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バーカウンター『フラテッロ』  未成年の双子編



 ここはバー・フラテッロ。腐れ縁のテウルゴス二人が経営する、静かなバーである。「異次元にある」というツッコミどころを全て跳ね除ける凄まじい力を持ったこのバーにあっては、時間など意味をなさない。今日はそんな、「時を超えた客」が来店する。


ドアが開き、朝日が店になだれ込む。
「あれ?ソフィア、ここにこんなバーあったですか?」
店員二人は最初に、可憐な少女の声を聞いた。溢れ出るエネルギーを感じさせる、明るい声だ。
「僕も知らなかったよ、エメリー…わぁ、いい雰囲気の店だなあ」
続いて、大人し気な少女の声が聞こえる。落ち着いた雰囲気を感じさせる、静かな声。
「おやあ、こりゃあ可愛げのあるお客様だ。いらっしゃい」
バーテンのサヴィーノ・サンツィオが陽気に挨拶を投げる。女慣れしていそうな飄々とした男だ。
「いらっしゃいませお客様。サヴィーノ、いつもみたいに手を出すなよ?」
給仕のジルグリンデ・アル・カトラズが接客しながらサヴィーノに釘を刺す。こちらはサヴィーノよりかは幾分か若く、中性的な顔立ちも相まって相方と正反対な風に見えた。
「バカ言え、俺はそんな変態オヤジじゃねえよ。自分から10代に粉かけるか」
「だったらいいが…お客様、お見苦しいところを申し訳ありません」
「構わないです!もっと失礼な奴と毎日会ってるですので!」
「もっと失礼な奴?」
興味深そうに聞き返すサヴィーノ。
「はいです!ぶっきらぼうでダメダメな奴です!いい奴ですけど!」
「変な男の子だけど、嫌いにはなれないかな」
「いいねえ、青春だねえ」
コップを磨きながら、サヴィーノは微笑んだ。
「男二人ってのもむさ苦しいもんだ。嬢ちゃんたちみたいな子が働いてくれりゃあ、ここも華が出るってもんだが…」
「働く?」
「僕達が、ウェイトレスってこと?」
だがジルは、サヴィーノの勧誘を遮ってメニュー表を取った。
「お客様、当店は未成年にアルコール類は提供しておりません。お飲み物はソフトドリンクのみになりますが、よろしいですか?
二人の客は了承の頷きを返す。
「私はブドウジュースをお願いしますです!」
「じゃ、僕はカフェオレを」
「あいよ、ちょいとお待ちを…と」
サヴィーノは慣れた手つきでコップにジュースを注ぎ、コーヒーとミルクをかき混ぜる。比率の面倒なカクテルに比べれば、簡単なものだ。
「お待たせいたしました」
注がれた飲み物をジルがカウンターテーブルに載せる。素早く、それでいて音一つない完璧な置き方だ。
「ちょっと。暇なんだけど」「今回は出番はないぜ、ヴィットーリア」「どうして?」「書き手が思いつかないってさ」
「あー。お二人さん。ただ飲み物を飲むだけじゃつまらんだろ、お話でもしないかい?」
飲み物をこくこくと飲む二人を見て、サヴィーノが話す。それを聞いて、緑の服の少女が答えた。
「そうですね。雰囲気が悪いのは嫌いです」
「僕も同感だ」
青い服の少女も同意を返す。
ここで、飲み物を置いてから黙っていたジルが喋り始めた。
「失礼ですが、お二人は…その…とても綺麗なお召し物をしていますが、その洋服はどこのブランドのものですか?」
ジルはリュミエールの人間である。服のセンスが高い相手に興味があるのは無理もなかった。この二人の客の服はかなり『キマって』いた。
「これですか?これは友人が仕立てたものです!」
緑の服の娘が、自分の事のように言った。どうだと言わんばかりの得意げな顔。
「僕のも同じ人が作ってくれた。素敵だと思う人がいて、彼も喜ぶと思うよ」
青の服の娘が微笑む。相方よりは抑え気味だが、それでも友人のデザインを言外に自慢している。
「んだお前ナンパか?」
いきなり美少女客に服の話を持ちかけた相方に、サヴィーノは怪訝そうな顔で問う。むっとした顔でジルは返す。
「馬鹿を言うな、上司が上司だからチェックしないといけないんだよ」
「じゃあ、呼ぶか?この娘達の専属デザイナーってのを」
サヴィーノの一言でジルは凍りついた。
「今何て言った?」
「ジョーを呼んでくれるのですか?」
「話が弾みそうだね。電話でも使うのかな?」
相方の提案に思考が追いつかない給仕をよそに、客二人が喜びだす。この二人はジョーとやらが随分と大好きのようだ。
この喜びよう、友人じゃなくて彼氏の間違いじゃないのか、と思いつつ、サヴィーノは続けた。

「おう。今バーの前にそれっぽい奴が立ってんぞ」
WJ's Diary(汚れていて日にちが読めない)
くそったれのアサシン野郎め。どこの企業が送り込んだかは知らないが-おかげで水筒がお釈迦だ。もうかれこれ丸二日水分を取っていない。このままだと熱中症で死だ。どこかで水を飲まねば-あんな場所にバーがあるな。丁度いい、あそこで水分を補給しよう。日も暮れたことだ、開いてはいるはずだ
しみったれたバーだ。空いているテーブルに座る。従業員は二人。軟派そうな中年男と、あれはこの前のオカマ野郎か?リュミエールの近衛隊の。なぜ奴がここで働いている?そして先客が二人-
(日記はここで途切れている)
マスクを被った男がイラついた様子でテーブル席に座り、二人の客は驚いてそちらを凝視した。
「あの男は…!」
「知り合いか?ん?」
ジルも驚いて目を見開く。サヴィーノも、ジルの知人にあんな変人がいたのかとマスク男を見た。
だがしかし、この場でもっとも驚愕していたのは、マスクの男だった。
マスク越しに目をこすり、マスクを脱ぎ、マスクを脱いでからまた目をこすり、そして立つ。

「そんっ、バッバカな…んん!?こんな、ン”フッ!ううぇっ?へっ?」

マスクを脱いだ男は、先客二人を前にして情緒不安定になっている。そんな彼の名を、人相がわかって安心した二人が呼ぶ。
「「ジョー!」」
マスク男は現実に追いつけず、頭をパンクさせて気を失った。見えぬ糸に引っ張られたように真後ろに倒れる。
二人の少女は慌てて男に駆け寄った。
「ジョー!大丈夫です!?」
「一体どうしたんだい!?」
その場の誰もが唖然とする中、サヴィーノがのほほんと呟く。
「嬢ちゃん達、連れて帰ってやんな」




「「ごちそうさま!」」
男に肩を貸しながら、二人の少女はドアをくぐった。朝日が店の中を乱反射する。
「ほら、しっかりするですよ!」
「僕たちが一緒にいるからね!」
そう言いながら男を引きずっていく二人を見送る、フラテッロの男二人。なんとも不思議そうな表情で見る先で、今日の客達が振り向いた。
「さっきのお仕事のお話、こんどまた詳しくするです!」
「僕はソフィア!この娘はエメリー!また会おうね!」
ドアが閉まるまで、男二人はソフィアとエメリーを手を振って見送った。
ジルがコップを片付ける。だが、お盆にコップを載せた辺りで、ジルの脳裏に疑問が浮かんだ。
「あれ?」
「どうした?」
サヴィーノが聞き返す。
「さっきの男が来た時間と、三人が帰った時間、別々みたいだが…?」
疑問符を頭に浮かべる相方に、サヴィーノはもう一度のほほんと答える。
「ま、いいんじゃねえの?知り合いみたいだし」
「お前なあ」
「それよりさ、あの娘達雇用の話本気にしたみたいだな!な!?」
嬉しそうに言うサヴィーノに全力で呆れながら、ジルは流しにコップを置いた。





ここはバー『フラテッロ』
今日も不思議な客が来た。
明日はどんな客が訪れるのか。
それは誰にもわからない。














後日。
「こんにちわです!」
「僕達、今日からここで働くことになりました!」
小遣い稼ぎの双子のウェイトレスがこの店に雇用されるのもまた、誰にもわからないことだ。
WJ's Diary(汚れていて日にちが読めない)
くそったれ!!!!!!俺もここで働こう。絶対そうしてやる-)







おわり
最終更新:2018年03月21日 03:05