偽にして卑であると囁かれたゴエティアが記す、カラスの悪魔と同じ名を持つ人間が居る。
情報を盗み、尊厳さえも裸に剥き、敵を砕く尖兵。
友を繋ぎ、過去を記憶し、今を知らせ、未来を預言する尖兵。
その人間は、安寧な人生を魔導書に奪われ……戦禍に弄ばれる戦いの尖兵となった。
彼女はまだ、平穏を取り戻す事を、諦めていない。
諦めが肝心。郷に入っては郷に従え。
そんな古人の教えに逆らい続ける、彼女の名は――。
ラット・エブリデイ! 第1話 クアドラ・クロウズ / 友軍部隊救援
ライ子@Raiko_camera
久々の呟き! マジ忙しくて死にそう!
ライ子@Raiko_camera
RATに入社してしかも趣味の撮影が活かせる広報で私マジ勝ち組wwww
……と思ったら、入社僅か×年目にして部署移動。ありえん。
ライ子@Raiko_camera
しかも移動先が超ハードでブラック。
おちんぎん良いのは救いだけど……辞めたみ溢れる
つい最近更新した、自身の呟きを虚ろな目で眺めた後、端末を机に置く。
小さな会議室、と言った風の殺風景な部屋。安普請な机と椅子は、ある意味企業らしさがある。
顔を上げると、前の席に数人が座り、大きなディスプレイが正面の壁に掛かっているのが見える。
ディスプレイの前に立つ男性は上司だ。
役職は係長? 課長?
違う。何が違うって、ジャンルが違う。
「第1小隊諸君。ブリーフィングが始まるまでに簡潔に説明しておくけど、味方がヤバい」
「中隊長。もう少し詳細に願います」
「……これで結構詳細なんだよ、ノーヴェ君。残念な事に」
そう、中隊長。
彼はハロルド・ストラウス中隊長であり……少佐でもある。
お分かり頂けただろうか。
広報に配属された、短大出の小娘が転属した先は……軍隊だ。
「ロストゾーンで、派遣軍のマゲイア中隊と連絡が取れなくなった」
軍隊とは何か。戦争をする集団である。私が知る軍隊の情報は、ほぼそれだけに等しかった。
戦車と装甲車の区別も出来ず、銃はフィクションの小道具と認識し、人の死と直面したのは親戚の爺さんの法事のみ。
そんな私が、信じられるだろうか。
兵隊ではなく士官……それなりに偉いヒトとして扱われ、しかも≪特別中の特別≫な兵器を扱う羽目になったのだ。
「中隊のコールサインはダスティ。マゲイア3個小隊12機からなる、通常編成の部隊だ」
その兵器の名は、テウルギア。
アニメやゲームで、主人公が載るカッコいいロボット。見た目も、役目も、大体同じだ。
学生時代、クラスのオタクな男子が、雑誌片手に騒いでいたのを覚えているけど……彼らもまさか、私がそれを操縦しているとは夢にも思うまい。
羨ましいでしょ? 代わってあげるよ。いやホントに。
「通信の回復を試みているが、現状では状況不明。他の部隊も遠くてアテにはできない。ダスティ諸兄はお祓いに行くべきだろうね」
テウルギアは世界に数百機……もっとあるんだっけ? まあ、そう聞くと、凄くなさそうに聞こえなくもない。
でも、兵器っていうカテゴリ的には、物凄く少ないんだそうだ。
乗れる人間も、とある理由で限定されている。選ばれし者ってやつだ。
「ともあれ。中隊を救うため、我らTBCTに白羽の矢が立ったワケだ」
リアルな話をすると……給料がめっちゃいい。
RATも一応グループ基幹だから、他の会社よりも多めに貰えるけど……その給料が倍になった。しかも、転属直後でコレ。
じゃあ、ラッキー?
冗談じゃない。給料が高いという事は、それだけの仕事を期待されていて……それだけ危険だという事。
「どう思うね? バルセロス君」
「小生、その音信不通が気になりますなぁ」
「ダスティより電子戦機が多かったんじゃない?」
「ハティ殿の意見に賛成はしますが、もう一捻りあるのではと、小生は考えております故」
「ま、現状ではどれも憶測に過ぎないので、君たちに直接調べてもらうよ」
そして、どうも、話の流れ的に。
その危険な仕事を任されそうな予感が。
「という訳で、ライム君。出番だ」
「私ですか? ま、間違いではなく?」
「君だとも。ライム・ネヴァンズ少尉。ハティ君と共に、現地へ飛んでもらう」
そら来た。来ると思った。
私の乗るテウルギア・ティエスランは、フェンリル社の最新鋭機AGOUをベースに、偵察能力や電子戦能力を強化した機体だ。
こういう、状況の分からない事態にはうってつけ……ん? ちょっと待って?
「し、質問!」
「はいライム君!」
「私とハティ先輩……だけなんスか?」
「マゲイア中隊を2個つけるよ」
「他は来ないんスか?」
「いやぁ、派遣軍に急かされてるんだよねぇ。実際、時間は惜しい。これでも中隊を1個増やさせたんだよ。私の権限で、そう私の権限でね!」
謎のドヤ顔をキメる中隊長。確かに増やしてくれたのはありがたい。
ありがたいけど……。
「え、随伴歩兵とか機動砲兵は?」
「次の質問を」
「……航空支援」
「戦争って、人を残酷に変えるよね。はっはっは」
「なにわろてんスか」
露払いも面火力も航空支援も無し!
ほら、ノーヴェ大尉の顔が真っ青じゃん。
絶対に昔のトラウマ思い出してるよ。ヤバいって事だよこの作戦!
「他に質問は無いかな。では、レメゲトン諸君はどうかね?」
レメゲトン。大昔の魔導書の名前らしい。
ここではテウルギアのOSを指す……いや、テウルギアそのものと言ってもいいかもしれない。
何故なら≪レメゲトンが搭載された兵器≫が、テウルギアを名乗る条件だからだ。
「僕は特にないかな」
「俺もねえな」
「私も異議なし」
ディスプレイに写る、様々な姿のアバター。彼らがレメゲトンだ。
自然な挙動と、自然な発声。良く出来たバーチャルモデルに見える。
でも、レメゲトンの凄さはそこじゃない。
何と、人格がある。
いっそ、電脳世界に住む人間と例えてもいい。それくらいに、生きた存在に見える。
「私は無いよ」
「大丈夫でーす」
もちろん、私のティエスランにも、レメゲトンがいる。
フギンとムニンという、双子の女の子。
黒い髪、黒い瞳、黒いローブ。白い肌を除けば真っ黒な見た目。
神話に出てくる神様の、使い魔の名前なんだそうだ。
……あれ、誰も異議無しなの? 酷くない?
「よろしい……おっと」
ディスプレイに緑色のアイコンが灯り、ショートメッセージが表示される。
作戦部隊がブリーフィングルームに集まった事が書かれた、呼び出し文だ。
「それじゃ、2人はブリーフィングルームに。幸運を」
「「はっ!」」
大きなため息を吐いて立ち上がると、私の携帯端末に≪移動≫した双子が、手を振りながら話しかけてくる。
「先に行ってるね。お姉ちゃん」
「頑張ろうね。お姉ちゃん」
先人曰く、可愛いは正義。
この2人を見ていると、なんだか元気が出てくるから凄い。
「うん、頑張ろう」
双子に言葉を返して、私は私の準備を始めた。
▽
燦々と降り注ぐ春の日差しと、どこまでも続く青い空。
これがピクニックなら百点満点なんだろうが、残念ながらそうではない。
荒野に散らばる都市の廃墟。その遠く外側にある緩やかな丘に、私達は居る。
友軍の中隊も、離れた場所の、似たような地形に布陣している。
ティエスランのメインカメラ越しに、作戦領域が映る。
かつては高層ビルであり、閑静な住宅地であり、あるいはショッピングモールだったのだろう。
数十万が人生を送ったであろう都市も、今では自然に呑んですら貰えない、寂しい墓場になってしまった。
その中や外縁には、難民が暮らす建築資材の寄せ集めが、どうにか家としての体裁を保っている。
ムラクモ難民区のように組織化されたモノではなく、企業から認知されていない人達の群れ。
軍事空白域、通称ロストゾーン。
廃墟と難民が身を寄せ合い、三大勢力の軍隊が、それを無意識の内に蹂躙していくエリア。
枯木も山の賑わいとは言うけれど……これを賑わいと呼びたくないのは、私が基幹企業の領民だからだろうか。
「フギン、ムニン。調子はどう?」
「通信頻度解析と、相互通信頻度マッピングをやってるよ。もうすぐ終わるかな」
「画像解析と地形情報の更新は、ライブラリアンに委託してるから待ってあげてね」
この子たちは見た目は幼いけど、OSだ。私なんかより、よっぽど頭が良い。
だから偶に、何を言っているか分からなくなるから困る。
ライブラリアンは、単純な仕事をレメゲトンの代わりに処理する、RAT製のレメゲトン支援システムだ。これは流石に分かるけども……。
「ごめん、公用語でお願い」
「敵のお喋り電波をこっそり調べてるの」
「フローキからの画像と動画を調べるのは、ライブラリアンに任せちゃった」
「なるほど」
分かるけど分からん。
もっと勉強しないとだめだな、と思っていると、味方から通信が入った。
『ランドリー1-4からブルーム2』
「こちらブルーム2」
ランドリーとスイーパーがそれぞれマゲイア中隊。ブルームは私とハティ先輩。この作戦のコールサインだ。
コールサインは作戦ごとに変わるけど……ダスティの救援にこの名づけって、殺すつもりなのではと思ってしまう。
『やはりダスティとは繋がらない。電波妨害が行われて無い状況でこれだ……仇討ちになっちまうかもしれねえ』
「よして下さいよ。もしかしたら、隠れてるのかもしれないし」
『そうあって欲しいぜ。ヴェンスの野郎からスロット代を返してもらって無えんだ。死なれちゃ困る』
兵隊にゃ生命保険も無えしよ! とシャレにならない事を笑いながら言うランドリー1-4の声に、ポップな報告音が被さった。
「よーし、解析完了! 戦術データリンクで、前線司令部および作戦機と情報共有開始……お姉ちゃん、これを見て」
機体のメインディスプレイに、3Dモデリングで作られた廃墟都市の地図が表示される。
その両隣に、指し棒を持ったフギンとムニン。何だか天気予報みたいだ。
「フローキからの情報と、無線電波の解析情報を適用すると……こう」
地図の広い範囲に赤い点が次々と打たれていく。数は16個。
「この辺りに敵部隊。マゲイアの増強中隊かな。座標はD-4周辺。街のほぼ真ん中だね」
「このグループは、エイブルって呼ぶね」
「フローキからエイブルの姿はあんまり見えなかったから、上手く隠れているみたい」
「見えている分だけ解析すると……」
次に、フローキが撮影した航空写真が表示される。
建物の端や隙間から、チラリと見える程度の写り。空から撮ってこれだもの。
「製造元も機種もバラバラ。ごった煮だね」
「データベースに無い機体もあるけど、それぞれのパーツは照会出来たから、マゲイアのキメラだろうね」
「装備機種がメチャクチャで、なおかつ、マゲイアの増強中隊を用意できる集団……」
「多分FOJか、それの支援を受けた二次団体の可能性が高いよ」
「テロリスト、ってわけね」
軍隊ですら無かったのか。
でも最近のテロリストは、ちょっとした軍隊並の戦力を揃えている所もある。
TBCTのような精鋭でも、侮れば死が待っている。
「つまり条約の適用外だよ、お姉ちゃん……」
「ヤりたい放題できるね、お姉ちゃん……」
なんか、ここだけやたら媚び声なのはどうして?
お姉ちゃん寒気がしてきたんだけど。
「気を取り直して、こほん」
「現時点で判明しているエイブルの搭載火器と、過去にロストゾーンで報告されている、FOJ部隊の兵装情報をデータベースから摘まんで……」
赤い点の群れを大きく覆う薄赤色のドームが追加で表示された。
「これが、エイブルの交戦距離の予想だよ」
「結構長いね……」
下手すると、こっちの交戦距離より長いかもしれない。
「狙撃戦機とトリプルAが居る想定だからね。大当たりなら、カウンタースナイプをやる事になるかも」
「砲兵居ないもんね」
「絶対ヤダ」
ティエスランの主兵装は、120mmスナイパーカノン。小口径高速弾を用いる中距離狙撃用火器、らしい。
確かに狙撃の装備はあるけど、あくまで偵察機だ。
本物の狙撃手に敵うワケ無いでしょうが。勘弁してほしい。
「あと、ランドリー1-4の言う通り、ダスティの通信は捉えられなかった……急がないとだね」
……そう、まだ死んだと決まったワケじゃ無い。
もしかしたら、生き残って助けを待っているかもしれない。
降機して、どこかに隠れ潜んでいるかもしれない。
まだ、望みはある。
『ハウスキーパーから展開中の作戦機へ』
作戦指揮官からの通信だ。
『必要な情報が揃ったと判断した。これより、ダストシュート作戦のフェイズ2を開始する』
やっぱ私ら仲間を殺す気なんじゃ……。
『全ての作戦機に交戦を許可。幸運を祈る。神は我らと共に』
『ブルーム1からブルーム2。大丈夫? 行ける?』
ハティ先輩だ。
恐らく一番危険な役目を任されているのに、私を心配してくれる。振る舞いは幼くても、面倒見がいいのだ、あの人は。
「初陣じゃないんスから。やれますとも」
『よろしい! その意気よ!』
せっかくスペシャルな兵器を預かっているんだ。
戦闘なんてまっぴらだけど……何にもしないで見殺しなんて、もっと嫌だもの。
「フギン、ムニン。始めよう」
地図を消し、差し棒をしまった2人が揃って敬礼をしてみせた。
「了解! パワーユニット、戦闘出力!」
パワーユニットが低く重く唸り、アシストタービンが金切声で喚き立てる。
ディスプレイのUIが戦闘用に切り替わり、出力表示が目覚めたように跳ね上がる。
「マスターアームオン、マスターアームオン。ライブラリアンは最終チェック開始」
兵装の安全装置が解除され、装備の正常確認を示すグリーンライトが次々と灯る。
最後にフギンとムニンが頷き合い、虚空を指で押す。ディスプレイの中央に表示された文字は、戦闘準備完了。
さあ、やむを得ず仕事の時間だ!
「ブルーム2から、ランドリー1-2とスイーパー2-4。EWの準備は宜しいですか?」
『ランドリー1-4。いつでもいいぜ』
『スイーパー2-4。準備できている』
「了解……それじゃ、始めて」
マゲイア部隊の電子戦機も準備万端の様だ。
フギンとムニンに、電子戦を開始させる。
「了解! 攻勢電子戦開始!」
電子戦機3機分の電子攻撃。どうか上手くいきますように……。
『ブルーム1。G-4から一番乗り!』
『ランドリー。G-4から市街へ侵入する。全機、警戒を厳となせ』
『スイーパー。G-2からG-5より分散して侵入。ランドリーのバックアップだ。遅れるなよ』
ハティ先輩が中央から侵入し、ランドリーも中央から、少しずつ小隊の間隔を広げていく。
スイーパーは最初から別々の箇所から侵入。2個中隊でエイブルを半包囲できるように前進していく。
「エイブル、発信量増大。対抗電子戦を始めたね」
「……電波強度優勢。エイブルの無線通信は制圧下にあると判断。やったね!」
よし。ひとまず電子戦では勝っているみたいだ。
「エイブルの通信網、および電子防御を再検証。部隊編成を推定開始……こうかな」
「指揮官機がこいつ……電子戦機がこいつ……こうだね」
敵部隊を示す赤い点に、次々と数字が振られていく。これで、ある程度の部隊構成も暴いた。
後は、実際にやっつけるだけだ。
『ランドリー2-1、更新情報を受信……敵に動きはないか。我慢強いな』
『ビビってると思いたいんですが、最近のテロ屋は気合いが入っとりますからなぁ』
『何にせよ、遅い帰りになりそうです。ディナーに間に合うといいのですが』
『エサの時間の間違いだろ。あの食堂の味で、テーブルマナーが要るとは思えねえ』
敵を前にお喋りなんて、大した余裕だ。
恐怖とか、怯えとか、そういうのは無いのかな。あるいは、戦場が長いとそうなってしまうのか。
『そう言うな。量があるだけマシ……不明な熱分布を感知。マーカーに対しスラップショット!』
ランドリー2-1が突然叫び、すぐに一棟のビルに青いマーカーがセットされた。
遅れて、少なくともRATのモノでは無い熱分布情報がマーカーに被さる。敵を見つけた!?
『了解! ライフル、マーカー!』
廃墟の街に轟音が響き、反響音が街を駆け巡っていく。
マゲイアの105mm滑腔砲による射撃。APFSDSとHEAT-MPがビルの外壁を砕き、粉塵が舞い上がる。
多分、風通しが抜群に良くなっているだろう。
『スイーパー2-1からランドリー2-1。今のは何だ。状況知らせ』
『不明な熱源を感知、マーカーの位置を射撃した。現在確認中。スイーパー2は周辺を警戒』
『了解……ブルーム1も周辺警戒』
『ブルーム1了解。今の所、センサーに反応は無いわね』
『ランドリー2-1からブルーム2。我々が見えるか?』
うん。問題なく見える。大通りなのが幸いした。
「ランドリー2はビジュアル」
『了解……粉塵が消えたら目視でも確認するが……現状、そこからマーカー周辺に何か見えるか?』
「どう? フギン、ムニン」
2人に問いかけると、小首を傾げて小さく唸った。
「ううん。ティエスランもフローキも、何も見つけてないよ」
「ランドリーのセンサーにも反応が無いね……そもそも、伏撃機が無線を使わないかなぁ」
そう。この熱源の位置から、無線の送受信電波は感知していない。怪しいぞ、今のは。
『……何か妙だ。注意しろ』
『粉塵が晴れます。目視でマーカー付近を確認』
風が余韻を振り払い、崩れたビルの外壁と、朽ちた内部が身を曝す。
『目視で確認中……』
緊張で喉が渇き、思わずツバをごくりと飲み込む。
同じく、正座してランドリーの共有視覚を見ていたフギンとムニンが、突然立ち上がる。
「動いた!」
「えっ、何!? 何か居た!?」
「違うよ、エイブル! 3個小隊が前進を始めてる!」
移動想定は、翼を開くような展開。後衛のスイーパーと似た機動だ。
「スイーパー2と3。エイブルの小隊が接近中。交戦に備え――」
『クソがッ! 喰わされた!』
『ランドリー2、後退……いや、前進だ! 全機前進! 急げ!』
今度はいったい何なの!?
「ブルーム2からランドリー2! 何が居たの!?」
半ば反射的に問いかけると、やけくそ気味な声が返って来た。
『こちらランドリー2-3。居ましたよ、ええ居ましたとも。それっぽいダミー熱源の残骸がね』
「飛翔体を補足したよ。迫撃砲弾がたくさん!」
撒き餌みたいな感じか! やらしい事するなぁ!
「大丈夫なの!? 避けられるの!?」
「うん。弾道はランドリー2の過去位置に集中……弾着、今」
フギンの言う通り、さっきまでランドリー2が居たあたりで、次々と爆発が起きる。
もう少し気が付くのが遅かったら、危なかったかも……。
「分断されちゃうとまずいね。最短の別ルートを後方のスイーパー2に提示」
「ブルーム2からブルーム1。敵小隊が接近中……分隊規模に散開。両脇から挟んでくるよ」
『了解。向かって右を出迎えるから、ランドリー2は左をよろしく』
『ランドリー2-1了解。敵分隊の出鼻を潰す。私に続け』
味方と敵の距離が一気に詰まっていく。そろそろ、戦闘が始まる。
「全ての想定交戦位置が、ティエスランの射界外。移動しよう、お姉ちゃん」
偵察任務はともかく、火力支援ができないからね。
でも、できればココに居たいんだけどなぁ。
「あ、お姉ちゃん動きたくないって思ってるでしょ」
「駄目だよ。ちゃんとお仕事しなきゃ」
バレた上に説教されてしまった……見た目で言えば小学生くらいの女の子に……。
お姉ちゃんちょっと反省。
「わ、解ってるよ。どこを援護に行こうか」
『そうだねぇ……あれ?』
「どうしたの?」
何に気が付いたフギンとムニンが、友軍機に直接コンタクトを取り始めた。
『ブルーム2からランドリー1-4』
『こちらランドリー1-4! 交戦中だ、手短に!』
『ランドリー1-4の近くで、サバイバルキットのビーコン反応と無線電波が一瞬出たよ』
『ほ、本当か!?』
マゲイアやテウルギアには、行動不能になった時の為のサバイバルキットが詰まれている。
食料品や医薬品、ナイフや短機関銃。そして、小型の無線機と特殊な識別用ビーコンとストロボも入っている。
『……こ……つな……て』
『こちらランドリー1-4! 聞こえ……邪魔だテロ野郎!』
数瞬後、ビルの影からマゲイアが転がり出し、立ち上がろうとした所でコクピットを撃ち抜かれて爆散した。
ランドリー1-4、電子戦機なのに。凄い。
『……っと繋がった! ははは! どうよ! 電気科行っといて正解だったぜ!』
『お前ヴェンスか!? 無事か! 他の連中はどうした!』
『んだよ、てめえかよ! 借りが増えちまった! 俺以外に3人いる。他は、くたばったよ。多分な』
……12人中、生存者4人。随分いなくなってしまった。
『もう少し待ってろ。片付けたら回収する』
『待て! それより、マゲイアはすぐに全部後退させろ!』
『何言ってんだ? こっちが押してんだぞ』
不可解な事を言う生存者に首を傾げていると、報告音が鳴ったので画面を見る。
「D-4に留まっていたエイブルの小隊が動いたよ。両翼のエイブルに合流するつもりみたい」
「フローキからの映像を出すよ」
画面端に、カメラ映像がポップアップする。
こちらの左翼側……スイーパー1に向かう2機のマゲイアだ。
……マゲイア?
「ねえ、こっちの、手前側の機体をもっと映して」
「うん。ちょっとだけズーム」
私の趣味は撮影だ。
街路樹と青い空。駐車場の珍しい高級車。公園ではしゃぐ子供と小鳥。
特にこだわりもなく、何でも撮る。
だから、なのかは分からないけど、モノの観察には自信が有る。
このマゲイアの動き、何か不自然だ。
『俺らも騙されたんだよ! 早く下がれ!』
『理由を言え、理由を! お前の悪い癖だ!』
どっかで見たなぁ、この動きの感じ。
確か近所の公園でやってた……アレだ、ヘタクソなロボットパントマイム。
多分練習中だったのかな。不自然に機械の真似してる感が半端なくて……。
「……それだ!」
「お姉ちゃん?」
「ブルーム2から展開中の作戦機に至急!」
『アイツら、マゲイアだけだと思ってた!』
「『敵に、マゲイアのフリしたテウルギアが混ざってる!』」
ティエスランに腰を上げさせ、ブースターに火を入れる。
身体がシートに押しつけられ、カメラ越しの風景が私の後ろへすっ飛んでいく。
「ブルーム2はスイーパー1を援護します! 後退出来ますか!?」
『スイーパー1-1、ネガティブ。敵機射程内……成る程、動きが滑らかだ。テウルギアだな』
「のんびり分析している場合ですか!」
『なに、スローライフが老後の夢でな……突撃破砕用意。前方のエイブル、小隊集中、撃ち方始め』
スイーパー1が射撃を開始した。半自動のはずの発砲音が、綺麗に連なって響き渡る。
『1-3被弾。スクロールの損害評価は小破。戦闘を継続』
『了解。ブルーム2、急いでくれ』
「もう少しでその道に出ます!」
でも、どうする? このルートだと、スイーパー1の後方に出てしまう。
敵との間に、味方が居る事になる。決して広くないスペースだ。誤射は避けられない。
といって、彼らを悠長に追い越す時間も無い。僅かなタイムロスが、敵テウルギアの狩場を創る。
「いっそジャンプして撃てば……いやでも、それで正確な射撃なんて……」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。その為の私達だもん」
「十字路から飛び出したら、すぐに敵を撃って。弾をいい感じにすり抜けさせるから」
「そ、そんな事できるの? 本当に?」
「任せてよ!」
任せてと言うけれど、仲間を救うために仲間を撃ちかねない状況だ。
どうしても気が引けるというか……。
「ブルーム2からスイーパー1。こっちが撃つまで動かないでね」
『策があるのか』
「よーく狙うだけだよ」
『了解。そうしてくれ』
「ちょっとぉ!」
しかしフギンとムニンは、満面の笑みで私を覗き込む。
「信じる者は救われるんだよ?」
「さあさあ、藁に縋って。大事なのは、救われようとする貪欲さだよ」
「ううう、酷い職場だ」
……仕方が無い。
やるしか無いなら、やってやる。
「スイーパー1の視野情報とフローキのライブ映像を取得。敵テウルギアの運動パターンを解析」
「電子戦能力を最低限化。火器管制システムと統合電子戦システムをリンク。火器管制の分散処理を開始」
機体の腰を落として、スナイパーカノンを準備。
十字路手前でブースター推力を切り、アスファルトの道を削りながら滑り込む。
「運動パターン評価は単純。命中確立を上方修正。照準を再補正……機体制御の補正を大に……」
「火力発揮タイミングを修正……カウントスタート。5、4、3……」
落ちかけたハンバーガーショップの看板を通り過ぎ……十字路に出た。
大きく揺れるシートと画面。スイーパー1が道を塞ぎ、敵のテウルギアの姿は、ほとんど見えない。
それでも、やると決めた以上は……。
「「トリガー、今!」」
人差し指に、力を籠める。
メインカメラ保護のシャッターが、一瞬だけ暗闇を作る。
マズルブレーキに調律されたブラストが、重金属のダーツを盛大に送り出す。
弾体がサボットを脱ぎ捨てて。
スイーパー1の脚と脚をすり抜けて。
風を裂いて路を飛び。
……敵テウルギアの、左膝に喰らいついた。
「「やったあ!」」
予告も無く膝から下を失った敵機は、バランサーの恩恵を振り切って盛大にスッ転んだ。
全身から部品をまき散らしながら転げまわり……スイーパー1の目の前でようやく停止した。
「やったぁ……ヤバい、心臓ブッ飛びそう……」
『スイーパー1-1からブルーム2、ナイスショット。20年前ならきっと惚れていたよ』
「そ、そいつはどうも」
ブリーフィングで顔をチラ見したけど。クールなおヒゲのおじ様なんだよね、スイーパー1-1。
……すいません、今惚れて貰ってもいいです。いや、流石に言わんけど。
『そして、成る程。双子の嬢ちゃんの言う通りか』
『ええ。これなら、よーく狙えます。小隊長、指示を』
『小隊、撃ち方――』
『まっ、待て! 待ってくれ!』
突然、聞き慣れない声が無線に割って入った。
「お姉ちゃん。敵テウルギアだ。オープン回線」
「え、嘘。あんだけ転がってまだ生きてるの……」
「頑丈だよねえ」
しかし、何を企んでいるんだろう。いや、命乞い位しかないか。
『降参だ! 降参する! 見逃してくれたら、俺らの情報タダで寄越す!』
情報? FOJとかの?
もし本当なら、今後の戦いが有利になったりするかな……?
『情報とは?』
『世界市民武装戦線! FOJの傘下組織の情報! 俺らの事だよ!』
世界市民……確か、RATの周りで活動していた反企業組織だ。
去年あたりから、ぱったりと姿を消したって聞いてるけど……。
『……まずは降機しろ。話はそれからだ』
『わ、分かった。ちょっと待て』
歪んだハッチから這いずり出てきたのは、傷だらけの30歳位の男。
両手を上げて座り、私達を見上げている。
『俺はこれでも、ちょっとした地位に居る。それなりの情報は持ってるつもりだ。お前らだって情報は欲しいだろ!』
『……だ、そうだが。ブルーム2、どうかね』
「フギン、ムニン。何かわかる?」
問いかけると、二人は呆れたように両手を小さく上げた。
「まあ、聞いてよお姉ちゃん」
そう言うと2人は、同じくオープン回線で喋り始めた。
「ザック・コーヤロ、32歳。RAT領民だったけど、大学在籍中に反企業思想に染まって自主退学」
『そ、それ俺の……』
鴉達は世界を巡り、噂話を集めて回り、視えないねぐらで待つ主に、面白おかしく語って聞かせる……。
情報の調達は、フギンとムニンの得意分野だ。それにしたって、恐ろしく速いけど。
「この人カルデアン・オラクルズに載ってないし、諜報部の重要リストにも居ない。軽犯罪歴がそれなりに沢山。それ位かな?」
「所属していた小グループが世界市民武装戦線に合流したけど、直後に≪汚物達の清掃活動≫で壊乱状態に」
「主要な構成員が軒並み掃除されてるから……最近になって認証されちゃって、仕方なくテウルギアを任された感じだろうね」
「つまりどういう事?」
私の問に二人は、最高の笑顔を浮かべて答えた。
「この人から話を聞くより」
「砲弾を消費した方がお得」
可愛い顔で何て恐ろしい事を。
『ミスター・コーヤロ。私としては、降伏をお勧めするよ』
『ふ、ふざけんな! クソッ、企業の犬どもがッ!』
慌てて機体に戻っていく彼は、しかし……。
『君とて、思想に飼われる身だろうに。犬同士、仲良くする気は無いかね?』
『舐めんじゃねえ! こっちはテウルギ――』
『撃て』
……運動性が良くても、その装甲は、崩壊寸前のテロ組織が用意できるモノでしかないのだろう。
魔導書に見初められた彼は、その事を知っていたのだろうか。
あっさりと穴だらけになった機体には、いっそ寂しさすら漂っていた。
『無力化を確認』
『……小隊長。どうも、こいつでは無さそうですね』
いくらテウルギアといっても、この人がダスティを追い詰められるとは思えない。
『ああ。恐らく、本命が居るな』
本命……もう1機テウルギアが居るとすれば、そいつは右翼側に向かっている可能性が高い。
「だとすれば、あっちの部隊を援護に行かないと!」
「お姉ちゃん落ち着いて」
「そっちは多分大丈夫だよ」
「ど、どうして? だって」
『そんなの、どうでもいいわよ! 此方に私! 彼方に貴方! やる事はひとつでしょうが!』
オープン回線から聞こえてきた、どこまでも響き渡りそうな女性の声。
……そうだ、ハティ先輩が居るじゃないか。
『思想と嗜好を溶かして混ぜた、過激で素敵な戦いを!』
『このガイキチが! 毎回ヤってんのかそれ!』
『その気になった時だけよ!』
なんて気の抜けるやり取りだ……。
「フローキを先輩の所に」
「はーい」
上空からの映像で、ハティ先輩の戦いを見る。
といっても、直ぐに勝負はつく。
一瞬で懐に飛び込んで。
『速……』
腕や脚を斬り飛ばし、無力化。
『な、どうなって』
地面に転がった機体の背中。つまり、装甲化が難しい所から。
『待っ』
大型物理ブレードを突き立てる。
『無力化を確認。よくやった』
『他愛ないわね』
世界規模の情報サイト、カルデアン・オラクルズ。
そこにはオラクルボード……私達テウルゴスを独自に格付けしたランキング表がある。
ハティ先輩は、アレクトリス内で12位。伊達では無いという事だ。
ちなみに私はランク外。個人的には、むしろ載りたくないからこれで良いと思っている。
「ていうか。何で壊滅寸前のテロリストが、テウルギアを2機も持ってたんだろ」
「1機は最初から。もう1機は、組織の統廃合の過程で手に入れたみたいだね」
「吸収したグループが偶然持ってたのかも」
テウルギアを持っている事を、再起の為に喧伝しようとしたのかもしれない。
早い段階で私達が来なければ、もしかしたら……。
『ハウスキーパーから展開中の作戦機へ。引き続き、不明者の捜索を継続せよ』
やっと本番、といったところか。
正直今すぐ帰りたいけど、まだ生存者がいるかもしれない以上、探さない訳にはいかない。
『ランドリー了解』
『スイーパー了解』
『ブルーム了解』
部隊のリーダー達が返答し、作戦が続行される。
「さ、続きをやろう。お姉ちゃん」
「早く見つかるといいね」
「そうね。頑張ろうか」
太陽が徐々に落ち始め、空に灰色の雲が増えてきた。
降り出すと、お互いに良くない。早めに終わらせないと。
「フュージョンセンサのモードを対人捜索指向に」
「フローキ主機がフューエルビンゴ。予備機を射出するよ」
手際のよい双子に頼もしさを感じつつ、広大な都市の地図を眺める。
先は長いという嘆きと、まだ頑張るぞという気合を込めて、短く強く、溜息を吐いた。
▽
「あー、疲れた……」
基地内の自販機に背を預けて、どんよりと息を吐く
ジュースのラインナップは平凡だし、ベンチが無い。
その代わりそこそこ静かで、用のありがちな部屋とそこそこ近い。
何かと都合のいい位置にあるので、一種の穴場的な自販機なのだ。
「お、ライムじゃない! お疲れさまー!」
「お疲れッスー」
ハティ先輩が来たけど、構わず自販機にだらりと寄り添う。
「もー、だらしないわね。シャキっとしなさいよ! シュゥアキッッっと!」
「むしろ先輩は何でそんなツヤツヤしてんスか」
「鍛え方が違うもの」
腰に手を当てて笑って見せる先輩は、もう一戦位してきそうな勢いだ。
戦闘が終わって数日経ったけど、家に帰っても軍隊の遠足は終わらない。
報告やら事務処理やらなんやら、とにかくやる事が多い。戦闘の疲れが取れる前に、別種の疲れが押し寄せる。
先輩は何でこんなに元気なんだろう。実はサイボーグか何かじゃないのか。
「結局、最初の4人しか生きて無かったッスね」
戦闘が終わった後に捜索を続けたけど、見つかったのはマゲイアの残骸と、直視できない遺体だけ。
「その人たちを助けられただけでも、良しとしましょ。ポジティブに考えないとね!」
取り出し口から缶コーヒーを回収する先輩の声は、いつものそれと変わりない。
「……私も長くここに居たら、慣れちゃうんスかね」
「というか、慣れなかった人から死んじゃうから。早く慣れた方がいいわよ?」
「ハティ先輩って、結構ドライなトコありますよね」
「クールって言って欲しいわねー」
明日の天気予報を答える気安さで、死は隣人なりと先輩は言う。
まったくもって嫌な世界だ。
「そもそも、慣れるのは全然良いのよ。染まらなければいいだけの話でさ」
「何が違うんですか?」
「心の根っこを掴んでいるのが、自分か周りか。ここだけは、それこそ死んでも譲っちゃダメ」
「そういうもんスかねぇ」
「多分ね」
先輩は相変わらずの笑顔でそう言うと、缶を捨てて大きく伸びをした。
「じゃ、私急ぐから!」
「何かあったんスか?」
「いや……報告書をまだ書いて無くて……」
「ええ……提出期限、今日中ッスよ……?」
「書類仕事は未だに慣れないのよねー」
だからいつも、提出遅れで腕立て伏せさせられているのか。死んだ目で。
先輩の言う通り、慣れるのは早い方がいいみたいね。
「……あんなに罰で筋トレしてるのに、何であっちこっち細いんだろう」
「ん? なんか言った?」
「いえ何も」
ただの嫉妬なのでお気になさらず。
出る所はちゃんと出てるあたり、先輩はやっぱりサイボーグじゃなかろうか。
今度こそ立ち去った先輩を見送って、明日の休日は何をしようかなと模索していると。
「お姉ちゃん! おねーちゃーん!!」
「うぼぉッ!」
突然、私の端末が騒ぎ出した。フギンとムニンだ。
「な、何よ急に! ジュースちょっと出ちゃったじゃない!」
「お姉ちゃん凄いよ!」
「これ逃したら勿体無いよ!」
「落ち着いてよ。何があったの」
唐突に急かし始めた双子を、宥めながら話を聞く。
「あそこの、ピンクの洋菓子屋さん!」
「開店3周年で明日だけ全品30%オフ!」
「なんだとッ!」
個人でやってるお店なんだけど、滅茶苦茶美味しい上に、菓子のデザインが最高に可愛い。
食べて良し、撮って良しの優良店舗だ。それが、3割引きだって?
「でも、そんな告知してなかったじゃない」
「あそこのお姉さん、凄い気まぐれさんだもんねー」
「監視カメラの映像を覗き見てなければ気が付かなかったよ」
「そういうの、なるべくやらないでね?」
一応犯罪だからね?
でも、今回は目を瞑る。しょうがない。お菓子には逆らえない。
「ていうか、2人とも食べられないのに熱心だね」
「お姉ちゃん絶対写真に撮るでしょ?」
「可愛いから間近で見たいもん。出来れば動画も撮って欲しいなー」
……バルセロスさんが、レメゲトンを現実に連れ出したい、っていつも言ってるけど。
その気持ちがちょっと解ってしまった。
「あそこ、数は少ないから急がないとね」
「信号機ってハックできるかな」
「今日から仕掛ければイケるかも」
「いやホント止めて。捕まるから」
染まらなければ良い、って先輩は言ってたけど。それに関しては自信があるぞ。
いや、特に根拠とかは無いけど。ま、何となくだ。
「明日が楽しみね。私の舌とカメラが唸るわ」
「いよっ! お姉ちゃん大将!」
「寝坊だけはしないでね!」
そうとも、戦争なんかに負けてたまるか!
その時の私は、確固たる熱意に満ち溢れていた。
報告書の無数の誤字を指摘され、ノーヴェ大尉に腕立て伏せを強要されるまでは。
「よし、10回。止めていいぞー」
「実質70回ッスけどね……う、腕が死ぬ、いや死んだ……」
「ハティはその倍やったぞ。まだ楽な方さ」
「結局遅れたんスかあの人……」
しかし、想いの強さは増したに違いない。
必ず平穏な生活に戻ってみせる、と。
最終更新:2018年05月15日 00:53