小説 > LINSTANT0000 > 航空機兵の日常

若干if入ってるので、正史とは限りません。

≪敵襲、敵襲!迎撃要員は直ちに出撃せよ!≫

敵機接近の警報鳴り響く簡易格納庫のキャットウォークを駆け上がり、自分の機体背面からコクピットへ乗り込んだ。
シートに座れば、即座にベルトや生体データ採取用のコード・センサー類がパイロットスーツにまとわりついてくる。このコードはガリゾーンタフ製の最新技術らしいが、何の動力源もなさそうなコードがうねうねと自分の体をはい回るのは、見ていて気持ちのいいものではない。

コードが差し込まれ完全に固定されると、ヘルメットのバイザー部分から網膜投影が開始される。表示されるのは無機質な青い空間に表示されては流れるシステムログと、それを背景に佇む無表情な女性管制官。

この女性は応答型戦闘行動支援インターフェース(IF)らしく、外見やボイスは事前に作られたものを使用しているらしい。部下たちは変更キットを購入して好きな性格や外見、ボイスのIFを作っているようだが、私は初期設定をそのまま使っている。給料何か月分もつぎ込んでこだわる連中の気が知れん。

―――本機へようこそ。当機体はコラ・ヴォイエンニー・アルセナル社所属、第四航空機兵旅団クラスノダール旗機、Sa-235F/C”クラスノダール”。認証を開始しますか?

それにこの無機質で無感情な冷たい声も、聞き慣れれば心地いいものだ。

「旅団長より緊急認証を請求。」

―――声紋分析により第一認証成功。認証を続行。並列して戦闘モードの起動を開始。

ヘルメットによる虹彩認証、グローブによる指紋、静脈認証、採血による遺伝子情報認証の三段階によりマゲイアの起動が可能になる。
本来この三重の手続きが終了しなければ何もできないようになっているが、緊急承認申請と管制による許可があれば主機の起動を含めた出撃準備が並行して行われる。

―――外部電源を使用し主機を起動。

徐々に回転数を上げ、甲高い音を上げ始める主機。膨大な出力が機体全体を満たしていく。表示される出力上昇は明らかに旧型機よりも早く、出力上限も高い。レスポンスが良く無理ができる良い機体だ。

―――制御系のクリアランス開始。

にしてもレメゲトンがいれば、一瞬で立ち上げができるんだがな。手間のかかる出撃前の面倒に、思わずぼやいた。この待ち時間が無駄に思えてしまうのは、悪い癖だと自覚はしている。

―――遺伝子認証に成功。親衛軍旅団司令部よりワンタイムパスの発行。

網膜投影された、認証とシステムの立ち上げを示すバーがじわじわと伸びていくのを見て、気持ちが焦れてくる。
敵がすでに近づいているからだろうか。いや、久方ぶりの空に興奮しているのだろう。旅団長にまでなるとそう簡単に出撃できなくなる。アグレッサーと試験以外で空を飛んだのはいつ以来だ?
逸りをおさえる為に目視で各種データを参照してチェックを行う。IFが勝手にやってくれるとはいえ、元戦闘機乗りとしては自分の目で確かめたくなる。

―――認証終了。戦闘システムモード操作を開放。

そうこうしているうちにようやく、と言ってもほんの数十秒で戦闘モード操作が可能になった。新型機だけあってジェド・マロースより格段に速い。バカでかい新型電算機を積み込んだだけのことはある。回転数の表示を見る限り主機の立ち上げも後数秒で終了するはずだ。

戦闘モードの機動とともに、全周モニターに周囲の映像が表示された。足元にまだ作業員がいるのが見える。武装の持ち上げに邪魔だな。

「整備員は本機周辺より待避準備!」

慌てて逃げ出す作業員たちが安全エリアに入るのを確認し、すぐわきの兵装ラックから騎兵槍のような外見の100mmレールライフルを取り上げて情報をリンク。弾薬の装填済みを確認して予備弾倉を各部位に格納していくと、投影されている機体情報に弾倉表示が追加され残弾数が跳ね上がる。

表示枠が新たに投影される。この格納庫を仕切る整備長だ。

≪旅団長!航空ユニットの準備整いました!≫

「接続してくれ!」

彼に返事を返すと機体背面に大型航空ユニットが接続される。何度かボルトやシリンダーが接続される金属音と衝撃がコクピットを揺らした。一瞬遅れて網膜投影上では接続された飛行ユニットの模式図が赤から青へと変わり、リンクしていくのがわかる。

―――飛行ユニット接続を確認。RATO装備および兵装のリンク成功。飛行可能。

四基の姿勢制御精密スラスターが様々な方向に瞬時に振り向き、推力偏向フィンの動きを確かめる動作音が止まると、機体全ての表示が青に変わる。いつでも空に上がる準備が整ったというわけだ。

≪電源ケーブル切断します!≫

―――電源切断を確認。主機正常動作中。並びに飛行ユニットにエネルギー供給開始。

整備長の声と同時に腰裏の電源ケーブルが切断され、表示から消える。背面に視線をやれば切断された電源ケーブルが急速に巻き取られていくのが見えた。同時に腰裏の電源ソケットに飛行ユニットが変形してはまり込む。主機の出力が飛行ユニットに供給され、様々な電装部品が本格稼働し始める。
周辺作業員が離脱して安全に動ける事を確認し、機体正面に用意されたローラースケート式離陸支援装置に乗り込むと、もう一度集まってきた作業員が爆砕ボルトを操作してリンクする。

≪離陸支援ユニット接続!牽引車へどうぞ!≫

「ご苦労!」

ボルト接続に従事していた作業員たちが待避し、機体正面のキャットウォークが開くタイミングで、長いクリップを差し込んだ牽引車が滑り込んできた。機体正面で停止した牽引車は、グリップをこちらに差し出してくる。

―――牽引車と接続。滑走路への移動を開始。

空いているマニピュレーターでグリップをつかむと、牽引車が自動で滑走路への牽引を開始した。グンと引っ張られる感覚と共に、よく整備された離陸支援ユニット、要はマゲイアサイズのローラースケートが抵抗なく機体を滑らせ始める。

―――基地戦闘指揮システムとリンク。

格納庫から機体が引き出される頃には、野戦基地の戦闘指揮システムとリンクして現在の戦況が三次元レーダーに簡易表示されていた。山岳地帯で交戦中と聞いていたが、すでに裾野近くまで来ているか。

「押し込まれているようだな。」

敵はすでにこちらの初期迎撃部隊を食い破り向かってきているらしい。迎撃部隊も追いすがっているが敵の足止め担当に翻弄されているようだ。

格納庫から出ると、青空からの鋭い日差しと白の大地からの反射が目を焼く。調光機能が即座に対応したが、視界はまだ白飛びしたままだ。

≪旅団長!お供します!≫
「ん?」

突然の友軍通信。横を見れば第三連隊長と副長の機体が両手でグリップを握って引き出されている所だった。連隊長機は魚雷発射管のような4連装ハンドミサイルを肩にホールドしており、副長機は実験兵装のパルスライフル二丁を腰から下げていた。二人とも最終試験向けとはいえ試作品を持ち出すのはどうかしている。それは私にも言える事だが。

≪スコアの独り占めは許しませんよ!≫

表示枠に映っている第三連隊長は、孤児上がりの所為か、発育が非常に悪く身長が低いうえに童顔だ。胸にくっついた不釣り合いなほどの山脈がなければミドルスクールの学生でも通るだろう。実年齢は30近いだったはずだがとてもそうは見えない。

時々他の女性隊員に抱きかかえられたまま頬を突かれ、失った若さに怨嗟の声を浴びている。遺伝子強化個体特有の銀髪でもあるし、社長のように老化抑制因子でも発現しているのだろう。

スキンシップに関しては人肌に安心感を得ているのか露骨に拒否していない上に、女性同士の関係であることから男性の私としては助けを求められても放置せざるを得ない。無理に引き剥がそうとしてセクハラ認定されたら物理的に死ぬからな。

≪という事でお目付け役に付きます。援護は任せて下せぇ。≫

対する第三連隊副長の見た目は、元生物学者曰くゴリラとかいう幻の生物そっくりらしい。怪力を誇るという類人猿そのままの肉体に軍大学卒の頭脳を搭載した知性派脳筋で、地下道に沸いたミュータントワニをレスリングで絞め殺したり、遭遇した強化装甲歩兵を生身ボクシングで沈めたり、興奮のあまり操縦桿を握りつぶしてIFに緊急脱出させられたりと逸話に事欠かない。

「では僚機を頼む。」

同行の許可を出すと、別の通信枠が開く。今度は神経質そうな管制隊の少佐だ。黙っていればキツめのすとーん系美人なんだが、ひとたび機嫌を損ねれば罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。そういう趣味の奴には人気があるらしい。

≪こちら管制隊。旅団長以下緊急迎撃部隊は以降クラスノダール隊と呼称する。≫

―――通信コードを設定。本機はクラスノダール-1。

網膜投影にクラスノダール-1のコールサインが追加される。また、僚機としてクラスノダール-2.3がそれぞれ追加された。

≪管制隊より現在出撃準備中の各機へ。敵侵攻部隊は航空機兵8機。2個小隊編成で、内1小隊が初期迎撃部隊を足止め中。1個小隊がこちらに向かっている≫

管制隊の情報通り、レーダー表示から二個小隊が分派している事がわかる。すでに3機撃墜され、残りの6機を相手に足止め役の4機が完全に抑え込んでいる。かなりのやり手が動員されているとみていいだろう。

≪旅団長以下クラスノダール小隊が緊急出撃する。待機中の12機も直ちに出撃せよ。≫

3機はデルタフォーメーションで、電磁カタパルトが3基設置され鉄板が敷き詰められた野戦滑走路に引きずりだされる。地上設置型の簡易電磁カタパルト正面まで来ると、停止した牽引車とグリップのリンクが解除された。

IFは自動で引き抜いたグリップをカタパルトに接続し、機体を前傾させ発進態勢をとる。その状態のまま牽引車が滑走路から待避するのを見送った。

風はほとんどなく視界も良好。視界の端に、はるかかなたで交戦しているのであろうきらめきが見える。飛ぶにはいい気候だな。

―――RATO装備点火準備完了並びにカタパルト充電完了。発進準備完了。管制隊に発進許可申請。

「広域通信を」

―――旅団長権限により基地通信網を掌握。全通信帯広域通信を開始。

わずかな空電雑音と共に、広域回線が開く。

「諸君、手を止めずに聞いてくれ。」

放送を聞いて直立不動の体制をとった誘導員が慌てて作業に戻る。こうでも言わないと作業が進まなくなるからな。

「我々の家に土足で踏み込んだ無粋な連中が、休暇を満喫しているこの基地に向かってきている。」

つい最近まで技研のアホどもに振り回され、特別休暇をも捥ぎ取ってきたというのに迷惑な連中だな全く。

「迫る敵は精鋭といってよい。また、初期迎撃部隊との通信が遮断されていることから敵の支援部隊がすでに潜入している事も明らかだ。」

これだけの部隊が基地の最内円警戒に引っかかるまで発見されなかった以上、専門の電子妨害部隊が周辺まで出張っているのは確実だ。

「だが、我々クラスノダールもまた精鋭である事を、奴らに教育してやらねばならない。」

敵は精鋭。これも間違いない。大演習などでCD基幹企業として十分な錬度を維持している事を証明してきた我々の仲間を、数的劣勢を覆して被害を出さずに足止めできるのだから。

だが、我々の実力はこんなものではない。警戒の為に電子兵装に重点をおいた初期迎撃部隊では真の実力を発揮するのは不可能だ。

「準備の遅い諸君も早く来たまえ。さもなくば我々だけで撃墜スコアを独占させてもらうぞ。」

なぜなら我々クラスノダール旅団は重火力を投入するための航空機兵。もとより長距離射撃戦こそが本領なのだから。

「なに、遅刻してもモグラ叩きは残しておいてやる、スコアは多少伸ばせるかもな?狩り切るまで休暇はお預けになるが。」

さぁ、奮起せよ旅団員諸君。奇襲を許した我らの汚名は我らの手で濯ぐほかない。何よりこれだけの精鋭、撃墜すれば戦功抜群間違いなしだ。

「諸君らの奮闘を期待する、以上だ。」

格納庫周辺は更に慌ただしくなり、牽引車があちらこちらに向かっている。それにどうも出撃順で管制隊と揉めているらしい。煽りすぎたか?

―――広域通信を終了。管制隊より発進許可、カタパルト投射権限を受領。離陸可能。

≪クラスノダール隊、離陸を許可する。≫

管制隊からの発進許可を受けて、いよいよ空へ羽ばたく決意を固める。この後の地獄に耐え抜くには気力が必要だ!気合を入れろ!

「クラスノダール-1、出撃する!各機この私に続け!」

―――全ブースター点火。並びにカタパルト射出。

腹の底から声を出した瞬間に主翼サブ6基メイン2基、計8基のRATO装備が轟音と共に巨大な噴射炎を吐き出す。それと同時に電磁カタパルトが滑らかに、しかしすさまじい勢いで機体を加速させ始めた。
強力な加速度がシートに体を押しつぶさんとする。耐Gスーツがあったとしても歯を食いしばらなくては意識を保つことも難しい。脳みそが変形しているのがわかるほどの重圧に、弱音を吐きそうになる。

「―――ングッ!?」

初期加速域を超え、カタパルトから射出された。喰いしばった歯の隙間から苦悶の声が漏れる。全身の血が背中側に回るような奇妙な感覚がこの身を苛んだ。

―――規定速度まで加速、機体の浮揚を確認。離陸支援ユニットを投棄。

爆発音と共に機体がガクンと上昇する。ふと目を向けた下部視界に、爆裂ボルトでパージされた二つの離陸支援ユニットが滑走路を転がり、奥の貯水池に飛び込む姿が見えた。

結構高いはずだよなあの支援ユニット。盛大に壊れているが再利用できるのか?

―――二個セットで12,000VAR。また再利用可能なパーツは回収されます。

独り言として口から出ていたのか、IFから返答されてしまった。しかしただの戦闘支援IFのはずだが、なぜそんな情報まで持っているのか。

≪クラスノダール隊の離陸を確認。高度1500ftまで上昇し、急行せよ。≫

―――機体上昇中。

管制隊からの指示に従い、ブースターの力を借りつつ急角度で高度を取っていく。1500ftなど、この機体の上昇速度にかかればほんの数秒というところだ。

―――1500ftに到達。僚機も上昇を完了、編隊を形成。

「方位1-5-7だ!俺に続け!」

≪≪了解≫≫

僚機の返答を受け、南南東に進路をとりつつ加速する。視界の端で主翼上部ブースターが燃焼終了警報を発していた。旋回を完了する頃には、サブブースターはすべて沈黙しているだろう。

―――旋回完了。一次ブースター投棄後、二次加速を開始。ラムジェットタービン空気取り入れ口解放。スピンアップ開始します。

燃焼を完了した主翼上面の6発の小型ブースターとメインブースターの一段目を投棄し、メインの二段目を点火する。一気に軽くなった機体は莫大な推力によりすさまじい勢いで前に吹き飛び、体は再び急激なGに押しつぶされる。
上昇で高度と引き換えに失った速度を取り戻す、いやむしろ増していく機体。ほんの十数秒で時速700km/hを超えた。

―――ブースター間もなく燃焼終了。ラムジェットタービン定常回転域までスピンアップ完了。

「切り離せ。」

―――メインブースターパージ。

少し苦しげな声で命ずると、再び大きな揺れと共にメインブースターが投棄される。推力が一瞬失われる独特の浮遊感の後。

―――ラムジェット起動。通常巡航モードに移行。

甲高い轟音と同時に、優しく、しかし締め上げるようにじわじわとGがかかる。ラムジェットによる加速が始まった。
しばらくすると加速によるGは収まり、全身に感じていた不快感も収まった。

≪ふぅ、相変わらずこいつのRATOは負担が大きいですね。≫
≪まったくです。前のやつより重くなってるはずなのに、むしろGがかかるのが怖いですな。≫

皆の言う通りで、機体重量が増しているのにより鋭く重いGを感じるのだから、どれだけブースターの出力が増しているのかという話だ。第二研のゴミ共曰く突っ込ませればそのまま大質量焼夷弾として使えるらしいが、一体どんな燃料を積んでやがるのか。

「はは、中佐、油断して気を飛ばすなよ?」
≪それはつい最近試験飛行で失神した旅団長がいうセリフではないでしょう。≫
「いいか大佐!あれは第二研のクソどもが推力四倍とかふざけた代物に載せ替えてたのが悪い!」

いいか連隊長!あの失神は解決不能な問題を避けるための緊急避難措置に失敗しただけで責められる類の物じゃない!あの瞬間、俺に残された手段はただ乗り込み、死なない事を祈る。それしかなかったんだ!

≪ですが旅団長、どう見たっておかしいのわかったでしょう?太さ2倍のメインが4本ですよ?≫

ああ、そうだとも。一目見ただけで分かったさ。加速中に失神するだろうなってな!だが。

「飛ばないとこいつを改造するって脅されたんだぞ!一准将が技術中将相手にどうしろと!」
≪あー、こそこそ2人でしゃべってたのってそれでしたか。≫
≪連隊長、それ無理ですわ。俺でもあいつらに愛機任すくらいならあれで飛びます。≫

そうだろう副長!愛機をあのイカレトンチキどもに触られると思ったら乗るしかないだろ!どうなるかわかったもんじゃない!

「だろう!?墜落して死ぬかもしれないが愛機がめちゃくちゃにされるよりはましだ!ああ!ミハイルの小僧みたいにはなりたくなかったんだ!」
≪ミハイル君かわいそうでしたね。≫
≪事故って病院から帰ってきたら機体の腕が増えてるとか、そりゃ絶叫吐血して病院に戻るわ。≫

第二研のクソどもが無茶な設定にしたRATOで爆発事故起こして短期入院している間に、連中殊勝にも詫びで新しい機体組むとか言っていたと思ったら、いつの間にか腕を一本背中に増やすとかいう暴挙に出たからな。

帰ってきて愛機を見たミハイルがストレス性潰瘍で吐血するのも無理はない。あいつは乗ってきた救急車でそのまま病院に直帰していった。

≪しかももう一回帰ってきたら今度はショッキングピンクに塗装されてましたからね。≫
「嬢ちゃんが余計なこと言って、アホ共が塗った時だな?野郎心置きなく旨そうなカツレツにアバター変更しやがって!」

そのあと帰ってきたら機体は元通りいや性能が向上していたが、全面ショッキングピンクの塗装が施されていたわけだ。口元をぬぐっていたが血を吐いたわけではないと信じたい。

ミハイルに頼まれたんでレメゲトンの嬢ちゃんと第二研の連中を滑走路に正座させて取り調べ兼即決裁判(裁判長兼検察官ミハイル、弁護人なし)を行った結果、実行犯の第二研の連中には監視の下で元の色への塗り直しが、首謀者の嬢ちゃんにはアバターをチーズ乗せカツレツに変える刑が執行された。

あれはひどい飯テロだった。またカツレツが旨そうなのがたちが悪い。

≪生のチーズが乗ったカツレツとか食べたことないですが、それでもおいしそうと感じました。≫
≪連隊長給料もいい額出てるんですし、もう少し旨いもん食いましょうや。連隊長がレーションしか食わんので連隊皆レーション三昧ですぜ?≫

何とも言えないあいまいな表情を連隊長が浮かべていると、副長が日常の食生活に苦言を呈する。

確かに、毎日軍用レーションは過酷だろう。あれを毎食食っていると、心と味覚がおかしくなる。連隊長が軍用レーションしか食っていなければ、下士官も兵士もレーション以外に手を付けられんだろう。あれより下の食い物はなかなか無いからな。

≪なぜだ?軍用レーションも最近食えるようになったではないか。≫
≪そりゃ昔のミドリムシとオキアミのスープよりはマシですが!≫

確かに昔のレーションは、酸っぱいうえにダダ甘く口の中の水分を根こそぎにする圧縮黒パンと、発熱材がついていてどこでも温められるのはいいが、猛烈な磯臭さと青臭さが襲ってくるしょっぱいヘドロみたいなミドリムシとオキアミのスープペーストだったからな。

今機兵科兵士が食ってる軍用レーションは、見た目同じなのにロットによって全く違う種類の味や香りが付いた、煮込んだ革靴みたいな硬さの肉モドキや魚モドキだの、味はまともなのに変な食感の茶色の野菜モドキがついてくるので多少マシにはなっている。
いや、人間の食う飯として最低ラインな気もするが。

≪冷凍とはいえ合成じゃない羊肉だの鶏肉だの良い食いモンあるんですからそれ食べましょう!≫
≪ヨウニク?トリニク?なんだそれは。ニクと言っているから何かの肉なのか?≫
≪だめだ、首かしげてる。食材が想像できてねぇ。まさか料理したことないんじゃ、≫

不思議そうな顔をして首をかしげる連隊長。発音がおかしい当たり、明らかに副長の言った食材を認識できていない。まさかとは思うが食べたことがないのだろうか。いや、兵学校で食べたことがあるはずなのだが。

≪何を言っている!私だってネズミとか野草で料理したこともあるぞ!≫
≪そいつは訓練中の話ですよね?そうだと言ってくださいお願いします!≫
≪何を言っている、つい先週の話だが?味付けは塩だけだったが、あれは懐かしい味で旨かったぞ。≫

頼むから教練中の話であってくれ。自分や副長はそう祈っていたが残念なことにどうやら違うらしい。
味を思い出してぽわぽわと幸せオーラを出している連隊長には悪いが、仮にも佐官がそんな飯を自炊しているというのはまずい。

「副長、女子力の足りない連隊長の食育を命ずる。私費でいくらか出す、連隊長にスラム並みの食事を続けられても困るからな。

≪は!了解しました!≫

いい返事だ。いくらか予算は都合つけてやるから、しっかりまともな味を教えこめ。

≪旅団長!おい副長、貴様図ったな!≫
≪何のことやらさっぱりですが、旅団長のご命令ですんであきらめましょう。≫

噛みつく連隊長を、副長は飄々と受け流す。私の肩書が出た時点で苦虫を噛み潰したような表情でトーンダウンした。

≪くっ、仕方あるまい!旅団長!後でお話があります!≫
「おう、飯の席で説教ついでに聞いてやるよ。今日は前線将官用特別補給が来てるからな、真空保存されたロマニア産の貴族向け牛肉、天然野禽肉に北洋王鮭、舌平目、生バターをたっぷり使った白パンに秘蔵のワインを付けてやる。楽しみにしておけ。」

なぜか涙目でこちらを睨みつけてきた連隊長を今日の晩餐に強制ご招待する。まず高級食材でショック療法するとしよう。ついでにご不満もヒアリングしてやろうじゃないか。解決するとは言っていないがな!

≪聞いたことない食材ばかりです。それは最後の晩餐でしょうか?≫
≪旅団長それは死刑宣告か何かですかい?≫
「ええいお前ら!縁起でもない事を言うな!」

真顔で不吉な事をほざく二人に思わず叫ぶと、警報音が鳴り響く。

―――警告、接敵警報。レーダー上に敵機を確認。

IFがもたらした情報に二人の顔つきが一気に変わる。自分自身の表情も替わった自覚があった。おふざけは終わりで、ここから先は実戦の時間だ。

網膜投影にシーカーが表示される。誘導されるままに視線を向けると、低空を地形追随飛行する四つの影が見えた。

「管制隊へ、クラスノダール-1エンゲージ!」

管制隊に接敵を報告し、ラムジェットを過給させ一気に加速する。一秒でも早く射程に収め、攻撃を開始するために。

≪クラスノダール-2エンゲージ!ミサイルロック開始!≫
≪クラスノダール-3エンゲージ!パルスライフル励起開始!≫

僚機は後衛支援機と中衛狙撃機。自機の装備は本来後衛狙撃機とでもいうべきポジションでなくてはならないが、この100mmレールライフルは近接もこなせる代物だ。であるならば……

「俺が前に出てひきつける!貴様らは援護を!」

≪≪了解!≫≫

こちらの突貫に気づいたのか、あわてて高度を取ろうとする3機。最後尾の1機はこちらの真下を通過しようというのか、全速力で直進しつつじわじわ高度を上げるつもりのようだ。
はん。4番機は機兵式空戦機動を分かっているじゃないか。

さぁ、どう料理してやるか。まずは一番槍を馳走しよう!

―――中距離ミサイル、光学・熱源・レーダー三重ロック。発射準備完了。

「長槍をぶちかませ!クラスノダール-1、Fox-2!Fox-2!」
≪クラスノダール-2、Fox-2!Fox-2!≫
≪クラスノダール-3、Fox-2!Fox-2!≫

主翼下のウエポンポッドに格納していた中距離ミサイル3機分、計12発を斉射した。12体の猟犬が蒼空を切り裂き、白い軌跡を残しながら獲物に向かってひた走る。

―――敵機、チャフフレア放出並びに電波妨害開始。

狙いは無理に高度を取ろうと運動エネルギーを浪費している3機だ。接近するミサイルに慌ててブレイクする3機はチャフやフレアをばらまき、どうにか逃れようとする。アルセナル謹製のおバカな猟犬はぶちまけられた餌に食いつき、交わされ、遅れた2発を残して無力化される。賢い2匹が一機に襲い掛かるも、別の機体が妨害して直撃を回避した。

戦果はたった一機の片腕をもぎ取るにとどまったものの、敵はばらけ、なおかつ運動エネルギーを全て浪費している。優位は揺らがない。

―――ミサイル撃墜されました。着弾1、敵3番機右腕喪失。

対するこちらは万全の状態で高空に陣取り、かつ高速飛行している状態だ。長距離射撃武器を持つ我々を止めるには、同速まで加速しつつ、撃ち下されるのを避ける為に高度を上げなくてはならない。こちらはただ上昇しようとする敵を高空から撃ち下し、阻害しているだけでいい。

「予定変更!右往左往してる3機は雑魚だ!お前らで片付けろ!」
≪旅団長はどうするんで!?≫

俺がエースと遣り合う。雑魚片づけは任せよう。

「4番機は私が相手どる!」
≪おいしいとこだけ持ってくのずるいですよ!≫

そう宣言すると明確に不満を顔に出す連隊長。上官命令だぞ従えよ。副長も同じような顔するな。

「やかましい!それが嫌ならとっとと片づけて参加しに来い!」
≪連隊長、早い者勝ちですぜ!≫

それが嫌なら仕事片付けて参加しに来いと言えば、二人とも現金なもので急にやる気を見せ始める。そんなにやる気出るなら指示した時点でやれよ。俺君らの上官だぞ?

≪2機落とした方が先だな!というわけで小型ミサイル斉射ァ!≫
≪ズルいぞ連隊長!≫
≪ははは!装備の選択を誤ったのが悪いぞ副長!≫

先行しようと加速した副長の後ろから、両手に抱えた小型ミサイルを斉射する連隊長。まぁ、どうやっても機体よりミサイルの方が早いわな。
ドヤ顔の連隊長に慌てた副長も、パルスライフルの射程に急行する。もう少しで射程内だし、うまくミサイルを避けてくれることを祈れ。

ぎゃあぎゃあ騒ぎながら暴れまわる二人を見送り、こちらは事らの仕事に取り掛かる事にする。アホな猟犬どもは囮に嗾けたし、こっちは本命狩りと行こうじゃないか。

「さて、4番機はどうした?」
―――敵4番機、当機の下方を抜け背面方向で急上昇中。

4番機の位置を問い合わせれば、水平方向の相対位置が入れ替わっていた。相手はまだ高度的にわずかに下だが、速度は同等以上だ。急上昇しても速度は十分に保持した状態で高度を合わせてくるだろう。

ちと前進しすぎたか。まあいい、これでいい勝負ができるってもんだ!制御スラスターで機体をその場で振り回し、機体の向きを入れ替えながら飛行する。

運動ベクトル変換により、最小限の弧を描いて敵に向き直る。100mmレールライフルをしっかりと両手で保持し、射撃体勢を取った。

「躱して見せな!」

―――敵機ロックオン。

視線の先、シーカーの中で後進飛行しながらこちらにライフルを向ける敵機に、100mmレールライフルをお見舞いする。操縦桿のトリガーを引くと同時に、弾頭裏の薬莢型キャパシターが急速放電し、弾頭を電磁加速させた。

―――敵機回避行動。

「なんだと!?」

レールと擦れた弾頭表面の一部は青いプラズマ炎として銃口から放出される。マズルフラッシュのような炎から、100mm弾が大気を切り裂き極超音速で飛び出した。
だが、弾丸が飛び出す前に、敵機は回避行動を始めていた。結果として、飛翔した弾頭は首元の装甲を削り飛ばすにとどまる。

「どういうことだ!?」

―――理論不明。敵機は射撃信号発火以前に回避機動を入力していると予測。

IFの声にもわずかに困惑が見えるのは俺の気のせいだろう。初期設定のIFに感情エミュレート機能はついていないのだから。いつもの抑揚の中に、自分の困惑が紛れ込んで誤認しただけだ。そう言い聞かせないと怖い。

牽制と確認の為に残弾を全て速射する。ほんの一瞬で14発の弾丸が撃ち尽くされ、そのことごとくが掠るだけにとどまった。

「本当にどうなってやがる、俺の腕がなまったとでもいうのか?」

IFにリロードを命じ、右方向にブースト。急激なGが体をシェイクしてくる。左首を掠めるように砲弾が抜ける。衝撃がでかい、相手も狙撃型か!

―――その仮定を否定。先程の射撃精度は通常より1.2倍の集弾率。回避は敵機の特殊機能によるものと推定。敵パイロットは未来視または超演算能力者の可能性。適宜対応を推奨。

「どんなファンタジーだそりゃ。」

意味の分からない推論に疑問を投げかける。深く考えるな、IFが推論なんてしないなんてことは頭から投げ捨てろ。今気にするべきはそこじゃない。

3点バーストで牽制するが、牽制になっていない気がしてならない。相手の進路妨害になっていないからな!

―――アルセナルにおいても数名確認。特筆すべき現社長は認識情報を無意識化で処理し、疑似的な未来予測を行う事で驚異的な命中率の狙撃を実施。

「うちの社長かよ。」

また嫌な名前が出てきた。総戦技演習で手も足も出なかった記憶がよみがえる。え、大丈夫その話題。俺粛清されたりしない?

その話題に意識を持っていかれた一瞬で、肩の端を削られた。無意識に回避行動取ってなければ片腕持ってかれてたな。

―――彼女は人造超能力兵士計画の第六世代狙撃特化モデル遺伝子の発現個体。現代においては非常にまれなレベルで発現している個体。

「知りたくねぇ情報をありがとよ!要は社長並みに厄介ってことだな!」

これ絶対上層部以外知っちゃダメな、レベル5機密じゃないですかヤダー!?なんでお前こんな情報持ってんだよ!ホントにIFなんですかねぇ!?

接近するためにあえて高度を下げつつパワーダイブ。音速超過の世界へレッツゴーだオラぁ!

―――肯定。先程の回避行動から、同格の可能性があります。第六世代超感覚予知、または広域読心能力タイプと予測。

「大言壮語吐いたんだ、やってやろうじゃねぇか!」

もう何でもいい!あとは生き残ってから考える!総戦技演習の恨み、あんたにゃ関係ないが八つ当たりさせてもらうぜ四番機さんよ!

接近のため、ランダム機動で敵の射撃を回避する。手動でアレンジを加えるよりも機械に任せた方が回避率が高い。マジで心を読んでる可能性あるぞこいつ。

そして前後左右に振られてめっちゃ気持ち悪い。このまま続けると上から出ちゃいそう。

―――機体内での嘔吐は禁止されています。気合い推奨。

それにしてもこのセメントIF。初期設定のはずなのに、だれも見たことないっていうんだよな。どういうことだよおい。
最終更新:2018年05月04日 01:01