小説 > 在田 > 戦士たちの円舞曲 > 1

「…なぜこのような事態になったのでしょうか」

「はいはい、ぼやかないぼやかない。それが貴方がた騎士の務めでしょう?」

「む…それはそうですが、この格好は…どうかと…」

「そもそもは、ここ『アヴァロン』には私がお忍びで来る予定だったけれどどうしても譲らなかったのは貴方でしてよ、ジル近衛隊長」

───洋上完全環境環境都市、アヴァロン。L.S.Sを始めとした大企業から構成企業まで数多くの企業協力のもとにE&Hが誇るアーコロジー技術のモデルケースとして中立地帯であるL.S.S領内に建造された資源プラントを兼ねる洋上環境都市。
その第二層…居住・商業区画の繁華街を歩く細い人影が二人。アリシアと、ジルである。
互いに普段の高貴なイメージから想像もつかぬカジュアルな装いを着こなしいつもとは違うおとなし気な雰囲気を漂わせ紛れ込んでいる。
ただ、一つだけおかしい点がある。

「お忍びですし変装することはわかるのですが…なぜ、私の衣装がレディースなのですか」

一人、違和感なく女性ものを着こなす男がいるという事だ。
端正な顔と細く引き締まった中性的見た目を持つ彼は、ただ運がなかったのである。

遡る事一日前の事だ。

リュミエール・クロノワールはエリュシオーネ。その本社最上階に座するアリシアへ一通の手紙が届いた。
差出人の名義はアイリスディーナ・フォン・マーガトロルド。L.S.S副代表でありアリシアの数少ない友人だ。
内容は至って単純。最近完成した環境都市に出店してみないか、というものである。
この手紙を見るや彼女は即「ちょっとL.S.Sに行ってくるわ」とまるで隣の友人宅に行くような気軽さで言い残しその日の内にエリュシオーネを発ったのである。
無論、そこは長年護衛を務めていた彼…ジルグリンデ・アル・カトラズはリュミエール発の船へと先回りしていたのだった。
しかし、お転婆に振り回されていた彼も今回ばかりは運がなかった。あくまで公式訪問ではなく、プライベートな誘いであったが為に変装をする事が必要となったのである。
そこでアリシアは船の中でその場に合わせた服を即座にデザインし持ち込んでいた機材で縫製を始めた。
彼は後悔した。私服ではなくスーツだけを持ち込んだことを。

「その服じゃあ、目立つでしょう?」

「確かに…民間人に紛れ込むには目立ちますね」

その失言が今現在彼を取り巻く状況を形づける決定打となった。

「はぁ…こんな事ならばきちんと手紙の内容を最後まで把握しておくべきでした」

こうして彼は、アリシアによって服装などを見繕われ現在に至る。

いつもは束ねている綺麗なブロンドのロングヘアーを風に靡かせアリシアと共に歩く様は絵になる、という言葉が似合うほどであった。…ジルが俯いていなければ、だが。
そんな俯く彼などいざ知らず、アリシアはL.S.Sの有名スイーツ店で購入したクレープを頬張っては年相応の笑みを浮べて甘味に舌鼓を打っていた。
こうしてみている分には彼女もまた、若き青春を送る女性のように見える。───最も。その清廉な見た目とは裏腹に立ち振る舞いと美しさを求めるあまり色に狂ったという側面から『魔性の姫君』などと下品に揶揄されていることも、霞むほどに。

「お嬢様。頬にクリームが付いております」

着いた汚れを払うように騎士がこの時代、貴重なカシミヤ生地のハンカチを自然な流れで取り出しては主の頬を撫でる。
まるで硝子細工を磨くように拭き取っては、お詫びとばかりに微笑みを返した。

「ふふ、どうも。お詫びに一口いかが?」

返す笑顔で彼女が甘い雰囲気を醸し出す。しかし、流石に自らの主に誑かされるほど彼は若いわけでもなかった。

「いえ、結構ですお嬢様。それに私…甘いものは、苦手でして」

小悪魔の奸計を苦笑で一蹴する。まったく、困ったお人だという声は心に秘めさせて。

「まったく…学生時代から、貴女はまったく変わりませんね。お転婆で───「次、あの店に行くわよ!」聞いてますかお嬢様!?」

自らを置いて掛けてく姫を追いかける騎士。───傍から見たらほのぼの系作品にでも出てきそうな程微笑ましいのだが、忘れてはいけない。この姫、良くも悪くも名の知れたものである事を。危機感がないだとか、そんなチャチなものでは断じて無い。もっと恐ろしいものの片鱗を味わいかねないのだ。
主に、あとでジルが。

『なぁ、ここらで美味い酒呑める店調べてくれないかヴィットーリア』
『嫌よ。というかその端末使いなさいよ』

そんな二人の行く先に、重い輝き放つ右腕携えた男がいた。
最終更新:2018年04月01日 00:44