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WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 八月十日
 天郷は比較的治安がいい。医者志望の人間が多いからか、領地の人間の多くは社会的モラルが高い傾向にある。俺としては、チンピラを金袋にできなくて痛し痒しといったところだが。一晩中苦労して見つけた「天郷で一番治安が悪い街」に移動しよう。
 そういえば、今朝ベッドの上で「ミーム殺害エージェント」を「薄めて」から「摂取」した。「無免疫」なら致死量。何回もやったから慣れたが、二日酔いのような感覚がする。躁鬱が頭の中で渦を巻く。憶測だが、この「予防接種」をもう少し続ければ、「薄めず」に使用しても気絶だけで済むだろう。
 天郷は道端で倒れている人間さえ勝手に近場の病院に放り込んでくれる。素晴らしい。ここでなら「予防接種」を頻繁に行っても大丈夫だろう。脳死さえしなければ。以前の日記に何回も書いたが、ミーム殺害エージェントというのは、精神的作用によって死を引き起こす画像のことだ。一部の企業は機密保護にこれを使う。
 何の対策もせずに食らったら即死だ。聞き込みや観察による調査にも限界がある。どこぞの企業に懐に潜り込み、有線ハッキングで情報を引き抜くことも考えなくてはならない。忌々しい。どこぞの歴史博物館にでも「正しい歴史」が丸ごと乗っかっていれば、このような苦労はせずに済んだものを。企業共め。
 奴らが歴史を書き換えたのか、それとも他の何者かが細工をしたのか?世界の過去を捻じ曲げるような細工を。
 明日は天郷北部のスラム街へ繰り出す。医者への道をドロップアウトしたクズが掃いて捨てる程いる場所だ。現行犯を徹底的に絞り上げる。その為にも、「予防接種」を終えた体を休めなくては。





WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 八月十一日
 昼から初めて、大分掃除ができた。大方、警察以外に恐れるようなものも無かったからだろう、治安のいい場所のチンピラはか細くひ弱だ。何人か殴り続けて財布を奪い取った後、動けないように痛めつけて警察署の前に転がしておく。ルーチンワークも楽でいい。
 稼ぎもあった。被害者も救えた。何より、明日から目に見えて犯罪を犯すようなクズが少なくなるのが楽しみだ。まだ出てくるようなら、その時は仕方ない。もっと過激なやり方も用意してある。リュミエール領からここに来るまでに、軍事品放出マーケットでワイヤーガンを購入した。これを試すのもいい。
 なにはともあれ、この後も出向こうか。夜はもっと掃除の必要なゴミが出てくるだろう。それまsにんwcおんdゔぉんをおwslvんlsvlあsc「wlv「ーをl「q21fmw@c!!d:p、f@p2ー
(以下、意味不明な言葉の羅列)






WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 八月十二日
 なんということだ。クソが。ミーム殺害エージェントの効果が切れちゃいなかった。伊達に重要企業のセキュリティに使われてないということか。しかしまさか俺の方が道端でぶっ倒れていた所を拾われるとは。しかも警察病院に放り込まれただと。お笑い種か。
起きた場所はどうやら取調室のようだ。俺は手錠で椅子に縛られていた。
 手錠に繋がれた状態で待っていると、公僕の犬共が部屋に入ってきた。
 俺の前に座るのは一番歳を食った警部補らしき男。なんだこの電球頭は。照明は足りているぞ。
「君が、昨日の昼に現行犯相手に過剰な暴力を加えていたマスクマンか」
「何か問題でもあるのか?治安維持の手伝いをしただけだが」
 お巡りの犬は声を荒げた。
「お前が痛めつけた人間二十人のうち一人が死亡!三人が意識不明の重態!五人が一生残る後遺症を持つ羽目になった!どうしてくれる!」
「心臓が動いている内にお前らの目と鼻の先に積んでおいたが」
「貴様ぁ!」
 血管を浮き上がらせた電球が怒りをヒートアップさせる。これぞ白熱電球だな。
 何を騒いでいる?誘拐犯にレイプ魔、強盗や殺人をしでかした-またはしでかそうとした人間だぞ。相応の目にあって当然じゃあないのか。
 被害者はそれ以上の苦しみを味わっているんだぞ。
「まあまあ落ち着いて、警部補。彼には重度の精神疾患の疑いがあります」
 公僕の一団の中から、白衣の男が出てきた。
 何だこいつは。医者か?こんなところにまでいるのか。天郷の医者は仕事にあぶれているのか?
「確かにここまでやばい目つきをした野郎は初めてかもしれん」
「でしょう?執行猶予中は精神病院にいさせておくのが良いかと」
「そうだな…コイツの状態からして責任能力があるかも疑わしいしな」
 何?俺がサイコパスだとでもいうのか。
 それから話は進み、俺は無事にサイコパス認定を受けた。判定の決定打になったのはこの日記だ。奴等、どうやら意味不明な文字で執筆されていると判断したらしい。確かに国家時代の「ジャパニーズ」や「チャイニーズ」とかいう言語で暗号化してはいるが、ちゃんと意味がある内容だぞ。ちなみに暗号化していない予備もある。
 明日からの一週間、あの精神科医と「おしゃべり」をしなけりゃならなくなった。くそ、「顔」がいつの間にか引き剥がされている。日記は返してもらったが-明日にでもあの医者に返してもらおう。





WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 八月十三日
 「尋問」が始まった。状況説明も面倒だ。手首に埋め込んだボイスレコーダーの録音記録をそのまま書き出してしまおう。
「こんにちは。本名はジョー・ジャックマンでいいかい?」
「昔の名前だ。今は違う」
「改名したのかい?」
「今はWJだ」
「それは名前と呼べないよ、ジョー」
「誰が俺のことをどう呼ぼうと勝手だが、俺は自分のことをWJと認識している」
「そうか…ではWJ、君の」
「その前に、先生。俺の顔を返せ」
「顔?」
「持ち物を没収しただろう」
「ワイヤーガンとかの危険物は返せない。日記は渡したね。財布は今は必要ないよ。それから…マスクか」
「それだ。今すぐ返してもらおう」
「私は君と素顔で話がしたいんだが」
「これは俺の顔じゃない。あれが俺の顔だ」
「WJ…どうしても?」
「その通りだ。あんたは下着を脱いで人と話すのか?」
「そうか…君がそこまでこの…顔に執着しているとは」
「顔だからな。当然だろう」
「それじゃあ、単刀直入に聞くけど、君がその…『今の顔』になるまでの経緯を教えて欲しい。初めて会った人間に話すのは抵抗があるかもしれないけど…」
「そうか。わかった」
「良いのかい?」
「減るものでもない。暇つぶしだ。ゆっくり聞くと良い」
 いつか、いつかこの日記を読むであろう人間のためにも、俺の始まりをこの日記に記す必要があるだろう。それが今なのだとしたら、都合がいい。
 じっくりと書き出していくとしよう。「ジョー・ジャックマンの最期」を-








 俺の生まれはアレクトリスだった。生まれ年はちょうどテウルギアが実戦投入され始めた頃だったか。物心ついた時には両親は離婚していて、俺は母親に引き取られていた。娼婦になった母親は酒とタバコをやり続け、理由もなく俺を殴った。俺はそれに対して何の反応もしなかったし、世間では普通のことと思っていた。
 それが変わったのは十四になった頃だった。母親が愛人と揉めて、首を折られて死んだ。母親の酒代で貧乏だったので葬式は挙げなかった。殺人の犯人はあっという間に捕まり、俺の前には住人の減ったアパートメントの部屋が残った。そこで俺は、「自分に暴力を振るう人間がいない生活」を初めて知った。
 15になった俺は、生活のために裁縫工場で働き始めた。女の仕事だと馬鹿にする奴もいたが、俺にとっては良い仕事だと思えた。ひたすらに布や糸と向き合っているだけで良い。無駄なことに意識を向ける必要がない。
 することもなかったので、休日であっても、寝ている時以外は殆ど裁縫工場で働いていた。
 工場長に無理矢理休まされたときは、廃棄の余り布や糸を貰って自分で服を作った。死んだ母親の服を参考に、自分の発想で服を仕立て、気まぐれに工場へ持って行った。
 そして工場長は俺の作品を見て、俺にデザイナーの仕事や服の修理をやらせるようになった。そちらの仕事も、休みなんか取らず延々とやった。

 エメリー・ジュリアに出会ったのはその時期だったように思う。彼女は両親の経営するレストランで客のために歌を歌う、10代の歌姫だった。俺と会った最初の日、彼女はお気に入りであるワンピースの修理を持ち込んできた。しかしその時に手の空いていた修理人は俺だけで、彼女は大層驚き、憤慨したんだ。
「コイツ、私より年下です!しかもなんか小汚いし、こんなのに大切なワンピを修理させるなんて真っ平です!」
 それが俺に対する侮辱だと知ったのは後の事だったが、彼女の俺に対する第一印象は最悪だった。工場長の説得で渋々俺にワンピースを渡した彼女の目に期待の色はなかった。よく覚えている。
 だが、次に会った日には、その顔には感動と喜びが満ち溢れていた。修理の終わったワンピースが生まれ変わったように綺麗になっていたからだ。俺は当然の仕事をしたつもりだが、エメリーにとっては大きなサプライズになった。そして彼女は、依頼した時の失礼を俺に詫びた。次に驚いたのは俺の方だった。誰かに本気で謝られたことなど一度もなかったからだ。
 その日からエメリーは、事あるごとに壊れた衣類を俺に修理させた。何かにつけ、「ジョーに修理させて欲しいです!」と言い放つ彼女のおかげで、俺の仕事は減らなかった。いつの間にやら俺は、エメリー・ジュリアの専属になっていた。
 修理する服を手渡しする前後に、俺とエメリーは他愛ない会話をした。最初はただ一方的に話す彼女を鬱陶しく思っていた俺だったが、次第に返事を返していき、最後は長話を交わす仲になった。
 一修理屋とクライアントの関係を超えた、それは情のある信頼関係だったように思う。俺は、エメリーの熱に強く引っ張られて行ったんだ。それは母親から得られなかった熱だった。

 エメリーとの仲が深まった頃に、俺はソフィア・ジュリアと出会った。受付で紙を持ってもじもじする彼女を見かけ、俺は思わず声をかけた。すると彼女はこう言った。
「その…僕、今、自分に合う服が欲しくって…」
 俺はそれを聞き、ソフィアに似合う服を仕立ててやると約束した。殆ど衝動的な発言だった。
 それを聞いたソフィアはキョトンとしてから、花が咲いたような笑顔を浮かべた。俺に感謝を述べ、また恥ずかしそうにもじもじした。1時間にも渡る寸法が終わり、俺はソフィアのためだけにチェックのシャツとスカートを作った。我ながら良い出来だったと覚えている。ソフィアも満足したようで、また笑顔を見せてくれた。
 ソフィアは両親の経営するレストランで働く見習いのシェフだった。いつも綺麗な格好な双子の姉に憧れお洒落をしようとしたが、何を着れば良いかわからず困っていたという。そんな時現れた俺を、彼女は救い主のようだと語った。
 それからは、エメリーの服を修理する傍ら、ソフィアの服を作る毎日が始まる。
 俺の仕立てた服を着て、またあの花が咲いたような笑顔を見せるソフィア。俺は彼女の為に黙々と、彼女のための服を作り、彼女は毎回綺麗な笑顔でそれを着る。やがては、
「ジョー、僕、次はこれを着てみたいと思うんだ!」
と、彼女の方から具体的な服の注文をしてくるまでに至った。俺はその服も作った。
 引っ込み思案で人見知りだった彼女は、俺が服を作ってやるうち、明るく元気な娘に変わった。彼女はそれを俺に感謝していた。
 一仕立て屋とクライアントの関係を超えた、それは情のある信頼関係だったように思う。俺は、ソフィアに不思議な感情を持ったんだ。それは母親が教えてくれなかった感情だった。

 エメリーとソフィアの両方が一緒に俺の所を訪れた時には、俺たち三人は目を丸くした。まさか共通の知り合いだったとは、夢にも思わなかったからだ。エメリーとソフィアが双子の姉妹だと知ったのもその時だった。その日から俺たちは、親友同士となった。俺にとっては初めての友達だった。最高の友人だ。
 俺はエメリーに服を縫ってやることもあった。ソフィアの服を修理してやることもあった。
 俺が体を壊したときは、二人が看病してくれた。ソフィアが手料理を振る舞い、エメリーが歌を聴かせてくれた。
 断言しよう。「ジョー・ジャックマン」の人生であそこまで幸せな日々はなかった。あの美しい日々は-思い出せば思い出すほどに最高の毎日だった。

 そして俺は、双子の誕生日会に招かれることになった。本人たちが言うには、この誕生日パーティーは家族以外の人間を呼んだことはなかったという。俺は喜び、その日のために生まれて初めて有給をとった。そして、二人のためにドレスを二つ仕立てた。「ジョー・ジャックマン」の最高傑作、「ハーフローズ」を。
 人生最高の一日となるはずだった。俺が二人を祝い、ハーフローズを渡し、二人は喜び、そのドレスを着た姿を俺に見せる。あの美しく可憐な笑顔で。俺は二人に抱いた熱と感情に包まれ、エメリーとソフィアを心から祝福する。そんな日が待っていたはずだ。
 だが約束の場所には、日を跨いでも誰も来なかった。
 次の日、飯を食いに酒場を訪れた俺は、全ての客がテレビを見ているのに気づいた。そのテレビには過激派組織が人質を取っている場面が映されている。彼らは
「人質は2グループに分けた。多い方と少ない方。こちらの要求が飲めなかった場合両方毒ガスで死ぬ」
 と宣言していた。そしてその少ない方が…ジュリア一家だった。
 映像の中のジュリア一家はボロボロだった。抵抗をした結果、暴行を受けていたんだろう。特に双子は酷かった。俺が作った服を着た彼女達は、傷付き、ほぼ半裸だった。
 畜生。何もしてやれない。「ジョー・ジャックマン」はあまりにも無力で、無知だった。あの時、彼女達のために俺ができることは、何一つ…何一つなかった。
 一週間後、アレクトリスから人質救出のための部隊が無作為に出た。見せしめのつもりだったんだろう、テウルゴスも含まれている部隊だった。彼らは己の考えで独自に人質を救出するのだという。自分たちの判断で、他の部隊との連携を取らずに行われた人質救出作戦。
 そんな彼らが選んだのは人数が多い方だった。何人もの特殊部隊員が動員され、独自作戦を展開した結果、人数の少ない方は見向きもされなかった。
 あるいは…あるいは最初から、少ない方は切り捨てられる方針だったのかもしれない。今となっては、確認もできないことだ。彼らの活躍によって、名前も知らない被害者達が救われた。だが交渉が反故になったことを知った過激派達は、約束通りジュリア一家をガス室に閉じ込めた。その時も俺は酒場でテレビを見ていた。

 ガス室は半透明のガラス窓があった。カメラはそこに回されていた。ジュリア一家はその部屋の真ん中でポツンと寄り添っていた。酒場のテレビの向こうで、双子の姉妹が泣き喚きながらガスに飲まれていく。エメリーは苦しみ悶えて、ソフィアを血を吐き続け、双子はお互いの手を握りしめながら…死んだ。

 それから数日、過激派組織は皆殺しにされた。俺はジュリア一家の遺体を引き取り、彼女達の家に置いた。毒ガスに蝕まれ遺体はどす黒く変色した。抱えた感触は、俺のよく知る人体のそれとは違う。誰もがあんな死に方をした一家を忌避した。だが…せめて、俺がこの亡骸を葬らねばならないと、そう考えた。
 葬るとは言っても、俺は神父ではない。マトモなやり方なぞ知らなかった。考え抜いた末に、俺は一家をリビングに並べさせ、目を閉じてやり、それから、双子にハーフローズを持たせた。最後に、家に火を着ける。彼女達は…死者の国へと逝くのだ。彼女達の思い出の家の中で、ようやく得た安息に包まれて。
 今思えば、あの時、あの双子と…一家と共に火の中へ消えれば、良かったのかもしれないと思う。俺が自ら命を絶つ最初で最後のチャンスだった。
 だが、「ジョー・ジャックマン」は無力で無知で何もできやしない、貧弱な男だった。灰となっていくジュリア家の中へ飛び込むなんて発想は、できなかったんだ。
 双子達が何故死んだのか、何故理不尽に襲われたのか、俺はその理由を欲した。五年間知識とエゴと肉体を鍛え抜き、この世界に希望はないと結論付けた。
 そして、真実を見極めながら、「俺の正義」を探そうと考えた。ハーフローズの余り布からマスクを作り、今までの全てと決別して、俺は世界を巡ろうとした。
 あの燃え盛るジュリアの家の前で、「ジョー・ジャックマン」は親愛なる双子と共に死んだ。そして俺が、「WJ」が、唸り声のような産声をあげた。上下に分かたれた緑と青のマスクが生まれた。
 それが…いまここに在る俺だ。





「俺の話は終わりだ。満足か?先生」
「ああ…ああ、そうか、そう…こんな…君は…」
「先生、天郷は良い企業だ。医者の質も、モラルも、土地の住みやすさも良い。戦災難民に無料の医療支援活動なんて、最高だ。俺は尊敬する」
「WJ…」
「だが一つだけ覚えておいてほしい。医者にも救えない命があることがあることを、覚えていてほしい」





WJ's Diary 企業歴(汚れていて解読不能)年 八月十四日
 あの先生が辞めたという。精神を病んだのだともっぱらの噂だ。俺には別の医者が当てられたが、あの話はしないようにした。俺は何の罪もない精神科医の心に傷を付けたのか?だったら最後に謝っておきたい。俺は被害者を作るつもりはなかった。
 さて、前の先生が鍵をほっぽったおかげで荷物は取り戻した。「顔」も戻ったし、もはや天郷にいる理由はない。病院を抜け出し、天郷の国境へと夜通し強行軍で向かう。ここはいい場所だった。思い出話も、たまには悪くない。惜しむらくは、一人の精神科医が、心を病んでしまったことだけだ。


エメリー、ソフィア。俺はまだ答えを掴んじゃいないよ。
最終更新:2018年03月24日 17:26