第2幕 ―― 諦観
「クソっ! 急げ!」
先程までのだらけきっていた姿勢を慌てて立て直すイズメール=口角泡を散らす/画面を一瞥――画面に映された人型のシルエット×三=自分たちの乗る〈Mg-33〉より一回り以上も巨大な機体が、空中より落下の真っ最中。
呆気に取られるしかない三人=イズメール+ユーサフ+サバシュ……交戦許可なし/敵から発砲なし/対するアルセナル機体×三もめぼしい反応なし――その瞬間をむざむざ目に焼きつけるしか許可されていない。
三人にどっと噴き出る冷や汗・脂汗=額・背中・こめかみ・脇――極寒の外に投げ出されたかのように体温が吸い取られる錯覚すら覚えるほどの焦燥。
視界の隅で急加速と共に離れていく巨大な翼=三機を運んできた輸送機――空から人型兵器を投げ落とすという耐衝撃装置を過信しきった所業……しかしこちらに舌を巻く暇すら与えない。
三機の巨人が雪の大地へ落着=巻き上がる雪塵――もはや墜落なのか着地なのか不明/いくら積雪が分厚いと言えど超重物体の落下を相殺しきれるはずもない――轟音=悲鳴のような金属の軋み。
ようやく事態を理解したらしき応援が背中側からノロノロと登場――冬眠し損ねたカマキリたち×三が×三されてわらわらと状況を見渡し・把握する。
通信に割り込む同僚たちの罵声――「今更仕事かよ」「寝ていたのによ」「なんでこんな時に」……やる気なしとしか思えない罵倒の数々を黙殺。
静寂の果てに轟く銃声――どちらからの砲声なのかも判別不可。
人間が持てるほど小っぽけではない。数倍に及ぶ火薬量の炸裂が生み出す衝撃の乱打=もはや戦闘機に設えた機関砲の咆哮じみた甲高さ。
マイクで音を拾っているはずもなし――雪に掻き消えそうなはずの音が、あまりの轟音ぶりに装甲すらすり抜けてイズメールたちの鼓膜を揺さぶる。
雪原と灰空を切り裂く一方的な火線/雪の大地に次々と開かれる大穴=発砲時の熱を纏った鉛弾が一瞬に雪を蒸発させて水蒸気がそここに舞い上がる。
一方的な掃射。発砲による高熱が冷気を相殺――一瞬のうちにかき消える雪塵。
現れた三機=空から落ちてきていたはず/しかし既に射撃体勢を整えて三本の火線を走らせている――着地の衝撃と雪の深さによるバランスの崩壊を一瞬で持ち直すという驚嘆するべき手際の良さ。
三機による三本の弾道=全て向こう側へ猛進/アルセナルの機体×三に散りばめられた火花+撒き散らされる鉄片/まるで眠りから叩き起こされたような慌てっぷりにスラスターを噴出=灼熱に蒸発した白煙の撹拌が姿を紛らわす。
「人の土地で、勝手なことを!」
唐突なサバシュの罵声/通信に入り込んでくる衝撃音=コクピットの内殻をぶん殴ったもの――そこまで怒らなければならないのかと嘆息したユーサフ。
白煙を突き破って現れた三機=既に散開している――計算しきったような鮮やかな距離と角度による包囲網を形成=一糸緩まぬ連携の証左。
アルセナル側の発砲/肩に担ぎ上げるほどにズ太い大砲から吐き出される砲煙=まるで戦車砲のように大気を揺さぶるような重底なる爆発音――空から落ちてきた勢力と違い火線を形成できるほどの連射性能は確認できず――放物線が雪に飛び込んだかと思えば真っ赤な火球が生み出された。
サバシュが、唾を飲んだ。
二つの勢力=三機と三機による砲撃の往来――自分たちが視界に入っていないと言わんばかり。
「おい、今なら……」
「できるさ」
ぼそぼそ溢れるサバシュの言葉――自分たちを蚊帳の外に追いやる者たちへの恨みを隠しきれないと言わんばかり。
意図を汲み上げたイズメールが鷹揚に返答/即座に寝惚け眼をこする同僚に声を張り上げる。
「散れ! あいつら全部、今のうちに……」
『待機だ。現段階での介入は許可できない』
唐突にコクピットへ飛来する低い声=女性――側頭を殴りつけてくる暴虐さに満ちた号令。
つい先ほどに自分たちが聞いていた演説と同一人物=フェオドラ・ジノーヴィエヴナ・シャムシュロファ――イズメールたちの上司/サバシュの偏見の象徴/この土地一体=採掘工場の社長を努める若き英傑。
社長はまだ状況が把握できていないと判断=へらへらと唇を釣り上げるユーサフ――上司である以上突然の反発を避けて質問。
「許可できないとは? 指でも咥えてろと?」
『その通りだ8番。敵対するアルセナル社と、見るところ隣の技仙共だろう。
双方とも我が方への危害を来していない。故に諸君ら防衛部隊が迎撃及び反撃する事例に該当しない』
努めて機械的な言葉の羅列/割り込ませないと言わんばかりに早口/反論を聞きたくないと言外に主張する嫌悪感にも似た重圧。
ユーサフのすぼめた唇から口笛が吹き出す――一言だけの軽々しい発言「えげつねぇ」。
領地侵犯を平然とやってのけた敵勢力×二に対してどこまでも寛容としか思えない対応。
最適だと判断した介入の好機を逸させるという防衛部隊に対してどこまでも辛辣な応答。
フェオドラの発言内容を組み上げるカマキリ×九。
その間に再び通信へ割り込む衝撃音=またコクピット内殻をぶん殴ったサバシュ――額の青筋+剥き出しの歯茎=今にも食いかからんばかり。
「俺たちが撃たれるその瞬間まで、他所者の勝手にさせろと言うのか!?」
『相手の手の内が読めない間は此方も迂闊に手を出す必要はない。どこで手を拱いているかわかったものではないからな。
我々防衛部隊の使命を見誤るな。略奪者の排除が第一だ。技仙共を見てみろ、此方に背を向ける略奪者がどこにいる?』
「我らの土地に侵犯し、戦闘までおっ始めているんだ! 奴等、舐め腐っていやがる!」
『感傷が過ぎるぞ5番よ。私の判断は揺るがん。
わかりにくいようなら言い換えよう――防衛部隊及び我が施設への被害が生じるその瞬間まで、一切の発砲は許可できん』
厳然確固として語調一つすら揺らがないままのフェオドラ――一方的に切り上げられる通信。
フェオドラの発言=もはや九人の誰かに対しての死刑宣告。
良くて何かしらの損傷/悪ければ欠員が生じてからの反撃。
三度となる衝撃音――サバシュ。
「……ふざけたことを」
誰もが同意せざるを得ない発言――しかし同調を図れるほどの活気すらない。
眼前で巻き起こる戦闘……ただ眺めることしかできない無力感を怒りに変えるしかない。
――
質素極まりないコンクリート壁に囲まれた執務室。
デスクのPCから投げかけられる、妙に重苦しい声――レメゲトン。
『ルサンチマンの悪であるな』
「奴隷道徳も、奴等の感情も、知ったことではない」
対して感情の色を極限まで薄めた冷淡にして低い声で返答――心底どうでもいいと溜息し、再度画面を注視する女性=フェオドラ。
手入れなしに伸ばされた銀髪/浅黒い肌――左頬を塗り潰す火傷痕・右のこめかみから鼻梁まで駆け抜ける切傷=凛と澄まされていたはずの美貌を台無しに/堅く着込んだスーツスタイル+手袋+生地の厚いブーツ――顔以外に肌を露出なし。
画面=部下たちのカメラアイが捉えている映像=勃発している戦闘――アルセナルと技仙。
「だがミドリ共は自ら利用価値を差し出してきた。潰し合ってくれれば僥倖だが、そうもいかんだろうな」
直後に浮かぶ笑み=釣り上がった口の端に白い歯が覗く/獰猛な光を宿した目を画面から逸らす――悠然と立ち上がる=壁にかけていた分厚いロングコートを取る。
どこか軽い足取り/そのまま鼻歌すら吹いてしまいそうな上機嫌/敵がすぐ頭上で争い・仲間たちが諦観――それら全ての感情など意に介さず、コートの袖に腕を通す/帽子を被る=明らかな外出の準備。
『主よ。何処へ行く?』
「準備以外に何がある」
『何の準備であるか?』
「海豚も準備しておけ」
質問への解答にはなっていないようなやり取り――しかしレメゲトン=V・S・ソロヴィヨフにはそれだけで充分すぎる返答=画面の中をかつてないほど元気な敏捷さで泳ぎ回る海豚のアイコン。
即座にドアを開いたフェオドラの背中を追いかけるように、画面にいたはずの海豚が一瞬で消滅した。
最終更新:2018年06月08日 05:35