バーカウンター『フラテッロ』
そこは、此方とは隔たれたどこか別の場所にある不思議なバー。
時間、空間など関係なくここでは現世を忘れただ一人の人間として安らぐ憩いの場。
いつものは腐れ縁の男二人が切り盛りする風変わりな場所ではあるが──まぁ、そこは人生経験を積んだ二人。折り紙付きだ。
頼んだものは大抵の物ならば出てくる。あとよくわからないが物も湧いてくる。
そして不定期…というか毎回店内の様子は違う。物理的に有り得ない変わり方もする。
うむ。よくわからん。いや、むしろ理解しようとしてはいけない。ここはそういう場所だ。
さて、今日はこの不思議な空間にどのような来訪者が迷い込むのか。
それでは、ごゆっくり───
…と言いたいものの、どうも此度は事情が違う様子。
始まって早々、サヴィーノは唖然とした様子で店内…だった場所を見渡し、ジルに至っては既視感に痛む頭を抱えてカウンターに突っ伏していた。
二人が共通して思うことと言えば、「どうしてこうなった」の一言に尽きるだろう。
特にジルに関しては最初からクライマックス状態である。
「あー…その、なんだ…」
ジルの様子、そして「外の光景」を見ておおよそ察したサヴィーノが声を掛ける。
「…どうしたのですか、サヴィーノ」
対してジルは突っ伏したまま、半ば諦観混じりの声で返す。
「…まぁ…まさかって思うし、万が一違う可能性もあると思うから聞いとくけどよ…」
「…ええ…そのまさかなんですよ…」
「マジかよ…」
返る答えにサヴィーノも思わず頭を抱えて溜息をつく。
それもその筈、普段であればどれほどの模様替えをしても小洒落たバーの趣から外れる事はなかったその店内は、いざ始まって見れば月光煌めく屋上庭園と化しており、眼下には栄華極めし美しい街並みが広がる。
ここはバーカウンター「フラテッロ」。此方から隔たれた筈のそれは、それ故に有り得ない形で此方に繋がり、今その姿をリュミエール・クロノワール─より正確に言えば首都であるエリュシオーネ、その象徴たるクロノワール家の屋敷の屋上に現していた。
え?"亜空間設定どこ行った?"
いや何、亜空間故に何処にでも繋がるだけの事よ。
「…なんということでしょう…」
「おい待て、帰って来てくれ、まだ行くんじゃあない!」
余りの事態に白目を剥き、右手を横に、左手を上に伸ばして月を見上げるジルを見て思わずサヴィーノが止める。そのジェスチャーはいけない、第三の瞳を得てしまう。
「はっ…私としたことが…」
「本当にそうだぜ…いやまぁ、こないだあんなことがあったし、気持ちは分かるが」
どうにか正気を取り戻したジルを見てホッとする。
この男、どうにも生真面目過ぎていけない。
「すみません、取り乱しました…」
「いや、気にしないでくれ。正直私としてもこの場に居ることに困惑している」
「だよな、俺も困惑して─って、うおお!?」
「!?」
相槌を打ってから聞き慣れぬ声に気付いたサヴィーノがふと振り返ればそこには貌のない仮面を付けた男がポツンと座っている。
「お、おおお前何時からそこに!?」
「今しがた、この椅子に"座らされた"所だ。後ろから声を掛けられたと思えば、目玉だらけの奇妙な空間に引きずり込まれてな。気が付けばこの椅子に座っていた 」
「貴方は…名も無き騎士こと、ナイツ・オブ・ペルソナですね?」
「如何にも。人によって色々呼ぶが…ペルソナで構わない。そういう其方は…クロノワールの懐刀と…済まない、誰だか分からない」
答えられなかった男を見て思わずズッコケるサヴィーノ。尤も、目の前の男は余程の事がなければ戦闘に駆り出される事がないテウルゴス。
オラクルボードに名を連ねながら、戦場からは離れた異色の存在なのだ。
ナイツ・オブ・ペルソナ。クリアメイト唯一のランカーにして、同社が誇る最高の「守護者」。
彼に護衛されて助からなかった者はいないとまで謳われる正真正銘の「英雄」。
そんな男が、二人の前に居た。
「いやほら、私一人ではお約束過ぎて物足りないじゃない?だから追加ゲストを呼ぼうと思って」
そんな折、不意に店内(?)に響き渡る声。
聞き覚えのあるその声に、思わず三人揃って身構える。ジルに至っては「勘弁してくれ」と言わんばかりの表情だ。まぁそっちの趣味の人にはたまらないだろうが。
「それで面白そうな人を探していたら、そこに中々愉快な姿をした方がいらっしゃったので、ユカリに頼んでしめやかにスキマに詰め込ませて頂きましたわ」
「おいやめろ馬鹿、当然の様に他作品ネタを持ち込むんじゃあない。色んな人に怒られるだろ」
「そうですお嬢様、世界の法則が乱れます。というかユカリ様まで何やってるんですか…」
「いやまぁ…私の姿は愉快と言われても否定出来ないのは事実だがな…?」
「「いやそうじゃない」」
「いいじゃない別に、今更なんだし。それを言ったら私の描いた機体は全て怒られるわ?」
直球過ぎる別作品ネタを繰り出しながら屋上へ現れる女性に、思わず二人がメタいツッコミを入れ、残る一人がズレた返しを繰り出す。少し天然なのかもしれない。
彼女こそこのリュミエール・クロノワールのトップ、豪華絢爛大胆不敵、妖艶可憐にして一笑千金を体現する「魔性の姫君」。
クロノワール家九代目当主、アリシア=セレナーデ・クロノワールその人である。
「まぁまぁ、仕立てに時間が掛かりそうだったから許して頂戴な。リリスー?」
「ええ、今行くわアリシア。ほら、折角作ったんだからおいでなさい?」
アリシアのレメゲトン、リリスことディーヴァがドアの向こうから誰かを連れて入ってくる。
「「なっ…!?」」
そこにはいつの間に調達したのか、アバターそっくりな姿をしたジルとペルソナのレメゲトンが立っていた。
「奏者よ、アリシアが余の美しい身体を見事用意してくれたぞ」
「…こうすれば、名も無き騎士の方をより癒せると聞いたので…」
「ジルったら、この年になって恋人の一つも作らないじゃない?」
「余計なお世話ですお嬢様」
言い訳という名の供述に冷たいツッコミを返すジル。しかしアリシアには華麗にスルーされてしまう。
「そしてそこの貴方はめんどくさい性格で全部上手くいかなかったみたいだし、このままだと何か妹さん方面で貞操の危機が訪れそうになってるし、私が日常の伴侶をね?」
「待て、何処でそれを…ああ、なるほど。作者か」
「ええそうよ。それ故にこの話と付随する知識はこの話が終われば全て忘れ去られるわ」
「いや待って今サラリとおかしな事言ってねぇ?妹方面で貞操の危機って何?逆じゃなくて?てかそれなんてエロゲ?」
当たり前みたいに流れてくるパワーワードに思わずサヴィーノがツッコミを入れる。普通なら妹の貞操の危機だと思うのもまぁ無理はないが、彼の場合は妹による彼の貞操の危機が訪れているのだから仕方ない。
「作者がお話をしててね。妹がとあるテウルゴスなんだけども彼、彼女に力負けというか押し倒される方向になってるから」
え?妹が誰か隠す意味が無い?
いやその理屈はおかしい。
「エロゲじゃねーか!てか兄貴そのナリで妹に押し倒されるって妹さん怪力かよ」
「いや、私が単にへっぽこなだけだ」
「えぇ…」
「そもそもヤンデレだし…クレイジーサイコブラコンとか並の属性を蹴散らす人みたいだし…ねぇ?」
「なにそれこわい」
「私も怖い」
「正直どうしてこうなったのかと頭を抱えている」
女好きのサヴィーノに歴戦の戦士であるジルでさえ、流石に二人の話を聞いてたまらず戦慄し、ペルソナは心底疑問そうに頭を抱える。
それもその筈、一歩間違えたら妹に襲われて出来上がってましたとか普通に怖いものである。
作者も戦慄している。コワイヨ-
「なので、彼の心を癒せるようにと義体をね?」
「この姿であれば、騎士様と穏やかな日常を過ごせると聞いたので…」
「…まぁ、確かに悪くないな。如何せん、一人暮らしでは物寂しいのは事実だ…共に過ごすのも、悪い話ではない。先の話が正しければここでの出来事は忘れてしまうのだろうが…まぁここのことがなかったことになったとしても、社が気を利かせて用意してくれるなりするだろう」
「お、案外乗り気じゃん兄貴。ていうか、一人暮らしだったんすね」
「如何せん私は秘密主義でね。社が用意した専用の寮舎で過ごしているから、当然同居人なぞ居ないというわけだ。それに、私の顔も含めた個人情報は機密扱いだからな」
「ああ、なるほど。そりゃまぁ共用なんかもってのほかだわ。仮面も外せないもんなあ」
「そういうことだ。というか、妹に身元がバレた瞬間に詰む」
「あっはい」
確かにそれは詰む。普通の寮舎だとバレたら十中八九襲われる。
そりゃまぁ、セキュリティも厳重にもなるよなとサヴィーノは納得するしかなかった。
「…てか、兄貴も大変だな。それじゃあ任務で街中に泊まるのも危ないじゃないか」
「勿論そうなる。が、ここでの記憶はなくなるので当然無防備に泊まる。…そもそも、普通そんな事態は想定しない」
「正論ですね。普通の淑女はそのようなことはしないでしょう」
「そういうことだ、菫色の騎士よ。最も、ここ以外でさえ弄られる其方ほど苦労はしていないがな」
「うぐっ…本当に、なんで皆間違えるのでしょうか…」
「「「十中八九顔が良すぎる」」」
「何故だぁッ!」
満場一致の回答に思わず机を叩く。
その様は正しく(_・ω・)_バァンの如し。
尤も、ジルの心境としてはその様な可愛いものではないが。
「いや…だってなぁ…女装キマってたし…」
「勘違いして声掛けたレベルだものね」
「声が声でなかったらそのまま間違えっぱなしだったぜ」
「お嬢様のせいじゃないですか!」
「…まぁ、私は貴公の傷を抉るつもりはないから安心してくれ」
「常識人で助かります…」
"痛む胃に対する僅かばかりの慰め。
ホロリ零れる雫、涙は明日の胃壁になる。きっといい事あるさと信じて───!"
「いやナレーションっぽく言って終わらせようとするなよ!?」
「あっバレた?」
サヴィーノのツッコミにアリシアが悪びれもせずに返す。
バレた?じゃないぞこの問題児。
何時だって彼女は場を引っ掻き回したがる。
それで戸惑う人を見ていたいのだろう。
「はぁ…そういや、あんたは一体何を思ってあんなテウルギアを描いたんだ?リュミエールが掲げる限定戦争、あれは一体どういう了見だ?」
ペースを整えるためにサヴィーノが疑問を投げかける。これ自体は以前から気になっていたことだ。
「どういうも何も、単純な話ですわ。"テウルギアを用いた外交及び経済活動"、それ以上でもそれ以下でもないの」
気が付けば遠くで女子会を始めている三人のレメゲトンを尻目にアリシアが答える。
「普通その手のお題目を掲げる奴らが口にするのは"平和的利用"だのといった高尚なものだったりするもんだが…どうもそういう訳でもなさそうだな」
「ええ、別段戦争をやめろと言いたいわけではないし。とはいえ、私としても本格的に戦争をして欲しい訳ではないわ」
「良識とでも言うつもりかい?」
「いいえ、全く。戦争が激化していけばテウルギアは当然"兵器として"洗練されていってしまうわけじゃない?」
「まぁ、そうなるな」
「そうしたら美しくないじゃない」
「…」
本当に想定通りの言葉が出てきた事にサヴィーノは唖然とする。
…狂っている。間違いなく狂っている。
確かに、リュミエールのモットーは「美しさこそ正義」だ。
だからといってその為だけに「戦争を見世物にしよう」などという発想の元にテウルギアを作り、挙句その発想を公に向けて提唱、提案するなど狂気の沙汰でしかない。
「…悪い冗談だぜ」
「実際に好評でしてよ。貴族達は新しい刺激を求めているわ」
恐ろしいなんてもんじゃない。
戦争を、兵器を見世物として大衆にばら撒きパフォーマンスに仕立て上げる。
明らかに道を踏み間違えている。素面で吐いていい言葉ではない。
酔っ払った勢いならまだ分かる。むしろそうであって欲しいくらいだ。しかし、彼女はただ一滴たりとも酒を飲んではいない。
紛れもない本心で言ってのけている。
これを狂気とせずしてなんというのだ。
「…兄貴はこれについてどう思うんだい?」
「是非はともかく、発想としては合理的と言えなくもないだろう。全面戦争に突入する危険を避けつつも、両者の利益を見据えている。少なくともそこらの平和主義者などより遥かに現実的ではある。…勿論、それがまともであるとも、正しい判断とも思いたくはないがな」
「…そう言える人間で安心したぜ」
「…無論、戦闘しなくて済むならばそれに越したことはないからな。和平で済むのであればそれが最善だ。とはいえ、それが現実的かと言えば否と言わざるを得ないのもまた事実ではある。仮にこれで戦争が回避出来るというのであれば、我が社も異を唱えたりはしないだろうよ」
「なるほどな。個人を捨てたあんたらしい答えだ」
「何、私は背負うことから逃げた臆病者に過ぎんさ。好きなだけ幻滅してくれたまえよ」
「…英雄相手にんなこと出来るわけねぇだろ、馬鹿野郎」
さも当然とばかりに返す彼の姿を見た後に今までの話を振り返り、何を思ったか半ば自嘲気味に言い返してから水を飲む。
「…何を飲む?今回は俺が奢ってやるよ」
「…なら、シャンパンを頂きたい。余り得意でないからな、量が少ないものがいい」
「あいよ。…お前も難儀な奴だ」
注文を受け、グラスに注いでから差し出す。
空気を察したのか、いつの間にかアリシアとジルは三人のレメゲトンに混じって談笑に勤しんでいた。
「気にすることではないさ。私は…ただの人に過ぎないからな」
「…そうだな…英雄なんて、大層なものは重っ苦しいだけだからな」
「そういうことだ。だから、ここにいるのは逃げ出した臆病者ってことさ」
「ははっ、違いねぇ。でも、それが普通なんだろうな」
復讐に駆られ、人生の多くをそれに賭した男には、自らを大衆の為に捧げた男の言葉を笑うなど出来なかった。
「…だといいがな…乾杯」
「乾杯」
自らもまた酒を用意した後、ボトルを机に置き隣に座ってからグラスを掲げる。
口にした酒は、どことなく苦い気がした。
最終更新:2018年04月22日 21:18