小説 > ソル・ルナ > 夜天月下狂想曲 > 1

しがない市民が見るテレビには、ひっきりなしに特番が組まれていた。

239年春、それは突如として起こった。
全世界を揺るがし、あわや全面戦争5秒前と言わんばかりの状況にまでなった事件。
人はそれをコラ-リュミエール事変と呼んでいる。
画面に映る番組も、やはりそれについてのものであった。どうもL.S.Sの番組らしい。

「ああ、あの時は本当に酷かった。偉いさんなんか錠剤ラッパ飲みしてたぜ」〜技仙公司社員

「第一種戦闘配置が下されてな。最初は信じられなかった。一体何事だと思ったものだよ。社長は社長で大変だったらしい」〜ロマニア兵

「次のコミケのネタが決まったって大騒ぎさ。何せあの二人だぞ?俺達が書かないわけないじゃないか。とはいえ、同時に赤色準備警報が発令されたけどな」〜コラ社部長

「あの日、一体何があったのか。私達は直接リュミエール及びコラ社へ取材を敢行し、現場の話を聞くことに成功しました」

その言葉を皮切りに、現場を語るVTRが始まった。






第一話 月明かりを返す







月明かりが照らす荒涼とした荒野を抜けて、薄暗い森の中を歩む人影。
いや、正確には巨影と言うべきだろうか。
ここはアレクトリスの基幹企業が一つ、リュミエール・クロノワールの北西部にある大森林。
その中を、迷彩効果などこれっぽっちも考慮していない一機を中心として複数のテウルギアが歩んでいた。
あまりにも目立つその純白の装甲を纏った一機であるが、周りの機体も含めてリュミエールのそれではない。

コラ半島を中心に広い範囲の土地を抑えるCDの基幹企業「コラ・ヴォイエンニー・アルセナル」。
そこの若き女社長であるリュドミラ・アナートリエヴナ・シャーニナが駆る専用のテウルギア「レフレークス」が、リュミエール領内の森を闊歩しているのであった。

「いやー…本当にあっさりいけましたね?何処のどなたかは存じませんが、有難いものですね!」
「おい…本当に良いのか?一応ここ他企業、それも敵勢力の領内だぜ?これじゃあ完全に領域侵犯じゃないか?」
「だーいじょうぶですよう。メールにはアリシアお姉様にお話を通してあるって言ってたじゃないですかぁ!」

そのコクピットで、リュドミラが少女のように朗らかとした声で語る。
それを制するのはレメゲトンであるジュラーヴリク。
事の発端は遡ること数日前。
彼女の端末に不意にメールか届いたのがきっかけである。
その内容はこうであった。

「拝啓、リュドミラ陛下。我らがリュミエールのアリシア陛下が貴方をお招きしたがっている。とはいえ、御社と弊社は互いに敵対勢力の企業同士。表立っての招待は難しいので、テウルギアを用いて裏からお越しいただきたい。ルートはこちらで指定しましょう」

まぁ誰が見ても罠と疑いたくもなる内容なのだが、受け取った相手がよりにもよってリュドミラだったのが運の尽き。彼女は何の疑いもなしにこのメールを信じ、実際にリュミエール領に来てしまったのである。
境界付近の技仙部隊等を密かに仕留めつつ、彼らは少数で潜入していた。

「それにしても…静かですねぇ。どうですか、皆さん」
「…リュミエールはテウルギアしか軍事力を保有していませんから、この辺りでマゲイアの一つも見かけないのはおかしい話ではありませんが…」

少女の問に、お供の兵の一人が答える。が、少女はすぐさまそれを否定する。

「ノンノンノン。ダメですよぉそれじゃあ。リュミエールと言えば革新的な機体を作ることに定評のある企業、一部からはステルス機の起源とまで謳われるテウルギア、ミラージュ・ナハトがあるのをお忘れですか?」
「!」
「特に今は夜間、それも見通しの悪い森林という、正に彼らの独壇場。制約があるとは言え、それさえ満たせば永久的にステルス機能を発動させ続ける彼らの存在は侮れませんからね!えっへん!」
「いや、威張るとこじゃねーだろそれ…」

胸を張る様に話すリュドミラを諭すように、ジュラーヴリクがツッコミを入れる。
とはいえ、どことなく抜けている気のするリュドミラにしては何時になく正確に述べてのけた辺りは評価に値すると彼は思ったし、彼女とて単なる無知ではないと思い知らされてもいる。

「それに裏を返せば彼らはブースト機動が行えません。そして、彼らは光学迷彩などを使う訳でもない…ですので」
「ん?お、おいリュドミラ、まさか今─」
「はい、そのまさかです!」

徐ろに狙撃体勢に移り、引き金を引くレフレークス。
弾丸が放たれた先には、慌てて回避行動を取るミラージュ・ナハトの姿。
放たれた弾丸は、確かにその機影に向かって一直線に駆け抜け、しかしその中心を撃ち抜くのではなく右肩からまるごと腕部をもぎ取り、機体を吹き飛ばして転倒させるだけに終わった。

「おおう!?アレを避けるか!?」
「流石はリュミエールのテウルギア、尋常ではない反応速度です。ですが、この私に見付かったからには逃がしはしませんよ」

驚くジュラーヴリクをよそに、リュドミラはホッと息をつきつつ、次弾装填を行い発射体勢を整える。
次はない、そう告げるかの如く。

「皆さん、私が援護します。敵機の捕縛を─」
「動くな。動いたらそのコクピットを切り捨てる」
「…ッ!?」

部下達に指示を出し、目の前の一機を捕縛する事で優位を抑えようとする。だがそれが叶うことは無かった。
背後から、冷たい刃を脇腹へと添えられる。このまま少しでも動けば、返しの手を打つ前に機体が真っ二つになると容易に想像が付くほどの冷たく鋭い感触。

リュドミラは驚愕していた。
確かに目の前の敵機を見付け、そしてそれを転倒させて安堵していた。それでも並の敵機であれば存在に気付くぐらいは出来た。
だがこの男は違った。
普通の敵であれば、幾ら気配を殺そうとそこには少なからぬ殺意、敵意が宿る。
普通の人間でさえ感じ取れるそれは、強化遺伝子の特徴が発露しているリュドミラであればなおのこと容易に感じ取ることが出来た。
しかしこの男はどうだ。
気配はおろか殺意、ましてや敵意さえ微塵も感じ取れなかった。今こうして刃を当てられてようやく死の危険を感じ取るしか出来なかった。
辺りを見渡せば、突然の事態に驚愕した味方機が次々と「処理」されている。
左後ろの機は今まさに、上半身と下半身が上下に分かれて滑り落ち、その後ろから夜の名を冠した幻影騎士が巨大な剣を折り返すように格納状態へ移行させている。
そして背後には月明かりを一身に受け、美しい蒼色の煌めきを返す機体がいた。

「コラ・ヴォイエンニー・アルセナル社代表、リュドミラ・アナートリエヴナ・シャーニナとお見受けする。速やかに機体を待機状態にし、コクピットから外に出たまえ。貴公を捕虜として連行させて頂く」
「…だから言ったじゃねぇか…」
「…分かり、ました」

冷たく響く男の声を聞き、ジュラーヴリクが落ち込むように呟く。
リュドミラには、その勧告を素直に聞き入れる以外の選択肢は与えられていない。
僅かな屈辱と、それさえ隠す驚愕を胸に、彼女は機体を待機モードにしてコクピットを出ていった。
外の空気はどこまでも冷たくて、それなのに美しさを感じる程に澄んでいた。
最終更新:2018年04月17日 11:57