小説 > ソル・ルナ > 名も無き騎士と導きの篝火 > 3

■企業歴232年 2月5日 16時17分

突如鳴り響く緊急警報に、男達は沈んでいた意識を呼び戻される。

『緊急事態発生、緊急事態発生。弊社領域内に敵部隊の侵入を確認。総員、第一種戦闘配置に移行して下さい。領民の皆様は安全な場所に避難してください。繰り返します…』
「昨夜の賊といい、今回のこれといい、最近は襲撃がトレンドなんですかね、隊長」
「さぁな。それは私の知るところではない。そもそも我が社は基本侵攻などしないからな。それはそうと、我々も出るぞ。本社が防衛作戦への参加を許可した」

呆れた様に嘆く部下に、隊長と呼ばれた男はサラリと返す。

「…それってつまり…」
「ああ、テウルギアが確認されている。それも札付きの不良がな」

通信端末に映る「アロノフ・ピウスツキ」の文字を見て、顔を歪めながら各員に告げる。
これまでにないほど厳しい戦いになる。
「守護者」たる彼等は皆、それを感じ取っていた。


第3話 死に行く命 護りたい命



「ArP…よりによってあのならず者集団か」

通信越しに、隊員の一人が震える声で呟く。マゲイアならいざ知らず、対テウルギア戦闘ともなれば皆が緊張するのも仕方ない。相手が屈指のならず者集団ともなれば尚更だ。

「改めて確認する。敵総数は5機。警備のテウルギアは奇襲によって既に大破しており、現在ターゲットはこちらの街に向けて侵攻中。我々はここでTHCの部隊と協力して敵機を迎撃、撃退し、可能であれば撃破に追い込むのが目標となる。ここまでで質問は?」
「はい、隊長」
「どうした、4番機」
「敵テウルギアの機種は?」

最近になって部隊に転属してきた男が問う。

「いい質問だ」
「敵所属、数が分かってるにも関わらず、機種を明かさなかったので、きな臭いものを感じました」
「ああ、察しの通りだ。敵機種はMADIS製テウルギア「オルシャ」が2、ヤルダバオート製テウルギア「ウォーバード」が1、そして鹵獲されたであろう技仙公司製テウルギア「シーター」が2機。エンブレムこそArPだが、シーターの装備がMADISのものになっているのが確認されている事から、恐らくはこの二社が何らかの理由で手を組んだと見るべきだろう。少なくとも、ArPの独断専行とは考えにくい」
「つまり、何らかの作戦行動であると見るべきなのでしょうか」
「その可能性も考えられる。勿論、豊富な資源目当てに襲ってきた可能性も否定はしないが」
「MADISと言えば、第一次境界戦争で大きな痛手を負った企業ですよね。カルタガリアがCD嫌いな原因だとか」
「彼らの攻撃でエネルギープラントに致命的な打撃を受けた所が多いからな。今なお復旧の目処が立たない所も多いと聞くし、怒りたくもなるのだろうよ。もっとも、我々クリアメイトとしてはそれで戦争されても困る訳なのだが。カルタガリアにしろ、SSCNにしろ、本社のお偉いさんの胃を休めてくれそうにない」
「そういや、なんでその時こっちは被害が小さかったんです?」
「我が社はあくまでも農耕を行うのではなく食品の加工を主としているからな。一応農業をしない訳ではないが、何方かと言えば材料を買って加工するのがメインであるが故に後回しにされたのさ。要は農地が足りなかったんだ」

自分で説明しつつ、男はふとある事を思い出す。

「(…待てよ?MADISが噛んでるなら何故こんな所を狙う?森林資源こそ多いとはいえ、THC領の農地が豊富かと言えばそうとは言い難い…それにカルタガリアを狙うための足掛かりにするならもっとマシな選択肢がある筈だ。わざわざ遠く離れたTHCを攻める意味は薄い…確かにArPであればそんなことは気にしないだろうが…)」
「…隊長、カルタガリアに連絡を取りますか」

口を開こうとして、2番機が問い掛ける。今の会話を聞いて察したらしい。

「…あ、ああ。恐らく向こうも動いてるとは思うが、一応頼む。この襲撃、陽動の可能性があるかもしれん」
「了解。カルタガリアに対して警戒態勢に入るよう要請します」
「どうするかは向こうに任せて構わん、届けばいい。重要度は中にしておいてくれ」
「確実に届けろって事ですよね…っと、送信」
「聞き入れてくれるとありがたいが…っ!?」

呟いた所で全員のコンソールに警告が現れアラートが鳴り響く。それはTHCからの敵機発見を知らせるものであった。

「て、敵テウルギア接近の報あり!30秒後にレーダー範囲内に入ります!」
「まずは深呼吸しろ!そして各機迎撃態勢準備!敵テウルギアの先制攻撃を警戒せよ!」
「「「「「了解!」」」」」

焦る若手に指示を返す。隙を見せれば自分はおろか後ろの街さえ死にかねない今、焦りがあってはならない。
部隊全員が隊列を組んだ後に両手の盾を構え、迫り来る敵機に備える。
視界の先には、土煙を上げて迫り来るならず者の姿が遠くにあった。

ArP。

CDでも特に悪名高いならず者集団であり、無差別かつ度の過ぎた暴虐から多数の企業の恨みを買っている事で有名な企業。
その所業故にCD自体からも疎まれているというが、その規模故に手を出し兼ねているためなおタチが悪い。
貪欲に利権を求め、ありとあらゆるものを奪い壊すその有様は、人々の糧を届ける彼ら「守護者」からしてみても嫌悪の対象である。

「来ました。情報通り敵テウルギアは5機、その全機が通常戦闘用装備です。テウルギアによる都市制圧を目標にしていると推測致します」

目の前に映る女性ーレメゲトンが淡々と告げる内容に、男は少しだけ安堵する。

「施設攻撃装備じゃないだけマシだな…!総員迎撃!奴らを近付けるな!」

徐々に近付く敵機に向けて、6機がかりでバルカン砲を掃射する。威力そのものは低いが、衝撃が強く敵機を転倒させやすいそれは、足止めにはうってつけである。
が、相手はそれなり以上に名の知れたならず者。そこらの賊程度の技量な訳もなく、多少よろけこそすれ転ばせるには至らない。ウォーバードに至ってはその防御力を活かし、怯みもせずに確実に距離を詰めてくる。
動きを見るに、アレが隊長格らしい。

「おいおい、見てみろよ!こんな所にクリアメイトの機体があるぜ!こいつぁツイてるな!」
「アイツらが居るってことは、この街には奴らの商品がたんまり運ばれてきてるってこった。機体も売れるし、盗り甲斐があるってもんよ!」
「防御力が高いって話だが、俺達がヘタレ野郎に負ける訳ねーだろ!野郎共、行くぞぉぉぉぉぉぉぉあ!」
「「「「ウォォォィ!」」」」

それぞれが雄叫びを上げて突撃する。両者の距離は縮まり一触即発の空気が漂う。

「今だ!」
「はん、その程度…ぐぉ!?」
「うおっ、まぶしっ」

近距離に入るや否や、男の声と共に「守護者」の一機が不意打ちのフラッシュグレネードを投げる。
即座に撃ち落とされるが、それによって逆に起爆し、強烈な光が戦場に走る。

「ぬああああああ!目が、目がァァァァァァ!!」
「っ…がぁぁ…!」

それをマトモに浴びたのだろう、敵機の動きが鈍くなる。それを見逃さずに追撃を仕掛けようと、先頭のウォーバードに2機がかりでワイヤーを射出して巻き取り、そのまま転倒させようとする。
が。

「むっ!?」
「まずは一機…っ!?」
「ちょ…こざいなぁぁぁ!!」
「なっ…!?う、うわぁぁぁ!?」

ワイヤーを巻き付けて拘束された筈だったウォーバードは、しかしその動きを止めることはなく、その有り余る膂力でもってヘルスガーディアンを引っ張り始める。
2機がかりでも抑え切れず、徐々に機体が引き摺られていく。

「離れろ!」
「は、はい!」

機関砲を撃ち込んで援護し、2機が離脱する隙を作ってやる。幸い、ワイヤーを引いていたウォーバードがよろめく程度の効果は発揮し、無事に外すだけの時間を稼ぐ事が出来た。が、状況としてはあまり芳しくはない。普段の輸送任務であれば徹底的な足止めをして逃げ出すだけで良いのだが、今回の戦闘は都市防衛が目的である。
つまるところ、彼らからどうにかして攻撃能力を奪わなければならないという事であり、積極的な攻撃を主としない彼らの機体には難しい課題でもあった。
何せテウルギア5機である。しかもうち一機は超重量級の堅牢なもの。
防衛用の機体で落とすのは骨が折れるを通り越して非現実的と言わざるを得ない。

「撃ち方始めぇー!!」
「ちっ、散開しろ!」
「ちょ、ちょっと待っ…うわあああああああああああ!!!!」

TCHのテウルギア部隊の支援砲撃が届く。すかさず彼らは散開して後退するが、シーターの一機はカメラが復帰していないのか、逃げ遅れて砲弾の雨に飲まれる。
土煙が晴れた後には、無残な残骸が残るだけであった。

「くそっ…ヘタレ風情が、やってくれるじゃねえか」
「兄貴、ここはあのウスノロどもから片付けましょうや!」
「そうだな…ベロボーグ、チェルノボグ、テメェらは後ろのデブをシメてこい。俺はヴォルガノスキーとアイツらを叩き潰しに行く。さっさと終わらせろ」
「アイアイサー!」

二機のオルシャが二手に分かれて後方のTHC部隊へ攻め立てる。
通常であれば複数のテウルギアに対して単機で攻めるのは無謀であるが、THCのテウルギアは機動力に劣るタンク型。戦車特有の高い旋回速度こそありはすれ、ブーストでの機動力に劣る彼らは味方の元に急行するのが不得意である上、彼らの火力では同士討ちの危険性が高いため、砲撃網さえ潜り抜け近距離戦に持ち込んでしまえば、武装の取り回し故に彼らのテウルギアが大きく優位に立つのである。

「こちら守護者(ガーディアンズ)、シーター一機の大破を確認したが、残りの4機は健在!オルシャ2機がそちらに向かっている!迎撃の準備を!」
「そっちから救援は寄越せねぇか!?」
「目の前にウォーバードとシーターがいる、一機ずつしか向かわせられない。それに向こうのが速度は上だ、どちらにせよそちらだけで迎撃しないといけない時間がある!」
「仕方ねぇ…早めに頼む!」
「了解!4番機、3番機、援護に向かえ!」
「了解!彼らと合流します!」

弾幕を放って目の前の2機を足止めする。
その内に隊列から2機が外れ、それぞれ右翼と左翼の救援へと向かう。
しかし目の前の二機は弾幕に怯むわけでもなく彼らに攻撃を仕掛ける。
それを盾で受けつつ間合いを取り、ウォーバードの射程から離れる。

「俺様を前にして人様の心配とは随分余裕だなぁ、えぇ?」
「くっ…」

実際、ウォーバードのテウルゴスが言う通りではある。何せヘルスガーディアンの攻撃力では彼ら二機を落とせるか怪しいのに、更に自らの人数を削って優位性を削いだ訳である。
舐めていると言われても文句は言えないが、しかし彼らの砲撃無くしてウォーバードを落とせるかといえば否としか思えない以上、彼らを救援してやる他はない。
分の悪い賭け。彼らの置かれた状況は、そう表現するにふさわしいものである。

「おらぁ、とっととくたばれやぁぁ!」
「来るな、来るな…あああああああああ!!!!」

そうこうしているうちに悲鳴が響き渡る。どうやらオルシャが到達してしまったらしい。
鈍い音が鳴る。
目の前の機体に捕まればどうなるかを示すようなその音に、思わず胃が引き絞られる。
しかし、引くことは出来ない。彼らが居なければ、後に待つのは蹂躙される街である。
それだけは避けねばならない。

「…2番機、5番機と一緒にシーターを頼む。私は6番機とコイツを足止めする…!」
「…了解。ご武運を」

二手に分かれ、二機を挟むように移動する。
通常なら同士討ちを警戒して避けるべき位置取りだが、ヘルスガーディアンの火力、装甲であれば問題にはならない。

「イイじゃねぇか…その喧嘩、買ってやるぜ」

ウォーバードのテウルゴス、ショウニガスキーはニヤリと笑った。
超重量級の機体相手に僅か二機の防衛用機体で挑むというその無謀を彼は評価した。

「ヘタレ風情に負けるとかねーよなぁ?」

その言葉通りに自らシーターの側を離れ、互いに1:2の形になる様にする。

「…良いか、6番機。この戦闘、流石の私でも君のカバーに回れるとは限らない。そして我々の任務は彼らの時間稼ぎ。良いか、決して落とそうとは考えるな。生き延びることを優先してくれ」
「りょ、了解…!」

実際の所、それなりの腕はあるウォーバードから若手を守りつつ抑えるというのは容易なことではない。何せ一瞬の隙が命取りになるほどのパワー。
重量区分的には中量級であるとはいえ、機体出力に余裕のあるヘルスガーディアン二機がかりでなお引き負ける脅威の膂力と重量が相手では、正直素直な1:1でも厳しい。

「それじゃあ行くぜ…掛かってこいやオラァ!」

男の叫びに応えるように鋼鉄の巨漢は雄叫びをあげ、炎を吹かして突き進んだ。
最終更新:2018年04月12日 14:44