の軍事教練。期間は3年間に及ぶわ。
その間の住居や各種費用は向こうが手配してくれるとのこと。
勿論、ロマニアからも多額の臨時報酬を与えるわ。」

社長室の椅子に座り、執務机を挟んで私と相対している
金色の髪の女性──ロマニア連合工業代表、
"リーゼロッテ・ハイドリヒ"はさも当然と言わんばかりに説明を始めた。

「いえ、少し待って頂けませんか。どうして軍事教練を? いや…それよりもなぜ私が?」

「アルセナルの社長からのご指名よ。
どうやら御息女を狙撃のスペシャリストとして育てたいらしいわ。
そこで、我が社の誇る最高の狙撃手…貴女に白羽の矢が立ったというわけ。」

言っていることに納得はいく。だが、理解できない。
なぜ、娘を狙撃兵として育てがるのか。狙撃兵など、
兵士の中でもトップクラスに危険なものだというのに。
……きっと上流階級には私など及びもつかないことを考えているのだろう──

「…大丈夫かしら? 聞いている?」

自分を取り巻く状況に真っ白になった私を見て、
代表は訝しむように私を見つめている。

「ええ、なん…とか。」

代表の言葉で漸く現世に帰ってきた私は曖昧な返事を返し、
続くであろう社長の言葉を待つ。

「そう、よかった。任務内容も把握してもらったことだし…
早速諸々の準備を始めて頂戴。2週間後にはロマニアを出発するわ。
話はこれで終わり。──くれぐれも、よろしくお願いね。」

伝えるだけ伝えて、打ち切る。
代表のよくやる手だ。
彼女が代表になる前から、何度も見てきた十八番の手。

率直に言えば、彼女に聞きたいことは山ほどあった。
しかし、私と同い年かどうか疑ってしまうほどの濃密な圧を彼女から感じ、
私は有無を言わさず退出させられた。

そして、私は帰途へとつく。
先程まで宙ぶらりんになっていた、
自分に与えられた責の重さを感じながら。


移動時間として40分ばかりを費やした後、私は帰宅した。
ハビタブルゾーンであるはずの家の中でも、
気道に何かが詰まったかのような息苦しさを私は感じ続けていた。
戦地にいた時の緊張感とは違う、もっと粘っこい何かを。

そして、その日の夜……
私はスタルカのボトルを空けながら、自問自答を繰り返した。
──どうしてこうなった、と。


Prologue-1 END.



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その2(3/27更新予定)
最終更新:2018年03月20日 05:28