WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 四月八日
久しぶりにアレクトリスに来た。数年前にEAAの方へ渡って以来か。うっすらと緊迫した雰囲気なのはどこも同じだ。戦争がいつ始まるともわからないせいで緊張状態が続いているのだろう。国家の足跡を辿るつもりが、出戻りするのは皮肉でしかない。
調査もどん詰まりだ。そろそろ有力者辺りの話を聞き込んでおきたい。丁度一ヶ月後にリュミエールで出店自由の祭りをやるらしい。クロノワール家の人間がお忍びで訪れるともっぱらの噂だ。贅沢なことだ。これに潜り込んでクロノワールの人間と話をしてみよう。なにか、「何か」がつかめるかもしれん。
そもそも俺の目的は「何が正しいのか見極めること」だ。「世界の真実を探る」のはその一手段に過ぎん。企業のお偉方の思想が俺の琴線に触れれば、彼らの下に就くことも考えられる。リュミエールの上層部が俺に付き合うかどうかは定かではないが、取っ掛かりがある以上挑戦するの理由はある。
ジョー・ジャックマンだった頃に働いていた裁縫工場がリュミエールに服を卸していたのは覚えている。不審な客として彷徨くよりは服でも売ってリュミエールの人間を釣る方が効果的か。ネット掲示板では現当主アリシアが来る可能性が高いともっぱらの噂だが──あの女狐の趣味に合う服を仕立ててやらねば
WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 四月九日
空港の安ホテルで服のデザインと必要な物をリストアップした。かのドラキュラ女は「少女趣味」で有名だそうだ。趣味がわかっているのはありがたい。一昔前の絵本に出てくる「魔法のドレス」を再現したものを仕立てることにする。
金のかかったコスプレ衣装では満足すまいからアレンジを入れなきゃならん。面倒だ。ブルジョワ気取りのブタどもめ。くそ、これで収穫がなければ釣り合わんぞ。資金はこの前CD領でしょぼいマフィアを潰して巻き上げた。ぎりぎり足りる。追加予算も考慮に入れなければならないが・・・
幸運なことに空港近くの路地裏には観光客狙いのゴロツキが湧いて出る。現行犯の連中を叩きのめしてぶん取ればいい。「絞りカス」は現地の警察機構の前に転がしておくとしてーー布はどこで仕入れようか。ああ、畜生、生地も安物ではアウトということか?特権階級を貪る堕落した豚共が。どこまで面倒をー
(一部省略)
WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 五月一日
ドラキュラ女に買わせるためのドレスが完成した。我ながら久しぶりとは思えない出来だ。再現はしつつ本物よりかは淡い色合いにまとめ、リボンを軽くあしらってキュートに仕上げた。得意の刺繍細工は施せなかったがこればかりは方向性が違うので諦める。
これは「ハーフローズ」以来の傑作だ。折角だから名前をつけてやるか。再現元から取って「マジックプリンセス」と名付けることにするー「ハーフローズ」か。懐かしい名前だ。今の「顔」もアレの余り生地から作った。本当に懐かしい。アレを仕立て上げた時の「ジョー・ジャックマン」は幸せの絶頂にいた
双子の姉妹-エメリーとソフィアにそれぞれ左右反転の色違いをプレゼントするはずだった。ハーフローズは刺繍細工で織り上げられたドレスだ。そのままでも全体にあしらわれた刺繍が特徴的だがそこはフェイクに過ぎない。ハーフローズは光を当てた時、縦半分に分かたれたバラの刺繍が浮かび上がる。これを着た双子の姉妹が並んで壇上のスポットライトを浴びた時、分かたれた薔薇は一つの美しい大輪を咲かせる。姉妹愛を体現した二着で一つのドレス-
話が逸れた。明々後日にリュミエールの露店祭りが開催される。準備は大体済んだ。あとは-雌狐がかかるのを期待するしかない。今思えばバカなことをしているとしか思えん。これで服が売れなかったら丸損通り越して恥晒しだ。くそ。昔取った杵柄で感傷でも芽生えたか?今の俺は-「WJ」なんだぞ
WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 五月四日
露店祭り初日。早速かかった。ヒラ貴族が。例のマジックプリンセスを要求して来たので「アリシア様のようなお方以外にはお売りできません」と言って余り布で仕立てたスカートを売ってやった。あとはこのドレスの噂が本人の耳にはいれば万々歳だ。
しかし俺があんなブルジョワの豚共に媚びへつらわねばならんとは-
(以下、特権階級に対する罵詈雑言が続く)
WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 五月五日
昨日は結局アリシアは来なかった。まあいい、日はある。焦って何かやらかせば目的から遠くなるだけだ。昨日と同じように露店を出し、マジックプリンセスを飾る。すると、金髪で細身の男が来た。女のようにも見える。ニューハーフみたいな野郎だ。
「ごめんください、知り合いからアリシア様にぴったりのドレスがあると聞き及んだのですが、この店でよろしかったでしょうか?」
アリシア本人ではない。尻尾を巻いて失せてもらおう。
「そのドレスはこちらのマジックプリンセスではございませんか?」
「ええ、確かにこれです。素晴らしい出来だ。」
男は引き続き語った
「私からアリシア様に献上するので、お売り頂けませんか?」
貴様に売るために縫ったんじゃないぞオカマ。
「申し訳有りません、こちらはアリシア様のようなお方以外にはお売りできません」
「間接的にでもですか?」
「本人様とご面会できれば…」
何度かの問答。しつこい野郎だ。いや、この男はクロノワールの側近か?俺のことをアリシアを一本釣りしようとする暗殺者かどうか見極めていたのか?今考えれば俺の「顔」より露店全体を眺め回していたような・・・。
結局この日もあの女は来なかった。
(以下特権階級の女性に対する罵詈雑言が続く)
WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 五月六日
露店祭り三日目。雲行きが怪しくなって来たのでポイエシスのSNSに広告代わりの写真やらを載せてやる。一般市民達はこぞって拡散していく。いつもは全く見向きもされないのだが-彼らを罵るような精神は持ち合わせていない。彼らは被害者なのだから
あのニューハーフが「護衛対象」の耳にマジックプリンセスの話を突っ込んでくれれば良かったのだが-
ん?あの女は…こっちに来るぞ。金髪にパープルアイ。敢えて他の2ランク下のブルジョワに合わせた服装で誤魔化してはいるが。ようやく釣れたか?この距離では詳しい判別ができない。こっちに来い-来た。
「もしもし、お尋ねしますが、貴方がアリシア様にしか売らないドレスを売っていると言っている服屋さん?」
成程、お忍びで来ているからには他人を装う必要があると
「ええ。その通りです。ですが、貴女には売っても良いかもしれません。良ければお顔をよく見せて頂けませんか?」
「それは貴女自身にも言えるんではなくって?マスクの洋服屋さん」
アバズレが。これが俺の顔だ。文句でもあるのか。言いかけた罵りを飲み込んで続ける。
「ほお、確かにお美しい。まるでアリシア様のようですな」
「あらお上手ですこと。ふふ」
そう、きょうだい全員ギロチン送りにしそうなツラだ。
「しかし気品まで同じとは限りませんね?」
「あら、ではどうすればよろしいかしら?」
「失礼ですが質問を少々」
乗っかれ-乗れ!後ろのドレスはその為だけに生まれたんだ!
「ええ、私で良ければお話の相手になります」
よし、よし!
「それで、このアリシア=セレナーデ・クロノワールにどんなお話をしてくれるのかしら?マスクの怪人さん」
こちらの存在を認識していた?最初からこちらを手玉に取っていたと。この、ビッチの娘のビッチが-ならこっちも隠し立てはすまい-
「俺が話をするんじゃない。貴様が、俺に、話をするんだ」
態度を一変させても眉一つ動かさない。さすが女狐か。
「俺の存在を知っているなら教えてやる。俺の目的は自分の正義を見つけることだ」
「あら、それは難儀ですわね」
バイセクシャルの情婦が。
「お前の正義はなんだ?」
「リュミエールの、それもクロノワール家の人間なら、答えるまでもなく
貴様らブルジョワの豚共の美しさというのは欺瞞と内面の醜さに裏打ちされた便所の蓋だろうがと言いかけて止める。罵りをするために来たのではない。
「それで話は終わりかしら」
「おい、お前はあまねく罪なき人々を全て救う方法を思い付けるのか?答えろ!」
「ええ、なるべく多くを救えるはず」
逐一イラつかせてくれる女だ。このくそったれ。
「違う、全てだ。全ての被害者を救う方法を思い付くかと言っているんだ。マジックプリンセスならくれてやる。好きな値で持っていけ。だからとっとと答えろ」
「では、そこにトランクを置いていきましょう」
「帰るつもりか?話はまだ終わっていないぞ」
「他を当たってくださいましね」
「おい、ここまで来るのに随分苦労したんだ、待て!」
そして女はマジックプリンスを持って雑踏に消えた。あとは追いかけようとする俺と、どこからか湧いて来た護衛との取っ組み合い。あのオカマ野郎もいた。どいつもこいつも相当な手練れだ。特権階級の排泄物共。
とっつかまって袋叩きにならないだけ俺も成長したか。しかし護衛が霞のように消えたあとには、紙幣が詰まったトランクだけが残されていた。
(以下、アリシア=セレナーデ・クロノワール女史に対する罵倒が続く)
WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 五月六日
もうリュミエール領に止まる理由も、来る理由もない。ブルジョワの豚共め。永遠に特権階級に貪りついているがいい。しかし一応の目的は果たせた。期待外れだったという形だが。そしてふざけたことに、ドレスの利益は原価に対し約80倍はあった。
テウルギアも買えるぞ。マフィアを始末して金を取るのも限界がある。リュミエール相手に服を売るという選択肢もあるか?いや、やめておこう。連中の服飾趣味は反吐が出る。
これだけあれば、例のマシンを作らせることができるかもしれない-
不本意だが、あの雌狐と会って損はなかったということだ。
最終更新:2018年03月21日 13:05