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エニグマ・インサイドの華麗なる食卓

 二食目 ~飽きない見た目の山盛り劇物、大破壊の再現~



 荒野を疾駆する緋色の影が、岩場を強引に乗り越えて機体を跳ねさせ、衝撃を最低限まで抑えて着地し、やや速度を下げる。
居眠りから覚めたようにハッと顔を上げた機体が、平坦な場所を選んでゆっくりと進みながら腹に抱えたコンテナを確認し、異常がないことを確認するとため息をつくような動きを見せ、再度加速する。

 ……集中力が切れてきたな。

 思いながらコックピット内であくびを噛み殺すテウルゴス、ギッテ・トレッドは、自分の今のトレンドが去りつつあることを自覚していた。
いつも通りの思い付きで始めたのだし、面白そうだと思ってやってみた事でも思いの外楽しくないと言うのは珍しくない。
だがそれでもギッテは、雨漏れが水たまりを作るように自分勝手なストレスを溜め込みつつあった。

 とは言え、請け負ってしまった仕事はまだいくつかある。
全て投げ出してしまいたいような気分ではあるが、今後の趣味に影響が出るような真似はさすがに控えなければならない。
自分の飽き性とも長い付き合いだ、後々の楽しみのため、今回も少しばかり我慢してもらうことになるだろう。

 「みえてきたぜ。」

 乗機、緋連雀のレメゲトンであるバルドルの言葉に反応し、ギッテは機体のカメラを望遠モードに切り替えて目的地を確認する。
水場が近い立地故か、比較的植物が多い中に並び立つ煙突と箱の集まり。
周囲の植物が建物から逃げるように背を折っているのは、工業廃棄物や煙突からのびる黒煙を嫌がってか。
それとも別の何かがあそこにあるのか。

 「エニグマ・インサイド社、ここからの仕事もこれで最後か。」

 「通信可能距離に入った、一声かけてエスコートしてもらうとしようぜ。今日こそ綺麗な姉ちゃんが出てくれるといいんだが。」

 「違いない。」

 冗談めかした会話をする二人は知らない。
エニグマ・インサイド社の本来の仕事と、その凄惨な蠢きを。
興味がなければ仕事相手の事業だろうと碌に調べない、二人の適当さの報いはもうすぐそこまで迫っていた。



 十数分後、厳つい男性職員のナビゲートで眉間にしわを寄せつつ、無事コンテナを運び込んだ二人に通信回線のコールが届く。
ギッテは気怠そうにバルドルへ通信を開くように言い、それに応じてモニターの端に先ほどの男性職員の顔が映り込む。
そして即座にバルドルの独断でサウンドオンリーに切り替えられた。

 「ギッテ・トレッドさん、荷物の確認、すべて完了しました。いつも迅速な納品ありがとうございます。」

 「ああ、仕事だからな。報酬は指定の口座に頼む、いつも通りアレクトリスの通貨でいい。」

 「了解しました。ああ、それとひとつ、お話が……えっと。」

 珍しく言いよどむ男性職員の態度にギッテが怪訝な顔をしていると、搬入口の反対側にある職員用の出入り口らしき場所の人影をカメラからの情報が伝えてくる。
なにかをカートらしきもので運び込んできた様子だが、庫内に立つ緋連雀を見て硬直しているようで、目的は判然としない。

 未だに用件を伝えてこない職員の相手にイラついているギッテをよそに、興味がわいたバルドルは、暇つぶしもかねて職員の持ち込んできたであろうカート、その上に乗る透明なドームの中身にスキャンを掛ける。

 ――分類:食品
 ――成分:エラー
 ――形状:エラー
 ――危険度:エラー

 ――なんだこれ。

 バルドルはありもしない肉体の震えを禁じ得なかった。
機体に載せられているスキャン機能が最新のものではないにしても、食品の一つや二つ読み取る程度造作もない筈。
その上バルドルは解析、分析を得意とするレメゲトンである、だというのに中身がわからないことしかわからない。
しかも中途半端に食品であることが分かってしまうのが逆に不気味でしょうがない、なんだと言うのだろうアレは。

 というかあんなものを資材保管庫に持ち込んで何をする気なのだ。
まさかこの場でパーティーをしようなんて言う訳でも……とバルドルが訝しむ間に、おもむろに緋連雀のコックピットが開かれる。

 「お?どうしたギッテ。」

 「ご指名だそうだ、試し食いをさせてくれるんだとさ。」

 「は?」

 ――試し食いって、まさかアレを?

 バルドルは説得した。
必ず、かの正体不明の物体を己のテウルゴスに食させるわけにはいかぬと決意した。
バルドルは食事が分からぬ、バルドルはレメゲトンである。
銃を撃ち、敵機で遊んで暮らしてきた。
けれども搭乗者の保護には、人一倍に敏感であった。

 「面白そうじゃないか。」

 言葉は届かなかった。
いや、届いたうえでギッテの興味を煽る結果となってしまったのである。
浅くない付き合いである、バルドルとて、ギッテの気持ちもわからなくもない。
だがこの件に関してはもうちょっと危険を感じてほしかった。



 第三班は戦慄していた、よもや単なる業者だと思っていた運び屋がテウルゴスだったとは誰も思っていなかったのだ。
それも仕方のない事だろう、テウルゴスにとっての一番の商品はその武力と専門性であり、安全なルートさえあれば車両の一つ二つとちょっとの火器で事足りる荷運びをわざわざやるもの好きなどほとんど居ないのだから。

 班員との協議の末、第三班は未知との遭遇についてはひとまず置いておくことにした。
幸運にも試食は受けてもらえたようだし、レメゲトンが異常に気付いた様子だったが、機体から降りて来た後も続いている説得はことごとく無視されている。

 ……殺るしかない!

 班員の心は一つになっていた、もうここまで来てしまえば引き返せない、試作品は完璧だ、盛り付けには一片の曇りもないし、食器も第三班で使える一番いいのを使っている。

 メニューそのものは一度目の試作品と変わらないが、素材の密度が違う、密度を下げれば味が薄くなり、密度を上げると味が悪化するならば、密度をさらに上げて味をオーバーフローさせてしまえばよいのだ。
一周回って美味しくなるのでは?という班員の言葉に感化されて出来上がったこの最後の一品は、きっとどんな食品にも負けはしないだろうという自負がある。

 「よ、よろしくお願いします。」

 班長が椅子を引き、テウルゴスを華麗なる食卓に招き入れた。
班長の声と手つきがかわいそうなど震えていることを、班員たちは誰も笑えなかった。



 副長がゆっくりと蓋を持ち上げる、神秘のベールが取り払われ、露となった美の結晶は宝石で形作られた山脈のような威容と輝きを放ち、それを間近にしたギッテはまるで太陽を直視したかのような錯覚に襲われ、次いで感嘆のため息を漏らした。

 美しい、掛け値なしに。
後に飽き性のギッテをして、死ぬまで見ていても飽きないだろうと言わしめる栄光の御姿は、自らを食すに値する者が現れたことを感じ取ったのか、儚ささえもその身を飾るべく取り込まんとし、己を喰らえと意志を伝えてくる……気がした。

 息をのむ第三班をよそにギッテはフォークを取り、躊躇いなく山菜をいくつか乱暴に突き刺して口へと運んだ。
行儀のよい食べ方ではない、食前の祈りも感謝もない、粗野で、それでいてこの世界ではありふれた姿だった。

 幾度か咀嚼した後、ギッテは目を見開いた、視界の端に映っていた第三班の姿が圧縮されて米粒のようになっていく。
耳に飛び込んでくるバルドルの心配する声が音の形をやめて色と渦になって回り始める。
ふと緋連雀を見ると、パーツ一つ一つが勝手に外れてゴムボールのように倉庫中を跳ねまわっていた。

 いや、ここは本当に倉庫だったのだろうか?
自分は今どこに居るのだろうか?
世界は今どうなっているのだろうか?

 ……気が付いた、ここは、宇宙だ。

 ギッテの視界には渦巻く銀河と、星となった第三班と、縦横無尽に動き回るバラバラの緋連雀が映っている。
言うまでもなく幻覚である。
遠くで倉庫の職員が手を振っている。
ちなみに、彼は試食が始まった瞬間に非常口から退避しているので庫内にはいない。

 ふと、ギッテの視界が元に戻る。
目の前には無数の弾丸を撃ち込まれてバラバラに砕け散った料理と、ビビって腰を抜かしている第三班の姿があった。
どうやらギッテの本能が身を守るために元凶を破壊しにかかったようだ。
辛うじて皿は無傷だったが、原形をとどめていない料理はもはや食せるものではなくなってしまっていた。

 ……やっちまったなあ。



 しばらくの沈黙の後、ばつの悪そうに後頭部をぼりぼりと掻くギッテに、腰を抜かしたままの班長が声を掛ける。

 「あの……お味の方のご感想を……その……お訊きしたいのですが。」

 その瞬間、班員たちはもう班長を褒め称えてやりたくて仕方がなかった、一口目を食べたたとたんに硬直し、きょろきょろとあたりを見回した後、唐突に食い物に向かって銃をぶっ放す人間なんて正気ではない。
そうなるようなものを食わせる奴らも正気ではない筈なのだが、彼らの特技の一つは棚上げである。

 それはそれとして、感想だ。
班員としては例えさっきの銃弾が自分たちに向けられたとしても、美味いか不味いかだけでも聞き出す必要がある。
それが彼らの仕事で、使命で、存在意義なのだから。
エニグマ・インサイドの商品開発は命がけなのである。

 「あの……。」

 沈黙するギッテに班長が再び声を掛けると、ギッテは顎に手をやり何か考えるそぶりを見せると、班長に向き直って言い放った。

 「外見は、死ぬまで見ていても、飽きないだろう、と言えるくらいには、美しかった。」

 なんだか少ししゃべり方がぎこちない、銃声の後、絶句していたバルドルは後遺症が心配で仕方なかった。

 「ただ、その……味が、分からなかった、いや、分かることを拒否した?いや、あれはそもそも味というものだったのか……俺には、ちょっとわからない。」

 その感想だけで不味いという評価が確定した、正直、訊かなくても分かっていることだった。
普通、美味いものを食った人間はその料理をハチの巣にはしない。
班員たちは揃って俯き、意気消沈した、今回の開発も失敗に終わったのだ。
また他の班や部署の連中に突き上げを喰らい続ける日々が始まるのだと思うと、胃が縮むような気持だった。

 「だが……。」

 椅子から立ち上がったギッテの声に反応し、顔を上げた班員たちに、ギッテは。

 「今までにない体験だった、また食いたいとは死んでも言えないが、面白かった。」

 そう言って笑った。

 班員たちは、最初は何を言われたのか理解できなかったが、やがて言葉の意味を咀嚼し飲み込むと、班員たちは顔を見合わせた。
褒められた、褒められたのだ。

 思えば辛い過程だった、報われることは永遠にないとまで思い込んでいた。
目的には届かなかった、むしろ遠のいたくらいだが、それでも、食卓に笑顔をもたらす事ができたのだ。
全員揃って飛び上がって喜びたいくらいだった、ギッテに感謝の言葉を雨のようにかけたかった、そうして実際に実行しようとして立ち上り。

 「緊急警報!緊急警報!社有資材保管庫三番に所属不明のテウルギアが接近中。周辺の非戦闘員は直ちに退避せよ。」

 唐突に庫内に鳴り響く緊急放送にすべてをかき消され硬直した。



 エニグマ・インサイドは曲がりなりにもアレクトリスグループに籍を置く軍事企業である、故に敵対勢力の襲撃に対して備えはしているが、各勢力の境界線から遠く離れた斜陽企業が防衛戦力に割ける資金には限りがある。


 当てにできるのはつながりのある技仙公司から借り受けた防衛部隊のみで、その部隊も左遷のような雰囲気で飛ばされてくるものだからモチベーションが地に沈む勢いで低い。
故に対応は常に遅れがちになる。

 襲撃者のテウルゴスは、そのことをすべて把握したうえで攻撃を仕掛けた、全てはかつての屈辱と恨みを晴らすため。
自らを襲った悪意に打ち勝つための力は手に入れた、幸運にもレメゲトンの認証を受け、払い下げられた型落ちの量産型とは言えテウルギアの力が今や思いのままなのだ。

 「パイロット、敵マゲイア部隊、半数の撃破を確認。残りは本社屋の防衛に回る模様、増援の反応はありません。」

 「予想通りだ、マゲイアの数を減らせば、奴らは大事なデータとやらを守るために後退する。他の施設と人員を見捨ててな……。」

 奇襲のために無理やり水底を進んできたせいで泥と水草塗れになった機体をそのままに、殺意の滲む視線をカメラ越しに飛ばし、歩を進める。
やがて機体が大きく三と書かれた倉庫の前に到達すると、イラつきを発散するかのように倉庫の壁を蹴って歪ませ、外部マイクを最大音量にして襲撃者が叫んだ。

 「エニグマ・インサイドの第三班とやら!聞こえているか!そこにいるのはわかってるんだ!」

 「貴様らが作ったクソみたいな料理のせいで俺の人生は台無しだ!」

 「街頭試食なんてものを食わされたせいで、街中でゲロ塗れで転げまわる羽目になった屈辱と風評被害の恨み!ここで晴らさせてもらうぞ!」

 彼のレメゲトンは、初めて聞く復讐の理由にドン引きだった。

 「だが、俺も鬼じゃない、今すぐ外に出て命乞いをすれば見逃してやってもいい!代わりに好きなだけ暴れさせて貰うがな!」



 「あんなこと言ってますが、班長。覚えあります?」

 「知らん、せっかく食ったものを吐き出す奴のことなど記憶の端にも残さんわ。」

 対する第三班の反応は、極めて淡白なものだった。
テウルゴスに試食をさせることにビビっていた奴らとは思えない反応だ。
それもそのはず、第三班だけに関わらずエニグマ・インサイドは試食を行った人間に恨みを買うことが多く、こういった襲撃は多々発生しているのだ。

 成果を外に出さない、否、出させてもらえない第三班が直接の目標になることは少ないが、それでも社全体を通して襲撃と言う事態には慣れきってしまっている。
正直、普通にテウルゴスに接するよりもやりやすいとさえ感じてしまうのである。
彼らはとっくに地下シェルターに退避済みで、監視カメラから外の様子をうかがっていた。



 相手の状態も知らずに、数分経っても反応のない倉庫内の第三班に対して、テウルゴスはしびれを切らし機体の両腕で倉庫の壁を掴み、出力を上げる。

 「だんまりを決めるか、ならばそのまま倉庫ごと押し潰してやる!」

 一歩一歩腕を押し込む度に、テウルギアの機体に対して大きいとも丈夫とも言えない小さな牙城がひび割れ、歪んでいく。
この調子なら数分と経たずに倒壊するだろう。
その様を予想し、手も足も出ない第三班に対して優越感を覚えていた襲撃者は、その愉悦のためにレメゲトンが発した警告への反応が遅れてしまう。

 「警告、未確認のテウルギアの起動を確認。」

 「なっなに!?」

 「未確認機、正面至近距離、回避を。」

 言い終わる前に、目の前の壁が内側から砕け、現れた緋色の巨椀がテウルギアを掴み上げる。
両腕ごと胴体を挟むように握られたテウルギアは自重と握力で全身の関節が悲鳴を上げ、装甲が歪み、破損したパーツがそこら中に散乱していく。

 「な、なにが起こって……なんで、こんなところにテウルゴスがいるんだ!」

 襲撃者は混乱の極みにあった、操縦桿を、ペダルを、あらゆる機体の操作を試しても拘束からは逃れられず、付き合いの浅いレメゲトンはあくまで警鐘を鳴らすのみ。
そんな襲撃者の状況をよそに、接触回線で緋色の機体から通信が入る。

 「悪いな、面白い思いさせてもらった礼をしなきゃと思ってなあ。」

 「な、なにを言って……。」

 ひびの入ったモニターに映るにやけた表情の大男が、余裕のある動きでなにやらものを投げるようなしぐさをする。

 「確かさっき見た幻覚だと……こんな感じだったか!」

 襲撃者の機体が庫内に引きずり込まれ、反対側の壁に叩き付けられる。
逃げ場のない鉄の棺桶の化したコックピットに悲鳴が響く。
叩き付けた反動を利用し、襲撃者の機体が最初に破壊された壁に叩き付けられる。
悲鳴が響く。
叩き付けられる。
悲鳴が響く。
叩き付けられる。
悲鳴が響く。
床に引きずられた機体が持ち上げられ、弧を描くように地面に叩き付けられる。
悲鳴はもう、聞こえなかった。



 数時間後、撃破した機体のスクラップの詰まったコンテナを抱え、ギッテはエニグマ・インサイドを後にしていた。
鼻歌を歌いながらご機嫌に機体を走らせるギッテに、呆れ顔のバルドルが話しかける。

 「良かったのかよギッテ、もうちょいごねればこのコンテナ十個分は金が貰えたかもしれねえんだぜ?」

 先の戦闘において襲撃者を撃破したギッテはエニグマの、特に第三班たちから感謝の意を伝えられ、今回の戦闘を正式な依頼として扱い、報酬は言い値を払うとまで宣言された。
しかしギッテはこれに対し、敵機のパーツを売り払うためもらい受けるのを報酬として要求。
それでは足りないと食い下がる第三班から、じゃあこれ、とあるものを受け取り、降って湧いた一波乱に幕を閉じたのであった。

 「いいさ、いい感じに口直しもできたし、帰りにまた面白いものが見れたしな。」

 「お前、変なもの食って本当におかしくなっちまったか?」

 「まさか。」

 そう言うギッテの手元のラックには包装紙で幾重にも包まれた一枚の食器が入っている。
緋連雀の大暴れのせいで崩壊した倉庫の中で奇跡的にも無傷で残っていたリュミエール印の高級食器。
ギッテが第三班から譲り受けた唯一の品であり、今日の思い出の証であった。



 一方、エニグマ・インサイドでは……。

 「まさか、あの損壊具合で生きているとは、君本当に頑丈だねえ。」

 「はなせっはなせーっ!」

 「これだけ騒げる元気があるなら、食事も病人食じゃなくて大丈夫そうね。」

 「やめろーっ!」

 「これからおまえには潰れた倉庫を増やせるくらいには働いてもらわないといけないんだからな、諦めろ。」

 「誰か助けてくれーーーーーーーっ!」

 悲鳴はやがて、聞こえなくなった。
最終更新:2018年04月25日 14:22